1967年に茨城県利根町で起きた「布川(ふかわ)事件」の第2次再審請求抗告審で、東京高裁が水戸地裁土浦支部の再審開始決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却した。有罪の根拠とされた自白の信用性や目撃証言について「重大な疑問が生じた」とする判断である。
この事件は、当時62歳の独り暮らしの大工の男性が自宅で殺され、現金が奪われたもので、再審を請求している2人が逮捕された。物証はなかったが、2人は犯行を自供。その後否認に転じた後、再自供するといった変遷をたどり、裁判では一貫して否認したものの無期懲役刑が確定。96年に仮釈放が認められるまで服役した。
東京高裁の決定は、捜査を厳しく批判している。自白については、殺害の方法、順序が客観的事実に合致しないと指摘し、「捜査員の誘導をうかがわせる」などと述べて任意性、信用性を否定した。有罪の確定判決を覆す判断であり、見込み捜査、別件逮捕、自白強要--という冤罪(えんざい)事件にありがちな不当捜査のパターンが浮き彫りにされた形でもある。
再審無罪が確定したわけではなく、慎重な検討が求められるが、捜査当局には反省すべき点が多いことは間違いない。全国の警察は取り調べの適正化に取り組んでいる折も折、捜査を徹底的に検証し、教訓をつかみ取らねばならない。
自白を録音したテープの編集跡が指摘されたことで、取り調べの可視化問題にも大きな影響が出そうだ。検察、警察当局は全過程の録画、録音に消極的だが、改ざんの余地がある“部分可視化”では、裁判員裁判で裁判員の納得が得られないのではないか。
検察の責任も重大だ。警察の自白偏重捜査を是正するどころか、毛髪鑑定結果などの証拠類を開示せず、結果的に再審請求審まで隠していたことが判明した。すべての証拠が明らかにされれば、有罪判決を下した裁判所の審理が別の展開を見せたとも考えられるだけに、公明正大さを欠いた姿勢へのそしりは免れない。自白の変遷に根差す問題点を見抜けなかった裁判所も、猛省が必要だろう。
2人の逮捕から実に41年近くが経過した。第2次再審請求から開始決定まで約4年、即時抗告から今回の決定までも約3年を要したが、これでは裁判迅速化を目指す動きにも反しよう。「再審でも疑わしきは被告人の利益に」とする最高裁の白鳥決定を尊重すれば、冤罪被害の救済につながる再審手続きは可及的速やかに行われてしかるべきだ。
この間、2人が依然として仮釈放中という、極めて法的に不安定な状態に置かれていることも、考慮されねばならない。検察側は、再審開始決定が最高裁で覆ったケースはないことも考慮し、特別抗告せずに再審裁判を優先すべきだ。
毎日新聞 2008年7月15日 東京朝刊