個を確立せよ、個性を育てよという声が日本でも随分聞かれるようになってきた。それはなぜなのか。私の実感から述べてみたい。
アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェターの言うストロング・タイズ(強いつながり)、ウィーク・タイズ(弱いつながり)、という言葉は、皆さんも耳にされたことがあると思う。
前者は学校や職場など生活圏を同じくするなど、生活スタイルや価値観が極めて似通った世界のクローズドな関係である。ムラ社会はその典型だ。
一方後者は、生まれ育った環境も価値観も異なる人間が結び付いたオープンなネットワークである。たとえばリナックス(Linux)の開発がそうだし、女優のアンジェリーナ・ジョリーが参加したことで有名な、途上国の子供を支援する活動もそうだ。
ネットワークの質的レベルとしては、ウィーク・タイズのほうが明らかに高い。ダイナミックで多様性に富んでいるからだ。昨今では、こうした関係から生まれた知見が世の中をリードしているといっても過言ではない。個の確立が重要なのは、そこに参加するために最低限欠かせないものだからだ。
クローズドな世界では、「あの大企業の部長だから」「東大卒」といった権威や看板が個人の信用を肩代わりしていた。ドラマではあるが、象徴的なのが水戸黄門だ。印籠を掲げるだけで揉め事が解決する。権威は疑って当たり前のアメリカ人が見たら、面食らってしまうだろう。
しかし、国も言葉も違う者が集まる場では、そうした形式的な条件が通用することなどまずない。あなたが信頼に値する人間なのか、これまで何をしてきて、これから何をしようとしているのか、あなた自身が問われるのである。当たり前のことだが、権威や看板では、人を惹きつけることはできない。良好な関係を持てるか、続けていけるかは、個の力次第である。
個を確立したからといって、一匹狼になるわけではない。互いの人格や能力に敬意を払い、信頼関係をベースに、わくわくするような目的を共有すると、そこに連帯感が生まれる。新しい仲間ができる。異なる長所を持った者が集まったとき、自分一人では成し遂げられない多くのものを生み出せる。
日本人に限らず、慣れ親しんだストロング・タイズを飛び出すのは勇気がいることである。しかし、それだけの価値はある。
私は、外資系の企業でエンジニアをしています。そのため、日々の業務で英語を使う機会が多く、最近5年間に仕事で受け取った英文の電子メールは1万通を超えています。また、毎週のように米国の本社と電話会議を行っています。年々、社内外で英語を使う機会は増えていますが、これについてはみなさんの会社でもある程度は似た状況にあるのではないでしょうか。
さらに、ネットを通じた動画での通話や、通話料の安いIP携帯電話が普及してくるなど、料金を気にせずに何処からでも世界中とやりとりできる環境が整いつつあります。すると、ビジネスのしくみがまったく変わってきます。欧米とのビジネスだけでなく、アジアとのビジネスにも影響があるでしょう。アジアのビジネスでもコミュニケーションの標準語は英語だからです。
英語での読書の重要性は、少しわかりにくいのでくわしく説明します。先にも書いたように、発音を学習すると聞き取りが上達します。しかし、文法的に理解できない英文や知らない単語は、音だけ聞き取れても意味がわかりません。当然のことですが、聞いたときにわかるのは、自分で文章を読んだときに意味のわかるものだけなのです。
この点を解決するのに、読書は役立ちます。楽しみながら語彙力を身につけられる点で優れていますし、なによりも英文に慣れるという点も大きいと思います。
さらに、正確な発音ができる人には、英語での読書はそれ自体でリスニングの練習にもなります。英語の正しい音を知っている人には、英語を読むことと聞くことは、脳の中ではかなり近いことと考えられています。ですから、英語を読んでいるときもリスニング力が鍛えられるようになり、学習の効率が一気に高まるのです。また、その逆に英語をたくさん聞くことで、英語の新しい表現や知識がどんどん頭に蓄積されるようになります。
そして、ネイティブスピーカーの話す速さで聞き取りができるようになるには、英文を理解するスピードも必要ですが、これも読書で身につけられます。読む速さが話す速さに追いついたときに、リスニング力が劇的にアップすることになります。このためには、難しいものではなく、なるべく簡単なものを多く読むといいのです。
この3月にTOEICリスニングの対策書『闘耳 発音でTOEICテストのリスニングを攻略する』を出版しました。TOEICリスニングの本ではありますが、まず最初に英語の発音を練習するようになっています。1日10〜15分、2〜3カ月程度で一通りの発音をマスターし、その後にTOEIC形式の英文で音読練習をしたり、本番形式の実戦問題で試験の練習をします。これらの学習を通じて、英語の正しい発音やそれを運用する英語力を身につけることができ、その結果、ハイスコアがとれるようになります。
「なぜTOEICなのか?」とよく質問されますが、理由は3つあります。
1つ目は、英語学習のちょうどいい目標になるからです。英語の学習は、続けることが一番重要で、かつ一番大変なのもこの点です。半年から1年に1回はTOEICを受験することで、学習のペースメーカーになります。
2つ目は、就職や転職などにTOEICのハイスコアは大きな意味があるからです。
そして3つ目は、TOEICの内容が優れているからです。非常によく考えられた試験ですから、受験のために学習することで、英語力をバランスよく向上させることができます。
2006年の5月にTOEICがリニューアルされます。新傾向のリスニングセクションでは、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア(ニュージーランド)の4カ国の英語がほぼ均等に話されます。世界各国で使われている、グローバルな英語に対処するための第一歩を踏み出した快挙だと思います。
英語学習の目標を「リスニング」に置くと、どのような学習をすべきなのかが具体的に見えてくると思います。まずは発音、語彙、そして英語を理解するスピードです。これらはすべて、発音練習と英語の読書で身につけることができます。ぜひチャレンジしてみてください。
「本当に、景気は回復しているのですか?」
最近、いろいろな方から聞かれます。そう聞かれたら、「確かに、一部は景気回復していますが、大部分はしていません」と答えています。なぜなら、回復しているところとしていないところが、二極化しているからです。
今、景気回復しているのは、都心であり、大手企業であり、富裕層です。いわゆる「勝ち組」と言われている一部の人たちや企業は、確かに景気がよくなり、懐も潤っています。
けれど、その一方で、地方や、都心に住んでいても中流階級以下の所得の人たちにとっては、まだまだ不況が続いています。実際に、一部の富める層を除くと、決して家計の収入は上がっていないのが現状です。それどころか、これから次々と家計に大きな打撃を与える“出来事”が待ち受けています。
たとえば、二〇〇七年度に行われる予定の税制大改革では、定率減税の廃止、配偶者控除の廃止、給与所得控除の縮小といった、いわゆる「サラリーマン増税」が大きな柱になっています。
また、二〇〇七年から団塊の世代の定年退職が始まります。実は、この団塊の世代がもらう退職金が、増税のターゲットとして浮上しつつあります。
上がるのは税金だけではありません。年金、健康保険、雇用保険、介護保険などの社会保険も、すべてが破綻寸前の状況にあります。年金などは、一三年間保険料が上がり続け、しかももらえる額が減り続けるという、大変な状況にあります。
今、生活に不安を感じている人が、たくさんいます。ほとんどの人が、将来に対して不安を感じているといってもいいかもしれません。
それは、ひと昔前に多くの人が感じていた漠然とした不安ではなく、このままで生活していけるのかという、金銭的な面も含めた具体的な不安です。
たぶん、金持ちでもなく、大企業に勤めているわけでもない普通の暮らしをしている人は、ほとんどが将来に不安を抱いています。なぜなら、今、この国が目指しているのは、「競争する社会」だからです。競争社会では、強い者が弱い者を踏み台にして、どんどん強くなっていきます。逆に、弱い者は、強い者に奪い取られるので、より弱い者を探して奪おうとします。そのために、奪う側と奪われる側の生活の格差は、どんどん広がっていきます。しかも、残酷なほどはっきりと「勝ち組」「負け組」のレッテルを貼られてしまいます。
同時に、競争社会の中では多くの人が敵対する関係に置かれるので、連帯や絆といった人間同士の横のつながりは分断され、孤立します。自分のことだけ考えなくてはならないし、それで精一杯なので、他人を思いやる気持ちも薄れ、相手を倒そうという気持ちの歯止めも効かなくなります。なぜなら、競争社会というのは、エゴイスティックでなければ生きられない社会であり、それをよしとする社会でもあるからです。
こうした時代を、富も権力も持たない一般の生活者は、どのように生きればいいのか、皆さんとともに考えていきたいと思い、『破綻寸前!? 国のサイフ 家計のサイフ』を書きました。
今、私たちは、どんな状況に置かれていて、これからどういう方向に向かうのか。本書が、その指針の一つとなることを願います。
本書では、慶應義塾大学・金子勝先生、関西学院大学・村尾信尚先生、立正大学・浦野広明先生、言論NPO・工藤泰志氏、情報公開クリアリングハウス・三木由希子氏との対談も掲載しています。今、日本で何が行われているのか、そしてどうなるのか。これらの取材を通して、さまざまな声を聞くことができました。
厳しい時代を、どのようにして生き抜けばいいのか。私たちは、今こそ生活を見直さなくてはなりません!
『プレゼンに勝つ!「魅せ方」の技術』
佐藤綾子著
●1680円(税5%)●4-478-49046-5
一生懸命パワーポイントでプレゼンの準備をして、当日もなんとなく聞いてもらえたように見えたのに実際は仕事が取れなかった。そんな体験者は意外に多いものです。なぜ? それはその人たちが大切なことを二つ忘れているからです。
その第一はプレゼンターに発表の権利があるのと同じように、聞き手にもまたあなたの話を聞かない権利があるということ。第二はプレゼンターの表現力、注意深く組み立ててトレーニングしたパフォーマンス能力です。では、成功するプレゼンテーションのリストをどうぞ。
(1)相手のニーズと心理的欲求(感情)を正確に読み取ること
(2)その上で他者肯定的自己主張型(アサーション)の提案・説得により相手を好感的納得に導くこと。そこにはパフォーマンス技法が必要であること。
どうしたら聞き手の心理を読めるのでしょうか? そこで私のパフォーマンス学が登場します。多くの人々の行動を突き動かしている心理的欲求には、支配欲求・服従欲求・変化欲求・追従欲求・秩序欲求など、動作や発言との関係だけでも一五以上の欲求があげられます。その中でもっともビジネスシーンでわかりやすいのは支配欲求と服従欲求です。聞き手は支配欲求型の人なのか。それとも逆に、あなたの話の中にひとつでもよいことがあればなんでも取り入れようと思っている服従欲求の強いタイプなのか。
たとえば相手が支配欲求型なのにやたらに相手のこれまでの問題点を指摘するイントロから始めてしまえば当然、反感を買います。その挙句「お説ごもっとも、だから何なの」と言われたのではプレゼンは成功しません。「なるほど、そのとおりだ。そうする必要がある」と相手がうめいてこそプレゼンは通るわけです。
では具体的に相手の外見のどこから、欲求パターンを読み取るのか。もっともはっきりわかるのは「アイ・コンタクト」です。私は近頃、話題になった若手のS議員の顔の表情分析を、日本テレビの番組で二度担当しました。そこでわかったのはヤル気満々、自信に満ちて自己顕示欲求のカタマリになっていたときは、彼のアイ・コンタクトが強く長かったことです。一分間のうち、四〇秒以上も相手を見つめています。ところが、失敗して、世間から叩かれたあとはアイ・コンタクトは急減しました。まばたき回数も増えていました。顕示欲求型が変化した典型です。
欲求以外でも、アリストテレスの時代から相手を三つの性格タイプに分類するやり方があります。ロゴス派か、パトス派か、エトス派か。
ロゴス派は論理性を重んじる人ですから、論理的に起承転結を手際よく組み立てた話に耳を傾けてくれます。エトス派は信憑性を重視するタイプ。過去の実績だとか、実際に儲かった人の具体的なパーセンテージなどを示すことが必要です。三番目のパトス派になると、なにしろパッションに弱いですから、「ひとつよろしく!」とか「私のために泣いていただいて……」というような言い方が、意外にも通る相手です。かのリンカーンも、いわく「私は相手の心の読み取りに三分の二の時間を、自分の話の組み立てに三分の一の時間を使う」。
こんなふうに聞き手の心を読み取った上で今度はあなた自身の表現力、パフォーマンス力の出番です。声のメリハリに気をつけ、顔の表情筋を、一分間のうち三〇秒以上は動かしましょう。アイ・コンタクトは一分間に最低三二秒間は、しっかりと相手の目を見つめながら心に届くメッセージを発信していくことができますか? プレゼンを成功させるにはそれくらいのトレーニングとリハーサルが必要なのです。
話の内容には、プレゼンの目的を支持する「支持材料」もいくつか必要です。説得ポイントの証拠だてのいくつかの題材を入れましょう。さらにあなた自身の見せ方として忘れてはならないことは、せっかく持っていったパワーポイントがアダになって、自分の顔にシマウマ模様に映ってしまうような位置に立たないこと。そして、肩から上までアームがよく動くことも大切です。エネルギッシュな腕の動かし方、頭の動かし方など全身を表現媒体にして相手にぶつかっていってこそプレゼンに勝つのです。
これらについては、これまでの私の心理学の実験データを新刊『プレゼンに勝つ!「魅せ方」の技術』の中に収録してあります。またそこにはプレゼンのための組み立てシート、相手の性格の読みとりのためのチェックポイントと、自分のプレゼンをチェックするための“チェックシート”も載せてありますから、ぜひ実際に試してください。これらのシートはいずれも二五年間、何回かの改訂を重ねながら私が現場で使ってきて、すでに厚い信頼を得ているものです。
今回は格物史観のテーゼを紹介する。このテーゼの方法論的な特質は、マルクスの「唯物史観の公式」と対比して初めて明快になる。というのも、格物史観は「唯物史観ではヨーロッパや日本における近代文明の出現を解明できない」という批判的認識から生まれたものだからである。
二〇世紀は、国家形成においてマルクス主義に立つのかそれとも反対するか、二者択一を迫られた一〇〇年であった。たとえば、二〇世紀の日本はマルクス主義に対抗しながら近代化をとげ、中国はマルクス主義に依拠しながら現代化をとげた。日本では次第に社会主義的になり、中国ではますます資本主義的になるという皮肉な帰結になっているが、団塊の世代は二〇世紀末には五〇歳前後であり、彼らの青年時代は冷戦のまっただ中(中国人の場合は「文化大革命」のまっただ中)で、好むと好まざるとにかかわらず、社会をゆさぶる現実として影響力のあったマルクス主義の知識をそれなりに身につけている。
そのマルクス主義のエッセンスが「唯物史観の公式」である(二〇歳の私は、それを完璧にそらんじていた。ただ有り難いお経のごとく唱えて信心を深めたのではない。繰り返し唱えながら、格闘してきたのである)。まず、全文を紹介しよう。
「わたくし(マルクス)にとってあきらかになり、そしてひとたびこれをえてからはわたくしの研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、簡単につぎのように公式化することができる。
人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。
社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階にたっすると、いままでそれがそのなかで動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである。経済的基礎の変化につれて、巨大な上部構造全体が、徐々にせよ急激にせよ、くつがえる。
このような諸変革を考察するさいには、経済的な生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革と、人間がこの衝突を意識し、それと決戦する場となる法律、政治、宗教、芸術、または哲学の諸形態、つづめていえばイデオロギーの諸形態とをつねに区別しなければならない。
ある個人を判断するのに、かれが自分自身をどう考えているかということにはたよれないのと同様、このような変革の時期を、その時代の意識から判断することはできないのであって、むしろ、この意識を、物質的生活の諸矛盾、社会的生産諸力と社会的生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説明しなければならないのである。
一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる課題だけである、というのは、さらにくわしく考察するならば、課題そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに現存しているか、またはすくなくともそれができはじめているばあいにかぎって発生するものだ、ということがつねにわかるであろうから。
大ざっぱにいって、経済的社会構成が進歩していく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式をあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形態の最後のものである。
しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって、人間社会の前史はおわりをつげるのである。」(マルクス『経済学批判』(岩波文庫)の序文より)
マルクスにとっての最大の関心事が「近代ブルジョア(資本主義)社会」であったことに留意していただきたい。近代資本主義社会(近代西洋文明)の生成―発展―没落が彼の最大の関心事であった。それを解明するために「生産力と生産関係との矛盾」という基本的視座を提供したのである。生産力とは労働の生産性のことであり、生産力の発展とは技術進歩による生産性の上昇のことである。生産関係とは、資本家と労働者のような階級関係のことである。近代文明を解明する際のマルクスの関心はヒトと技術にある。
私を悩ませた疑問、それはイギリスがいかにして世界最初の資本主義社会になり、日本がいかにしてアジア最初の資本主義社会になったのかというものであった。それを解決するために企てた最初の仕事は、マルクス主義者による日本資本主義分析の批判的検討であった。その最初の成果は、一九七五年に『早稲田政治経済学雑誌』にあらわれたイギリスと日本との出会いの場である幕末・明治維新期の市場分析である。ここでの結論は、「イギリス資本主義および日本資本主義は、それ自身で理解されるものでもなければ、いわゆる『唯物史観の公式』の適用で理解されるものでもなく、むしろ物質的なモノに即して人間が社会生活で使うモノ同士の関係、モノの関係の総体を文化人類学者は『文化複合』という名のもとに総括しているが、そういう文化複合同士の諸関係に根ざしている」、しかも「文化複合の諸関係の解剖は、これを物産複合の分析にもとめなければならない」ということであった。この研究を私は早稲田ではじめ、七七年に派遣されたイギリス・オックスフォードでさらに研究をつづけた。私にとって研究の導きの糸となった格物史観のテーゼは、つぎのとおりである。
「人間は、その社会的生活を維持するために、その意志にかかわりなく存在する自然と関係をとりむすぶ。自然への関与の度合いにおうじて、人間は自然から諸物産をとりだし、それを生活に活用する。これらの諸物産の総体は、社会ごとに異なり、社会内の物産は一つひとつ数えあげることができる。一つの社会で使われる物産の総体が物産複合である。これが社会生活の土台になって、そのうえに物産を使っての暮らしが成り立つ。物産複合の基礎のうえに、暮らしの立て方である衣・食・住などの文化複合がそびえたつのである。また、社会構成体(経済、政治、法律)も、この物質的土台に制約される。物産複合は文化すなわち生活様式の下部構造である。人間は物産がなければ生活できず、文化が物産複合を規定するというよりも、物産複合が文化を規定するのである。
一つの社会が、別の社会と関係すると、それまで知られていなかった未知の物産が既存の物産複合の内部にもたらされる。新しい物産が継続的にもたらされると、既存の物産複合、ならびに、その文化的表現である暮らしの立て方と矛盾するようになり、既存の物産複合を維持できなくなる。既存の物産複合は、暮らしに適した状態から桎梏へと変わる。このときに社会は変化しはじめるのである。社会生活の土台である物産複合が変化するにつれて、上部構造である文化も社会構成も、徐々にせよ急激にせよ変容する。
このような社会の変化を考察するさいには、生活の現場でおこる物質的な、自然科学的な正確さで確認できる物産複合の変化と、人間がその変化を意識してその変化を促進または阻止し、人間同士の衝突の場となる法律、政治、制度、宗教、芸術、または哲学などとをつねに区別しなければならない。
ある個人を判断するのに、その人の価値観にたよれないのと同様、このような社会変化を、その社会の価値規範から判断することはできない。異なる価値規範の衝突は、生活現場における物産複合の変化から、ないし新しい物産の活用がうみだす既存の物産複合との衝突から説明しなければならない。
社会は、新しい物産が既存の物産複合の内部で普及する余地のないほどに普及しないうちは変化せず、また新しい物産複合は新奇の物産が既存の社会生活の内部で日用品にならなければ、古い物産複合にとってかわることはない。
社会の変化は、変化させる物産が出現する場合にかぎって発生する。というのは、変化のきざしをくわしく考察するならば、社会の変化はそれをもたらす新奇の物産がすでに使われているか、あるいは使われはじめている場合にかぎって発生する、ということがつねにわかるだろうから。
社会の変化の方向は、豊かな発展をもたらすとはかぎらない。既存の物産複合が、自然災害、戦争、略奪、片務的貿易などによってそこなわれれば、マイナスの発展(低開発)をもたらす。
近代西洋社会の物産複合は、その地球大への普及によって「近代文明」とよばれる。近代文明は、自然を征服対象とし、自然に対して敵対的に関与する最後の形態である。西洋社会においては、古代より一貫して自然を人間が支配する傾向があったが、科学技術による自然への敵対的関与がこうじて自然をそこない、自然が人類全体にとって好ましい環境を持続できる限度に達したという意味で、近代文明は、自然に対する人間の敵対的関与の最後の形態である。
しかし、近代社会の内部で生まれつつある、歴史と風土に応じて自然を育成し環境を保全する地域コミュニティの創出、土地の産物をその土地で消費させ循環させる地産地消の運動、あるいは環境権を盾にした生物の多様性の回復は、近代文明のもたらした自然環境の破壊活動を解決する物質的条件をつくりだす。だから、近代文明をもって人類の自然への敵対的関与はおわりをつげるのである。」
以上であるが、格物史観のテーゼも、マルクスの唯物史観の公式と同様、近代文明のもたらした問題を克服するための研究の指針である。格物史観は、人間と自然との双方をにらみながら、その中間にある人間の生産物に焦点を当てる。物を自然から取りつくせば、人間は滅びる。マルクスが楽観したように生産性を上げ、物を増やすだけでは近代資本主義社会の病根は克服できない。物を媒介にした人間と自然との循環を取り戻すために、物を見、物から近代文明の総体を分析する方法がいるのである。
私が起業したのは、二〇〇五年一〇月のこと、二一歳のときです。芸能プロダクションといっても、たった七名の登録者からのスタートでした。
それが、いまでは登録者は一〇〇名を超え、テレビや雑誌、広告のお仕事をいただけるまでに成長しました。私自身も、現役女子大生社長としてメディアに紹介される機会も増えてきて、「頑張らなくちゃ」と自分を戒めています。
もともと女優を志していたこともあって、かつては私自身がプロダクションに所属していたのですが、仕事が全然来なかったんです。
「仕事が来ないのは、自分自身に実力がないから……」。そんなふうに思っていた私が起業したきっかけは、異業種交流会でした。
芸能活動とは関係ない大学の活動で、広告会社や学生起業家が集まるパーティに参加したときのことです。「女優志望」と言うと、「あ、じゃあ出てみる?」なんてノリで、テレビや舞台の端役の話がもらえました。タレント志望の友人のプロフィールをもって売り込みに行くと、仕事が決まったこともありました。
「選ばれるのを待つんじゃなく、自分で仕事を取ってくればいいんだ」
そのことに気づき、「仕事を取る」ことの面白さに目覚めてしまったんです。起業を決心するまで時間はかかりませんでした。起業している友人も多くいましたから、自分で会社を起こすことには何の抵抗もなかったんです。
とはいえ、現実は厳しかったですね。学生というと、皆さん、「頑張ってね」なんて声をかけていただいたり、最初の入り口はいいんです。でも、その半面、仕事を任せていただけるだけの「信用」がありません。どんなに売り込みをしても、名刺交換をしても、それがすぐ仕事に結びつくわけではなくて、「信用」という二文字の重さを思い知りました。
当然といえば当然のことなんですが、私はビジネスのことを何も知らなくて、たとえ知ったとしても、簡単に仕事をいただけるほどの信用も力もない。
私を信じて登録してくれたタレントの子に仕事を回すことができず、「辞めたい」と言われたこともありました。必死で売り込んで、ようやく少しずつ仕事が来るようになった子を引き抜かれてしまったこともありました。頑張れば頑張るほど、現実の厳しさを実感して、本当に悩み、苦しみましたね。
そんな苦しいときに提携や出資のお話をいただいて、迷ったこともあります。でも、ビジネスをやっていく以上、絶対的に自分より上の誰かを作りたくなかった。もしかしたら、大きな会社や組織に取り込まれてしまうのが怖かったのかもしれません。
女子大生社長なんていうと、「スポンサーがついてるんじゃないか」とか「誰かに取り入ってるんじゃないか」なんて思う人もいるかもしれませんが、お金のことで誰かに頼ったことはありません。
私の会社、プリンシパルエージェントの資本金は、設立したときから四万円のまま。たくさんの人に助けてもらいながらここまでやってきた私ですが、「誰かにお金を出してもらったことはない」ということは、胸を張って言えますし、それが仕事をやっていくうえでの私の誇りでもあるんです。
それからもうひとつ。どんなに苦しいときでも、私は、自分の仕事が絶対にうまくいくと信じてました。すぐに結果は出ないかもしれないけれど、きっとうまくいくと信じて、とにかく行動すること。ビジネスチャンスはその中から見えてくると信じています。
これから会社の柱にしようと考えているブログ事業も、きっかけは私自身が始めたブログでした。「学生ブログランキング」というランキングに登録したところ、徐々に人気が出てきて、ブログのもつウェブでの影響力を実感したんです。
「続きはウェブで!」と、テレビや雑誌からウェブに誘導しようとする広告をよく目にしますが、なかなかウェブを開く気にはなりませんよね。テレビや雑誌とウェブとの連動性がよくないことは、すでに周知の事実になっています。
でも、ブログとの連動性は抜群。全国紙に紹介されるより、一人のカリスマブロガーがブログで紹介したほうが、ウェブでの影響力は大きいなんて信じられますか?
今、プリンシパルエージェントは、単なる芸能プロダクションではなく、「ブロガーのプロダクション」という新しい一面を持っています。
私たちの「ブログ組」には約二〇名のブロガーが在籍、トータルでは一日二〇万PVとウェブでの絶対的な影響力を誇ります。すでに大手企業と提携してイベントを仕掛けるなど、実績もありますから、もし興味をもっていただけたら、ぜひ私たちの「ブログ組」を覗いてみてくださいね。
政治家にとって不可欠な“判断力”と“決断力”。本連載は、この二つの能力の有無が運命を変えた事例を取り上げ、政治家に必要な資質を探る『判断力と決断力』〈二〇〇六年刊行予定〉の一部を先行してご紹介するものです。各回のつづきは同書に収録されます。
二〇〇五年九月一三日、日独印伯の四カ国が提出した安保理改革の決議案、すなわちG4決議案が廃案となった。もちろん、これで日本は店じまいするわけにはいかない。何らかの形で展開の糸口を見つけてつないでいかなければ、内外の世論から袋叩きにされる。二〇〇六年に行われる国連分担金比率の改定交渉を糸口にして、新しい案を掲げて立ち直らなければならない。しかし、今回の失敗の本質を知らなければ、再び同じ結果を招き、さらに信用を失墜させるだろう。
外務省の基本戦略は、@アメリカの力とA一般加盟国の力の双方に期待して常任理事国入りを果たすことにあった。いわば二正面作戦である。そして、結果的には、その双方の本心や動きを見誤って大失敗を招いたと言える。
すなわち、超大国アメリカの力に頼り、一方で一般加盟国の圧倒的な支持を集めて、最終局面で逡巡する国々を押し切る。それが基本的な戦略であった。そして、失敗に帰したのは、双方の強固な姿勢を甘く見たからである。すなわち、譲らないところを譲ると楽観し、できないことをできると判断したのだ。
アメリカの日本の常任理事国入りを支持する姿勢は、この三〇年間一貫している。
アメリカは既に、一九七三年のニクソン政権当時、ロジャーズ国務長官の国連総会での講演で、日本の常任理事国入りの支持を公式に表明した。以来、その後の政権もこの姿勢を踏襲してきた。
だが、これはあくまでも「日本だけ」の常任理事国入りについての意思表示であった。しかも、アメリカは「票は入れるが、運動はしない」という姿勢でも一貫していた。要するに日本の常任理事国入りについて、国連や他国に働きかけたりしないということだ。
アメリカに対する外務省の戦略は、アメリカを消極的な投票者から、積極的な運動員に転換させることだったと言ってもよい。立候補すれば賛成票を投じるというのではなく、支持の拡大、目的の達成までアメリカに主導的な役割を期待したのであろう。
アメリカが日本の常任理事国入りを支持するのは、日本は常にアメリカに同調すると信じているからだ。日本が入ることによって、アメリカが安保理で実質的に二票分の力を持つことができると期待しているからだ。
アメリカを支持者から運動員に変える具体的な方策は、今まで以上にアメリカの世界政策に同調すること。逆らわないだけではなく、危険を冒してまで推進役を果たすことである。イラク戦争の開戦支持や自衛隊派遣は、そのための決定打となることを期待されたのである。
アメリカの国連改革、安保理改革に対する基本的な態度も一貫している。アメリカは、常に「できる限りアメリカに同調する国連」を目指してきた。アメリカに同調する国連は有益だが、反対する国連は有害である。だから、アメリカに対して従順な国連が望ましい国連ということになる。
つまりアメリカは、安保理を拡大するより、むしろできることなら縮小したいと思っているだろう。今よりも面倒な国連なら、存在しないほうがましだというのが本音かもしれない。
このアメリカの国連に対する姿勢は、イラク戦争の開戦時における国連の抵抗によって一段と硬化した。ますます安保理改革について消極的となり、むしろ反対の姿勢を強めたのである。
しかし、アメリカも安保理改革をかたくなに拒み続けるわけにはいかない。なんらかの提案をしなければ、その不熱心さを問題にされる。自ら提案をすれば、いちいち他の提案に対してノーを言う必要もなくなる。
こうした情勢の中から出てきたアメリカの包括提案は、安保理の新常任理事国について「日本を含む二カ国程度」というものであった。もちろん、新しい常任理事国には拒否権を与えないとするもの。そして非常任理事国を含めての安保理の構成は、現在の一五カ国から一九〜二〇カ国への拡大にとどめるというものであった。
この提案と同時に、バーンズ国務次官は、常任理事国入りの基準として、(1)人口や経済力を含む国力、(2)PKOに貢献できる軍事力(3)人権や民主主義の遵守、(4)国連への財政的貢献、(5)反テロ・不拡散への協力を挙げた。そして「日本はすべての基準を満たしている」と述べたのである。
既に、壁にぶち当たり迷走しつつあった日本への慰めのメッセージと受け止めるべきであり、遅々として進まない“米軍再編”への協力を促す日本の世論へのサービスだったかもしれない。こうしてアメリカは、最後まで従来の姿勢を転換することはなかったのである。これは日本の基本的な戦略を根本的に否定するものであった。
アメリカに徹底して従順であれば、いつかアメリカも変わってくれるだろう。日本のために動いてくれる、骨を折ってくれるだろう。そんな根拠のない甘い期待は、当然のように裏切られ、見返りは再三にわたる「日本支持」のリップサービスだけであった。
提案発表時に、日本以外の対象国について「現時点では決めていない」としたアメリカの態度を見れば、提案自体が本気なものではなく、形だけのものであったことがわかる。
外務省がアメリカの厳しさを知らなかったわけではない。アメリカに同調するだけではアメリカの姿勢を転換させることが困難なことは承知していた。そこで用意したのが、もう一つの戦略であった。
それは、安保理改革、日本の常任理事国入りを支持する一般加盟国の圧倒的多数を結集し、国際世論を喚起し、アメリカおよび他の常任理事国の転換を促すことであった。
しかし、この戦略もまた基本的な認識を誤ったために大失敗に終わってしまった。
煎じ詰めると、戦略の決定的な誤りは、「常任理事国と非常任理事国の本質的な違い」を理解していなかったからである。
常任理事国と非常任理事国の間には、基本的な違いが二つある。一つは“地位”に関するもの。すなわち、非常任理事国は、二年交代で選出されて再選ができないのに、常任理事国は選挙なし、任期なしの地位を国連憲章によって保証されている。
もう一つは“権限”に関するもの。いわゆる拒否権を保有することによって、常任理事国は非常任理事国の権限を骨抜きにするほどの特権を持っている。
この二つの中で、常任理事国と非常任理事国の間に、本質的な違いをもたらしているのは後者の拒否権の存在である。
この拒否権の存在によって、常任理事国が拡大されることを、積極的に本心から歓迎する国はないのである。常任理事国はもちろん、一般加盟国も新しい常任理事国が追加されることによる利益はないばかりか、逆に不利益をこうむる立場にあるからだ。アメリカが日本を入れたり、フランスがドイツを入れたりすることに賛成なのは、あくまでも自国の国益に沿うからである。極論すれば、特定国の常任理事国入りに積極的に賛成するのは、その入りたい国だけだとも言える。
さて、常任理事国は、拒否権を保有することによって二つの顕著な軍事的特権を持っている。まず、安保理の「平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為の存在を決定」(憲章第三九条)する決議に拒否権を行使すれば、自国のいかなる武力行使も侵略と認定されることはない。すなわち、常任理事国は実質的に侵略の自由を手にしている。
また、常任理事国は、いかに国際社会に迷惑をかけても、経済的制裁や軍事的制裁を受けることにはならない。なぜなら、それもまた安保理の決議が採択されなければならないからである。もしもこれから国連の常設軍のようなものが創設されても、拒否権がある限り、常任理事国は、いかに無法なことをしても国連常設軍によって制裁を受けることはあり得ないのである。
このような軍事的特権は、国際社会にとって潜在的な脅威である以上に、隣接国にとっては受け入れがたい脅威である。インドがこの特権を持つことにパキスタンが賛成するはずがなく、ブラジルが持つことにアルゼンチンやメキシコが反対するのは当然だ。
常任理事国は、この特権によって、地域代表には本質的になじまない。一般加盟国が選挙で選出される非常任理事国(現在は一〇カ国)枠の拡大に賛成しても、常任理事国の拡大は、地域の利益に反するからである。地域から選出される非常任理事国は、地域の声を国連活動に反映しなければ選ばれないし、一般加盟国は自国が選ばれる可能性も有している。したがって、非常任理事国枠の拡大は、一般加盟国の国益や地域の利益にも合致しているのである。
外務省の致命的な判断ミスは、今回の常任理事国の拡大にあたって、六〇年代の非常任理事国の拡大の経験を過大視したことにある。すなわち、常任理事国と非常任理事国の本質的な違いを軽視して突き進んだところにあると言えるだろう。
外務省はこの十数年、ODAやPKOまであらゆる外交手段を駆使して、一般加盟国の支持の取り付けに没頭してきた。とりわけ、東南アジアやアフリカは日本支持の金城湯池になるはずであった。しかし、最後の局面で、この日本の“地盤”はあっけなく崩れ去ったのである。その理由は、日本の努力が不足していたというより、常任理事国と非常任理事国の本質的な違いに由来するもっと深いところにあったのだ。
ACニールセンが二〇〇四年に、世界二八か国で行った調査によれば、日本人は世界で最も睡眠時間が短く、四一%が六時間以下。NHK放送文化研究所の二〇〇五年国民生活時間調査では、日本人の平日の自由行動時間は四時間四一分。日本人の九割が毎日三時間三九分テレビを見る。三〇代男性の五%、四〇代男性の四%が運動をする。平均時間は約五分。趣味に時間を費やすのは一〇%で、平均時間は一六分。平日の仕事以外の交際・会話は一〇%で平均時間は一〇分強。
「春って眠いですよねえ。僕は昔から睡眠時間が人より多くて、自分でもバカじゃないかと思うけど、寝てたら幸せ。に八時間は寝ないとやってられません。でも、僕の奥さんは凄い人で、仕事も忙しいし、一歳の子どもがいて毎日四時間くらいしか寝てないんじゃないかな? それなのに、子どもの世話の合間に本を読んだり英語の勉強したりしてます。僕なんか、子どもを風呂に入れるくらいしか手伝えないのに」
三〇代前半のサラリーマンはいまどきの青年らしく、ちょっと小僧っぽい印象はあるが、まあ好青年の部類だ。
「あと、僕はテレビっ子で、子どものころから家にいるときはずっとテレビを見ています。でも、奥さんはニュースくらいしか見ない。これだけ意識に差があると、奥さんにバカにされて、そのうち捨てられるんじゃないかと心配なんです」
彼にとっては大きな悩みのようだが、あんがい大丈夫だ。恋人時代から彼のぐうたらな感じに癒されていた可能性もあるし、彼のよいところは、自らを責めることはあっても妻を責めたりしないことだ。そういう夫に働く妻は癒される。
さて、世の中には、寝ないことを自慢するオヤジが多い。
「昨日は二時間しか寝てないんだよ」
聞かれてもいないのに、そんなことを自慢気に話すオヤジが、あなたの周囲にもいるはずだ。他にもスポーツ自慢がある。「毎日一〇キロは走ってるよ」
こんな自慢をするのは、自分は意識が高い人間で、そんなヤツは少数派だ、という前提がある。確かに、九割もの国民は、五時間弱の自由時間のうち、四時間弱テレビを見る。
身体自慢や寝不足を自慢のように語られるのはうっとうしいが、その意識の高さは見習うべきかもしれない。自己研鑽なしではカッコいいオヤジになれるはずもないからだ。
そもそも本誌の読者は、おおむね意識の高い人で、あまりボーッとしていない人生を送ってきた人であろう。たぶん、一度や二度は、時間管理術関係の書物を読んで生活を律しようとして、挫折したこともあったに違いない。
なにしろ、平日の平均自由時間が五時間である。土日を含めれば、ものすごい時間がある。そう考えれば、夢のような未来が待ち受けているような気分になる。
たとえば、毎日五時間も語学の勉強をすれば、一年でマスターできる。日本人が欧米語を取得するには二〇〇〇時間が必要とされるが、毎日五時間を重ねて約一年。韓国語取得は七〜八〇〇時間だから、半年でOKの計算である。または、毎日一時間ジムに通い、二時間勉強し残りの時間は本を読む。なんとも充実した生活であるが、まあ、無理だ。ほとんどの人はこんなテンションで生活することはできず、挫折する。
ようするに欲張りすぎなのである。だから続かない。そもそも、毎日五時間も意識的に何かを続けられるのは、スポーツでは、オリンピック選手クラスの人たちである。彼らを基準とするのは間違っている。普通の人は、もっとぐうたらに努力すべきである。
知人に、三五歳から英語をマスターしようと決意した人間がいる。しかし、根がぐうたらなので続かない。英会話学校もすぐに通わなくなり、購入した英会話テキストも思い出したように開くだけ。英字新聞も気が向いたときにしか読まない。しかし、そんなぐうたらな勉強法でも、一〇年間続けるうちに、英字新聞が辞書なしで読めるようになっていた。
ぐうたらでもいいから、ひとつのことを続けることが大切だ、一〇年計画くらいでちょうどいいんだろう。
ところで、睡眠時間についてであるが、かのナポレオンは三時間しか寝なかったそうだが、アインシュタインは毎日九時間以上寝ていたという。睡眠時間と業績は関係ないようで、寝不足自慢のオヤジを脅威に感じる必要もなさそうだ。普通の人はぐうたらに頑張ろう。
「会計って難しそう」「財務諸表なんて自分の仕事には関係ないし……」。
みなさんはこんなふうに思っていませんか?
でも、会社で仕事をしているかぎり、あなたの仕事は会計というフィルターを通して、その成果が表されることになります。
たとえば、「予算達成のためにあと少しがんばれ」とハッパをかけられたときも、その「あと少し」が会社全体の利益にどのくらいインパクトを与えるのか、会計を知っていれば具体的な数字としてわかるのです。
だから、会計や財務の考え方を理解すると自分のやっている仕事の意味や会社に対する貢献がわかるし、自分の給料がどのようにもたらされるのかがわかります。
ビジネスパーソンにとっての共通語ともいえる会計ですが、貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、勘定科目などという言葉が並ぶと思わず引いてしまうのも無理はありません。
どのくらい売れば利益が出るのか?
・モノを作るにはどんなコストがかかるのか?
・機械の購入は毎年の費用にどう影響するのか?
・工場の稼働率が上がるとどうして製造コストが下がるのか?
・在庫を減らせとうるさく言われるのはなぜか?
・黒字倒産という不思議なことはどうして起こるのか?
こうした問いに答えることも、簡単ではありません?
会社の活動は多岐にわたっていて、お金のやりとりも非常に複雑だからです。
そこで、あなたが独立して、ラーメン店を開業することになったらどうなるだろう、と考えてみてください。
「一日に何杯売れば利益が出るのだろうか?」
「ラーメン一杯にどんな費用がかかるのだろうか?」
「お店を居抜きで借りるのと、自分で設備や内装を整えるのでは、どう違うのだ
ろうか?」
「機械を買うお金はラーメンのコストに関係ないのだろうか?」
「麺や具が売れ残ったらどうなるのだろうか?」
「借金の利息と返済、税金はどう考えればよいのだろうか?」
お店を経営するときの、こうした素朴な疑問のすべてが、普通の会社の会計に直結することであり、会計の基本的な考え方で説明することができます。
上のように、固定費と変動費の考え方も、ラーメン屋さんの経営で考えれば、非常によくわかります。売上の元となるラーメンの販売数が増えるほど、それに連動して増えていく費用と、家賃や光熱費のように、月々変わらず一定額がかかる費用というふうに理解できるからです。
私は、仕事をがんばっている人たちに必要最低限の会計の知識を知ってもらいたい、そして自分のがんばりの意味を具体的に知ってもらいたいと思って本書を企画しました。会計の基本を知っていただくことが、仕事の新たな面白さの発見につながれば幸いです。
『経理のプロが現場で教える 楽勝!会計入門』
伊藤 洋著
●1429円(税5%)●4-478-47079-0
大友常世 著
●1575円(税5%)●4-478-44054-9
景気の回復と、間近に迫った団塊世代の大量退職(二〇〇七年問題)が相俟って、今年からバブル期並みの採用難時代となることが予測されている。一方、最近は終身雇用にあまりこだわらない人が増加してきた。大学を卒業して就職する人の三割以上が三年以内に会社を辞めてしまうというデータもある。
こうした流れのなか、企業と求職者が価値観を共有できぬまま入社に至ってしまう「採用のミスマッチ」が起きやすくなっている。この互いにとって不幸な事態を避けるために、企業はいかなる行動をとるべきだろう。
求人情報を載せるメディアは、かつての紙の雑誌から今ではインターネットの「求人サイト」が主流となっている。クリック一つで複数の企業に応募できる求人サイトもあり、求職者にとっては実に手軽で便利だ。
しかし採用活動が簡便になってきた反面、企業と求職者が互いの理解が不十分なまま安易な決定をしてしまうおそれも高まっている。伝えるべき情報を伝えず、知っておくべき情報を確認しなければ、必ず誤解や勘違いが生まれ、それが入社後に「採用のミスマッチ」として発覚してくるのだ。
企業は「ビジョンと理念」「組織文化」といった固有の価値観を確実に伝えていくことが大切である。求職者が必要とする情報を少しでも多く提供することで、他社との差別化が図れる。もちろん情報の即時性と双方向性も忘れてはならない。そうした積み重ねが、多くのよい人材の採用につながるのだ。
では、情報提供を最も効率的に行うにはどうしたらよいだろうか。答えは、自社ホームページ内の「採用ホームページ」を充実させることである。「無料」で「自由」に使える自社ホームページをフル活用して会社の生の姿をふんだんに伝え、応募者に企業理解を深めてもらうのだ。
商用の求人サイトでは、掲載フォーマットが画一化されており、企業の個性が出しにくい。情報を多く載せれば掲載料も高くなる。たとえ高い掲載料を払ってもミスマッチが起こる可能性は低くない。明らかに自社の採用ホームページで会社の価値観を十二分に表現するほうが得策なのだ。会社、職場、仕事の理解のための十分な情報を提供すれば、求職者も応募前に企業研究ができ、モチベーションをしっかり持つことができる。
最大の課題は、優秀な求職者に自社ホームページを訪れてもらう方法である。また、訪れた求職者を魅了するコンテンツ作りもきわめて重要だ。今回の本では、そうしたノウハウをできる限り具体的に書き記した。必ずや採用問題に悩む企業のお役に立てると思う。
私が働くディップのテーマは「夢をかなえる、仕事に出会おう。」である。自社ホームページを活用することで、企業と求職者の双方がハッピーになれる機会を、今後もより多く提供していきたいと願っている。
吉田雅紀 著
●1500円(税5%)●4-478-33121-9
この本は講演で、起業に挑戦した二九歳の僕が今の僕に当時のビジネスプランを持ってきて、 「どうですか」って聞いたら、「これ難しいよ」って言えるのに、当時の僕にはわからなかった――こんな話をしたときに、編集の佐藤さんからアイデアをもらって生まれました。「たくさんの起業家を育てている“今の僕”から“当時の僕”にアドバイスしていくと、『1分間マネジャー』のようなストーリーで起業を教える本ができるんじゃないですか?」と。
その後、僕の周囲の人たちに「昔の自分にアドバイスできるなら、何か言うことある?」って聞いてみたら、みんなあるんですよね(笑)。二五歳の子に聞いたら、一七歳の自分に、なんてね。
過去の自分にアドバイスするってことは、反対にいうと成長している自分がそこに居てることの証しです。なので、後悔とは少し違います。
僕はかつて社内ベンチャーで事業を興し、「ポムアレー」というチェーン店を創業しました。 外から見ると、「ポムアレー」は大成功しているように見えました。
しかし、実態は違います。だから事業は、大失敗しました。
失敗した理由にはさまざまあるでしょう。でもいちばんの問題は、僕自身にあったのです。三〇代の僕は、最初にうまくいったことを自分の力と錯覚し、完全に驕っていました。
本書は、そのときの経験を下地にしたフィクションです。フィクションといっても、本書には実際に成功するために必要なことを、ふんだんに盛り込んだつもりです。ビジネスをするに当たって大切なこと、自分で事業を興すということの面白さと厳しさ……あなたは主人公の目を通して、それらを学ぶことができるでしょう。
この内容は、事業に失敗して一度どん底に落ちた僕が、そこから這い上がり、ベンチャー・サポート・ネットワークの社長として起業・株式公開の支援をするまでになる中で学び、身に付けたことでもあります。だから、起業に挑戦し失敗した僕があってこその今、五二歳の僕があるのです。
本書は起業を目指す人に限らず、仕事において成功したいと思うすべての人に、お役に立てると思います。まずあなたにお願いしたいのは、今の場所から一歩、踏み出してみることです。
「やってみるからすべては始まる」
朝、電車に乗る。すると晴れた日にもかかわらず、湿度の高い場所がある。電車の中の湿度はあまり気分のいいものではない。
その湿度の正体は髪である。朝の電車に髪が乾いていない女性をよく見かける。駅まで雨に濡れてしまったのとはちょっと違う。水が垂れるほどではないが、しっとりしすぎている感じ。なんとも言えない「違和感のあるまとまり」が悲しい。
明らかに乾かす時間がなかったという感じだ。しかし、実際には乾かす時間をつくっていないのが現状。つまり常習犯であることが多い。そのため、自分が湿度の真ん中にいる意識も薄い。改善しようと思うことも少なくなっているのだ。
時間がなくて電車の中でメイクをすることはあれこれ言われているようだが、湿度をつくることのほうが他人に迷惑である。しかも、だらしないことを宣言しているようで見ていて悲しい。
その人のそこに至るまでの行動がなんとなく想像できてしまうのが残念だ。
朝は目覚し時計で起こされる。「目から起きる」ことはあきらめていてなかなか目が開かない。昨日、電車に乗り遅れそうになり、「明日からはすぐ起きる」と決心したのになかなか起きられない。結局ギリギリまで起きない。慌てて起きるが髪がひどいことになっている。なんとか直そうとするが、できない。しかたなく、シャンプー。気づけばもう家を出なければならない時間。そんな時に限って着ようとしていた上着にシミを発見する。乾かす余裕などない。そして今日も湿度。
ヘンに濡らしてしまうなら、寝癖があったほうがかわいいというものだ。美人のちょっとした寝癖はむしろ、「この人も人間なのだ」という喜びすら与えてくれる。
下手な小細工はむしろしないほうがいい。湿度は「美人のもと」を減少させる危険な存在である。湿度こそ、見られているのだ。
駅で手を振り合うカップルがいる。女性が電車に乗る。お互い手を振る。ドアが閉まる。電車が動いて手を振るスピードが上がる。見えなくなるまで二人とも振り続ける。
映画やドラマだとこうだが実際は違う。ドアがなかなか閉まらないのだ。そして、電車がすぐに動かないのだ。しかも、周りに臭い人がいたりする。この時、想像していた進行と違うため、妙な「間」が生まれる。ずっと一緒にいたい気がするのだが、予想外に長い間のため、手の振り方に飽きてきたり、最後につくった笑顔が長続きせず、「あれっ」というような顔になったりする。電車の中をキョロキョロ見回しても何も始まらないのについつい見てしまう。
そして、さらに問題なのが、妙な「間」のためにバイバイ疲れしたのか、見えなくなるまで手を振り続けることをやめてしまうことだ。バイバイ終了が早すぎるのだ。バイバイの笑顔終了タイミングもまったくダメである。映画なら監督が「カット」という前に演技をやめてしまい、叱られるところだ。
さて、大事なのはバイバイの持続力だ。カップルの場合だけではない。今日一緒に過ごした時間が、とてもいい時間であったことを確認しあう場面でしっかりバイバイしないと、その時間が台無しになる。美人に見えていたはずのものが一気に消えてしまうのだ。バイバイの「間」やバイバイの直後は「美人のもと」が減りやすい。この瞬間に注意しなければならない。
特にバイバイの相手は最後に注目している。それなのに相手が見ているうちからバイバイを終了させ、何事もなかったかのような顔になる。あなた、その瞬間しっかり見られていますよ。「美人のもと」が逃げていく瞬間。
テレビにはない「間」に勝ち、いつまでもしっかり手を振り笑顔がつくれることを目指したい。そういう意識をしていると、いつの間にか「間」を感じなくなる。自分がテレビの人ではないことを自覚するのだ。
美しいバイバイ、かわいいバイバイというものがやはりある。振り方は大きくても小さくてもいいから動きは速く。ただし、相手の行動や顔の表情で変化する「表現の豊かさ」が必要。今日一日の楽しかったことを振り返り、笑顔で振るのだ。時々両手になってもいい。長く振り続け、振り終わった時に楽しさをもう一度かみしめるのだ。
そして、もし何かのはずみでさらに手を振り続ける必要ができたら、それはその喜びに対して素直に喜ぼう。スピードを上げたり、アクションを大きくしたり。さらにその場でピョンピョンしたりすると、引き返して抱きしめたくなるほどかわいく美しい。
「突然で恐縮ですが、今からちょっと会社までお越し願えませんか」
音楽と演劇に熱中した大学生活を終え、明日から映像ディレクターのたまごとして社会への第一歩を踏み出そうとしていた私は、私が翌日からお世話になるX社の人事担当Y氏からの電話を、特に不思議に思うこともなく受け止めた。
おおかた入社後のスケジュールか何かについて説明でもあるのだろう。「ええ、分かりました」と答え、私は都心へと向かった。
ところがX社に着いた私を待っていたのは、思いもよらない会社の現実だった。案内された応接室で待っていると、ほどなくY氏が現れた。私はソファから腰を浮かせ、会釈しながら「どうも」と笑いかけたのだが、Y氏の表情は硬いまま。そして、思ってもみない言葉が彼の口をついて出た。
「こんなことを言うのは心苦しいんだが、内定はなかったことにしてもらいたい。たいへん申しわけない」。Y氏は一気にこれだけ言うと、あとは「すまない、申し訳ない」と繰り返すばかりだった。
私は、しばらく彼の言葉が理解できなかった。入社日の前日になって会社に呼び出され、内定取り消し――。そんなばかな話は聞いたこともないし、そのばかな話が自分の身に降りかかっている現実が、すんなりと頭に入ってこなかった。
私にはなんら落ち度はなく、完全に会社の都合で突然方針が変わってしまったのだという。土下座せんばかりの勢いで、頭を下げ続けるY氏を見ていると、それ以上何も言うことはできず、私は呆然としたまま、X社を出た。
二三歳の春のことである。
私は今、人事・組織を専門とする外資系コンサルティングファームの経営に携わっている。外資系コンサルタントというと、今では学生の人気職種の一つともなり、何やらエリートコースを歩んできた人間のように思われるかもしれないが、少なくとも私の場合はまったく違う。
そもそも、学生時代を振り返ってみれば、将来コンサルタントになろうとか、企業のトップになりたいと考えたことなど一度もなかった。大学三年生の時に自分で劇団を立ち上げ、それを主宰していた私はドラマづくりの仕事をやりたいと思っていた。アルバイトでラジオドラマの脚本と演出を手がけた経験もあったし、劇団の公演を見た人から声を掛けられ、映像の制作・配給会社に就職することがほぼ決まっていた。
しかし、冒頭で述べたように、明日が入社日という日になって、私はその会社から内定を取り消されてしまった。
ドラマづくりという夢への第一歩を踏み出そうとする直前に、梯子をはずされる格好となってしまった。だが、捨てる神あれば拾う神あり。内定をもらいながらこちらからそれを辞退した会社に頭を下げ、私は何とかそこで働かせてもらうことになった。ドラマづくりとは何の関係もない、ホテルマンの仕事である。
このようにして私は思いがけない形で、社会人生活をスタートすることになった。最初の仕事はホテルの宴会場でのウエイターである。そこからまた紆余曲折を経て、思いがけず外資系企業の社長をやっている。
そもそも人生も、会社経営も思いがけないことの連続である。とくに若いころは自分の思い通りにはいかないことばかりといっていい。でもそこで、くさったり、あきらめたりしたら人間としての成長は止まってしまう。
私は若い人たちによく「二五歳から三四歳までの一〇年がとても大切だ」という話をする。組織にいれば三〇歳代半ばくらいになるとマネージャー職に昇進したりして、小さな組織単位のリーダーという立場になる。そういう立場になる前にどれだけの準備ができているかで、その後の人生は大きく変わってくる。十分な準備ができていないままでリーダーになってしまった人は不幸だ。組織をだめにし、自分もだめになってしまうことがある。
二五歳から三四歳までの一〇年は、何事も自分の思い通りにいかないことが多いが、そこから学ぶこともたくさんある。その一〇年間での経験や人との出会いから何を学ぶか、何を身につけるかが、三五歳以降の人生を大きく左右するのだ。
スタート当初から思いがけないことの連続だった社会人生活の中で、私もさまざまな経験をし、いろいろな人に出会ってきた。楽しくはない経験、決して好きにはなれない人との出会いもあった。でも、どんな経験も後々参考になったし、どんな嫌な人にも何か一つは学ぶべき点があった。
人は人生のいろいろな場面で予想もしないハプニングに見舞われる。いいハプニングもあれば、悪いハプニングもある。でも、悪いハプニングでも、その経験が後々、大きく役に立ったり、悪いと思っていたその出来事が好循環への転換点だったりする。
思わぬハプニングに出会ったとき、「ああ、なんて不条理な」とか、「いったい自分はどうすればいいんだ」とか、思い悩むのが人の常だ。だが、悩むのはせいぜい五分で止めておいたほうがいい。悩んだところで物事が好転するわけではない。自分から積極的に動き、働きかけない限り、事態は何も進展しない。
私のこれまでの人生も、つまずいては転び、転んでは起きあがることの連続だった。しかし、それも今振り返ってみれば、楽しい、いい経験だったように思える。つまずきつつ、転びつつ、そのときどきで私が学んできたことをお話しすることで、少しでも、皆さんが、会社や仕事、キャリアについて考える参考になればと思う。
柴田励司 著
●1429円(税5%)●4-478-70338-8
ひとりの人間が考え、
悩み、壁にぶち当たり、
時にはうれしさにまかせて書いた言葉を
ただひたすら伝えたい。
この本を手に取ってくださった人に、
感動や優しさ、穏やかさ、
暖かさ、豊かさなど、
とにかく多くのことを伝えたい。
みなさんが疲れたときや悩んだとき、
また落ち込んだりしたときに、
僕の書を眺めたり、
詩を読んだりしていただければ
本当にうれしい。
武田双雲
William I.Elliott+川村和夫(英語)
李夢軍(中国語)
「待合室」と聞いて、何を思い出すだろうか。病院の待合室、それとも駅(ちょっと古いか!?)だろうか。私の場合、待合室というと、職業柄か、風俗店の待合室を思い出す。
たとえばヘルス。店に入ると「いらっしゃいませ」と男性従業員が迎えてくれる。優良店といわれる店は、だいたい男性従業員の感じがいい。要チェックだ。
接客してくれる女の子は、写真を見て選ぶ。自分で選ばない場合は、フリーといって空いている女の子を店が選んでつけてくれる。写真で指名することを写真指名といい、一〇〇〇〜二〇〇〇円の指名料がかかることが多い。が、この金をケチると、後悔することが多いので、そこは腹を括って写真指名しよう。
ちなみに、すでに遊んだことのある子を再度指名することを本指名という。この言葉、覚えておくとかっこいい、なんてことは絶対にない。
写真といっても、プロがスタジオで撮ったようなものを想像してはいけない。たいていは、店員がデジカメで撮ったようなヤツだ。何年か前までは、ポラロイド写真を使ってる店がけっこうあったが、これがなかなかくせもので、私もずいぶん騙されたものだ。
もちろん、ポラロイドが少なくなった今でも、写真は実物の二割増し程度のことが多いが、経験を積むにつれ、写真を見極める力がついていくもの。そうなればもう立派な一人前だ。
とはいえ、風俗嬢の魅力はルックスだけで決まるわけではないから、ルックスに必要以上にこだわるのもよくないということを付け加えておこう。
さて、前置きが長くなってしまったが、こうして女の子を選び、コース(プレイ時間)を選んでお金を払うと、いよいよ「待合室」に通される。そこでは先に受付をすませた他の客が思い思いに過ごしている。置いてある雑誌を読む人もいれば、隅に置かれたテレビを見ている人もいる。プレイに備えて爪を切る人、落ち着かない様子で爪を噛む人。壁に貼られた女の子の写真をジーっと見ているのもいる。おいおい写真を盗むなよ。
おじさんもいれば若者もいる。学生もいればスーツ姿のサラリーマンもいるし、営業に来たホストっぽいのもいたりする。友達同士で来てるヤツもいるし、ときどきだけど老人もいる。老人は友達同士では来ないだろうけど。
そういえば、先月、実家に帰ったとき。還暦をとうに超えた親父の机の引き出しに、風俗店の会員証を見つけてしまった。ちょっとした親近感とともに、待合室に座っている親父の姿が自然と浮かんできて、私は店でもらった割引券を会員証の横にそっと置いたのだった。風俗店は親子の絆も深めてくれる。
ピークが過ぎたとはいえ、この時期まだまだ多くの人が悩まされている花粉症。マスクや市販薬を利用するだけでなく、病院で定期的に薬を処方してもらう人も多い。約六ヶ月間花粉症の薬を服用すると、その負担額は一般的に一万〜一万二〇〇〇円程度となる(自己負担率三割の場合)。実は、この負担、約半額の六〇〇〇円程度にすることが可能だ。
「ジェネリック医薬品」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。そもそも、病院で処方される薬は大きく二種類に分けられる。研究開発を重ね発売される「新薬」と、その「新薬」の特許期間が切れた後に同じ成分・製法等によって製造・販売される「ジェネリック医薬品」である。新薬は発売までの研究開発に莫大なコストがかかっているため、高い薬価が設定され、特許期間中の独占販売などが認められている。それに対してジェネリック医薬品は、同じ成分、同じ効き目ながら平均して新薬の約半額という安さで提供される。
現在、使用されている薬の約六割は特許が切れているというが、日本ではまだまだジェネリック医薬品の利用がすすんでいない。欧米では五〇%以上というシェアも、日本では一六%程度にとどまっている。
個人の薬代負担が減るということは、家計を助けるだけでなく、国の医療費全体の節減にもなるということだ。もし特許切れの薬が全てジェネリック医薬品に替われば、日本の医療費は年間で約一兆円も削減できるといわれている。最近では、社会のために、日本の将来のために、という気持ちで、処方された湿布薬を必要ないからと返上したり、ジェネリック医薬品の利用を担当医にお願いしたりする人も増えているという。
担当医に直接言いづらい人のために、日本ジェネリック研究会では「ジェネリック医薬品お願いカード」を発行している。
*1 全医療用医薬品に占めるジェネリック医薬品の割合
●ご意見・ご感想はこちらまで…healthy@diamond.co.jp
資料提供・取材協力 沢井製薬株式会社
*2 日本ジェネリック研究会
http://www.ge-academy.org/
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「あっ、そこは閉めないでください」
浩介がソファから立ち上がってドアを閉めようとしたときに、佐藤詠美がそれをとどめた。詠美は、社長室の応接セットに座っている。たったいま秘書がコーヒーを出して去ったところだ。
「えっ、どうして?」と振り返った浩介は、一瞬訝しげな表情になったが、すぐにからからと笑い出した。「何だ、佐藤先生もつまらないことを気にするね。社長室で俺とふたりになったらまずいわけ?」
「そうじゃありません」と言った詠美の顔が少し厳しく変わった。
「社長は、まだお分かりになっていらっしゃらないようですね」
「何が?」
「社長にとって、そして、フジシロにとって、いまもっとも必要なことが何かということです」
「いまもっとも必要なこと? それはプログレスとの戦いに勝つことだ」
「そのとおりです。そして、プログレスとの戦いに勝つためには、どうしたらいいのですか」
「うーむ。いい作戦を立てることかな」
「いい作戦を立てることはもちろん必要です。でも、それを単に紙に書いたものに終わらせないで、全社で実行していくことが、同じぐらい大切です。そのためには、その作戦が人々に受け入れられることのほかに、その実現のために、全社が、しっかりとしたリーダーのもとに一本にまとまって邁進する必要があるのです」
何を言い出したのか、という顔で浩介は詠美の顔を見ている。
「作戦は私も一緒になって、プログレス対策として最高のものを創り上げたいと思います。しかし、それがフジシロの人々に好意的に受け入れられること、そして全社がしっかりしたリーダーのもとにひとつにまとまること、このふたつはそう簡単ではありません」
「俺が頼りないと言っているのか」
「そんなことはありません。社長が素晴らしいリーダーになられる素質を十分にお持ちであることを、私はよく存じております。でも……」
「でも?」
「リーダーの資質や行動が実際に優れているということと、部下からリーダーにふさわしいと思われるということとは、まったく別のことです」
「うーむ」
「率直に申します。社長は、社員の皆さんに非常に好かれています。好かれていることはリーダーにとって重要なプラスの条件です。しかし、残念ながら、社長の場合、それは仕事をする人としてではありません。ゴルフをしたり、遊んだりするときの仲間として、とても楽しい人と感じられているのです。大変失礼ですが、フジシロの社員たちにとって、いまはまだ、社長は仕事上のリーダーとしては未知数です。いや、もっとはっきりと言えば、仕事上ではあまり頼りにならない人だと思われています。そういうイメージの社長が、女性と部屋を閉め切って長時間出てこなかったら、部下たちは仕事をしているとは感じないでしょう。秘書の淹れたコーヒーを飲みながら、ふたりで何か楽しい話に花を咲かせていると感じても仕方ありません」
「だから、ドアを開けるのか」
「はい。でも、それだけでは足りません。私は、だれかひとり、いつも私どもと一緒に行動する第3の人物を作ってもらいたいのです。その人には、社長の有能な政策秘書になってもらいます。私のアドバイスを社内で実現するための根回しをするのもその人の役割です。その人の存在によって、私どもは、社員のだれから見ても安心できる、仕事上のチームになります」
「政策秘書。分からないでもないが、そんな優秀な人材は我が社にはいない」
「開発部の重成さんなら最適です」
「重成」と浩介は目を丸くした。「あれは昆虫の研究家だ。かなり軽々しい奴だぞ」
「少しうるさいけど、本質はそうでもありません。学生時代からよく知っています」
「そうか。佐藤先生は、学生時代からの友人だったな。そう言えば、重成君が佐藤先生を父に紹介したのだった」
「同じ大学で、同じ同好会に所属していました。『町を歩く同好会』という名前の会で、東京にある大学でしたから、東京の街の下に埋没した古い河川を辿ったり、下高井戸に竹やぶを探しに行ったりしました」
「下高井戸に竹やぶ? 何だい、それは?」
「下高井戸は、昔、竹の子の名産地でした。新宿から甲州街道を西に向かえば、初台、笹塚、幡ヶ谷、大原、そして下高井戸。名前を聞いただけで、武蔵野に広がる雑木林や竹やぶが見えてくるでしょう。そういう場所を歩き回り、現在の道路や建物を頭のなかから消してしまうのです。そうすると明治時代や江戸時代が見えてきます。そういう同好会です」
「変な同好会だな。重成のやりそうなことだ」
「重成さんは、大変立派なリーダーでした。アイデアに溢れていて、皆から尊敬されていました。おそらく、今回の社長の秘書役にも最適任でしょう」
「そうか。そんなものかな」
浩介は半信半疑の様子だったが、少し考えたあとで立ち上がると、インターフォンで秘書に「開発の重成君を呼んでくれ」と命じた。
「佐藤先生とふたりきりで仕事ができないのが、とても残念だなあ」
重成の到着を待つ間に、浩介は未練がましくそんなことを呟いたが、詠美は知らん顔をしてコーヒーを飲みながら、窓の外の街路樹が夕闇に溶けていくのを見ていた。
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「それは、もちろん、喜んで」と重成が、ばらばらの目鼻口を一層ばらばらに動かしながら、うれしそうに言ったので、話はすぐに決まった。
「発令するほどのことでもない。社長特命とする。小笠原常務には、私から言っておく」
浩介は、人事担当常務の名を挙げた。中企業だから、こういう点は早い。
「早速、プログレス対策、というかアドバンス対策を立案しなければなりません」と詠美が言った。
「ちょっと待ってくれ」と浩介が遮った。「プログレス上町店の開店は来春だ。まだ半年ある。対策を立てるのは、2、3ヶ月あとでいいだろう」
「とんでもない。重要なゴルフの選手権が半年後に開かれるとします。そのコースではまだプレーしたことがないとしたら、社長はどうしますか」
「もちろん、半年がかりで徹底的にコースを研究する。つまり、できるだけそのコースを回る。毎週、プレーしてもいい」
「それと、同じことです」
「分かった」
浩介は、ゴルフのたとえ話にすると物分かりがいい。
「そうだな。四季折々、晴れの日と雨の日、風の強さと向き、いいコースになればなるほど変化する。そのすべてを知り尽くすことから、コース攻略は可能になる」
「そのとおりです。すべてのグリーンとフェアウェイ、すべてのアンジュレーション、すべてのハザードを知り尽くさなければなりません。その情報とプレーヤーの腕前との関係、それがスコアとなって現れます」
「私は、いつでも、どこのコースでも同じことです」と重成が口を挟んだ。「何しろ、コースのここを狙おうと決めても、決してボールは思いどおりりに飛んでくれませんから、研究しても意味がないので、決して下見などには行きません」
「君のことは分かっている。だから、余分なことを言わなくてもよろしい」と浩介がたしなめて詠美のほうを見た。「しかし、仮にプログレスがゴルフコースだとして、一体、何を研究するんだ。そもそも上町店はまだ開店していないから、どういう店になるのかさえ分からないのだよ」
「確かに、上町店は建築中です。しかも、プログレス最大の大型店になると思われるので、現在の時点で、どんな店になるか、詳細は分かりません。しかし、それなら、まったく分からないかと言えば、そうではありません。いままでの店舗から十分確実に推測できる部分がたくさんありますし、山田会長の新聞での発言などからも、いろいろなことが分かります。特に商品については、それほど短期間に変化させることはできません。販売促進方法についても、意識的に変えない限り、大体、同じパターンになる。それらを徹底的に研究して、相手がやって来るところを、いわば待ち伏せるのです」
「待ち伏せ! 格好いい」と重成が小声で叫ぶように言った。
「英語ではアンブッシュ(ambush)。スパイ物を読むときに必須の単語です。昔から、一度やってみたかった」
「分かった。君は少し黙っていなさい」と浩介。
「プログレスの大型店、それもここ数年にできた店を徹底的に分析する必要があります。ここから比較的近くに、そういう店はありませんか」
「うーむ」と目を閉じて考える振りをしたが、ゴルフ場でないから浩介には、まったく知識が欠けている。
「長峰店か、菅原店ですね」と重成が言った。
「そう、どちらもショッピングセンターね。長峰店のほうが、若干規模が大きいかしら」と詠美が言ったが、重成はどちらの店についても驚くほど詳しかった。「菅原店は、惣菜を特別に強化した店です。ショッピングセンターとしては、長峰店が大きいでしょうが、食品売り場は、菅原店のほうが広いですね。地場のスーパー北田と激しく競合しています」
「どちらも車で行けば、1時間半程度ね。競合店があるほうがいい。調査対象を菅原店にしましょう。プログレス菅原店の近くにフジシロの社員は住んでいるかしら」
「調べてみますが、おそらくいないでしょう。電車でフジシロの店や本部に行くにはとても不便なところです。そもそも陸の孤島のような場所です」
「そう」と詠美はしばし考えていたが、「我が社の中央店は、プログレスの出店の前に内部改修して、まるで別の店のようにイメージチェンジしなければなりません。店長も競合対策に向いた人に変える必要があるでしょう。その店長候補者を、プログレス菅原店の近くに住まわせて、プログレスの商品を買って生活してもらいたいのです。奥さんと一緒でなければなりません。お子さんの学校の問題などがある方では無理ですね」
「子供の問題は、若手の店長を選べば、学齢期の子供がいないから大丈夫です。子供のいない夫婦、独身の店長もいますが、学齢期前でも子供のいる家庭がいいでしょう。結構少ないですね」と重成は、具体的な人間の顔を思い浮かべている様子である。
「うーむ。かなり費用がかかりそうだな」浩介が社長らしい心配をした。
「その人の半年分の収入、家賃などの住居費です」
「大体、500万円か、600万円かな」
「店長候補者以外も1組含めて、できれば2家族。1000万円強ですね」
「しかし、そこまでやる必要があるのか」
「あります。スーパーマーケットは、地域の生活者のために日常の食品を提供する店です。この『日常の食品』というところが問題なのです。非日常的な商品だったら、見に行って詳細にチェックすれば、見ただけでかなりの程度分かります。ゴルフ道具や家電製品、薬や書籍やワインなどは、そのほとんどが見て分かります。背広やコートや家具でも、プロが見れば、かなりの程度分かります。ところが日常的な商品は、見ただけでは、なかなか分からないのです。例えば、コロッケ、野菜炒め、豆腐、煮豆、アジの干物、タラコ、白菜漬け。こういった商品は、実際に食べてみなければ、本当のところは分かりません。ブランド物でないジャムや瓶詰めもそうです。牛乳やオレンジジュースも飲んでみなければ味は分かりませんし、洗剤も使ってみて、初めていいかどうか判断できるのです」
「商品部のプロが試食しても分からないのですか」と重成が言ったが、それは詠美の、さらに深い答えを引き出すためのようだった。
「もちろん、ある程度分かります。いいバイヤーなら、ナショナルブランドの加工食品をすべてよく知っています。生鮮食品や惣菜についても、プロとしての知識があります。ただ、それはバイヤーとしてのプロの知識です。それだけでは足りないのです」
「どういうことだ?」と浩介。
「スーパーマーケットの商品を判断するためには、むしろ生活のプロが必要なのです」
「生活のプロ?」
「普通の主婦、家族のために、毎日のように食事の買い物をしている普通の所得層の主婦のことです。そういう立場の人は、生活費や生活実感との関係で、スーパーマーケットの商品やサービス内容を評価できるのです。経済的に恵まれている店長夫人でさえ、スーパーマーケットをデパ地下のようにしろとは、決して言わないでしょう。毎日の食事をデパ地下で調達したら、必要な普段の商品は揃わないうえに、レジでの精算は時間がかかる。しかも、生活費は倍に跳ね上がります。日常的な生活のためのスーパーマーケットをデパ地下のように変えるのがいいと主張しているのは、商品のプロや流通学者・評論家の一部、それと安易な道を選択しようとするスーパーマーケット経営者たちです。この人たちには生活感覚が欠けているのです」
詠美は、ふと新しいアイデアを思いついたらしく、目をきらりと光らせた。
「さらに私の希望を言えば、フジシロの商品部のなかで、デパ地下方式の店に変えたいと主張しておられる管理職とバイヤーを数人ずつ選んで、その人たちに、仕事の一環として、毎日の食事の支度をデパ地下の商品でやってもらったらどうでしょう。こちらは自宅から行ける店を選び、期間は1ヶ月。100%デパ地下で生活するのです。全部のレシートをとっておいてもらい、そうですね、月間合計10万円を超える部分については、会社から補助したらいいと思います。ひとり毎月10万円の費用がかかるでしょう」
「えっ、2倍かかるか」
「まったく同じ献立を用意したら、そのくらいかかるはずです。しかし、そもそもまったく同じ献立は作れないはずです。実際にやってみたら、その方たちもデパ地下がいいなどと言わなくなるはずです」
「うーむ」と浩介が唸った。「すごい。でも、先生は、どうして……?」
浩介は、詠美が学者としてそういう考え方をするのが不思議だと感じたらしい。
「やはり流通論のプロは違いますね。実証こそ科学の土台ですからね」と重成が浩介の言葉に重ねるように言った。「でも、佐藤先生、プログレスの近所に住んで買い物をする店長たちですが、奥さんは毎日忙しいかも知れませんが、夫のほうは買い物に付き合うだけだから暇で困るでしょう」
「いいえ、夫たちには、いろいろな仕事があります。プログレスのオペレーションを詳細に調べるのです」と詠美は言った。
二〇〇六年三月末日付けで、私は京都大学教授を定年退職することになる。念のために断っておくけれども、二年前までは公務員の身であったがために、国立大学の教授のことを教官といい、定年で辞めることを「退官」といった。二〇〇四年度に法人化された後、教官は「教員」、退官は「退職」となった。私と同時に京都大学を定年退職する教授は、あわせて約五〇人なのだが、それを報じる記事が「京都新聞」に掲載された際、その見出しが、なんと「佐和京大教授ら退職へ」とあった。それを見た愚息が「お父さん、何を悪いことしはったんやろう」と、一瞬、戸惑ったそうである。
私は、大学院の修士課程を終えた直後、一九六七年七月一日付けで、東京大学経済学部助手に採用され、六九年七月一日付けで、京都大学経済研究所助教授に配置換えとなり、以来、ずっと同じところに勤めている。合計すれば、三八年九ヶ月間、国立大学そして国立大学法人に教官・教員として勤務したことになる。その間、京都大学経済研究所の所長を都合一三年間も務めた。
一九四九年、父親が高野山大学教授から京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)教授に転勤したため、私は、小中高校を京都伏見で過ごすことになった。京都育ちの私にとって、六九年に京都大学から助教授の誘いを受けたことは、身に余る光栄であった。私を誘ってくれたのは、故渡部経彦教授であった。一九五〇年代後半、スタンフォード大学数理社会科学研究所で日本経済の計量分析の先駆けとなる業績を挙げてこられた渡部先生は、新設まもない京大経済研究所をアメリカン・スタイルのリサーチ・インスティチュートにするべく、数々の「改革」を断行された。
年功序列を重んじる日本の大学で、二六歳の私が助教授に採用してもらえたのは、その時点で、私が博士論文を東大に提出していたこと(年齢制限に引っかかり、大学卒業後五年経つまで、私の博士論文は塩漬けにされていた)、理論計量経済学会の学会誌に既発表の論文があったこと、アメリカ統計学会誌に論文が受理されていたこと、によるものである。要するに、京大経済研究所の人事には、業績主義が貫かれていたのである(ちなみに、業績という言葉は森鴎外の造語であり、学者の業績の大きさは、専門誌に掲載された論文の本数と、それらの引用度数によって測られる)。それ以来、三六年と九ヶ月間、私は京都大学の教員であり続けたのである。
早い時期に、京大は四人のノーベル賞受賞者を輩出した。ひと頃までは「なぜ京大にノーベル賞受賞者が多いのか」についての諸説が紛々としていたが、最近のノーベル賞受賞者には東大卒が多いため、「なぜ京大に」を問題とされることは少なくなった。京大が誇りとしている「自由な学風」とノーベル賞受賞の相関は無きに等しい、と少なくとも私は考えている。紙と鉛筆があれば、それで十分という、理論物理学のような分野では、たしかに「自由な学風」の効用はあり得るのかもしれない。だがしかし、後にノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生のスーパー・カミオカンデなどとなると、莫大な経常的研究費と多数の研究スタッフが必要となり、「自由な学風」の寄与するところは、ほとんど無きに等しい。
とはいえ、京都が学者を大切にしてくれる街であることは紛れもない事実であり、京都大学の教員は、京都の街が与えてくれる「外部経済」効果を存分に活用してきた。その昔、私が初めて祇園のお茶屋さんの座敷に上げてもらったとき、女将さんが「うちには湯川(秀樹)先生や桑原(武夫)先生もよう来てくれはります。ほやけど、いっぺんも、はろてもろたことありまへん」と言った。「なんでですか」と私が尋ねると、女将さん答えて曰く「恐れ多くて、請求書なんて送れまへんどすがな」と。両先生のような押しも押されもせぬ大学者は別としても、京都のお茶屋さんや飲み屋さんには暗黙の「学割」があるようだ。
職住近接というのも、東大と比べての京大の優位のひとつであった。下鴨、北白川など、京大から歩いて三〇分以内の近隣に住居を構えられるのも、京大ならではのことである。下鴨の葵小学校は湯川先生をはじめ、多くの大学者を輩出しているのだが、学区内に京大教授が多数住んでいたことが、その理由のひとつである。しかし、これも昔の話、地価上昇のおかげで、いまや現役教員の大方は通勤時間一時間近くの遠方に住んでいる。京大の良さのひとつが失われたといわざるを得ない。
湯川先生や桑原先生がご活躍なさった時代、東大が「実学の殿堂」であったのに対し、京大は「虚学の殿堂」との感が強かった。私が大学受験をしたころ、京大入試の最難関学部は理学部であった。そのころ、京大は学部ごとの合格者の最高点と最低点を公表していたが、理学部の最低点が某学部の最高点を超えている(某学部の合格者の全員が理学部では不合格となる)ことが、しばしばあった。文学部も最低点は相当高かった。私のいう「虚学」とは理学部や文学部のことを指す。
「ところが」である。一九六〇年一二月、池田勇人内閣の「所得倍増計画」が発表され、学術・科学を経済の僕とする見解、言い換えれば、学問の価値を、産業にとっての「有用性」の尺度で測るという見解が公のものとされ、理工系学部の振興が国の学術行政の根幹に据えられるようになった。全国の国立大学で工学部の膨張が始まったのだが、膨張率の一番高かったのは京都大学ではなかったろうか、と私は推察している。現在、全新入生に占める工学部学生の割合は三分の一を超えている。教員の数も工学部が圧倒的に多い。滝川事件で有名な滝川幸辰元総長が一九五七年一二月に任期をまっとうされてのちは、京大の総長は、工学部、医学部、農学部の三学部が、ほぼたらいまわしで順送りしてきた。尾池和夫現総長は久々の理学部出身の総長である。
とはいえ、虚学を大切にするという「京大らしさ」がまったくなくなったわけではない。これは私の偏見かもしれないが、京大は虚学に一目を置くという点で、他大学に類例を見ないであろう。相変わらず、理学部や文学部は優秀な学生を集めているようだし、その半面、政府官庁や民間大企業の幹部に占める京大出身者の比率は、東大のそれを大幅に下回っている。
官庁の採用試験でグループ討論などをやらされると、京大生は東大生にかなわないそうである。これは、別段、京大生が論理的な能力で東大生に劣ることを意味するわけではなく、口の達者さの差異の反映だと私には思える。霞が関の中央官庁は、かつてのような魅力的な職場ではなくなったのだから、京大生が無理に口を達者にして東大生に挑む必要はもはやない。それよりもむしろ、法学、工学、医学などの実学を修める学生には、虚学の勉強にできるだけ多くの時間を割いてもらいたい。
イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学では、入試の最難関は歴史学科だそうである。大学四年間に歴史をみっちり勉強したのち、外交官や官僚として巣立ってゆく。法律や経済のことは、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで十分学べるというのが、イギリス流の考え方である。二〇〇二年二月、イラクの大量破壊兵器問題をめぐる国連安全保障理事会で、アメリカを批判する名演説をぶった当時のフランス外相ドミニク・ドピルパン(現首相)は、ナポレオン史に関する大部の著書があり、かつまた詩人としても著名な元外交官である。
ことほど左様に、ヨーロッパでは人文学的教養が、一目置かれる政治家、官僚、ビジネスマンの「条件」とされている。日本でも戦前は、人文学・自然科学の素養の持ち主であることが、名を成すための必要条件とされていた。そうした素養を身につける場が旧制高校であった。
一九七〇年前後、新左翼の学生運動が華々しかったころには、サルトル、ボーボワール、フーコー、モノーら、フランスの哲学者・科学者の著書を読んでいることが、格好いい大学生の必須の要件とされていた。浅間山荘事件で学生運動が終息してのち、突如、反知性主義がこの国で跋扈し始めた。渡部昇一『知的生活の方法』(講談社、一九七五年)を、皮肉にもその題名に反して、反知性主義のマニフェストだったと私は考える。大学生がマンガを読むなどということは、七〇年代半ばまでは考えられもしなかった珍事である。その後、反知性主義の跋扈はとどまることを知らず進行し、いまや日本の大学生の活字離れは取り返しのつかない状況にまで立ち至っている。
二年前、国立大学が法人化されてのちは、学術・科学行政における「実学重視」の傾向はなおさら顕著なものとなり、虚学の命運は風前の灯と化しつつあるのではないかとの危惧をぬぐい切れない。池田内閣の「所得倍増計画」以来、学術・科学の価値を「有用性」の尺度で測るという「悪しき」慣行が定着し、産業にとって「有用」な学問が優遇され、「無用」の学は冷や飯を食わされ続けてきた。
それでも、武士は食わねど高楊枝。哲学、歴史学、文学、芸術学、数学、理論物理学など「無用」の学の研究・教育は営々として続けられてきたのである。たとえば、京大のインド哲学科は、優れた研究者を育て、欧米の大学に教員として送り出してきた。法人化により実学重視の傾向がますます強まることにより、虚学の衰退を強く懸念するのは私のみではあるまい。だとすれば、京大が虚学にとっての延安の砦となることを願ってやまない。
日本の政治家、官僚、経営者たちにもっとも欠けているのは、人文知、自然科学知ではないだろうか。こういう「知」を身につける機会は、大学在学中をおいてあり得ない。虚学を大切にしてきた「京大らしさ」を保ち続けることが、世界に通用する「知的」政治家、官僚、経営者の養成に貢献するのだということを、京大を他大学から「差別化」するための要としてはどうだろうか。
▼大学教師や経営者たちは、少し安堵しているかもしれない。学生たちが携帯電話に見入って講義にならぬ、社員がどうもトイレに閉じこもって一喜一憂しているらしい――株式市場の活況は日本中を発熱させ、眉ひそめる副作用を各所で生んだ。それが一服である。
ホリエモン逮捕に込めた司法当局の拝金主義警告の薬効か、ライブドア上場廃止の衝撃ゆえか、株価が一万六〇〇〇円前後に止まり、投資家解熱の様である。書店店員に、どの株式運用本を読めば儲かるかと迫る読者も消え、株関係書籍の売上も目に見えて落ちてきた。経済出版社にすれば正直、ちょっと痛い。
平均株価が初めて一万円を突破したのは一九八四年、まだ「東証ダウ」と呼ばれていた頃だった。その後のバブル時代を右肩上がりの一直線で四万円直前まで到達。そこから坂道を七〇〇〇円台まで転げ落ち、幾多の曲折の後回復が続き一万六〇〇〇円台まで戻した。
二〇年間で六〇〇〇円しか上がっていないのか、と嘆くなかれ。株価の上下動の度に投資家は傷つき、学び、一部は離れるものの、層として分厚さを増す。資本市場改革は進み、簡易な取引手段と公正公平な取引ルールが追加され、格段に成熟度を増した。
法人持合が支配した市場はいまやかなたで、それは個人投資家の手中にある。何より、個人投資家は財産権へ目覚め、資産形成の核に株式投資を据える人々は格段に増えることは長期的に間違いない。
私たちが昨年一二月に創刊した『ダイヤモンド株データブック全銘柄版』の二号目春号が発売中。未来に進む人々にきっと役に立つと自負している。
(辻広)
▼桜咲く季節になると恒例の『週刊ダイヤモンド』春のキャンペーン月間が始まります。このキャンペーン期間中に発売される号は毎号とも50pを超える超大作ぞろい。ふつう雑誌の特集で50pを超えるなんてあり得ません。しかも、それが5号も続きます。ただでさえあわただしい編集部が、この時期は相当に殺気立っています。その分出来上がってきた雑誌は読み応え充分。カラーのチャートやグラフも満載ですので、単行本を1冊読むよりずっと読みやすく分かりやすいこと間違いなし。新年度が始まり、気分新たに勉強しようと思う方々にぜひ手にとっていただきたいと思います。新入社員の方にもおすすめですよ。
で、気になる特集はというと、4/1号「丸ごと一冊営業入門」、4/8号「5年以内に花開く 凄い技術、夢の製品」、4/15号「息子娘を入れたい学校」、あとの2号は書店店頭で!
(藤田)
「Kei」では、経済・経営に関する論文の投稿を受け付けております。字数は1000〜4000字。受け付けは電子メールのみです。冒頭に概要、氏名、略歴、住所、電話番号、電子メール・アドレスを添えてください。採否についてのお問い合わせには応じられません。採用の場合は編集室より電子メールでご連絡します。受け付けのアドレスは以下のとおり。
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