新教育の森

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情緒の順番教えてくれた=劇作家・演出家、つかこうへいさん

 小学生時代は、のびのびしてたね。福岡県の筑豊の生まれ。だけど、近所は炭鉱労働者より農家の人が多かった。夜中に仲間と自転車で野菜畑に行ってスイカを取ったり、ナスを取ったり、川で泳いだりした。それが心象風景。学校の記憶は少ないけど、人間くさい時代だった。あれが青春だったのかな。

 ところが、ある時期、ストーブの燃料が石炭から石油に替わりだしたんだ。「ああ、時代が終わっていくんだな」という感傷を受けたね。ブラジルに移住していく家族が増えてさ。クラスで毎日のように壮行会が開かれた。仲良しも渡ってしまった。人とは別れがあるもんだなって、その時知ったよ。連れて行ってもらえなかった飼い犬が野犬になっていくんだ。

 その後、おやじが死んだ。在日韓国人1世のおやじはパチンコ業やモーテルを経営したんだけど、兄貴は「ブティックをやる」なんて言い出して、結局家をつぶしてしまった。そんなことがあって東京の大学へ出た。今思えばおれ自身が何か別の存在、金峰雄という韓国人じゃない何者かになり代わりたかったんだろうな。

 高校まで芝居なんか見たこともなかった。21歳のころ、予備校の先生を1年やってた時に「芝居書いてくれ」と頼まれて、当時ビートルズが歌っていた「プリーズ・ミスター・ポストマン」を「郵便屋さんちょっと」と訳して戯曲を書いた。劇団員を抱えてそいつらのために何かしなきゃっていう思いで書いてたな。

 今の若い人を見ていると情緒が浅くなったと感じる。学校って本来、情緒の順番をゆっくり教えてくれたんだよ。つまり、男と女が見つめ合って、手を握って、キスから始めるっていうさ。それが今じゃ出会ってすぐセックスする、しないの話になるだろ。子供が読む漫画もケータイ小説も「コノヤロー」の次がすぐ「ぶっ殺す」だ。本当はその間にいろいろ葛藤(かっとう)があるわけじゃないか。それがなくて突発的な行動に走る。人を信じたり、愛したりすれば取り残されてしまう。信じることが、最もみじめな勇気を必要とする時代になってきたよね。<聞き手・阿部周一>

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 ■人物略歴

 ◇つか・こうへい

 1948年生まれ。福岡県出身。20代前半から戯曲を発表、アングラ演劇で「つかブーム」を起こす。82年「蒲田行進曲」で直木賞。今年4月紫綬褒章受章。本名・金峰雄(キム・ボンウン)。

毎日新聞 2007年7月16日 東京朝刊

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