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無差別殺傷事件の救命活動と課題  現場で救急処置に当たった経験から

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(投稿:by 僻地の産科医)

  

  

  秋葉原・無差別殺傷事件の救命活動課題

現場で負傷者2人の救急処置に当たった経験から

  

     山本明彦(大分県立病院救急部長)

         M3 2008年06月25日
    

   http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080625_1.html 

   

現場の状況

 6月8日正午過ぎ、東京・秋葉原で無差別殺傷事件の発生直後現場に遭遇した。ちょうど週末に行われた日本臨床救急医学会総会のために上京しており、合間に秋葉原へ足を延ばしたところ、複数の救急車、消防車が集まってきていた。辺りの様子から「明らかにただごとではない」と判断、消防の指揮所が設置されていたため、助力を申し出て救命活動に当たった。

 私が関与した負傷者は2人。一人目は女性で、観察したところ皮膚が冷たく湿っており、脈が早いことからショック状態であると分かった。点滴が必要であると判断したが、救急車で輸液を探すことができなかった。救急隊はいるものの、現場があまりに混乱を極めており、「誰に何を行う」という判断がつかない状態だったためだ。十分な救急処置を行うためには、一人の傷病者につき1台の救急車が必要である。しかし、この時点での救急処置の需要に供給が間に合っておらず、どの負傷者を優先するか、誰に何を使うべきかが全く分からない状況だった。間もなく、その女性に救急車が1台割り当てられることとなり、収容を急いだ。居合わせたもう一人のドクターが同乗し、近くの病院へ搬送された。

 このほかにもまだ10人以上の搬送が必要と思われる人がいた。次に診たのは20歳くらいの男性。既に心肺停止しており、先着した消防隊が心肺蘇生を試みていた。トリアージ区分は「黒(救命不可能)」。しかし、できる限りの処置は行うことにした。救急隊は、点滴は持っていたが、挿管チューブがなかった。現場に日本医大の先生がいたため、大学病院から大至急届けてもらった。挿管後、私が付き添って救急車で病院へ運んだが、助からなかった。私が現場にいた時間は、およそ1時間ほどだった。

 現場にいた医師の正確な人数は分からない。私は消防の指揮下に加わって救命処置を行い、同様の医師は他にも数人いたが、その他にも独自判断で個別に処置に当たっている医師がいたからである。また、事実として、あのような場では、自ら「医師である」と名乗られた方の他は、どなたが医師かは分からない。  

   

搬送の問題

 トリアージを行った場合、区分「赤(重篤)」の患者の搬送先については、消防庁の「災害救急情報センター」(東京では大手町と多摩の2箇所)が指令管制を行う。それ以外の「黄(重篤ではないが早期な処置が必要)」、「黒」については、救急車と病院とが直接交渉するのが通常のルールである。しかし、この方法だと、どの病院に誰が搬送されているという情報の集約・把握ができない。今回のケースでは、負傷者が多いことから近隣他区の救急隊も出動しており、周辺の医療機関情報に必ずしも精通していないこと、また個別に交渉をすると最寄の救急医療機関に連絡が集中してしまうことが考えられた。そこで私は、通常のルールとは異なるが、すべてセンターで一括して搬送先の調整を行ってもらうよう提案し、それが採択された。これにより、負傷者は重篤かつ救命の可能性があるとみられる人から最も近い東京医科歯科大、駿河台日大のほか、東大、日本医大、女子医大など、また最終的に遠い場所では都立墨東病院、新宿の国際医療センターへと搬送された。

 とはいえ、この方法には一長一短がある。情報が集約され、負傷者の重症度・緊急度に応じた適切な搬送先の振り分けができる一方で、指揮系統である災害救急情報センターは大手町にあり、現場とは離れた場所であるため、現場で実際に起きていること・状況がわかりづらい、という点だ。伝言ゲーム的な混乱も生じる危険がある。

 災害救急情報センターの大きなメリットは、通信回線が充実していることである。救急隊の通信手段は無線であり、これは容易に傍受され得る(今回も、患者搬送情報を、家族よりマスコミが先に入手するケースがあったようだった)という問題がある上に、一つの救急隊につき1回線しか持っておらず、しかも同一周波数を共用しているため、同時並行で複数の搬送交渉を行うことができない。一方、センターから指令を行う場合はPHS回線を用いるため、それが可能となる。現場が十分な通信システムを備えることが理想的ではあるが、現段階では課題も多い。

 しかし、センターの通信システムも、完全な訳ではない。今回は負傷者数が十数人だったので対応可能だったが、もっと人数が多い場合は、これもパンクしてしまうだろう。現在PHSユーザーはさほど多くないため比較的支障はないが、今後これが携帯電話回線などに変わると、やはりその地域の通信許容量をオーバーしてしまう可能性が考えられる。特に今回のような場合だと、救急隊の他にも一般の方やマスコミも多く回線を利用する状態となる。救急隊による回線使用に優先性などが与えられれば良いが、それは難しい問題だろう。

   

医療者側に望まれること 

 今回の救命活動に携わることとなり、改めて感じたのは、救急隊と医療との連携の難しさである。救急隊の処置とは原則「現場で解決できることを解決する」ものであり、一方で医療は「現場にとどまらず、適切な医療施設へ搬送して処置を行う」ものであるため、「その場で何を行うか」という概念に差異がある。また、医師の中には、救急隊員がどのような処置を行えるのかを正確に認識していないケースも見られた。例えば、輸液は「特定行為」として有資格の救急救命士にのみ許されている行為であり、すべての救急隊員が行えるわけではない。さらに、この「特定行為」は呼吸または心臓の停止した傷病者に対してのみ許可されたもので、意識のある人には行うことができない。こういったことを知らないと、現場で適切な連携を取ることは難しい。

 また、医師には患者を目の前にした際、自己判断で独自に処置に当たる傾向があるといえる。しかし、事故や災害では、すべてのエリアで安全が確保されているわけではなく、この安全情報を正しく把握しているのは消防である。ご自身が安全でなければ、“第二の患者”になってしまう危険性がある。これを避けるためにも、ぜひ消防の指揮下に入っていただきたい。救急の現場には、いつ突然遭遇することになるか分からない。ご自分に関係のないこと、ととらえず、ぜひ外傷診療のセミナーなどにご参加いただき、何かの際には医師として最低限の一次救命の処置ができるようにしておくことが望まれる。

  

  

山本 明彦(やまもと あきひこ)氏
 1996年熊本大学卒業。熊本大学消化器外科、熊本医療センター外科・救急部、上天草総合病院外科、杏林大学高度救命救急センターを経て、2007年より現職。

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