パチンコ解禁は断末魔? 信頼も文化も失ったCMの未来(前編)
大物女性タレントを動員したTSUBAKIのCM戦略
は大きな話題になったが、裏返せば、万人受け する広告を作りづらくなった現状を表している |
テレビの広告収益低下が止まらない。テレビは本当に「広告メディアの王座」から陥落したのか? そこに再生の道はあるのか? 気鋭の論客、広告プロデューサー・吉良俊彦氏と、マーケティングプランナー・谷村智康氏が論考する。
谷村 先日、08年3月期で、民放キー局全5社の営業利益が減益だったことが発表されました。主だった理由は、スポットCMの出稿量が減ったことです。一方で、国内の純広告費は4年連続で増加しています。これは、テレビというものへの、クライアントからの評価が下がっている結果だと思うんです。スポンサーは、テレビの広告効果が落ちていることをいろんな調査で把握していて、広告の放送料の値引きを要求してくる。それは合理的な商取引として当然です。
これまでは「ちゃんとした企業だけがCMを放送できる」という社会的信用が、テレビ局によって担保されていました。その格式分だけ、放送料に上乗せができた。しかし、それも薄れてしまいました。
吉良 同感ですね。テレビでCMが流れる企業や商品は、国がお墨付きを与えたかのごとく、公益性や信頼性があるものとされてきました。だからこそ、企業は高い金を払った。しかし、それも昔のこと。その流れをさらに加速させたのが、パチンコ機のCM解禁だと思います。この間もタクシーに乗った時、私のことをメディア関係者だと知った運転手が、こういう話をするんですね。「私たちにとってギャンブルは息抜きです。ただ、射幸性が低いものでないと、娯楽にはならない。パチンコは、1000円で何分遊べるかわかりますか? 1時間で1万円は軽く消える。あれほど射幸性が高く、多くの人の生活を直接圧迫しているギャンブルはないんですよ。そういったもののCMを、子どもたちに見せてほしくないんです。それを無自覚に流している民放は信用できない」と。この声は、多くの視聴者の意識と一緒だと思うんです。テレビ局は、自分たちだけ儲かればいいのかと。
谷村 パチンコ機の前は、消費者金融のCMがあふれていたことがありましたが、そのようにテレビ局がスポンサーの審査を緩め始めたのは、無理にでも、対前年比の広告売り上げを維持しようとしているからです。実際、東京以外の民放局の売り上げ低下がすごい。地方の話ではなく、大阪はもちろん、景気が良いはずの名古屋の落ち込みも厳しいです。これだけスポンサーの審査を甘くしているにもかかわらず。民放テレビの広告ビジネスは、東京だけがかろうじて保っているような状況です。
吉良 テレビ局と広告会社存続のためであったとしても、パチンコとかサラ金とか「この業種はないでしょ」っていうところのCMまで放映していると、その瞬間、公共の電波を使ったテレビが、視聴者のためではなく、特定の企業のものになっていることが露骨に透けて見えてくるわけです。
谷村 えてして新規参入企業などは、CMへの質的なこだわりも低い。いくら番組側が「続きはCMの後で」みたいな作り方をしても、視聴者はつまらないCMの間に別のことをしたり、HDDで録画した上でCMスキップしたりと、抵抗し始めているわけですよね。CMを見ようという習慣自体がなくなってきてしまった。
吉良 私は大学で講義を持っているのですが、学生のほとんどは「テレビはオンタイムでは見ません。CMはスキップしています」という。さらに学生だけではなく、そういうHDDを使いこなせる世代の年齢層は、どんどん広がってきています。そんなテレビの天敵である録画機のCMをテレビが流しているという皮肉な現実があるわけですよね。こうしたCM離れの現実は、修正しようもないのに、いまだ旧態依然とした収益構造を保とうとしているから、いろんなところに無理が出てきているんでしょう。
トヨタもわかっている
テレビCMのデメリット
谷村 CM部分に限らず、「民放キー局による視聴時間の独占が崩れている」と私はこれまでも言ってきたんですが、あるケーブルテレビのデータによると、民放地上波を見ている割合は全日平均で15%程度で、CS局は合計して13%前後です。5チャンネルと60局の違いはありますが、現在、それぞれの受信環境が揃っているところでは、地上波の独占は崩れている。
また、CS局単体もバカにできない。去年の秋、優勝が絡んだ巨人×阪神戦は、安定して5%近い視聴率を上げていました。確かに、いまやサッカー好きな人はサッカーを純粋に楽しめるチャンネルがあればいい。視聴者の嗜好が細分化していく中で、多くのジャンルで専門チャンネルの需要が上がっているわけですから。
吉良 マスメディアの代表だった地上波テレビにおいても、どういう視聴者にどう見せるのがメディアとして最も価値があるのか、というターゲットメディア的な考え方が求められているわけですよね。それなのに、地上波のスポーツ中継はまったく反対のことをしている。とりあえず、女子アナとタレントをたくさん呼べばいいと。本質的にその競技を楽しんでもらおうという方向ではなく、興味がない人をいかに取り込むかという発想。仮にここにスポーツメーカーがCMを打っても、タレント目当ての中高生の女の子たちは、その商品を買いません。視聴率が高ければ、CM枠も売れるという考え方も、今のクライアントには通じなくなっているわけですから。
谷村 最近でいえば、トヨタの「レクサス」の広告展開が、テレビの影響力のなさを明らかにしたと思います。広告出稿量ナンバー1企業のトヨタは、レクサスの顧客となる高所得層はテレビをあまり見ないというデータを持ってますから、レクサスのテレビCMをほとんど打っていません。今まで業界人がうすうす感じていた「テレビを使わないほうが、品が良くないか? ブランド構築においてプラスじゃないか?」という思いを、レクサスは忠実に体現した。ただ、今の段階で、レクサスは国内では苦戦をしている。なのに、「ほら見ろ、テレビCMをやらなかったからだ」という声は聞こえてこないし、トヨタ自身もテレビCMを増やそうとしない。このこと自体が、テレビの現実に企業側が気づいている証左だと思うんです。
(松井克明・構成/後編へ続く)
谷村智康(たにむら・ともやす)
広告代理店、コンサルティング会社、コンテンツファンドなどでの業務経験を持つ。既存のメディアやシステムの枠に依存するマーケティングではなく、広告費の過剰と偏りを消費者の都合に合わせて、それ自体を根底からひっくり返そうとする「マーケティング」プランナー。著書に、電通の上前をはね、グーグルの先を行く、メディアと広告をめぐるビジネスモデルを説いた『マーケティング・リテラシー〜知的消費の技法』(リベルタ出版)などがある。
吉良俊彦(きら・としひこ)
広告・出版プロデューサー。電通クリエーティブ局・営業局・雑誌局などを経て、ターゲットメディアソリューションを設立。中国の出版社の最高顧問を務めるなど、出版、広告業界で幅広く活躍。近著『ターゲットメディア・トルネード』(宣伝会議)では、ポスト・マスメディア時代における、雑誌、ウェブ、OOH(アウト・オブ・ホームメディア)といったターゲットメディアが持つ特性と役割を解説している。
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