CONTENTS

エッセイ

水谷研治 銀行は今のままでよいのか?
神田昌典 経済に対する洞察力が身につく予測書
田中慎一 監査人が語る ライブドア粉飾の構図
吉川英一 低位株投資のすすめ
鎌田英治 今求められるリーダーシップ考
川北義則 著者が語る『一人で生きる人生の愉しみ方』
藤田郁雄 「預金から投資」の時代に対応した誰にでもできる、スロー投資術

連 載

川勝平太 球域の文明史(34)格物論
田中秀征 判断力と決断力(8)第二次大戦を引き起こした判断の放棄
池内ひろ美 ガンバレ!男たち(28)子どもに夢を持たせることが親の役目
西村ヤスロウ 美人のもと(9)
松井宏夫 ビジネスマンのための健康ラボ【デトックス】(8)
安土 敏 連載小説(25)小説「後継者」
佐和隆光 ハードヘッド&ソフトハート(53)日本型「豊かさモデル」の転換点
編集後記

◎――――巻頭エッセイ

銀行は今のままでよいのか?

水谷 研治

Kenji Mizutani
1933年生まれ。中京大学大学院教授、ビジネス・イノベーション研究科長。

 銀行の収益が好調である。しかし、その要因を見ると喜んでいるわけにはいかない。銀行経営の努力が実って収益が上がったというよりは、不良債権が減少したことが大きく影響しているからである。
 振り返ってみると、長い景気の低迷によって多くの企業が経営を悪化させていた。それらの企業へ融資をしていた銀行に対しては、その融資が不良であると決め付けて貸倒引当金を計上させてきた。
 企業が息を吹き返せば銀行の債権も不良ではなくなる。そして貸倒引当金は必要なくなり、収益となって戻ってくる。今の銀行の収益は、このように一時的で特殊な要因によって増大したものであって、銀行の収益力が上昇したわけではない。
 より重要なのは、不良債権を最大の問題と見るところから、これまでに銀行の顧客に対する態度が変わってしまった点にある。
 本来、銀行は企業が必要とする資金を貸す役割を担っている。その資金は業容を拡大するための増加運転資金や設備資金のような前向きの資金ばかりではない。いわゆる後ろ向き資金が極めて重要である。
 企業経営では業績が悪化して経営危機に陥ることがある。そのときに生き延びて再起を期すためには、資金が必要になる。
 そのために企業は常日頃から資金を準備しているはずである。ところが、準備している額を超える資金が必要になる場合がある。その資金が調達できなければ、企業は倒産してしまう。従業員が路頭に迷い、多くの取引先が迷惑を被り、長年にわたって培ってきた貴重な技術が雲散霧消することになる。
 長期的な観点で企業を維持し発展させようとすれば、緊急時には銀行が資金を融資して経営を支援する必要がある。それが経済社会において銀行に求められている重要な機能である。
 ところが現実には、経営が悪化した企業に対して銀行は資金の援助をするのではなく、自分の不良債権を減らすために、そのような企業から融資を引き揚げているのである。
 企業の立場に立てば、そのような銀行では、いざとなった場合に役に立たない。それだけに、そのような銀行は社会で必要とされなくなるであろう。
 銀行は真剣に反省し、あるべき方向に転換する必要がある。

◎――――エッセイ

経済に対する洞察力が身につく予測書

神田昌典

Kanda Masanori
上智大学外国語学部卒。外務省経済局に勤務後、ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士(MBA)取得。その後、米国家電メーカー日本代表を経て、経営コンサルタントに。現在、企業家教育、加速教育等の分野における複数会社の社主をつとめる。著書に『60分間・企業ダントツ化プロジェクト』『成功者の告白』『人生の旋律』等多数。
〈ホームページ〉http://www.kandamasanori.com/

 まもなく、今世紀最大のバブルが訪れる。
 そしてNYダウ平均は、三万五〇〇〇〜四万ドルを目指す。
 現在の、ダウ平均が一万一〇〇〇ドルを少し超えたところでしかないことを考えると、にわかには信じられない予測値だ。ただこの数値が、あの米国のエコノミスト、ハリー・S・デント氏によって出されたと聞けば、耳を傾けざるを得ない。
 デント氏は、日本のバブル崩壊および一九九〇年代の米国経済の復活を、それに先立つこと三〜四年前に予測し、株価を見事に的中させたことで著名になり、彼の著書THE ROARING 2000s(邦題『2000年資本主義社会の未来』)は、米国では一〇〇万部を超えるベストセラーになった。その彼の最新作THE NEXT GREAT BUBBLE BOOM(邦題『バブル再来』)がいよいよ発売される。

 人口動態とテクニカル分析を重視

 この新刊では、人生最大の投資機会が、いままさに訪れていると分析している。彼の分析によれば、このバブルは二〇〇九年後半から二〇一〇年前半に頂点に達する。その後はグレート・バブル(大暴騰)に変わって、グレート・バスト(大暴落)となる。ゆえに、この機会を逃せば、最良の投資機会はあなたの一生の間、二度と訪れないだろうというのである。もちろん、この予測は米国株に関するものであり、日本に直接、当てはまるものではない。だが、デント氏が米国市場を分析するために用いた方法論--人口動態とテクニカルの双方をとりいれた分析--は、長期的な日本経済の趨勢を見通すためにも非常に有効だ。
 プロの投資家やエコノミストからすれば、人口動態というあまりに単純な切り口で、数十年先の株価やインフレ率、失業率、さらには戦争・紛争が起きるタイミングを年単位で予測できると断言してしまうのだから、デント氏の分析に対する疑問や批判は多いだろう。また人口動態だけではとても導き出せないと思われる予測まで本書には記述されており、分析を重視する専門家にとっては、より詳細な論拠がほしいところだ。

 予測の価値は何で決まるか

 それでも、デント氏の分析手法は、批判者すらも巻き込んでしまう影響力をもっている。単純すぎると疑いながらも、それ以上に説得力のある長期予測モデルを出すことができない。その結果、批判しながらも、いつの間にか彼の思考パラダイムのなかで世の中を見てしまっているのだ。
 他のすべての予測と同様に、デント氏の予測が外れることはあるだろう。しかし、そもそも一〇〇パーセント的中するというのは、詐欺師のセリフであって、それを期待するほうが愚かである。また予測というのは的中率が高ければ高いほど、外れるときには手ひどく外れるものなのだ。だから、予測は的中率が高いことに価値があるのではない。的中率よりも、それをきっかけに自分で考える力が高まるかどうか。つまり魔法の杖を期待するのではなく、自分の頭で賢く分析・判断できるようになるかどうかに価値があるのである。
 その意味で、本書は--米国株に関心がない日本の読者にとっても--類書がないほど貴重な予測書であるといえる。

 デント氏の思考法の魅力

 本書を通じてデント氏の予測手法を理解していくと、不思議なことが起こる。経済や株価が在庫循環、株価収益率、キャッシュフローといった無機質な数値で分析・評価されるものではなく、血が通った生命体として見えてくるのである。
 彼の分析の根底には、誰もが日常生活で体験すること--何歳ぐらいで結婚して、何歳ぐらいで子供が生まれ、何歳ぐらいで子供が学校にいき、何歳ぐらいで成人し、何歳ぐらいで引退し、何歳ぐらいで死ぬのか、といったライフサイクルに応じた消費支出がベースにある。言い換えれば、誰もが経験する人生のドラマ、その総体として経済が成り立っている。その結果、デント氏の予測手法になじんでくると、経済についての洞察力が深化しはじめるのである。
 たとえば、デント氏の思考法になじんでくれば、自宅の購入・売却のタイミング、起業・引退のタイミング、入社・転職のタイミングが予測できるようになる。とくに本書の二〇七頁に示されている、自社の業績の伸張・鈍化のタイミングの分析法は、とても貴重な視点である。経営者や経営幹部社員にとっては、中長期的にかなり有効な羅針盤を提供してくれるのではないだろうか?
 また最終章の、「ニュー・ミリオネア・エコノミー」は短いながらも、一冊の書籍を読む以上の情報が得られることだろう。二極化が伸展する日本において、まさにこれから課題になってくる富裕層へのマーケティング法についてヒントが満載だ。

 将来を見通す力がつく

 四〇〇頁あまりの分厚い本である。だが、豊富なチャート、斬新な視点、会話調の文章により、思いのほか短時間で良質な知識が取得できる。読者は本書を読み終わったとき、驚くほど将来を見通す力がついていることに感激するだろう。投資家のみならず、経営者および経営幹部社員にぜひお読みいただきたい内容である。

『バブル再来--2022年までの株価シナリオと投資戦略』

バブル再来

ハリー・S・デント著
神田昌典監訳/飯岡美紀訳
●2100円(税5%)

◎――――エッセイ

監査人が語る
ライブドア粉飾の構図

田中慎一

Tanaka Shinichi
港陽監査法人ベンチャーサポート部パートナー。1972年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。公認会計士。KPMGセンチュリー監査法人(現・あずさ監査法人)、大和証券SMBC、UBSウォーバーグ証券(現・UBS証券)を経て現職。大和証券SMBC、UBSウォーバーグ証券では主としてM&A業務に従事。

「ねえ、大丈夫?」
 それは、ライブドア事件の第一報を私に伝える妻の声だった。
 二〇〇六年一月一六日、夕方。
 私は、港陽監査法人ベンチャーサポート部のある麹町の事務所から程近いコンビニで、ガス入りミネラルウォーターを手に取ってレジに並んでいた。
携帯電話が鳴ったのは、ちょうど会計を済ませたときだった。
「何が?」と私は答えた。
「ライブドアが大変なことになっているよ」
「大変なことって?」
「証券取引法違反の容疑で、ライブドアに強制捜査が入ったんだって」
 どうやら、ライブドアマーケティング(旧バリュークリックジャパン)による会社買収が偽計取引に当たる疑いがあるということらしい。
(証券取引違法違反? 強制捜査…)と私は心の中で反芻した。

 東京地検特捜部による強制捜査

 ライブドアの監査をしていたわれわれ港陽監査法人へのガサ入れは、翌日のことだった。
「こちら東京地検特捜部のTと申しますが、報道等ですでにご承知の通り、ライブドアの件に関連して、監査を担当しているこちらの麹町事務所に今伺っているところです。お忙しいところ申し訳ありませんが、田中さんも至急こちらへご足労願えますか?」
 私はそのとき、港陽監査法人横浜本部の近くで他のパートナーとランチミーティングをしていた。
「わかりました。今、横浜におりますので、大至急そちらへ戻ります」と応じた。
いっしょに居たパートナーに「麹町に捜査が入ったそうです。私はこれからすぐに向かいますので」と言って、その場を立ち去った。もっとも同じ頃、横浜本部にも強制捜査が入っていたことを後から知ったのだが……。
 横浜から戻る東横線の中で、ノートパソコンを開いた。前日のライブドアへの捜査では、主要な人物は全員ノートパソコンと携帯電話を持っていかれたという。どんなファイルが検察の目に触れるのか気になって、かたっぱしから覗いてみた。
 見られて困るものなど何もないのだが、堀江貴文社長や宮内亮治取締役CFO(当時)と打ち合わせのために食事をした記録など、「癒着しているのではないか」と捜査当局から勘繰られたりしないものかと思ってしまう。

 事情聴取

 午後三時、麹町事務所へ戻ると二〇坪の狭いスペースにもかかわらず、すでに一五名ほどの捜査員たちが各々の持ち場で熱心に自分たちの仕事をしていた。東京地検特捜部のT事務官と証券取引等監視委員会(SEC)の調査官が、私を会議室へ迎え入れた。
 T事務官と調査官がそれぞれ身分証明書を見せながら、「昨日報道されたとおり、ライブドアの件で捜査をしておりまして、ライブドアの監査をされている港陽監査法人さんにも入らせていただきました」と口上を述べ、捜査令状を見せてくれた。
 国家権力を行使して有無を言わせず入ってくるのだから不躾な物言いをする人たちなのかと思ったら、意外にもとても紳士的な対応だったので少々不意を突かれたような感じだ。
 自分たちに対する刑事責任の追及があるのかどうか気になったので、捜査令状の文面は一字一句丁寧に読み込んだ。被疑者は「株式会社ライブドア他四人」となっていた。
 人間の脳というのは、不安になると、どこまでも悪いことばかり考えてしまう構造に設計されているようだ。聞いても無駄とは思いながらも聞いてみた。
「この四人というのは?」
「それについては、今言うことはできないのですよ」
 それはそうだろう。いずれにしても、嫌疑がかけられている事実については、前日に報道された第一報とほぼ同じ内容だった。偽計取引くらいであれだけの劇場型強制捜査が行われるというのはにわかには信じ難い。何かもっと大きな事件が背後にあるに違いないと考えていたのに、またもや意外だった。
 もっとも、強制捜査に入るためにとりあえずの大義名分が必要なわけだから、当局としては嫌疑内容など何でもいいといったところなのか。前日の報道から考えても、捜査の本丸は、ライブドア本体の粉飾決算に違いないと改めて思った。
 最初、T事務官から質問を受け、それに対して答えるというやり取りが数分あったのだが、T事務官の携帯電話が鳴ると、「すみません。続けておいてください」とSECの調査官に言い残してその場を立ち去り、その後再び彼が戻ってくることはなかった。
 次に調査官から、ロイヤル信販(後にライブドア・クレジット)およびキューズ・ネット(結婚仲介サービス)との売上取引に関する監査の現場でのやり取りについて簡単に聞かれた。
 聴取された内容は、概ね次の通りだ。
(1)違法取引の首謀者は誰だと思うか
(2)ライブドア取締役の宮内氏とゼネラルコンサルティングファーム(GCF)の小林元氏の関係について
(3)港陽監査法人とGCFの関係について
(4)投資事業組合の自社株売却益還流スキームとその会計処理
(5)ロイヤル信販およびキューズ・ネットに対する売上取引に関する監査手続について
 特捜部の強制捜査だから威圧的に行われるのかと思ったが、検事は終始、フレンドリーな雰囲気で聞いてくる。
「報道されているような取引って、ライブドアの誰が画策したと思いますか?」
「具体的な手口は宮内さんでしょうね」
「堀江さんは?」
「堀江さんはどこまで細かくご存知かわかりませんけど、スキームを考えたり、実行したりといった部分は宮内さんだと思いますよ。堀江さんが利益の具体的な目標額を決めた後、それをどうやって捻り出すかは宮内さんが決めるのでしょう。宮内さんが『社長、アレやりますから』と言ったら、堀江さんは『わかった』と追認するといった感じだと思います。投資事業組合の細かいスキームを、堀江さんがどこまで知っているか私はわかりません」
「堀江さんは、全部知っているんじゃないですか?」
「どうでしょう。私の勝手な思い込みでしかないのですが、堀江さんというのは、コンテンツを充実させたポータルサイトにトラフィックをつけて収益が落ちるようにとアイデアを巡らす人で、ファイナンスの細かいことにはあまり関心がない、という印象です。『宮内に任せておけばいいや』といったスタンスじゃないかと私は見ていました」
「堀江さん、とぼけているだけじゃないですか?」
 確かに、宮内氏が主体的に取り仕切る人で、堀江氏は事後承認しているだけ、という想像は単なる私の思い込みだ。宮内氏の行動パターンを考えてみれば、堀江氏が何も知らないはずはない。宮内氏、熊谷氏と我々監査人で会計処理に関する議論を行って大事な結論を出したときなど、宮内氏は必ず「社長にも報告しなきゃ」と言うのが口癖だった。宮内氏は逐一堀江氏に確認することを常としていた。
「そこまでは私もわかりませんね。もっとも、たとえ堀江さんがスキームの詳細までは知らなかったとしても、最高経営責任者としての責任はあると思いますよ。いずれにしたって、知らないは通用しませんよね」と、気がつけば他人事のように解説している自分に気づいた。
 ところで私にはどうしても確認しておきたいことがあった。捜査当局が手の内を明かしてくれるとは到底思えなかったが、ずっと気になっていたので、事情聴取がそろそろ終わるというときに思い切って切り出してみた。
「監査法人に対する刑事責任の追及も視野に入っているのですか?」
「いや、捜査に協力してくれればそれはないですよ」
「もちろん、全面的に協力させていただきます。何も隠し立てすることはありませんので」
 とは言ったものの、I検事の言葉を額面どおりに受け止めてよいものか疑問だった。当時の心理状態では、「それはない」というところだけを信じたい気持ちであったが、一方で、「協力してくれれば」という部分が引っ掛かった。これについては、後に弁護士からレクチャーしてもらうことになる。
 午後一時頃から始まった我々への強制捜査は、結局夜の八時過ぎまでかかって終了した。私は、検事の話しぶりなどから、当局が描く立件までのシナリオはすでにほとんど出来上がっていて、堀江社長たちの逮捕の日はそう遠くないだろうとこの時、確信した。

 違法行為の全貌

 ライブドア事件の容疑事実については、会計士や弁護士などの専門家、マスコミ、財務や会計をかじったことのある人ならともかく、なかなか理解しにくいのではないだろうか。私は、事情聴取を通して、東京地検特捜部の考えを早い段階から知ることができた。その内容には、ライブドアの監査人であり、事情に精通している人間でありながら、驚きを禁じえない部分もあった。  堀江社長らはその後二度、証券取引法違反の容疑で逮捕・起訴されている。一回目は一月二三日、風説の流布および偽計取引という容疑で(二月一三日起訴)、そして、二回目は二月二二日、有価証券報告書の虚偽記載、いわゆる“粉飾決算”の容疑だ(三月一四日起訴)。
 いずれも証券取引法という法律に違反した点に変わりはない。
 簡単に説明すると、今回の事件に係る容疑事実は二種類の手口を利用して行われたとされる。その一つが“自己株売却益還流スキーム”とも呼べるものであって、もう一つが?預金の付け替え?と言われている取引だ。
 一回目の逮捕容疑となった風説の流布と偽計取引は自己株売却益還流スキームに絡んだものであり、二回目の逮捕容疑となった粉飾決算は自己株売却益還流スキームと預金の付け替えの両方を用いて行われた。
 自己株売却益還流スキームをベースとし、そのうえに投資事業組合、株式交換、株式分割といった法律上の制度を、いわばトッピングとして利用し、巧妙に違法行為の仕組みを作り上げていった、というのが東京地検が描いた事件の全貌だ。
 もちろん、トッピングとなった投資事業組合や株式交換といった手法そのものはいずれも違法行為ではない。ところが全貌を明らかにすると、それら手法が違法行為のために使われたという事実が浮かび上がってくる。
 監査人であった私はこの事実--隠された構図に迫っていた。しかし、残念ながら捜査権のない我々には、その全貌を自らの力で解き明かすことはできなかった。今にして思えば、この仕組みを考えたほうもすごいが、それを調べ上げた特捜部もさすがというよりほかない。

 事件後にわかった真実

 事件後の特捜部による捜査や事情聴取の過程で初めて知ったことが、私にもたくさんあった。
 まず、ロイヤル信販およびキューズ・ネットに対する売上取引が実体の伴わない取引であったことを小林氏と港陽監査法人の久野氏は当時から認識していたという事実だ。
 二〇〇四年一一月二日から五日にかけて二人は頻繁にメールのやり取りを行っていた。特捜部の解析によれば、一一月五日の時点で二人はその取引が架空であるとの認識に至っていた。
 この日、小林氏が送信したメールの文中に「(実在性を裏付ける)資料を会社に作らせるしかない」というくだりがある。
 こうした事実を検事から聞かされたときには愕然とした。
 私がロイヤル信販およびキューズ・ネットに対する売上取引の真相を初めて知ったのは〇六年一月一七日、港陽監査法人に強制捜査が入ったときのことだ。I検事から聞かされたのが「皆さん、騙されていたのですよ」という言葉だった。
 ショックではあったが、正直なところ「やっぱり、そうなのか」という気持ちが強かった。そして、I検事が続けて、こう教えてくれた。
「あれはねえ、完全に架空です。だって、九月三〇日に財務経理グループのTさんから売上を立てるようにと事業部長に向けて一斉にメール送っているのですから」
「本当ですか!?」
 ライブドアが「コンサルティングの実態があった」と主張する証拠としたコンサルティングレポートは他社向けの物をコピー&ペーストをしただけであり、デモサイトもでっち上げ、システム設計仕様書もまったく別物、広告配信レポートも偽装した物に過ぎないとのことだった。
 事業部長は全員、宮内氏の指示を受け、口裏を合わせて大芝居を打ってきたのだ。
 監査人であるわれわれから、架空取引の疑いを指摘された後、監査インタビューまでの間に裏工作をしていたのだ。ライブドアに時間的余裕を与えたことが偽装工作の実行につながり、結果として、監査人が粉飾の尻尾をつかみ損ねたということだ。
 この架空取引の件も含めて、監査人である私は、ライブドア事件に関して忸怩たる思いを抱かざるを得なかった。

◎――――エッセイ

低位株投資のすすめ


低位株で株倍々!

『信用・デイトレも必要なし 低位株で株倍々!』
吉川英一著
●1500円(税5%)●4-478-63121-2

吉川英一

Yoshikawa Eiichi
一九五七年生まれ。富山県出身、富山県在住の個人投資家。ヤフー・ファイナンスの掲示板(とくに宇徳運輸の掲示板)に「金持ちサラリーマン(kanemochisalaryman)」のハンドルネームでコメントを載せ、連戦連勝のカリスマとして注目を集めている。著書に『年収360万円から資産1億3000万円を築く法』などがある。

 失われた一〇年から黄金の一〇年へ

 日本株は一九八九年に日経平均株価三万八九一五円の最高値をつけたあと、二〇〇三年四月の七六〇三円まで実に一三年間も下がり続けました。そして値下がり率はなんと八〇%にも達したのです。過去の経験から、株も土地もそのうち下げ止まって、元に戻るだろうと日本人の誰もが思っていました。少なくとも高度経済成長期のインフレ経済のもとではそれは正しかったのです。
 しかし一九九〇年を境に、日本経済は戦後初めてデフレを経験しました。土地と株が下がり続ける資産デフレ、そして物価の下落、売り上げの減少と、経済がどんどん萎縮し始めたのです。気がつけば、当然、生産設備が過剰となり、雇用と借り入れも過剰な状態が浮き彫りになりました。この状態から十余年のリストラを経て、ようやく日本経済は浮上し始めたのです。二〇〇七年三月期は、第一次オイルショック以来二六年ぶりに五期連続の増益が確実です。物価も安定的にプラスを維持しそうです。雇用も有効求人倍率一・〇四倍(二〇〇六年二月値)まで上昇し、完全失業率も四・一%まで改善されてきました。そして設備投資も年率一〇%前後の高い伸びになりそうです。
 このままいけば、いよいよ一〇月には五七カ月続いた戦後最長のいざなぎ景気を抜くことは間違いないと思います。これを先取りするかのように、株価も最安値である七六〇三円から一万七五〇〇円まで上昇してきました。いよいよ日本は黄金の一〇年を謳歌するときがやってきたのです。

 今年上昇するのはこんな株

 日経平均株価は二〇〇〇年四月の戻り高値である二万八三三円を目指した動きとなっており、おそらく今年度中には達成できるのではないでしょうか。
 そして一月一六日のライブドアショックと二月二〇日の暴落後、低位の鉄鋼、造船などの市況関連株に見直し買いが入りました。前回バブルの頃もそうだったのですが、これらの業種はトヨタやキヤノンなどの優良株を尻目に、一九八五年から一九八九年までの五年間で五〜八倍に上昇したのです。
 一方、トヨタは五年間でわずか二・四倍、キヤノンは一・五倍の上昇にすぎなかったのです。さらに市況関連株をしのぐ勢いで暴騰したのが、低位の小型仕手系銘柄と呼ばれる銘柄群でした。例えば、真柄建設は一〇・一倍、蛇の目ミシン工業は一一・〇倍、蝶理は九・〇倍、宇徳運輸は一七・三倍と、驚くばかりの上昇結果だったのです。
 これらの銘柄は、東証一部にあっては資本金が比較的少ないため、需給バランスが崩れやすいことと、仕手筋の買い集めにより高騰したものと見られています。そして、二〇〇三年四月の日経平均株価が反転してからの上昇局面でも、これらの小型仕手系低位株は同様の力強い動きとなっており、真柄建設は四・八倍、蛇の目ミシン工業は四・九倍、蝶理は六・七倍、宇徳運輸は五・五倍と、日経平均の上昇率二・三倍をはるかにしのぐスピードで上昇を続けているのです。
 過去何度かの景気上昇局面においても、これらの市況関連の低位株と小型仕手系低位株は、機関投資家やファンドマネージャー好みの優良株よりもはるかに高いパフォーマンスを演じているのです。

 最高のパフォーマンスを得る投資テクニック

 どんな株が今後上昇するのかがわかれば、あとは簡単と思われるでしょうが、実はそんなに簡単には儲からないのです。なぜ儲からないのか? それは、欲張りの自分が一番大切なお金をつぎ込んで投資するため、「絶対に損したくない!」または「絶対に増やすんだ!」という強い心理が働くからです。そして、株価が上昇している株の高値を追いかけ、株価が下げたところで我慢できず、大底で売り叩いてしまいます。これが儲からない投資家の典型的なパターンです。
 右肩上がりの上昇相場では、押し目(相場が一時的に下げたところ)で買って、あとは二〜三年程度放置するのが最も効率のいい投資法です。日々の値動きに一喜一憂しない精神力と、買うにも売るにもしばらく我慢すること。これさえできれば、二〜三年後にはきっと資産は倍増していることと思います。毎日パソコンに向かって売り買いしている投資家はかっこよく儲けているように見えますが、株式投資の本質は、その企業を長期にわたって応援することなのです。そのうち業績の向上とともに、大きなリターンを伴ってあなたのもとに返ってくるはずです。株式投資では、頻繁に売り買いしないことこそが実は大きく儲けるコツなのです。

◎――――連載

球域の文明史 第34回

格物論

川勝平太

Kawakatsu Heita
1948年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修了。英国オックスフォード大学大学院博士課程修了後、早稲田大学政治経済学部教授を経て、国際日本文化研究センター教授。著書に『経済学入門シリーズ 経済史入門』『日本文明と近代西洋』『文明の海へ』『文明の海洋史観』など

 唯物論と格物論、特に社会科学の方法としてのマルクス主義唯物論とわれわれの格物論とは、どこが違うのか。
 唯物論は、社会科学で論じられる場合は、マルクス主義をさす。マルクスとエンゲルスが『ドイツ・イデオロギー』(岩波文庫ほか)で呈示し、ドイツ観念論と対比される。もっとも、それは狭義の唯物論である、広義の唯物論は唯心論と対比される。すなわち、物質のみが真の存在だとする考え方である。一切の現象の本質は物質に求められ、人間の心も物質としての頭脳の産物・機能・随伴現象にすぎず、一切の心の働きの根源には物質があるとする立場である。一方の唯心論は、心だけが真の存在だとする考え方である。一切の存在、すべての物事は心の働きによって認められるにすぎないもので、心の変現したものだとする思想である。
 さて、「格物」とは『大学』にでてくる言葉である。社会科学の議論に中国の古典をもちだしてくるのは、見当違いと思われるかもしれない。だが、日本における科学的思考の起源を知る上で「格物」という言葉は決定的に重要である。たとえば、明治六年に加藤弘之・津田真道・中村正直・西村茂樹・西周・福沢諭吉らの啓蒙思想家が結成した明六社の機関誌『明六雑誌』では、今日の「物理学」のことを「格物学」として紹介している。格物学とは物理学の旧称である。つまり、日本における科学の発達は「格物」という概念の延長線上にあるのである。
 ヨーロッパにおける社会科学は自然科学から派生した。自然科学は一七世紀にニュートンの古典物理学によって確立したが、社会科学は一九世紀にマルクス経済学によって確立したといえるだろう。マルクスは、経済学を基礎にすえて、法学、政治学および文化諸科学(イデオロギーの諸形態)の関係を「唯物史観の公式」で明確にした。社会諸科学の関係が明確にされたことで、社会科学の基礎ができたのである。「唯物史観の公式」のなかに、経済学は「生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革」を分析する、という表現がある。「物質的な、自然科学的な正確さ」という言い方に、マルクスが社会科学(その基礎としての経済学)の客観性の保証を自然科学に求めていたことが示されている。ヨーロッパにおける科学的思考の原型は自然科学である。
 そうであるからには、日本における科学的思考の源流にある「格物」の思想に立ち戻って社会科学の新しい方法を探るのは、けっして筋違いのことではないはずである。
 最近、江戸時代の見直しがいちじるしい。歴史家だけではなく、たとえば、科学者の板倉聖宣氏の『日本史再発見-理系の視点から-』(朝日選書)、官僚の竹村公太郎氏の『日本文明の謎を解く』(清流出版)や『土地の文明』(PHP研究所)、大石久和氏の『国土学事始め』(毎日新聞社)など、さまざまな分野の人々が江戸社会論を展開している。関心の中心にあるのは人間と自然との関係、江戸時代の日本の技術、景観や環境である。地球環境問題が、先進国、開発途上国を問わず、共通の関心事になって、日本では理想的な資源循環型の社会を築く上で、3R(Reduce, Reuse, Recycle)を見事に実現していた江戸時代の知恵に学ぶ傾向が強まっているのである。
 地球環境問題の原因のひとつは、科学技術のめざましい発達による自然破壊である。ヨーロッパ起源の自然科学は、ヨーロッパ諸国の域外への拡大を可能にし、それにともなって科学的知識がグローバルに普及し、技術の飛躍的進歩をもたらし、自然環境の改変・破壊がおこった。近代文明のこうした現実は、近代文明が依拠している知的パラダイムの反映である。イギリスで資源消費型の産業革命を経験していたとき、江戸時代の日本では資源節約型の勤勉革命が進行していた。産業革命の知的パラダイムの基礎には「科学」がある。同じように、勤勉革命をおこした江戸時代の日本の知的パラダイムの基礎には「格物」の思想がある。
 江戸時代にあっては、「格物」という言葉は、当時の学者はもとより、少なくとも武士では知らない者のない日用語であった。格物は『大学』における八条目--格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下--のひとつだからである。『大学』は、朱子学の祖である朱子(一一三〇〜一二〇〇)が四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)のひとつとしたもので、士たるものの行いの目標を簡潔に説いたものである。江戸幕府が朱子学を官学としたのは周知のとおりである。
『大学』は、三綱領(明徳・止至善・新民)と右の八条目とからなる。八条目を、意味をとりながら読み下すと、物に格れば知を格すことができ、知を致せば意が誠になり、意が誠になれば心が正しくなり、心が正しくなれば身が修まり、身が修まれば家が斉い、家が斉えば国が治まり、国が治まれば天下(世界)は泰平になる、ということである。あるいは逆に読んで、天下泰平を実現するには国を治めなければならず、国を治めるには家を斉えなければならず、家を斉えるには身を修めなければならず、身を修めるには心を正しくしなければならず、心を正しくするには意を誠にしなければならず、意を誠にするには知を致さなければならず、知を致すには物に格らなければならない、という脈絡でも理解されていた。
 江戸時代は、今日のような黙読ではなく、音読の時代(二〇世紀になるまで)であるから、「読書百遍、意おのずから通ず」という勉強法であった。『大学』はごく短い文章であるから、武士の誰もが、その全文ないし八条目くらいはそらんじていたとみられる。
「格物」は「格物致知」の四字熟語で通用していた。「格物致知」は、江戸時代における学問の方法の根幹をなす概念である。「格物致知」は、八条目を見れば分かるように「誠意・正心・修身」と続いており、心のもちかたや道徳と密接に連関していた。江戸時代の学問では「物」と「心」とは不可分であったということである。
 前に指摘したように、「格物」の「格」という漢字を、朱子学者は物に「いたる」と訓読し、陽明学者は物を「ただす」と訓読した。朱子学者が「物にいたる」と読んだのは、知を深めて、己自身をふくむ森羅万象の事物に内在する「理」を窮め、宇宙普遍の「理に到達する」という脈絡においてであった。つまり「物にいたる」とは「物の『理』にいたる」という意味である。一方、陽明学者は「格物」を「物をただす」と読んだのだが、それは格物を「物の『事』をただす」という意味に解釈したからであり、「知」を人間に先天的に備わっている「良知」とみなし、先天的な良知を磨き発揮して、正しくないことをただし、「事」に処するという知行合一を重視したのである。
 同じく「格物致知」とはいいながら、朱子学者には物の理を窮めるという理論的・観念的傾斜が強いが、陽明学者には良知をもって事に処するという道徳的・実践的傾斜が濃い。あるいはこうもいえる、朱子学は「理」と「心」のうち「理」に傾きがちな性格をもっていたが、陽明学はそれを批判し、「格物致知」と「誠意正心」との関係を不可分のものとして「知」とは孟子が言う「良知」であり、人間は良知を生まれながらにして備えており、この良知を働かせ、心の本体である理を明らかにすることを説き、「格物窮理」と「誠意正心」とを相即不離のものとした。一言でいえば「理即心」という立場である。
 朱子自身は、太極(根元)を「理」とし、太極から生じるのが陰陽の「気」であるとして、その立場から宇宙・人性・道徳の全領域を説明したので理・気二元論ともみなされるが、「理」を宇宙の作用や秩序の根元とみなしているところからすれば理一元論ともみなしうるものであり、朱子学は「理学」とも呼ばれた。
 格物は、朱子学にあっては、物の「理」を窮めることなので、「格物」と「窮理」とは意味はほとんど同じである。「格物」と「窮理」とは、同義反復ながら、「格物窮理」ともいわれた。ここで注目したいのは、格物窮理における「理」が、ヨーロッパの自然科学が追求した森羅万象の現象の背景にある「法則」と通低するということである。つまり「窮理」という朱子学者の学問態度が、おのずから物理学(天文学が中心)の受容へと結びついていったのである。江戸時代の朱子学者は「理」を窮明する格物窮理の作業のなかで、長崎の出島に舶来した自然科学の書物が説く天体運動の法則を「理」とみなすようになった。こうして朱子学者が蘭学者に転じていったのである。
 たとえば、江戸後期の朱子学者で蘭学者であった帆足万里が著した『窮理通』(天保七年)はヨーロッパの物理学の解説書である。幕末には、福沢諭吉にも『訓蒙窮理図解』(明治元年)がある。これもヨーロッパの物理学の解説書である。このように「窮理」が物理学の受容に道を開いたわけである。
 もっとも、ヨーロッパのフィロソフィーの訳語を西周が「哲学」と定める前にあっては、フロソフィーの訳語に「窮理学」を当てたこともあったようだ。「窮理」の「理」は、朱子学にあっては、宇宙のみならず、人間の本性にも内在するものであったから、物を対象にするナチュラル・サイエンス(自然科学・物理学)と、心を追求するフィロソフィー(哲学)とをともに「窮理」と表現したのは不思議ではない。江戸時代の学者が、ヨーロッパ起源の自然科学を、蘭学をとおして受け入れたとはいっても、心の世界と物の世界とは峻別されていなかったのである。人間のまわりにある環境に内在する「理」と、人間自身に内在する「理」とを区別していなかったのである。この点は重要である。
 というのも、ヨーロッパ近代の学問である自然科学が、その出発点において、「物」と「心」の峻別、客観と主観との明確な区別に基礎をおいたからである。自然科学は、デカルトが明快に論じたように、主観すなわち道徳を含む「心」の世界と、客観すなわち主観の作用とは独立に存在する対象なり客体としての「物」の世界とを、はっきりと峻別する。ここに唯物論と格物論の違いの核心がある。
 なるほど、「格物致知」も、事物を観察し、事物の本質を明らかにして「理」を窮めるということであったから、実験(観察・実証)・理論からなる近代ヨーロッパの学問と共通するところがある。
 だが、格物論は、心を認めない唯物論とも、物を認めない唯心論とも違い、物にも心にも同じ「理」を認める。マルクスの唯物論は、人間を物質的な自然科学的な正確さで分析せんとする。しかし、それは物象化された人間である。格物論は、物的世界に心を通わせ、心無き物ではなく、心ある物として、存在価値を認め、人間の従属物ではないという認識に立つのである。

◎――――連載

判断力と決断力 第8回

第二次大戦を引き起こした判断の放棄

田中秀征

Tanaka Shusei
1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒業。93年、新党さきがけを結成、代表代行。首相特別補佐、経済企画庁長官等を歴任。現在、福山大学教授。著書に『日本リベラルと石橋湛山』など多数ある。

政治家にとって不可欠な“判断力”と“決断力”。本連載は、この二つの能力の有無が運命を変えた事例を取り上げ、政治家に必要な資質を探る『判断力と決断力』〈二〇〇六年刊行予定〉の一部を先行してご紹介するものです。各回のつづきは同書に収録されます。

 フランス軍、特に陸軍は、第一次世界大戦以来、世界最強であることを自他共に認めてきた。そのためにフランスは軍事的に前進することを停止してしまっていた。
 しかし、ドゴールは、フランスの弱さについて一貫して警告してきた。ドゴールは一九一四年の第一次大戦当時と比べて、フランスが似ても似つかぬ状態にあることが心配であった。
 特にフランスの“マジノ線信仰”が致命的であった。
 フランスにしてみれば、攻撃力で負けないから防衛力を完璧にすれば鬼に金棒ということだろう。独仏国境線に巨額な費用を投じてマジノ線といわれる要塞を築いた。現代の万里の長城である。
 しかし、考えてみれば、これは第一次大戦当時のドイツの攻撃力を想定したもの。あるいは当時の世界の軍事力を念頭に置いたもの。軍事力の水準が年々高まるという、当然のことを軽視している。小銃で負ければ次は大砲で攻めてくる。そんな常識をフランスの軍部も国民も忘れていたかのようであった。

無視されたドゴール提案

 ドゴールは一九三四年、『職業的軍隊をめざして』という著書を刊行し、“マジノ線信仰”に異を唱え、ベルギー国境の弱さについて強く警告。機械化された装甲車を持つ六個師団の編成を提案した。しかし、軍首脳は「攻撃をとるのは愚の骨頂であろう。われわれはマジノ線に一〇億フランを投じた」と、ドゴール提案を退けた。
 ドゴールは、マジノ線が、重戦車、近代空軍、ガスによって攻撃されると、ひとたまりもないことを訴えた。彼はフランスが重視する防御的戦略を放棄し、空軍と戦車の集団的連携の必要性を強調したが、受け入れられなかった。
 そのマジノ線も完全であればともかく、肝心のフランス・ベルギー国境は空いていた。一九二九年に始まったこの要塞線建設も財政難ではかどらず、最も攻撃に弱い部分が残されていた。堀は張りめぐらせたものの、狼の入り口は十分に開いていたのである。
 結局、ヒトラー・ドイツ軍のフランス侵攻は、ドゴールが警告したとおりの方角から、警告したとおりの戦略によって成功したのであった。
 一度戦った軍隊、特に輝かしい勝利を収めた軍隊ほど、次の戦いには通用しなくなるものだ。それは、勝利をもたらした戦略を転換できなくなること、兵器の進歩に対応できなくなること、さらには、勝利の英雄たちの存在が、新しい人材の進歩を妨げること、などからだ。
 もしも、フランスがドゴールの判断に耳を傾けていたら、ナチ・ドイツのラインラントの再占領、オーストリアの併合、ミュンヘン、チェコスロバキアの解体、そして第二次大戦もなかったことは確実であった。
 シャルル・ドゴールは、一八九〇年に、リールで敬虔なカトリック教徒の家庭に生まれた。イエズス会の学院で古典重視の教育を受けて、一九〇九年にサンシール陸軍士官学校に入学、歩兵連隊に配属された。そこで後の元帥ペタンに出会うことになる。そして、第一次大戦に従軍して三年間の捕虜生活も送った。
 第一次大戦後、ドゴールは国民的英雄となっていたペタンに目をかけられ庇護されたが、対外戦略をめぐる考えの違いから次第に疎遠になり、やがて互いに死刑宣告をかわす間柄になっていく。
 一九一四年、第一次大戦の勃発前では、ペタンは、フランス軍内の反主流派として重砲の何よりの重要性を訴えてきた。それは第一次大戦後の戦車を重視するドゴールの立場と同じであった。しかし、フランス軍の主流派、栄光に満ちた立場に立つに至っていたペタンは、ドゴールの主張に耳を貸さず、“電撃戦”をたわごとと非難し、フランスの防御的戦略、その軸となるマジノ線を必死に擁護したのである。
 一九四〇年五月一〇日、ついにドイツ軍はフランス侵攻を開始、その六週間後の六月二〇日に、フランスはイギリスとの間でドイツ軍と単独交渉をしない協定があったにもかかわらず、ヒトラーの要求をすべて受け入れて休戦協定に調印した。フランス軍が一三万五〇〇〇人の戦死者を出したのに対し、ドイツ軍はその五分の一の二万七〇〇〇人に過ぎなかった。侵攻の日、フランスの前線部隊の多くは演習に出て留守。上級幕僚たちは芝居を観に行っていたという。
 五月一四日、自然要塞アルデンヌのスダンを突破したドイツ軍はほとんど阻止されることもなく英仏海峡まで進撃、二七日にはベルギー軍が降伏、フランスは事実上、孤立無援の状態に陥った。そして六月一四日、ついにドイツ軍はパリに入城。ナチ・ドイツ軍は足を高く蹴り上げてシャンゼリゼを行進し、エッフェル塔に鉤十字の旗を掲げた。
 ポール・レイノー首相以下のフランス政府は、その四日前に既にパリを捨てツールに逃げ、パリ陥落の日、さらに南のボルドーに政府を移した。何百万のフランス民衆が汽車、自動車はもとより自転車や徒歩でひたすら南へ南へと避難した。あの“マジノ線信仰”が木っ端微塵に粉砕され、幻想を振りまいた政治家や新聞への怒りと憎しみに歯を食いしばりながら逃げ出したのである。  こうしてドゴールの判断の正しさが確認されるために惨憺たる結果が必要とされたのである。

レイノー首相の不決断

 フランスは、ヒトラーの野望やドイツ軍の実態に対して、決定的な判断ミスを犯したが、もう一つ、ドイツ軍のフランス侵攻後にも重大な間違いを犯した。それはレイノー首相の決断の間違いというより、“決断からの逃亡”であり不決断であった。
 レイノーは、以前から数少ないドゴールの理解者であり、判断の同調者であった。一九三〇年代におけるレイノーは、イギリスにおけるチャーチルと同じように、宥和政策に一貫して反対した。ミュンヘン協定にも徹底して反対し、ダラディエ内閣の閣僚を辞任してしまった。彼がチャーチルと違っていたのは、判断はしても決断はしなかったことだ。
 レイノーは、かつて一九三五年三月、下院に、ドゴール提案に沿って重戦車五〇〇台を有する六個装甲師団の編成を目指す法案を上程して否決された。これは、一九四〇年四月までに備えるというものであり、この期限は何とヒトラー侵攻の前の月であった。
 六月一六日午後五時、ボルドーでの閣議は緊迫していた。それは(1)ドイツに休戦の条件を問い合わせるか、それとも(2)フランス政府を北アフリカに移して戦争を続けるのか、その決断をする閣議であった。
 しかし、この閣議においてもレイノーの指導力は発揮されなかった。レイノーは戦後、自著でこう述べている。
「私は情勢について、大統領と協議したいといって討議を打ち切った。そして閣僚たちに、午後一〇時に再び参集を求めた」
 しかしその閣議において、何と休戦か戦争続行かについての真剣な討議も努力もなかったという。レイノー自身は、閣僚の大半が休戦要請を支持していると信じていたのに対し、実は閣僚の大半は戦争続行を信じていた。ところが、このフランスの運命、世界の運命を決める重大な閣議において、「休戦要請に賛成か反対か」という肝心の議題をレイノーは一度も持ち出さなかったのだ。
「かくて私の敗北は全面的だった。私の一生で、最大の失望だった。……私は、いまでは孤立しているのを感じた。私の立場は弱化した。……私は再び話が休戦の問題に立ち戻るにまかせた」
 後年、彼はそう書いている。何のことはない、閣議を成り行きにまかせたというのである。内閣で孤立していなかったのに孤立していると思い込み、孤立しているかどうかも確かめなかったのだ。確かに日増しに休戦派が勢力を得てはいたが、首相の不退転の決断があれば流れは変わり得たのである。

決断しないという罪

 休戦反対(戦争続行)派だった二名の閣僚は、後年、衝撃的な証言をしている。休戦反対派は一九対九、あるいは一四対一〇で優勢であったと。そして休戦賛成派だった労働相ポマレも、味方は一二対八で劣勢であったと同様の分析をしていた。残りは態度未決定のままレイノー首相の決断を待っていたのである。
 戦後、フランスの議会調査委員会で休戦反対派だったマランは、レイノーに厳しく尋問した。
「あなたは、多数派の立場がいずれにあるかを誤断することによって、恐ろしい過ちを犯した。……あなたは、あのような状況のもとでは統治できなかったという。話は逆で、あなたは一五人の大臣を味方に持っていたし、ほかの二人や三人は首を切ることができた。それは別に難しいことではなかった。……私は閣議が突然休会され、あなたが大統領と話し合わねばならないと言われたとき、あなたは首相の地位に踏みとどまるつもりなのだと信じていた」
 ところが、ルブラン大統領と会ったレイノーは突然首相を辞任し、その後継として休戦派のペタン元帥を推薦した。そのペタンはやがてレイノーを逮捕投獄することになるのだが、その獄中からレイノーはペタンに命乞いのような手紙を書いている。
「一年前、私は貴下を私の後継者として指名するように、共和国大統領に助言する……責任を取った。……私は私が取った責任を否認するものではないが、フランスに対して許しを乞う」
 レイノーは、判断と決断が異なるダラディエの後を継いだ。彼の判断もダラディエのように正しかったが、レイノーは間違った決断もしなかったかわりに、決断する責任そのものを放棄してしまったのである。

◎――――連載

ガンバレ!男たち 第28回

子どもに夢を
持たせることが親の役目

池内ひろ美

Ikeuchi Hiromi
1961年岡山県生まれ。一女を連れて離婚後、96年にみずからの体験をベースに『リストラ離婚』を著し話題となる。97年、夫婦・家族問題を考える「東京家族ラボ」を設立、主宰する。hiromi@ikeuchi.com
ブログ「池内ひろ美の考察の日々」
http://ikeuchihiromi.cocolog-nifty.com/
サイト「東京家族ラボ」 http://www.ikeuchi.com/

写真

 クラレが新小学生に対して行った調査によれば、児童が将来就きたい職業は、男子がスポーツ選手、運転手・士、警察官。女子はパン・ケーキ屋さん、花屋、看護師。親の希望はそれぞれ公務員、スポーツ選手、医師。看護師、公務員、保育士。スポーツ選手になりたい男子は約三〇%で、二位の運転手・士の八%を大きく引き離している。スポーツ選手希望者の約五〇%がサッカー選手、野球選手は約三〇%で過去最高。女子ではゴルフ選手にしたい親が急増している。

「息子はあんまり元気がなくて本ばかり読みたがるし、勉強はできますがスポーツは得意じゃなくって。少年野球のチームに入れてるんですが補欠にもなれなくて。でも、スポーツ音痴なわけではないんですよ。打撃のセンスは悪くないし、体も僕に似て大きいし、でも全然練習しないんです。せめて人並みに練習すればすぐにレギュラーなのに」
 そう語る父親は三〇代半ばの会社員。確かに体格がいい。六大学野球では五番レフトで活躍していたという。
「本当は僕が指導してやればいいんですが、仕事が忙しくて。息子が内向的なのは妻に似たんですよ」
 彼の奥さんは音大出のお嬢さまで文学好き。息子も野球の練習よりも、母親と一緒にクラシックを聴くほうが好きだ。
「息子は男ですからね、やっぱりスポーツができなきゃダメですよ。まあ、僕もプロでやっていける自信はなかったですが、息子にも頑張ってほしいんですよ。結果的にプロになれるかどうかは分かりませんが、スポーツという勝負の世界で鍛えられないと男はダメです。それに、スポーツの世界で得た友情というのはいいですよ。僕も昔のチーム・メイトとは仲良くやってますし、仕事の面でも助けられてます。一生の財産ですよ。そういうことを教えるのも大事でしょう?」
 彼の言いたいことは分かる。彼は野球の世界でいい思いをたくさんし、厳しい練習に耐えて得たモノも多いのだろう。そのようなことを子どもに伝えたいという気持ちは大切だ。また、親の夢を子どもに託すというのも悪いことではない。
 一時、幼い子どもをタレント養成学校に通わせることが流行り、そのころ、養成学校から子どもとともに出てきたお母さんたちが、いずれも驚くほど美人でビックリした。彼女たちは、昔、モデルかタレントをやったことがあったが売れなくて結婚し専業主婦におさまったのかもしれない。娘に自分がなしえなかった夢を託して芸能人にと望む人たちだろう。
 父親は息子に、母親は娘に、自分の夢を託す。そのことに批判的な人もいるようだが、小学校低学年くらいまでの年齢のうちに、親の思いを伝えるのは悪くない。
 子どもが幼いときの親の役目とは、子どもに夢を与えてやることだ。お父さんは神宮球場でホームランを打ったことがあるよとか、お母さんは女性誌のモデルだったのよと聞くことによって子どもは凄いと思い、自分も野球選手やモデルになろうと夢見るものだ。それで野球の練習やダンスの練習をやる気になればしめたものである。向上心を持って何かに取り組むことを、子どもはそこで覚えるからである。
 しかし、子どもは子どもなりに、才能というモノも持ち合わせている。この場合の才能とは、興味の方向性と言い換えてもいい。要するに、夢中になれるモノが何か? ということなのだが、これが親の期待に添わないことも多い。親はがっかりするが、才能がないのだからしょうがない。才能のない世界で頑張れと言われるほど辛いことはない。
 そんなとき、父親はどうするか? 子どもが興味を持つことの先に、どのような社会が開けているかを教えてやればよいのである。スポーツが苦手だけれど勉強が好き、という子どもであれば、勉強して東大に行けというのではなく、世界にはオックスフォードやケンブリッジという大学があり、世界中の勉強好きな人間が集まって楽しく研究生活をしている、というようなことを教えるのだ。
 ビデオ・ゲームばかりやっている子どもには、そのゲームの向こうには、ハリウッドの映像世界とか、コンピュータ・サイエンスの世界があるんだ、なんてことをちゃんと教えてやるのである。
 子どもにとって父親は、社会の窓口なのだが、その窓から見える世界が広くて遠いほど、子どもは父親をカッコイイと思うものである。頑張って広い世界を見せてやろう。

◎――――エッセイ

今求められるリーダーシップ考

鎌田英治

Kamada Eiji
グロービス・オーガニゼーション・ラーニングカンパニー・プレジデント

 リーダーシップが求められている

 現代ほどリーダーシップがさまざまなビジネスパーソンに求められる時代はなかっただろう。
 その背景には、経営環境の激変がある。第一に、競争環境の激化がある。競争の土俵はグローバル化し、競争ルールそのものが塗り替えられている。また、商品開発や顧客対応など主たる企業活動においてスピードと質が厳しく問われている。
 第二に、従業員の多様性--性別、国籍、それにともなう価値観や労働観など--が急激に高まる中で、組織運営の複雑性が一層増している。組織の一体感醸成、経営理念など考え方の共有と浸透も一筋縄ではいかない。
 そして第三は、差別化の源泉が、目に見えるモノという資源から、人の「知恵」や組織風土などのソフト・イシューに移ってきたことである。こうした無形資産をいかにマネージし維持・向上させていくかが問われている。
 このような戦略寿命が短く、タイムリーな市場適応が求められる時代には、かつての「組織管理」の発想は通用しにくい。「上意下達の戦略徹底」を基盤とする「予定通り数値目標は達成しているか」といった予実ギャップ管理型や、「俺の技を盗め」「黙って俺について来い」といった背中で語るリーダーシップは、現代の競争環境に合わなくなってきているのだ。
 また、社員一人ひとりが持つ可能性を十分に引き出すことのできない企業は継続的な競争優位性を築くことができなくなるだろう。個人のモチベーションと能力(特に問題解決能力や創造力、対人関係力など)を最大限に高め、それを企業のベクトルに合わせることができる企業が大きな優位性を得るのだ。3Mやトヨタ、ジョンソン・エンド・ジョンソンといった、個人尊重の姿勢を重視している企業が長年にわたって優れた業績を残しているのは決して偶然ではない。

 当事者意識

 本稿では、こうした時代に求められるリーダーシップの要諦として四つのポイントを挙げたい。
 第一に、当事者意識を醸成する力である。個々人が持つ可能性を信じつつ、彼等に考えさせる刺激を徹底して与え続ける存在になることが求められる。特に、大きな企業ほど、個人は、組織の中で自分の役割や位置を見失いがちになる。その結果、企業のベクトルと、個人がやりたいことのベクトルがずれてしまったり、自分の仕事と企業存続の関係意識が希薄になったりしてしまう。組織の存在意義に対するコミットの薄い傍観者社員の集まりでは競争力は高まらないし、個人の秘めた能力も開発されない。個人を徹底的に考える環境に追い込み、組織の中で何ができるのか、何をしなければならないのか、何をしたいのかを気付かせる必要がある。そうすることで初めて、個人は自らの意思と責任に相応しく成長しようとし、また組織に対する能動的関与が高まっていく。

 外に関心と視線を向ける

 第二に、外に関心と視線を向けさせる力である。これは、リーダー自身が高い志を持ち、そしてそれを伝えることで共感を得、志を共有してもらうことから始まる。当然、その志には人を惹き付ける力が必要なので、広く世の中に価値提供するものとなろう。顧客や株主だけにとどまらず、地域や国、世界といったコミュニティとの良き関係を連想させるものであることが望ましい。そうした志を立て、志に向かって突き進む行動を自分自身が体現すると同時に、それを楽しみ、ポジティブなエネルギーを周りに与え続ける存在になる必要がある。

 伝える力、浸透させる力

 第三に、伝える力と浸透させる力である。これは先に挙げた、考えさせること、志を共有することにもつながる。そのためには自分の経験や学び、考えをクリアに言語化することが必要だ。「俺のやり方をよく観察し、自ら盗め」といったやり方は、往々にして「下手をすると誰も学習しない。できるのは自分だけ」ということにつながりかねない。そういったやり方は、競争が厳しく、スピードが求められる時代には、伝える側の努力不足にすぎなくなるのである。論理性を磨き、受け手の理解力や感情も踏まえた上で、学びを文書化、体系化し、伝える能力が必須である。また、考え方の浸透と定着に対する時間投資を厭わずに、粘り強く繰り返す、受け手となる人々と共有体験を積み重ねるなどの行動も不可欠だ。

 自問する力

 そして第四が、自問する力である。リーダー自身がアンラーニング(自己否定)を恐れない姿勢を持ちながら深く自省する必要がある。そうした姿勢なしには、自分自身の変化すなわち成長がストップするからである。しばしば見られるのは、「強い信念」を、自分自身が変わらないこと(成長しないこと)の口実にしてしまうという現象だ。こうしたことを周りの人間(特に部下)は敏感に感じ取る。上司がこうした態度をとっていては、部下の成長も同時に止まってしまう。常に自省し、成長を追求する姿勢(そしてその取り組みや学びを言語化すること)が、これからのリーダーには必須である。
 これらの条件を同時に満たすことは非常に難しい。しかし、こうした条件を、より多くの人々が身につけている組織こそが二一世紀を勝ち残っていけるのだ。
『MBAリーダーシップ』はリーダーシップの体系を理解し、実践する上で格好のテキストである。同書の内容を理解した上で、ぜひ本稿の四つのポイントを実践していただきたい。


MBAリーダーシップ

『MBAリーダーシップ』
●2940円(税5%)●4-478-72026-6

◎……著者が語る

『一人で生きる人生の愉しみ方』

書籍

川北義則 著
●1365円(税5%)●4-478-70341-8

1935年大阪府生まれ。1958年慶應義塾大学経済学部卒業。東京スポーツ新聞社に入社。文化部長、出版部長を歴任。1977年、日本クリエート社を設立。著書は『中高年のマーケットを狙え!』『人口減少時代に売れるモノ売れないモノ』(ダイヤモンド社)『もっと気楽に生きるコツが、わかった!』(三笠書房)『人生・愉しみの見つけ方』『40歳から伸びる人、40歳で止まる人』(PHP研究所)など多数。

「一人で生きる時代」がやってきた

 日本の人口は一億二七七○万人をピークに、すでに減りつづけている。人口減少が及ぼす影響はさまざまな分野から言及されているが、意外に知られていないのが、人口減少とは逆に世帯数が増えつづけていることだ。
 厚生労働省の人口問題研究所の推計調査によると、いまから二十年後には、わが国では三軒に一軒が単独世帯になり、しかも世帯主一人がいちばん多い家族構成になる。増えつづける単独世帯は、消費市場だけではなく、あらゆるところに影響してくるだろう。
 単独世帯、端的にいえば「一人暮らし」である。この形態もさまざまで、まずは未婚の若者が親元から独立してはじめる一人暮らしがある。
 この一人暮らしは結婚することが前提で、いわば家庭をもつまでの一時的な単身生活。だが、そのまま結婚せずに単身生活をつづけていく若者もいる。最近多い三十代の独身キャリアウーマンなどが、その例だ。
 第二に、これも増えつづけている熟年離婚によって一人暮らしになるケースがある。まだ若いうちに小さい子どもを抱えたまま離婚するケースもあるが、このような母子家庭も実質的には一人暮らしだろう。
 第三は夫婦どちらかが亡くなって、残された配偶者が一人暮らしになるケース。これは、高齢社会になればなるほど増えてくる。
 いまは夫婦二人でも、心中でもしない限り、どちらかが一人暮らしをすることになる。統計的にも、長生きする女性のほうが残されるケースが多い。
 こうみてくると「自分はどのケースにも当てはまらない」といえる人はいないだろう。それだけ、これからは誰もが一人暮らしを覚悟しなければならない時代になってきたのだ。
 そのためには、いまのうちから料理をはじめ、趣味も一人でこなす「一人で生きる愉しみ方」を身につける必要がある。
 とくに現役時代から一人で行動するクセをつけておくことも大切だ。一人で行動できない人間は、パートナーともうまくやっていけないのである。
 そして、いま市場も「お一人さま」をターゲットにさまざまなビジネスが花開きはじめている。女性が中心だったエステに男性用も登場したり、国内外の旅行でも一人旅専用のツアーが人気を呼んでいる。
 日常の食生活にも一人用に工夫された小分けパックが売り出され、イチゴ一個売りというスーパーも現れた。食料品などは「必要なものを必要なときに必要なだけ」買えるのが理想なのだ。
「お一人さま」が市民権を得るようになったいま、あとは個々人がどう一人で生きていくかを真剣に考え、そして行動するかが大きなテーマになってくる。

◎――――連載

美人のもと 第9回

美人のもと

西村ヤスロウ

Nishimura Yasuro
1962年生まれ。株式会社博報堂 プランナー。趣味は人間観察。著書に『Are You Yellow Monkey?』『しぐさの解読 彼女はなぜフグになるのか』など。

*財布

 財布は大げさなものが多いなと思う。もう少しシンプルなものはないものだろうかと思うことがよくある。特に女性用だ。
 一般に「女性用」と言えば、小さめで、かわいくて、美しいというものだ。ところが財布に限って言えば、大きくて太めな感じである。男性用といえば、かわいくはないが、細身でシンプルだ。
 ランチに出かけるOLは手に財布とハンカチだけ持つ人が多い。男はポケットを使い手ぶらだが、女性は小さな手に握りしめるものがある。小さな手なのに財布は太い。
 そんなに太い必要があるのだろうか。札束を持ち歩いているのだろうか。いや、実際には大金が入っていることは少ない。お金以外のものがたくさん入っているようだ。
 会員券、クーポン券、領収書、診察券、キャッシュカード……。現金よりもはるかにそういう小物が多いのだ。現金はむしろ脇役だ。最近は小さなお店でも会員制度を始めるところが多く、現金以外はどんどん増えていく。現金はあまり増えないのだが。
 そんなに多くのカードをいつも持ち歩く必要があるのか。たぶん、ない。しかし、急に必要になる可能性がある。メンバーズカードを忘れたために百円損した、なんていう話は、まるで一万円損したかのようにクヨクヨするのが女性である。特に「会員だけ」という限定感に応えたくなるのが女性である。そんなことでどんどん現金以外のものは増えてきて、実際には不必要なものもいつも持ち歩くことになる。
 そんな小さな割引にこだわるな。そんなことを言うつもりはない。女性がポイントをコツコツと貯める姿は結構かわいい。割引にこだわる姿も、度を超さなければ賢い女性に見えてかっこいい。むしろ、お金にしっかりしている姿勢というものは、美しい。
 だからこそ、財布をキレイにして欲しい。カードだらけの財布はただでさえ、太ってしまう。いつも持ち歩くためだろうか、結構汚くなる。有名ブランドだろうが、なかろうが、大事なことはキレイにしていることだ。ちゃんと手入れをするべきだ。手入れをしていると、不要なカードなどは持ち歩かなくなる。中身をいつでも整理したくなる。わけのわからないレシートが財布から飛び出したりしなくなる。
 財布を美しく保つ。美人の財布はキレイである。「美人のもと」はそんなところに貯まっていくのかもしれない。

*語尾

 何年か前、語尾上げが話題になった。何かにつけ質問しているような口調。どうやら日本だけの現象ではなく、たとえばアメリカでもアップトークは増えていった。
 この原因については諸説あるが、そういう口調に対して、「どう反応するのが正しいのか、質問しているみたいだし」といろいろ悩むのでやっぱりあの口調はやめてもらいたいものだと思う。いずれにしても「発言に自信がない」ように思えるのだ。
 語尾上げを「最近の若者」の言葉の乱れのように指摘する人が多いが、実際はむしろ若いとは言いがたい人に多いのが現状ではないだろうか。テレビでインタビューを受けて、語尾を上げているのは圧倒的に年齢が高い人だ。
 もはや、語尾上げは「オジサン」「オバサン」っぽい言葉になっているため、若くしてそんな口調だと、周囲が指摘するために減っていったとも思える。
 これで語尾がキレイな人が増えたか。
 実はそうではない。女性を中心に語尾が乱れてきている。語尾で変な笑いが入ってきている。
 面白くもなんともないのに、語尾の部分になると情けない声になり、よく聞き取れないし、「何で笑っているのだ」という疑問が大きくなり、話の内容はどこかへ行ってしまう。ひどい人になると、いちいち語尾の後に無理して「あはっ」とか「ふふっ」とかつけてしまう。
 いちいち笑わないでください。面白くないし、笑いの意味もわからないし。これも「発言に自信がない」ような印象を持つ。
 ニコニコしながら話すことはいいことだ。しかし、無理してつくっている語尾の笑いは美しいものではない。なぜなら、無理しているので顔が相当ひどい顔になっているのだ。自然にニコニコしている顔とは明らかに違う乱れた笑顔。
 乱れた笑顔は「美人のもと」に相当悪い影響を与える。語尾ははっきりきれいに話そう。面白い時に笑おう。それだけで本当の美しい笑顔が自分のものになるはずだ。

◎――――エッセイ

「預金から投資」の時代に対応した
誰にでもできる、スロー投資術

藤田郁雄

Fujita Ikuo
1976年生まれ。経営者、個人投資家。学生時代からITベンチャーで仕事をはじめ、そこで得たストックオプションを元手に投資をはじめる。当初は、ヨーロッパのプライベートバンクに資産を運用させていたが、成績に物足りなさを感じて、個人でも株式、オプション、先物、投資信託などによる運用を行うようになる。2004年からインターネット上で「月10万円で作るポートフォリオ」を公開(年間利益率は10%超)し、資産運用のアドバイスが人気を博す。
人気ブログ「銀座人の最適ポートフォリオ」(http://blog.livedoor.jp/ginzajin/)を主宰。

 学校を出て、就職して、そのまま勤め続け、結婚し、家を買い、不自由のない老後を迎える。そんな「理想の生活」をすることが難しい世の中になってきました。右肩上がりの経済成長が終わり、終身雇用や年功序列もなくなりつつあり、さらに「超」のつく低金利がその傾向に拍車をかけています。
 そして、一人当たりの生涯賃金は減少し続けているのに対して、今後予定される増税や社会保険料の増額により生活コストは確実に上昇していきます。『みんなの投資』での試算では、家族4人で「理想の生活」をすると、控えめに見積もっても人生の収支が4000万円以上の赤字になるという結果になりました。

株で儲けるのは大変

 昨今の株や投資信託(投信)ブームは、間違いなくこの傾向を反映しているのだと思います。世間のみなさんが感じているとおり、今後、仕事から得られる収入は減る可能性が高く、金利もほとんどゼロに等しいわけですから、もう投資をするしかお金を増やす方法は残されていないのです。
 ただ、株をやっている人は感じているかもしれませんが、実際に株で儲けるのはかなり大変です。デイトレードで何10億円を稼いでいる若者が報道されたりしていますが、あれは非常に特殊な例なのです。彼らは、自分の時間と大金を投じ、人生を左右するほどのリスクを背負って勝負をしています。その中でたまたまうまくいったひとにぎりの人々だけが報道されているのだと考えてください。
 ですから、仕事をしながら無理なく資産形成をするには、株はあまり向いていないと私は考えています。

日本の投信は問題だらけ

 投信も、とくに中高年を中心に流行しています。ペイオフ対策にと銀行などで勧誘されて、外債に投資する毎月分配型の投信を購入された方も多いのではないでしょうか。しかし、毎月分配型の投信は、資産形成という面では問題のある商品といえるのです。
 まず、手数料が高すぎます。すべての手数料を合計すると、初年度は3%程度になります。その場合、仮に100万円を投じると、3万円差し引いた97万円からのスタートになります。外債の利回りが平均で4〜5%程度であることを考えると、この手数料は異常に高いといっても差し支えないと思います。
 毎月出る分配金についても、資産形成という面ではいいものではありません。たしかに定期的にお金をもらえるのはうれしいのですが、分配金が出るたびに課税されるため、複利の効果が十分に得られないのです。分配金がない投信であれば、その分も投信内で運用できたわけですから、投資効率は確実に落ちます。

よく探せば、いい投信もある

 でも、本当によく探すと、同じような内容の投信で、ずっと安い手数料のものもあるのです。現在のところ、そういう商品を売っているのは、おもにネット証券やネット銀行になります。日本には2700本以上の投信があるのですが、本書ではその中から手数料が安く、分配金が少ない投信を厳選して12本紹介しています。
 そして、これらの投信を組み合わせて、日本株式、外国株式、外国債券に分散投資をしていきます。難しそうと思われるかもしれませんが、実際は月々決まった額のお金を、ネット証券で自動積立していくだけです。一度設定したら、数ヶ月に1度、資産配分がくずれていないかどうかをチェックするくらいで、あとは放っておいて大丈夫です。
 なおこのやりかたは、年金や保険の資産を運用している機関投資家と基本的に同じ方法です。そういう会社の立派なビルや社員の高いサラリーに化けてしまう手数料がない分だけ、運用効率がよくなるわけです。

年6%の利回りを目指す

 本書では、年率6%の利回りをめざします。この数字は、過去のデータから導き出されたもので、前述の3資産の組み合わせなら十分現実的なものだと考えています。
 たとえば、月々5万円を30年間、年利6%で積み立てるとします。すると、積立総額は1800万円ですが、評価額は5000万円以上になります。月々3万円でも3000万円、10万円なら1億円をめざすことが可能です。投資の威力、複利の威力を実感できるのではないでしょうか。
 しかも、5000万円に達した後は、老後資金として月々20万円の取り崩しをしても、まったく減らずに徐々に増えていくのです。
 もちろん、着実な積立てだけでなく、すでにある程度の資産をお持ちの方が、なるべく安全に投資に資産を振り替えるための方法もしっかり解説しています。

 幅広い年齢層の方の幅広い取り組み方に対応できる本になったと思っています。なるべく多くのみなさんの、人生にまつわるお金の心配を、シンプルかつ効果的に解決するための1冊となれば、著者としては幸せです。

『みんなの投資
投資信託でゆっくり確実に資産をつくろう!』

書籍

藤田郁雄 著
●1575円(税5%)●4-478-62072-5

◎――――連載

気になるキーワードを徹底研究
ビジネスマンのための健康ラボ 第9回

【デトックス】

話し手 松井宏夫

 魚をたくさん食べる人ほど、狭心症や心筋梗塞などのリスクが下がる、という大規模な疫学調査の結果が今年の一月に発表された。魚中心の食生活にお墨付きをもらい、魚好きにはうれしい話だが、そうなると今度は魚の有害物質汚染が気にかかる。
 魚を食べることを推奨してきたFDA(米国食品医薬品局)は、魚の水銀汚染に関連して魚食の制限勧告を二年前に出している。日本の厚生労働省も三年前に、“水銀を含有する魚”に関する警告を出しているが、なぜか日本人が大好きなマグロには触れていない。
 週一回、好物の鉄火丼を食べても大丈夫なのか? そんな不安を抱える人が飛びつきそうなのが、「デトックス」という有害物質を排出して体内浄化を行う健康法だ。今までの健康法は体によいものを摂ることが中心だったが、デトックスは、体に溜まった毒を外に出して健康の維持増進を図ろうというものだ。
 現代人が日々蓄積している有害物質(有害金属や有害化学物質)とは、カドミウム、水銀、ヒ素、アルミニウム、鉛、それにダイオキシンなどだ。これらは、体に必要な必須ミネラルの働きを妨げ、体調不良や肥満、老化現象を引き起こすと言われている。
 人間の体は本来、有害物質を解毒したり排出する仕組みを備えている。しかし、栄養バランスが崩れたり有害物質が増えてくると、その排出が追いつかなくなる。そこで、有害金属などを体から排泄させる働きのあるミネラルやビタミンを補給し、排泄を助けてやろうというのがデトックスの考え方だ。水銀の場合は、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、セレニウムなどが排出を促進するミネラルである。
 デトックスを行うには、まず自分の体にどのような有害物質が溜まっているかをチェックする必要がある。体内の有害物質の量は、毛髪を分析することで測ることが出来る。郵送で行える毛髪ミネラル検査は今、大繁盛だという。


イラスト

◎――――連載

小説「後継者」第25回

第10章 信頼回復(2)

安土 敏

Azuchi Satoshi
◆前回までのあらすじ
スーパー・フジシロの創業者社長・藤代浩二郎が、提携先の大手スーパー・プログレスを訪問した帰り、車中で謎の言葉を残し急逝した。その後プログレスは裏切り、フジシロは独自路線を貫くことを決める。追い出された格好になった守田社長は、フジシロと同じエリアでスーパーを展開するプログレスの子会社アドバンスの社長に就任した。守田のヘッドハンティングへの対策として役員と管理者全員を大会議室に緊急招集した浩介は、自分の力量不足による非を深く詫びる。さらにアドバンス対策のプロジェクト・チームを早急に立ち上げ、そのメンバーのなかには全営業担当役員を入れることにした。既に退社するとの噂のある役員もだ。フジシロはアドバンスに一体どう対抗していくのか。



 スーパー・フジシロ社長藤代浩介の部屋のドアに、強いノックの音が響いた。室内で話をしていた社長の浩介、開発部の重成大五郎、東西大学流通論助教授の佐藤詠美の3人は、その慌しい叩き方に驚いて、一瞬口を閉ざし、不安げに顔を見交わした。
「何だ。インターフォンも使わずに」と浩介が不愉快そうに立ち上がって、ドアを開けた。小笠原常務(総務人事担当)と堀越取締役(開発担当)がいた。ふたりとも、目を吊り上げた顔で、小笠原が「ちょっとご報告に」と、がさついた声を張り上げた。浩介が露骨に不快そうな目をしたのを見て、小笠原の斜め後ろにいた堀越が「重大事態でして」と言い訳がましく付け足した。
「まあ、入れ」
 ふたりは部屋に入ったが、勧められたソファに腰掛けない。小笠原は、座った浩介に覆いかぶさるようにして、「会社中にアドバンスの誘いの手が伸びています。このまま放置しておくと、大量の退職者が出るおそれがあります」と言った。さっきとはまるで反対に、盗聴を恐れるように声を落としている。しゃがれ声が急に小さくなったので聞きづらいとみえ、浩介は耳たぶに手を当てたが、表情は相変わらず不愉快そうで、目ばかりぎょろつかせている。
「商品部のバイヤーたちに、軒並み転職の誘いが来ています。いや、ただの噂ではありません。実際に、鮮魚部の俵、精肉部の石渡、グロサリー部の北小路から退職願が出ました。そのほかにも、まだ受理していませんが、各部の部長が部下の誰彼からアドバンスに誘われたという話を聞いています」
「ひどい話だ。競合以前に、我が社は自壊してしまう」と浩介が唸った。「一体、だれが誘っているんだ。まさか、守田さんが直接やっているわけではないだろう」
「甲村です。甲村が勧誘役をやっているんです」
「甲村?」
「副店長だった甲村です」
「以前、人事部でリクルーター(採用係)をやっていたあの甲村道哉です。3年ほど前に店に異動になりました」
「ああ、甲村か。彼は家業を継ぐために辞めたと聞いていたが」
「会社を辞めたのは2週間ほど前です。山梨にいる両親がやっている観光地の食堂の跡継ぎになるということでした。発展性がないから思いとどまれと、親身になって説得したのですが、両親が年取ったからやむを得ないなんて言っていました。あのときから、アドバンスに行くことに決まっていたのでしょう。見事に騙されました」
「甲村なら、会社中の人間を知っている。最近入ってきた社員たちは、彼自らが採用した連中だし、本部時代にもなかなか人気があった。そのつもりで辞めたのなら、全社員の収入から履歴までの情報を持って出たと考えたほうがいいな」
「そうだと思います」
「守田さんも意外に冴えているなあ。リクルーターをリクルートして、一網打尽というわけか」
 冗談めいた言い方だったが、声は落ち込んでいる。
「社長、そんなことに感心していては困ります」
「別に感心しているわけではないが」と苦笑しながら、浩介は、後から来たふたりに椅子を勧めた。「落ち着かないから、座れ」
「ヘッドハントするにあたって、どういう条件を出しているのですか」と重成が小笠原に尋ねた。
「あちらから誘った人間については、移籍に伴って1ヶ月分の給料相当のスカウト料、それに先方ではいままでより1割方多い収入を保証するんだそうだ」
「いい条件ですね。それなら、私も行きたくなります」
「何を馬鹿なことを言っているんだ」
「もちろん、実際には行きません」
「当たり前だ」
「でも、誘いに乗る人の気持ちにならないと、事態を正確に読めません。それで伺うのですが、勧誘されていないのに、こちらから応募していった場合には、どうですか」
「個別審査だとさ。勧誘された社員に、甲村がそう言ったそうだ」
 小笠原は吐き出すように言った。
「幹部社員のほうはどうなんだね」と浩介が尋ねた。
「それがまた問題なんです。花崎取締役(グロサリー担当)、狭山取締役(生鮮食品担当)、それに、間宮取締役(販売促進担当)あたりも危ない感じです」
「それじゃあ、営業関係役員の全部じゃないか」
「店舗関係を除いてすべてということになりますね」
「冗談じゃない」
 さすがに浩介の声がきびしくなった。
「でも、それは、あくまで憶測でしょう」と、初めて詠美が口を開いた。「何か、具体的な証拠や動きがあったのですか」
「いや、それはありませんが、花崎さんなどは、守田さんが在任中から、プログレスの山田会長に抱き込まれたという噂がもっぱらでしたから」
「噂か。そういうふうに疑うこと自体が問題であるような気がするな」と浩介が呟いた。
「我が社にとって、問題はふたつあると思います」と堀越が言った。
「第一は、実際に人材の流出をどう止めるかということ。第二は、そういうヘッドハンティングが行われることによって、社内の人心が揺らぐというか、浮つくというか、要するに、人々の気持ちに悪い影響が出るということで、それをどう阻止するかが問題です」
「そうだな」と浩介が肯定した。「しかし、流出を止めると言うが、簡単ではない」
 5人はしばし黙って考え込んだ。
 やがて、だれからともなく口を開き、重成が問題を整理した2点について、アイデアを出し合ったが、これといっていい案は出てこなかった。
「腹が立ちます」と、こらえかねたように言った小笠原の声が大きくなった。「卑劣です。守田さんが、こんなことをやる人だとは思わなかった。これでは、自分が社長だった会社を壊しているようなものです。昔の仲間全員を裏切っているのです」
「よほど恨んでいるのだろう」と浩介が言った。声音に、悔恨の響きがある。
「社長」と詠美が浩介のほうに向き直った。「これは、例の『林に入ったボール』とお考えください」
「林に入ったボール、か」
「そうです。すでに起こってしまったミスによって引き起こされた苦境です。それを嘆いても、悔やんでも、いわんや焦っても、何もなりません」
 浩介は、じっと詠美を見た。
「そうだな。ミスショットはすでに過去のことだ」浩介は、詠美のたとえ話に納得したようだ。脳裏にゴルフ場の景色が浮かんでいるような顔だ。「ミスをミスとして受け入れたくないから、林に入ったボールを次の1打でリカバーしてそれを消そうとする。だが、狭い木々の間を抜いて強引にグリーンを攻めたりすると、しばしば事態は一層悪くなる。そういうときは、過去のミスを素直に認めて、まず確実に林から脱け出すこと、つまり、一番広く開いた木の間から、次の1打が打ちやすい場所にボールを出すのがいい」
「そのとおりです。フェアウェイのいい場所に出したそのボールを正しく打てば、ピンそばに寄ってパーを確保することもできます。ここはフェアウェイに出しましょう」
「分かった。そうする。だが、どうやったらフェアウェイに出る?」
「アドバンスがヘッドハンティングしてくる以上、フジシロに被害が出ます。しかし、その被害は限定的です。なぜなら、アドバンスは、自分が必要とする社員をスカウトするからです。それ以上は採りません。さしずめ採用するのは、会社を立ち上げるための人材でしょう。商品部関係者に軒並み誘いがあるのは、その要員だと考えられます。でも、上町店を開店するための要員はすぐには採用しないでしょう。開店が6ヶ月後だとすると、まだ3、4ヶ月後のことです。ですから、あちらこちらに声が掛かっているからと言って、フジシロ30店舗すべてが崩壊するような錯覚を持ってはなりません。つまり林に入った失敗に対するペナルティーは、ちゃんと対応しさえすれば、ただ1打分で済むのです」
 詠美は続けて、思いきったことを言った。
「スカウトさせてやりましょう。守田さんが辞めた瞬間に引き抜きは始まってしまっていたのです。だから、それは単純には取り返せない。いいじゃないですか。こういう働きかけがあったら、すぐにフジシロを辞めていくような人間は、もともと、フジシロにとって大した人材ではありません。フジシロには先代の浩二郎社長が創られた立派な企業文化があります。ほんの少し給料がいいからと誘われただけで、他社に行きたがるような人は、その企業文化の価値が分かっていないのです。惜しい人たちではありません」
 たとえが感覚にぴったりと嵌ったのか、浩介は納得した顔になったが、小笠原が「しかし、先生」と新しい情報を出した。「店舗関係でも、店長、副店長、チーフの多くに声が掛かっているようで、地区長(いくつかの店舗をまとめて地区とした、その地区の長)のところに、退職の申し出があるとの話です。レジチーフからも退職者が出そうです」
「えっ、それは不思議ですね」詠美の顔色が変わった。「店舗要員は、本部の体制ができあがってから採用するはずです。それなのに、本部要員と同時に、いまから店舗の商品部門チーフやレジチーフまで採用を始めるということは、その人員を半年近くも遊ばせることになってしまいます。説明がつきません」
「守田さんはそのところが分らないから過剰人員を抱えてしまうのか、それとも何か別のことでしょうか」
「競技のときに、相手のレベルを低く想定するととんでもない間違いを犯す」と浩介が言った。「相手が本当に強い場合には、一見、間違いのように見えて、それが正解ということをやる。グリーンの形状とピンの位置によっては、普通は避けなければならないグリーンの奥に乗せていくほうがいい場合もある。ピンを直接に攻めるとグリーンの傾斜の関係でバックスピンによって外に転げ落ちるおそれがあったり、池に落ちることさえある。状況によっては、バンカーを狙ったほうが安全という場合もある。つまり、相手を舐めてはいけないということだ」
「私もそう思います」と詠美が考えながら、ゆっくりと言った。「もし、店舗要員を採用しているのが事実だとすれば、素直に考えれば、近々に店を開くということです。開店は、おそらく1ヶ月から2ヶ月後です」
 堀越が目と口を大きく開いた。
「あっ、まさか、新宮里サイトではないでしょうね」
「そのまさか、かも知れないぞ」と浩介も同じことに思い至ったらしい。「堀越さん、佐藤先生に新宮里サイトについて、ご説明しなさい」
 堀越が説明した。
 新宮里サイトは、フジシロ宮里店の至近にある大型のゲームセンターである。いつも客の入りが悪く、見るからに寂れていたので、その建物の持ち主と交渉して、そこにフジシロ宮里店を移設したらどうだろうかと、宮里店の店長が言い出した。確かに、現在のフジシロ宮里店は最近の標準店面積である500坪超に遠く及ばない300坪の売り場しかなく、また、道付から判断する限りゲームセンターのほうが、立地的に優れていた。
 それを聞いた当時の守田社長が乗り気になって堀越に調査を命じた。しかし、堀越がレイアウト図面を引いてみると、建坪が700坪もあるのに建物の形が悪く、いい店にならない。特に生鮮食品の作業場を十分にとろうとすると満足な売り場がとれず、売り場を十分にとれば、作業場はきわめて狭くなる。結局、フジシロは移設しないことにしたのだが、守田は、最後まで惜しい物件だと拘っていた。
「その可能性がありそうですね。堀越取締役、すみませんが、サイトを検討した際に試しに書いた新宮里店のレイアウト図面を持ってきてくれますか」
「はい。多分、とってあると思います」
 堀越は、すぐに図面を持って戻ってきた。
「守田さんが薦めたのは、これです」と堀越が言った。「売り場に500坪をとります。もともと建物の形が悪いので、残った部分を生鮮食品の作業場にすると、変形で、しかもきわめて狭い作業場しかとれません。私は、これでは作業性が悪くて話になりませんと言ったのですが、守田さんは、スーパーマーケットにとって大切なのは売り場だ、作業場なんて客には何の関係もない、従って売上高にも関係ない、これでいいと言ったのです。でも、守田さんは役員会では主張を貫かず、ただ黙っていました。やはり自信がなかったのでしょう。私ども開発部が徹底して反対しましたし、人事の小笠原常務も私どもを援護してくれました。結局、当時専務だった社長がやめようとおっしゃったんです」
「私はよく分からなかったんだが、開発と人事が駄目だという作業場の店は作れないさ」と浩介が補足した。
「もしこの店をアドバンスが一号店にしてくるなら、仮に売り場面積で差をつけられていても、フジシロにとってチャンスです。この店が相手なら絶対に負けません」と詠美。
「絶対に、ですか」と浩介が、詠美の自信満々の言い方に少し驚いた声を出した。
「絶対に、です。いまの話から、守田さんが、スーパーマーケットにおける生鮮食品作業場の意味を十分には理解していないことが分ります。そのことは、また説明します」
 詠美は浩介を見た。
「いまの話からすると、上町店開店までに本部要員と2店舗分の社員が引き抜かれるでしょう。最悪の場合、3店舗目ぐらいまでは覚悟しなければならないかも知れません。その結果、フジシロが絶対的な人手不足になるようでしたら、この機会に、数店舗の老朽店舗を閉鎖するなどの対策も必要になるでしょう。しかし、それ以上エスカレートする前に、流出を止めなければなりません。その方策はただひとつ。1号店、2号店を撃破することです。大至急、徹底した競合店対策を練りましょう。私にも参加させてください」
 詠美は、小笠原に顔を向けた。
「退職すると申し出た社員たちと面接して、できるだけ退職を止めてください。その過程で、たくさんの情報が得られるでしょう。新宮里店出店の真偽も明らかになるでしょう」
「全管理者に、私から事態を説明し、目先の利に惑わされないように話す」と浩介が決然として言った。「作業場の意味も分からないスーパーマーケットが、我が社より1割多くの人件費を負担して成功するはずがない。ドライバーの飛距離を1割伸ばすのが、どれほど大変なことか、それを考えたら分かりそうなものだ」
「やめてください。そんなことを言っても、我が社のだれも分かりません」と重成が呟いたが、浩介には聞こえないようだった。

◎――――連載

連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート 第53回

日本型「豊かさ」モデルの
曲がり角

佐和隆光

Sawa Takamitsu
1942年生まれ。京都大学経済研究所所長。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。

競争回避的に設計された日本の社会制度

 日本固有の社会制度のそれぞれが、個人主義の否定の上に成り立っていることを、常日頃、私は痛感している。会社や官庁における年功序列の賃金・昇格制度、偏差値による大学の格付け、小中高校の制服、冠婚葬祭の「制服」とされる黒の略式礼服、職探しをする女子大学生のこれまた黒の制服、等々。個性を埋没させること、そして競争による格差を生じさせないことを、これらの諸制度はモットーとしている。
 表向き日本は、自由で競争的な市場経済を建前としているが、その実情はというと、日本型の制度・慣行は見事なまでに競争回避的に設計されているのだ。韓国の制度・慣行は、長年にわたる占領下において、かなりの程度まで日本のそれらに同調されているとはいえ、気質面においては、同じ東洋に住む中国人、韓国人、日本人のあいだに大いなる差異が認められる。
 中国人は、競争を好み、能力や努力に応じての給与その他の待遇面での格差は、あって当然のことだと考えている。一例を示そう。中国の大学のほとんどが国立大学であり、大学教員の基本給は、ほぼ年功序列で全国一律に決まっている。ところが、「業績」に応じて決まる成果主義的給与が基本給に上積みされる。その結果、大学教員の給与の高低格差は一〇倍にも及ぶという。また、病院に行くと診療科ごとに医師の名前がズラリと掲示されており、名前の下には診察料が記されていて、その格差もまた一〇倍にも及ぶそうだ。経験豊富な名医の診断なり手術なりを受けようとすれば、新米医師の一〇倍の診察料を支払うのは当たり前である、と中国人は考えるのである。
 他方、日本人の多くは、大学教員であれ医師であれ、そうした格差はあってはならないことと考えるようだ。私自身、アメリカの大学に三年間勤務した経験がある。アメリカの大学教員の給与の決まり方もまた、中国と同じく、業績主義が徹底しており、給与や地位と年功のあいだには、きわめて薄い相関関係しか認められない。自分より年若い教授が自分の二倍の俸給をもらっていても、だからといって妬みや嫉みがわだかまったりはしない。かつて私が籍を置いていたアメリカの某大学での話だが、五〇歳を過ぎても准教授(日本の助教授に当たる)のままという同僚がいたけれども、彼は、そのことに何の不満も感じていない様子だった。なぜそうなのか。私の推察は次のとおりである。
 レフェリー付きの専門誌に論文を発表することに没頭し、その功あって三〇代半ばで正教授に抜擢される同僚がいるけれども、自分は論文の数を増やすことに躍起になるつもりはいささかたりともない。大学教員の最優先すべき任務は教育である。自分は教育者としての責務はちゃんとこなしている。余った時間を論文執筆に費やす代わりに、朝食前にジョギングをし、昼食前にプールでひと泳ぎする。健康第一の生活こそが自分にとっての生き甲斐なのだ。その代わり、大学での地位は低いし、俸給も安い。それは当然のことであり、すべては自分の「選択」の結果なのである、と。
 要するに、個人主義社会のアメリカでは、人間の価値観が多様であることが当然視されており、また、相対主義的なものの見方、すなわち価値観のあいだに優劣のないことも当然視されているのだ。だからこそ、成果主義は成り立ち得るのである。

日本では機能しにくい成果主義

 一九九〇年代に入り、日本経済が長期停滞にあえぐなか、日本の企業社会においても、成果主義を取り入れることが流行した。社員の士気を高め、人材の効率的活用のためには、成果主義の導入が不可欠だと考えられるようになったのである。言い換えれば、終身雇用、年功序列賃金などの日本型雇用慣行が、九〇年代の長期停滞の元凶のひとつに数えられはじめたのである。
 ところが、少なくとも生粋の成果主義(成果を給与にダイレクトに反応させる)は、ここ日本では、必ずしも有効に機能しないことを認める経営者が、昨今、多数派を占めるようになった。
 日本人は相対主義的なものの見方に慣れておらず、そのため成果に基づく給与格差を認めようとしない。職場の人間関係にひび割れが生じ、成果が評価されなかったため給与を据え置かれた人びとは、会社に対する怨念や成果主義の恩恵を蒙った同僚への妬みを抱き、やる気をなくす可能性が高い。
 結局、日本型雇用慣行は、だれかによって強制されたものではなく、日本人の多数派にとって「快適」な慣行として選択された結果なのである。

日本独自の「豊かさモデル」

「日本という国が豊かなのは、日本人が貧しいからだという逆説も成り立つように思える」という名言を吐いたフランスの社会学者ジャン・ボードリヤールは、「国が豊かであるためには、まず一人ひとりの個人が豊かにならなければならないという欧米的な理想主義とは違うモデルが日本にはあるのだろうか。個人が組織の細胞のひとつのようになって自己を主張しないのだとすれば、それは社会の前近代性が土台にあるのではないか」と言った。
 だが、前近代的な「豊かさ」モデルに基づき、戦後六〇年間かけて築き上げてきた日本型「豊かな社会」は、必ずしも「まやかし」の「豊かな社会」だったわけではない。たしかに、個々の日本人の暮らしぶりを見ると、欧米人の目にはいかにも「貧しい」と映るであろう。しかし、近代化の後発国のひとつである日本には、誇るべき「豊かさ」があると私は考える。この国のどこの町や村を訪れようとも、見るからに貧しい地域を、少なくとも私自身は見たためしがない。他のアジアの国々であれば、どこへゆこうとも「豊かさ」と「貧しさ」が混在している。中国の豊かな沿海部と貧しい内陸部、等々。
 欧米諸国は、ゆっくりと長い時間をかけて「近代化」を成し遂げることができた。だからこそ、際立った地域間格差が生じることもなかった。他方、日本をも含めての東アジア諸国は、きわめて短期間に「近代化」を推し進めなければならなかった。近代化に要した時間が短かったことは「効率的」だったといえなくもない。しかし、その半面、空間的な貧富の格差が避けがたくつきまとった。つまり、工業化や貿易を基軸に急速な経済発展を遂げる地域と、旧態依然の農村地域のあいだに、とてつもなく大きな経済的「格差」が生じることは避けがたいのである。
 加えて、経済発展・成長が国家目標として掲げられるようになると、政府投資が工業化する地域に重点的に配分されるようになる。その結果、道路をはじめとするインフラストラクチャ(社会基盤)にも、地域間格差が目立つようにならざるを得ない。
 かつて「集団就職」という言葉があった。一九五〇年代半ば過ぎ、日本が高度成長期を迎えたころ、地方の中学校を卒業した一五歳の少年少女が、東京圏や阪神圏の工場や商店に就職するために、国鉄(日本国有鉄道)の鈍行列車に揺られ、十数時間かけて「集団」で都市部にやってきた。その結果、地方の町や村は「過疎」に見舞われた。都市の過密化と農村の過疎化という現象が同時に進行したのである。のちに国鉄が民営化されたとき、過疎地の鉄道を廃止せざるを得なかった。とはいえ、過疎地の住民もまたそれなりに「豊か」な生活を送っている。

均衡ある発展と地域の主体性の両立を

 幸か不幸か、戦後の日本では、「利益誘導」が政権党所属議員の「伝家の宝刀」とされ、新潟県選出衆議院議員の田中角栄元首相や島根県選出衆議院議員の竹下登元首相に代表されるように、公共投資の地元への誘導に手腕を発揮する政治家が「偉大」と奉られてきた。
 利益誘導型政治のおかげで、都市部のみならず人口過疎な地方にも応分の公共投資が行われ、全国どこへ行こうとも道路はほぼ完璧に整備され、公共的な交通機関もそれなりに整っている。
 政治家の利益誘導という薄汚い背面を伴いつつも、「国土の均衡ある発展」という政策があったからこそ、地域間格差は最小限に食い止められ、日本は地域間の富の格差が小さいという意味で「豊か」な国になり得たのではなかったろうか。その意味で私は、「国土の均衡ある発展」というスローガンのもとに推し進められた国土政策はけっして間違ってはいなかったと確信している。
 少なくとも、ここの文脈において「均衡」とは「平等」と同義である。昨今、さまざまな意味で、「平等」が批判の的に据えられるようになり、「国土の均衡ある発展」もまた、悪しき政策の代表例のひとつに数えられるようになった。とはいえ、政策の善し悪しは時代文脈に依存する。一九六〇年代から八〇年代にかけての日本にとって、こうした国土政策は有意義きわまりなかった。そのおかげで、すでに述べたとおり、全国津々浦々、どこに出かけようとも、貧困を感じさせない国土構造ができ上がったのである。
 しかし、いまや基本的なインフラ整備が成し遂げられたこと、また先進国においては類例を見ない規模の財政赤字と国債の累増が存在するという「事実」にかんがみれば、国土政策の見直しは不可避と断じて差し支えあるまい。
 その際、必ずといっていいほど「地域の主体性の重視」という観点が打ち出される。中央集権から地方分権への移行という観点は、たしかに受け容れやすい。しかし、地域間の所得格差は依然として大きく、自治体(都道府県と市町村)みずからが住民税、事業税、自動車(保有・取得)税などの地方税で財源を工面せよということになると、せっかく保たれてきた地域間の「均衡」がもろくも崩れかねない。
 地域間の格差拡大を招くことなく、地域の主体性を発揮させるための適切な方策が講じられなければなるまい。

◎――――編集後記

編集室より………

▼皆さんは本を購入する際、何を決め手にして選んでいるだろうか。タイトル、テーマ、価格、著者、装幀、帯コピー、知り合いの推薦、書評……色々あると思う。もちろん一つの要素だけではなく、いくつかを組み合わせて決めることが多いだろう。
 そもそも本という商品の場合、中身をすべて知ったうえで買うケースは少ない。たとえば立ち読みで全ページ読み終え、面白かったから買うという人はかなり珍しいはず。逆に、袋綴じやビニール包装などで内容がまったくチェックできないと、妙に購買意欲をそそられたりするものだ。
 いずれにせよ、さまざまな要素から「この本は面白そう、役に立ちそう」と中身を“予想”した上で人々は本の購入に至るのだと思う。
 本をつくる側からすると、この“予想”という部分が非常に大切になる。いかにして人々にポジティブな予想してもらうかが勝負どころ。まずはインパクトのある書名や装幀、帯コピーで読者をつかみ、続いて、目次、前書き、後書き等の部分で内容を具体的に把握してもらいつつ、購入すべき本だと予想してもらえるよう腐心する。本が完成した後も、書評依頼や宣伝等、読者にポジティブな予想を抱いてもらうための努力は続く。
 もちろん、本づくりで最も重要なのは実際の中身を魅力的にすることだ。ただ、一年間に新刊書籍が八万点近くも発行される状況で、一人でも多くの読者に読んでもらえる本にするためには、内容の良さは大前提であり、その上で、さまざまな工夫を凝らすことが不可欠なのだ。
 さて、本誌の真ん中あたりのページには、弊社の新刊書籍の案内が載っている。読者の皆さんに「面白そう、役に立ちそう」と予想してもらえ、年間八万点の書籍洪水のなかでサバイバルできるタイトルは揃っているだろうか? (今泉)

お知らせ………

▼「経」の連載でおなじみの「武田双雲」さんにとって初のメッセージ集「たのしか」(弊社刊)が、四月一七日に発売されました。この一冊には、若手書道家として最も注目される双雲さんの「想い」がこめられています。落ち込んだ時、悩んだ時に頼みとしたい「力」が溢れています。たった一つの文字が、これほどまでの感動を与えてくれることに、個人的にも驚きを禁じ得ません。
 じつは、双雲さん。書道界では国際的な賞をいくつも受賞しており、「北の零年」、「里見八犬伝」、「けものみち」といった人気映画・TVドラマの題字揮毫も引き受けています。彼の名前は知らなくとも、彼の書を目にしたことがある方は意外に多いかもしれません。本の寿命が短くなる一方の出版業界にあって、半年、一年と息の長い地道な販促活動で、この「感動」を少しでも多くの読者に届けたいと念じています。 (藤井)

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