Kei2004年2月号
CONTENTS

池内ひろ美
ガンバレ!男たち

加藤 寛
課題多き年金制度改革

呉 智英
非暴力的な下克上


エッセイ
星野博美 野元泰秀 松山真之助 川島昭彦 門田美鈴 伊藤 守 西村克己 足立光正

連 載
若田部昌澄 川勝平太 妹尾堅一郎 宮台真司 かづきれいこ 泉ゆきを 佐和隆光

編集後記
◎――――エッセイ

加藤 寛

Kato Hiroshi
1926年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。慶應義塾大学教授等を経て、現在、千葉商科大学学長。著書に『行財政改革への証言』等がある。

課題多き年金制度改革

 小泉構造改革の中で、昨年末に方向付けられた年金制度改革はこれからの小泉政権の行方を占うという意味で、道路公団改革と同じくらいおもしろいものであった。
 第一に、年金改革は橋本龍太郎首相、小泉厚相の時にいずれも改革を先送りして今日に至ってしまったものであって、どうしても今度くらいはキッパリと将来を見据えた改革がほしかった。
 しかし第二に、橋本・小泉両総理とも厚相経験者であるだけに、そう簡単に厚生省時代からの懸案に答えを出しづらかったことである。厚生官僚側からすれば、年金制度の持続的成長を考えると、保険方式か税方式でいくかがまず大きな課題となる。保険にしても積立方式(自分の年金は自分で積み立てておく)か賦課方式(現役世代に給付を頼る)がいいのかを決めなければならないから、世代間不公平の壁もある。
 第三。しかしここで改革すべき途として本当に基金は枯渇しているのか考えなければならない。年金負担を忌避する国民年金支払者に滞納が増えるのは、いずれ年金破綻という危惧があるからだ。それでいてどうして第三号保険者(専業主婦)には負担しなくても給付があるのかという不公平感が伴う。
 もしここに年金改革の壁があるなら、坂口厚相は、負担(入口)と受給(出口)のバランスをとることばかりを主張してはならないはずだ。昨年末の与党決着案は出口を現役時代の五〇%に維持するには、入口を一八%台にしたいというつじつま合わせばかりに終始して、改革は少しも論議にならなかった。これでは滞納者が増えるばかりだ。NHK視聴料不払い者に罰則を設けよなどという説があったが、いまでも罰則なしで頑張っている。それは視聴者を納得させる努力があったからだ。
 年金にはその心構えがあるだろうか。
 第一に、国会議員などの年金は多すぎないか。共済年金との統合は不可能なのか。
 第二に、それが無理なら厚生年金から国民年金を補填する拠出金を廃止したらどうだろうか。企業の年金拠出者と同額分の年金基金への拠出は無理ではないか。
 第三に、その余裕のため、積立金は一四七兆円を浪費していると見ざるを得ない。これをやめれば企業は年間九兆円の余裕が出る。
 第四に、この基金は社会的責任のある運用が必要だ。改革はここから始めるべきだ。

◎――――エッセイ

呉 智英

Kure Tomofusa
一九四六年生まれ。早稲田大学法学部卒業。評論家。社会からマンガに至るまで根元的かつ明晰な論評を展開。著著に『封建主義者かく語りき』『バカにつける薬』『現代人の論語』など多数がある。非暴力的な下克上

非暴力的な下克上

「学歴無用論」を生んだもの

 仕事の必要上、三十年も前に出た鈴木紀夫『大放浪』(文藝春秋、後に朝日文庫)を読んだ。一九七四年ルバング島で残留日本兵小野田寛郎少尉を発見した青年の手記である。鈴木は、一九四九年生まれ。私より三歳年下だから、同世代だ。法政大学中退後、東南アジア、インド、ヨーロッパ、アフリカを三年余り放浪した。いったん帰国した後、一年間日本で過ごし、再度出国、韓国、台湾を経てルバング島へ渡り、小野田さんを発見する。
 この大放浪、野放図と言おうか無手勝流と言おうか、無思慮で恐い物知らずである。その結果が小野田さん発見・救出だからよかったようなものの、この大旅行記そのものは別に面白くもなければ学ぶべきものがあるわけでもない。ただ、当時の時代風潮、若者の生態の記録として、今となっては貴重かもしれない。
 私が一番面白かったのは、鈴木がいったん帰国し、何か職を探そうとした時の話である。
 「新聞の求人欄には大学卒の方が給料が多くのっている。どこのどいつだ! 『学歴無用論』などといっているのは」
 法政大学中退の鈴木には、ろくな就職口はない。学歴無用論にいくらか(というより大いに)煽られた感のある放浪青年が、「どこのどいつだ!」と責任者追及の口調になるところが面白かった。
 実際、どこのどいつだろう。学歴無用論なんて言っている奴は。むろん、本当に学歴がなくて社会の下積みになっている人ではない。法政大学よりももっと名門の大学を、中退ではなく優秀な成績で卒業し、ジャーナリストだの評論家だの教育家だのになっている人が、どういうつもりでか、そんなことを口走り、マスコミや教育界で暮らしているのである。むしろ、学歴のない下積みの人が学歴無用論は嘘だと知っている。そうすると、一体、どちらが知的だということになるのだろうか。学歴無用論を唱える知識人と、学歴無用論を信じない下積みの人とでは。
 実は、「知的」の意味がちがうのである。学歴無用論を嘘だと見抜く知性は「世間知」である。対するに学歴無用論を信じる知性は「学校知」とでも名付けられよう。
 鈴木紀夫青年は、学校知のみあり、世間知がなかった。ちょうど鈴木や私の大学生時代である一九六〇年代後半から、こういう青年が多くなった。高校進学率、大学進学率が飛躍的に高くなってきたからである。その結果、世論も学校知派が多数派になり、学歴無用論も常識のようになってしまった。鈴木の、どこのどいつだ発言も、そうした常識への批判と見ることができよう。

二つの「知」の皮肉な関係

 毎年ちょうど今頃の季節、「週刊朝日」「サンデー毎日」が大学入学者特集を掲載する。どこの高校では東大へ何人、早稲田へは何人、どこの大学の偏差値はこれこれ、こんなデータをこと細かに何週にも亘って載せる。売上げ部数が低減傾向にある両誌が、この時ばかりは売上げを伸ばす。普段、学歴重視批判を社是のごとくやっている新聞社の出している週刊誌なのに、突然、世間知が働くのだ。
 本来的に乖離している世間知と学校知が、週刊誌の偏差値特集号で一致する皮肉。
 ところで、私は断乎たる学校知派である。
 高校時代、何かのアンソロジーで、こんな話を読んだ。
 ギリシャ時代のことだったか、ある哲学者が従者を連れて歩いているうち、溝に落ちた。哲学者は、天体の運行について思考をめぐらしていて足元に注意が及ばなかったのである。哲学者を助け起こしながら、従者があきれた口調で言った。御主人は、遠く離れた天空の星についてはよく御存知なのに、足元の溝については何も御存知ではありませんな。
 哲学者の世間知の欠如を嗤う話である。
 しかし、そんなバカな話はないと、私は思った。なぜならば、哲学者は、天体の運行についての考究を一時やめ、足元に注意を払いさえすれば溝には落ちない。一方、従者は、足元に払っている注意の百倍を天空に向けたって、天体の運行について何もわかりはしないのである。哲学者の知性の方が従者の知性より上等であり、社会に益するところ大であるのは贅言を要しない。
 もっとも、学歴無用論を信奉する知性と天体の運行を究明する知性とを同一視することはできない。前者は、世間知によって簡単に覆される。
 私の友人のなかでは、自分たち夫婦は高学歴でありながら、子供たちは低学歴で就職口もよくない、という例が多い。さりげなく事情を聞くと、学歴にこだわるのはよくないから、のびのびと育てた、と異口同音の答えが返って来る。半面、低学歴で下積みの夫婦が子供たちに高学歴の教育をした、という例も多い。
 庶民の世間知の勝利である。こうして非暴力的に下克上の起きる社会は、非常に健全だと私は思う。

◎――――連載4
経済を読むキーワード 歴史

若田部昌澄

Wakatabe Masazumi
1965年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程修了。早稲田大学政治経済学部助教授。著書に『経済学者たちの闘い』『まずデフレをとめよ』(共著)など。

歴史はどのように利用すべきか?

正しく理解されない大恐慌の教訓

 最近の経済論戦においては、歴史への言及が増している。もちろん歴史はそのままの形では繰り返さないから、そこから得られた知見の利用には慎重さが必要である。しかし逆に歴史の一回性という議論を極端に推し進めると、歴史的知見からは何も学ぶことができなくなってしまう。このバランスをどうとるかは難しい。しかし、できるだけ正確に事実を理解することに異論を唱えるものはいないだろう。
 ところで前回取り上げたリチャード・クー氏『デフレとバランスシート不況の経済学』(徳間書店、二〇〇三年)には次のような記述がある。「一九三〇年代、ドイツそしてアメリカは財政政策によって大恐慌を克服し、これらの事例はケインズ経済学として論じられた」(八八頁)。反面、金融政策は無効だった。現代日本同様、「一九三〇年代のアメリカでも、金融政策は全く効果がなくなり、そこで生まれたのが『流動性の罠』という表現だった」(一一一頁)。これらの歴史的事実からクー氏は、半世紀に一度起きるかどうかという大恐慌並みの危機にある現代日本でも「金融政策に期待できることは何もない」(九〇頁)と結論付ける。
 著名なエコノミストが歴史をこのような形で利用することには危惧を覚えざるをえない。なぜならばこの二つの命題――財政政策有効論と金融政策無効論――にはともに問題があるからだ。
 第一に、一九三〇年代のアメリカで経済回復のための財政政策の効果がきわめて限定的だったことは一九五〇年代からの常識である。一九五六年、E・ケアリー・ブラウンは「一九三〇年代の財政政策:再評価」という論文を書いている(American Economic Review, Vol.46, No.4, pp.857-879)。これは一九五〇年代のアメリカ・ケインジアンの視点から財政政策という意味でのケインズ政策が実現されなかったことを指摘したものだ。
 確かにGNP比でみて公的支出は三〇年代に増えている。しかし、そのGNP自体が激しく減少していた。そこで財政政策に効果があったかを検証するために、ブラウンは完全雇用総需要という、今ではどのマクロ経済学の教科書にも載っている概念を用いる。彼は「三〇年代を通じて、財政政策は経済を回復させる方策としては成功を収めなかったように思われる。その理由は財政政策が無効だったからではなく、ただそれが実行に移されなかったからである」(pp.865-866)と結論付ける。一九五〇年代のアメリカ・ケインジアンの財政政策重視は一九三〇年代の「反省」の上に成り立っていたのである。
 クー氏の解釈でさらに問題なのは、第二の命題(金融政策無効論)だろう。一九六〇年代に入ると、三〇年代の金融政策は無効どころか、その失敗こそが大恐慌の原因だったという主張が唱えられるようになる。それがミルトン・フリードマンとアンナ・ジェイコブスン・シュウォーツの議論である。

二〇世紀マクロ経済学の古典『合衆国貨幣史』

 昨年はフリードマンとシュウォーツの『合衆国貨幣史 一八六七〜一九六〇年』(Princeton University Press, 1963)刊行四〇周年であった。本文だけで七〇〇頁に及ぶ大著であり、時代も南北戦争直後から繁栄の一九五〇年代までの約九〇年間と実に広範囲に及ぶ。けれども、その白眉は何と言っても大恐慌をめぐる議論だろう。
 彼らの語るストーリーはこうだ。大恐慌の原因は一九二九年一〇月からのマネーサプライの急激な減少である。そしてそれに一九三〇年一〇月から三三年三月に至るまでの銀行危機が拍車をかける。銀行システムが流動性を必要としていたとき、FRBの対応は、必要な程度にマネタリーベースを増やさずに銀行危機を放置するという「無能(inept)」なものだった(pp.356-357)。議会からの圧力で一九三二年春には大規模な公開市場操作をするものの、タイミングが遅すぎたし、その後はまた受動的になってしまった。結局、恐慌からの脱出にはローズヴェルト政権の数々の政策(銀行改革、金本位制停止、為替切り下げ、銀購入など)を待たなければならなかった。
 時代はケインジアンvsマネタリスト論争のさなかであり、この本には刊行直後から多くの批判が寄せられた。なかでもケインジアンの雄ジェイムズ・トービンは二〇頁に及ぶ詳細な批判的書評を本書に寄せて、フリードマンらの議論の理論的基礎と貨幣の流通速度の安定性を鋭く問うた(American Economic Review, Vol.55, No.3,1965, pp.464-485)。
 当然、大恐慌は批判の焦点となった。ピーター・テミンの『貨幣的要因が大恐慌をもたらしたのか?』(Norton, 1976)は、一九二九年一〇月から三一年九月までの二年間に焦点をあて、フリードマンらを正面から批判している。それによれば、大恐慌の原因は株式市場暴落による資産のバランスシート悪化と農業所得の減少による消費の自律的崩壊に求められる。そしてマネーサプライの急激な減少は、貨幣から所得ではなく所得から貨幣という逆向きの因果関係によるとされた。
 しかしテミンは消費の自律的崩壊では大恐慌を説明するには小さすぎることを知っていた。この時点でのテミンにとって大恐慌の原因は依然として謎にとどまる。
 ところでテミンはフリードマンらの分析が一九二〇年代と切り離されていることを批判している。後から振り返ってみると、この批判こそが正しい方針だったといえる。大恐慌の種はすでに一九二八年時点で蒔かれていた。フリードマンらは一九二八年には金融が引き締められていたことを指摘している。しかし、フリードマンらを論駁するのに性急なためかテミンも一九二九年から三一年にのみ焦点をあててしまった。

歴史的事実は異なる立場でも理解できる

 『合衆国貨幣史』はどのような意味で古典なのだろうか?
 まず本書の内容のうちその後の研究によって乗り越えられている部分があるのは確かだ。金融政策というときに現代でいう政策の枠組みと、政策そのものとの区別がないことも欠点といえば欠点だ。前回指摘したように、現代でも「金融政策が無効」というときに、個別の金融政策なのか、首尾一貫した政策スタンスなのかが明らかでないために議論が混乱している。もっともフリードマンならば断固たる決意でもって行われる金融政策こそが重要であるというだろうが。
 さらに回復の原因についての説明はあまり説得的ではない。これらの点は一九八〇年代以降、国際学派の登場によってより説得的な議論が行われるようになった。現代の合意は、金本位制からの離脱という金融政策の枠組みの転換に回復の鍵を求めている(この合意については、近刊の岩田規久男編『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社を参照していただきたい)。
 その一方で、本書の基本的な視点は生き残り、むしろ強化されている。大恐慌の原因、激化、伝播、そしてそれからの回復に貨幣的要因が重要な役割を果たしたことについては経済学者の間ではほぼ合意が形成されている。フリードマンらにきわめて批判的だったテミンもそれに同意するようになった(『大恐慌の教訓』東洋経済新報社、一九九四年:原著は一九八九年)。
 MITの大学院生時代に本書を読み、自らの研究をフリードマンらの研究を補完するものとみなす現FRB理事ベン・バーナンキは、比喩を用いて一九三一年の金融危機まではFRBが「自ら招いた傷」であり、一九三一年から三三年まではその「能力の範囲を超えている」と要約している。先に一九二八年からFRBは引き締めに転じたと述べた。一九二八年から三一年春までアメリカには大量の金流入があった。それにもかかわらず不胎化操作を行ったことで、マネタリーベースは減少した。FRBの明確な誤りであった(Ben S. Bernanke, Essays on the Great Depression, Princeton University Press, 2000, Chapter 4)。
 さらに学ぶべきはその方法論だろう。計量的技法が発達した現在でも、因果関係を確定するのは難しい。本書のような歴史叙述的アプローチは「自然実験」に着目することで因果関係確定の手助けとなる。この本は歴史とマクロ経済学がどのような接点をもちうるかの好例である。またなぜ当時のFRBの金融政策は失敗したのだろうか? 経済政策は政策担当者の置かれた状況だけでなくその経済観や知識に左右される。当時入手可能な政策担当者の個人文書を参照しながら政策決定過程に迫る本書は、フリードマンの専門研究のなかではもっとも「人間くさい」ともいえる。
 先のトービンは、書評の最後になるとフリードマンらの政策提言に賛意を表明している。トービンは、確かに理論についてわれわれの意見は違う、しかし実際の政策に関しての意見はそう変わらないという。あの当時必要だったのは果敢な金融政策だった。「連銀が貨幣の収縮と銀行の崩壊をなすがままに黙認したことを擁護するものは誰もいないだろう。連銀が積極的な公開市場操作の実施に失敗したことは信じられないほどだ」(American Economic Review, Vol.55, No.3,1965, p.483)。
 一九九三年の『合衆国貨幣史』刊行三〇周年に、ロバート・ルーカスは『合衆国貨幣史』を「桜見物をする以外の用事でワシントンに赴くときに持ってゆくべき唯一の本」に挙げている(Journal of Monetary Economics, Volume 34, Issue 1, 1994, p.8)。
 そして二〇〇二年一一月八日、フリードマンの九〇歳の誕生日を祝う席に出席したベン・バーナンキは、連銀の公式代表としての地位を少し濫用させてもらうと冗談をいいながら、次のように祝辞を締めくくった。「ミルトンとアンナには次のように述べたい。大恐慌については、あなたがたが正しかった。それは私たちFRBが引き起こしたものだった。とても申し訳ないと思っている。しかし、私たちは同じ過ちを二度と繰り返すことはしない。それはあなたがたのおかげである」(http://federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2002/20021108/default.htm/『リフレと金融政策』日本経済新聞社、二〇〇四年、第4章)。
 『合衆国貨幣史』は大恐慌の歴史を語るのに必要不可欠な、まさに共有財産というべきである。

◎――――連載7
球域の文明

川勝平太

Kawakatsu Heita
一九四八年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修了。英国オックスフォード大学大学院博士課程修了後、早稲田大学政治経済学部教授を経て、国際日本文化研究センター教授。著書に『経済学入門シリーズ 経済史入門』『日本文明と近代西洋』『文明の海へ』『文明の海洋史観』など

無産階級はなぜ生まれたか

 『資本論』第一巻はマルクスが生前に、みずから推敲し、改版で改善を加えて出版された。その点、マルクスの死後にエンゲルスが編集した第二・第三巻とは重みが違う。ここで取り上げる『資本論』第一巻の実質的掉尾(ちょうび)を飾る第二四章「いわゆる本源的蓄積」は文庫本で八〇ページほどの長さである(なお、第一巻の文字通りの最終章はアメリカ植民地を論じた第二五章の「近代植民理論」)。
 この第二四章は、通常は、資本主義の成立過程を扱ったものとされているが、後に紹介する最終節のタイトルを見れば分かるように、資本主義の成立から没落までを見通したものである。マルクスの情熱、人道主義、博識、歴史観、予見力が遺憾なく発揮された稀代の名文といえる内容になっている。この第二四章と出会うことで経済史研究に本格的に乗り出した人は少なくないのではないか。私もそのひとりである。その出会いには思い出がある。
 当初、文庫版より廉価な英語版を購入して読んだことは前に述べたが、『資本論』の叙述は理論的であるとともに実証的であって、イギリスの事例がふんだんに紹介されている。これを辞書片手に読みすすんでいくと、引用されるイギリスの事例の煩雑さに、時に眠気に襲われることがあった。ところが、第二四章に入ると、俄然、筆致が違う。独立した一篇の歴史書としてまとまった内容を備えているのである。また、第一巻はもとより『資本論』全三巻の結論ともいえる内容であるともみなしうるのである。その筆致の強さ、弾劾の鋭さに、おそらく誰しも圧倒されたり興奮を覚えるであろう。当時、大学生であった私は、第二四章の文章と構成の見事さに感じ入り、この章を英語から翻訳して、その内容を正確に自分のものにしようとした。その作業をする中で、マルクスの強烈なパトスとそれをロゴス化する力に当てられて、ノートに訳文を記す指におのずから力が入って、何度も鉛筆の芯が折れた。
 第二四章は、全部で七節から構成されている。
  第一節「本源的蓄積の秘密」
  第二節「農村住民からの土地の収奪」
  第三節「一五世紀末以来の被収奪者にたいする血の立法。労働賃金引下げのための諸法律」
  第四節「資本家的借地農業者の生成」
  第五節「工業への農業革命の反作用。産業資本のための国内市場の形成」
  第六節「産業資本家の生成」
  第七節「資本主義的蓄積の歴史的傾向」
 第一節における問題設定は前回に引用して紹介した。この節は文庫本で五ページほどときわめて短い。だが熟読玩味(じゅくどくがんみ)に値する。まず何よりも、その問題設定が明快なのだ。そして、明らかにすべき主題のエッセンスが語りつくされている。

資本主義の出生の秘密を暴く

 第一節の主題には、章の主題と同じ「本源的蓄積」の語が掲げられているが、「本源的」とはドイツ語の原文ではUrsprunglicheである。それを「本源的」と向坂逸郎氏は邦訳したが、それは直訳である。「本源的」とは、マルクスがその最初のパラグラフで述べているように、アダムスミスのいうprevious accumulationすなわち資本主義的蓄積に「先行する蓄積」という、その「先行する」をUrusprunglicheと言い換えたものである。このドイツ語は英語版ではprimitiveと訳されている。primitiveは文字通り「原始的」という意味である。「本源的」と「原始的」とでは必ずしも同じ意味とは言いがたい。だが、マルクスの語る「本源的」蓄積の内容に即して言えば、「原始的」という言葉がぴったりである。それゆえ、日本の学界では、第二四章は「本源的蓄積論」「原始的蓄積論」として知られている。そして、より頻繁に使われるのは後者であり、略して「原蓄(げんちく)論」と言われることも多い。
 資本主義社会に「先行する」だけの事象を扱うのであるにもかかわらず、あえてその過程に「本源的」「原始的」といった別の概念を用意したところに、すでにマルクスの資本主義社会を見る価値観がはっきりとあらわれている。
 資本主義の出生の秘密を暴くという姿勢である。秘密を暴いていくと、マルクスに言わせれば、それが「原始的」と言わざるをえないほど、その物語は平和で牧歌的で誰からも祝福されるものとはほど遠いのだ。暴力的、非倫理的、非人道的である。
 マルクスのレトリックの構えは大きい。彼はこう言うのである――「本源的蓄積が経済学において演ずる役割は、原罪が神学において演ずる役割とほぼ同じである」(『資本論』)と。
 キリスト教神学における原罪とは、人間が食べて生きていくのに、なぜ額に汗して労働せざるをえなくなったのか、それはアダムとイヴという人類最初のカップルが神の命にそむいたという秘密のゆえである。それに対して、経済学における原始的蓄積は、近代資本主義社会において資本家という額に汗して働かなくてもよい有産階級がなぜいるのか、また、彼らのために額に汗して労働させられている大勢の無産階級がなぜいるのか。その秘密を、始原において物語るものだというのである。

なぜ働かなくてもいい階級がいるのか

 そこには、有産階級に対する強烈な倫理的批判がある。無産階級を生み出した原始的蓄積は「他のありとあらゆるものではあっても、ただ牧歌的でだけはなかった」(前掲書)とマルクスは断定する。そこには無産階級に対する神の慈悲に似た同情と、有産階級に対するすさまじいばかりに強烈な倫理的糾弾がある。
 ところで、マルクスは「資本主義的蓄積を可能にする本質は、価値を生む商品である労働力にある」と考えた。労働力の商品化が資本主義の基礎である。無産階級の出現とは労働力を商品として売らざるをえない人間がつくりだされてくることである。
 人間は道具(生産手段)を用いて生産したものを消費して生きる存在であるが、その道具(生産手段)を持っていなければ、どうなるか。自己の労働力を他人に買ってもらわざるをえない。そのような人々が大量につくりだされた。しかも、暴力的につくりだされた。そのために彼らは生きていくためにはみずからの労働力を売らざるをえなくなった。マルクスのいう原始的蓄積とは、生木を剥ぐように、生産者が生産手段から切り離されること、その歴史的な分離過程のことである。
 先に進む前に、一つ確認しておくべきことがある。それは生産者と生産手段の歴史的分離過程を描くときに、マルクスが大前提をもうけていることである――「資本主義社会の経済構造は封建社会の経済的構造から出てきた。後者の解体が前者の諸要素を遊離させたのである」(前掲書)。
 わずか二つの文からなる右の文章を、マルクスは一つのパラグラフとして自立させている。それくらい封建制から資本制へという枠組みはマルクスにとって大きな前提なのである。
 だがこの前提は、われわれ日本人からすれば、あるいはロシア社会、中国社会、モンゴル社会、イスラム社会等々にとって、それが自明かどうかを疑わなければならない内容ではないか。マルクスは、封建社会から資本主義社会への移行を前提にして原蓄論を展開している。言い換えると、封建社会がなければ資本主義社会は出現しないのではないか、という疑念をはさむことができるのである。また、原始的蓄積が封建社会以外の社会でおこるときには、別の過程を経ることもありうるのではないかということである。
 マルクスは、生産者と生産手段の分離がどのようにして可能になったのか。人間が農民でなくなること、職人でなくなることである、と縷々(るる)紹介したあと、こうまとめるのである――「本源的蓄積の歴史で歴史的に画期的なものは、形成されつつある資本家階級に槓杆(こうかん)として役立つ変革のすべてがそれであるが、なかにも、人間の大群が突如暴力的にその生計手段から引き離されて、無保護のプロレタリアとして労働市場に投げ出される瞬間は、ことにそうである。農業生産者からの、農民からの土地収奪は、全過程の基礎をなす。この収奪の歴史は、国によって異なる色彩をとり、順序を異にし、歴史的時代を異にして、異なる諸段階を通過する。それが典型的な形態をとるのは、イギリスのみであり、われわれがイギリスを例にとるのもそのためである」(前掲書)と。
 さて、生産者が生産手段から切り離されている状況とは、自給がたとえほんの一日分でも出ないことである。それは土地をもたないこと、金銭をもたないこと、職業的には農民でないこと、職人でないことを意味する。それは今日の日本の圧倒的な多数をしめるサラリーマンと寸分も変わらない。私もそのひとりである。

サラリーマンになることは悲劇か

 われわれは立ち止まって、サラリーマンとしての自己を振り返り、自問してみたい。果たして、サラリーマンになることの歴史的な出生の秘密が、本当に悲劇的、暴力的、非倫理的、非人道的なものであったのか、と。必ずしも、そうとは断定しがたい。
 封建社会とは土地に経済的基礎をおく時代である。そのときに土地から切り離されることへのマルクスの義憤は分かる。イギリス人が土地から切り離される模様は、次の第二節で詳論されている。
 第二節の冒頭のパラグラフに興味深い文と注書きがある。その文とは「封建領主の権力は、すべての君主のそれと同様に、……その臣下の数に基づいていたのであり、臣下の数は、また自営農民の数に依存していた」(前掲書)というものである。この一文の注に日本が登場している。「日本は、その土地所有の純封建的な組織とその発達した小農民経営とをもって、多くはブルジョア的偏見によって書かれたわれわれのすべての歴史書よりも、はるかに忠実なヨーロッパ中世の像を示す」(前掲書)というのである。これは江戸時代のこととみられるが、封建領主であるはずの江戸日本の武士層は、果たして、そもそも土地を所有していたか。していない。マルクスの義憤に、土地から切り離された江戸の武士は戸惑うに違いない。

◎――――エッセイ
IT最前線…5

川島昭彦

Kawashima Akihiko
一九六一年生まれ。京都大学工学部卒業。三井物産、サイバートラスト社などを経て二〇〇〇年より日本ベリサイン代表取締役社長。電子署名法制定時、参考人として国会答弁を行うなど電子認証の第一人者。

インターネット上で「安心と信頼」を実現する
蒙を啓く

 日本ベリサインは電子認証におけるリーディングカンパニーである。昨年一一月マザーズに上場した。
 有史以来人類は様々な方法でコミュニケーションを図ってきたが、そこには相手の確認が必要不可欠であった。インターネット初期の頃、メールの相手は犬だったという漫画がニューヨークタイムズに載ったが、キーボードからタイプが出来れば動物でも簡単に人間に「なりすます」ことが出来るというジョークである。犬や猫なら愛嬌ですむが、悪意を持つ人間なら大変である。
 電子認証と言うのは自分や相手をネットワーク上で特定するための方法のひとつである。本人認証と言うとIDやパスワードがあるが、インターネットではより高度なセキュリティが必要となる。ある特定の管理者によってセキュリティが担保される電話や郵便と違って多数の人がボランティアのような形で管理を行っているインターネットでは、途中のルータやサーバからデータを抜き出したり書き換えたりが出来てしまうからだ。
 セキュリティの脆弱性というデメリットがある反面、オープンかつ安価で使い易いためこれほどまで普及したと言えるが、わずか数年で世界中で通信手段としての新しい社会のインフラとなってしまった。
 当初はeコマースなどと言われて、さも新しいビジネスモデルがあるかのように喧伝されたが、既存の商取引がどんどんデジタルに置き換わってきていると考えるべきだろう。
 例をあげてみよう。ある航空会社では旅行代理店の予約よりオンライン予約の方が多くなった。またある生命保険会社は業界初のインターネットで完結する保険申し込みを始めた。使い勝手が良くなり、顧客満足度があがった。
 UFJ信託銀行では証券代行業務を請け負っている顧客の株主総会をインターネットで行っている。多数の株主への委任状送付の郵送コスト、遠隔地からの交通費の削減は言うまでもない。
 ここまでくるとインターネットの「社会基盤」としての役割は揺るぎないと言え、そうであるならば情報の機密性や信頼性、通信相手の実在性、決済の安全性を確実にし、誰もがこの利便性を安心して享受出来るようにしなければならない。
 セキュリティの重要性を伝え、インターネットに「信頼」を実現していく仕事に、日本ベリサインの全社員が情熱と誇りを持って取り組んでいる。

◎――――エッセイ

野元泰秀

Nomoto Yasuhide
経営コンサルタント。一九六四年生まれ。元刑事という異色の経歴をもつ。小売・サービス業を中心に、現場主義に徹したコンサルティングを展開。具体的で戦略的なマーケティング手法や即効性の高いセールスアドバイスに定評がある。著書に『売れるチャンスは現場にあり!』がある。

会話のコツ

 「元刑事だからといって、取り調べみたいにはなりませんから」
 初めて相談に来られたクライアントさんには、たいていこのようにお話しします。私の仕事はクライアント先企業の現状把握や課題発見、そして問題解決。相手とのコミュニケーションの内容が仕事の成果を左右しかねません。当然、会話の進め方は重要になってきます。
 会話は、相手の考えを聞き、自分の考えを伝えることが基本。お互いの関係が遠いままでは、うまく聞くことも伝えることもできません。ですからその前に、お互いの緊張感をほぐす準備が必要になります。私が意識して実際に使っている会話のコツをご紹介しましょう。
 初対面の方との商談の場面をイメージしてみてください。普通、「今日はいい天気ですね」といった当たり障りのない話から始まることが多いですが、それを、たとえば「今日は気持ちがいい天気ですね」という具合に、ちょっとだけ変えてみるのです。こう言われると、その時の空の様子や、気持ちがいいと感じるその人の人柄が垣間見えて、相手を身近に感じないでしょうか。
 実際、自分の気持ちや身体で感じた感覚を言葉にすると、場の緊張感がほぐれるものです。私は一見とっつきにくい風貌ですが、いざ話してみると「話しやすくてよかった」と言われるのは、このコツのおかげだと思っています。
 十人十色と言われるように、ものの感じ方やその表現は人それぞれ。喜びの気持ちを表す表現も、「ワクワクする」「胸がドキドキする」など一通りではありません。会話とは、言葉を少し変えるだけでずいぶん違ってくるものです。
 ところで、刑事の取り調べはカツ丼で仲良くなる(!?)と思われていますが、これは当然違います。生まれた街や子供の頃の話、楽しかった思い出や懐かしい話などで、緊張感を和らげて会話を進めているのです。いわば、会話における準備運動のようなものです。
 自分らしい言葉と表現を、会話を進めるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。ちょっとした工夫で、相手との距離が縮まるはずです。

◎――――連載1
ガンバレ!男たち

池内ひろ美

Ikeuchi Hiromi
1961年岡山県生まれ。一女を連れて離婚後、96年にみずからの体験をベースに『リストラ離婚』を著し話題となる。97年、夫婦・家族問題を考える「東京家族ラボ」を設立、主宰する。著書に『壊れかけ夫婦のトラブル、解決します』『池内ひろ美の「離婚の学校」』など。



「お受験」に燃える母、困ってしまう父

 日本青少年研究所が昨年五月に発表した調査結果によれば、日本の高校生の五一%が、学校以外の自宅や塾で「ほとんど勉強しない」。一方、中学受験者数は長引く不況と少子化にもかかわらず二〇〇〇年以降増加に転じ、ある受験誌によれば首都圏の児童の私立中学受験率は、一九九九年一二・五六%から二〇〇三年一四・七五%に。二〇〇四年はさらに増加する予測。日能研調べによれば、中学受験併願校数も一九九九年の四・六校から二〇〇二年は五・〇校に増えている。

 「私はもうくたくたですよ。なんだって妻はあんなにヒステリックになるんでしょうかね、子どもの受験ごときに」
 私の前に座る四〇代前半の男性相談者には二人の子どもがおり、長男がこの春、中学生となる。子どもの受験とは、長男の私立中学受験のことである。
 彼が言うには、とにかく自宅に居場所がない。帰宅してもくつろぐことができないのは諦める。しかし、自分の存在自体を邪魔者扱いする妻子の視線には耐えられないという。
 私が主宰する「東京家族ラボ」には、あらゆる家族の問題が持ち込まれる。離婚、夫や妻の浮気、嫁・姑問題、自分自身の心の問題を相談されることも多い。問題の内容に応じて、私自身のコンサルティングだけでなく、心理カウンセラーも対応し、さらに実務的な問題では弁護士や精神科医に紹介したり、探偵を手配してさまざまな調査を行うこともある。その中で、特に受験シーズンのこの時期に増えるのが、子どもの受験、教育絡みの相談・問題である。
 「父親が家にいるのは、それほど邪魔なものですかねえ」
 男性はそう言って肩を落とす。一二月の模擬試験の結果が思わしくなかったため、妻も息子もさらにピリピリしている。自分はテレビを見ることはもちろん、のんびりソファに寝ころぶこともできない。息子に声をかけるタイミングを間違えると、露骨にイヤな顔をされる。できれば家に帰ってくるなという雰囲気すらある。息子が志望校に入れなかったらアンタの遺伝子のせいよとまで妻は言うかもしれない。いや、きっと言われます。そう言って男性は泣きだした。
 母親たちの焦燥感も分からないではない。日本の中高生はデータが示すとおり、本当に勉強しなくなっている。日本青少年研究所の調査では塾や自宅で「ほとんど勉強しない」高校生は五一%だが、国立教育政策研究所の調査では、自宅で「まったく勉強しない」中学二年生は四一%。これは国際平均の二倍である。少しでも子どもに期待している母親であれば、このような調査結果に危機感を持つのは当然だ。
 さらに学校崩壊の問題もある。公立中学に通うある男子生徒は修学旅行に行きたくないと言う。最初はいじめ問題かと思ったがそんな生易しい話ではない。修学旅行では絶対に死人が出る。僕は死にたくないし、誰かが殺されるような現場にいたくない。そう怯えているのである。これは特殊な例かもしれないが、こんな話が聞こえてくるほど公立中学の教育現場は荒れている。母親が不安になるのも当然だろう。
 かくして私立中学受験は過熱する。不況なのに、勉強しない子どもが増えているのに、なにがなんでも私立中学を目指す親子が増えている。私立のほうが安全に見えるし、少しは勉強するだろうと考えるからだ。しかも、中学は私立に入るチャンスでもある。人気の高い私立のほとんどは中高一貫で、高校から入るのは非常に難しくなっているからだ。
 ここで私は、子どもたちにもっとゆとりを、などとバカなことを言うつもりはない。目的を持って勉強している子どもは、素直に褒めてやればよい。ただ、お父さんも同時に褒めてあげてほしいと望む。
 戦後日本の最大の問題点は、多くの母親が子どもたちに、「勉強しないと、お父さんみたいになるわよ」と言い続けてきたことだ。お父さんみたいに負け組になりたくなかったら勉強しなさいと聞かされ続けた子どもがロクな大人になるはずはない。尊敬できないお父さんが稼いだ金で生活するのは当然だという母親の感覚は、親とは利用するものという感覚を子どもに教え込むに等しい。
 仕事をして稼いだお金で家族を養う。それだけで全てのお父さんは偉いのである。そんなお父さんをリスペクトできない、勉強の邪魔と考える子どもが将来、大きな人物になれるはずもないことを多くの母親は知るべきだろう。

◎――――エッセイ

松山真之助

Matsuyama Shinnosuke
航空会社に勤務。毎朝4時に起床し、始発電車を書斎がわりに、読書を続ける。一九九七年より「Webook of the Day」を発行。著者、編集者、読者との交流の輪を広げ、海外で暮らす日本人にも良書を紹介する。URL http://webook.tv/

「出すために読む!?」そんな読み方しませんか…

 僕は、書評を書くことが習慣になってしまった。今では習慣というよりライフワークでさえある。最初からそうしようと思っていたわけではない。たまたま読んだ本がよかったら、友達に教えたいと思うのは人情。そこにメールマガジンという便利な仕組みがあった。これは使わなくては…と始めたのが現在の日刊書評メルマガ「Webook of the Day」である。
 今、メルマガは、自分の知恵のデータベースとして、人生の記録として、新たな知恵の創発源として、僕の貴重な存在となっている。また多くのネットワークを作り出してくれる無料のOSでもある。そこから多くの出会いやビジネスチャンスが生まれたことは、思いもよらない出来事だった。
 まずは出版の機会が得られた。さらにセミナー講師やコンサルのチャンスも訪れた。常に書評メルマガが次のステップへの重要な基盤となっている。
 週末起業家ということで何度か取材を受けるうち、どうしてこうなったのだろう? 何が一番のキーファクターだろうか? と自問してみた。
 思えば小さな取り組みがすべての始まりだった。その小さな取り組みとは「出すこと」ではないかと思う。自分の考えや感想を世に送り出すことが、何かの役にたつものであれば、思いもよらないご褒美として返ってくるからだ。僕の「出すこと」は、本の書評をメルマガで発行すること。
 出すためには多少の努力もいるが、楽しみと心得れば、努力とか苦労とかの言葉は似合わない。なにしろ楽しくて寝る間もおしいくらいだから。だとすれば、自分の持てる思い、知恵、技術、経験…なんでもいいから「世に出す」ことこそが、チャンスをもたらすすばらしい行動ではないだろうか!と思うのだ。
 もうひとつ思ったことは、「出すため」に読むようにすることで、読むときの目線も、キーメッセージを拾い出す感性も違ってくるということだ。
 出すために読むという姿勢は、ものごとに対する感度を上げ、本の知見を自分の知識や経験と有機的に結びつかせ、新たな洞察を生み出しやすくするのではないだろうか。最近の僕の仮説は、「出そうとすればするほど、入れるものの質もよくなる」というもの。つまり何かを生み出すために読むことと、ただ読むだけとでは、本の選択も読み方もまったく違ったものになるということだ。
 おそらく読むだけで済ませていたら、毎日一冊の本を読むなんてことは続かなかっただろう。
「出すモードで読めば本が身(実)になる」つまり「出せば成る!」である。

◎――――連載14
“知的技術本”の古典を読む
『読書術』加藤周一(3)

妹尾堅一郎

Senoh Kenichiro
東京大学先端科学技術研究センター特任教授(知識創造マネジメント、知財ビジネス専門職育成ユニットプロジェクトリーダー)。研究領域は問題学・リスク論、コンセプトワーク論、ヴィジョン論、社会探索法他。著書に『考える力をつけるための「読む」技術』『研究計画書の考え方』など。



加藤周一(かとう・しゅういち)
1919年東京生まれ。東京大学医学部卒業。文芸評論家・作家。1951年渡仏、55年帰国。以後、文学・文化の両分野で精力的に文筆活動を展開、現在に至る。著書に『抵抗の文学』、『羊の歌(正続)』、『日本文学史序説』(大佛次郎賞受賞)、『現代ヨーロッパの精神』などのほか、『加藤周一著作集』(全24巻)がある。

「知ったかぶり」の効用と「事実を見抜く」方法
〜「本を読まない読書術」と「新聞・雑誌を読む看破術」〜

青年老い易く、書籍尽き難し

 「汗 牛 充 棟(かんぎゅうじゅうとう)」、現在日本で出版されて入手可能な書籍だけでも、約六五万点を数えるという(日本書籍出版協会)。全世界では、どれだけの書籍が流通しているのだろうか。図書館にしかない本も膨大なはずだ。さらに、現在はウェッブサイトが一種の出版メディアになりつつあるから、その数は“浜の真砂”を凌駕するかもしれない。
 しかし、人生は短い。一日一冊本を読んだとしても一年で三六五冊。一生で一万冊を超える本を読める人は、ごく僅かだろう。仕事で読書をする人は別として、普通、本を読み続けることは難しい。若いときに読書家だったとしても、四十代後半から老眼になったとたんに読書から離れかねない。かくいう私も、齢五十を超えて(しかも左右の視力が極端に違うので)、いくら老眼鏡をかけても本を読むのが極端に辛くなってしまった。青年老い易く、学成り難し。かつて「若いうちに本を読め」と言われていたのは、実は、若くて吸収力のあるうちに知識を得よという意味ではないことに気がついた。そうではない。歳をとったら老眼で読めなくなるから若いうちに読んでおけ、という意味なのだ。最近、私は、この論法で若い人に読書を勧めている。
 いずれにせよ、人間が一生のうちに読書に費やすことのできる時間は僅かしかない。本をまったく読まずに知的な生活を送ることはできないが、一方、本だけを読んでいても知的な実践はできない。我々のような知的実践家は、限られた時間内の読書から得るものを最大にする工夫が必要となる。
 では、その工夫にはどのようなものがあるだろうか。加藤は二つの工夫を提案する。もちろん、まず、本をできるだけ多く読む工夫である。前回述べた「精読術」と「速読術」の相乗的活用が効果的だ。しかし、それだけではない。さらに加藤は、なるべく本を読まずに済ます工夫もこれまた重要だという。これは卓見だ。ある意味、“本を読まない工夫”の方がはるかに傾聴に値する。なぜならば、普通、読書術というと、いかに多くの本を読むか、その工夫についてしか述べないからだ。問題学を専門とする私としては、彼の問題設定の巧さを賞賛したい場面である。

「知ったかぶり」の効用

 本を読まずに済ます基本原則は単純明快だ。加藤は、読書の目的を明確にし、そのために特定の本を選び、その他の本を一切無視すれば良い、と喝破する。「ものごとに即して知識の根本をとらえ、枝葉末節は忘れて暮らすとでもいいましょうか」(p.99)
 ではどういう本を読み、どういう本を読まずに済ますか。前者については、前回述べたように、本を速く読むために古典と教科書をゆっくり読む、というのも悪くない。文学の場合、一人の作家と付き合うことを加藤は推奨する。特に同時代の作家の場合、その作家の歩みと自分の歩みが関連し、たとえお互いに変化があるにせよ、精神的なつながりを感じることができる。つまり、同時代性を実感できるというわけである。
 読まずに済ます工夫の第一は、「要約・抜粋」、つまり書評や抄録を活用する方法である。新聞等の書評欄の情報は、読む本を選ぶだけでなく、読まずに概要やエッセンスを知るにも有効だ。最近のウェッブサイト上の書店では、読者書評や★印による“ミシュラン”評価が掲載されている。さらに、「いわば口伝えの書評」(p.110)もこれまたウェッブサイトやチャット等を通じてネットワーク上を流れている。もちろん恣意的な悪口も少なくないが、参考となる情報も少なからずあるだろう。
 かつて一九六〇年代に、『リーダースダイジェスト』という米国雑誌の日本版が流行ったことがあった。欧米で話題になった書籍の、それこそ要約だけを集めた雑誌だ。読まずに「知ったかぶり」をするには最適のものだった。最近も、この手の「ダイジェスト」ものとして、名作の“あらすじ”だけを集めた本が売れていると聞く。が、少々安直な“教養もどきの雑学”が気になるところだ。
 名作くらいは自ら読んで欲しいものではある。
 ところで、英米ではよく見かけるが、日本になかなかないのが“リーディングス”である。これは著名な論文や著書の主要部分の抜粋を集めたもので“コレクテッド・ペーパーズ”とも呼ばれる。それぞれの分野における主要文献をレビューするにはうってつけだし、大学院レベルの副読本としても最適だ。特に社会・経営関係のものは数多く、日本でも是非出して欲しいものである。
 「知ったかぶり」の効用を得る最大の機会は、実は、会話や議論にある、と加藤は言う。「門前の小僧、経を読む」「耳学問」……加藤は、本を読んだふりをすることによって会話や議論を楽しむばかりでなく、いわば、会話や議論を知識のリソースと化すことが可能である、と説く。実際に読んだ人たちから本の内容を聞くこともあれば、あたかも読んだかのようにふるまって議論をふっかけ、知らず知らずに相手が本の内容を紹介してくれるようにしてしまう手もある。
 この手のやり方は、スノビッシュ(俗物的)ではあるが、有効であることは間違いないだろう。問題は、付き合う相手を選ぶ必要があるという点だ。談論風発、知的な興味と関心を同じくする相手を得ることは、工夫のいるものである。しかし、知らずに済ますより、たとえスノビズムであっても本を読まずに済ます工夫と割り切れば良い。「知的『スノビズム』は、『どうせ私はばかですよ』という『ドーセバカイズム』の反対のものです」(p.120)
 そう、その上、会話や議論を楽しめれば、なお結構ではないか。

新聞・雑誌を読む「看破術」

 さて、本を読まずに済ます人もいるだろうが、雑誌と新聞をまったく読まない人はほとんどいないはずだ。雑誌や新聞はどう読めば良いだろう。
 専門雑誌に限れば、「自然科学者が雑誌を読み、社会科学者が雑誌と古典を読み、哲学者と文学者が主として古典を読む」(p.155)と、加藤は指摘する。
 自然科学者は基本的に専門雑誌しか読まない。科学技術の世界は進歩が早いので、先端を知るには専門雑誌を読んでいないといけない(最近専門雑誌はウェッブサイトと電子メールに取って代わられつつあるが、ここでは触れない)。科学理論の類は、「一度確立された事実は万人の所有になる」(p.151)。「不易なものは一度確立されると、流行のなかに吸収されて」(p.155)しまうからである。つまり科学者は、専門雑誌に「流行の知識」を求め、自分でその先の知を創ろうとするのである。
 一方、社会科学では、いくつかの古典的文献を踏まえながら専門雑誌を読む。古典的な文献を軸とした先行研究のレビューを通じて、その議論の不足点や問題点を指摘し、その上で最近の動向に目配せをしながら議論を展開する……といった社会科学系統における基本的なアカデミックワークの“作法”があるからである(この作法については、拙書『研究計画書の考え方』を参照されたい)。
 人文系の研究者は、雑誌よりもむしろ古典を読む。しかも熟読する。最近の文芸雑誌や思想雑誌を読むのは、その合間の話であると聞く。なぜならば、哲学・文学では、前の時代の知識が次の時代の知識に完全に吸収されることがなく、一方では、次の時代の知識の基盤として働きながら、他方では、前の時代の知識が存在しつづけていくからである。古典の精神は現代文芸の中に生きていると同時に、現代文芸の中から次の古典が生まれてくるのである。
 「すべて文学作品、すべての哲学的な思想には、それが歴史的な発展の一局面であるという面と同時に、それ自身で完結し、一つの世界を形づくっている面があるのです」(p.153)。これは、芭蕉の言う「不易と流行」のことでもある。加藤は、芭蕉の言葉は、不易と流行がそれぞれ別にあるという意味ではなく、「……芭蕉の一つの句は、本来同時に不易の面と流行の面とを兼ねていなければならないということだった……」(p.154)と指摘する。

新聞の「事実」をどう読むか

 全てのものは不易と流行を兼ね備えている。あるいは、あらゆるものに不易と流行を読むことができる。とはいえ、その濃淡はモノによって極めて異なるだろう。不易を代表するのが古典だとすれば、流行の代表は新聞である。そして、「聖書は『真理』を、新聞は『事実』を代表する」(p.156)。加藤は、新聞の性格として三点を挙げ、読者が新聞記事に関してできるだけ公正な判断を下すための工夫を説く。
 第一は、新聞は事実を選ぶ、という点だ。新聞は、紙面の何百倍もの量の「事実」からいくつかを選び、記事として限られた空間に“編集”する。「事実」を選ぶ基準は新聞により異なる。実際、「朝日新聞」と「産経新聞」では、同じ出来事を取り上げても、記事の内容も書き方も違っているだろう。そこで、異なる新聞を同時に読み、その差異を確認することが必要となる。そして、それに基づいて、できるだけ公正な判断を下そうとしなければならない。一紙だけに頼ると、その新聞の論調に染まってしまい、世の中の見方が偏ってしまいかねないからである。
 第二は、新聞は選び出した事実に「見出し」をつける、という点である。「見出し」は、それを書く者の立場によって違ってくる。我々は、見出しで先入観を持ってしまい易い。そこで、できるだけ公正な判断を下すためには、これまた他紙と比較することが必要な工夫となるのである。
 第三に、(特に日刊)新聞は今日あった出来事だけを報道する、という点だ。もちろん、過去の出来事を取り上げないわけではない。しかし、紙面が限られているので、一番新しい出来事を報道することが基本となる。だから「新聞の紙面には記憶がない」。もちろん、切抜きや縮刷版を活用することはできるだろう。しかし、重要な点は、報道されている出来事を過去の文脈を踏まえて読む、ということだ。
 要するに「事実を選び、その事実に『見出し』をつけ、古い事実を記憶しない」(p.157)という新聞の特徴を踏まえた読み方が必要なのである。
 さらに加藤は、新聞報道の「客観性」を調べるための工夫を提案する。それは、「もっともよく知っている事柄についての記事を、注意深く読む」(p.165)というやり方である。政治問題でも、野球の話題でも、あるいは企業の動向でも良い。自分の知っている事柄に関する記事ならば、どの程度のことが書かれているかが判断できるだろう。新聞社の立場も、記者の勉強(不足)ぶりも分かるというものだ。
 いずれにせよ、活字であるから事実に違いない、という頭からの信頼は危険なのだ。新聞雑誌の記事は、読む側の態度と工夫が何より問われるのである。
 このように、新聞には「看破術」が要る。看破術とは、記事を通して“真実を見抜く術”なのである。

◎――――連載10
M式社会学入門

宮台真司

Miyadai Shinji
一九五九年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。現在、東京都立大学人文学部社会学科助教授。著書に『権力の予期理論』『終わりなき日常を生きろ』『自由な新世紀・不自由なあなた』など。

「二重の偶発性」とは何か

 連載の第一〇回です。前回は「予期とは何か」をお話ししました。話の繋がりを確認すると、社会システム理論では社会秩序の実現を、出発点での法や規範への合意ではなく、偶々(たまたま)破られないがゆえに継続する根拠のない信頼において記述します。
 信頼は予期の一種です。予期には「殴ると思っていない」という消極的予期と「殴らないと思う」という積極的予期があります。積極的予期はさらに「殴らないだろう」という認知的予期と「殴らないべきだ」という規範的予期とに分けられます。
 単純な原初的社会では、信頼は「考えたこともない」という消極的予期の形――未分化な予期――を取ります。社会が複雑化して違背頻度が高まると、信頼は積極的予期――分化した予期――の特定の構造(予期と違背処理の先決)により担保され始めます。
 ちなみに、信頼の形式変化が宗教を進化させます。原初的社会の宗教は、未分化な予期を破るパニック的事態を儀式で聖化する機能を果たします。複雑な社会の宗教は、分化した予期の先決された構造が存在する理由を神によって説明する機能を果たします。
 予期とは何か。私たちは動物と違って刺激に反応が短絡せずに意味を経由します。意味とは、偶発性に対処して選び直しを可能にする、否定性をプールする選択形式です。意味を用いて、いちいちサウンドせずに世界を無根拠に先取りする営みが、予期です。
 私たちは予期によって世界を構造化(選択前提を選択)しています。この構造化は他者を媒介にします。私たちは自分が体験せずとも、他者の体験を私も体験可能だと予期することで、他者の体験を自分の体験の等価物と見倣(みな)し、体験地平を拡大します。
 素粒子理論の真実性のように、現実に体験する他者がいなくとも、他者たちがそのように世界を予期するだろうと私が予期できることを以て、私の体験の等価物と見倣しさえもします。かくして他者を媒介にする予期的構造化で体験地平が一挙に拡大します。
 予期による意味的先取りが違背処理の先決(認知的/規範的予期の分化)というコストを生むように、他者を媒介とする体験地平の拡大も「二重の偶発性」への対処というコストを生みます。二重の偶発性とは何か。今回の主題です。

二重の条件依存性/二重の偶発性

 二重の偶発性とは第八回で軽く紹介した通り、《偶発的な私の振舞いに偶発的な他者の振舞いが不確定に依存する》ことです。パーソンズ以降の社会学は、社会秩序は如何にして可能かという問いに、二重の偶発性の克服可能性を以て答えます。
 二重の偶発性double contingencyという概念はパーソンズによって提起され、当時はその内容から「二重の条件依存性」と訳されました。内容とは、第三者から見て、太郎君の振舞いが花子さん次第であり、花子さんの振舞いが太郎君次第であることを言います。
 二人の振舞いの帰趨(きすう)は、互いの条件依存性が一次方程式y=ax+bかつx=cy+dで記述されるなら、この連立式を解いて、y=(ad+b)/(1-ac)、 x=(bc+d)/(1-ac)となります。現実には一次方程式になると限らず、互いの行動の収束/発散/振動の如何(いかん)は不定です。
 パーソンズは、これが発散しては社会秩序が成り立たないと考え、収束・振動するための制約条件として、同一の価値システムに服属することによる「期待の相補性」(医者が相手を看護婦だと思い、看護婦が相手を医者だと思うという噛み合い)を持ち出します。
 それが第八回で紹介したパーソンズ流の「価値共有による秩序問題の解決」ですが、これはホッブスによる秩序問題の解決案と同じく、秩序のありそうもなさを、価値共有のありそうもなさに移転しただけで、解決と呼ぶには値しません。
 そこで多くの社会学者は経済学における価格決定のメカニズムと同じく、複数主体の行動の均衡点として価値共有を説明したがりました。が、諸行動が均衡するために必要な前提(初期手持量への合意など)をこそ価値共有で説明しようとしていたわけで、論点先取です。
 かかる議論に終止符を打ったのが、ルーマンによるdouble contingency概念の翻案で、「二重の偶発性」と訳されます。第三者視点ではなく、私から見て偶発的な他者の振舞いが、私自身の偶発的な振舞いに不確定に依存すると、私に理解されていることを言います。

単一の偶発性/二重の偶発性

 自尊心を考えてみます。私が「自らが射た矢が確実に命中すること」を自尊心の糧にする場合、自尊心は単一の偶発性に結びついています。的に当たるとは限らないという偶発性に抗していつも的に当てることができれば、私の自尊心が維持されます。
 ところが「矢が命中することを他者がほめてくれること」を自尊心の糧にするなら、状況は一挙に複雑化します。矢が命中すれば他者がほめてくれるとは限らず、ほめてくれるかどうかは多くは、ほめたら私がどう振る舞うか(についての相手の予期)で変わります。
 すなわち、ほめたら私がどう行為するかという他者の予期が、他者が私をほめるかどうかを左右するのです。私がほめられようとするなら、私の偶発的(不確定的)な反応行動についての他者の偶発的(不確定的)な予期を、予期しなければなりません。
 私の矢の命中を他者がほめるかどうかという偶発性が、他者がほめたときに私がどう反応するかという偶発性に結びついている――これが二重の偶発性と呼ばれる所以(ゆえん)です。この場合、自尊心の維持は、かつてない複雑性に晒されることになります。
 自尊心を維持したい私は、単一の偶発性と違って矢が命中するように精進するだけでは足りず、他者が私の行為をどう予期するか――他者から私がどう見えるか――という偶発性を、コミュニケーション(選択接続)の履歴を用いて操縦しなければなりません。
 別の例です。私が相手に命令しても従うかどうか偶発的です。従うか否かは、従うか否かで私がどう振る舞うかという私の偶発的反応についての彼の予期に左右されます。従う蓋然性を高めるには、私は彼の予期を予期して、彼の予期を操縦する必要があります。
 拙著『権力の予期理論』に詳述したように、私の権力――私さえいなければ相手が好きに振る舞えるのに私のせいで断念せざるを得なくする力――は、私の手持ちの実物の多寡よりも、私に対する相手のイメージ(予期)を制御する力に依存します。

偶発性の消去/偶発性のやり過ごし

 こうしてdouble contingencyの概念をルーマン的に翻案すると、double contingencyの克服という秩序問題の解決は、パーソンズとはかなり違った趣(おもむき)になります。それをルーマンは《偶発性の消去から、偶発性のやり過ごしへ》と表現します。
 パーソンズの場合、価値共有によって、看護婦が医者の予期に適合し、医者が看護婦の予期に適合した振舞いができる場合、偶発性が消去されて問題が解決します。ところがルーマンは現実離れした解決だとしてこれを論難します。
 彼によれば、現実においては偶発性は消去されずに残ります。例えばいつ何時、医者が看護婦の予期を破ってセクハラに及ばないとも限りません。いつ予期破りがあるかも分からないという偶発性が残ったままでも前に進めることこそが問題の解決なのだと言います。
 現に私たちはこうした偶発性が残ったままでも前に進める(安定して行為できる)のです。看護婦たちはセクハラの可能性が消去されなくても職務を全うします。それはどのようにしてでしょうか。それに答えることが秩序問題への解答になります。
 パーソンズとルーマンのスタンスの違いを十分理解しましょう。一般に、私の行為と他者の予期(期待)との関係には二つのレベルがあります。第一は、私の行為が他者の予期に合致しているかどうか。第二は、私の行為が他者の予期を踏まえているかどうか。
 パーソンズは前者を、ルーマンは後者を重視しますが、両者は似て非なるものです。なぜなら、二つのレベルが論理的にズレる可能性があるからです。すなわち私は、他者の予期を踏まえた上で、あえて他者の予期に反する行動を取ることができるのです。
 パーソンズの場合、こうした振舞いは社会秩序への侵犯を意味しますが、ルーマンの場合は意味しません。この違いを説明するのに最もよい例が「社交術」です。日本人は社交術を、場の期待(周囲の予期)に合致した振舞いができるか否かのレベルで考えがちです。
 ところが西欧的な社交術の本質は、私の行為が他者たちの期待に応えるかどうかではなく、私が他者たちの期待に応えうる存在であることを他者たちに示すことで、私が他者たちを受け入れる意思を持つことを示すところにあります。

行為への集中/予期への集中

 F1のモナコ・グランプリの予選前日(木曜日)にモナコ王室が主催するパーティが開かれます。日本国内ではしばしば「タキシードの着用が原則なのに、日本の記者がフィッシュマン・ジャケットを着用したまま参加するのはミットモナイ」と非難されます。
 しかし厳密には的外れです。例えばアップル・コンピュータの創業者スティーブ・ジョブズであればTシャツとジーパンで現れるかも知れません。それでもいいのです。なぜなら、皆の期待を熟知した上で「ワザと外す」ことも、社交術の正攻法だからです。
 パーティのゲームを弁(わきま)えた上で「ワザと外し」たことをプレゼンテーションできれば、私は自分がパーティに参加するだけの器量を持った存在であることを示し、パーティの参加者たちを受け入れる意思があることを示すことができるのです。
 社交術の伝統を欠いた日本人が、相手の期待に合致しているかというレベルと、相手の期待を踏まえているか(合致した行為をなし「うる」か)というレベルとを、区別できないことは、日本人の「ナンパ下手」にも関係します。
 日本人は直接に相手の期待に沿おう(喜ばせよう)として、期待に沿えない可能性に脅(おびえ)えます。でも社交術の伝統では間接性がポイントです。服装や家具や調度をほめることで、相手を直接喜ばせるよりむしろ自分に相手を喜ばせる器量があることを示そうとします。
 器量があるところを相手に示せれば社交術としては成功で、その上で相手が自分を受け入れるかどうかはもはや相手の問題だというのが、西欧流の誘惑(ナンパ)です。だから相手がなびくかどうかに一喜一憂してビビる必要を免除されるのです。
 これらの例に明らかですが、相手の予期を踏まえたとしても、私の行為は本来偶発的です。同じく、私の予期を踏まえたとしても、相手の行為は本来偶発的です。私たちはこれら偶発性に混乱したりしません。私たちの注意が、行為でなく予期に集中するからです。
 さて、第八回で述べたように、偶発性が残ったままで前に進めるのは「信頼」によります。ところが第九回(前回)で述べたように、予期破りに満ちた複雑な社会システムにおける信頼は、予期破りを想像したこともないという自明性によっては調達できません。
 前回の言い方では《むしろ違背の可能性を意識しながら、それでも前に進めるよう、分化した予期層で信頼を調達する必要が出てきます》。それが如何にして調達されるかのヒントを、私たちの注意が行為ではなく予期に集中しうる事実が与えてくれます。
 前回《複雑な社会における分化した予期層における信頼》の実相を描き出す作業を積み残しましたが、以上を踏まえて次回はこの作業にチャレンジします。題して「制度とは何か」です。

◎――――エッセイ

星野博美

HOshino Hiromi
一九六六年東京生まれ。写真家・ノンフィクションライター。香港返還前後の二年間、香港で暮らした体験を書いた『転がる香港に苔は生えない』で第三二回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。著書に『謝々!チャイニーズ』『銭湯の女神』『対話の教室』、写真集に『華南体感』『ホンコンフラワー』がある。

北風と太陽

 日中の多くの時間をコーヒーショップやファミリーレストランで過ごすことが多いが、最近身にしみて感じるのは、夏でも冬でも、寒すぎる店が多いということだ。実は今もこの原稿をコーヒーショップで書いているが、マフラーはしたまま。さっきまでコートは脱いでいたけれど、だんだん店内が冷えてきたので、肩からコートをはおっている。どう考えても、回転をよくするために設定温度を下げているとしか思えない。

寒すぎる店内

 私はこれをひそかに「逆・北風と太陽作戦」と呼んでいる。童話の中で北風と太陽は、どちらが先に旅人のコートを脱がせられるかと競いあい、暑くさせた太陽が勝った。しかし日本のコーヒーショップは童話とは違う。私のみるところ、多くの店が北風作戦、つまり温度を下げ、早く客を追い出してしまおう、という仁義なき作戦をとっている。
 エネルギーを節約するため、という言い訳は通用しない。省エネのためだったら、夏にあれほど冷房を効かせる必要はない。夏も冬も、とにかく寒い。北風と太陽にもてあそばれた憐れな旅人のような私は、自分の身を守るため、夏でも冬でもいろんな衣類をリュックに詰め、大荷物でコーヒーを飲みに行く。向こうが北風作戦でくるなら、こっちは重ね着して対抗するだけだ。ほとんど、戦(いくさ)に出かけるような心持ちなのである。

カフェのありようの違い

 ヨーロッパで過ごした冬を思い出す。零下にまで下がった雪降る街を歩き、体の芯まで冷えきって足先の感覚も失いかけた頃、もやの向こうにカフェの灯りが見える。そんな時は、何日かぶりに砂漠でオアシスを見つけたような気持ちになったものだ。
 カフェの入り口は、暖気を逃がさないよう、ぶ厚いカーテンで覆われている。そのカーテンが、氷の世界と暖かい世界の境界線のように私には思えた。店に入るとコートを脱ぎ、帽子をとり、しめった手袋をはずし、一枚一枚よろいを脱いでゆく。十分に暖められた空気に、暖かい色の電球、必要以上に耳を刺激しない人々の会話、それらが水蒸気の粒の中に溶けあって、硬直した体の中にしみこんでくる。そして暖かい飲み物が、まるで血液の中に入りこんだように体じゅうを駆けめぐり、体のすみずみにまで温かさを運んでゆく。
 体を十分に弛緩させ、外の世界に出て行く心の準備ができると、私はまた一枚一枚、よろいを重ねていく。それは外の世界へ出て行く時の儀式のようなものだった。
 ここにあってくれて、どうもありがとう。素直にそういいたくなる。私はもう大丈夫です。そしてまた氷の世界へ戻っていくのだった。

収益重視という寒さ

 そう書いているそばから、足元がしんしん冷えてきた。隣に座っている若い女性はコートを着たまま、さっきからしきりにくしゃみをしている。私たちはせっかく休みに入ったコーヒーショップで、あまりの寒さによろいを脱ぐことができない。心も体も、店に入る前よりかえって冷えきってしまい、どこもほぐすことができないまま、また外の世界へ出て行かなければならない。
 最近は市立の図書館へもよく行くが、図書館はとても暖かい。うちの最寄の図書館は、平日の午後に寄っても、一つも椅子が空いていないほど込み合い、暖かさでうとうとしている人も少なくない。図書館は、人が来ようが来まいが儲からないから、北風を吹かせて人を追い出す必要がないらしい。
 結局、私を芯から冷えさせるものは、収益重視という経済感覚なのだった。
 私だって感情で生きる動物だから、程度の差はあるにせよ、店によくしてもらったら財布の紐はゆるむし、よくしてもらった覚えがなければ財布の紐は固くなる。コーヒーショップやファミリーレストランが回転をよくしようとして温度設定を下げれば下げるほど、私の心は冷えきり、その手には乗るものか、と意固地になって長居をする。すると童話の中の北風のように、店はますます寒くなってゆく。とても淋しい応酬が日夜繰り広げられている。
 それとも私がたかが一杯のコーヒーにこだわりすぎなのだろうか。この程度の値段でコーヒーが飲めるだけでもありがたい、と感謝すべきなのだろうか。冷えきってしまった体では、そんな寛容なことも考えられなくなる。
 早く店を出てもらいたかったら、太陽作戦でコートを脱がせるのが一番の近道なのに。
 こうして私は、悲しいことだが、日に日に寛容な気持ちを失っている。

◎――――エッセイ

足立光正

Adachi Terumasa
一九三七年生まれ。(株)プランニング&プロダクション代表取締役。映像・イベント・デザインなど企業コミュニケーションの企画制作を幅広く手がけ、約六〇社のCI計画、四〇社の企業理念開発にたずさわった。近く『企業理念が組織を変える』を上梓予定。

企業理念には専門家がいない

経営論から置き去りにされた企業理念

 企業経営に関する多様な啓蒙書が何千何百と発刊される時代に信じがたいことだが、企業理念の開発システムや運用システムに関する啓蒙書は私の知るかぎり皆無である。
 いまこそ、企業は組織における理念のあり方を再検討し、新しい時代に生き抜いていける感受性と柔軟性と集中力を持った組織風土を再構築していくことが必要な時だと思うが、組織システム論、組織管理論などが盛んに叫ばれる一方、企業活動における基本的価値観を示し、組織の成員の意識や行動を支える企業理念の問題は置き去りにされているのである。
 これは、経営者や啓蒙書執筆者の組織理念に対する認識の浅さに起因しているといえよう。組織は理念で結ばれた人間関係であるという、組織運営に欠くことのできない基本的な視点がないがしろにされているのである。

経営理念から企業理念への進化が必要

 企業の理念に関するもう一つの問題は、「経営理念」と「企業理念」についての理解の混乱である。内部向けの理念である経営理念を、社会に向けて宣言する企業理念へと進化させるべきだという考え方が、わが国にもたらされたのは一九七○年代のことだが、それが十分に理解されないまま今日に至っている。その責めは、企業理念に関わってきた専門家の怠慢に向けられるべきであろう。
 経営理念は、経営者の「経営信条」を表す理念である。それに対し、企業理念は「企業の基本的価値観」として策定するもので、企業の社会的存在意義、経営の基本姿勢、社員の行動規範などを含み、企業内のみならず外部に向けても公表される理念である。
 したがって企業理念は、組織を律する理念であるとともに、企業内外に向けたあらゆる企業コミュニケーションの最上位コンセプトでもあるといえる。昨今、マーケティングの新たな視点として「ブランディング論」が盛んだが、そのブランド・コミュニケーションの起点となるのも企業理念である。その意味で、企業も企業コミュニケーション専門会社も、企業理念についての認識を改める必要があると思う。

多くは手さぐりの理念開発

 多くの企業で、理念開発は第三者に委託するものではない、という考え方が根強い。理念づくりの話が出ると、必ず役員の一人や二人から「わが社の理念は社内でつくれ」という声が上がる。経営者の思いを凝縮するだけの経営理念ならそれでもよい。しかし、企業活動における基本的価値観を定め社会にも発信する企業理念をつくるためには、その開発手順が非常に重要である。それを社員のみのプロジェクトチームでまとめ上げるというのは、海図もなしに航海経験のない船員たちが船を走らせるのに似てきわめて困難な作業である。特に、最近は若年層と中高年層との意識ギャップが大きく、また中途採用者、契約社員、パートタイマー、アルバイターの増加など社内環境が急変しており、企業理念の構成や表現にも一段と工夫が必要となっている。
 しかし、こうした理念づくりプロジェクトに対する外部専門会社のサポートもまた「現状の調査分析をして企業課題を整理する」「企業理念を巧みな言葉で表現する」といった部分的なものが大半であり、理念再構築システム全体を専門家としてトータル・サポートすることはほとんどなかった。専門会社に企業理念についてのノウハウの蓄積が十分でないから、トータル・サポートをしようにもできなかったというのが実情であろう。

求められる専門家の一貫サポート

 いま、多くの企業が組織改革に取り組んでいるが、組織を変革するとは社員意識を変革することでもあり、企業理念の果たす役割は大きい。また、企業コミュニケーションが一層重視される時代を迎えて、その最上位コンセプトである企業理念の意義はますます重要になっている。このような企業理念を的確かつ効率よく開発するためには、企業は理念再構築プロセス全体に企業理念と企業戦略をよく理解した専門家を参加させる必要がある。
 一方、これを受けて立つ企業コンサルタントやコミュニケーション専門会社も、企業理念への理解をさらに深め、理念プロジェクトの一貫サポート体制を確立していかなければならない。またそのためには、調査分析から理念の開発・展開に至るまでをトータルにコントロールできる「理念プランナー」とも呼ぶべき専門職を育成していくことが必要である。

◎――――エッセイ
訳著紹介

門田美鈴

Kadota Misuzu
翻訳家。フリーライター。訳書に『カエルを食べてしまえ!』『こうなったら無敵の営業マンになってやる!』(ダイヤモンド社)、『チーズはどこへ消えた?』『人生の贈り物―あなたの探し物は何ですか?』(扶桑社)など多数がある。



顧客に「ありえない!」と言わせたら“勝ち”

 我が家ではネコを二匹飼っている。飼っているというより、飼わせてもらっているというか、お世話をさせてもらっているといったほうがいい。ネコたちが中心の暮らしなのだ。
 いずこも同じとみえて、「ネコ様」向けだけでなくペット用品市場は衣食住、まことに充実している。犬猫向けビデオ、保険、ペットシッター、犬猫翻訳機まである。ビデオは犬猫合わせて一〇〇本ほども売れたという。
 これまでは考えられなかったことである。だが、いまやこうした常識破りの新商品が数々出現し、成功を収めているものも多いことは寡聞の私でも見聞きしている。アルバイトのシフトをコンピュータで制御する「バイトマスター」、バイクを持たないバイク便業者、賞味期限切れ間近の商品をネットで販売する業者、目にしみないタマネギ、永久に錆びないネジ、ナノテクの数々……。
 最近翻訳したダイヤモンド社の『「紫の牛」を売れ!』(原著タイトル『Purple Cow』)は、まさにニッチ市場を狙った、目新しい常識破りの非凡な商品についての本である。
 コーヒーのブランドバリューを確立したスターバックスからロックンロール・ホテルともいうべきホテル・チェーンまで、新旧の非凡な商品、つまり「紫の牛」がいかにして生まれ、マーケット・シェアをさらったかという実例と、いかにしてそうした「紫の牛」を生み出してヒットさせるか、次々と「紫の牛」をつくり出すにはどうすればいいのかを説いている。
 そこで著者、セス・ゴーディンが強調しているのが、「オタク」的発想である。好きこそものの上手なれ、という。好きを極めるオタク的考え方が、新しいニッチ市場をものにするのだ。
 おりしも「編集会議」二月号は、「売れるタイトル」を特集している。本の売れ行きに大きな役割を果たすタイトル。非凡な商品を扱った本書も、非凡なタイトルでヒットにつながらんことを!

◎――――連載2
メイクのカリスマが教えるできる男の「仕事顔」

かづきれいこ

Kazki Reiko
フェイシャルセラピスト。スタジオKAZKI主宰。傷ややけど痕などをカバーすることで心を癒す「リハビリメイク」の第一人者。知的障害者や老人ホームの方へのボランティア活動にも力を注ぐ。

カッコいいハゲになる!

 先月から始まったこの連載。「ビジネスマンの“見た目”がどうしたら向上するかについて、ビシバシ指南するわ!」と周囲に宣言したところ、「じゃあ、これについてぜひ書いて」という声が一番多かったのが、ズバリ“薄毛・ハゲ”に関することでした。
 うーん、これって、女性の側からはなかなかハッキリ言いにくいテーマ!
 でも、みなさん知りたいんですよねー、やっぱり。この問題って、男性の外観に関する悩みのナンバーワンかもしれません。でも、普段は口に出して相談しにくいですよね。特に女性の意見は聞きにくいはず。
 こうなったら“顔”の専門家である私が、女性の立場からお答えするしかないと腹をくくりました。忌憚(きたん)のないアドバイス、させていただきます! 用意はいいですか?
 まず「女性はハゲの男は嫌いなのか?」という疑問にお答えします。きれいごとを言わないのが私のいいところなので、あえて率直に申し上げると、「やっぱり髪の毛はあったほうがいい」というのが女性のホンネでしょう。でも、それは「ハゲは絶対にイヤ!」というのではないんです。そういう女性もいるにはいますが「それって、人によるんじゃない?」という女性が大部分。何人かに「カッコいいハゲに出会ったことがあるか?」と聞いてみたところ、ほぼ全員が「ある」と答えました。ハゲにも「カッコいいハゲ」「許せるハゲ」「許せないハゲ」があるということなんです。
 「許せないハゲ」の代表格は、生き残っている少ない髪の毛を長く伸ばし、地肌にはりつけるようにしている「みじめハゲ」。ちょっと前に「バーコード」と呼ばれたアレです。これは女性たちに、ものすごーく不評。少なくとも、これだけはやめましょう。
 じゃあどうすればいいか。一番のおすすめは、思いきってスキンヘッドにしてしまうことなんです。過激すぎると思う人もいるかもしれませんが、女性たちの挙げた「ハゲてるけどカッコいい人」は、全員がこのスタイル。「そこまではちょっと」という人は、剃りあげなくてもいいので、かなり思いきって短く刈り込んでください。
 頭を剃るか、短く刈るかしたら、大事なのは眉。バランスのいい眉で精悍さを感じさせれば、「カッコいいハゲ」になれます。
 眉の整え方は、イラストを参考にしてください。「眉を剃るなんて、ヤンキーの高校生じゃあるまいし」なんて言わないでください。もちろん、あんなに細くする必要はありません。余分な部分をカミソリで剃って形を整えるだけで、ぐっと顔が精悍(せいかん)な印象になりますよ。
 ポイントは、「眉山」(眉の一番高い部分)をきちんと作ること。こうすると、顔立ちが立体的に見え、かつ、意志を感じさせる男らしい表情になります。
 眉が薄くて剃るのは抵抗がある人もいるかもしれませんが、眉というのは多少整えたほうが、かえって濃く見えるものなんです。長さが足りない場合や、眉山がない眉の場合は、ペンシルで少し描き足すとよいでしょう。その場合、化粧品屋さんで売っている茶色くてかわいい「眉墨」よりも、画材として売られているデッサン用の鉛筆(「エボニー」といいます)がおすすめです!



◎――――エッセイ

西村克己

Nishimura Katsumi
一九五六年生まれ。東京工業大学経営工学科大学院修士課程修了。富士写真フイルム、日本総合研究所を経て、現在、芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科教授。専門はMOT(技術経営)、経営戦略、戦略的思考、図解思考、プロジェクトマネジメント。著書も多数。

ビジネスのワンポイント思考法
――「羊」になるか「羊飼いの犬」になるか

 突然ですが、あなたは「羊」「羊飼いの犬」「羊飼い」の三つのうちのどれか? そして将来はどれを目指すのか? ちょっと立ち止まって考えてみてください。ん? わからない? では、ちょっと説明しましょう。

「羊」と「羊飼いの犬」が意味するもの

 まず「羊」は、羊飼いの犬に追い回されてエサのある場所に誘導される。羊飼いの犬が怖くて一生懸命走る。変なところに行こうとすると犬が吠えるから、みんなと同じ方向に走っていけばいい。下を向いて地面を見ながら、仲間の動きに合わせて走ればいい。楽だろう。まじめで従順だ。でも悲しいことがある。せっかく生えた羊毛を丸裸にされる。とっても寒いけど、草はそれなりに食べられる。
 次に「羊飼いの犬」は、羊を誘導してエサの草が生えている場所に追い込んで、夜になったら羊たちを連れて家に帰ればいい。数百頭の羊を操るのはおもしろい。ちょっと睨みをきかすと、手に取るように思った方向に誘導できる。そしてきちんと仕事をすれば、羊飼いからお肉をたくさんもらえる。
 最後の「羊飼い」はオーナーだ。膨大な土地と資金がないと、羊飼いにはなれない。できれば羊飼いになりたいけど、マネジメントが下手だと大赤字で苦しくなる。
 で、今のあなたは、「羊」「羊飼いの犬」「羊飼い」のどれだろうか? そして将来はどれを目指したいだろうか? 最もいいのは、羊飼いを目指すことだ。しかし、いきなり羊飼いを目指すと、マネジメントが下手でかえって失敗するかもしれない。そこでまずは、羊飼いの犬を目指してはどうだろうか。
 羊飼いの犬はわずか数頭で、何百頭もの羊を自由に操る。なぜそんなことができるのだろうか。羊は犬が怖いから? それだけだったら、羊は散り散りバラバラになって、収拾がつかなくなるはずだ。羊を誘導できるのは、羊飼いの犬が羊の特性を知っていて、ツボを押さえた動きをしているからだ。
 米国と日本の外交を見ていると、米国が羊飼いの犬に、日本が羊に見えてくるのは、私だけだろうか。米国はがむしゃらに働き回る日本を、やれダンピングだ、報復措置だと、経済政策で手玉にとるのがうまい。米国の政治家の方が知恵者、いや、戦略家なのだ。戦略とは、限られた資源で投資対効果を最大化することである。まじめで従順な羊ではなく、ツボを押さえて最小限の労力で羊を誘導する羊飼いの犬は、つまり戦略家だ。
 では、戦略家である羊飼いの犬になるためのコツとは何か? それは二つの目を使い分けることだ。目はなぜ二つあるのか。それは、物事を立体的にとらえるためだ。二つの目で見れば、遠近感がわかる。羊飼いの犬は誘導したい目標地点(ゴール)と、現在の位置との両方を考えながら羊を誘導している。片方ずつ二つの目で見れば、現在地とゴール地点の空間を立体的に把握できるから、効率的に羊を誘導できる。一方、羊は両目で足元しか見ていないから、どこに連れて行かれるかわからない。

現在と未来、グローバルとローカル

 二つの目で見ることは、わたしたちに多くのチャンスを与えてくれる。
 まず、二つの目で異なる時間を見てみたらどうだろうか。現在と一〇年後の自分を見てみるのである。一〇年後の自分をイメージしてみて欲しい。一〇年後にハッピーだと思える自分をイメージしてみよう。片方の目で一〇年後を見たら、もう一方の目で現在の自分を見てみよう。きっとギャップが大きいだろう。それならば、時間軸でその間を立体的に見ればいい。一年後、三年後、五年後に、どうしなければハッピーな一〇年後に到達できないか見えてくるだろう。今のまま、昨日と同じ繰り返しでいいのか? そう感じたら、新しい自分を踏み出すきっかけになる。
 もう一つ。二つの目で、片方をグローバル(海外)な視点で、もう片方をローカル(社内や国内)な視点で見る。いつも両目で、社内だけを見ている人は、羊になってしまう。さらに、上司しか見ていないと、ヒラメになってしまうからご用心。片方の目でグローバルに見て、もう一方でローカルに見る。これをグローカル(グローバル+ローカルの造語)という。
 世界に自分のパンを売ったパン屋さんが日本にいる。地方都市に工場を持つパン屋さんの社長は、自分の作ったパンを、世界中の人に食べて欲しいと日夜考えていた。そこで閃いたのは、パンを缶詰にするアイデアだった。そして半年間の研究開発の末、食パンの缶詰を発明し、特許も取得した。今では、年間八〇万個が災害用の保存食として売れているという。そこまでがグローバルな目。
 そしてその社長さんは、ローカルな取り組みとして、パンの宅配事業を始めた。地元の主婦たちから配達員の希望者を募集し、自分が売った分だけ利益が上がる報酬制度を導入した。高齢者が多い地方都市なので、人気は上々のようだ。
 さて、ここまで説明した上でもう一度聞きましょう。
 あなたは「羊」「羊飼いの犬」「羊飼い」の三つのうちのどれか? そして将来はどれを目指すのか? それは、あなたが自由に選択できるのだ。

◎――――エッセイ

伊藤 守

Ito Mamoru
一九八〇年にコミュニケーションに関する研修事業を始め、米国コーチ・ユニヴァーシティと提携しコーチ・トレーニング・プログラムを開始。企業向けコーチングのほか、企業・経営者団体などを対象とした研修や経営者の個人コーチに多くの実績を持つ。日本で最初の国際コーチ連盟マスター認定コーチ。著書は『コーチング・マネジメント』『もしもウサギにコーチがいたら』など多数ある。

経営から偶然性を排除するエグゼクティブ・コーチング

 私のコーチは「ローイング」のコーチ

 私はコーチであり、コーチングの会社を経営しています。同時に私は、一人のクライアントとしてコーチングを受けています。最初は、単にコーチングを身をもって体験するという目的でしたが、途中からは事業を計画的に発展させるために、また、自分に合った経営とは何かを見つけ出すために、コーチングを受けるようになりました。これまでに数人のコーチにコーチングを受けてきましたが、現在のコーチは、カナダのトロント在住の元ローイング(ボート)のコーチで、実際にいくつかの大学のボート・チームを優勝させた経歴を持っています。彼は今、エグゼクティブのコーチとして活躍しており、四〇人の、特に金融関係のエグゼクティブをクライアントとしてコーチングをしています。私は、カナダの友人に紹介されて、彼のコーチングを受けることにしました。

 コーチングは電話で

 コーチングのセッションは、ほとんど電話で行われます。コーチングを始める前には、「プレ・コーチング」という時間を持ちます。これは、コーチングのやり方の説明のほか、どんな目的でコーチングを受けるのか、何を手にしたいのか、現状の棚卸しなどについてコーチと話す時間です。通常、プレ・コーチングは一回、三〇分から一時間で終わるものなのですが、現在のコーチはプレ・コーチングを都合三回以上行いました。また、その間に、コーチングで必ず扱われる三年後、五年後のビジョンについて、eメールでたくさんの質問が送られてきました。これまでもビジョンは何度も創ったことがあるのですが、今のコーチは、ビジョンが曖昧なうちは、なかなかコーチングの契約すらしようとしませんでした。

 五年後のビジョン

 ようやく五年後のビジョンのフレームができあがった頃、コーチから「このビジョンをもっとくっきりはっきりさせ、それから今の棚卸しをしよう。その後、五年後のビジョンと今の間に、目標を設定しよう」という提案がありました。五年後のビジョンによって引き寄せられる力、そして、今を棚卸しする過程で起こってくる、現状から押し出す力、この二つの力を使うことで目標を達成するというものです。この間、三カ月近く、私はひたすら五年後のビジョンと取り組みました。彼にコーチングを受け始めた当初は、もう少し具体的な問題を扱いたいと思っていたのですが、五年後のビジョンをはっきりとキャンバスに描き始めると、五年後から見た今の自分という「視点」が生まれるという体験がありました。
 その過程でも、コーチからはたくさんの宿題がメールで送られてきます。それに答えると、次のセッションで、それを一つ一つ検証して行くのです。彼が特に何かアイディアをくれるわけでもなく、私の書いたものをただ読み返すだけのときもあるのですが、それでも私は、充分に刺激されました。

 会社の五年後と私自身の五年後

 彼は、単に会社の経営をどうするのかということだけではなく、私個人が五年後どうなっているかについても、たくさんの質問をしてきます。五年後、自分についてどう思いたいか、人とどんな関係を築いていると思うか、どんなスキルを身につけているか、どんな趣味を持っているか、どんな一週間をおくっているか、などという質問です。彼は常に「君のキャンバス」「君のビジョン」というように「君の」を強調します。彼とのコーチングのなかで、私は単に会社をどうするかではなく、自分をどうするかが大事であることを次第に理解するようになりました。また、主観こそが原動力になるという実感もつかんだのです。

 未来を予測する

 さて、私はコーチングをする側でもあります。クライアントは全員エグゼクティブです。会社のサイズはそれぞれ違いますが、エグゼクティブが求めるものは、基本的に一つです。それは、「見通しの良い状態」を手に入れたい、未来を予測したいという点です。確かに不確実性の中で、組織を取り巻く環境の変化を予測することは難しいのですが、自分や組織が未来に何をするかは、ある程度今決めることができます。コーチングのセッションでは、多くの時間、「未来に向けて何をするのか」「何のために」「誰と」「そのベネフィットは」「その次には何をするのか」「どんな不測事態が予測されるか」「それは、個人の目的とどのようにリンクするか」などを問いかけ、それに答える過程で、そこに「物語」を創り上げて行きます。コーチングセッションは週に一度ですが、セッションの間にはeメールを使って、アセスメントや宿題をやってもらいます。話すだけではなく、書くことも未来を予測する上で大切なことだからです。書くことで、会話の積み重ねを振り返ることができる状態にしておくと、未来に向けて価値ある情報を引き出すことができるようになります。

 偶然を減らす

 自分が今どこにいて、どこへ向かっているのか、今どんな環境の中にいるのかについて知ることで、経営から偶然を減らすことができるようになります。私たちはともすると、会社を経営する中で、前年度との比較で目標を設定したり、成長を続けているのをいいことに、これまでのシステムが機能しなくなるまで気づかずにいたりすることがあります。たとえ二〇%、三〇%の成長を遂げていたとしても、狙ってその結果に至ったのではなく、実際には偶然である場合が多々あるのです。景気の変動、産業構造の変化、それらに影響されずに右肩上がりで会社を成長させる鍵は、エグゼクティブ(経営者)のマインドにあるのだと思います。常に複数の視点を持ち、自分を振り返り、やるべきことをリマインドし、やろうと思っていることを実行に移し、やめようと思っていることを即座にやめることができる。これらのことを確実に実現するために、エグゼクティブ・コーチングは効果的です。
株式会社コーチ・トゥエンティワン http://www.coach.co.jp
株式会社コーチ・エイ http://www.coacha.com

◎――――連載26
●連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート

佐和隆光

Sawa Takamitsu
一九四二年生まれ。京都大学経済研究所所長。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。

個人消費を活性化させる条件

「インフレ予想」が購買意欲を煽るのは不動産だけ

 一九八七年度から九〇年度にかけてのバブル経済期、個人消費支出は実質で(物価上昇率を差し引いたうえで)平均年率五・五%の高い伸び率を示した。ところが、平成不況が始まった一九九一年度から二〇〇一年度にかけて、個人消費支出の伸び率は平均年率一・〇%にまで低下した。よく言われるように、国内総支出の六〇%を占める個人消費支出の低迷が、長期停滞の最大の理由と目されているのも道理というべき数字である。
 個人消費支出を増勢へと向かわせるために、いま、いかなる施策を講じればよいのだろうか。世界でもっとも強い影響力を持つ経済学者ポール・クルーグマンの処方箋には、人々に「インフレ予想」を抱かせるべしとある。インフレ予想を抱けば人は買い急ぎ、デフレ予想を抱けば人は買い渋る、との消費者心理に目をつけてのことである。
 だが、インフレ(デフレ)予想が「買い急ぎ」(「買い渋り」)を煽るのは、不動産に限ってのことではないだろうか。バブル経済期には、六大都市圏の地価は、平均年率二三・二%の勢いを駆って上昇していた。八五年度から九〇年度にかけてのわずか五年間のうちに、六大都市圏の地価は二・八倍高にもなったのである。これほどの勢いで地価が値上がりしておれば、一日でも早く住宅ローンを組んで、住宅を手に入れようと考えるのは、当然の消費者心理である。他方、九一年度以降、地価は下落局面に入り、六大都市圏の地価は、九〇年度比七三%も値下がった。平均年率一〇・二%という高い下落率である。これほどまで地価が下がり続けておれば、「値上がり益」どころか「値下がり損」を覚悟しなければならないし、「もう一年待てばもっと安くなる」と考える人が増えるから、不動産取引は低調となり「下落が下落を呼ぶ」という悪循環に陥る。
 だがしかし、一般の耐久消費財についても、同じような消費者心理がはたらくとは思えない。パソコン、デジタルカメラ、DVDプレーヤーなどの人気商品は、出始めたときの価格は驚くほど高い。しかし、発売後数年たてば、量産効果がはたらき、価格は半値以下になる。つまり、だれもが「デフレ予想」(先々の値下がりの予想)を持つのだが、破格の高値のついた新製品は、発売時には、品切れになるほどまで注文が殺到する。
 不動産の価格を決めるのは「資産価値」(不動産の生み出す将来収益の現在価値)であるのに対し、モノの価格を決めるのは「使用価値」(使うことに伴う利便性と満足感)である。言い換えれば、新しいデジカメを買う人が着目するのは、新製品の利便性と画期性なのだから、数年先の値下がりを「期待」して買い渋ることはまずあり得ない。
 以上を要するに、インフレ予想が「買い急ぎ」を煽るのは、不動産に限ってのことであって、個人消費支出とインフレ予想とのあいだには「有意」な因果関係は認められない。ただし、不動産に関して「インフレがインフレを呼ぶ」という好循環(?)がはたらき、不動産価格が本格的な上昇局面に突入すれば、いわゆる「資産効果」を通じて、個人消費支出は増勢へと向かうであろう。

自動車の驚くべき経済成長駆動力

 バブル経済期、個人消費が旺盛だったのは、地価と株価の上昇による資産効果のせいだけではなかった。実は、あのころ、売れ筋の新製品が続出したことこそが、平均年率五・五%もの高い率で、個人消費支出が増え続けた最大の理由なのだ。「欲しいもの」があってはじめて、人はなけなしの財布をはたいて買い急ぐ。八七年度から九〇年度にかけてのバブル経済期、次のような新製品が相次いで登場した。3ナンバーの高級車、自動車電話、家庭用ファクシミリ、CDプレーヤー、大型テレビ、コードレス・テレフォン等々。
 これらのうち、3ナンバーの高級車や大型テレビの登場は、消費される製品の単価を引き上げる。家庭用ファクシミリやCDプレーヤーは、これまでなかったものであり、それらの普及は個人消費支出の押し上げに顕著に貢献する。また、不動産価格の急上昇が個人住宅投資を盛り上げ、新しく購入した建売住宅やマンションへの引っ越しが、家具の購入を誘ったことの効果も見逃せない。もちろん、その前提として、個人可処分所得が順調に伸びていなければならない。
 さて、バブルが崩壊し、九一年五月、日本経済が平成不況に陥ってから後に、どんな売れ筋の新製品が登場したのだろうか。私が思いつくのは、次のようなものである。カー・ナビゲーション・システム、シャープの液晶ビューカム、携帯電話、ノート型パソコン、デジタルカメラ等々。これらのうち、ビデオカメラの新機種である液晶ビューカムは、在来型のビデオカメラを市場から駆逐し、デジタルカメラは、フィルムカメラとフィルムを駆逐する。したがって、個人消費支出に対する正負両面の効果が相殺し合った結果は、さほど大きなプラスの数字にはならなかったはずだ。他の商品を市場から駆逐するという負の効果を持たないのは、カーナビぐらいのものである。
 ノート型パソコンや携帯電話には、それぞれデスクトップ・パソコンや固定電話を駆逐するという負の効果があるとはいえ、それを補って余りあるだけの個人消費支出を押し上げる効果があったはずである。とはいえ、自動車の普及と、ノート型パソコンや携帯電話の普及とを比較すると、次のような差異がある。
 自動車を一台作るのに、鉄鋼、非鉄金属、板ガラス、化学繊維、ゴム、プラスティック等々、重さにして一トンを超える素材が必要とされる。自動車が売れれば、ほとんどあらゆる素材型産業が恩恵をこうむる。自動車を運転するには、ガソリンまたは軽油が必要とされる。自動車の普及は石油産業を潤し、幹線道路には数百メートルおきにガソリン・ステーションが店開きし、非熟練労働者に大いなる雇用機会を提供する。道路の建設と整備は土木建設業界を潤し、膨大な雇用を創出する。本四架橋のように、自動車がなければ成り立ちえないような大規模公共事業が実施されたりもする。一般道路、高速道路の建設は、鉄鋼やセメントなどの素材型産業を大いに潤わせる。そのほか、損害保険会社、自動車ローン会社、駐車場のある大ショッピングセンターなどをも潤わせる。トヨタのカンバン方式に代表されるように、自動車メーカーは多くの部品メーカーを系列化しており、系列全体の生み出す雇用は膨大である。
 仮になんらかの理由で、日本が自動車の国内生産をいっさいやらなかったとすれば、国内総生産はいま現在の水準の半分にも満たなかったであろう。ことほど左様に、国産自動車が売れることの波及効果は実に大きいのだ。発展途上諸国の政府は、そのことをよくわきまえているからこそ、国内に自動車の生産拠点を作ることに熱心なのだ。

個人消費低迷の真犯人は携帯電話?

 では、ノート型パソコンや携帯電話の波及効果には、いかほどのものがあるのだろうか。重量でいうと、ノート型パソコンは自動車の一〇〇〇分の一、携帯電話は一万分の一のオーダーである。使っている素材はプラスティック、液晶、電子部品に限られる。動力源は電力だが、その消費量はまことに微々たるものに過ぎない。インターネットを通じてのEコマースが普及したからといって、個人消費支出が増えるわけではない。Eコマースの売上と小売店の売上とはゼロサムの関係にあるからだ。
 携帯電話料金もまた個人消費支出に含まれる。しかも、一人平均一万五〇〇〇円くらいの高額の消費支出である。だが、だれしも予算制約のもとで日々の消費をしているわけだから、携帯電話料金に高額の出費をするということは、他の消費を切り詰めることを余儀なくする。
 一カ月の生活費が一〇万円の大学生が、家賃に三万円、食費に四万円、通学費に五〇〇〇円を費やすとする。残り二万五〇〇〇円のうち一万五〇〇〇円を携帯電話料金に支払えば、残高は一万円となる。デートや飲み会に付き合ったり、漫画を買ったりすれば、すぐに無一文になってしまう。やむなく休日は一日中、下宿に引きこもり、ひたすら携帯電話で遊ぶ。要するに、高額の携帯電話代のゆえに、書物はもとより漫画すら買えなくなるのである。
 大人にだって同じことがいえる。だとすると、個人消費支出低迷の一因は、携帯電話代がかさむことではないだろうか。モノやサービスの消費が増えれば、工場や店舗の拡充のための設備投資が必要となる。しかし、いったん無線の通信網(アンテナ)を張り巡らせれば、通話するお客が増えたからといって、さらなる設備投資をする必要はない。次世代携帯のための設備投資にお金は回されるのだろうけれども、目下のところ、次世代携帯電話の普及はさほどではない。二〇〇四年には、現世代携帯から次世代携帯へのシフトが大規模に進展すると予想されているようだが、携帯電話各社の収益がいくら膨らもうとも、経済全体への波及効果は、自動車のそれとは比べものにならないぐらいに小さそうだ。
 個人消費支出を活性化させるには、だれもが欲しがるような売れ筋の新製品の登場を待たねばなるまい。デジタルカメラ、薄型テレビ、DVDレコーダーを「新三種の神器」というようだが、はたしてそれらが、ゼロサム的――他の商品の消費を減らす――でないかどうかを見極める必要がありそうだ。自動車のように持続的かつ大規模な波及効果を有する新製品が登場してはじめて、内需主導型の景気回復軌道への軟着陸を成し遂げうるのだ。
 そうした新製品の開発に寄与しそうな研究開発投資に対して、税制面での優遇措置を講じるなど、適切な政府の施策が望まれる。

◎――――エッセイ

泉ゆきを

Izumi yukio
1938年生まれ。コミックモーニングに「宅配猫の寅次郎」を掲載し注目を集める。第25回日本漫画家協会賞選考委員特別賞、第19回読売国際漫画大賞近藤日出造賞ほか受賞歴多数。

疲れる前に休もう2



編集後記

『ハーバード・ビジネス・レビュー』三月号発売中!
 中国戦略を考えるに当たって、ジョセフ・シュンペーターが唱えた数々の概念が、何ともピッタリはまります。
 たとえば、広く知られる「企業家によるイノベーション」「創造的破壊」をはじめ、「創造的対応」「適応的適応」などは、膝を叩かせるものです。この文脈は、特に七〇年代の国際化、そして八〇年代のグローバル化におけるそれと通じるものです。
 そこで最新号(二月一〇日発売)の『ハーバード・ビジネス・レビュー』では、これまでの「中国は急成長市場」という視点を超えて、「グローバル戦略」の重要拠点として、さらにはアジア圏における「コラボレーション」の可能性といった、これまでよりも高い目線から中国経済、中国市場、中国企業について考察を加えました。
 いまや中国市場を知らずして、国内市場を語れませんよ。 (岩崎)

マーケティング局より……
 新聞を読むとき、皆さんは出版広告をよくご覧になりますか? 私は記事より先に広告へ目がいってしまいます。まず探してしまうのが版元名そしてそのスペース。この著者と価格なら、このくらいの部数は刷っているだろうと勝手に想像を巡らせてしまいます。なかでも一番気になるのは書名です。簡潔明瞭そしてハートに響くものを見ると思わず唸ってしまいます。そんななか、気にかかる出版物の広告があります。『余命宣告された癌が○○○で治った!』『この×××が癌に効く!』など藁をも掴む思いでいる患者や家族にとって大変刺激的な書名です。これらは出版物の広告料金が優遇されることと表現の自由が保証されていることを利用し、商品の宣伝を本の広告で行っているに過ぎません。そもそも効果があるなら医師が薦めると思いませんか? 怪しい書名には要注意です。 (紅茶茸)

編集室より……
 先日、数か月ぶりに映画を見ました。あるシネコンで二本ハシゴ。見たのは米国映画「ラストサムライ」と韓国映画「MUSA」。前者はご存知のとおり。後者は高麗の武士が明の姫を助けて元軍と中国で戦う、という相当ひねった設定です。前者も元北軍兵士が明治政府に反抗する武士に混ざるという面白い設定ですが、「MUSA」のほうが魂が入っていて、しかも美しかった。トム・クルーズの立ち回りもなかなかきれいでしたが、「MUSA」の韓国男優陣の美しいこと。残念ながら上映館が限られているようで、興業では圧倒的な差でしょうし、ハリウッドの賞にも無縁でしょうが、私は「MUSA」を推しますね。
 先月号で広河隆一さんが「DAYS JAPAN」を「来年三月の創刊を目指す」としているのは「今年三月」のことです。年末年始を挟んだために混乱しました。 (坪井)

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