おいしい! このところ、何度もこの言葉を発している。別に、高級レストランへ通っているわけではない。
生きものの研究をしていると、今の社会は人間が生きものであることを忘れているとしか思えないことが少なくない。若い人たちの最も大事なものはケータイらしい。ケータイはなくても生きていけるが、水や食べものがなくては困るだろうと思うけれど、食べものはあってあたりまえという社会に育っているので、改めてそんなことは考えないのだろう。
しかし、食べものは、待っていれば天から降ってくるものではない。それを生産する人がおり、しかも安全で栄養価も高く、本物の味がする食べものを作ることは、今それほど易しいことではない。地球規模では、自然環境の劣化による食べものの生産量の低下があり、自給率四〇%という日本がのんびりしていられる時ではないのである。
そんな中で、産業としての農業を見直し、豊かな自然を保持しながら、魅力的な農業を確立していく動きが出ている。これこそ二十一世紀の社会づくりの基盤だと思い、ささやかな応援に各地を訪れている。岐阜県で、クリーン農業(減農薬で農産物を作り、豊かな環境と生き甲斐のある暮らしを手にしようという運動)を始めた町で試食した摘みたてのイチゴのおいしかったこと。香りと歯ざわりと適度な甘味と酸味。それに真っ赤な色という視覚の楽しさも加わり、五感すべてで感じるおいしさだった。実はその前、岩手県で同じような活動をしている所で食べた大根も素晴らしかった。茹でただけで、甘味と大根独特の香りとが口の中で広がり、いくらでも食べられるのだ。
なんというぜいたく。しかも、これらを作っている人たちの顔は、都会の満員電車で見る顔と違い、明るくて魅力的だ。これは一例で、今方々でこのような活動がある。日本の風土と人は、本当においしい食べものを作る力を持っているのだ。
毎日のニュースは信じられないほど人の生命を軽く見ている事件を報じている。自らの生命を絶つ人も少なくない。自分の食べものを自分で作り、安全でおいしい食べものを笑顔で食べる社会にする改革を行ったら、暮らしやすい、本当の意味での豊かな国になるに違いないと、おいしい大根を食べながら考えた。
私が初めて経営を意識したのは、一〇歳の時でした。父が事業をしていたこともあり自分自身も事業を起こすことは、当たり前のように感じていたからです。私がその当時、事業というものに抱いていたイメージは、「お客様が気に入った商品やサービスに対してお金で投票をしてくれる楽しいもの」という非常に単純なものでした。ですから、テストのための勉強をする学校には魅力を感じずに、早くビジネスをしたいと本当に切に願っていたのです。
起業に向けて順調? に経済学部に入学した私が、就職活動を行う際に目指した業界は、お客様を一番身近に感じることが出来る流通業でした。何故なら、仕入れて売るというシンプルなお仕事の中で、売れる人と売れない人がいるという不思議を体感することが、将来必ず役に立つと考えていたからです。
そんな私がアルバイトに行ってみようと思った先も、当然流通関係の会社。そして、メガネの小売会社にアルバイトとして採用され、銀座のデパートで店頭に立つことになりました。
お客様とお話しするのが大好きな私は、すぐに沢山の売上を上げられるようになり、ある時などは、一人のお客様に一度に六本のメガネを販売したこともありました。
この話をすると、大抵の方はびっくりして「え〜、一人の人に? 良くそんなに売れますね」と聞かれます。しかし、私としては特別なことをしたつもりはありませんでした。
では、どうやって六本ものメガネを販売したかというと。お客様とお話をする中で、その方のライフスタイルを伺うことに専念していたら、結果として六本売れてしまったというのが種明かしです。
つまり、どうも休日はゴルフをする方だと分かったり、金曜日はカジュアルデーを採用している会社にお勤めだという情報を得たり、最近老眼が入ってきて本を読む時と通常の場合では、微妙に欲しいメガネのタイプが違うことなどが分かってきたのです。この情報だけでも、
1:ビジネス(スーツ)用
2:ビジネス(カジュアル)用
3:スポーツ用
4:おしゃれ用
5:読書用
6:プライベート用
の六本のメガネをお勧めできますよね。
こうして、お洋服を着替えるのと同じ感覚でメガネもコーディネイトして頂くことをお勧めした結果、一度に六本のメガネを販売することが出来たのです。
その後就職した婦人服業界の販売員時代にも、一人で二〇人分の売上を上げるまでに一年で成長し(詳しくは※参照)、大成功を収めます。この時に習得した“周りを巻き込んでいく力”“コミュニケーション能力”“リーダーとして全体を見る力”は、コンサル会社時代にも、その後の起業にも、強みとして非常に生かされることになりました。
この新人時代に成功した要因の一つは、私の目的意識が非常にはっきりしていたことにあるのでは? と考えています。皆さん「ウサギとカメ」の昔話はよくご存知だと思いますが、先日友人から面白い話を聞きました。「ウサギが何故負けたのか?」の質問に、「怠け者だから?」などと普通は考えますよね。その友人は、こう言ったのです。「ウサギの目的意識はカメに勝つことだったから、途中で休憩してしまった。それに対してカメの目的意識は頂上に上ることだった、だから休まずに上りきったのだ」と。
翻って考えると、私の目的意識は販売員時代から“経営”に向けられていました。ですから、自分だけの売上を上げるよりも「お店全体の売上を上げる」こと、「会社全体の売上を上げる」ことに注力して行動していたのです。常に大きな視点で物を見ていたからこそ、結果として自分自身の売上も人の何十倍も上げることが出来たのだと思います。同じ店内のライバルに勝とうとしていたのでは、せいぜいその人の二倍くらいしか実績を残せなかったかもしれません。
今回の書籍の中では、販売ノウハウや売れるマインドについてエピソードを交えながら楽しくお伝えしていますが、第一線でご活躍されている販売・営業・接客に携わっている方たち、あるいは自分自身の可能性を広げたいとお考えの全ての方に、ご高覧頂ければ幸いです。
鶴岡秀子:著
●一三〇〇円(税込み)●4-478-54070-5
前回は、対外債務国が固定相場制、それも比較的自国通貨高での固定相場制を選択する理由について考えました。
そのロジックは比較的単純なものです。あなたが1万ドルの借金をしているとしましょう。円安ドル高状態、例えば1ドル=200円ならば、あなたの債務は円建てで200万円ですが、1ドル=100円ならば、円換算した債務は100万円です。どちらが返済しやすいかは自明でしょう。以上の理由に基づいて、途上国では外貨建て債務を抱える企業による政府への自国通貨高誘導圧力が加えられることが多いようです。
個人や個別企業の借金に関しては、このロジックに何ら問題もありません。しかし、これを一国の経済政策――つまりはマクロ経済の問題においても、同じものとして考えることはできません。それは、意図的な自国通貨高の選択は、国内経済にデフレ不況を強要するものになってしまうためです。したがって、対外債務国の2つの選択肢(自国通貨高を選択するか否か)には、いずれも避けがたいジレンマがあることがわかります(図表参照)。
このことから、債務国が為替システムとして固定相場制を選択する際の「2つの選択肢」には、際立った優劣はないように感じます。しかしながら、自国通貨高にはもう1つの困難があるのです。それが、国際収支の赤字問題です。
自国通貨高 a輸入拡大a経常収支・赤字基調
(例 1ドル=100円)
・自国通貨換算の債務減少(返済が楽になる)
・国内はデフレ不況(返済が難しくなる)
自国通貨安 a輸出拡大a経常収支・黒字基調
(例 1ドル=200円)
・自国通貨換算の債務増大(返済が難しくなる)
・国内は輸出主導の好況(返済が楽になる)
経常収支が赤字基調にある国では、輸出よりも輸入のほうが多いわけですから、財の取引の上では「自国通貨に対する需要」よりも、「外貨に対する需要」の方が大きい状況です。変動相場制であれば、このようなミスマッチを解消する方向に為替レート自体が変化するのですが、固定相場制ではそうはいきません。このような通貨需要のギャップは、外資の導入――つまりは対外借入によって埋められなければならないのです。それができないならば、固定相場制を維持するために政府・通貨当局は外貨準備を放出する、つまりは通貨当局自身が自国通貨の「買い手」となることで為替レートを維持する必要があります。
対外債務問題を考えるときには、「『対外債務の返済』が重要な政策目標となる国」とはどのような国なのかを念頭に置いて、話を進めなければなりません。
対外債務が額として大きくても、経済状況は良好で、十分な返済能力がある国では対外債務問題は重要な課題とは言えません。一方、経常収支が赤字基調にあり、今後対外債務が増えることはあっても減ることはなく、将来債務調達が困難化することが予想される国、つまりは、今後の対外債務返済が危ぶまれる国でこそ「対外債務問題」が生じるのです。すると、対外債務が問題となる国というのがどのような国なのか、大まかなイメージができます。(1)継続的な経常赤字国で、さらには、(2)今後の経済成長見通しも決して良好とは言えない国という感じかと思います。
さて、以上の知識をもとに、「対外債務の返済が重要な政策目標となる国(X国)」がその返済を容易にするために、自国通貨高レートでの固定相場制を選択したとき何が起こるかを考えてみましょう。X国の通貨は仮にペソとします。
X国政府は1000億ドルの外債の償還期限を前に、その返済を容易にする方法を考えています。変動相場制の下での為替レートは1ドル=10ペソ、つまり自国通貨建てでの政府債務は1兆ペソです。X国政府は(安直にも!)債務半減を狙って、1ドル=5ペソの超ペソ高レートでの、固定相場制に移行しました。すると、ペソ高によってX国からの輸出は困難化し、経常収支の赤字は拡大します。さらには、輸入品価格の下落によって、国内ではデフレが生じ、景気は悪化します。
このような経済状況の国に投資をする人は少ないでしょう。拡大する経常収支の赤字を海外からの投資で埋めることができないわけですから、為替レートにはペソ安圧力が生じます。すると債務半減を狙う1ドル=5ペソレートを維持するために、通貨当局は外貨準備を放出しなければなりません。通貨当局のペソ買いは、市中に出回るペソの量を減少させます。
ここで、おなじみの貨幣量と物価の関係を想起しましょう。ペソの減少はさらなるデフレを招き、X国の景気は悪化の一途をたどります。これを受けて、海外経済主体のX国への投資はさらに減少、通貨当局はさらなる外貨準備放出に迫られます。
X国のような経済状態の国が豊富な外貨準備を保有しているとは考えにくいでしょう。早晩、このような外貨準備放出による為替レートの維持には限界がきます。そして、そのような流れを一気に加速するのが、通貨アタックとキャピタルフライトです。
1ドル=5ペソレートが放棄され、維持可能な、よりペソ安水準の為替レートへ移行すると予想されるならば、「今のうちにペソを売って、ドルを買っておくべき」です。
投機筋は、それを見越してペソ建ての借入をして、それを即ドル買いにまわします(※1)。大量に売られるペソの買い手になるのは、X国の通貨当局のみです。そうしているうちに、もともと豊富とは言い難い外貨準備高は、すぐに底をついてしまいます。その結果、1ドル=5ペソレートは放棄され、以前の1ドル=10ペソ、またはそれ以上のペソ安レートが成立します。
このとき、投機筋はどのような収益を得るのでしょうか?
100億のペソを調達し、その全額を売り浴びせる……すると投機家は20億ドルを保有することになります。そして、1ドル=10ペソになってから、そのペソ建て借入を返済するために必要な金額は……金利を無視するなら10億ドルです。なんと、X国の固定相場制崩壊は、元手なしの借入から始まる投機行動によって、10億ドルの収益を生み出してしまったのです。まさに「無から有」を生み出す錬金術と言ってよいかもしれません。これが通貨への投機アタックです。
以上の状況は、X国内に投資を行う他の主体にとっても無縁ではありません。X国に投資を行っている海外の経済主体や、X国内の資産家層も重要な決定を迫られることになります。
1ドル=5ペソと1ドル=10ペソでは、X国内の投資資金のドル建て価値は倍も違うのです。すると、X国のペソ高レート崩壊が予想されると、または「投機アタックの開始」を感じると、「投資資金を一刻も早くドルに変換しよう」との動きが生じるということになります。X国内から資本が逃避する……キャピタルフライトの始まりです。このような動きは急速なペソ安圧力となり、固定相場制の崩壊を早めるのです。
投機アタックとキャピタルフライトは相互依存の関係にあります。投機アタックの開始はキャピタルフライトを導きますし、自分の行動がキャピタルフライトを生むことで、自らの期待したペソ高レートの崩壊が起こるからこそ、安心して(?)X国への投機アタックができるのです。
本連載の話題とは少々ずれますが、「投機アタック」「キャピタルフライト」といったタームは「何となくカッコイイ」ためか、その本来の意味とはかけ離れた形で、多くの経済論で言及されているようです。この種のトンデモ経済論に絡め取られないためにも、「投機アタック」「キャピタルフライト」を生む素地は、対外債務と人為的な固定相場レートにあるということをしっかり把握しておく必要があるでしょう。
現在の日本は変動相場制を選択しています。さらには、世界最大の対外債権国でもあります。すると、「日本は投機アタックとは関係などない」と思われるかもしれません。しかし、日本経済にとって投機アタックが重要な役割を果たした時代もあるのです。舞台は再び昭和恐慌期の日本――「三井のドル買い」と呼ばれる事件です。
1920年代の変動相場制下で100円=40ドル前後であった当時の為替レートに対し、日本では第一次世界大戦以前の水準である100円=約50ドル(旧平価)での固定相場制(金本位制)への復帰を目指した政策運営が行われ続けました(※2)。そして、民政党浜口内閣の下、1930年1月に、旧平価解禁が実施されます。実勢レートに比べて20%ほどの、人為的円高水準での固定相場制への移行です。その結果生じた経済状況は、デフレ不況の深刻化でした。
しかし、旧平価による金本位制復帰を目指し始めた時点から続くデフレの加速は日本の経済力を極端に消耗させ、その継続は困難であろうとの観測が中心になります。さらには、当時の固定相場制システムの中心国であるイギリスが、1931年9月に固定相場制を離脱すると、「次は日本だ」との観測が強まりました。
さきのX国の例では、海外の投機筋がアタックの主役でしたが、昭和恐慌期の日本でその役割を果たしたのは、国内の財閥系銀行でした。とくに三井財閥によるドル買い投機が主導的役割を果たしたため、「三井のドル買い」と呼ばれています。
このような自国内からの投機アタックに対し、当時の井上蔵相や大新聞は徹底した批判を繰り返します。ドル買いの中心人物である団琢磨(三井合名会長)は「国賊」として非難されました(後に彼が血盟団によるテロの標的となる一因が、このドル買いであったと言われています)。さらには、固定相場制から早急に離脱し、デフレ不況の克服を目指した当時の野党勢力に対しても、(国賊である)ドル買い勢力の利益を代表しているとの批判が行われました。
投機アタックに対する批判は、今日のヘッジファンド批判に通じるところがあります。「大資本が小国の経済を玩具にして、莫大な収益を上げる」等の批判を耳にされたことのある人も多いことでしょう。 しかしながら、投機アタックは本当に批判されるべき行為なのでしょうか? 私はそうは思いません。先に説明したとおり、人為的な為替レート水準は「無から有を生む」魅力的な投資機会を提供してしまうのです。さらに、このような利益追求行動は法的に規制しても、形を変えて同様の活動が行われるだけの話でしょう。
自由主義経済が人々の自由な経済活動を基本とする限り、「人々が儲けるチャンスをみすみす見逃すこと」を前提にした制度には欠陥がある……つまりは、「投機的アタックを起こすような状況を作り出す、政府の責任こそを問うべきである」と考えられます。
信用とは購買力の創造である。シュンペーターは、信用を供与し購買力を創造する役割を担う主体を「銀行家」とよんだ。このテーゼはシュンペーターの経済発展の理論の根幹をなすものであり、彼の独創的見解である。
ここで、注意しておかねばならない重要な論点がある。それは、シュンペーターのいう「銀行家」が、たとえば東京三菱銀行やシティバンクのような具体的な信用業務を担う現実の銀行業者と無縁ではないとはいえ、その本質は信用を供与するという「機能を人格化」した概念である、ということである。それゆえ、信用供与がそれを本業とする銀行家ではなく、家族・縁者、友人、あるいは業種の異なる生産企業体によってなされても、機能としては「銀行家」である。
シュンペーターのいう「企業者」概念についても同じことがいえる。この「企業者」とは、たとえばイギリス産業革命の代表的な担い手の一人であるリチャード・アークライトや日本資本主義の父、渋沢栄一のような具体的な企業人と無関係ではないが、その本質は「新結合の遂行」という「機能を人格化」した概念である。
「銀行家」も「企業者」も、ともに「機能」に着目して概念が構成されている。実体を消し去り、機能を人格化するというシュンペーター独自の概念構成は『経済発展の理論』の際立った特徴である。このことはシュンペーターの理論の本質を理解する鍵ともいえる。この点を明確に論じたのは『不均衡動学の理論』(岩波書店、一九八七)や『貨幣論』(筑摩書房、一九九三)の著者として知られる岩井克人氏である。岩井氏の卓見の一つは、シュンペーターの経済理論は実体を消し去っている、というものである。
岩井氏の指摘は、マルクスとの比較において際立つ。岩井氏は「遅れてきたマルクス」(『経済セミナー』一九八三年二月号)の中で、「資本主義の発展のメカニズムについて、最初にそれを洞察したマルクスは本物だが、遅れてきて同じことをいうシュンペーターは『茶番』だ」と論じている。「茶番」というのは、シュンペーターを軽蔑しているかのような印象をあたえるが、それは岩井氏の意図ではない。
私なりに岩井氏の主張をかみくだいていえば、マルクスとシュンペーターとの相違は実体論と形態論の相違である。マルクスの経済概念は実体へと還元できる。たとえば、「価値」は価値実体として労働量に還元できる。労働量は労働時間に還元できる。また、労働時間において価値を創造している実体は労働力であり、労働力というサービスを提供するのは労働者であり、労働者は階級を構成している。労働力サービスは、資本に従属させられる。資本の実体は労働力の購入にあてられる資金であり、また、その労働力を充当する土地や機械などの生産手段である。資本をもつのは資本家であり、資本家は階級を構成している、といったように、実体がつねに想定されている。マルクスの『資本論』は実体を前提に構築されているのである。マルクスの理論から実体を除去してしまえば、『資本論』を骨抜きにするにひとしい。その骨抜き(岩井氏のいう「茶番」)をシュンペーターは行なった、と岩井氏はいうのである。
なお、『資本論』の骨抜きを日本の経済学者で先駆的に行なったのは宇野弘蔵であることをいいそえておかねばならない。宇野はみずからの価値論を「価値形態論」と銘打った。彼は、マルクスの価値論が価値実体論であることを徹底的に「批判」し、価値形態論として「精密」にしたことを誇る。実体をことごとく取り払ってしまったことをもって価値論を精緻化した、と信じきった人物である。実践を理論から切り離した宇野理論といわれるマルクス経済学は、実践を重んじる共産主義者からはきびしく批判された。宇野理論は象牙の塔の学問として現実から遊離していったが、それは、価値論において実体を抹消した形態論への純粋化志向に起因するものだろう。
岩井氏によれば、同じような『資本論』の換骨奪胎をしたのがシュンペーターであり、その成果が『経済発展の理論』である。岩井氏自身の不均衡動学は、シュンペーターの行なった実体の抹消をさらに徹底させて、それを「差異化」「差異性」という概念で整理しなおして動学理論にしあげたものである。岩井氏は、マルクスが利潤の源泉を剰余価値に求め、剰余価値の源泉を実体としての人間労働に見出したのに対し、その実体論と決別し、シュンペーターの理論をさらに徹底させ、資金も生産手段ももたない「企業者」がその能力だけで行なう「新結合」による他との「差異」を創出することによって生まれる「特別剰余価値(特別利潤)」に、資本主義のメカニズムの本質を見出した。それは論理的に見事な首尾一貫性をもつ主張である。
ただ私には、実体からの乖離志向にどうしようもない違和感が残る。一つには、社会科学者としてのシュンペーターの人生観に則したとき、彼自身、みずからの理論が現状分析のための理論だという姿勢を持ち続けていたという事実がある。そのような本人の意思とは別に、「シュンペーターのつくりあげた理論が本人の意思から独立して実体を抹消したものになっている」という岩井氏の洞察は見事ではあるが、シュンペーター自身は草葉の陰で苦笑せざるをえないだろう。
別の言い方をしてみよう。現実を分析し、現実をよくするという志向をもつことは、社会科学者の職責ではないか。みずからの理論に現実との緊張関係をもたせることが、社会科学を職業とする者の職責ではないか。これは私の価値観なので、このレベルでの議論はつきつめると神々の闘争になり、決着はつかない。
なお、実体から自由な岩井克人氏と、実体にこだわる小生とのかなり長いやりとりは、ふたりの対談「シュンペーターを超えて」(『現代思想』二一巻13号 一九九三年一二月)にある。これは拙著『富国有徳論』紀伊国屋書店版に再録された(なお、紀伊国屋版に収録された対談は『富国有徳論』中公文庫版ではすべて割愛されている)が、興味のあるかたは参照していただきたい。対談から年月がたっているので、ここで少し付言しておきたい。
西洋思想の歴史は、実体概念を軸にすえた古代の哲学から、関数概念や関係論を中心にした近代の哲学へと変わってきた。岩井氏は、実体論として古代哲学の残滓をとどめるマルクスの理論を近代の関係概念から批判的に総括し、そのうえで、シュンペーターの理論も見事に実体からきっぱりと決別した関数的関係論の体系になっていることを見出したのであり、大きな西洋思想の流れを経済学のレベルで実証したものともいえる。その点は高く評価されるべきものである。
ところで、「実体から関係へ」という流れにとどめず、その先を見通していた哲学者がいる。三木清である。三木はみずからの哲学のエッセンスを記した『哲学入門』(岩波新書)において、「実体→関係→形」という流れをつかんでいた。それは近代哲学を超克する志向においてなされたものであり、新しい哲学としての「形の哲学」の構想であった。三木は、新しい「形」をつくる「形成」という営みに人間の本質を見出したのである。いや三木は、人間だけでなく自然においても、その造形活動に自然の本質を見出した。
実体と形とは別のものである。一方、実体のあるものにはかならず形がある。それゆえ、形は実体の本質である。しかし、人間は実体がまだ存在していない形を構想することができる。芸術はその典型である。自然もまた、それまでに存在しなかった新しい形を生む。宇宙誕生以来の一五〇億年の歴史は「造形」の歴史でもある。森羅万象の造形の不思議は「造化の妙」といわれる。
「形」は実体と不可分である。だが「実体」を超越するのである。社会科学を哲学的に基礎づけようとして、共産党と官憲の両者の犠牲になって獄死した三木清の未完の哲学構想を踏まえるとき、実体へのそのままの回帰ではなく、新しい実体(=現実)をつくる人間・自然の本質をふまえ、それを主体的にとらえかえして、新しくよりよい現実(人間・自然の関係)をつくりあげることをもって「使命」と考えることもできよう。
横道にそれた。問題はこうである。購買力を創造する信用は実体としての「物」に根拠づけられていないのかどうか、というものだ。はっきりしているのは、信用が「物」に根拠づけられて発達してきた、ということである。
しかし先進諸国では、「銀行家から企業家への信用の供与」と「企業家から銀行家への信用の返済」は、特に大口取引の場合は現金の授受を抜きにし、帳簿の貸借対照表の数字を書き込んで、資金があたかも動いたかのごとく決済される。つまり、現物の資金が目の前にあるかどうかを問わなくてすむのである。そのことから、信用は物から遊離しているかにみえる。
しかし、完全に遊離しているわけではない。周知のように、一九八〇年代の日本は、銀行が土地投機に資金を提供しバブル経済になったが、総量規制でバブルがはじけ、銀行に不良債権がヤマのように膨れあがった。そして「失われた一〇年」といわれる不況に突入した。そのとき問題にされたのは国際決済銀行(Bank for International Settlements 通称BIS)の定める自己資本比率規制である。BIS規制とは銀行の総資産に占める自己資本比率が一定水準以上(日本では、一九九三年三月以降八%)になることを義務づけたものである。これを達成していない銀行には業務に制約が課せられる。不良債権が膨らんだ日本の大銀行はそれを達成できず、金融界は未曾有の再編時代に入ったのである。一般に自己資本とは純資産のことであり、貸借対照表において資産から負債を差し引いた差額である。自己資本は、資本金や剰余金から構成されるもので金額で表示されるから、貨幣という「物」で根拠づけられているのである。ちなみに、銀行なり企業なり、その活動のもとになる資本とは、土地・労働とならぶ生産の三要素のひとつであり、生産手段(建物、機械など)と、土地や労働を獲得するための購買力の元本である貨幣からなる。現代においても信用は「物」に根拠づけられている。
銀行が発達していなかった時代の購買力の源は、自然発生的に生産物の交換手段の役割を担った「物」である。交換手段の役割をになった物とは、金・銀・銅であり、小安貝のような貝殻、あるいは布帛などであった。世界全体をおおうグローバル経済の出現には、金・銀・銅、なかでも「銀」の果たした役割がきわめて大きい。それについては次回述べるが、今日の世界の経済史家の共通理解であるといってよい。
国防国策は、未来の脅威に備えようと考えるものだ。まず脅威認定が必要だろう。
東アジアには「約言を守る」という西洋近代主義を尊重しない核武装国家が現在二つ存在する(これにさらにもう一国加わるかもしれない)。これらの反近代国家群に一衣帯水で接しているわが国は、西ヨーロッパ諸国とは著しく安全環境を異にする。つまり、わが国はいつ隣の専制政府から非理非道な軍事的迫害、もしくはテロ攻撃を仕掛けられてもおかしくなく、じっさい過去から現在まで繰り返し仕掛けられた。この情勢が悪化しこそすれ、予測し得る将来、好転する見込みがほとんど無い以上は、日本は抑止力として核武装することを急がねばならぬ。
「核兵器は役に立たない兵器だ」と本気で思っている人は戦争が分かっていない。ある国の非核武力は、相手国の首都に届く核兵備を後ろ盾とすることで放胆に駆使されるのである。かりに飛行機や船や地上軍を全部やっつけられても、バックストップとして核ミサイルがあると思えば、専制政府は無謀な作戦を即興的に下令できる。どんなヘマをしても自分の政体が滅ぼされる最悪事態にまでは至らずに済むだろうと信じられるからである。つまり、核兵器は「ただ持っている」ことで非核戦力の威力を数十倍にする。さればこそ、既に核武装を済ませた中華人民共和国は、日本の核武装には絶対反対するのだ。
日本国民で、かつてのヒロシマ&ナガサキの苦しみを再び嘗めたいと思っている者は一人も居るまい。としたら、ますます核抑止力の完成が要望される。
「核抑止力」とは、対話の成り立たない日本の隣国をして、核の第一撃(最初の一発)を、そもそもわが国に対して発射しようという気にさせぬように強いる効果がある兵備のことである。であるから、日本国がいかに狭く、都市が過密であろうと、それは核抑止の兵備が損になる理由とはならない。東京や大阪を第二のヒロシマ、第二のナガサキにしたくはないのであれば、核抑止力を持とうとする国策こそが「安全・安価・有利」だ。
イギリスもフランスもイスラエルもインドも、この核抑止力としての核兵備を、アメリカ政府の反発を尻目に自力で開発し保有した。
イギリスの面積は日本の約三分の二。イスラエルの面積は、東京都+神奈川県+埼玉県+千葉県+茨城県と同じくらいしかない。長野県+岐阜県よりも狭い。その狭い中に原発やら核兵器工場やら基地が点在する。けれども国土の狭さは、核抑止力を持たないで済む理由にはならず、むしろ反対に、国土が狭くて都市の人口密度が高くて核の脅しに脆弱であればこそ、安全・安価・有利な核抑止力は「核兵備」以外になくなるのだ。
核武装は高価だというプロパガンダも、社共勢力が執拗に続けているものだ。しかしこれもウソである。 フランスのGDPは日本の半分以下でしかない。そして国防予算は五兆三六〇〇億円ほど。この、日本の二〇〇五年度の防衛予算より五三〇〇億円ばかり多い金額の中で、フランスは、原子力ミサイル潜水艦と、そこから発射してモスクワやニューヨークまで届く水爆ミサイル、さらにまた長距離攻撃機から運用する核弾頭付きの巡航ミサイルまでを展開し、必要な核抑止一切を具現しているのだ。それらの核抑止手段は、核弾頭も含めてフランスが単独で開発し国産してきた。
ならば過去および現在のフランス国民は、多大な軍事費の皺寄せで塗炭の苦しみに喘いでいるか? ぜんぜんそんな呻吟は聞こえない。
政府によるハイテク軍備への支出は「投資の乗数効果」が国民経済の最上流から最下流にまで顕著にもたらされるものなので、日本の如く土木工事にバラ撒かずとも有効需要が惹起される。しかも土建事業とは違い、ハイテク発注はメーカーに国際競争力をつけてやれる(エアバスやアリアンロケットを見よ)。さらに一層重要な効果として、官民とも、世界と競争をしていける人材が立派に育つのである。成熟社会の人口が逓減モードに入る中で高齢者の高度福祉を実現するには、国民一人一人の生産性、能力を高くしなければならない。これはフランスだろうが日本だろうが同じな筈であるが、フランスの国家指導層はそのために黙ってハイテク軍事投資をすすめ、日本の議員や財界人は「女にもっと子供を産ませろ」と叫ぶのみ。どちらの人材が果たして良質であろう。政府の投資は、このくらい国民の質を変える。遊びでバラ撒くことは致命的な失政になり得る。
「ミサイル防衛」は核抑止力ではない。それは敵国が既に核の第一撃を発射した後の「核戦争対策」だから、安全・安価・有利となるわけがない。そんなことも分からぬ人材ばかりに、日本国はなっている。
フランスの軍事費はGDP比二・六%で、これは工業国家の世界平均三%に並んでいるにすぎない。このフランスの二倍以上のGDPを産み出しているわが日本が、国家の税収を国民経済の最下流である土木工事にただ垂れ流して無駄にしてしまい、GDP一%の軍事費を惜しみ、世界と競争できる人材を育て忘れた。これが九〇年代の「第二の敗戦」の真因であったし、この「第二の戦後」は、日本が核武装しない限り終わりはすまい。
ここ三回の連載では、適切な経済政策の実現を阻む原因について考察してきた。それを集団ごとに整理してみると、政策担当者、国民、メディアとなるだろうか。ここである集団について議論しなければ画竜点睛を欠くというものだろう。それは経済学者、エコノミストである。
経済学者、エコノミストといってもいろいろな人がいる。「教科書にも新古典派があればニュー・ケインジアン的なものもある」(東谷暁『エコノミストは信用できるか』文春新書、二〇〇四年、二五〇頁)。そもそも(私の専門である!)経済学史が教えるのは、専門知の多様性とその内部での対立ではないのか。専門知と世間知の対立というのはあまりに単純にすぎる図式ではないか。そして専門知が分裂・対立しているときには、経済学の専門家ではない人々がどの専門知を利用すればよいのかを判断することは、きわめて難しい課題なのではないか。
これらの疑問にできるだけ答えるのが今回の課題である。
田中秀臣氏の新著『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)は、経済論壇の現在を見渡すのにきわめて有用である。この本を読むと、論戦にはさまざまな次元があるように思われる。第一に、論理と事実――どちらかといえば事実――に欠陥がある議論である。たとえば、一九九〇年代の経済の長期停滞を消費不況に求める議論がある。その証拠として、平均消費性向が下落していることをあげることがある。しかし、ちょっと数字を見てみると、九八年ごろを除けば、九一年ごろから平均消費性向は上昇していることがわかる(田中前掲書、五二頁。もっともこれは消費不況が起きていないといっているわけではない。あくまで平均消費性向を利用する正確さを問題にしているだけである)。私の印象では、論戦の次元の大部分はこのカテゴリーに属する。
第二に、経済学内部の異論、対立である。通常、経済学史はさまざまな学派と学説の交代と対立、共存として歴史を描く。たとえば古典派、新古典派、ケインズ派、マネタリスト、といった叙述である。しかし、第二次世界大戦後の経済学の最大の特徴は、主流派経済学の圧倒的地位の確立である。もちろん主流派のなかでも、市場の不完全性をどの程度に見積もるかによって、現在でも理論の相違はある。けれども、学派という区別が有効なのは、主流というよりは異端の経済学であろう。また主流派経済学の強みは、何といってもその融通無碍なところにある。その実態はノーベル経済学賞を受賞した学者のリストを見れば一目瞭然である。
このことは、経済学の歴史も学派による分類ではなく、別の視点から見なければならないことを意味する。経済学に限らず、学問には二つの側面がある。一つは「体系化された知識そのもの」である。たとえば、経済学でいえばインセンティブ、予算制約、需要と供給、比較優位といった概念がそれにあたる。もう一つは、アルフレッド・マーシャルが「研究の推進機関(エンジン)」と呼んだ側面である。すなわち、知識そのものというより、有意義な理論、モデル、概念を開発・改良していく方法論ないしは研究態度こそが経済学であるという見方である。
もちろん、この二つの見方は対立するものではない。一定の方法論によって生み出され、理論的・実証的検討の後に学界の合意を得たものが「体系化された知識」として定着していくからだ。けれども、その合意事項は、潜在的には常に検討・批判が加えられる可能性が開かれている。この意味で、学問とは、合意と批判を無限に繰りかえす運動に他ならない。
このように考えると、問いの立て方は自ずと異なってくる。専門知は常に多様性に満ちていて、批判や対立をはらんでいる。しかし、批判や対立があるということはまったく合意がないことを意味しない。むしろ、専門知では批判や対立は何らかの合意を前提としている。もちろん、経済学には根本的な原則について異論を唱える人々がいる。たとえばマルクス経済学がそれである(マルクス経済学と反経済学の違いはときとしてきわめて曖昧である。これはマルクスが自らの研究を「経済学批判」と呼んでいたことからも理解できよう)。
とはいえ歴史を見るときに、異なる立場の経済学者でも合意できる例があることは重要である。たとえば大恐慌のころにはI・フィッシャーやJ・M・ケインズだけでなく、シカゴ大学のフランク・ナイト、ジェイコブ・ヴァイナーといった人々も財政金融政策の発動を主張していた。
現在ではどうか? N・グレゴリー・マンキュー(『マンキュー経済学(マクロ編)』東洋経済新報社、二〇〇一年)とロバート・バローのマクロ経済学の教科書(Robert J. Barro, Macroeconomics, Fifth edition, MIT Press, 1997)を見てみよう。ニュー・ケインジアンとニュー・クラシカルを代表するこの二つの教科書は、市場の不完全性をどの程度考慮するかという点で確かに違う。しかし、金融政策と物価の関係については合意がある。ニュー・ケインジアンであれば、市場の不完全性が持続するため、デフレは実物経済に悪い影響を及ぼし、長期的にもデフレ脱却は必要であるとする。一方、ニュー・クラシカルであれば、長期的には物価が貨幣量に比例して決まるという厳密な貨幣数量説が妥当するから、デフレは短期的なかく乱要因の一つにすぎないとする。だとしたら両者とも、貨幣量の操作、すなわち金融政策によるデフレ脱却は自明であるという合意が得られている。要するに、異なる立場から書かれていても同じ結論に達することはあるのである。
それにしても、自ら異端を名乗る人々は別としても、なぜ物価の決定のような基本的なことにすら日本の経済学者、エコノミストの間では合意がみられないのだろうか? もし経済学を利用しない経済学者がいるとしたら、これは謎である。「場合によっては、教科書を執筆した経済学者自身が、ジャーナリスティックにはそれと異なる主張をすることさえあ」り、「日本の経済学者、エコノミストは、通常の経済理論と異なる主張をすることを好む性向がある」という指摘もある(原田泰・中田一良「経済学ではデフレーションを説明できないのか」浜田宏一・原田泰編『長期不況の理論と実証』東洋経済新報社、二〇〇四年、第6章)。
原田・中田両氏はその原因を「圧倒的に数量的分析が少ないこと」に求めている。これには一定の説得力がある。大恐慌のとき、ほとんどの経済学者はマネーサプライ統計を見ずに議論をしていた。しかし、当時マネーサプライという名前を冠した統計はなかったけれども、FRBが月次で発行するデータからマネーサプライ統計を作成することは可能であった。そして当時、自分でその統計を作成したごく例外的な学者は、大恐慌の原因をFRBの金融政策の失敗に求めるという、戦後のフリードマン、シュウォーツの理解にすでに到達していたのである(Frank Steindl, Understanding Economic Recovery, University of Michigan Press, 2004)。
しかし、なぜ日本では数量的分析が少ないのだろうか? ここで興味深いのは『経済セミナー』六〇〇号を記念した八田達夫氏、松井彰彦氏、大竹文雄氏の鼎談である(『経済セミナー』二〇〇五年一月号)。大竹氏は、創刊当時(一九五八年)の座談会を読んで、理論重視で実証軽視という状況は――程度は違うけれども――あまり変わっていないのではないかという感想をもらしている。その当時はマクロ統計すら欠如していた。現在はというと、マクロ統計は充実するようになったものの、パネルデータといったミクロ統計が欠如しているという。
この意見には大いに傾聴すべきところがある。ただし、誤解のないように、実証分析は着実に増加しており、このことは喜ばしいことである。とはいえ、ミクロのデータへのアクセスは制限されているし、マクロ統計もまだまだ学者、エコノミストの関心とは隔たりがあるようである。しかしながら、統計というのは経済学者の努力と関心によって掘り起こされるものであろう。たとえ統計収集が労多くして功少ない作業だとしても、なぜ研究が少ないのかという疑問は残る。
もう一つの可能性がある。田中氏も前掲書で好意的に引用し、先の鼎談でも発言している八田達夫氏の指摘である。それは日本の経済学者には現実を説明し、政策の役に立つような実践的な経済学――これを八田氏はニュートン力学になぞらえている――への関心が薄いのではないかという問題である。昭和恐慌のころも、日本の大経済学者たちは政策提言に対して消極的だった(この点ではドイツ、オーストリアの学界に似ていた)。
では、なぜ政策への関心が薄いのか、という疑問をさらに探求しなければならない。これについては、私自身あまりよい解答がない。もちろん、データの少なさが実証分析への関心を殺いできたということはあるだろう。一〇年ほど前まで経済学の大学院生はきわめて少数であり、専門教育が遅れていたという事情もあるだろう。これが大学外の機関、とくにシンクタンクにおける研究の相対的な少なさにつながっているのかもしれない。この点をさらに解明するには、経済学の知識社会学、あるいは経済学を分析する経済学が必要である。
最後に、専門知が分裂を示している場合に、経済学者、エコノミストでない人々はいかに判断すればよいのか? これもやはり経済学の見方に関わってくる。経済学は異論ばかりではない。まず、どの部分で合意しているかを見極めることによって、議論の見通しはよくなる。もちろん、そのためには、やはり普通の人々もなにがしかの判断材料をもっていなければならないだろう。そのときの判断材料は論理と事実であるが、もっとも有効な判断材料は経済学の合意部分、すなわち教科書的知識であろう。経済学の専門知が分裂しているようにみえるときほど、普通の人々にとって教科書的知識の正確な理解は重要になる。
内閣府の調査によれば「夫は外で働き妻は家庭を守るべき」とする意見に賛成が四五・二%、反対が四八・九%。昭和五四年に調査が始まってから、初めて反対が賛成を上回った。調査開始時の賛成は約七二%。平成四年でも六〇%が賛成だった。男女別で見ると、男性は賛成五〇%、反対四三%、女性は賛成四一%、反対五三%。また、女性が職業を持たないほうがよいとの回答は二・七%。子どもができた後も職業をもつほうがよいという意見は七五%。
「古いと思われるかもしれませんが、家内が外で働くのは嫌なんですよ。子どもだってまだまだ小さいし、共働きしなければならないような経済状況でもありません。いや、私はなにも、女性を家に縛りつけたいわけじゃあないんですよ。子どもと一緒に何かけいこ事をはじめてもいいし、ボランティア活動とか趣味を広げるとか、わざわざ働きに出なくても、やることはいっぱいあるでしょう」
相談者は三〇代後半男性。大手企業のサラリーマンで年収九五〇万円。五歳の長男と三歳の娘があり、実家の援助で郊外に素敵な一戸建ても購入した。絵に描いたような幸せな家族である。彼の妻は三六歳の専業主婦。
「そもそも専業主婦というのはですね、憧れの存在だったんですよ。昔は、専業主婦になれるのはお武家さんとか、ちゃんと番頭さんがいるような大店の奥さんくらいなもので、普通の家の嫁というのは立派な労働力だったんですよ」
はい、そのとおりですね。ついでにいえば、当時は子どもも立派な労働力でした。しかし、そんな昔の話をされても、今を生きる女性に対してなんの説得力もない。
「経済的にも不自由のない生活なのに、なぜ、家内は仕事をしたいと言い出したのでしょう?」
それは、彼女たちは自分の居場所を家庭だけでなく社会的にも欲しいと願うからだ。少し古い言い方をすれば、仕事で自己実現しようと考えているからである。
「でも、家内は特別な資格も持ってませんし、三六歳からまた仕事を始めてもロクな仕事に就けるわけがないんです」
彼の基準ではそうかもしれない。彼の考えるロクな仕事とは、専門職や一流企業の正社員になることを指す。しかし、彼の妻は、大手町のオフィス・ビルで働くより、近所の洒落た輸入雑貨の店で働くほうがマシな仕事だと考えているかもしれない。そもそも安定した生活を営んでいる主婦にとっての仕事とは、安定や収入は二の次であって、自分の趣味・志向に合うことが大切であり、彼の言うロクな仕事など初めから眼中にはないのである。
ところで、彼はなぜ、これほどまで妻が働くことに抵抗感を持つのだうか? それは、妻が外で働くことによって、彼女自身の意志を持つのが嫌なのである。
不思議なことに、多くの日本人男性は意志を持つ女性が苦手だ。自己主張しない従順な女性というのは、いまだに日本人男性の憧れであり好みでもある。
いまやこの話題抜きには商談もまともに進まないとまでされる企業社会の必携アイテム「愛の流刑地」通称「愛ルケ」にも、五五歳菊治の思い通りに動く三六歳の人妻冬香という女性が登場するが、こんな話が大企業の幹部連中の心をかき乱しているかと思うと情けない。そこには、日本の男がいくつになっても成熟を望んでいないことも見てとれる。会話もなくただセックスに応じるだけの冬香にメロメロになっている中年および初老の企業戦士と、パソコンゲームの中にいるロリコン顔で胸が大きい女性キャラにしか興味を持てない秋葉系オタク青年の性根は実は同じである。
成熟できない日本。それは、成熟した女性に魅力を感じない多くの日本人男性に原因がある。もちろん、女性の好みはなかなか変わらないもので、成熟した女性を好きになれと言われても、分かりました、好きになりますとはいかないのだが、日本女性は過去三〇年以上にわたって、自発的に意志を持とうとしていることは理解したほうがいい。
そのうえで、ウソでもいいから「意志を持つ女性は魅力的だ」と公言しておいたほうが周りの女性からの評価は上がるだろう。冬香のような女性は文字通り幻想であるし、都合がいいだけの女性に憧れる男性は、女性から見たらカッコ悪い存在だと知っておいてほしい。
あるとき、番組で経済小説家の高杉良さんをゲストにお迎えすることになって、どんな作品を書いていらっしゃるのか事前に勉強しようと思ったのが、私と経済小説の出会いでした。
それまでも本は好きで、いろいろと読んではきたものの、「経済」「経営」は大の苦手。とっつきにくいので、敬遠していたのですが、仕事ということでいい機会だと思ったんです。
選んだのは『小説 ザ・外資』『金融腐食列島』『青年社長』の三冊でしたが、もののみごとにハマりました。『ザ・外資』(講談社文庫)など五〇〇ページを超える厚さでしたが、一晩で読了。妹や友だちにも、読んでみてと薦めたほどです。
私を魅了したのは、繰り広げられる濃密な人間ドラマと、ドロドロした男くささ。大企業を動かす男の人たちって、こういう思考や行動をするのか!――というのが新鮮な驚きでした。それに、出来事や会話がフィクションとは思えない圧倒的なリアリティを持って迫ってきます。例えば『ザ・外資』は、ある銀行の破綻をめぐって暗躍する外資系金融機関やファンドの話ですが、それまで今ひとつピンとこなかったそういう世界が、経済オンチの私にもよーくわかりました。ストーリーが生き生きとしていて引き込まれてしまうので、どんどん先に進めるのです。
こういう男の人の姿を小説で読んだことで、父(ある企業のビジネスマン)が昔からよく家で仕事の話をしてくれたことの意味がわかったような気がしました。もちろん幼い頃の私には、話の内容はほとんどわかっていなかったのですが、仕事と格闘する父の情熱と苦労が、今なら理解できます。
もう一つ、高杉さんの小説を読んでよかったこと。番組のゲストとして、『青年社長』のモデルになった渡邊美樹さん(ワタミフードサービス社長)にお会いしたいとお願いして、実際に渡邊社長のオフィスに取材に行くことができました。本物は、小説以上にステキだったな。
最後に声を大にして推薦します。「男くささ」を十分に味わいたかったら、経済小説はいかがでしょう。
(枝廣、以下同)翻訳しながら驚いたのは、三〇年前のシミュレーションがほぼ正確に今日の状況を言い当てていたということです。人口の増加(一九七二年の三九億人から二〇〇〇年の六〇億人)をはじめ、食糧増産、地球資源や汚染の状況まで、いまの地球環境を恐ろしいほどリアリティのあるシナリオとして提示していたんです。
逆に言えば、「成長の限界」の警告に対して、私たちは耳を貸してこなかった、人間は地球環境に対して、本質的な対策を打ってこなかった、とも言えます。
今回、著者のデニス・メドウズ教授らは、地球環境に関するデータを集めることに相当苦労したようですが、それらに基づく今後のシミュレーションを見るかぎり、地球の未来は明るいとは言えません。私たちがこのまま何もしなければ、人間の活動に必要な資源を提供してくれる供給源、また、汚染や廃棄物の吸収源の両方が減退していくからです。経済を含む人間の活動は、すでに地球の扶養力の限界を超えてしまっているのです。
あります。
データから見えることで言えば、人口の増加率が緩やかになったこと。
それから、本書で紹介されているように、オゾン層の破壊といった問題に対して、国や政治の枠組みを超えて、各国が協力し合い、被害を最小限に食い止めた経験を挙げられるでしょう。研究者、NGO、リーダーシップを持った政治家、そして、企業家など、それぞれのプレーヤーが、問題意識を共有し、役割を的確に果たした。まさに、希望の物語です。
いま、盛んに議論されている「京都議定書」も、あのときの精神、そして、成功体験を思い出せば、大きく前進できると思うのですが。
ここ数年、経済の脱物質化が著しく進んでいると思います。これも大きな希望です。すなわち、同じGDP(国内総生産)を上げるのに必要な物質資源が減っているということです。
人間の本性として、成長を否定すること、たとえば、環境のためにGDPを下げるということは難しい。
そうではなくて、経済は成長する、もちろんGDPは増える、しかし、それに必要な物質資源は増えないという、新しい経済のあり方が模索されていますし、成果も出始めています。これは、単にそのための新しい技術を開発するということではなく、経済やビジネスのシステムそのものを変えていくことを意味します。
私は、ときどき環境関連の国際会議などで通訳のお仕事をさせていただきますが、会議が終わった後などに、よく海外の研究者の方々から「日本はどんな取り組みをしているのか」と尋ねられることがあります。
そこで、日本企業や地域のコミュニティ、また、環境関連のNGOなどの、環境に対する取り組みやビジネスの状況をお話しすると、とても驚かれます。
「日本はそんなに進んでいるのか」というわけです。多少余談ですが、日本の江戸時代などを調べていくと、完全循環型の経済、持続可能な企業の仕組みという意味で、参考になることがたくさんあります。
そんなこともあって、日本の環境情報を英語で世界に発信するNPO、ジャパン・フォー・サステナビリティー(JFS)を立ち上げたのです。
個々の取り組みによいものはたくさんあるのですが、やや個別最適に陥る傾向があるように思います。大きく日本をどうしたらよいのか、持続可能な社会をどうつくるか、といった視点に欠けることが少なくない。その意味で今回の『成長の限界 人類の選択』は、ビジョンを共有し、環境に対する取り組みの方向性を確認するという意味でとても参考になると思います。
D・H・メドウズ、D・L・メドウズ、J・ランダース、W・W・ベアランズ三世著
大来 佐武郎監訳
●一六八〇円(税込み)●4-478-20001-7
制約条件の理論(TOC)の提唱者、エリヤフ・ゴールドラットの待望の新刊『ゴールドラット博士のコストに縛られるな!――利益を最大化するTOC意思決定プロセス』がこの三月に出版された。博士の翻訳書としては、“ザ・ゴール”シリーズ四作(『ザ・ゴール』『ザ・ゴール2』『チェンジ・ザ・ルール!』『クリティカルチェーン』)に続く五タイトル目になる。
これまでの著作には、“ボトルネック”“ドラム・バッファー・ロープ”“思考プロセス”“プロジェクト・マネジメント”など、それぞれ固有のテーマがあった。そして、今回は、“インフォメーション・システム”という新たな領域に議論は及んでいる。今日の企業活動にとって「情報」が不可欠な要素であることは誰にも否定できない事実であろう。そして個々の企業は、インフォメーション・システムの構築に多額の資金を投じ、日々情報の収集に躍起になっている。だが、そのアプローチ、手法は適切な方法をもって行われているのだろうか。今日、インフォメーション・システムと呼ばれているツールの多くは、実は単なるデータ・システム、データバンクでしかないと博士は指摘している。
"The Haystack Syndrome"(ザ・ヘイスタック・シンドローム)――これが、本書の原書の題名である。英和辞典でhaystackという言葉を引くと、「大きな干草の山」などという意味が載ってるが、まさに今日の企業には、干草の山のようにあふれんばかりの情報が与えられている。まるで、できるだけたくさんの情報を集めることこそが究極の使命のようにさえ思えてくる。その大きな干草の山の中に細いピンを一本落としたら、いったいどういうことになるだろうか。見つけようと思っても、そう容易に見つけられるはずがない。いや、はたして運よく見つけることができるかどうか、それさえ疑問だろう。これと同じように、膨大に与えられた情報量を前に、私たちはいったいどうしたらいいのだろうか。収集した情報すべてが一律に重要なのだろうか。いや、そうではない。本当に重要な情報、必要な情報はその中のほんの一握りだけだと、ゴールドラット博士は強く唱えているのだ。どの情報が重要なのか、その情報をいったいどのように識別して取り出したらいいのか――その答えを出すのが、インフォメーション・システムの本来の目的であり、企業の継続的繁栄にとって真の鍵となるというのである。そのプロセスで重要になってくるのが、従来のコストワールドと博士が提唱するスループットワールドの考え方の違いである。コストワールドにおいてはすべての情報、すなわち積み上げられた大きな干草の山すべてが重要であるのに対し、スループットワールドではそのほんの一部、一握りの限られた情報だけが重要なのである。
言うまでもなく、会社の「ゴール」は、コスト削減でも改善でもない。現在、そして将来にわたりより多くのお金を儲けることである。だが、今日の企業カルチャーは、いまだにコストワールドにどっぷりと浸かったままである。コストワールドには、我々を誤った意思決定に導いてしまう「落とし穴」が待ちうけている。これでは、出せるはずの利益も出せなくなってしまう。企業は、一日も早くこのことに気づかなければならない。
例えば、本書の中では、製品Pと製品Qという二つの異なる製品を例にして、従来のコストワールドに基づいた場合と、スループットワールドに基づいた場合の最適プロダクトミックスについてシミュレーションしている。これが実に面白い。まったく逆の結果が出てしまうのである。スループットワールドがコストワールドに基づいた従来の常識をことごとく覆していくさまは、まるでドラマを観ているような痛快感さえ与えてくれる。
博士の理論は、実にシンプルである。そのシンプルさに、なるほどと私は何度も頷かされてきた。その一方では、正反対の意見も多々あるようだ。「そんなこと常識だ」、「前からわかっていたことじゃないか」といった類の意見や批判が少なからずあるのだ。しかし、私はこうした意見や批判を逆に“褒め言葉”だと考えている。博士自身、自分の理論はシンプルで常識的なこと、考えればすぐにわかることだと言っている。もともとビジネスの専門家ではなく物理学者であるゴールドラット博士だからこそ、企業マネジメントに対する先入観なしに自然の摂理という目で観察し、現代企業の矛盾を的確に観察できたのではないかと考える。
負け組、勝ち組という言葉は近年、とみに反感を買う言葉のひとつのようである。単に人生に勝ち負けを持ち込むことの是非だけが反感の理由ではない。むしろ人生は勝ち負けだと考えている人たちこそが勝ち組という言葉に反感を感じている。かつて負け組だと思っていた者との立場がいつのまにか逆転してしまった、自分は逆に負け組になってしまったという現象が反感の陰にある。それほどかつての勝ち組の立場は、近年、地盤沈下してしまっている。
同じ業界、同じ企業の中でも勝ち組と負け組は逆転している。日立、東芝といった大手電機メーカーが負け組になる一方で、ローム、村田製作所といった部品メーカーが勝ち組になる。一流の都市銀行に残ったエリート候補が負け組になる一方で、早くから新興企業の取引先に転籍した者が勝ち組になる。花形と思われた販売部門がまったく利益に貢献できなくなる一方で、ロジスティクス部門が最大の収益源とみなされるようになる。こうして見回すと、世の中どこも勝ち組は、かつてライバルとも思っていなかった面々で占められているではないか。そこには勝ち組という言葉への反感の最大の理由がある。
しかしこの逆転は、いまや本質的なトレンドになろうとしている。今回『逆転戦略』という著書の中でウィルコム(旧DDIポケット)を新たな勝ち組候補として取り上げたのは、この逆転のトレンドに注目したからである。以前から、そのサービスの優良さと低いコストポジションから、漠然とこの企業は優良企業であろうとは考えていた。そのウィルコムに、米国のファンドが大規模な買収をしかけたと聞いたのが昨年の六月のことだ。
米国のバイアウトファンドが好んで投資するのは、過小評価されている勝ち組予備軍である。周囲はかつての負けを記憶していて、その者を負け組だと誤認識している。ところが、外資の有利な点とでも言おうか、過去の負けの記憶が鮮明でないだけ、フェアな価値感でその企業を判断できる。その認識差が、投資家としての大きなリターンをもたらすことになる。
ウィルコムに投資をしたのは、IBM元会長ルイス・ガースナーひきいるカーライル・グループ。世界最高水準のリターンを生み出すファンドとして知られる精鋭集団だ。カーライルがウィルコムに投資したと聞いて、私の好奇心は沸き立った。漠然と良い企業だと思っていた以上の何かがウィルコムにはあるのではないか。なぜカーライルがウィルコムに投資したのか、私の興味はその一点に集中した。
取材を重ねるうちに見えてきたのは、思わぬ逆転の鍵となる要素、電波資源の枯渇というキーワードである。これこそが、ウィルコムを将来の勝ち組に押し上げる鍵になるのである。どういうことか。 ソフトバンクの孫正義社長が携帯電話に参入しようとして総務省と戦っている。ソフトバンクの新規参入により競争が増えて消費者に利益をもたらすと主張する孫氏に対し、総務省はかたくなに電波の再配分を認めようとしない。なぜなのか。すでに総務省が捻出した電波資源だけでは、NTTドコモ、auといった既存の携帯電話ユーザーが必要とする電波をまかなうだけで精一杯なのである。音楽、画像など容量の大きなデータの通信が今後、大きく増加していくにもかかわらず、回線量の増加は少量しか見込めないのである。
もともと総務省が携帯電話会社に電波を認可した当時には、ここまで携帯が普及し、かつここまで違った使われ方で電波資源をフル利用するとは考えられていなかったに違いない。事実、筆者が一九九七年頃に大手携帯電話会社のコンサルティングを行っていた当時は、予想される将来の総トラフィックの大半はあいかわらず音声であると想定されていて、少しだけでもデータ通信の需要を伸ばすにはどうしたらよいかといった議論がなされていた。NTTドコモがiモードを開始したのはその二年後である。わずか二年で、携帯用電波を利用する主役が音声からデータへと移行の兆しを見せる。その結果、モバイル通信に用いられる電波の資源は枯渇するところまで来てしまった。
ところがもし、この電波資源の利用効率が携帯電話に比べて、一〇〇倍高い技術方式があるとしたらどうだろう。携帯電話でこれ以上のデータダウンロードが不可能になっても、まだ一〇〇倍のデータがダウンロードできるとしたら。そう、その技術方式こそ、京セラが後押しし、カーライルのトップたちが目をつけたPHS技術にほかならない。ここには思わぬ逆転劇の端緒を見出した人々が存在するのである。
この逆転劇がどれほどのものか、ぜひ拙著をご一読いただきたい。おそらく多くの方がPHSを負け組だと認識されていることと思う。携帯各社が現世の勝ち組だと。そこに今、逆転劇の舞台が幕をあけようとしているのである。
鈴木貴博:監修
●一七八五円(税込み)●4-478-31213-3
日本では、株と聞くと「株をやる」「株などやっていない」という言葉で表されるように、「やる」ものだという風潮が強い。そのため、せっかく将来大きく成長する株を買っても、少しの値上がりで売ってしまう。だから、株式ブームが起きるたびに、それなりの小金持ちが出てくるが、下げ相場になると消えてしまうことも多い。
ウォーレン・バフェット氏は、純粋に株式投資だけで全米第二位(一位はマイクロソフト社のビル・ゲイツ会長)の大富豪になり、その意味では世界で最高の投資家と呼べる人物である。弱冠二五歳でパートナーシップ(投資クラブ)を設立し、今ではなんと日本円にして四兆円もの資産を株式投資だけで築き上げているのである。
しかも、驚くべきことは、彼の投資法はごくごくオーソドックスなものであり、特に目新しい手法や秘中の秘といった方法などとはまったく関係がない。愚直なほど企業を調べ、経営者をチェックし、企業の株価が実体価値より下がったところで買うだけである。
彼の有名な言葉は数多いが、なかでも有名な言葉は「買うのは企業、株ではない」であり、文字通り彼は企業を買っているため、たとえ株式市場が閉鎖されたとしても、少しも困らないという。それどころか「できれば株式を購入したら、その後の数年は無人島にでも行っていたい」というほど、企業の実力や将来を信じて投資しているのである。「もし将来売ることを考えているのなら、そんな株はたった一〇分でも持っていてはいけない」という言葉もあるほど、いったん保有したら徹底的に長期に保有することでバフェット氏は成功してきた。
とかく投資家は目先の華やかな値動きの株に目を奪われがちだが、バフェット氏は「自分が理解できないものには手を出さない」し、市場の目先の値動きのことを「ミスター・マーケット」と名付けて「ミスター・マーケットは値が上がると買え買えと叫び、下がると売りだ売りだと騒ぐ」ので一切耳を貸さない。
「貯蓄から投資へ」と国の方針も決まっていることだし、株式投資の意味を理解するためには、やはりバフェット氏の考え方を知ることが一番であろう。
ロバート・P・マイルズ:著 三原淳雄/小野一郎:訳
●一八九〇円(税込み)●4-478-63098-4
ジェラルド・ザルトマン著
藤川 佳則/阿久津 聡訳
●二九四〇円(税込み)●4-478-50216-1
「顧客の気持ちが読めない」「顧客の本音がつかめない」という声が、企業経営の現場で聞かれるようになって久しい。しかし、マーケティング調査を重ねても、分かりきった事実やあたりまえの結果しか出てこない。現場の担当者のみならず、既存のマーケティング手法に限界を感じる人は少なくないだろう。こうした問題に真正面から取り組む新しいマーケティング・パラダイムが「心脳マーケティング」である。この新しい試みには次の三つの特徴がある。
第一は、顧客の心の奥底にあって言葉で表現することが難しい「暗黙知」や「無意識」に焦点をあて、深層レベルの心や脳の働きを意味する「心脳」という概念を通じて、新たなマーケティングのあり方を模索している点である。
我々は、自分の思考や感情についてよく知っていると思っているが、実際には大部分を気づかずに過ごしている。自覚しているものは全体の五%にすぎず、無意識のものが九五%を占める。本書の著者であるハーバード・ビジネススクールのジェラルド・ザルトマン教授によれば、従来のマーケティングは、顧客自身が自覚し、表現しやすいこの五%をとらえようとしたもので、残り九五%は手つかずであった。心脳マーケティングとは、この九五%を少しでも深く読み解こうとする試みである。
第二は、認知心理学や脳神経科学など、一見ビジネスとは無縁な先端領域における研究成果を、マーケティングに応用している点である。ザルトマンは、こうした複合領域における最新の知見に目を向け、従来のマーケティングの前提条件や思考様式を根本的に問い直すことによって、はじめてその限界を超えることができると謳う。
第三は、最先端の学術成果を応用しながらも、ビジネスの現場で利用可能な手法として発展させた点である。ZMET(ザルトマン・メタファー表出法)や、レスポンス・レイテンシー法、ニューロ・イメージング法などの革新的な手法は、いずれも心理学や脳科学などを強固な基盤としながら、産学協同調査やコンサルティング事業の中で活用されている。本書にはそうした事例が多数紹介されている。
残念ながら、日本ではまだこのような事例が数多く試みられているわけではない。しかし、世界に目を転じれば、こうした学際的なアプローチを実行に移しているマーケターは確実に増加している。本書の出版が起爆剤となって、先端分野における活発な産学交流が進み、日本発の成功事例が増加することが、訳者としての望みである。
(一橋大学大学院 専任講師 藤川 佳則)
2
芝虫こと藤代浩介専務は、行きつけの寿司屋に行くと言い出した。
「佐藤先生の車は、私の後について来てください。距離は、5、6キロでしょう」
「分かりました」
佐藤詠美はにっこり笑い、レガシーのセダンに乗り込んだ。黒塗りの車である。役員車によくあるような事務的な色調なのに、喪服を着た女性に見られるような気品を醸し出していて、かえって詠美の華やかさが一層際だっている。強い紅色と緑色を染め上げた花柄のスカーフがリア・ウィンドから、少し覗いて見えているからかも知れない。
堀越と重成は、浩介の車に乗った。重成は詠美の車に同乗すると言ったのだが、「お前もこちらに乗れ」と浩介が命じたのだ。
浩介は走り出すやいなや、助手席に乗せた重成にちらりと目をやって、「お前、仕組んだな」と言った。
「えっ、何のことですか」
「あの美人先生さ」
「はあ、佐藤詠美さんがどうかしましたか」
「どうしましたかも何もあるか。彼女があのゴルフ練習場に偶然来ているはずはない」
「はあ?」
「車は品川ナンバーだ。そんなナンバーの車でこの練習場にやってくることはない」
「そうですね。そう言えば変ですね。何か事情があったのかも知れません。例えば、この練習場に所属するプロに、昔、教わっていたとか」
「いい加減にしろ。お前はよく口から出任せを言うな。俺はあの練習場のプロを全員知っているが、俺が教わっている北田先生以外には、わざわざ東京から教わりにくるほどの人はいない。北田先生の生徒を、俺はほとんど知っている。特に女性なら全員知っている」
「それじゃあ、通りがかりに急にゴルフの練習がしたくなったんでしょう」
「トイレじゃあるまいし、通りがかりにゴルフの練習をしたくなる奴がいるか。馬鹿なことを言っていないで、白状しろ。俺に会わせるために、彼女を呼んだんだろう」
堀越が口を挟んだ。
「おい。重成君、どうなんだ。専務がおっしゃるとおりなんだな」
一瞬、沈黙があった。
「はい。ご明察です」
重成があっさりと白状した。
「堀越取締役は知らなかったのか」と浩介は意外な声を出した。「グルだと思った」
「知りませんでした。私は今夜中にとにかく専務とお話をしたくて、重成君の情報によってゴルフ練習場まで専務を追いかけてきただけなんです」
「すみません」と重成が謝ったが、口ほどには気にしているようには見えない。
「まあ、いいさ。美人だから許す。あの先生はそもそもゴルフなんかしないんじゃないか。俺に会わせるために、あんなお洒落なゴルフウェアまで買わせたのかい」
「いやそんなことはありません。あの人はゴルフを」と重成は言いかけたが、浩介は皆まで言わせず、「まあ、そこまでしても、私に話を聞いて欲しいということだろう。好意的に受け取っておくよ」と結論づけた。
「こうなったら、今夜はじっくりと話を聞かせてもらおう」
「ありがとうございます」
堀越と重成は同時に頭を下げた。
目的地の寿司屋には5分もかからなかった。浩介は、後から詠美の車がついてきていることを確認すると、左折して駐車場に入った。詠美の車が続く。
入り口の雰囲気からして、いかにも高級そうな店である。その暖簾を重成がうれしそうに見上げた。いまにも涎が垂れそうな顔である。
3
「今日は話があるから座敷にする」
店に入った浩介は、「へい、毎度」と威勢のいい声を出す店主に宣言した。
店内は、カウンターに男同士のふたり連れが1組いるだけである。
「いまご用意します」
店主は慣れた様子で、奥の間の唐紙を開く。こぎれいな和室が現れた。
部屋の準備はすぐに整った。
浩介は詠美を奥に座らせ、自分はその前に陣取った。詠美の隣は堀越、浩介の隣は重成である。掘り炬燵式に足が下ろせるようになっていて、詠美も楽に座れた。
「いま、車のなかで重成君が白状しました。先生、もうお芝居は必要ありません。私のためにわざわざお越しいただいてありがとうございました。今夜は、じっくり先生の話を伺います。お飲みになれるのなら、先生も大いに飲み、語ってください。運転代行を呼びますから、車のほうは心配要りません」 「遠慮なくいただきます」
詠美が言った。さっぱりした言い方である。
「じゃあ、乾杯だ」
4人はビールのグラスを掲げた。
「経過を説明します」
注文した盛り合わせを待つ間に、まるで会議の開会を告げるように重成が口を開いた。会社の会議は飲み会のようにやるくせに、飲み会では、会議のような司会をする妙な男である。しかも、説明は上手だ。食品スーパーであるフジシロが総合スーパーのプログレスと提携した経緯、藤代浩二郎の急死と謎の言葉、上町サイトでの共同出店計画とプログレスの出店表明の疑惑などが、ニュース解説者の話のように要領よく話された。
「その共同出店の提携契約には法的な意味はありませんね」と途中で詠美が一度だけ口を挟んだ。 「我が社の顧問弁護士も同じ意見です」と堀越。
「意味のない提携契約で安心させて食らいつく。それがプログレスのやり口です」と詠美は言った。「私のゼミの学生は流通業界に多数就職しています。そのなかに、プログレスに取り込まれた会社があります。それも共同出店を餌に釣り上げられたのです」
穏やかな詠美の顔に、ちらと怒りの影が走った。
「ひどいものだ」と浩介がうなった。「それにしても、あの用心深い父が、なぜそんな手に引っかかったのだろう」
「共同出店によって、フジシロの将来が安泰になるとあまりにも強く感じた、だから、ほかのことが見えなくなったのでしょう。そして『欲惚け』と感じて自分を責めたのだ、というのが重成君の意見です」と堀越がため息をついた。
「親父らしい」と浩介がうめき、焼酎を手酌でグラスに注いだ。「責任感の強い人だったから、自分の失敗がフジシロの社員たちに及ぶと考えて堪らなかったのだろう」
「このままでは」と重成は司会役に戻った。「上町サイトでの共同出店はなくなり、当社は、300メートル離れた中央店でプログレスが撤退した抜け殻の2階、3階の2フロアを抱えたまま、上町にできるプログレスの新店と戦うことになります。それを避けようとして山田会長の申し出を受ければ、フジシロは永遠にプログレスの傘下の食品スーパーになります」
「傘下には留まれないでしょう。プログレスは、傘下に入れた企業を、いろいろな理由をつけて併合していきます。徳川幕府が外様大名に言いがかりをつけて徐々に潰していったのに似ています」と詠美が言った。
「専務、やはり上町とその後の共同出店路線を捨てても、フジシロは独立独歩で行きましょう。フジシロ社員全員の願いです」と堀越は言ったが、浩介は堅い表情だった。
「そう景気のいいことを言ったって、現実は非常にきびしい。当社ナンバーワンの収益店の中央店が赤字に転落してしまう。そのうえ」と浩介は天井を仰いだ。「もし当社が提携関係を絶てば、報復の意味も込めて、プログレスは独自で食品スーパーを展開してくるかも知れない。つまり、当社は出店領域のすべてでプログレスと全面衝突することになる。そんななかで当社は生き残っていけるだろうか。相手は大資本だ。しかも、デパ地下のような売り場を作っていくと山田会長が宣言しているとおり、いままでとひと味違う店を出してくるのは目に見えている。フジシロが、それに対抗していけるだろうか。GMSが実質的なデパートだとしたら、デパ地下風に店を作り替えるのも、我々より上手なはずだ。我々はとても敵わない。打ち負かされてから軍門に下ったのでは、会社は買いたたかれるし、経営者や社員たちは敗残兵としてひどい扱いを受けるだろう」
しばし、沈黙が支配した。
重成は、少し前に出された刺身盛り合わせを食べている。堀越は焼酎のオンザロックを嘗めたが、浩介はぐいぐいとグラスを空けては焼酎を注ぎ足しつつ言った。
「自信が持てないのに、やってみることは無責任だと思う」
「専務、そんなことをおっしゃっては困ります」
堀越が言ったが、その先が続かない。重成も何かを言いたそうだが、言葉が出てこない。
「デパ地下などを恐れてはなりません」
詠美が、穏やかだが確信的な口調で言い出した。浩介に自信を持たせよう、励まそうという様子に見えた。
「デパ地下は、所詮、よいスーパーマーケットの敵ではありません。浩二郎社長も、いつもそうおっしゃっていたでしょう?」
「確かにそうは言っていた。でも、俺には親父の言った意味が、よく分からない」
「専務、安心してください。佐藤先生が教えてくれます」と言う重成に、浩介は無関心な目をちらりと投げ返しながら何も言わず、その代わりとばかりに焼酎をあおった。
詠美が話を続けた。
「プログレスはGMS(総合スーパー)の分野ではそれなりの実績を持っていますが、スーパーマーケット(食品スーパー)の分野では、フジシロに敵いません。止まった球は打てないのです。また、デパ地下も恐るるに足りません。それがどういうことかということは、私が浩二郎社長のお考えを専務に責任を持ってお伝えします」
詠美は優しい口調で諭すように話したが、浩介は焼酎のグラスを見つめたままだ。
「上町での共同出店の話が壊れたのは、すでにできてしまった間違いです。断念するのがいいのではないでしょうか。林に打ち込んだショットを悔やみ、一発で取り戻そうとすると、かえって大きなミスに結びつく。林の真横のフェアウェイの打ちやすいところに戻すのが第一です。すでに起こしてしまったミスはミスとして1打の損に留めましょう」
ぎろりと浩介が詠美を見たが、まだ黙っていた。
「それから、デパ地下風の売り場は、住宅地の普通のスーパーマーケットにふさわしいものではありません。スーパーマーケットが目指す旗は、『普段の食生活』というグリーンのうえに立っています。差別化という名の下に、デパ地下風の売り場を目指すのは、『特別のご馳走』という隣のグリーンです。よく差別化と言いますが、スーパーマーケットがデパ地下を目指すのは差別化ではない。隣のグリーンを狙うように馬鹿げたことです」
「おい」と浩介が、重成を見た。少し目が血走っている。
「どうして学者の先生に、スーパーマーケットの作り方が教えられるんだ」
「それは」と重成が言いかけたが、皆まで言わせず、浩介は「そればかりではない。この先生は、どうやらゴルフまで教えてくれそうだ」と言って、それから詠美を見た。
「先生、随分、正論をおっしゃいます。確かに林に打ち込んだボールは、特別のことがないかぎり、出しやすいフェアウェイに戻すのが一番だ。また、隣のグリーンを狙うのは、差別化ではなく逃避だ」
浩介の呂律が少し乱れた。どうやら、テンションの高い状態で飲んだアルコールが効いてきたらしい。
「分かりました。先生、スーパーマーケットについて教えてください。でも、そのまえに、ぜひゴルフのご指導を賜りたい」
「専務、それは」と堀越が言ったが、もう浩介は聞く耳を持っていなかった。
焼酎のせいか、ストレスのせいか、浩介の言動はいつもより荒っぽい。
「明日、やりましょう。午前7時半に戸高カントリークラブのフロントに来てください。いいですね。あとのメンバーは、このふたりだ」
「えっ、私もゴルフをやるんですか」と重成が頓狂な声を上げた。「10年振りです」
「参ったな。午前中に来客があるんだが」と堀越が言った。
「いいわ。伺います」
チャレンジを真っ正面から受けたのは詠美だった。
風を巻くような勢いで浩介が立ち上がった。
「帰る」
そう宣言する声に、「ちょっと待ってください。運転代行を至急呼びますから。後、そうですね。20分ぐらい待ってください」と寿司屋の店主の慌てた声が聞こえた。
「よし、待つか」と浩介はどっかと座り直した。
「専務、あさっては山田会長とゴルフでしょう。連続ですか」と重成が言った。
「俺はゴルフを通じて仕事をする」と浩介は返した。芝虫宣言であった。
(つづく)
去る二月一六日、京都議定書が発効した。発効のための二つの条件((1)五五カ国以上が批准する。(2)先進国[附属書I締約国]の温室効果ガスの総排出量に占める批准先進国の排出量の割合が五五%以上となる)のうち後者が、昨年一一月のロシアの批准により満たされたため、その九〇日後の今年二月一六日に発効したわけである。
二〇〇一年三月二八日、ブッシュ大統領が京都議定書からの離脱を宣言したのは、次の二つの理由によるとされている。第一、発展途上諸国に義務を課していない京都議定書は不完全である。第二、議定書はアメリカ経済をそこなう内容である。さらに、同年六月一一日、ブッシュ大統領は「京都議定書には致命的な欠陥がある」との声明を発表し、アメリカの議定書離脱の意志が強固なことを表明した。大統領の言う「致命的な欠陥」とは、いったい何を意味するのだろうか。右に要約して記した二つの理由は、いずれも「致命的」というほどのものではない。EUとアメリカの板ばさみ状態に置かれる日本の政府が、両者の調停役を演じようとするのなら、ブッシュ大統領の言う京都議定書の「致命的な欠陥」とは何を意味するのかを十分吟味したうえで、何らかの形で「致命的な欠陥」を是正するような調停案を用意しなければなるまい。
京都議定書に「致命的な欠陥」があるとは「たとえ議定書を遵守するにしても、地球温暖化防止に寄与するところは乏しい」ことを意味するのではないだろうか。さらに言えば「CO2排出削減に資する真に有効な技術の開発を、議定書は阻害しかねない」ことを意味するのだろう。
私がそのように考えるのは、一九九七年の京都会議に先立つ数年間に繰り広げられた、気候変動問題の専門家たちによる論争を踏まえてのことである。論争の争点は次の三点に要約できる。第一、目標とすべきなのは、温室効果ガスのフローとしての排出量か、それともストックとしての大気中濃度なのか。第二、早期の対策(early actions)が必要なのか、それともゆっくりした対策(delayed actions)で十分なのか。第三、数値アプローチか、それとも価格アプローチか。
結論を先に言うと、京都議定書は三つの選択のいずれについても前者の立場にくみする。他方、アメリカの共和党系の気候変動専門家は後者の立場にくみする。前者と後者のいずれが正しいのかを、言い切ることはできないのはむろんのこと、いずれにくみするかは、さまざまな意味合いにおける「思想」のいかんに関わってくる。
産業革命までは、大気中のCO2濃度は二八〇ppmに安定していた。ところが産業革命以降、化石燃料の人為的燃焼によりその濃度は上昇し、いま現在、三八〇ppmにまで達した。気象学の専門家によると、大気中のCO2濃度を五五〇ppm以下に抑えることが温暖化防止の必要条件だという。
そこで問題となってくるのは、濃度を五五〇ppm以下に抑えるためには、一〇年後の温室効果ガス排出量の削減率を、先進各国に対し「数値的」に義務づける必要があるのか否か、いますぐ、急いで対策に取りかかる必要があるのか否か、そして削減率を数値的に義務づけるのと、排出量取引などの「価格アプローチ」で臨むのとでは、費用対効果の観点から見ていずれが望ましいのかである(最近の気候異変の頻発ぶりを見ると、危険水域は五五〇ppmよりも低いものと予想される)。
そしてもう一つは、一〇年以上のリードタイムが必要なCO2排出削減に有効な大型技術の開発、たとえばCO2の隔離、宇宙太陽光発電、次世代原子力発電の研究開発を、京都議定書が阻害する(ディスインセンティブとして働く)や否やである。
「予防原則」に従い、早期に対策に取り組むべきであるとし、たとえCO2排出削減に有効であっても環境破壊につながるとして、右に挙げた大型技術開発に対し否定的であり、大規模集中型電源よりも小規模分散型の再生可能電源を望ましいとし、環境保全を経済成長に優先させるべきであるとする立場の人々が、京都議定書を支持するのは当然のこととして肯ける。他方、大型技術開発に望みを託し、ゆえに早期の対策を無害有益であるとし、原子力をはじめとする大規模集中型電源を選好し、環境保全と経済成長が背反する際には、経済を優先させるべきだとする立場の人々が、京都議定書を支持しないのは、これまた当然のこととして肯ける。
ロシアが批准に手間取ったのは何ゆえのことなのか。京都議定書により、ロシアは排出権という稀少財の輸出による莫大な外貨獲得の可能性を手にした(ひところ排出権の価格は炭素換算CO2一トン当たり五〇ドルと見込まれていた)。ところがアメリカの議定書離脱により、排出権の価格はCO2一トン当たり五〜八ドルと約一〇分の一まで下落した。その損失を補填してもらうこと、すなわち代償となる経済的利得の提供を、ロシアは批准の前提条件として求めていたのである。気候の寒冷なロシアは、温暖化により利益をこうむるばかりではないか、と思われる読者は少なくあるまい。しかしそれは誤解である。ロシアでは温暖化により凍土が溶解してメタンが発生し、森林火災が多発している。二〇〇三年一月から八月にかけて、ロシアが森林火災により失った森林の面積は、日本国土の六〇%に相当する。
アメリカが離脱していなければ、先進国全体で二〇一〇年のCO2排出量は九〇年比八%増となるのに対し、離脱後は五%強減となる。したがって先進国全体の排出権を増やす仕組みであるクリーン開発メカニズム(CDM)の必要がなくなり、その結果、炭素クレジットを売買するための排出権取引市場が形成される見込みは乏しい。市場がなければ、排出権ないし炭素クレジットは相対取引とならざるを得ない。民間企業は、投資によって得られる炭素クレジットの値踏みができないため、CDMの件数自体が激減しかねない。
日本政府は、日本の企業がCDM事業によって獲得した炭素クレジットを、しかるべき価格で買い上げることを約束して、企業にCDMを動機づけるべきである。国内での限界削減費用、EU域内での市場で決まる価格などを参考としつつ、同時に、国内企業にCDMのインセンティブを与え得るような価格が設定されなければなるまい。さもないと日本は、CO2排出量の削減数値を九〇年比六%と義務づけられた第一約束期間(二〇〇八〜二〇一二年)終了後、排出権の不足分を補うべく、ロシアのホットエア(達成余剰分)を相対取引で買わざるを得なくなる。
では、日本が削減目標を達成するにはどんな対策が考えられるか。自主的取り組み、規制的措置、経済的措置が考えられるが、市場を尊重する立場に立つならば、経済的措置(炭素税、自動車取得・保有税を燃費効率に比例させる等)が優先されて然るべきである。日本は社会主義統制経済体制の国ではなく、市場経済体制の自由主義国家であることを忘れてはならない。経済的措置を「主」として、足らずを規制的措置(禁止や義務づけ)により補うというのが、真っ当な温暖化対策のはずである。
二〇〇二年に出された「温暖化対策推進大綱」には、数多くの具体的対策が列挙されており、それらの「効果」の推計が掲示されてはいるが、そのための「費用」がいかほどかかり、その費用をだれがどう負担するのかについては一切書かれていない。また、対策を促すための施策が不問に付されている。まもなく発表される「京都議定書目標達成計画」には費用対効果の数値が多少とも盛り込まれる見込みがある。
一九八六年度から九六年度にかけて平均年率二・八%でCO2排出量が増加したが、九七年度に〇・二%減、九八年度に三・六%減と減少傾向に転じ、九九年度は三・四%増、二〇〇〇年度は一・一%増、〇一年度は二・四%減、〇二年度は二・二%増だった。九七年度以降、最近に至るまでほぼ横ばいで推移したのは、この間、経済成長率がマイナスだったことも一因ではあるが、三年間ゼロ%台成長が続いた平成不況下においてもCO2排出量が著増していたことと照らし合わせれば、九〇年代半ば過ぎ以降、エネルギー消費に関して構造的な変化があったものと推測される。
八〇年代後半から九〇年代前半にかけて民生部門(家庭と業務)のエネルギー消費(CO2排出量)が著増した。これはエアコンをはじめとする電力多消費型の家電製品の急速な普及、待機電力消費付き家電製品の普及、家電製品の大型化がこの間に急進展したからである。同時期に運輸部門のCO2排出量がこれまた著増したのは、乗用車の大型化、RVの普及が進み、平均的な燃費効率が低下したためである。わが国における電力多消費型家電機器の普及、そして自動車の燃費効率の悪化は、近年「飽和」状態に達しつつあると見ることができる。省エネ法による機器の効率向上が期待されるし、小型車志向も本物のようである。
民生・運輸両部門におけるBAU予測(対策を講じない場合のCO2排出量予測)をするにあたって、過去の趨勢を徐々に減速を加えつつ延長するのは、あまりにもナイーブに過ぎる。より構造的なBAU予測が求められている。特に今後の進展が予想される情報技術革新がエネルギー消費を増やすのか減らすのか、仮に減らすのだとすれば、どの程度の削減効果が期待されるのかを見極める必要がある。
過去の日本経済の歴史を紐解いてみれば、「制約」と不足が経済発展・成長の原動力として働いた事例が数多く見出される。京都議定書に基づくCO2排出量削減は「新たな経済発展のバネ仕掛け」として働く可能性があり得るし、そうしたバネ仕掛けを円滑に働かせることこそが、政府の果たすべき役割ではないだろうか。
以上に見たとおり、六%のCO2排出削減はけっして不可能ではなく、適切な対策を速やかに講じることにより、京都議定書に定められた目標は、国内対策により達成可能な範囲内にあると見てよい。CDMを有効に活用することにより、相対的に安い費用でCO2排出クレジットを入手できることに鑑みれば、国内でのCO2排出削減に不必要に高い費用を支払うことなく、国内対策とCDMの適切な組み合わせを目指すべきである。
仮に目標が達成されなかった場合(統制経済ではなく市場経済のもとでは、数値目標達成の見込みが外れることは十分あり得る)には、ロシアから高値でホットエアを買わざるを得なくなる。これを避けるべく、万全の備えをすることを急務と心得なければなるまい。
人と人は
見えない何かで繋がっている。
繋いでいくのではなく
もう繋がっているんだ。
人だけじゃない。
猫、鳥、虫、雨や太陽
そして時間さえも。
▼昨年五月に「週刊ダイヤモンド」の編集長に就任しました。 以後、「UFJ爆弾」「ダイエー最後の審判」「創価学会の経済力」「知られざる巨大財閥 ロッテの全貌」「金正日の経済」「図解 節税入門」「堤王国の危機」「イオンの死角」「人材派遣 急膨張の光と影」「丸ごと一冊お金入門」「ソニー大混乱」など新しいテーマにチャレンジしてきました。 読者は今、どんなテーマの特集を読みたいと思っているか、を最優先した結果です。高杉良氏の連載小説「王国の崩壊」もスタートしました。お蔭様で売り切れの書店が続出するといううれしい結果が出ています。
今後も連載陣の強化を含め、読者の「読みたい」欲求に応えていく姿勢をさらに強めていくつもりです。パワーアップする「週刊ダイヤモンド」にご期待下さい。 (湯谷)
▼私の周りの先輩方は、皆何かしらの趣味を持っている。火縄銃の世界大会にも出場する格闘家。地元では有名なお金の取れるジャズシンガー。まだ暗い時間に起き愛犬とお散歩、午前中は打ちっぱなしで午後はテニスの五二歳。みんなすごい。
私の楽しみといえば、休日にテレビでスポーツ観戦しながらのビール。至福の時ではあるが家族の眼は冷たい。それに趣味とはいえない。嫁にこの話をしたら「料理なんてどう」。自慢ではないが、独身時代自炊した記憶がほとんどない。それでも両親と弟は飲食業。もしかすると私の中にも料理のセンスが眠っているのかもしれない。「よし、やってみよう」、手始めに土曜のお昼に焼飯と餃子。なかなか評判もよろしく、うれしくなる。「明日は何を作ろうかなぁ」ちょっと楽しくなってきた。「あーこれで献立考えるの助かった」と嫁の一言…。あっ! 嵌められた! (永田)
▼「知的財産権」の信託を可能とする信託業法の改正が四月から施行される。これまでは信託できる財産が金銭や有価証券などに限られていた。また信託財産を受託できるのは信託銀行と銀行に限られていたが、これからはその垣根が取り去られる。「知財信託制度」は知的財産の資金化や流動化を促進するだろう。知的財産を流通させるには、流通対象に適正な価格設定をしなければならない。そのためには知財の価値を適正に評価する方法が必要となる。これからは知的財産取引ビジネスが新しいビジネスチャンスとなろう。これに伴いコンテンツビジネスが拡大するだろう。日本のアニメやゲームソフトはグローバルな資産だ。コンテンツの流通はますます盛んになる。コンテンツ製作資金調達のために映画ファンドや著作権信託制度といった手法を導入するだろう。知的財産の証券化の時代がやってくる。 (木田)
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