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【社説】

一斉休漁 食卓に押し寄せる危機

2008年7月16日

 漁港から活気が消えた。全国一斉休漁の朝。大小の漁船が接岸したまま静かに浮かんでいる。原油価格の高騰が続けばこの日限りの光景で済むだろうか。飽食の時代は幕を下ろしつつある。

 「もう、こうするしかないんです」。漁業関係者のつぶやきだ。

 先月半ば、小型イカ釣り漁船約三千隻が、原油高騰に耐えかねて休漁を試みた。それに続いて、全国二十万隻が「一斉スト」に踏み切った。史上最大の規模である。

 漁船の燃料に使われるA重油の値段は、この五年で三倍近く、ここ一年で約二倍に跳ね上がった。一方で、魚価の値下がり傾向は続いており、出漁すれば赤字になる。全国漁業協同組合連合会は、このままでは、漁業者の約三割が廃業に追い込まれると試算する。原油から食料へという地球規模の危機連鎖が、日本の「魚食文化」を脅かしている。歯止めについて議論した北海道洞爺湖サミットは何だったのか。

 全漁連は先月末、政府に燃料代の補てんや政府系金融機関による融資条件の緩和、原油高の原因とみられる投機マネーの規制を求める特別決議を採択した。

 農協という強大な後ろ盾を持つ農家に比べ、漁業者に対する政策的支援は薄い。農林漁業金融公庫による一昨年度の融資実績は、農業の千百十億円に対し、漁業分野は六十五億円しかない。

 だが、原油の需要は世界的に増えており、燃料高は一時的なものではない。その場しのぎの補助金だけでは、漁業者も魚食文化も救われない。

 政府としては、漁業界を省エネ体質に改善するための誘導策を強化すべきだ。昨年創設された基金を使って、イカ釣り漁などの集魚灯を電力消費量が少ない発光ダイオード(LED)に切り替えたり、燃料流通の効率化を図ったりする試みがすでに始まっている。

 量販店に価格決定権が集中し過ぎる流通の在り方は、見直しが必要だ。最小限の必要経費が価格に転嫁できないようでは、漁業者は廃業するしかない。

 消費者も漁業の現状をもっとよく知るべきだ。魚食志向は世界に広がり、資源は急激に減っている。漁業危機は食料危機の先触れだ。重油を大量に消費して世界中のマグロを追いかけ回し、安く食い尽くす時代は過ぎた。

 近海の豊富な旬の魚介類を計画的にいただく文化を取り戻そうと、港で動けぬ漁船の群れが告げている。

 

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