CONTENTS

エッセイ

島田晴雄 少子化は克服できる
陰山英男 「早寝・早起き・朝ご飯」で日本を変える!
大串亜由美 年間276日「研修女王」のアサーティブ交渉術――「NO」と言っても握手はできる!
逢坂ユリ 「キャリア」は、普通の「仕事」の延長線上にしかありえないのです
中村芳子 お金に迷える50代よ この本があなたを救います
和仁達也 「ウチの社員には危機感がない!」とお嘆きの社長さんへ
小川敦行 編集者が語る『お金持ちになるためのバフェット入門』
戸田 覚 著者が語る『商談現場のナマ見積書が見たい!』
張替一彰 今こそ求められるコーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリング
タッド・バッジ バランス力で、仕事と人生の成功者になる

連 載

嶋田 毅/加藤小也香 【連載】第1回 最新 MBA用語事典
前川タカオ 問題な上司語(2)上からの命令だから……
川勝平太 球域の文明史(最終回)結びにあたって
池内ひろ美 ガンバレ!男たち(最終回)大人の男になるための十箇条
西村ヤスロウ 美人のもと(11)
松井宏夫 ビジネスマンのための健康ラボ【水の種類】(11)
安土 敏 連載小説(27)小説「後継者」
佐和隆光 ハードヘッド&ソフトハート(55)カジノ資本主義からの脱却
武田双雲 瞬間の贅沢(14)
編集後記

◎――――巻頭エッセイ

少子化は克服できる

島田 晴雄

Haruo Shimada
1943年生まれ。慶應義塾大学経済学部教授。内閣府特命顧問。

 六月一日に厚生労働省が発表した人口動態統計によれば、二〇〇五年の日本人女性の合計特殊出生率は過去最低の一・二五となった。これで五年連続して最低記録を更新したことになる。この傾向が続けば、一〇〇年後の日本の総人口は現在の半分にまで落ち込みかねない。
 こうした状況に対して、少子化を所与のものとする諦めの風潮がある。しかし、先進国において少子化でこれほど急激に人口が減り続けるとすれば世界初のことだ。そんな未知の事態に対する姿勢として諦念はふさわしくない。国家の未来に希望を繋ぐためにも、最善の克服法を模索すべきである。私も内閣府特命顧問として、さまざまな施策を国に提言している。それらにつき、以下で簡単に説明してみたい。
 少子化問題には大別して三つのフェーズがある。(1)出産と幼児保育、(2)児童の保育と育成、(3)子育てと仕事の両立、である。
 (1)に関しては、まずは費用面の対策が有効だ。健康保険の適用外である出産を不妊治療も含めて保険対象とする。医療機関の女性診療部門を充実させることも忘れてはならない。幼児保育に関しては、保育所の整備が最重要課題となる。特に大都市圏でフルタイムで働く親が安心して幼児を預けられる施設の充実が望まれる。各種規制を緩和し、多様なサービスを提供する民営保育所の設立を促進していくことが大切だ。
 (2)について私は、「生活塾」と「子育て支援タクシー」を提言している。親が働いている小学校低学年の児童は、放課後、身近に保護者のいない危険な時間を過ごすことが多い。そこで子育て経験の豊富な熟年者の自宅などに児童を預け、生活の知恵を学ばせようというのが「生活塾」である。「子育て支援タクシー」は、学校や塾などを移動する児童の安全を担保するうえでも有効だろう。
 (3)については、企業社会の理解と協力が欠かせない。子育て支援計画の義務づけや実績ある企業の表彰制度も必要だろう。子育てと仕事の両立に企業が前向きに取り組むインセンティブを持たせることが大切だ。
 以上、きわめて簡単に対策案を紹介したが、詳細は近く刊行予定の渥美由喜氏との共著『少子化克服の経済学』(仮題)に譲りたい。いずれにせよ、いま強力に推進すべきは、子供を持とうとする人々に、多様で使いやすいサービスを潤沢に提供することである。そうすれば必ず少子化問題は克服できるはずだ。

◎――――エッセイ

「早寝・早起き・朝ご飯」で
日本を変える!

陰山英男

Kageyama Hideo
1980年、岡山大学法学部卒業。小学校教員として兵庫県尼崎市立園和小学校、兵庫県城崎郡日高町立(現豊岡市立)三方小学校、兵庫県朝来郡朝来町立(現朝来市立)山口小学校に赴任。百ます計算や漢字練習の反復学習を続け、基礎学力の向上に取り組む。2003年に広島県尾道市立土堂小学校の校長に就任。2005年春より中央教育審議会義務教育特別部会委員もつとめる。2006年4月より立命館大学教育開発支援センター教授(立命館小学校副校長を兼務)。おもな著書に『本当の学力をつける本』『奇跡の学力土堂小メソッド』(文藝春秋)、『徹底反復「百ます計算」』『陰山英男(かげやま・ひでお)の「校長日記」』(小学館)ほか多数。

生活改善と学力改善は表裏一体

 まず山口小学校、土堂小学校での取り組みについて振り返ってみましょう。私がこれまで力を入れてきたのは「早寝・早起き・朝ご飯」という生活面での改善と「読み・書き・計算の徹底反復」という学力面の改善の2点です。地域社会のみなさんと多くの優秀な先生にご協力いただき、一定の成果を出せたかなと考えています。
 途中で「100ます計算」がマスコミに取り上げられたことにより、表面的な部分だけ注目されて誤解をまねいたこともありましたが、まずは取り組みを広く知っていただき、それからじっくり誤解を解いていけばいいと思っていました。
 このような試みを始めた当時、教育界の趨勢は「子どもの自主性を重んじ、無理強いをしない」というものでした。すぐキレる子どもや不登校が急増したことを受けてのことです。さらにその後、「ゆとり教育」も導入されます。しかし、学校の現場はもっと荒れていくことになりました。同時に、子ども達の学力も低下していきました。

社会の変化が子どもの変化の要因

 こうした状況に歯止めをかける方法を考えていたときに、そもそも問題のとらえ方が根本から間違っているのではないかという点に行き着きました。子ども達が変化した原因は学校にではなく、家庭や社会が変わったことにあったのです。
 ちょうどその頃、社会が夜型化して、お父さん達の会社からの帰宅が遅くなってきていました。主婦は、子ども分とお父さんの分の2回、夕食を用意することになり、その結果、大人も子どもも寝るのが遅くなります。睡眠時間は減って、そのしわ寄せは朝食に出ます。時間のかからないパン食や、朝食なしの家庭も増えました。
 これにより、子どもの活力や生命力が落ちてしまったのです。脳が発育過程にある子どもには十分な睡眠が必要です。寝不足かつ朝食抜きで学校に来たら、勉強なんてできるはずがありませんし、誰だってキレやすくもなります。こんな状況では、塾に行っても睡眠時間がさらに減るだけで逆効果になりかねません。現に近年になって、塾などがあまりない地方の子どもの東大合格率が増えているというデータも出てきています。

学力は三層構造でできている

 子どもの学力というのは三層構造になっていると私は考えています。まず、基本的な生活習慣があり、その上に基礎学力がきて、思考力や判断力などの応用的なことはその上にくるのです。
 1つ目の生活習慣は学校よりもむしろ家庭でやるべきことですし、2つ目の基礎学力についても家庭の協力が欠かせません。ですから、冒頭に述べたように「早寝・早起き・朝ご飯」と「読み・書き・計算の徹底反復」は、家庭の多大な協力に支えられてはじめてできることです。
 そして、山口小や土堂小での成果は、たいへん満足できるものでした。各種の学力テストの結果ではっきりと学力の向上が確認できましたし、卒業生から難関中学や難関大学への合格者が通常では考えられない割合で出てきました。そして何よりも、子ども達が伸びているのが日々実感できるのです。
「100ます計算」のような基礎の徹底反復には「単なる詰め込みではないのか」という批判もありました。しかしそうではないのです。生活習慣がしっかりして、基礎学力が向上すると、子どもに自信がつきます。すると学校や勉強が楽しくなり、また学力が上がります。すると、人間としても成長します。こんないい循環ができてくるのです。
 子どもをいかに伸ばすか。そのことだけを考えぬいてやってきた結論がこれでした。

「早寝・早起き・朝ご飯」を全国に!

 そして今後は、この流れを全国に広げていきたいと思っています。  そのためには「100ます計算」だけではダメで、まずは「早寝・早起き・朝ご飯」です。それにはお父さん達が早く家に帰るようになることがどうしても必要です。となると、会社や社会に変わってもらうしかありません。今までの常識で考えると難しいかもしれませんが、もう発想を変えるしかないと私は考えています。
「会社か家庭か」を二者択一しなくてはいけないような現状は、幸せな世の中と言えるでしょうか。私も仕事ばかりしている人間なので言えた義理ではないのですが(笑)、世の中全体を「朝型」に変えることで、もっといい社会にできるのではないかと真剣に考えています。日本のお父さんが早く家に帰り、一家団らんで家庭が円満になり、子どもの学力が伸び、自立した人生をおくれるようになるというわけです。まずはみなさん、週に1度は「一家団らん」をするように心がけてほしいと思います。

 最後に私について。今春から立命館大学の教育開発支援センターの教授に就任しました。立命館小学校の副校長も兼務します。今後は、教師の指導力の底上げと指導技術のメソッド化・IT化で誰でも同じ質の授業ができるようにするシステム作りに取り組んでいきます。「公立を裏切るのか」というご批判もいただきましたが、そんなことはまったくありません。正直なところ、体力的な問題も大きいのです。今後は、現場だけでなく研究や中教審の理事など全体的な方向性を考えるという方法で貢献していきたいと考えています。

◎――――エッセイ

年間276日「研修女王」の
アサーティブ交渉術
――「NO」と言っても握手はできる!

大串亜由美

Ohkushi Ayumi
有限会社グローバリンク代表取締役。日本ヒューレット・パッカード株式会社、コンサルティング会社勤務を経て、98年、ビジネス・コミュニケーション全般の企業・団体研修を手がける、有限会社グローバリンクを設立。現在、CHANEL、三井不動産、ソニーマーケティング、日本オラクル、明治乳業、京王電鉄、住友重機械など、150社超の研修を実施。年間276日「研修女王」として、日本全国を駆け巡る。今回が初めての著作。 【URL】http://www.globalink.jp

◆アサーティブって何?

「自己主張ができない人が多すぎる。自己主張を勘違いしている人もいる。正しい自己主張は“すがすがしい”はずなのに、なぜ?」
――そんな思いが、この本を書く一つのきっかけとなりました。
「自己主張」と聞いて、よくないイメージを抱く人もいます。我が強い、わがまま、自分勝手、などなど。それはきっと、アグレッシブで強引な自己主張に遭遇することが多かったからでしょう。
 自分の考えをハッキリ伝えることは、ビジネスシーンではとても重要なこと。でも、アグレッシブに相手を叩きのめしてしまっては、交渉の“打率”を上げることはできません。相手が交渉の土俵から降りてしまったり、次の交渉で猛反撃をくらったり。たとえその場で1勝できたとしても、勝ちの裏で負けも拾っています。
 はっきり主張し、かつ交渉相手から気持ちよくYESをもらう。そのカギとなるのが、本書の主題である「アサーティブ(Assertive)」。気持ちよくYESをもらうことで連勝や正しい全勝を目指す「発展的で協調的な自己主張と交渉のスタイル」です。
 発展的とは、つまり明日も気持ちよく会える関係を築くこと。お客様であればリピートにつながる関係、社内の相手であれば明日の会議でも建設的な会話ができる関係を目指します。
 協調的とは、相手に迎合したり相手を否定することなく、相手に“通じる”言葉で話すこと。主張は、相手に届いて初めて主張になります。そのために、相手の話に耳を傾け、興味を示し、“相手の言葉”を知ることもアサーティブの大事なステップです。
 自分のしたいことを「したい」と主張し、相手にしてほしいことを「してほしい」と伝える。それでも自分勝手な主張には陥らないアサーティブな交渉トーク。実は、それほど難しくはありません。
 したいことや、してほしいことを伝える前に、まず相手のしたいことや、相手がしてほしいと思っていることを聴く。そのうえで、相手が聴きたい話にすることが大切です。

◆5年連続年間250日超の研修

 話を聴いてもらうために、あなたの主張を曲げる必要はありません。双方にとって確かな「価値」と「勝ち」のあるポイントを探し、そのメリットを“相手の言葉”を使って語ることができれば交渉は必ずYESに向かって動き出します。
 本書には私自身、あるいは受講者の方々の体験談を紹介しながら、交渉を動かすための具体的なスキルをたくさん盛り込みました。
 私はビジネス・コミュニケーション研修の講師として、毎年、相当数の方とお会いしています。研修日数は5年連続年間250日以上。昨年は276日。社会経験の浅い若手社員の方から交渉のプロであるコンサルタントまで、受講者の層も様々です。お話を伺っていると、キャリアや職種・業界に関係なく、それぞれにいいアイデアや意見を持っているのに、なぜかうまく伝え切れていない。きちんと話を聴いてもらえていない。そんなもったいないケースをよく目にします。

◆第一印象を変える15秒スピーチ

 聴いてもらえていない原因の一つは、本書のタイトルにも記したとおり、オープニングの15秒で相手の“耳”をしっかりつかめていないから。さらに、続く90秒のアピールで相手を巻き込むアクティブな話ができていないから。でも、言葉の選び方や話の順序を変えるだけで、自分の考えをハッキリ伝えているのに、気持ちよく聴いてもらえるようになる――そんなうれしいケースもたくさん見てきました。
 たった15秒のトークで? と思うかもしれません。でも、たとえば、
「お忙しいところ、すみません。異動してきたばかりで、まだまだ力不足ですが……」
 というオープニングと、
「お時間をいただき、ありがとうございます。現場のナマの情報を用意してきました」
 ずいぶん違いませんか? 15秒は、人が集中して話を聞けるギリギリの長さ。その中で、相手は無意識のうちに第一印象と「聴く価値のある話」かどうかを判断しています。

◆相手の心を動かす90秒トーク

 逆に90秒は、想像以上に多くのメッセージを伝えられる長さ。でも、これだけの長さを最後までしっかり聴いてもらうには、相当な準備と工夫が必要です。何を、どんな順番で、どう話せばいいのか。相手と状況に合わせて効果的なアピールを組み立てられるよう、構成要素の“プリフィックス・メニュー”を作りました。
 正しい道具を、正しいプロセスで使い、正しく場数を踏んで、正しく振返りをすれば、コミュニケーション力は何歳からでも必ず伸びます。使いやすい道具と練習の場を提供することで「明日からスグに実践できる」ことを実感していただく――それが、いつもの私の研修ゴール。今回の本も、そのように仕上げました。相手のニーズや課題に目を向け、本気の「Win-Win」を目指した正しい自己主張は、きっと届きます。上司、顧客、同僚や後輩、あるいはプライベートな場面でYESをもらいたい相手を思い浮かべ、使えるヒントを実践の場で活かしてください。


15秒でツカみ90秒でオトすアサーティブ交渉術

『15秒でツカみ90秒でオトすアサーティブ交渉術』
大串亜由美著
●1500円(税5%)●4-478-73325-2

◎――――エッセイ

「キャリア」は、普通の「仕事」の
延長線上にしかありえないのです

逢坂ユリ

Aisaka Yuri
米国大学卒業後、日本企業に2年間勤務したのち大手外資系金融機関3社で資金運用、外国為替カスタマー・ディーラー、債券及びデリバティブスの法人向け営業などを経験。2004年末のスマトラ沖地震に遭遇しながら命拾いしたことをきっかけに、05年春、独立・起業。現在は執筆業、資産運用コンサルティングや講演会・セミナーを行っている。著作に『夢と幸せを実現するお金のつくり方』『夢とお金をつかむキャリアのつくり方』(共にダイヤモンド社)がある。

走りながら考える

 いきなり、「自分のやりたいこと」「生きがい」に飛びつく女性が少なくありません。こういう自己実現系の発想に陥り、「キャリア」と「生きがい」がごちゃ混ぜにすると危険です。あてどない自分探しの旅を始めてしまいかねません。
 自分探しを続けて、もう35歳を超えているような人は、「下流」「負け組」に足を踏み入れつつあるおそれがあります。自分で納得のいく仕事が見つかるまで自分探しを続けてもいいのですが、やはり30代になったら、少なくとも、自分の力で生活できるくらいにはなりたいものです。
 多少なりとも、人生に我慢はつきものです。
「これがやりたい」
 というものが見つからないなら、自分探しの旅のひとつとして、2〜3年、どこかの会社に修業に入ることをお勧めします。なんだか違うという感じや納得できない点があるとしても、能書きや不満は上着のポケットに仕舞って、とりあえずひとつの「仕事」をこなし、走りながら考えたらいいのではないでしょうか。
 もし、あなたが本物の天才で、自分の世界を極めることがすべてというのであれば、何も言いません。でも、私を含め、多くの人は普通の平凡な人間です。そういう普通の平凡な人間が、世の中で生きていく上では、会社などの組織に一度属し、そこで働き、お給料をもらうということの意味を知っておいたほうがいいと思います。
 もともと仕事は、そんなに格好いいものではありません。生きて行く糧を得るための泥臭いものです。これまで仕事と本気で向き合ったことがない人は特に、会社に1回入ってみて、多くの社会人がどんな日々を送っているのか、そこで何を感じているのかを知ってみてください。企画、営業、経理、購買、生産などいろいろな部署があり、それぞれ地道な仕事が行われています。
 一見、無駄なようなことでも、何かしら人生にプラスになるものがあると私は思います。「Festina lente(急がば回れ)」という素晴らしいことわざもあります。
「キャリア」は、そうした普通の「仕事」の延長線上にしかありえません。

神様はきっと見ている

 ある仕事、あるキャリアを選び、その道を進むと決めたら、あとは方法論の問題です。結果を出すため工夫し、成功を目指して努力することにつきます。
 これは、どんな分野でも共通することです。
 私が転職した外資系金融機関で、トップ営業マンといわれる人のノートを無理やり頼んで見せてもらったことがあります。びっくりしました。丁寧な筆跡で、取引先のデータや情報、市場の動きなどがこと細かく記入され、しかもそれが何冊もあるのです。常に情報収集を怠らず、それを自分なりにきちんと分析、整理しているのでした。よく聞くと、営業電話での最初の自己紹介をテープに録音して何度もチェックしたり、セールストークはいくつかのパターンを用意し常にブラッシュアップしたりもしているのでした。デキル人ほど、隠れてそういう努力をしていることを知りました。
 もうひとつ、エピソードを。
 別の外資系金融機関に勤務しているとき、夜中の3時ごろ、急用を思い出して会社に行ったら、広いディーリング・フロアーにポツンと一人、高卒派遣社員の20代半ばの女性が、営業担当者のための顧客配布資料を一生懸命、黙々と作っていました。土曜日の午前中、ふらっと会社に寄った時にも、やはり彼女がいました。
 それから1年後、彼女はその会社の正社員になり、かつ一番偉い人(支社長)の秘書に抜擢されたのです。年収は軽く3倍になったと聞きました。
 そのビッグ・プロモーションに社内の心ない人は、
「彼女はきっと色目を使ったのよ」
「彼女はただのラッキーガールよ」
 と揶揄していました。
 でも、私は彼女が人の2倍も3倍も働いていたことを知っています。他の人が夜、デートや合コンを楽しんでいるとき、彼女はまだ働いていました。他の人が土曜の朝、ゆっくり寝坊してブランチを食べているとき、彼女はもう仕事をしていました。
 やる人はそこまでやるのです。別に難しいことでも変わったことでもありません。当たり前のこと、基本中の基本を徹底してやるのです。
 きっかけや目的は、お金でも昇進でもやりがいでも、なんでもいいと思います。それは決して、欺瞞でも偽善でもないと思います。
 努力しても、なかなか結果がでないことはあるでしょう。でも、ずっとそのままということは絶対ありません。そうした努力は、必ず人の目にとまります。どこかで神様は、きっと見ていてくれます。


夢とお金をつかむキャリアのつくり方

『夢とお金をつかむキャリアのつくり方』
逢坂ユリ著
●1365円(税5%)●4-478-73325-2

◎――――連載

最新 MBA用語事典

グロービス経営大学院
嶋田 毅/加藤小也香

Shimada Tsuyoshi/Kato Sayaka
【グロービス経営大学院】
民間のマネジメント教育機関であるグロービス・マネジメント・スクールを母体に2006年4月より発足した経営大学院。「創造と変革」を担う人材の輩出を目指している。

パレート分析

Pareto Analysis
【カテゴリー】定量分析

 構成要素を大きい順に並べた棒グラフと、それらの累積量(全体に対する百分率)を示す折れ線グラフを組み合わせることで、上位の一部要素が全体にどのくらい貢献しているかをみる分析方法。
 ビジネスにおいて、物事を重要なものから処理する、あるいは改善感度の大きいものから手をつけることは非常に重要である。パレート分析は、こうした優先順位付けに大いに役立つ。また、各項目の順番だけでなく、累計が示されることにより、追加の手間や時間をかけることがどの程度意味があるのかを類推しやすくなり、やる・やらない、残す・切るといった判断がしやすくなる。一般に、「顧客の上位20%で売上高の80%を占めている」などのように、20---80の法則が読み取れるケースが多い。
 たとえばパレート分析の結果、仮に、顧客100社中、上位5社で全売上高の70%を占めており、また売上高の大小とは関係なく顧客管理コストがどの顧客も同程度発生し、なおかつ経営上無視できない金額であったとしよう。
 この場合、思い切って顧客数を削減し、優良顧客に資源を集中することを考えてもよいだろう。
 パレート分析は、かつてはABC分析と呼ばれるのが一般的であったが、近年ではコスト分析手法としてABC分析(Activity Based Costing:活動基準原価計算)が登場したため、それと明確に区別するためにパレート分析と呼ばれるようになった。
[関連語]20-80の法則、ロングテール現象、顧客分析、商品分析、TQC

20-80の法則

20-80 law
【カテゴリー】定量分析

 構成要素を大きい順に並べた時、上位20%の要素で全体の80%程度を占めることが多いという経験則。
 ビジネスに限らず様々なケースにおいて、一部の要素が全体のかなりの割合を占めることが経験的に知られている。その中でも経験上、頻繁に観察されるのが、「上位20%の要素で全体の80%を占める」というケースだ。ビジネスシーンでの典型的な例としては、「上位20%の顧客で売上げの80%を占める」「上位20%の商品で売上げの80%を占める」「故障原因の上位20%で80%の故障を説明できる」などがある。
 ただし、あらゆるケースに20-80の比率が当てはまるわけではない。企業や業界によっては、それが10-90の場合もあれば、30-70の場合もある。したがって、ラフな目処として20-80を想定するのはかまわないが、正確を期すのであれば、実データに基づいてパレート分析を行うことが望ましい。
 20-80の法則はまた、仮説検証を行うときに、「100の手間をかけて100%の精度を狙うのではなく、20の手間で80%の精度まで検証できたら、次のステップに移ることが望ましい」といった意味合いでも用いられる。
 これは、ビジネスで最も重要な要素の1つであるスピードを重視した考え方であり、この姿勢を「Quick and Dirty」と表現することもある。
[関連語]パレート分析、ロングテール現象

ロングテール現象

Long Tail
【カテゴリー】経営戦略、マーケティング

 主にインターネットを介した通信販売において、ニッチ商品の販売額の合計が、ヒット商品の販売額の合計を上回るようになる現象。
 市場に出回る商品の2割(ヒット商品)が、全体の8割の売上げを稼ぎ出すという、20-80の法則に従う既存の店舗販売の収益構造とは対極をなす。
 売り場面積や在庫スペースなど、物理的な制約の多い小売店と異なり、無限ともいえる「売り場スペース」を持てるネットビジネスでは、少量多品種の商品を容易に扱える。実在庫は持たずに商品をデータベース上にのみ登録する、あるいは地代の安価な場所に在庫スペースを設ける、などの工夫によって流通コスト・在庫コストを低減することも可能であり、これによって、ニッチ商品を数多く集めることで、ヒット商品の大量販売に依存することなく収益を上げるビジネスモデルの構築が可能となった。
 ロングテールの「テール」は動物の尾を指す。販売数量順に並べたパレート図を描くと、ヒット商品が恐竜の長い首(ヘッド)、ニッチ商品が長い尾(テール)に見えることから名づけられた。2004年10月に、当時、米国WIRED誌の編集長であったクリス・アンダーソン氏が、自筆の記事「the Long Tail」の中で、オンライン書店Amazon.comやDVDレンタル店Netflixの成功を説明するために使ったのが最初で、ロングテール効果、ロングテール論とも呼ばれる。
[関連語]パレート分析、20-80の法則、ビジネスモデル


新版MBAマーケティング

『新版MBAマーケティング』
グロービス・マネジメント・インスティテュート編著
●2940円(税5%)●4-478-50247-1

◎――――エッセイ

お金に迷える50代よ
この本があなたを救います

中村芳子

Nakamura Yoshiko
【グロービス経営大学院】
ファイナンシャル・プランナー。アルファアンドアソシエイツ代表。大学卒業後、大手電機メーカーに就職するが、翌年社員5人のFP会社に転職。1991年に会社を設立、現在はファイナンシャルプランナーとして、個人向けのマネー相談、執筆、講演などを行っている。また、20代、30代のマネー啓蒙に力を入れている。著書は、『20代のいま、やっておくべきお金のこと』(小社刊)ほか多数。7月27日に『50代のいま、やっておくべきお金のこと』発売予定。

64歳になったら

 人は誰でも「自分が年をとる」ことについて想像力が働きにくい。20代のときは30歳になる自分が想像できないし、30代のときは40歳になったら青春は終わりだと絶望的になる。40代になっても50代の自分を想像できない(したくない)。
 ところがポール・マッカートニーは24歳のとき「When I Am Sixty Four」という曲を作った。20代で60代のことを考えていたなんてやはり常人ではない。
 詩の内容は、「僕が64歳になって頭が薄くなっても一緒にいて、今と変わらず愛を表現してくれるかい」という問いかけだ。残念ながら彼の最愛の奥さんリンダは、98年にがんで亡くなった。2002年に再婚したへザーとの間には子供が生まれたが今年5月、彼が64歳の誕生日を迎える直前に離婚を発表した。64歳のポールは3人の孫を抱いてにこにこしているはずだったけれど。
 ジョン・レノンも「Grow Old With Me(僕の傍らで年を重ねてほしい)」と歌ったが、この曲が発表された直後、40歳でヨーコの隣から永遠に姿を消してしまった。
 本当に人生ってわからない。ライフプランは難しい。
 そう考えると、50代を迎えて一応は夫婦円満、あと何年かで退職と順調に人生を歩んでいるのは奇跡である。
 ところがその奇跡を心から喜べるかというとそう簡単な話ではない。50代になると、いよいよ「退職」が現実味を帯びてくる。そのとき、誰しも頭を悩ませるのは「お金」のことだろう。

いったいどうしたらいいの

 ここ10年くらいでお金周りの事情は、めまいがするほど変わってしまった。
 退職が10年前なら幸福だったかもしれない。退職後すぐの60歳から十分な公的年金をもらい、退職金もたっぷりあったはずだ。退職金は、年金保険や定額貯金に預ければ、それなりの利息がついたので、運用のことなど心配しなくてもよかった。
 だが、これから退職する年代は、年金額は徐々に少なくなるし、受け取り始める時期もだんだん後ろにずれていく。驚くべきスピードで金融自由化が進んだため、お金の運用方法は何千種類にも増え、右も左もわからないのに「自己責任」だ「リスクをとらないと損だ」などと攻め立てられる。
 インターネットの普及で、消化不可能な量の情報(それも玉石混交の)があふれかえっている。
 20代、30代に比べると経済的に恵まれている50代とはいえ、いったい退職にどう備えればいいのか、退職したらお金をどうしたらいいのか見当もつかないというのが、多くの人の現実だろう。

情報収集よりも大切なこと

 50代ということは、自分で稼ぎ始めて30年あまりお金と付き合ってきたということだ。だからといって、お金のことがわかっているかというとそうではない。企業の40代、50代社員向けのセミナーで話をしても、自分が稼いだお金が、子供の教育費にどのくらい使われているか、年間どのくらい貯蓄しているのか、保険はどうなっているのかを大体でも把握している人はほとんどいない。
 今の自分のお金がどうなっているかを知らないで、最新の金融商品や投資情報を仕入れても役に立たない。家を建てるのに土台も築かず、柱も立てずに屋根をのせようとしているようなものだ。
 最新の正確な情報を集めるのは大切だが、その前にやることがある、今の自分の状態を知り、どんな課題があるかを知り、それを解決するための目標をたてるのだ。これが退職後のマネープランの土台作りだ。

世界にひとつだけの

 本書『50代のいま、やっておくべきお金のこと』では、世の中にあふれるさまざまな情報に惑わされず、自分のためのマネープランを作るためのノウハウを解説している。
 数ある金融商品の中から、退職前に利用したい金融商品、退職後に使える金融商品をピックアップし、それぞれの仕組み、メリット、デメリット、使うときの注意を盛り込んだ。
 貯蓄や運用だけでなく、住宅ローンや生命保険の見直し方法、子どもにかけるお金の考え方、親の介護の問題、離婚や相続のことまで、50代以降に知っておきたい、考えておきたいテーマへのアドバイスは具体的かつ実用的なものをこころがけた。
 本書が、マネー情報を集めただけの50代向け、退職者向けの類書とは全く違うのは、20年以上のFP(ファイナンシャル・プラン)相談業務の経験の中で、お客様の悩みの声を聞き続けて出来上がったものだからだ。
 世界にひとつだけの、自分と家族のための、満足できるマネープラン作りのために、ぜひ“夫婦で”読んでいただきたい。これがプラン実現の可能性を高める大切なポイントだ。

※『50代のいま、やっておくべきお金のこと』(7/27発売予定)

◎――――連載

問題な上司語
連載2

上からの命令だから……

前川タカオ

Maekawa Takao
若手社会人向けキャリア支援メールマガジン『リクナビCAFE』編集長。『リクナビ』『就職ジャーナル』『リクルートブック』の編集長も兼務。各媒体で得たリアルな若手社員・上司世代の声を、「キャリア」「就職」「転職」「天職」についての講演活動、取材対応などを通じて伝えている。

●「伝書鳩化上司」は嫌われる!

 2回目の「問題な上司語」は、「上からの命令だから……」。経営側の言葉をそのまま部下に伝えてしまう「伝書鳩化した上司」は、部下に最も嫌われる典型です。
 一例をあげてみましょう。管理職会議で「これからは、わが社はお客様第一主義を信条とする」というメッセージをトップが発したとします。
 しかし、これをそのまま部下に伝えたところで、「昨日までは効率化優先で、お客様への対応もマニュアル主義だったのに、急に今日からお客様第一主義と言われても……」と戸惑うだけ。具体的な行動に結びつけられません。
 そもそも、十人十色のお客様の意見にすべて応えるなど不可能です。

●上司自身の言葉で伝えることが大切

 こうしたとき上司は、「わが社にとってのお客様第一主義とは何か」を、上司自身の言葉で翻訳して伝えなければなりません。つまり、現場の部下が具体的に行動できる指針を示してあげるのです。
 たとえば……。
「“お客様第一主義”の実践の第一弾として、月一回クレーム会議を開くことにしよう。現場での対応は、これまで通りマニュアルに従うこと」
 このように、若手にも理解できる表現で言い換えてあげましょう。

●部下の不満を受けとめてあげよう

 ときには、上司自身も納得していないような命令を、部下に伝えなければならないときもあるでしょう。
 たとえば、先日社員総会で「営業体制の強化」「経営資源の戦略的再配分」が社の方針として示されたばかり。にもかかわらず、その二週間後には、「営業部門も他の部署と同じく、経費枠一律三〇%カット」の決定……。
 それこそ、顧客拡大のために、これまで以上に必要経費を必要としているなか、とても承服できる話ではないと、部下は色めきたつでしょう。
 このような状況のなかで、「上がそう言うから」と伝えるだけでは、部下の士気はますます下がるばかりです。
 もし、あなただったらどんな伝え方をしますか?
「上は、これ以上赤字を増やさないために経費節減と言っているが、赤字はキミたちの責任ではないし、自分も納得はしていない。今後、改善に向けて掛け合っていくが、今は与えられた経費の中でやっていくしかない」
 このように、部下の不満をきちんと受けとめ、自分の意思を示したカタチで伝えることが大切です。
 そうでないと、部下は上司に対して「お前の意見はないのか!」と不信感を持ちますし、会社に対しても「現場を分かっていない!」と不満が募ります。
 忙しいからと説明を省いたり、部下からの質問を避けるため、「そういうことだから、あとはヨロシク」とメール一本で済ませてしまったり――。こういうことでは、上司の仕事を放棄したも同然です。
 部下は自分の仕事にしか思いが至らないため、経営側の視点や考えを理解することができません。それを部下に伝わるよう翻訳して話すのが上司の役目です。

●信頼関係の有無もポイント

 反面、どんなに翻訳して話し、「適切な上司語」を駆使しても、やはり部下との間に信頼関係がなければ、それも生きてきません。
 部下が経営側の言い分に多少の理不尽を感じても、「この上司が言うなら」とついてくる信頼関係が築けていれば、部下が著しくモチベーションを低下させることはないのです。
 ふだんから部下とのコミュニケーションを心がけておこうというのは、こういった理由があるんですね。

◎――――連載

球域の文明史 最終回

結びにあたって

川勝平太

Kawakatsu Heita
1948年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修了。英国オックスフォード大学大学院博士課程修了後、早稲田大学政治経済学部教授を経て、国際日本文化研究センター教授。著書に『経済学入門シリーズ 経済史入門』『日本文明と近代西洋』『文明の海へ』『文明の海洋史観』など

 当初、二年間の予定であったこの連載は、すでに丸一年もオーヴァーしてしまったが、今回で閉じることにする。
 三年前、ポスト近代文明をにらんで西洋起源の「近代文明(近代資本主義社会)」についての考察を開始した。近代文明には構造的問題がある。第一に、資本主義社会の構造的本質であるマーケット・メカニズムによって貧富の格差が拡大するのを避けられない。第二に、貧富の格差の拡大によって暴力革命のような社会不安を醸成する。第三に、有限で稀少になる資源(原料・製品市場)の獲得競争が熾烈になることで国家間に戦争の原因をつくる。第四に、人間中心の世界観に立っているので自然環境の破壊をもたらす。これらの克服が現代の課題である、という問題意識に立っている。
 こうした関心に立つとき、客観的で中立的な立場に終始しうるものではない。何らかの主観や価値判断が入りこむのは避けられない。となれば、「価値からの自由」(ウェーバー)をめざして腐心するのも一つの道ではあろうが、むしろ、自己の立場や価値観を明確にしておく方が良心的であり、選ぶべき道ではないか。
 まず、価値の問題に触れておきたい。価値には、大きく、真・善(西洋社会では政治的には「正義」、宗教的には「愛」という言葉になる)・美の三つがある。三つともゆるがせにできない。この連載では触れる機会はなかったが、拙著『「美の文明」をつくる――「力の文明」を超えて』(ちくま新書、二〇〇二)や『「美の国」日本をつくる』(日経ビジネス人文庫、二〇〇六)などで、その書名からも推し量られるように、私は価値は真・善を包摂する「美」に立脚するべきではないか、と考えている。
 近代文明は、日本が明治時代にその摂取をめざしたとき「富国強兵」というスローガンを立てたことに見てとれるように、軍事力と経済力とを一体にした「力の文明」であり、特に二〇世紀は科学技術の時代といわれるが、自然に対しては科学技術の「知の力」を行使した。その結果、環境破壊が深刻になった。しかし、同世紀末から、国際社会の各地で生まれてきた環境保全運動、「スロー・フード」に象徴される地産地消運動が広がりを見せ、そして、地球サミット(一九九二)で生物多様性条約が締結されるなど、経済のグローバリズムとともに、自然環境の回復運動もグローバルな広がりを見せている。

力の文明から美の文明へ

 こうした新しい動きの底流にあるのは、生活景観、自然景観における「美」の回復であるといえる。もとより、何を美と感じるかは、きわめて主観的であるが、誰もが美意識をもっているという意味では、普遍的であるともいえる。美意識は多様である。美意識が多様なのは、自然の多様性に対応するものであろう。「美」の価値にもとづく動きが加速すれば、近代文明をもって人類の自然への敵対的関与は終わりを告げるものと見込まれる。文明史的には、「力の文明から美の文明へ」という文明の転換の方向性を看取できるように思うのである。そのような見通しを立てられるという意味で、われわれは「近代文明の生成→発展→没落」の巨大なサイクルを見渡せる地平にいるのである。
 当初の構想では、そのような超長期の展望に立って、近代文明の勃興から衰亡にいたる流れを叙述し、その功罪を論述する、という正攻法で迫るつもりであった。具体的な経済史像を期待されていた読者には、さぞ物足りなかっただろう。連載全体としては、近代文明の勃興をどう説くかという方法論に終始しており、いわば「序説」でしかない。
 言い訳めくが、かねてより「物事の本質はその始まりにある」という思いこみが私の中にある。その思いこみが一因となって、経済学を修めているうちに、気づけば経済史を専門とすることにもなった。きわもの的な言い方をすれば、「出生の秘密に将来展望を開く鍵が隠されている」と思っているのである。
 起源への関心は、個人の好みに由来するものかもしれない。起源論をしりぞける岩井克人氏のような経済学者もいる。あるいは「長期では、誰もが死んでしまっている」と言い放って、現状の危機の打開にこそモラル・サイエンスとしての経済学の使命があるとしたケインズのようなすぐれた経済学者もいる。
 ちなみに、伊東光晴氏は近著『現代に生きるケインズ――モラル・サイエンスとしての経済理論』(岩波新書、二〇〇六)において、ケインズのハロッド宛の一九三八年七月四日・一六日付の手紙にある「経済学は、ロビンズ〔著者注:ライオネル・ロビンズ『経済学の本質と意義』が呈示した希少資源の最適配分という効率性の〕考えとは反対に、本質的に道徳科学(モラル・サイエンス)であって、自然科学(ナチュラル・サイエンス)ではない。換言すれば、それは内省と価値判断を用います」「私〔著者注:ケインズ〕は、経済学が道徳科学であることを強調したい。先日私は、内省と価値判断を使用すると言いました。私が付け加えたいのは、経済学は動機と期待と心理的不確実性を取り扱うということです」という文章を引いて、こう述べている。
「ケインズにあっては、(中略)経済学ないし政治学の追求すべき問題は、少なくとも三つの質を異にする問題である。資源配分の合理性を含む効率、社会的公正、個人的自由――その三者はいずれも、質を異にするものである。(中略)道徳科学は、こうした質を異にする複数の問題を同時追求する。それゆえに、現時点で何に重点を置き、問題解決を図るかは、ケインズの言う「内省と価値判断」を必要とするのである。その基礎には、人間がいかに生きるべきかという道徳哲学ないし倫理学があり、その上に社会のあるべき姿が求められ、それに近づく手段として、政治と経済の政策選択がなされる――これが道徳哲学としての体系であった。それはアダム・スミスから流れるイギリス経済学の伝統でもあった」
 経済学はモラル・サイエンスとして復権すべし、という伊東光晴氏の呼びかけには深く共鳴する。ただ、それをどう果たすかはケインズ流のやりかたしかないわけではない。
ケンブリッジ大学というエリート集団の保守本流に属したケインズとは立場が対極にあり、またイギリス人でもなく大陸出身でありながら、ロンドンでイギリス経済学を独習したマルクスも、イギリスの古典経済学の系譜につらなる経済学者といってよい。マルクス経済学の体系は、マルクスが青年期に抱いた「類的人間性の回復」という理想を宿したモラル・サイエンスの性格を色濃く備えている。
 マルクスは現状の変革に最大の関心をもっていたが、階級社会や資本主義社会(近代文明)の起源にもなみなみならぬ関心をよせた。マルクスの近代文明の起源論は「本源的蓄積」論(『資本論』第一巻第二十四章)である。つぎのマルクスの叙述を見られたい。
「本源的蓄積が、経済学において演ずる役割は、原罪が、神学において演ずる役割とほぼ同じである。アダムが林檎をかじって、以来、人類の上に罪が落ちた。その起源の説明は、過去の小話として物語られる。久しい以前のある時に、一方には勤勉で悧巧で、とりわけ倹約な選り抜きの人があり、他方には怠け者で、自分のすべてのものを、またそれ以上を浪費するやくざ者があった。神学上の原罪の伝説は、とにかくわれわれに、いかにして人間が額に汗して食うように定められたかを物語るのであるが、経済学上の原罪の物語は、そんなことをする必要のない人々があるのはどうしてかを、われわれに示すものである。それはとにかくとして、前者は富を蓄積し、後者は結局自分の皮以外には売るべきものを何ももたない、ということになった。そしてこの原罪以来、あらゆる労働にもかかわらず、いまなお自分自身以外に売るべきものをもたない大衆の貧窮と、久しい以前から労働することをやめてしまったのに、なお引きつづき増大する少数者の富とが生じたのである」
 これはマルクス流の起源についての洞察である。
 周知のように、マルクスは資本主義社会(近代文明)をもって階級社会の最終段階だと断じた。そして、その次にくる社会を共産主義社会だと展望したのであるが、その展望は、階級社会の起源にある原始共産制の回復という観点からであった。起源をみつめて将来を描いているのである。現状の終末を、その起源から見すえて、未来を展望する、という構図である。革命は英語ではrevolutionであるが、字面を見れば分かるとおり、volutionというのは「回転」という意味であり、それに「繰り返し」を意味するreという接頭辞がついている。つまりrevolutionには「再回転」という意味がある。いいかえると起源にまで立ち返らないと、もう一回転はできないのである。
 私も近代文明の起源に強い関心を寄せている。そして、近代文明の起源論としてのマルクスの本源的蓄積論については細部にわたって紹介し、マルクスの理論をしりぞけるべき理由を述べた。人間中心主義であること、それと表裏をなすが、物への考察がないこと、そしてヨーロッパにしか妥当しないというのが主な理由である。

人間の生産物に焦点を当てる「格物史観」

 マルクスに代わるものとして、シュンペーターの経済発展の理論について、かなり好意的に論じた。シュンペーターの理論のキーワードは「新結合」と「循環」である。シュンペーターは、ヨーロッパの伝統を身につけた人であるだけに、「企業者」に関心を集中した。主体を重んじたのである。しかし、シュンペーター自身が主体を論じたのは『帝国主義と社会階級』(岩波書店)など、ごくわずかである。主著『経済発展の理論』『景気循環論』では、新結合の事例や景気循環の波を叙述しており、非人間的である。
 私は、マルクスが無視(軽蔑)し、シュンペーターが(形式的にはともかく)実質的に論じた「物の世界」の回復を図るべく、「物産複合」というコンセプトを出した。物に即して見る立場である。ここがマルクスやシュンペーターと一線を画するところである。近代文明が勃興する中世から近代への移行期に、社会の物産複合は大転換を遂げた。物を重視する歴史の方法論は真正の唯物史観というべきであるが、マルクスの思想と紛らわしいので、格物史観という言葉で表した。
 物は人間と自然との間に介在する。それゆえ、両者の関係を抜本的に変える力をもっている。物にこだわるのは、人間と自然との望ましい関係を回復するためである。
 もうひとつのこだわりは、近代文明に占める日本の歴史的位置である。この点については、一六世紀から二〇世紀まで、各世紀に、日本とスペイン、オランダ、フランス、イギリス、アメリカとの関係を概括したが、素描にとどまった。いずれ一書にまとめて読者の前に提供したい。ご愛読いただいた読者の皆様に、厚く御礼を申し上げる。

◎――――連載

ガンバレ!男たち 第30回(最終回)

大人の男になるための
十箇条

池内ひろ美

Ikeuchi Hiromi
1961年岡山県生まれ。一女を連れて離婚後、96年にみずからの体験をベースに『リストラ離婚』を著し話題となる。97年、夫婦・家族問題を考える「東京家族ラボ」を設立、主宰する。hiromi@ikeuchi.com
ブログ「池内ひろ美の考察の日々」
http://ikeuchihiromi.cocolog-nifty.com/
サイト「東京家族ラボ」 http://www.ikeuchi.com/

写真

 相談の現場でいまの日本の夫婦家族における現状を見たところから書いてきた連載も最終回。私は男性に甘いのだが、甘い私から見ても「ちょっとコイツってどうよ?」と感じる男性がいるため、厳しい提言をしなければならない。戦後どんどんダメになってきたいまこそ「男の力」が必要だ。社会の最小単位である家族と日本を守るために、世の中に一人でも多くの大人の男が生まれ育つことを心から願ってこの十箇条を贈る。

第一条 コミュニケーションに媚びるな

 いまの日本は「コミュニケーション強迫症」。なにもそんなに畏れなくてもいいのにと痛々しくすら感じる。畏れるあまり関係性のズレに気づかない。部下と話をしただけで自分に包容力があると誤解し、妻の話を聞いたことで問題解決できたと思い込んではいないか。そもそも日本語の概念に存在していないコミュニケーションとやらにただ媚びるだけの男になんか絶対になってはいけない。

第二条 男の立ち姿は美しくあれ

 たえず鏡を見たり顔パックやスネ毛を剃る必要はない。くるんと背中を曲げるのではなく、自信を持って背筋を伸ばしシャンと立つ。頭髪が薄くなってきたからといってアゴの高さに悩まなくても、ハゲにはハゲの色気がある。髪の毛より頭の中身の薄さこそ悩み憂えるべきだ。

第三条 返事とお辞儀を正しくせよ

 名前を呼ばれたら「はい」と返事をしよう。はぁいと間延びした音や、のっそり無音は返事ではない。そして、正しくお辞儀をしよう。ぺこっ、とか、ぺこぺこっと音が聞こえそうなお辞儀ではなく、きちんと正しく一礼する。大人の男には、大切な日本の文化を守ってほしい。

第四条 大きな声ではっきりと発言せよ

 相手に伝えるために言葉を発する。小さな声でぼそぼそと話し、会議では女性社員の通訳がなければ意を伝えることができないような男にはなるな。そして、なんでもかんでもぺらぺらしゃべるな。重箱の隅をつつくような小さい話ではなく天下国家を語れよ、堂々と。

第五条 しっかり大地を踏みしめて歩け

 背筋を伸ばして大股で歩け。まるでハムスターが回し車をちょこちょこ走るような姿は、かわいくないどころかみっともないと心せよ。そして、女性とともにいるときは彼女の歩みに配慮できる想像力があれば、きっとモテる男になれる。

第六条 やっぱり、お洒落でいてほしい

 服装にこだわりすぎるのは考えものだが、礼儀としての清潔さは必要である。社内でセクハラを訴えられる場合、その言動よりも清潔感のない男だと見られていると自覚せよ。男のお洒落は服装だけでなく生き方でもある。

第七条 ちょいモテおやじに憧れるな

「ちょい」とエクスキューズせず、モテたいならモテたい、ワルならワルでいい。世間の評判や流行に流されるな。誰彼構わずちょいちょいモテたいと望むのではなく、一番身近な女性からモテる男こそが、結果的に多くの女性に認められる。

第八条 「ありがとう」が言える男になれ

 言葉にしなければ伝わらないことがある。ところが「ごめんね」はうかつに使ってはならない言葉だ。妻にその言葉を使ったばかりに逆に追いつめられることもある。そもそも謝らなければならないことを大人の男はしてはならない。ごめんなさいより、ありがとうが言える男になれ。

第九条 優しさよりも親切に

 女性に求める男性のタイプを尋ねると「優しい人」というが、信じてはいけない。他の女性に優しくしたとき責められるだけだ。そもそも優しさの授受は多分に主観的なものだから、客観的に「親切に」することができてこそ大人である。

第十条 男なら、正義を背負って生きろ

 一部の男性が後生大事にしているものに「少年の心」があるが、少年の心を持ったオヤジほど面倒臭いものはない。「いつでも僕が中心」なのは子どもであって大人の男ではない。少年の心なんかどこかへ置いて、もっと大きな「正義」を背負って生きろ。あなたは何を背負いますか? 恋人・家族・仕事・社会・政治・教育・歴史か国家か、銃弾に晒される子どもたちか。覚悟して背負った男こそがカッコいい。

*本連載は大幅加筆、修正のうえ単行本化し、今秋弊社より刊行予定です。

◎――――エッセイ

「ウチの社員には危機感がない!」
とお嘆きの社長さんへ

和仁達也

Wani Tatsuya
ビジョナリーパートナー(経営コンサルタント)。一九七二年生まれ。有能な幹部不在に悩むスモールビジネスの社外パートナーとして、「ワクワク感動できるコンサルティング」をカンパニースピリッツに掲げ、全国で活躍中。経営の素人にも理解できるわかりやすさと、軽快で親しみのある語り口が高い評価を得ている。
http://www.wani-mc.com/

いくら打っても響かない社員たち

「ウチの社員には危機感がない!」
「なんで社長のオレばかりが一人で忙しいんだ!」
 会社の状況は決してラクではないのに、なぜか社員はノホホンとしている。いくらハッパをかけても、社員のやる気が見えてこない。そんな社員たちに給料を払うために、社長一人が奔走しているように見える…。
 そんな社長さんの話を聞いていくと、なんとか社員とコミュニケーションを取って、やる気を引き出そうと、たしかにいろいろ考えて実践していることがわかります。それなのに、社員との間のギャップが埋まらない。いくら打っても社員には響かない…。
 そんな悩みを解決するために、『逆ザヤ社員が稼げる社員に変わる法』では、社長自らビジョンを掲げ、その実現に向かって社員とともに邁進するための『全員参加経営』導入の方法論について提示させていただきました。
 社員を雇うには、当然、コストがかかります。しかし、中には会社が支払うコストに見合った稼ぎを作れない社員がいるものです。そんな社員のことを今回の本では「逆ザヤ社員」と呼んでいます。もしも会社が「逆ザヤ社員」ばかりだったら、その会社は近い将来、倒産してしまうでしょう。
 経営者であれば誰でも、そんな社員たちを「自分の給料分くらいは自分で稼げ!」と叱り飛ばした経験が、一度や二度はあるのではないでしょうか。
 しかし、残念ながら、それだけでは「逆ザヤ社員」はいなくなりません。この事態を解決するために、まずは、社長自身と社員の立場の違いを再認識することが必要です。

社長と社員の埋められないギャップ

 これでは、いくら社長が「もっと緊張感を持って仕事をしろ!」「自分の給料分くらいは稼げ!」とハッパをかけても、社員には社長の危機感が伝わりません。その結果、社長はガッカリします。「ウチの社員はわかってくれない…」と。
 どうしてそんなことになってしまうのか、その理由のひとつは、会社の経営状態について、社長と社員が持っている情報量が圧倒的に違うということです。
 社長の頭の中には、会社のビジョンや数字の計画が入っています。どこまで細かく数字を把握しているか、どこまで明確にビジョンを描いているかは人それぞれですが、大切なのは、そのビジョンや計画をどこまで社員と共有できているかということです。しかし、多くの場合、社長自身が思っているほど、社員は会社のことを理解していないものです。
 マラソンにたとえるなら、会社の現状は今立っている位置であり、ビジョンはゴールです。自分が今ゴールまで何キロ地点にいるのか、ゴールまでの道のりはどうなっているのか、それがわかっていないのに、ただ「頑張れ」と言っても、それは社員に目隠ししたまま「走れ」と言っているようなものなのです。
 まずは、社員の目隠しを外してあげましょう。
 社長の頭の中にある、漠然としたビジョンや計画、経営の数字を社員に理解してもらうためには、まず、社長自身が具体的に目に見える形でそれをアウトプットすること。そして、誰にでもわかる、わかりやすい形で社員に伝えることが必要です。それができてはじめて、社員と会社が同じ方向を向いて、目標に向かって走り出すことができるのです。
 こうやって言うのは簡単ですが、いざ実践となるとなかなかうまくいきません。なぜなら、社員に会社の数字を理解させるだけでも、普通のやり方では大変な労力が必要になるからです。
 そこで、『逆ザヤ社員が稼げる社員に変わる法』では、私が実際にコンサルティングに使っているノウハウやツールを惜しみなく公開しました。そのどれもがシンプルで使いやすいものと自負しています。この本を読んでくれた人の中から、一人でも多くの社長が、ビジョンの実現に向かって走り出してくれることを願っています。


逆ザヤ社員が稼げる社員に変わる法

『逆ザヤ社員が稼げる社員に変わる法』
和仁達也著
●1500円(税5%)●4-478-37517-8

◎……著者が語る

『お金持ちになるための
バフェット入門』

書籍

三原淳雄著
●1500円(税5%)●4-478-63124-7

日本一わかりやすいバフェットの本

 ウォーレン・バフェットの名前は、最近では日本でもすっかりお馴染みになりました。二〇代から始めた株式投資で資産を増やし続け、ビル・ゲイツに次ぐ世界二位のお金持ちになった人物です。米フォーブス誌の調べでは、現在の資産は四二〇億ドル(四兆六二〇〇億円)に上るそうです。将来のために本気で資産を増やしたいと願う人にとって、まさに神様に等しい存在といえます。
 そんなバフェットの投資哲学を日本にいち早く紹介したのが、この本の著者であり、経済評論家として知られる三原淳雄さんです。
 バフェットの名声が日本に届いていなかった一九九〇年代半ば、三原さんは『株で富を築くバフェットの法則』(R・G・ハグストローム著、邦訳小社刊)という書籍を発掘・翻訳し、バフェットの株式市場観や株式投資法を日本の多くの投資家に紹介しました。それ以来、バフェット関連の訳出書は五冊を数え、自著や講演活動でもバフェットの考え方を積極的に広めてこられたのです。
 なぜ、三原さんはバフェットの投資哲学や投資法を啓蒙しているのでしょうか。一言でいえば、日本の個人投資家を育成し、株式市場を活性化するためでしょう。三原さんは次のように言っています。
「日本では株式に対する理解が欠けているため、株に手を出すのは危ないと思っていたり、株をやると言いながら自分がどんなスタンス(投資なのか投機なのか)で売買をしているのか理解していない人が多いようです。そのため、せっかく将来大きく成長する株を買っても、少しの値上がりですぐに売ってしまう。このような人たちにバフェットの原則をできるだけ早く知ってもらい、会社の成長と一緒になって自分の資産を大きく増やしていただきたいのです」
 三原さんが本書を執筆された理由も、実はここにあります。これまでは翻訳書を中心に紹介してきたせいで、厚い本を読むのが苦手な人や、翻訳書を読むのが好きではないという人に、バフェットの原則を理解していただく機会がありませんでした。そうした方々にも手軽に理解してもらいたいという願いから、今回の書籍『お金持ちになるためのバフェット入門』が生まれました。
 その意味で、バフェットの投資哲学や投資法を手っ取り早く知りたいという人には、ぜひ選んでいただきたい一冊です。バフェットの長期投資に対する哲学や、バリュー投資法、フォーカス投資法、銘柄選びやポートフォリオ(資産配分)の考え方まで、要点を逃さずコンパクトに解説されています。
 将来に向けた資産形成の一助として、本書をご活用くだされば幸いです。
(編集担当 小川敦行)

◎……著者が語る

『商談現場のナマ見積書が見たい!』

書籍

戸田 覚著
●1500円(税5%)●4-478-76102-7

ビジネス書作家・コンサルタント、株式会社アバンギャルド代表取締役。ハイテク、パソコン、成功する営業のコツ、ヒット商品、新事業開発といったテーマを中心に、執筆、出版プロデュース、講演、コンサルティングに携わる。主な著書に『あのヒット商品のナマ企画書が見たい!』『儲かる商売のナマ現場が見たい!』他多数。

値引きしないで勝つ秘訣

 これまで、あらゆる業種にわたって“トップ営業”といわれる人々を取材してきた。その数は三〇〇人を超えるだろう。営業のノウハウに関しての話を聞き、営業に同行し、実際に商談現場を見せてもらったりもした。
 営業のノウハウは各人各様だったが、一つだけ共通点があった。それは、誰一人として価格競争に巻き込まれていない、ということ。誰も値引きで勝負はしていなかったことだ。
 さて、僕はIT関係の仕事が多く、インターネット上にあるビジネス関連情報も日々手元に集まってくる。そこで最近思うのが、ネットを利用した見積の増加だ。
 有名なところでは、カカクコム(kakaku.com)などの価格比較サービス。ほかにも、引越、保険などの見積一括取得サービスがいくらでもある。消費者にとっては「どこが一番安いか」が即座に分かるのだ。これらは確かに便利であり、否定するつもりは毛頭ない。
 だが、価格勝負だけで商売が決まるはずがない。もしも価格だけが勝負なら、すべての商取引はディスカウンターや自動販売機、ネット通販等に収束してしまう。こんなにつまらないことがあってはならない。
 冒頭で述べたように、トップ営業といわれる人たちは、値引き競争で勝っているわけではない。では、彼らは、どんなふうに価格を提案し、お客様を納得させているのか。
 そこで僕が注目したのが見積書だ。そもそも見積書は、企画書などと違って、あまり工夫の余地がないと思われている。定型の見積フォームに金額を書き込んで終わりである。
 確かに、価格や納期の比較をするだけならそれでよいのかも知れない。
 ――だが、ちょっと待って欲しい。それが行き着く先はITによる見積比較になるのではないか。これでは、値引き競争ばかりが進んでいく。
 価格勝負から脱出するべく、見積書に工夫を凝らしている会社やセールスパースンはいないのだろうか?
 そう考えたのが、本書の取材の始まりだった。雲をつかむような話から始まったのだが、いざ調べてみると、面白い事例がごろごろ出てくるではないか。IT社会が加速すればするほど、見積書に工夫の余地が生まれ、商談に大きなプラスとなることは間違いない!
 企業にとって見積書は基本的に「社外秘」であり、アポを取るだけでとてつもなく大変で、本書の取材には2年近い歳月がかかった。しかし、苦労のかいあって、企画構想から2年の苦労など一気に吹き飛ぶ、超自信の1冊が完成した。読者の皆様の商談のプラスになれば、これほどうれしいことはない。

◎――――連載

美人のもと 第11回

美人のもと

西村ヤスロウ

Nishimura Yasuro
1962年生まれ。株式会社博報堂 プランナー。趣味は人間観察。著書に『Are You Yellow Monkey?』『しぐさの解読 彼女はなぜフグになるのか』など。

*観光地モード

 街を歩いていると、アメリカ万歳の人が結構いる。大きく星条旗がプリントされたTシャツなどを着ている。
 そんなにアメリカ好きなのか。そうでもないようだ。別にアメリカだけではなく、イギリス、オーストラリア…。国だけではなく、ハワイやロサンゼルスなどかなり限定された場所も万歳だ。
 なぜ、地名が好きなのか。人は誰でも好きな場所を持っている。しかし、それをそんなに主張しなくてもいいのではないか。
 キミ、サーファーでもないのに、背中で大波の中をくぐり抜けているね。シャーッとね。
 これはほとんど観光地モードの買い物の結果だと思う。人は観光地に行くと、モノを見る目が変わってしまう。ハワイに行くだけで、サーファー気分の買い物パラダイスだ。ついつい「シャーッ」のシャツも握りしめる。
 きっと、星条旗の人もアメリカで観光地モードの買い物をしたのか、お土産でいただいたのだろう。
 残念なことに、この観光地モードな洋服は質の悪いものが多い。首が伸びてしまったり、ヘンなしわが発生したりする。ふだん着ているものと組み合わせると、妙にバランスが悪くなったりする。
 この現象は別に洋服に限った話でもない。
 例えば、海外で買った化粧品はいつもと違う気分で買ったものが多い。「いつもの私からの脱皮」を目指したりする。そして、その脱皮がとんでもない方向に行ってしまうことが多い。普段は自分をわかっていて、自分に合うことを考えるのに、観光地モードでは自分に合わないことにも挑戦してしまう。
 観光は非日常の連続である。観光地の日常も旅人には非日常である。ふだん食べないような巨大なピザを平らげてしまう力を持っている。「美人のもと」は観光地に弱い。観光地モードに流されすぎると大変なことになる。
 さて、夏休み。我を忘れてはしゃいでみよう。しかし、我を見つめなおす時間を必ず持とう。

*バッグ

 女性はバッグが好きだ。バッグを語る。バッグを観察する。バッグで主張する。他人のバッグもチェックする。
 今日もあちこちのブランド店のバッグ売場は盛況だ。ちょっと腕にかけ、鏡を見る。しなくてもいいのに、ちょっと微笑む。
 女性はこんなにバッグが好きなのに、男性はあまり興味がない。女性がどういうバッグを持っているかにはほとんど興味がない。ためしにデートした翌日にでも「昨日の私のバッグ」について聞いてみるとよい。彼はほとんど覚えていない。トイレの時間が妙に長かったことは覚えているのに。
 そんな男女の「温度差」にもめげず、バッグは今日も女性に大人気だ。バッグ談義になると止まらない。新作が出れば、実物を見なければならない。バッグで人に階級をつける人さえいる。
 それなのに、バッグを大切にしない人が多い。好きなんじゃないのか。乱暴に扱いすぎだ。「オマエ、俺のこと好きだって、あんなに」。バッグ君は泣くぞ。
 まず、お手入れしていない。たまには革を磨くとか、汚れを取るとか、やることがあるはずだ。勢いよく汚れていく様をよく見かける。
 バッグを乱暴に扱う人はレストランなどでその汚れたバッグをテーブルの上に置いたりする暴挙に出ることが多い。その人を引き立てるはずのバッグが、その人をダメな人に見せている。
 そして、ありえないような組み合わせに引っ張り出されたバッグをよく見かける。思いっきりカジュアルなのに、かなりのフォーマルなバッグ。「アナタ、私のこと、そんな風に思っていたんだ」バッグちゃんは涙ぐんでいる。そして、「美人のもと」を吸い取っていく。
 悲惨なのが、とんでもない友達を押し付けられたバッグだ。つまり、そのバッグに入らないものを入れたもう一つのバッグが「それはない」ものであるケース。なぜか、買い物をした時の紙袋。しかも「愛用」されている形跡。
 その紙袋には立派なブランドの名前が書いてあるかもしれない。しかし、やはりそれは紙袋であり、本来ゴミとなるものだ。スーパーでもらう袋と大差ない。「ちょっと、なんであんな娘と私を一緒にするのよ」。バッグさんに叱られるぞ。

◎――――エッセイ

今こそ求められる

コーポレート・
ファイナンシャル・
エンジニアンリング

張替一彰

Harigae Kazuaki
野村證券 金融経済研究所 金融工学研究センター クオンツアナリスト。銘柄選択やアセットアロケーションに関する運用モデル、リスク管理手法の開発に従事。
企業リスク管理(ERM)に関するコンサルティング、システム開発などを担当する。

理論と実務の架け橋

 村上世彰氏の逮捕以降、村上ファンドに対する批判的な論調が高まる一方で、この事件によって、“もの言う株主”自体の存在感が失われてはならないと主張する識者が多かったように思う。それは、“もの言う株主”の存在が、企業のガバナンスに規律を持たせ、企業価値の向上につながると考えられているためである。
 しかしながら、その一方で、短兵急な株価上昇を望む資本市場参加者から中長期的な事業戦略が理解されず、思うように株価が上昇しない理不尽さ、無念さを感じる経営陣も多い。また、昨今、日本で増えている敵対的買収においては、企業価値向上を錦の御旗として、攻める側も守る側も自らの正当性を訴え、市場からの支持を集めることが重要であるが、どのような施策がどの程度の企業価値の向上をもたらすかについての議論が不十分なことが多い。
 このようなコンセンサスのとれた企業価値評価が難しい原因の一つに、経営者や資本市場参加者の間で共通の合理的な判断基準が乏しいことが挙げられる。無論、その判断基準の基盤となるコーポレート・ファイナンスの理論はあるが、実際には理論に忠実に基づいてビジネスの意思決定や評価は行われてこなかった。その原因は理論と実務との間の大きなギャップにある。このギャップを埋め、現実的な解を理論から導き出すためには、両者の架け橋になるものが必要となる。
 この架け橋となりえるものが金融工学の最も新しい分野の一つである「コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリング」である。コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングとは文字通り、コーポレート・ファイナンス(企業財務)とファイナンシャル・エンジニアリング(金融工学)を融合したものであり、企業の抱えるリスクを企業価値向上という観点から戦略的に扱う最先端の理論・技術体系である。

中期経営計画の達成をサポート

 このコーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングの役割の一つには、“明確な目標を掲げ、その達成を目指した具体的な経営戦略を策定する際のサポート”がある。
 上場企業においては、策定した中期経営計画を対外的に発表し、経営陣がそこで掲げた目標についてコミットメントすることが一般的となっている。資本市場ではこれらのターゲットの達成を織り込んだ形で株価形成を行うことが想定され、未達による下方修正が続けば、資本市場参加者からの信頼を失い、株価の下落要因になりかねない。
 中期経営計画をしっかりと実行していくためには、策定時における計画評価が重要となる。上場企業であれば、この時に自社からの視点だけではなく、資本市場からの評価軸を入れておくことも必要である。例えば、中期計画を仮に達成できるとした場合には、どの程度の理論株価となり、格付けはどの程度向上するのかといった視点、あるいは計画策定の前提条件に不確実性(例えば、為替や金利、原油など)を考慮した場合には、ベースシナリオである中期経営計画はどの程度の達成確率が見込めるのかといった視点である。コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングを援用することによって、こうした資本市場、リスク評価、定量的な観点を入れた上で、様々な想定シナリオのシミュレーションを繰り返し行い、精度の高い具体的な戦略を練り込んでいくことが可能になる。

エージェンシーコストの推定

 また、コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングには、“明快な解が存在しない難題に取り組む際のサポート”としての役割もある。
 企業価値最大化に取り組む経営者であれば、誰でも一度は、企業価値の最大化をもたらす“最適株主還元”“最適資本構成”などの問題について悩んだ経験があるだろう。これらを難題にしている要因の一つに、エージェンシーコストがある。エージェンシーコストとは、経営者が株主の利益を蔑ろにし、自己顕示のための無謀な投資などを行う危険性をコストとして考えたものであるが、このコストの絶対額を定量的に推計することは非常に困難とされる。
 しかし、コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングでは、理論と整合性を保った代理的な諸要因(エージェンシーコスト含む)によって、定量的なモデルを構築できる。これによりコーポレート・ファイナンス理論を踏まえた上での具体的な戦略立案が可能となる。このように、理論から仮説を立て、実証分析を通して、相対的なモデルを構築することで、経営判断の参考たりうる理論値を導き出す方法論がコーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングである。
『企業価値向上の財務戦略』では、企業価値評価、株主還元、格付け、最適資本構成、企業リスク管理(ERM)などの諸項目について、コーポレート・ファイナンシャル・エンジニアリングを用いた具体的な取り組み方を示している。分析データは主に日本市場のものを用いているため、日本企業にとっては実務適用性の高いものとなっている。本書は資本市場を意識した企業経営に携わる方々や企業評価の方法論を模索している資本市場参加者に対し、実務的なサポートを行うことを目的として書かれたものである。企業経営者や市場参加者の相互理解が進み、株主価値と時価総額のギャップが少しでも解消され、健全な資本市場育成の一助となれば、望外の喜びである。


企業価値向上の財務戦略

『企業価値向上の財務戦略』
野村證券金融経済研究所金融工学研究センター編
●5250円(税5%)●4-478-47086-3

◎――――エッセイ

バランス力で、
仕事と人生の成功者になる

タッド・バッジ

L Tadd Budge
東京スター銀行代表執行役頭取。一九五九年、米国生まれ。大学卒業後、ベイン・アンド・カンパニー日本法人入社。その後、シティバンク、GEを経て、二〇〇二年に東京スター銀行へ。二〇〇三年より現職。

バランス力で、仕事と人生の成功者になる

「みなさん、本日のお仕事お疲れさまです。ただいま6時になりました。
 ワーク・ライフ・バランスを考え、仕事にメリハリをつけて、早めに帰宅いたしましょう」
 私が頭取をつとめる東京スター銀行では、水曜と金曜日の週2回、夕方6時にこのようなアナウンスが行内に流れます。
 このアナウンスを耳にするたびに、ほんの一瞬、行員たちに仕事と私生活のバランスについて思い出してもらいたい。その習慣をつけてもらうのが目的です。
 私は常日頃から「バランス」を大事にしています。
 こう書くと、多くの読者のみなさんは、仕事と家庭、仕事とプライベートといった公私のバランスをイメージすると思いますが、私の場合は少し違います。

人生は「4つのボール」で考える

 私の場合、公私のバランスは「ジャグリングの発想」で考えています。これは「自分」「家族」「社会(活動)」「仕事」という4つのボールで人生をとらえ、これらのボールをジャグリングの要領でどのボールも落とさないよう楽しく投げ続けることで、人生のバランスを保つというものです。
 大事なポイントは、均等に4つのボールを投げ続けることではなく、どのボールも落とさないようにすること。例えば忙しい時には、「社会(活動)」を大きく投げ、ボールが高く上っている間に、「家族」というボールに集中することもできます。ただし、「家族」というボールを落としてしまうと、本当の幸せを失ってしまうことになると思います。どんなに仕事や会社で成功したとしても、これでは幸せにはなりません。

 私はある時期、仕事が忙しくて運動する時間もなく、多忙とストレスから健康的ではない食生活を続けてしまい、10キロ以上太ってしまったことがあります。もちろん、家族との関係もあまりよくありませんでした。
 この経験で学んだことは、やはり自分自身をケアしてあげられないと、他の人や他のことへのケアなどできないということです。4つのボールの土台となるのは「自分」というボール。まずはここをしっかり管理することから始めるべきなのではないかということです。

 自分のケアは、健康面だけではありません。本を読んだりセミナーに参加するなど、自分自身を高めるための自己投資も含めたケアです。
 具体的に今私が実践しているのは、毎朝のスポーツジム通い。10キロ以上太ってしまったことがあると書きましたが、食生活にも気を配るようになり、現在は元の体重をキープしています。

誰にでも「4つのボール」は実践できる

 仕事のことで精一杯の毎日なのに、4つのボールを投げるなんて無理――そうおっしゃる人もいるでしょう。実はこの考え方、とてもシンプルで簡単なのです。
 仕事も家族も社会も自分も均等に4分の1ずつ時間を割きなさいということではありません。4つのボールで大切なことは、「落とさないこと」つまり「忘れないこと」です。
 水曜と金曜の「ワーク・ライフ・バランスを考え、メリハリをつけて」という行内アナウンスの呼びかけによって、働く人たちが少しでも仕事以外の他のボールを思い出してくれればと思っているからです。
 久しぶりに友人に手紙を書くことや、週末は家族そろって夕食を食べること、読みたかった本を通勤電車の中で読むこと、何でも構いません。ちょっとした心配りと行動で、あなたの人生の大切なボールを落とさずにすむのです。そのためにも、忙しい毎日の中で4つのボールを意識すること、つまり「忘れないこと」が重要なのです。

銀行も「バランス」が大事

 東京スター銀行では、「Financial Freedom(ファイナンシャル・フリーダム)」という新しい発想で、お客さま一人ひとりを「お金の心配から解放する」ための商品・サービスの提供をおこなっています。
 例えば、東京スター銀行には日本初の預金連動型住宅ローン「スターワン住宅ローン」という商品があります。これは「預金と同類のローン残高には金利がかからない」という預金連動型住宅ローンで、お客さまのお金のバランスを考えるという発想から生まれた商品です。
 なぜこのような商品を作ったのかというと、お客さまとの関係を「預金」や「住宅ローン」という枠ではなく、それらを含む個人取引部門全体として考えているからです。ファイナンシャル・フリーダムという私たちの使命はもちろん、お客さまとの長期的なお付き合いの中での収益を考えているのです。こういった、長期的に見たバランスの良い関係というのも、銀行のひとつの挑戦です。

 この「4つのボール」の考え方を、具体的にどのように日々のスケジュール管理に取り入れているのかなどについては、現在執筆中の書籍(ダイヤモンド社より8月発行予定)に詳しく書いていますので、ご興味のある方は来月を楽しみにしていてください。

◎――――連載

気になるキーワードを徹底研究
ビジネスマンのための健康ラボ 第11回

【水の種類】

話し手 松井宏夫

 夏に向かって日一日と暑くなっていくこの季節。普段はコーヒーを買う手も、ついミネラルウォーターなどさっぱりした飲み物に伸びるようになってくる。
 今年はスパークリングウォーターともいわれるノンカロリー系炭酸飲料の品揃えの豊富さが目立つ。これまでは外国製品が中心だったが、国内メーカーの新商品も次々に登場し、店頭を賑わせている。
 そもそも、水には精製度と処理方法などによって様々な種類がある。いわゆるミネラルウォーターは、特定水源から採水した地下水をろ過・沈殿などで処理し、水を混合したりミネラル分を調整したものをいう。マグネシウムやカルシウムなどの含有量が多く重い口当たりの「硬水」と、含有量が六〇ミリグラム/リットル未満で飲みやすい「軟水」がある。
 ミネラルが豊富に含まれる水といえば海洋深層水。光の届かない深海を循環している水で、汚染がほとんどなく、ミネラルバランスが良い。深層水特有の元素には健康に役立つパワーがあるといわれており、アトピーの治療効果などの研究も進んでいる。
 バナジウムウォーターは、血糖値を下げる働きがあると期待されているミネラル、バナジウムを多く含む水。天然水としては富士山系が知られている。
 家庭用浄水器を選ぶ際に聞かれるのがアルカリイオン水だ。水を電気分解してマイナスイオンを発生させたもので、弱アルカリ性。厚生労働省が認定している効果は、慢性下痢・消化不良・胃酸過多など。このアルカリイオン水のうち、一定以上のマイナスの還元電位を有するものは、特に還元水または活性水素水とよばれる。私たちのカラダをサビさせる悪玉・活性酸素対策に効果があるという。過剰な活性酸素は老化の原因。ぜひとも退治したいものだ。
 さて、水の一日の摂取目安は約二リットル。とはいえ、あわててガブ飲みしても逆効果。大量の排出を促しミネラルまで逃がしてしまうとか。一度に三〇〇ミリリットル程度と心がけよう。

●ご意見・ご感想はこちらまで…healthy@diamond.co.jp


イラスト

◎――――連載

小説「後継者」第27回

第11章 競合対策

安土 敏

Azuchi Satoshi
◆前回までのあらすじ
スーパー・フジシロの創業者社長・藤代浩二郎が、提携先の大手スーパー・プログレスを訪問した帰り、車中で謎の言葉を残し急逝した。その後プログレスは裏切り、フジシロは独自路線を貫くことを決める。追い出された格好になった守田社長は、フジシロと同じエリアでスーパーを展開するプログレスの子会社アドバンスの社長に就任した。守田のヘッドハンティングへの対策として役員と管理者全員を大会議室に緊急招集した浩介は、自分の力量不足による非を深く詫びる。さらにアドバンス対策のプロジェクト・チームを早急に立ち上げ、そのメンバーのなかには全営業担当役員を入れることにした。既に退社するとの噂のある役員もだ。フジシロはアドバンスに一体どう対抗していくのか。



 アドバンスに対する競合対策会議は、メンバーに寝返った可能性のある者を含んでいるまま、間宮取締役の議事進行で始まった。事前に、藤代浩介社長、佐藤詠美、重成大五郎の3人で競合対策会議の進め方を相談したときに、「会議メンバーに、アドバンスに寝返った者が含まれているかもしれない」と重成が言ったのだが、「それが誰であるかを特定できない以上、排除する方法がないし、仮にそういう人間が含まれていても、そのことによって対策が効果を発揮できなくなるものでもない。そんなことを気にしないで、決定事項にふさわしいメンバーを集めて会議を持とう」と、浩介が、毅然として言ったのである。
 冒頭に、浩介社長から「アドバンス対策を徹底して討論して欲しいが、わが社は、あくまで『大多数の消費者を相手にした、普段の食生活のパートナーとしての食品スーパー』に徹することを大前提としてもらいたい」という趣旨の挨拶があった。
 間宮は、社長挨拶を受けて言った。「社長から私に宛てたメモをそのまま読みます。『日本の管理職の平均年収は700万円程度。手取りを計算しエンゲル係数を考えると、1世帯あたり月10万円が食品と日用雑貨に向けられる費用であり、すべてがわが店に向かったところで、1日3000円程度。それを前提にしたときに、高級スーパー路線には無理がある。高級スーパーのなかには、デパ地下風食品売り場も含まれる』ということです。以上を前提として、競合対策を練ってもらいたいのです」
 一瞬、会議室のなかが静かになった。高級化・上質化路線によって差別化を図るべきだと主張しようと思っていた人々が、いきなり意見を言うチャンスを封じられたからである。
 社長の浩介は、自分のメモが読み上げられるのを聞きながら全員の顔を眺めていた。
 討論になった。と言っても、間宮に指名された人が次々に意見を述べるのである。
 まず、コンセプト(基本的な考え方)をはっきりさせようという間宮の提案に基づき、いくつかの意見が出た。ただ、皆、いろいろ言う割には、論旨が明快でない。要約すると、結局、ディスカウント路線でいこうということで、例えば冷蔵庫内の常備野菜を徹底的に安く売るとか、卵と牛乳は原価販売に徹しようとか、精肉部門の生肉を低粗利益率覚悟の安売りでいこうとか、惣菜ではコロッケ一個30円、焼き鳥1本25円ではどうだというような、ありきたりの意見である。高級化・上質化という方向で差別化できないなら、低価格を武器に戦うしか方法がないということのようだ。
 こうした安売り派の意見が途切れたところで、反論が出た。
「低価格路線は、むしろプログレスなどGMSの得意技。それはおそらくアドバンスにも引き継がれるので、結局、値段を合わせられてしまって、効果が発揮できないのではないか。それに無理をすれば、商品の品質を低下させる原因になる」という意見で、それに次の提案を付け加えた。
「だから、『心からのサービス』を提供して、低価格路線とは一線を画すべきだ」
 この発言に賛成する声はほとんどなかった。かつて「心からのサービス」を実行しようと試みて、それが言葉で言うほど容易でないことを、参加者たちは、皆、体験で知っていたのである。
「『心からのサービス』に総論反対する奴はいない。だが、各論では一体どうしたらいいのだ」と、皮肉まじりに切り返したのは、グロサリー担当の花崎取締役だった。
「例えば……」と主張者は考えて言った。「チェッカーがお客様の名前を覚えたらいいのです」
 会議室の全員が、一瞬にして白けた。このことも、これまで繰り返し主張されたが、実行されなかったということを皆が知っていた。
「でもスーパーマーケットで、実際に、そんなことができるか。我が社のレジは、コロッケとメンチカツの区別もできないんだ」と花崎が反論したので、会場中が失笑した。コロッケをメンチカツの価格で精算してしまって、チンピラヤクザに因縁をつけられた事件が、つい最近起こったことを全員が知っていたからである。
 結局、「心からのサービス」論者は、具体的なやり方を挙げることができず沈黙した。
「生鮮食品や日配商品を中心に、最近話題の地産地消を実行して、地場の野菜や当地の名産品を徹底して揃えるなど我が社独自の商品を増やして徹底的に売り込んではどうでしょうか」
 地産地消とは、地域の生産物をその地域に住んでいる消費者が消費することによって、地域産業を興そうという狙いを持ち、それが国全体の食料自給率を改善するきっかけになることから、このところ盛んに啓蒙されているテーマである。
 生鮮食品担当の狭山取締役がむっとして反論した。「地産地消だけでなく、我が社だけの特色ある商品を開発するというのは、我々商品部がいつも考えていることです。実際、生産者名を明らかにしたムロアジの開き、シシャモ、明太子、合鴨、山形産和牛など、数え上げればたくさんあります。まだ足りないと言われて、ああそうですかと、また次々に出てくるようなものではありません」
「私もそう思う」とグロサリー担当取締役の花崎が追い討ちをかけた。「茨城県の産地を、徹底的に研究して作ったうちの納豆の品揃えには自信があるんだが、そういうものを、豆腐についても、こんにゃくについても、どんどん作れと言われても、簡単にはいかない」
 浩介は黙って議論に耳を傾けていたが、やがて両腕を胸の前に組んで天井を仰いだ。
 重成は、いつになく怖い顔をして会場を見回している。
 詠美だけが穏やかな表情を変えていなかった。
「抽象的な論議をしていても仕方ないので、ここは具体的に決めていきましょうか」と司会の間宮が、浩介の顔をちらちらと見ながら言った。何のことはない、冒頭に宣言した「コンセプト(基本的な考え方)を決める」という考えを自ら放棄したのである。
「ちょっと待ってください」と会議室の隅に座っていた堀越取締役が挙手した。「話がおかしくなっているように思う。まず、プログレスとその子会社であるアドバンスの力をどう見るかということを出発点にしなければなりません。私は、『家庭内の食を提供する店舗』として見た場合、プログレスの食品売り場は品揃えも不適切だし、鮮度管理も不十分だと思う。あの売り場はGMSの一部としてなら通用するかもしれないが、スーパーマーケットとしては消費者の支持を得られない。問題は、アドバンスがプログレスとは違う方向を身につけるかもしれないということです。我が社出身の人々が入り、社長も守田さんですから、おそらくフジシロを徹底的に研究して、プログレスとは違う、フジシロによく似た売り場を作ろうとしてくるのではないかと思います。ただし、それも第1号店が新宮里店だとすると、恐れる必要はありません」
 堀越は開発担当役員らしく、新宮里店の建物の形が悪くて絶対に望ましい作業場がとれないこと、その理由でフジシロがその建物への出店を断念したこと、従ってフジシロの得意とする生鮮食品の作業システムがこの店では実現できず、それは結果的に鮮度管理上にも、品揃え上にも大きな問題を残すということを説明した。
「だから極論に聞こえるかもしれませんが、新宮里店に関する限り、アドバンス対策として、特に何かをする必要はなく、当社がやるべきことをちゃんとやって、いつもどおりの店を維持すればいいのではないでしょうか。価格には気をつけて、アドバンスの価格に合わせるような対策が要るでしょうが。この会議は、それを確認することを結論にしてもいいと思います」
 会場がざわついた。思いがけない意見だったから戸惑ったという面もあったが、「アドバンスの新宮里店がハードウェアの制約から絶対にいい店にならない」という堀越のコメントにインパクトがあったのである。発言があったときに、数人の参加者の表情が変わったように見えた。アドバンスにスカウトされようとしている人たちだったかもしれない。
「さんざん議論したすえに、いままでと同じにしておけばいい、というような結論になるのか」と浩介が発言した。「つまり、平常心で行けということだ。ゴルフと一緒だな」
 突然、ゴルフに話が飛んだので、一部に笑いが漏れた。それをどう受け取ったのか、浩介は多少むきになったような口調で付け加えた。
「いやいや、私がゴルフと言うと、皆は笑うが、決してお遊びの話をしているわけではない。まじめに仕事の話をしている。ゴルフでも仕事でも、一番むずかしいのは、平常心でやることだ。だから、私はいまの堀越取締役の言うことが完全に納得できる」
 会議室のなかで、何人かが、互いにちらりと笑いの眼差しを投げ合った。またゴルフの話だぜ、という嘲笑的な目つきである。
 それを感じたのか、浩介は続けた。
「私がゴルフに譬えてスーパーマーケットの話をするのは、私がいまもゴルフのことを考えているからではない。私にはその譬えが分かりやすいからだ。何しろ、私はゴルフに人生を賭けてきた。それがスーパーマーケットに生きないはずはないだろうからだ」
 抑えた失笑がかすかに漏れたが、浩介は意に介さなかった。
「しかし、実は、ほかにもうひとつの理由がある。ここにおられる佐藤先生が、スーパーマーケットとゴルフとは、本質的に似ていると言われたのだ。その言葉が私の胸に食い込んだ。私でもこの仕事をやれると思ったのは、その言葉のおかげだと言ってもいい。だから、皆には今後とも、適切と思うことについては、遠慮なくゴルフに譬えさせてもらう」
 浩介は宣言するとともに、詠美を見た。さあ、説明してくれという顔である。
「それは、もちろん社長が大変ゴルフがお好きであるということを踏まえての話ですが、実際に、いま社長が言われたとおりなのです」と詠美が言った。「私は、ある時期プロゴルファーになろうとして本格的に練習しました。ある事情があって、その道には行きませんでしたが、学べば学ぶほど、ゴルフのスイングは『ひとつのよくできたシステム』だということに気づきました。そして、その点がスーパーマーケット・チェーンと同じなのです」
 会議室のなかの全員が注視しているなかを、詠美はゆっくりとホワイトボードの前に進み出て、ゴルフスイングを、分解写真風に線画で描いた。
「ゴルフボールを、期待どおりに飛ばすためには、クラブヘッドのフェースがボールに正しく当たらなければなりません」
 詠美は線画にボールを書き加え、クラブヘッドの先からボールが目標方向にまっすぐ飛んでいくイメージのラインを引いた。
「力はプレーヤーの身体の軸から肩・腕・グリップ・シャフトを経由してクラブヘッドのフェースに伝わるのです。そのすべてをコントロールしているのは、『しっかりした軸』と『それをコントロールする頭脳』です。スーパーマーケット・チェーンも仕組みはまったく同じです。ヘッドのフェースが、すなわち売り場です。売り場がお客様に向かって正しく向き合っていなければ、絶対にお客様の満足は得られません。そして、その売り場をお客様に正しく向き合わせる力は、実は、『脳(つまりここにおられる皆さん)が作り出すイメージ』を原動力として生まれ、それが社内のコミュニケーションチャネルを通して売り場の責任者たちに伝達されて、初めて実際の効果を上げるのです。ゴルフでこの関係が非常に精密でなければならないのは、野球などと違って、ボールが地面のうえに静止しているせいで、ボールが止まっているために、そこに加わる力がストレートにボールの飛び方に影響するからです。スーパーマーケットは、デパ地下やGMS食品売り場に比べて、はるかに少ない(桁がひとつ違うでしょう)客数で営業を成り立たせる商売です。客数が多ければ誤魔化せることも、誤魔化しが効かず、わずかの失敗が売り場の乱れや鮮度劣化を招きます。それは、あたかも止まっているボールを正しく叩くような精密さが要求されます。ゴルフスイングのイメージでスーパーマーケットを設計するというのは、まことに正鵠を得た話です」
 意外な話だったが、詠美の巧みな説明に、会議室内には納得した柔らかい空気が流れた。
 詠美が浩介のほうを向いた。
「そこで、社長に伺いますが、ゴルフのここ一発の大切なショットをするとき、スイングのどこをチェックされますか」
「そうだなあ。まず正しく立っているかどうかをチェックする」と浩介は言った。「次に、テークバックをするときのヘッドの動きとグリップとの関係を確認する。それから、スイングのトップで左親指にシャフトの重みがぐっとかかっているかどうかを見る。そのうえで、スイングの最後まで振り切るようにする」
「そうですね。スイングプレーンが正しいかどうかをチェックするのですね。私も同じようにします。スーパーマーケットも同じことです。アドバンス対策として、フジシロのスイングプレーンが正しいかどうかをチェックしませんか?」
 すべての人々が驚いたように目を上げた。重成が興味津々という顔になった。
「もしよければ、いますぐ本部の下の店に皆で行って、フジシロのスイングプレーンが正しいかどうかをチェックしてみましょう。それがちゃんとしていたら、堀越取締役の言われるとおり、新宮里店については、フジシロは特別な競合対策を必要としないかもしれません」
 思いがけない展開に、一同はざわざわと騒ぎ出した。
「おもしろい」浩介が立ち上がった。
「この店がちゃんとしていて、チェーン店としての新宮里店がそれと同じレベルなら、余計な対策は要らないというわけだ。やってみよう」
 浩介は、率先して立ち上がり、「さあ、先生」と言いながら詠美を誘うと、会議室を後にした。人々は慌てて、その後に続いた。
「おい、何だ。どうしたんだ?」と隣の人に尋ねる男がいる。いままで会議でぼんやりと考え事をしていて、なりゆきが分らなくなっているのだ。
「スイングプレーンをチェックするんだってさ」と、聞かれた男が意地悪く答えた。
「何だ。スイングプレーンって? ゴルフか?」
「そんなこと、知るか」
 どやどやと人々は部屋を出て、浩介や詠美の後について、階段を降りていった。本部の玄関を出て右に折れると、広い駐車場に出る。それを建物沿いに行くと、店の入口がある。30数人が列をなして歩いて行く。
 入口近くで、急に詠美が立ち止まり、全員に向かって言った。
「スーパーマーケットの売場のチェックは、すべてお客様の目で行います。お客様は、売場を見るわけではありません。一品一品の商品を見るのです。それも、今夜のおかずや明日の朝の食事として、目の前にある商品が役に立つだろうか、という目で見るのです。私たちも、そのようにしましょう」
 詠美の声に、いままで感じられなかった迫力があるのを感じて、人々は緊張し、皆、無意識のうちに、怖い目になった。詠美は、その目を恐れるふうもなく、ゆったりと全員の顔を見渡しながら「これだけの人数が、一度に店に入ると、お客様の買物の邪魔になるかもしれませんね。ですから、店に入り次第、それぞれ自分に関連する売場に直行して、そこをまずチェックしてください。細かくチェックするようにお願いします。そして、そのあとで売場の混み具合などに配慮しながら、それぞれ自分でここをチェックしたいと思う売場を見てみましょう。そうですね、1時間後に、また元の会議室に戻ってください。社長、よろしいですね」と言った。
「そうしよう」と浩介が賛成したので、一同は、店のなかに入っていった。

◎――――連載

連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート 第55回

カジノ資本主義
からの脱却

――ライブドア、村上ファンド問題の波紋

佐和隆光

Sawa Takamitsu
1942年生まれ。立命館大学政策科学研究科教授および京都大学経済研究所特任教授。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。

時代とともに移り変わる職業観

「(去る一月二三日の)堀江容疑者の逮捕は、バブル経済期(一九八七年〜九〇年)の最後の『付け』の支払いだったと思う。と同時に、付けを引きずる人間はあまたいるにもかかわらず、なぜ堀江容疑者だけがという『同情』の念もまたぬぐえない」と、私は「毎日新聞」一月二八日朝刊に書いた。そう思いきや司直の手は、六月には村上ファンド代表の村上世彰容疑者にも及んだ。村上氏は、その華麗なる経歴からして、堀江被告とは一線を画する投資家であるかのように思われていた。しかしながら彼は、堀江被告とその配下への取り調べによってインサイダー取引の容疑を検察当局に固められ、逮捕されるに至ったのである。
 九一年にバブルが崩壊して以来、「失われた一〇年」を迎えたわけだが、その間に、努力、勤勉、真面目、誠実などといった、日本古来の徳目の一切合財が否定されたのではなかったろうか。かつてのNHKの人気番組「プロジェクトX」の初期の画像を思い起こしてもらいたい。工業高校出身のエンジニアたちが寝食を忘れて新製品開発に没頭していた。彼らは、みずからの努力、貢献への経済的見返りなどほとんど期待していなかったはずだ。では、なぜ彼らは懸命に努力したのか。知的好奇心と新しい技術に挑戦することの喜びこそが、彼らの懸命な努力・勤勉の原動力だったのだ。青色発光ダイオードを発明した中村修二氏にせよ、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんにせよ、会社業績への貢献度に見合うだけの報酬を受け取らなかったし、少なくとも当初は期待もしていなかったはずだ。
 長らく日本人は、汗水垂らして働くことを誇りとしてきた。古来、日本人はモノ作りを尊ぶ。逆に、モノを作らない仕事に従事する人びとは、まるで経済の寄生虫であるかのように見られ、軽蔑の対象とされがちだった。江戸時代、士農工商という身分の序列があったが、そこにもモノ作りを尊ぶ日本の思想のようなものが透かし見える。それらを反映してか、少なくとも一九八〇年代半ばごろまでは、成績優秀な高校生の多くは理工系学部に進学し、エンジニアを目指した。
 一九六八年二月に封切られ、関西電力の黒四ダム建設の事故現場を活写した石原裕次郎と三船敏郎とが共演する映画『黒部の太陽』は、命がけでダム建設に取り組む土木技師を、じつに「格好よく」描いてみせた。
 その半面、銀行の支店の窓口ないしその後ろで、背広姿で客に頭を下げながら、お札を目にもとまらぬ速さで勘定する男性行員の姿は、少なくとも私には「格好悪く」見えた。
 しかし、こうした職業観は、時代とともに移り変わる。ポスト工業化の進展に伴い、エンジニアという仕事の魅力は次第に薄れ、コンピュータの画面の前で、マウスをクリックして大金を動かす金融マンが、収入の面でも、また「格好よさ」の面でも、エンジニアを凌ぐようになった。受験生の理科離れが言われ始めて久しいが、理工系学部の卒業生の製造業離れもまた加速している。伊藤清京大名誉教授が独創された確率微分方程式に基礎づけられた金融工学の流行を受けて、金融業が数学に強い理系学生の採用数を増やすようになったのだ。

拝金主義の虜

 バブル経済期、二〜三度電話をかけるだけで「土地転がし」をやり、一夜のうちに数千万円を儲ける輩がそこかしこにいることを、マスコミは肯定的な論調で喧伝していた。現在、三三歳の堀江貴文被告は、バブル経済期に一〇代後半期を過ごした。現在、四七歳の村上容疑者は、バブル経済期に三〇歳前後の日々を過ごした。おそらく彼らと同世代の人びとの多くは、お金は汗水垂らして儲けるものと考えたり、「世のため人のため」に働くことを生き甲斐に感じたりする、ひと昔、ふた昔前の日本人が共有した「堅気さ」を失ってしまったにちがいない。いまの三〇代、四〇代に属する人びとの多くは、そうした堅気さこそが日本を豊かにしてくれたことを忘れ、「金儲けは悪いことなんですか」(村上容疑者の記者会見での発言)と平然と言ってのける「拝金主義」の虜と成り果てたのである。
 私の知る高校生が次のように言うのを聞いて、私は虫唾の走る思いがした。「僕は理系の科目が得意なので、理系の学部に進学するけれども、それはそれとして、将来は村上ファンドの村上さんのようになるのが僕の夢なのです」と。
 私自身、たまたま父親が人文系の貧乏学者だったせいもあって「お金のことを口にするな」「ぜいたくは慎め」と諭されながら育ってきた。私が経済学者を志したときにも「親父が不経済学(仏教美術史)をやってきたから、息子は経済学者になったのだ」と、嘆きともとれる言説を吹聴していた。もちろん、私をして経済学者になることを動機づけたのは、私がお金好きだったからではなく、マルクス経済学に魅せられたからである。貧しい人、社会的に恵まれない人を救いたいという、ある意味では、大それた野望を抱いて経済学者を志したのである。
 バブル経済期には経済学部が繁盛した。その後、平成不況が始まると、就職難の時代を迎え、その挙げ句、経済学部よりも法学部のほうが好まれるようになった。司法試験に合格すれば、一生食いはぐれのない国家資格が獲得できるからである。ところが、今年一月までの数年間は、堀江貴文、村上世彰ら六本木ヒルズ族と呼ばれる人びとをマスコミがもてはやすようになり、経済学部の人気が復活の気配を見せ始めていた。私のような反拝金主義者から見れば、じつに嘆かわしい事態に思えていた。

「金融の天才」などいない

 二〇〇一年四月、「構造改革」を金看板に掲げて登場した小泉政権は、市場万能(原理)主義を、なりふり構わず振りかざしてきた。自由、透明、公正な市場を作るという意味での市場主義改革を、私は「必要な経過点」だと考える。日本は市場経済の国であることが、まるで自明の理であるかのように言われてきたが、じつのところ、日本の市場経済は、不自由、不透明、不公正きわまりなかった。市場万能主義と拝金主義は同じメダルの表と裏の関係にある。
 私たち一人ひとりにとって「住みよい」社会を作るために、市場主義改革は必要である。しかし、それだけでは十分でない。必要にして十分な改革とは、市場主義改革と「第三の道」改革の同時遂行でなければならない。「第三の道」改革とは、排除されるものがいないという意味での平等な、そして、人的資本への投資というポジティブな役割を福祉が担う福祉社会を目指す改革にほかならない。
 それはさておき、努力するものが報われる社会を作ることの大切さを私は決して否定しない。しかし、「努力」の中身を問題としたい。村上容疑者は、自他ともに許す「金融の天才」だとされてきた。だが、そもそも「金融の天才」などいるはずがない。これが私の考えである。金融の世界は運と偶然の支配するカジノ資本主義社会にほかならない。かつてマックス・ウェーバーが言った「プロテスタンティズムの倫理」すなわち正真正銘の努力や勤勉、そして能力が報われることのあり得ない世界なのだ。
 当の村上容疑者自身が、他人から預かった約四〇〇〇億円と言われる資産を高利回りで運用するために、インサイダー取引という不正に頼らざるを得なかったということは、「金融の天才」などいるはずがない、という私の信念を正当化してくれる。
 このたびの一連の不祥事が、カジノ資本主義社会の奈落の底から日本を救い出す契機となることを願いたい。言い換えれば、一連の事件が、バブル経済の負の遺産を総決算する契機となることを、そして、努力、勤勉、真面目、誠実といった日本古来の徳目、マックス・ウェーバー流に言えば「資本主義の精神」を、これからの日本経済の担い手たちが取り戻す契機となることを願いたい。

市場のルールを厳格に監視せよ

「官から民へ」と唱えられるなか、官のなすべき役割は何なのか。官の第一の任務は「監視行政」である、と私はかねて主張してきた。
 九〇年代初頭、証券不祥事を監視するために、証券取引等監視委員会が大蔵省(当時)に附置された。それを見た私は「盗人に十手を持たすのと同じだ」と、マスコミで吐露した覚えがある。護送船団方式が暗黙の了解事項であったそのころ、証券取引を監視する機能を、護送船団の司令官である大蔵省に与えることの不公正さを皮肉ってのことだった。
 アメリカの証券取引委員会(SEC)は、職員の人数もだんぜん多く、証券市場に絶えざる監視の目を光らせている。なんらかの株価が不自然な動きを示せば、すぐさまインサイダー取引などの不法行為を疑い、徹底的な捜査を行うのがSECの役割である。
 堀江被告や村上容疑者の証券取引法違反容疑の摘発が、そもそも金融庁の証券取引等監視委員会の捜査によるのか、それとも東京地検特捜部の独自捜査によるのかは定かではない。とはいえ、今回の一連の不祥事を真摯に受け止めて、くだんの監視委員会を行政官庁である金融庁から切り離すこと、そして証券取引法のみならず経済法への違反の罰則を厳しくすること(例によって「実刑×年、執行猶予×年」といった甘い判決に終わらないこと)を求めたい。
 ルールが曖昧なままの、そして、ルール違反に寛容なままの市場に、すべてを委ねることが、だれにとっても「住みよい」社会をもたらすわけでは断じてない。これからの政府は、市場のルールの監視役に徹するべきである。監視する側は、政府与党、経済団体などから名実ともに隔離されていなければならない。一〇年以上前からの私の主張が、いよいよ現実のものとなりつつある気配を実感し、感無量の思いがする。

◎――――連載

瞬間の贅沢14

武田双雲

Takeda Souun
1975年熊本県生まれ。書道家。http://www.souun.net/
5年間に書きためた書と詩が一冊になりました。『たのしか』好評発売中(詩には英・中国語訳つき)

どんな時も

何が起ころうとも

心の奥底は

いつも穏やかでありたい。


穏

◎――――編集後記

編集室より………

▼インサイダー取引疑惑で逮捕された村上世彰氏の言動には、かねて奇妙な既視感があった。一九八九年、小糸製作所の大株主として登場し、その親会社筋に当たるトヨタ自動車をも向こうに回して「株主の論理」をふりかざしたブーン・ピケンズ氏の主張と瓜二つだったからである。
 当時、日本の社会は財界、マスコミを含めてトヨタに肩入れし、ピケンズ氏の主張は(それが建前上は正論であるにも関わらず)一顧だにされなかった。氏が外国人であり、名うての「乗っ取り屋」だったという特殊事情もあるが、本音は「日本的経営に株主の論理はなじまない」ということだったのだろう。
 それから約一〇年後、ピケンズ氏と同じ論理を展開し、東京スタイルなどの上場企業を次々に吊し上げにした村上氏は、一時は時代の寵児ともてはやされた。「株主の論理」が持つ説得力は、日本的経営のアンチテーゼとして、遙かに力強く切実なものに変容していた。いや、変容したように見えた、と言うべきか。
 最近になって、コーポレート・ガバナンスの一角を担う「株主の論理」は再び後退しつつあるように思える。金融危機の渦中で米国型資本主義に大きく振り子が振れた反作用のごとく、財界・マスコミの間で「日本的経営」の見直し論が急速に台頭している。そうした局面における村上氏の退場は極めて象徴的な出来事だ。
 それでも、氏のことを時代が生んだトリックスターと位置づけるのは早計に過ぎよう。村上氏が犯した罪と、彼が社会に向かって投げかけた問題意識を同一に断罪すべきではない。ピケンズ氏が声高に叫んだ「株主の論理」を村上氏が受け継いだように、今度は日本生命保険あたりが同じことを言い出す時代がいずれ来る。今回の事件は、そうした大きな歴史の流れの中にある。 (藤井)

お知らせ………

▼7月15日から幕張メッセにて恐竜博が開催されます。個人的に私は恐竜が大好きで、今回の恐竜博を楽しみにしています。私も含め、恐竜は日本でも非常に人気がありますが、恐竜はなぜ多くの人の心を捉えるのでしょうか-?
 私たちヒトが属する「ほ乳類」は、恐竜の誕生から絶滅までの1億5千万年もの年月を恐竜と共に生き、恐竜に怯えながら生きていたそうです。その頃の記憶が現在の私たちに受け継がれ、恐竜に対する無意識の「恐れ」と「郷愁」を誘い、恐竜人気に繋がっているのかもしれません。
 この度弊社より、恐竜をほ乳類の視点で描いた全く新しい恐竜本『恐竜vsほ乳類1億5千万年の戦い』が発行されます。NHKスペシャルの同名番組を完全収録。恐竜とほ乳類の壮絶な進化のレースを、最新の学説とCGを基に圧倒的なスケールで描きます。恐竜ファン必見です。 (宮田)

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