日本は税金の「いいとこどり」がしたい――フィナンシャル・タイムズ
2008年6月27日(金)17:04(フィナンシャル・タイムズ 2008年6月25日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング
日本はよく、米国式の低い税率とスウェーデン式の手厚い公共サービスを併せ持つ国だと言われる。これは良くないことだと言われがちだが、私自身はこれは素晴らしいアイディアだと思う。
しかし残念ながら、実際にはそうなっていない。日本の税金は確かに低い。経済協力開発機構(OECD)がまとめた各国の国内総生産(GDP)に対する税収の割合比較によると、日本は30%弱で、先進経済の中でもかなり低い。アメリカとほぼ同レベルで、これよりも低いのはメキシコと韓国だけだ。
しかし日本の公共サービスはスウェーデンに遠く及ばない。スウェーデンの税収/GDP比は約50%にもなるからだ。世間で思われているほど、日本政府は肥大していない。そこそこの人数の公務員が、そこそこの量のサービスを提供しているのだ。国民1000人あたりの公務員の人数は40人以下。対して米国では80人、英国では100人近くになる。1990年代から慢性的な財政赤字が続いたにもかかわらず、日本政府が市民サービスに使う額のGDP比は、ほかの先進国に比べて少ないのだ。
最近になるまで、誰もこのことに気づかなかった。戦後期のほとんどを通して失業率が1%程度だった間は、日本の失業手当がいかにケチケチで短い間しかもらえないものだったとしても、気にする人は少なかったのだ。高齢者の扱いも、もっと気前がよかった。みんなが若い間は、それは簡単なことだった。1970年の日本に、65歳以上はわずか7%しかいなかったのだから。それが2006年には20%へと一気に増えている。そして2050年には実に人口の40%が65歳以上になっているはずだ。
ということはつまり、破綻は確実ということにならないか? もしも税制をこのままにしておけば、労働人口が減り、税収も減る。一方でもしも福祉手当のレベルを維持すれば、歳出は激増してしまう。
日本政府は静かに淡々とこの問題に取り組んできた。たとえば年金保険料を引き上げたり、福祉給付金の支給額に上限を設けたり。政府はそのほかにも医療費の削減に取り組み、個人負担を増やすよう国民に求めている。
淡々と地味に行われてきたこういう施策と、6年連続の経済成長、そして経済成長による税収回復が相まって、財政赤字は縮小した。利子支払後の財政赤字が2002年には対GDP比8%だったものが、2007年には3.4%に縮小したのだ。
しかし前よりも少ないものに前よりたくさん払ってくれと要求して、国民に喜ばれるはずもない。日本で75歳以上の1200万人は、高齢者医療制度の変更に激しく反発。「さっさと死ね制度」と酷評された新制度では、最も貧しい人たちの医療費負担が上がってしまうことになる。与党・自民党にとってそもそも高齢者は、最も頼りになる手堅い支持層だったのに、高齢者たちはすでにいくつかの補選で与党にしっぺ返しをくらわせている。こうした反撃の動きはもしかしたら、ほぼ50年間とぎれることなく続いた自民党一党支配終結のさきがけとなりかねない。
このジレンマに直面する福田康夫首相は、かしこい政治家なら誰もがそうするだろうという選択をした。つまり、さっさと逃げたのだ。首相はこのほど、消費税引き上げをめぐり「決断の時期」と発言したことについて「2〜3年の長い単位で申し上げた。もう少し先の段階だ」と述べた。首相の人気のなさと、日本の総理大臣の平均的な在任期間を思えば、2〜3年先と言っておけば消費税引き上げ決断は、福田氏が無事に引退した後のことになるはずだ。
日本の政治家はこれまで何度もこうやって優柔不断に問題を先送りしてきた。そしてそれは日本の官僚が最も嫌うものだ。日本の消費税率はわずか5%で、OECD平均のはるか下にあり、官僚はこの引き上げは不可欠だと考えている。一般政府債務残高の対GDP比180%という状態にある日本の債務総額は先進国最高だと、官僚はよく警告する。しかし対して政府純債務が同90%というのは、それほど心配しなくてもいい水準なのだが、それについて官僚はめったに触れようとしない。
確かに役人たちの言うように、税制改革は必要だ。ルール違反は、あまたの途上国よりもひどく横行している。日本経済はもう何年も成長を続けてきたのに、企業の3分の2が全く税金を納めていない。今の制度は働く女性に過分の負担を強いている(これは労働参加を増やさなくてはならない国にとって、決して得策ではない)。そして今の税制は富裕層に有利で、下層中産階級に厳しいものになっている。
かといって、消費税率の引き上げで全てが解決するというわけにはいかないかもしれない。理由は2つある。第1に消費税は、どちらかというと逆進的な仕組みの一律税だ。国が財政赤字是正を追求する中で、すでに日本人の所得格差は拡大してしまっているところに、消費税率の引き上げはさらにこれを悪化させる。第2に、日本はもう何十年も消費を拡大しようしようと苦労してきた国なのに、消費税率を引き上げれば家計を圧迫してしまう。国民の財布から金を取ることが解決策だというわけには、まさかいかないだろう。
それでもなお日本は低税率と高福祉の「いいとこどり」を両立させられると、そういう斬新な発想をする人たちが2グループいる。たとえば少数のエコノミストは日本の高い貯蓄率を指摘し、これだけ預貯金が潤沢にある日本なら、財政赤字の状態をいつまでも続けられると言う。もしそうだとするなら、安い税金で高福祉を実現するという無理難題は達成できるだろう。
「アーカス・リサーチ」のピーター・タスカー氏の意見では、日本政府は一般家庭の家計貯蓄と、増えつつある企業貯蓄の合計分を相殺するために、財政赤字状態を維持する必要があるのだという。それを超えた貯蓄余剰分は海外に回され、対GDP比4%の経常黒字となる。日本人は自分たちの本来の生活レベルを犠牲にして富を海外に輸出しており、そのおかげで米英人は自分たちの経済力以上の生活をさせてもらっているのだ——タスカー氏はこう言う。なので日本国内でさらに税金を増やすことは、日本人にとって不公平かつ不必要だと。
しかしそれは希望的観測に過ぎなかったという結果に終るかもしれない。いつまでもためらってばかりいるのは単に、問題を先送りして次世代に押し付けるだけだからだ。
ただし、ほかにも「いいとこどり可能」と言っている人たちがいる。債券トレーダーだ。彼らは集団となって、日本の10年物国債の利回りを1.6%につけた。タスカー氏はこれを「過去にないというくらい安い資金提供だ」と呼んでいる。債券市場はどうやら日本の官僚たちと違って、日本が慢性的に赤字でもあまり心配していないようだ。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳 加藤祐子)
(「しかし対して政府純債務が同90%というのは〜」の箇所、30日に訳文を訂正しました。ご指摘ありがとうございました)
日本はよく、米国式の低い税率とスウェーデン式の手厚い公共サービスを併せ持つ国だと言われる。これは良くないことだと言われがちだが、私自身はこれは素晴らしいアイディアだと思う。
しかし残念ながら、実際にはそうなっていない。日本の税金は確かに低い。経済協力開発機構(OECD)がまとめた各国の国内総生産(GDP)に対する税収の割合比較によると、日本は30%弱で、先進経済の中でもかなり低い。アメリカとほぼ同レベルで、これよりも低いのはメキシコと韓国だけだ。
しかし日本の公共サービスはスウェーデンに遠く及ばない。スウェーデンの税収/GDP比は約50%にもなるからだ。世間で思われているほど、日本政府は肥大していない。そこそこの人数の公務員が、そこそこの量のサービスを提供しているのだ。国民1000人あたりの公務員の人数は40人以下。対して米国では80人、英国では100人近くになる。1990年代から慢性的な財政赤字が続いたにもかかわらず、日本政府が市民サービスに使う額のGDP比は、ほかの先進国に比べて少ないのだ。
最近になるまで、誰もこのことに気づかなかった。戦後期のほとんどを通して失業率が1%程度だった間は、日本の失業手当がいかにケチケチで短い間しかもらえないものだったとしても、気にする人は少なかったのだ。高齢者の扱いも、もっと気前がよかった。みんなが若い間は、それは簡単なことだった。1970年の日本に、65歳以上はわずか7%しかいなかったのだから。それが2006年には20%へと一気に増えている。そして2050年には実に人口の40%が65歳以上になっているはずだ。
ということはつまり、破綻は確実ということにならないか? もしも税制をこのままにしておけば、労働人口が減り、税収も減る。一方でもしも福祉手当のレベルを維持すれば、歳出は激増してしまう。
日本政府は静かに淡々とこの問題に取り組んできた。たとえば年金保険料を引き上げたり、福祉給付金の支給額に上限を設けたり。政府はそのほかにも医療費の削減に取り組み、個人負担を増やすよう国民に求めている。
淡々と地味に行われてきたこういう施策と、6年連続の経済成長、そして経済成長による税収回復が相まって、財政赤字は縮小した。利子支払後の財政赤字が2002年には対GDP比8%だったものが、2007年には3.4%に縮小したのだ。
しかし前よりも少ないものに前よりたくさん払ってくれと要求して、国民に喜ばれるはずもない。日本で75歳以上の1200万人は、高齢者医療制度の変更に激しく反発。「さっさと死ね制度」と酷評された新制度では、最も貧しい人たちの医療費負担が上がってしまうことになる。与党・自民党にとってそもそも高齢者は、最も頼りになる手堅い支持層だったのに、高齢者たちはすでにいくつかの補選で与党にしっぺ返しをくらわせている。こうした反撃の動きはもしかしたら、ほぼ50年間とぎれることなく続いた自民党一党支配終結のさきがけとなりかねない。
このジレンマに直面する福田康夫首相は、かしこい政治家なら誰もがそうするだろうという選択をした。つまり、さっさと逃げたのだ。首相はこのほど、消費税引き上げをめぐり「決断の時期」と発言したことについて「2〜3年の長い単位で申し上げた。もう少し先の段階だ」と述べた。首相の人気のなさと、日本の総理大臣の平均的な在任期間を思えば、2〜3年先と言っておけば消費税引き上げ決断は、福田氏が無事に引退した後のことになるはずだ。
日本の政治家はこれまで何度もこうやって優柔不断に問題を先送りしてきた。そしてそれは日本の官僚が最も嫌うものだ。日本の消費税率はわずか5%で、OECD平均のはるか下にあり、官僚はこの引き上げは不可欠だと考えている。一般政府債務残高の対GDP比180%という状態にある日本の債務総額は先進国最高だと、官僚はよく警告する。しかし対して政府純債務が同90%というのは、それほど心配しなくてもいい水準なのだが、それについて官僚はめったに触れようとしない。
確かに役人たちの言うように、税制改革は必要だ。ルール違反は、あまたの途上国よりもひどく横行している。日本経済はもう何年も成長を続けてきたのに、企業の3分の2が全く税金を納めていない。今の制度は働く女性に過分の負担を強いている(これは労働参加を増やさなくてはならない国にとって、決して得策ではない)。そして今の税制は富裕層に有利で、下層中産階級に厳しいものになっている。
かといって、消費税率の引き上げで全てが解決するというわけにはいかないかもしれない。理由は2つある。第1に消費税は、どちらかというと逆進的な仕組みの一律税だ。国が財政赤字是正を追求する中で、すでに日本人の所得格差は拡大してしまっているところに、消費税率の引き上げはさらにこれを悪化させる。第2に、日本はもう何十年も消費を拡大しようしようと苦労してきた国なのに、消費税率を引き上げれば家計を圧迫してしまう。国民の財布から金を取ることが解決策だというわけには、まさかいかないだろう。
それでもなお日本は低税率と高福祉の「いいとこどり」を両立させられると、そういう斬新な発想をする人たちが2グループいる。たとえば少数のエコノミストは日本の高い貯蓄率を指摘し、これだけ預貯金が潤沢にある日本なら、財政赤字の状態をいつまでも続けられると言う。もしそうだとするなら、安い税金で高福祉を実現するという無理難題は達成できるだろう。
「アーカス・リサーチ」のピーター・タスカー氏の意見では、日本政府は一般家庭の家計貯蓄と、増えつつある企業貯蓄の合計分を相殺するために、財政赤字状態を維持する必要があるのだという。それを超えた貯蓄余剰分は海外に回され、対GDP比4%の経常黒字となる。日本人は自分たちの本来の生活レベルを犠牲にして富を海外に輸出しており、そのおかげで米英人は自分たちの経済力以上の生活をさせてもらっているのだ——タスカー氏はこう言う。なので日本国内でさらに税金を増やすことは、日本人にとって不公平かつ不必要だと。
しかしそれは希望的観測に過ぎなかったという結果に終るかもしれない。いつまでもためらってばかりいるのは単に、問題を先送りして次世代に押し付けるだけだからだ。
ただし、ほかにも「いいとこどり可能」と言っている人たちがいる。債券トレーダーだ。彼らは集団となって、日本の10年物国債の利回りを1.6%につけた。タスカー氏はこれを「過去にないというくらい安い資金提供だ」と呼んでいる。債券市場はどうやら日本の官僚たちと違って、日本が慢性的に赤字でもあまり心配していないようだ。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
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(「しかし対して政府純債務が同90%というのは〜」の箇所、30日に訳文を訂正しました。ご指摘ありがとうございました)
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