(cache) Kei2004年03月号
Kei2004年03月号
CONTENTS
木村 剛×安田隆夫
経営は「はらわた」だ!
氏家純一
株式所有とコーポレートガバナンス
畑村洋太郎
部下の失敗を誉めてやろう
エッセイ
是山金蔵 小寺敏正 米山秀隆 坂東眞理子 飯田泰之 生島 淳 大賀英徳
連 載
若田部昌澄 川勝平太 池内ひろ美 妹尾堅一郎 かづきれいこ 佐和隆光 泉ゆきを
編集後記
◎――――エッセイ
【巻頭エッセイ】
氏家純一
Ujiie Junichi
1945年生まれ。東京大学経済学部卒業。シカゴ大学大学院博士課程修了。野村證券社長などを経て、現在、野村ホールディングス会長。
株式所有とコーポレートガバナンス
コーポレートガバナンスの重要性を否定する人はいないが、論者によって内容には大きな差がある。定義は確立してはいないが、「公開会社において、如何なる機構を備え、如何なる基準に従って行動すれば、株主その他の関係者の利益を調整でき、社会の要請に応えられるか」の問題と言えよう。しかし、社会の要請という問題は、時にイデオロギー論とも関連し定義の困難さは助長される。
一方で「会社は誰のものか」という議論がある。法的には株主が会社を所有し、利益処分は株主総会の多数決に従う。経営者は経営の専門家として株主に雇われ、株主には株価の上昇と配当で報いる。
しかし、日本では直近まで、メインバンクや取引先による株式持合いも多く、取締役の選任や重要問題を決定する株主総会の形骸化が問題とされてきた。そのため、「株主主権の復権こそが重要」と唱えられたりもする。特に、年金等の運用者である機関投資家の声は益々大きくなっている。株主は、気に入らなければ株式を売却して問題を解決するはずだが、インデックス運用が不可避の機関投資家は、もはや売却の選択肢を採れないため、企業経営への関与を強め、経済的リターン向上を求めざるを得ない。
米国では、一九二九年の大恐慌を経て証券取引関連法制が整備され、既に七〇年代には、取締役の過半数は独立取締役とすべきこと、指名・監査・報酬の委員会は構成員全員を独立取締役とすべきこと、取締役会議長とCEO(執行責任者)は別人とすべきこと、取締役の選任に株主提案権を認めるべきことなどが真剣に唱えられていた。エンロン等の不祥事後、やや過度な改革論も出されたが、企業改革法(Sarbanes-Oxley Act)に結実した長い歴史がある。
しかしその米国でも、経営者と株主の利害の潜在的対立の解決には、株主主権論だけでは不十分で、ステークホルダーの経営陣、従業員、債権者および地域社会の全てを株主と併せてひとつのチームと考える、所謂「チーム・プロダクション理論」が強く唱えられている。内容を良く聞けば、中長期の経営を考え、利害調整重視を説いており、従来の日本的従業員主権論にも通じるものに思われる。
日本では、終身雇用制による強い従業員主権、株式持合いとメインバンク制、規制を通じた政官界の存在など、米国では議論にならない関係者が存在し単純ではない。しかし、いずれも、結局は人の創造力や技能が資本よりも重要な要素と説いている。
従業員の生え抜き経営者が会社を発展させ得ることは勿論である。問題は、社内出身者だけで固めると、その会社でのみ通用する常識・技能の習熟が至上命題化する危険に陥り易いことであろう。社外取締役をはじめ第三者からの苦言の有益さは弊社でも痛感している。経営者がどれだけ社内外の声に真摯に耳を貸すことができるかがガバナンスの真髄であって、会社発展の礎となるに違いない。
◎――――エッセイ
畑村洋太郎
Hatamura Yotaro
一九四一年、東京生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学大学院工学研究科機械工学修士課程修了。東京大学教授を経て、現在工学院大学教授。著書は『失敗学のすすめ』『失敗に学ぶものづくり』『創造学のすすめ』(いずれも講談社)など多数ある。
部下の失敗を誉めてやろう
失敗と創造は表裏一体なのだ
昨年、立て続けに起こったH2ロケットの打ち上げ失敗と人工衛星「みどりU」の作動失敗をご記憶の方も多いと思います。現在、私はその事故調査委員をやっています。世間は「今までうまくいっていたのに、なぜ失敗したのか」とか、やれ「一二〇〇億円の損失だ」と批判しているようですが、私がみるところでは決して「悪い失敗」ではありません。
世の中には「いい失敗」と「悪い失敗」があります。言い換えるなら「許される失敗」と「許されない失敗」です。では「いい失敗=許される失敗」とは何でしょう。それは、何かが進歩していく時、さもなければそれまでやったことのない新たなことに挑戦した結果として起こった失敗です。
では逆に、「悪い失敗=許されない失敗」とは、どんなことでしょう。それは、何の準備もせず、努力も怠り、インチキや手抜きで起こった失敗です。
このように考えると、失敗しないで上手くいくというのは、限界まで挑戦していないということです。限界に挑戦していれば、失敗することの方が圧倒的に多いのです。そういった「許される失敗」を、インチキや手抜きで起きた「許されない失敗」と同列に見てしまうのはとても愚かなことです。
今までにない新たなことに挑戦する、誰も思い浮かばなかったモノを創造するというのは、それだけ失敗が多いということです。だから、失敗を恐れていてはいけません。もし仮に失敗をしたなら、まずその失敗という事実を認めることです。その次にやらなければいけないのは、その失敗を自分で観察して、考えてみることです。さらにその後で、失敗を克服できると思われる新たなモノを自分で創り、自分で再度チャレンジしてみて、また自分で評価するのです。
創造とは、うまくいけば大成功と言われますが、芳しくなければ失敗と呼ばれます。つまり、創造と失敗は表裏一体と言えるのです。
失敗したからといってしょげてばかりでは、何の進歩もありません。その失敗から次なるステップのための糧を得なくてはいけないのです。ロケットの打ち上げで一二〇〇億円という大金を失ったなら、その金額では買えないくらいの知恵なり経験なり、技術なり、さまざまなモノを得るべきなのです。
人は誉めなければ育たない
そういった失敗の本質を見ないで、結果として現れた失敗だけを責める人がいます。なんの関係もない人なら問題はないのですが、それが上司だったりすると、その組織は悲しい結末を迎えることになるのです。
「これだ!」と思って挑戦し失敗して最も落ち込んでいるのは、本人なのです。それなのに追い打ちをかけるように叱責する上司の下では部下も組織も育ちません。そういう上司は、自分のトロさと同じくらい部下もトロいと心のどこかで思い、決して信頼していないのです。結果、部下は何事にも挑戦しなくなる。既成のモノからはみ出さなくなる。それが、どれだけ悲しいことかは、誰もが想像できるはずです。
もし本当に、部下を育てようと思ったら、上司は自分の限界を知り、基本的に部下を誉めることです。もちろん、手抜きやインチキ、努力が足りないといった時には、きちんとその部下を叱責することが必要なのは言うまでもありません。
たとえば、部下の行った一〇のうち八つはいいことをやったけれども、二つは拙いことをしてしまったとします。その場合、まずはきちんとやった八つをしっかり誉める。しかし「まだ、あと二つの拙さはあるぞ」という指摘をします。この時、指摘するのであって決して叱責してはいけません。進歩しようと思って挑戦した、という事実をきちんと見てやるべきです。
部下をしっかり育てられる人というのは、本当に厳しく、実によく部下のことを見ているものです。
また、成功するために必要な要素が一〇あるのに、部下は七つしか考えつかないようならば、上司は一つか二つ「俺ならこうするけどね」と教えます。決して「カンペキにしてやるから」と意気込んではいけません。部下の考える余地を残しておくのです。
しかし、二つ教えて、九つになったとしても部下はまた失敗するかもしれません。でも自分で七まではやったという事実が頭の中にしっかり残ります。もしかしたら、部下は自分で一つ足りなかったことに気がつくかもしれません。気がつかなかったとしても、必ず自分で歩き始めます。そして、必要な一〇だけではなく、一一まで考えつき、今度は成功するでしょう。その時、その人は成功体験を得て、達成感を味わい、自信がつくのです。
そもそも失敗というのは、分かっている人から見たら「そんなの当たり前」ということはいっぱいあります。たとえばロケットの技術者達では気がつかなかったけれど、町の電気屋さんに言わせると「そんなの当たり前だ」ということが意外に多くあります。そういった異分野の人がもっている知識を広く共有し、必須の知識として取り込むべきだと思います。
昨年秋に刊行した『失敗に学ぶものづくり』(講談社)では分野を越えて、たとえばJR東日本の元運転局長から信号システムや全部の指令システムを作っていくときの事故と失敗について、伊勢神宮の宮大工の総親分からは技術の教育について興味深い話を聞いています。ぜひ、あなたの失敗に役立ててください。
◎――――連載5
経済を読むキーワード 【リーダーシップ】
若田部昌澄
Wakatabe Masazumi
1965年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程修了。早稲田大学政治経済学部助教授。著書に『経済学者たちの闘い』『まずデフレをとめよ』(共著)など。
日米の中央銀行家を分かつものは何か?
リーダーシップの空白がもたらした大恐慌
前回、フリードマンとシュウォーツの『合衆国貨幣史』は、大恐慌の原因を金融政策の失敗に求めたと述べた。しかし、その金融政策の失敗の原因は何だったのか? 彼らが着目したのは一九二八年に急逝したNY連銀総裁ベンジャミン・ストロングである(同時代人でこの点に着目したのは他ならぬアーヴィング・フィッシャーである)。卓抜な手腕と指導力でFRBを主導した彼の急逝後、NY連銀の影響力突出を嫌ったFRB理事会と地方連銀はこれまで五つの連銀から構成されていた公開市場委員会を一二の連銀メンバーに拡大して権力分散を図る。加えてストロングの衣鉢を継いだジョージ・ハリソンは明らかに力不足だった。FRB内のリーダーシップの欠如が金融政策の失敗を生んだというのがフリードマンらの結論である。
中央銀行における意思決定という問題は現代の金融政策を考える上でも重要である。現在の中央銀行は民主主義国家では異例の独立性と権限を与えられている。この独立性は七〇年代の高インフレから学んだ教訓ではあるが、反面で独立した中央銀行の民主的統制という厄介な問題を生むことになった(もちろんスティグリッツのように独立性の必要性そのものに異議を唱えるものもいる)。そして、独立した中央銀行では総裁およびスタッフの権限と責任は限りなく重い。総裁やスタッフの思想は大きな意味をもつ。
偶然、時期をほぼ同じくして日米の中央銀行家の思考を理解する手がかりとなる著作が出版された。前日本銀行総裁速水優氏の『中央銀行の独立性と金融政策』(東洋経済新報社、二〇〇四年)と現FRB理事ベン・バーナンキ氏の『リフレと金融政策』(日本経済新聞社、二〇〇四年)である。
速水前日銀総裁の経済的帰結
速水氏の本は在任期間中(一九九八年三月から二〇〇三年三月)に行った講演を集めたものであり、独立性獲得後初の中央銀行総裁の思想を読み解く格好の資料である。速水氏に見られるのは第一に「強い円」を目指す円高志向である。これは「はしがき」から明らかだ。氏は「尊敬される円」という年来の主張を「使い勝手の良い円」「円の国際化」とも言い換えている。もちろん通貨の使い勝手は良いに越したことはない。しかし中央銀行総裁が「強い円」を志向し、そしてそれを表明するとなると事態は全く異なる。
たとえば現代日本経済の長期停滞からの脱出には円安政策が必要という有力な議論がある。ゼロ金利に直面している日本経済に残された数少ない脱出経路は為替である。なぜならば為替にはゼロ制約にあたるものが存在しないからである(この議論の代表格はプリンストン大学のスヴェンソン教授である)。すぐに予想がつくように、「強い円」の信奉者速水氏は円安政策には反対であった(『中央銀行の独立性と金融政策』二四八〜二四九頁)。
第二にインフレに対する極端なまでの嫌悪感である。それはたとえ二〜三%のインフレでも許容しないという強い姿勢である。「物価がおおむね横這いで推移している現状を踏まえると、ここから二〜三%のインフレ率を目指すということは、人為的に無理やりインフレを起こそうということにほかなりません」(前掲書、一五五頁)。要するにデフレを脱却するためにごくマイルドなインフレを政策的に起こすこと自体が悪いと述べている。しかし、だとしたら、これはデフレからの脱却を目指さないということではないのか?
ごくマイルドなインフレをも嫌悪する速水氏がインフレターゲット論に反対するのは理解できる。バーナンキ本の訳者高橋洋一氏が解説で明快にまとめているように、インフレターゲットの反対論には大きく分けて無効論と弊害論の二つがある。そのうち、無効論はさらに(a)輸入デフレ論、(b)波及メカニズム論、(c)実例論、他方の弊害論は(d)ハイパーインフレ論、(e)金利上昇論、(f)財政規律論、(g)改革阻害論に分類される。速水氏の議論はこれらをほとんど網羅している(前掲書、七九〜八二、一五五〜一五八頁など)。これに加えて中央銀行のバランスシートへの懸念が語られる。
もちろん速水氏はデフレ脱却のためにインフレターゲットを使うのとは異なり、金融政策の透明性を強め「物価の安定」に対する信認を強めるための「本来のインフレターゲット」には賛成であるという。しかしそこには「本来のインフレターゲット」がインフレ率を一〜三%に定めていること、そしてデフレに陥らないように明確に下限を設けていることへの理解は見られない。氏は過去二〇年近く平均一%台前半の物価上昇率を達成してきた日本が二〜三%のインフレ率を受け入れるには「かなり強い理由」が必要とまでいう(前掲書、一六四頁)。
これでは速水氏が実はデフレを許容しているのではないかという疑念が生じるのも無理はない(先の平均値にはデフレの期間も含まれていることに注意されたい)。この「誤解」を解くべく本人は何度も弁明している。しかし現実には決定的なことが起きる。速水日銀最大の失政、二〇〇〇年八月一一日、ゼロ金利解除である。このときの理由は「デフレ懸念が払拭された」ということであった(前掲書、一九〇〜一九一頁)。
第三に構造改革志向である。日本経済の抱える問題の複雑さを強調する速水氏が好んで語るのは不良債権問題、銀行システムの問題、そして創造的破壊である。確かに円安政策も非伝統的な金融政策を否定するならばミクロの次元しか残されていない。とはいえ「基本的に金融機関経営の問題である」(前掲書、二五三頁)不良債権問題を中央銀行総裁が熱心に語るというのは奇妙というほかはない(速水氏の行動を理解するには藤井良広『縛られた金融政策』〈日本経済新聞社、二〇〇四年〉が非常に参考になる)。
ミスター・インフレターゲットの柔軟な思考
他方のベン・バーナンキ氏はまさに「本来のインフレターゲット」を唱える代表的学者である。プリンストン大学教授を長く務めた氏は、二〇〇二年にFRB理事に就任して以来、グリーンスパン議長の絶大なる信頼を勝ち得ているともいう。つい先ほど二〇一八年一月までの再任が決まった。
そのバーナンキ氏の講演集『リフレと金融政策』から伝わってくるのは第一にデフレに対する強い懸念である。デフレ懸念に対しては「デフレ圧力に先んじて行動するというFRBおよびアメリカのその他の政策担当者の決意」(前掲書、二七頁)を強調している。デフレは一般物価の下落であり、個別価格の下落とは区別しなければならない(前掲書、一〇頁)。そしてデフレが生じると実質金利の高騰を招くことで総需要の下落に拍車をかける。なによりも懸念すべきはデフレ下でゼロ金利に張り付いてしまうことだ。
第二に、広範な政策手段についての柔軟な思考である。ゼロ金利になったとしても打つ手はまだある。非伝統的とされる政策や為替政策も当然排除しない。もちろん現役政策担当者が特定の為替目標にコミットしているようにとられてはならないから氏の表現は慎重である。しかし金利がほぼゼロに張り付いてしまった一九三〇年代のアメリカで大恐慌脱出に威力があったのは通貨切り下げであったことを想起すべきだとしているように、氏の思考は柔軟である(前掲書、二三〜二四頁)。
ところでこれは「実務に疎い学者」の議論なのだろうか? そうでないことは彼の中央銀行バランスシート問題についての詳細な検討をみれば一目瞭然だろう(前掲書、第5章)。「中央銀行のバランスシートというものは金融政策の決定にとってはせいぜい限界的な意義しか持ちえないということを経済学的に証明」(前掲書、一三二頁)した後に、それでもそれを懸念する向きに対しては具体的な解決策(金利スワップ)を提唱しているからである。
第三に、問題を適切に切り分ける能力である。日本の金融政策に触れた講演で、氏はいわゆる構造改革とデフレ対策が矛盾しないことを力説している。「銀行システム改革と構造改革は決定的に重要なことであり、できるだけ早急かつ積極的に実行される必要があります。しかし、改革の重要性については議論の余地がないとはいえ、デフレは日本の全体的な問題のマイナーな部分にすぎないと主張する人々に私は同意できません」。「デフレを終息させることは、日本が現在直面しているその他の問題の解決をその分だけ一層容易にするでしょう」(前掲書、一四〇頁)。
賢者は歴史から学び、愚者は……
両者の違いには日米の政策決定過程、ひいては政治システムの問題があるかもしれない。また学問と実務を力強く結びつける経済学者の力量の問題も指摘できよう。ここでは歴史にいかに学ぶかという点に絞ってみたい。
速水氏の歴史への言及はほぼインフレとの戦いと中央銀行の独立性獲得に限られている。昭和二二(一九四七)年入行という氏は「インフレとの戦いからスタートした」(『中央銀行の独立性と金融政策』一七頁)という生活経験に大きく影響を受けている。反面過去のデフレの事例は現在の日本とは状況が「全く異なる」として片付けられてしまっている(前掲書、一五六頁)。
他方、バーナンキ氏は「ミルトン・フリードマンの九〇歳の誕生日を祝して」という講演で、ストロングとリーダーシップの問題を取り上げている。ストロングを重視する『合衆国貨幣史』はその後批判にさらされることとなり、ストロングの本当の見解はどうだったかに研究関心が集中した。しかし、そういう批判は重要な点を見落としていると氏はいう。重要なことは「世界で経済的に最も重要な国の中央銀行が一九二九年にリーダーを欠いており、また専門知識もなかった」(『リフレと金融政策』一一三頁)ということである。
もちろん人間誰しも過ちをおかす。バーナンキ氏も過ちをおかすことはありうる。次期議長の声もあがる氏の今後の評価は歴史が決めるしかない。しかし氏の講演集から伺われるのは、他者の過ちの歴史を自らの反省の糧として未来への指針を学ぼうとする氏の姿勢である。日米の中央銀行家を分けるのはこの姿勢の違いである。
◎――――連載8
球域の文明史
川勝平太
Kawakatsu Heita
一九四八年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修了。英国オックスフォード大学大学院博士課程修了後、早稲田大学政治経済学部教授を経て、国際日本文化研究センター教授。著書に『経済学入門シリーズ 経済史入門』『日本文明と近代西洋』『文明の海へ』『文明の海洋史観』など
マルクスの資本主義像は絶対か?
学者に大きな影響を与えた原蓄論
マルクス『資本論』第一巻の第二四章「いわゆる原始的蓄積」(以下「原蓄」)にこだわっているが、それは、この章ほどマルクスの資本主義への洞察が簡潔に語られているものはないと考えるからであり、さらに、後世の経済学者・経済史家が最も影響された箇所だからである。
前回で紹介した第一節を受けて、第二節では農民の土地が収奪される歴史が概括される。マルクスのいう原蓄の時期は、「一五世紀の最後の三分の一期から一八世紀末にいたる暴力的な人民収奪にともなった、数々の盗賊行為や残虐や人民の苦難」(『資本論』)という記述にあるように、きわめて長い。これは、端的にはいわゆる「囲い込み」を指している。
第二節では、トマス・モア(一四七八―一五三五)が『ユートピア』(一五一六)で論じた「羊が人間を食い尽くす」事実を詳述している。囲い込みの直接の原因はフランドル地方の毛織物工業が隆盛に向かい、その原料である羊毛価格が上昇し、イギリスが原料供給地になったことにある。一五世紀のイギリスには独立自営農民が人口の七分の一以上いたが、一七五〇年には消滅した。そして、共同地の囲い込みによって、一八世紀の最後の数十年間には農民の共同所有地も消滅した。「教会所領の掠奪、国有地の詐欺的譲渡、共同地の窃取、横領的で仮借のない暴行をもって行なわれた封建的および氏族的所有の近代的私有への転化、それは、いずれも本源的蓄積の牧歌的方法だった。それらは、資本主義的農業のために活動領域を征服し、土地を資本に合体させ、都市工業の必要とする無保護なプロレタリアートの供給を、創出した」(前掲書)と総括される。
実際には、囲い込みは一九世紀半ばにまで及んだ。第一次が一五世紀後半から一七世紀にかけての非合法的なもの、第二次は一七世紀後半から一九世紀前半にかけての合法的なものである。マルクスも、第二次囲い込みが一九世紀にも継続していたことに触れ、「一八〇一年から一八三一年までのあいだに農民から奪われて、議会によって地主から地主へと贈与された三五一万一七七〇エーカーの共同地」(前掲書)は農耕者から土地を収奪した最後の「清掃」であり「土地からの人間の掃き棄て」だと論評している。
原蓄とは「土地からの人間の掃き棄て」
また、スコットランド高地の原住民であるゲール(スコットランド)人が土地を収奪される過程についての記述は一九世紀前半にしぼられている。一八二五年には一万五〇〇〇人のスコットランド人が一三万一〇〇〇頭の羊に取って代わられたあと、今度は羊が牧場から追い出され、少数の娯楽である狩猟場に変えられた特殊事情にも触れ、スコットランド人は土地から駆逐されて海浜に追いやられた。一九世紀に海外で活躍した「イギリス人」の多くがスコットランド人であることは北政巳氏の『国際日本を拓いた人々』(同文舘)、『近代スコットランド移民史研究』(御茶の水書房)などの一連の研究で周知のことだが、マルクスの記述によって、陸地から締め出されたスコットランド人が海に活躍の場を求めざるをえなかった背景がよく分かるのである。
第三節では、第一次囲い込みによって流浪の民・浮浪者となった人々に国家が社会の秩序を乱す反逆者としての烙印を押し、耳の切り取り、鞭打ち、強制労働、奴隷、入獄、死刑などに追い込む「血の立法」について目を覆いたくなる記述がある。その残虐さはラス・カサス神父の『インディアスの破壊についての簡潔なる報告』を思い出させる。まさに「血の立法」であり、その処罰から免れるためには「自分の労働力以外に売るべきものをもたない人間」として「自発的に自分を売るように強制される」のである。
「血の立法」自体は囲い込みに先立って導入されており、イギリスでは一三四九年の労働者法、フランスでは翌一三五〇年のジャン王の勅令による労働者法が最初だとマルクスは述べている。これらは、「国家が労賃について最高限度額を定める一方で、最低限度額は決して指示しない」労働者に不利なもので、労働日の延長を強制する原因となった。これらの法令の導入時期が黒死病の発生時期で、大量死による労働者欠乏と重なっていたことにはマルクスの関心は及んでいないが、一四世紀中葉という時期はヨーロッパ史の画期をなすものであり、読者の注意を喚起したい。また、「血の立法」のもとで、労働者の団結は禁止された。マルクスは、団結禁止法が廃止されるのは一八二五年で、一九世紀最初の四半世紀まで原始的蓄積は継続したとみなしている。ちなみに、『資本論』第一巻の初版は一八六七年だが、改訂版の第三節には一八七一年六月二九日に労働組合が法律的に承認された旨が書き加えられている。ここから、生前のマルクスがいかに労働者の団結に関心を注ぎ続けたかが分かる。そして「要するに、イギリスの議会は、それ自身が厚顔な利己主義をもって、五世紀間にわたり、労働者に対抗する資本家の常設的労働組合の地位を固守して来た後に、全く不本意ながら、民衆の圧力によって、罷業および労働組合を抑圧する諸法律を放棄したのである」(前掲書)と総括している。労賃で生きるプロレタリアートの働き口は徐々に勃興してくる資本主義的生産様式であるが、それを後に論争の種となる有名な「マニュファクチュア(工場手工業)」だとしていることに注意を促したい。
土地から切り離された労働者が原蓄の発端
以上、第三節まで「無保護なプロレタリアの暴力的創出、彼らを賃金労働者に転化する血の訓練、労働の搾取度とともに資本の蓄積を警察力によって高める元首や国家の卑劣な行為」(前掲書)が記述され、第四節では、一転して、資本家の誕生についての話になる。労働者が土地から切り離されたことが原蓄の発端だから、資本家の誕生も、彼ら労働者に種子、家畜、農具などを供給する「資本家的借地農業者」として誕生した。これは土地の集積によるこれまでよりも大規模な協業、それにともなう耕作方法の改良などによって「(第一次)農業革命」の名で知られる。
第五節は、資本主義的生産様式の記述である。農業生産性の上昇にともなって農地からあぶれた労働者は、各地で農業と結合して分散的に存在する手工業で雇われたり、都市の手工業の工場で労働するようになる。これは「本来の工場手工業時代」といわれる。農村であれ都市であれ、また規模の大小の差異はあれ、手工業なのである。都市の手工業と農村との間で分業が行なわれ、それぞれの製品が農村と都市とに市場を見出して、国内市場が拡大する。都市の工場手工業の発達は、製品を農村に持ち込むことによって農村副業の基盤を掘り崩す。ただし、規模が小さいので、農村副業の破壊は限定的である。原蓄期に対応する資本家的生産様式は「本来の工場手工業時代」である。それはカタツムリの歩みといわれる緩慢な過程であった。
それでは、一九世紀にみられる機械をもって大工場を営む産業資本家はどのようにして生成したのであるか。大工場での大量の労働者の雇用は、資本家の手元に巨大な貨幣的富が蓄積されていなければ、できない。それが第六節の内容である。そこでは一転して、地球を舞台としたヨーロッパ諸民族の商業戦の歴史が概括される。
原蓄期の「本来の工場手工業時代にあっては、産業上の優勢を与えるものは、商業覇権である」(前掲書)。海外における貨幣的富の蓄積としての原蓄はスペイン、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスという順序でおこった。アメリカでの金銀産地の発見、原住民の掃滅、奴隷化、東インドの制服と略奪の開始、アフリカの商業的黒人狩猟場への転化などが内容である。ハリウッドの西部劇でアメリカ・インディアンが白人の頭皮を剥ぐシーンがあるが、頭皮の剥ぎ取りはニュー・イングランドの清教徒が一七〇三年に州議会の決議で決めたものであり、それへの復讐としてインディアンが白人に対抗措置をとった、という記述がある。「資本は頭から爪先まで、毛穴という毛穴から、血と脂とを滴らしつつ生まれるのである」(前掲書)。
海外へのヨーロッパ勢力の拡大は、国家の資金的援助を背景にしている。国家は国債を発行したり、銀行を創設して国内から資金を調達し、その資金が商業戦に従事する資本家に投じられて巨利を得たのである。国家による国債の発行は、その利子支払いのために安定した租税収入ないし増税を不可欠とする。租税制度と国債制度は車の両輪である。貿易から上がる巨大な貨幣的富が、大工業の基礎となったのである。
こうして、農民の土地喪失、労働者の生成、資本家の生成、工場手工業の成立、海外貿易による資金の蓄積と論述したあと、マルクスは資本主義の運命について長期的展望を試みる。それが最終の第七節である。資本家同士の熾烈な競争が生じて「つねに一人の資本家が多くの資本家を滅ぼす」(前掲書)。「あらゆる利益を横領し独占する大資本家の数の不断の減少とともに、窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取の度が増大するのであるが、また、たえず膨脹しつつ資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され結集され組織される労働者階級の反抗も、増大する。資本独占は、それとともに、かつそれのもとで開花した生活様式の桎梏となる。生産手段の集中と労働の社会化とは、それらの資本主義的外被とは調和しえなくなる一点に到達する。外被は爆破される。資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される」(前掲書)。
マルクスの資本主義像に疑問を呈する
こう述べたマルクスは、独自の弁証法によって、資本主義の運命を総括し、新しい社会の理想像をこう描いている――「資本主義的私有は、自己の労働に基づく個別的な私有の第一の否定である。しかし、資本主義的生産は、一種の自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を産み出す。それは否定の否定である。この否定は、私有を再興するのではないが、しかしたしかに、資本主義時代の成果を基礎とする、すなわち協同と土地および労働そのものによって生産された生産手段の共有を基礎とする、個別的所有をつくり出す」(前掲書)と。
私の目的は、このマルクスの資本主義像と異なる像を提供することにある。
◎――――エッセイ
坂東眞理子
Bando Mariko
一九四六年生まれ。東京大学文学部卒業。総理府男女共同参画室長から埼玉県副知事、在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事を経て、内閣府男女共同参画局長。二〇〇三年一二月に共同参画研究所を立ち上げ所長に。著書に『米国きゃりあうーまん事情』『新家族の時代』等がある。
たとえ女王蜂症候群でも……
女王蜂症候群、トークンレディ、名誉男性……という言葉を聴いたことがおありだろうか? これは二〇年以上前アメリカのビジネス界でささやかれていた言葉である。
ちょっと解説させていただくと、女王蜂症候群というのは、「わたしこそ女性のトップ、そこらの普通の女性とは出来が違うのよ」と思っている女性管理職あるいは役員である。女性の出世頭の人によく見られる症候群だが、自分は女性の代表だと思い込んでいる。自分以外の女性をみな見下して威張り、自分だけがちやほやされることを喜ぶ。それだけならかわいげもあるのだが、自分以外の女性が成功するのを不快に思い、時には邪魔をするこまったさんである。
トークンレディのほうはそれほどの迫力はない。わが社にも一人ぐらい女性の管理職や役員がいないとカッコがつかないから、という理由で登用された女性のことである。もちろん仕事はできないが、本人もそれを自覚してしばしば愛想を振りまき、おしゃれをし、トップに取り入るという行動をしがちである。
時にはショウウィンドウレディという言い方をされることもある。要は見てくれだけで実力はないという女性管理職である。
名誉男性というのはやや複雑である。あの人は女だけど男以上にできる人だ、と男性からも一目置かれる存在である。かつて日本人が、アパルトヘイト政策をとっていた南アフリカで名誉白人として扱われたように、女性一般はどうしょうもないが彼女だけは例外として男性並みに扱われる。
自分でも「私は男性と話が通じる、女性は努力不足、能力不足」などと男性と同じようなことを言いだして、多くの女性の置かれている状況には理解や同情を示さない。一種の出世感覚を持って女性たちを見下す。女王蜂さんと違って「女性の代表」とは思わず、女性として扱われるのを嫌う。
いずれの女性たちも男性の圧倒的に多いビジネスの世界ではお飾りにすぎず、違和感を持たれ、真に尊重される存在ではなかった。女性たちからも嫌われ、敬遠されがちだった。
しかし、いまアメリカでこんな言葉はほとんど聞かれない。もちろん「ガラスの天井」という言葉がまだまだ現実には存在する。だが、中堅どころまでは女性と男性のあいだにほとんど差別はなく、管理職の約半分が女性になっている現在、女性を特別に意識する感覚は急速に薄れている。
これらの呼び名は、女性が職場の管理職に進出し始めた初期の、女性がまったくのマイノリティだった時期に言われた言葉であり、現象だったといえるであろう。
翻って日本を見ればアメリカより二〇年余り遅れて、女性の管理職や役員が少しずつ生まれ始めている。いま、日本でも女性を活用できない企業は、二一世紀に生き延びれないことが明らかになりつつある。年功、社内人脈などが意味を失い、企業の価値と一体化する社員が人材ではないと、企業は人材観を変えなければならなくなっている。
白い猫だろうが黒い猫だろうが、男性だろうが女性だろうが、いい仕事をするのが人材である。
消費者が変わり、女性の感性を無視できなくなっているのは常識なのに、供給者の側がいつまでも男性だけではおかしい。企業を取り巻く環境がどんどん変わっていく中で、企業もできるだけ多様な人材を抱えていることが強みになる。女性に意欲を持って働いてもらい、能力を発揮してもらうのは、雇用機会均等法や、企業の社会的責任として必要なのではなくて、企業にとって成果を上げるために必要なのである。義務や責任でなく、戦略として重要なのである。
そうはいっても女性を登用してみたら、期待したほどのことはなかったという例もまだまだ多い。中には女王蜂さんもおれば、トークンレディもいるだろう。名誉男性も少なからず見られるかもしれない。そこで「だから女性はだめだ」と決め付けないでほしい。過渡期には試行錯誤は付き物である。そこを乗り越えて、責任のある地位につく女性の数が多くなれば、おのずと実力のない女性は淘汰されていく。
まずどんどん女性に機会を与え、経験をつませ、人材として育て、層を厚くしていくことである。そのための戦略を誤らないことの重要性を、ぜひ多くの企業人にわかってほしいものである。
私は共同参画研究所の活動を通じて、ぜひ企業の人材戦略の新しい地平を開きたいと願っている。
◎――――連載2
ガンバレ!男たち
池内ひろ美
Ikeuchi Hiromi
1961年岡山県生まれ。一女を連れて離婚後、96年にみずからの体験をベースに『リストラ離婚』を著し話題となる。97年、夫婦・家族問題を考える「東京家族ラボ」を設立、主宰する。近著『勝てる!? 離婚調停』日本評論社刊(町村泰貴民事訴訟法教授と共著)。

妻がイニシアティブを握る「春の離婚」
「三月いっぱい。なにがなんでも三月末までに離婚すると妻に言われました。年度内に予算を使いきらなきゃいけないお役人みたいに、彼女が三月末にこだわる理由は?」
相談者の男性は、半ばあきれ顔で私に聞いた。多くの男性は、離婚にシーズンがあることなど思いもよらない。しかし、女性の多くは季節や月次にこだわって離婚の時期を決める。
左ページのグラフは、離婚件数を季節毎に表したものだ。毎月約一○○名の男女から離婚相談を受けるなかで、離婚成立時期と季節に密接な関係があると感じて作成したものである。三〜五月を春、六〜八月を夏、九〜一一月を秋、一二〜二月を冬と規定した。

月別では、二月が一番少なく七・四%、最多は三月で九・七%(二○○一年)。これは、ほぼ例年のことである。月の離婚率が一〇%を超えるのは一年を通して三月だけであり、一九八五年以降、じつに七回を数えている。そして、四月から七月まで徐々に減少を続け、八月にはまた突然増加する。
妻から離婚を申し出る場合だけでなく、夫が申し出た離婚を受け入れる場合でも、季節にこだわる女性は多い。もちろん、単なる気分で春がいいわ、秋は寂しいからイヤよと言うわけではない。明確な理由があってのことだ。
相談に来た彼には、幼稚園年長の男の子が一人いる。すでに離婚の話し合いがはじまっており、財産分与・慰謝料、さらに子どもの親権や毎月の養育費についても具体的な金額が請求されているという。
「浮気や暴力があったわけではないので、妻は慰謝料はいらないと言っています。財産は、今ある二人の貯金を折半にし、子どもの養育費は八万円。もちろん親権者は妻です。自家用車は妻名義に変えてほしいと希望しています。その車に息子を乗せて、実家のある長野に戻るそうです」
そう。彼女が離婚時期にこだわるのは、子どもを連れて出ていくからである。離婚して家を出るということは、子どもの住環境が変わることだ。その変化にあわせて小学校を決め、名字を変えるのが「三月末までの離婚」の意味だ。彼のように就学直前の子どもがある場合はもちろん、すでに学校に通う子どもがいる場合も、学年が上がる時期を機会に転校や名字変更をはかる。長い夏休みを利用して転居することも多いため、三月をピークに七月まで減少した離婚件数が、八月に一気に増加するのである。夫が家を出て妻子が現在のまま暮らす場合は時期にこだわらないが、そのケースは少ない。
つまり、女性の離婚の都合とは、子どもの都合である。子どもが受ける最大の影響とは、学校生活であるから、学校のスケジュールにあわせて離婚を考えるのは必然であるのだ。
では、夫の都合はどうかといえば、ほとんど無視。というか、最初から念頭にない。離婚の時期についての選択権など与えられていないのが常である。
そもそも、結婚の時からそうだったのではないか?
結婚式は花嫁さんのためにやるものだから、と言われて納得し女性の都合と好みで全部決めていった。「ジューンブライドがいい」とか「次のボーナスをもらってから」とか、結婚の時期を決めたのは女性だったはず。新婚旅行はどこにするか、どこのどんなマンションに住むのか、子どもをいつ産むか、そんなこともすべて彼女の意向で決定していたはずだ。離婚の時期も男性が決めさせてもらえないのが常である。
離婚する気があるなら、時期は妻に任せざるを得ない。ズルズルと別れの時期を引き延ばすことで子どもとの関係が悪化しかねない。相談者の男性も、息子と定期的に面会する取り決めをして、三月末の離婚に同意した。
別れ際はキレイなほうが男はカッコイイ。
◎――――エッセイ
是山金蔵
Koreyama Kinzo
関西生まれ。一九八〇年代後半に大手国内証券に入社以来、米系証券、欧州系証券を経て現在は国内証券で働く。現物株、先物、エクイティスワップと株式に関係するものに対し幅広い知識を持つ。
デイトレーダーより有利なウィークリートレーダー
デイトレーダーという言葉が生まれて久しい。今や個人投資家はプロと変わらない情報を手に入れ、その伝達スピードは速く、売買のスピードに至っては機関投資家とほとんど遜色ない状況だ。手数料は下手をすると機関投資家よりも安い。すべてを手に入れた個人投資家は売買しなければ損とばかりに回転売買を始めることとなった。「長期で株を持つことはリスクだ」と言わんばかりに……。
それもわからないでもない。実際の話、一九九〇年初頭のバブル崩壊以降、日本株に長期で投資しても儲からなかったからだ。一九九九〜二〇〇〇年のネットバブルの時でさえ、中長期投資でネット株を持ちつづけた投資家は最後には痛い思いをした。人間、一度痛い思いをするとなかなか忘れないものである。多くの個人投資家には「株は中長期で持つものではない」という気持ちが根づいたのかもしれない。
しかし、日経平均株価は八〇〇〇円割れをつけた昨年春先以降、上昇し始めた。儲かるような気がする。株は上がると思うけれども中長期では持ちたくない、だから回転売買する……。
今、日本ではデイトレーダーが個人投資家全体をさす言葉になりつつあると感じる。しかし最近、知り合いのデイトレーダーが面白いことを言っていた。「デイトレードしても儲からない」と言うのだ。正確に言うと「取れたはずの収益を取り逃がした」と。
彼は一日に一〇回程度売買する標準的なデイトレーダーだ。投資対象は値動きの激しい株だ。彼はある銘柄を積極的に売買し、その銘柄は堅調に上昇していた。彼は目の付け所が良く、比較的早い時機からその銘柄に投資をしていた。
仮にその価格を五〇〇円とする。日々売買し、基本的には大引けには手仕舞って翌日を迎える。その株は最終的に二〇〇〇円まで急騰したので、何もしなければ一五〇〇円取れたのだ。しかし、回転売買したばかりに彼が得た値幅は数百円だったという。「毎日気を遣って激しく売買をして、一体何をしていたのかわからない」と彼は嘆いていた。
デイトレードすべてが悪いとか駄目だとか言うつもりは毛頭ない。逆の事例が沢山あることは知っている。しかし、仮に相場が上昇トレンドを形成する時、超短期投資はそれには適さないと私は感じる。「ファンダメンタルを分析し、銘柄研究をじっくりして長期投資をしろ」とは言わないが、数日から一週間程度保有することを薦める。
超短期売買で行き詰まった個人投資家は、週単位で投資することを考えても良い時期かもしれない。
◎――――連載15
“知的技術本”の古典を読む
『読書術』加藤周一(4)
妹尾堅一郎
Senoh Kenichiro
東京大学先端科学技術研究センター特任教授(知識創造マネジメント、知財ビジネス専門職育成ユニットプロジェクトリーダー)。研究領域は問題学・リスク論、コンセプトワーク論、ヴィジョン論、社会探索法他。著書に『考える力をつけるための「読む」技術』『研究計画書の考え方』など。

加藤周一(かとう・しゅういち)
1919年東京生まれ。東京大学医学部卒業。文芸評論家・作家。1951年渡仏、55年帰国。以後、文学・文化の両分野で精力的に文筆活動を展開、現在に至る。著書に『抵抗の文学』、『羊の歌(正続)』、『日本文学史序説』(大佛次郎賞受賞)、『現代ヨーロッパの精神』などのほか、『加藤周一著作集』(全24巻)がある。
「必要な本」「分からない本」を読むか、読まないか
〜外国語の本を読む「解読術」、むずかしい本を読む「読破術」〜
外国語の専門書ほど易しい
外国語の本をどうやって読むか。しかし、その前に、どうしてわざわざ外国語で書かれた本を読む必要があるのだろうか。加藤は、まず、この点から考察を始める。第一は、外国で起きた出来事や外国人が考えた事柄を、より早く、より正確に知るためである。海外市場動向から特定領域の論文まで、専門家であればあるほど、外国語の本を読むことが必要となるだろう。
この場合、読書術の原則は二つある。
一つ目は「必要は発明の母」原則である。たとえ外国語に堪能でないにしても、読む動機が強い場合ほど本を読むことができる。加藤は、自分が外国語の本を読めるようになったのは、「その外国語で書かれた本の内容をどうしても知ろうとしていた」(p.128)からだと指摘する。自分の仕事や生活でどうしても何らかの情報を入手しなければならないとき、我々は必死で必要な外国語文献に挑戦する。私も、英国の大学院に留学したとき、課題文献に“泣きながら”取り組んだものだ。また生活をしていくために、いやでも必要な本をひもといた。それだけではない。趣味においても、外国語文献を読みたくなる「必要性」はあるだろう。音楽好きはCDのライナーノーツを、パソコン好きは新しい技術解説書を、サッカー好きはブラジルのコーチ教本を読みたくなるに違いない。要するに、興味・関心が読書動機となるのである。
二つ目の原則は「やさしいほどよい」である。必要な本を読むにしても、できるだけ表現が易しい本を選ぶべきなのだ。
多くの言語、特に英語の場合、「語学的に一番やさしいのは、およそ学問・技術に関する専門的な本の大部分だろうと思います」(p.137)という加藤の指摘に、ほとんどの人は首肯するに違いない。専門書というのは、ある分野に特化しているから専門用語を多く使う反面、その語数や使い方は明瞭かつ限定的である。また、文法や文章の構造は複雑ではない。さらに、議論の仕方、論理の展開方法が、その分野の人には理解し易いはずだ。専門家として分野の背景や状況を知っており、かつ基礎知識があればあるほど、その分野の話は理解し易いものである。
技術書に比較して、文学、特に詩歌が外国人に理解し難いことは言うまでもない。加藤は、(日本の大学における)外国語教育が「文学を教材とする教育」になってしまっていることは、語学教師の出身が文学部のためであり、決して社会の実状に即したものではない、と指摘する。確かに、日本の大学において、長年にわたり、どの学部の学生も「英米文学」を読まされることは“悲劇”であった。しかし本書が出てからすでに四〇年。今なお英語教育出身者が少数派であることは、むしろ“喜劇”かもしれない。
ところで、自分の知っている、あるいは得意な分野の話は、限られた語学力でも理解がし易いものだ。私は長年にわたり英国の母校の日本代表をしていたが、その関係で留学説明会で話をする機会が多かった。留学して何を勉強したら良いか、それを迷う者も少なくない。その際、“知っている分野”を勉強するメリットをよく指摘したものだ。知っている言語―知らない言語の軸と、知っている分野―知らない分野という軸を引いて、マトリクスをつくってみる。“知らない言語で知らない分野を勉強する”ことのリスクは一目瞭然であろう。
違った思考力を身に付ける
外国語の書物を読む目的の第二は、外国語で書かれた本を読むことを通じて、日本語と異なる言語構造による思考法を身に付ける、ということである。「私たちは、複雑な考えを言葉なしに追うことはできません。……〈中略〉……人間の考えは、日本語とか英語とかいう言葉の記号の体系を使わずにはあり得ないものです」(p.143)。文法から慣用句まで、言語は思考法を規定する。使用する言葉が異なれば、モノの見方や考え方も違ってくる。だから、日本語と異なる言葉を読むことを通じて、新しいモノの見方や考え方の基盤を身に付けられるだろう。
外国語を習得する難しさの一つは、モノの見方や考え方の違いに起因する。例えば、加藤は、日本語は全体的な構造の枠から出発して部分に及ぶのに対し、西洋語は部分から出発して全体的な枠に到達しようとする、と指摘する(加藤の比較文化に関するエッセイは、庭園から文学や絵画に至るまで、この点を論じたものが多い)。
私の場合も、英語の発想が身に付くにつれ、表現が自然と馴染んできた。あるいは、馴染んできたと感じるのは、発想が身に付いたからであるとも言えるだろう。そのとき、英語を訳そうとしなくなる。頭から理解をし始める。頭から英語で言おうとする。そして、“英語で考え”始めたな、と気が付くときが来る。ある事柄を日本語文献で読んだのか、英語文献で読んだのか、分からなくなった時である。
また、英語的に結論を先に言おうとすると共に、他人には結論を先に言って欲しくなる。これは、まだるっこしい言い回しが耐えられなくなるということだ(もともと下町生まれなので、江戸前の直接的なもの言いを好むこともあるかもしれないが)。また、発想の違いに敏感になる。例えば、日本語で丁寧な表現が、英語人にとっては失礼であるということに気が付くようになる。日本の先生は「学生の飲み会があるので、是非お越しいただけませんか」と懇願されると気持ち良い。英国の先生は「学生の飲み会に参加したいですか」と意思決定を尊重する言い方をされた方が気持ち良い(もっとも「先生にお出でいただけると嬉しいのですが」というのは、どちらにも丁寧な言い方だ)。例えば、街頭で募金をお願いするときに日本人は「おねがいしまーす」とひたすら懇願する。英国でチャリティ運動に参加していたときに覚えたのが「貢献したいですか(would you like to contribute)」という表現だった。どちらの例も発想が違うのだ。このように、英語を身に付けると世界を別の視点から見ることができるようになる。
要するに、他の言語を習得することは、「ものを考える力の進歩です。いわば、一次元的な線の上の運動を、二次元的な平面の運動に拡張するようなもので、それは、ほとんどその人の世界を変えるものであるといってさしつかえないでしょう」(p.144)なのである。したがって、加藤は、外国語習得自体を目的にすることにも意味がある、と言う。
何が本を難しくしているのか
日本語であったとしても「難しい本」は山とある。そこで、「むずかしい本を読む『読破術』」である。
加藤は、まず「難しい」とはどういうことかを考える。「すべての本は言葉からできあがっていて、……〈中略〉……その意味をとらえて、意味相互のあいだの関係を理解することが、本を読む法、つまり本をよくわかることでしょう。読むこととわかることとは切り離せません」(p.172-3)
では、なぜ難しいと感じられるのか。
第一は、文章自体の問題である。巧く書かれていない本を読むのは難しい。著者が分かり易い文章を書けないか、あるいは難しくすることに意味があると勘違いしているか(学者に多い!)。加藤は、例えば、カタカナばかりだったり、漢字を長く連ねていたりする場合は読まなくて構わない、と説く。
第二は、著者自身が十分に内容を理解していない場合である。良く考えられたことは明晰に語れるはずだ、と加藤は喝破する。
この二点に私はまったく同感し、かつ、これは本だけに限った話ではないと思う。講義や講演でも同様だ。実は、私は、数多くの社会人向け講演会やビジネスセミナーあるいは企業研修をプロデュースしており、その数、軽く三桁に及ぶ講師の方々の講義、講演に立ち合ってきた。
そこから言えることは、頭の良い人ほど分かり易く話をする、ということである。ここで“頭の良い人”とは、内容を十分に考え抜いた上で、相手にふさわしいレベルと語り口で授業ができる人のことだ。逆を言えば、分かり易く話ができない人は“頭が悪い”のだ。つまり、分かり易い授業とは、単なる“しゃべりの巧さ”ではないのである。この点、私が東大先端研において開いている“教授法講座”(弁護士や弁理士等の専門家を先端分野の教員として育成する)では、“授業の巧さは、自分の理解度の合わせ鏡”と言って強調している。
語彙力と経験が本の難しさを決める
前述の二点は、本が難しいことの著者側の原因である。一方、読者の側にも本を難しくしてしまう要因がある。
第一は、言葉に関するものだ。単語や常套句が分からないと、本全体が難しく感じられる。そこで、言葉の意味を正確に理解する必要がある。それには、まず辞書・事典で一般的な定義を知り、次に著者の文脈を考える。その上で、自分なりに言葉の意味を決める。一方、事柄については、百科事典で調べた上で、専門書を読むと良い(ちなみに百科事典の活用法については、拙書『考える力をつけるための「読む」技術』を参照されたい)。
加藤は、「特殊な言葉が定義されて用いられている本は、じつは、かえってわかりやすい本だ〈後略〉」(p.186)と指摘する。確かに、分野が限定されるほど実は用語が明解なので、それさえ理解してしまえば後は楽に読めるようになるものだ。医学書や技術書等などはその典型とも言える。
第二は、読者の経験に関するもので、著者と読者との間に同じ質の経験が共有されていなければ理解はなされにくい、と加藤は指摘する。小林秀雄の『モオツアルト』を例に、文学では、その議論の基となる経験を共有できなければ理解は難しい、と説く。小林の文学評論に馴染んでいても、音楽に慣れ親しんだ経験がなければ、あのエッセイは難しい。一方、初めて小林を読む者でもモーツアルト好きには、たまらなく面白い読み物となる。
要するに“文言の意味は分かるが、腑に落ちない”というのは、実は、読者と著者の経験の違いに帰するのだ。「『なぜこの定理から、この系が出てくるか』――それは論理の問題であり、論理の問題は言葉で言い表わすことができます。『なぜこの第一印象のあとに、この感想が出てくるか』――それは論理の問題よりも、著者の経験の質の問題です」(p.196)。しかし、経験の質は、言葉で書き尽くせるものではない。したがって、読者がその経験の質を想像できなければ、文章のつながりは理解できず、本は難しくなるのである。
一方、科学技術系は普遍的で万国共通の議論となるので、語彙と基礎知識があればこなし易い。歴史等の社会科学の場合は、その本が偉大であればあるほど、著者の個性が反映されているので、文学と科学技術の中間になるという。
いずれにしろ、経験に通じる本を読み、それ以外は読まない。要するに、加藤にとって「難しい本」とは「悪い本」か「不必要な本」のどちらかとなる。だから、彼が説くのは「むずかしい本をよくわかる法」ではなく、「必要なすべての本をよくわかる法」(p.207)なのである。
◎――――エッセイ
米山秀隆
Yoneyama Hidetaka
富士通総研経済研究所主任研究員。一九六三年生まれ。筑波大学大学院修士課程修了。現在は著書に『世界恐慌』『勝ち残るための技術標準化戦略』など。四月に『デフレからの脱出(仮題)』を出版の予定。
日本経済の生きる道
百年前のイギリスと現在の日本
日本経済の先行きに対する見方は、ここ一年足らずの間に一変した。悲観論が急速に後退し、楽観論さえ台頭するようになっている。デジタル家電に代表されるような新たな製品群を成長の糧として、日本経済は再びダイナミズムを取り戻したという議論が活発化している。
確かに終わりのない不況はない。日本企業は、十数年の長期不況に見舞われる中でも、ついに新たな成長の種を見出した。不況は新たなイノベーションをもたらす母ともいえる。従来のやり方が通用しなくなる中、企業は必死になって新たな成長の源泉を求めようとし、時間はかかってもいずれはそれが実を結ぶからである。
しかし一方で、国の基本的な方向に関わる改革が進んでいないのは気になる。年金改革や国と地方の税・財政に関する三位一体改革が中途半端に終わったことは改めていうまでもないが、ここでは特にFTA(自由貿易協定)の取り組みが停滞している点を指摘しておきたい。
悲観論一色だった頃には、日本もかつてのイギリスのように、長期衰退に陥るのではないかという懸念もささやかれていた。二〇世紀に入ってからのイギリスの長期衰退の出発点は、一九世紀末にイギリスが直面した二〇年以上にもわたる「大不況」に見出すことができる。当時のイギリスは新興経済国であるアメリカやドイツの激しい追い上げを受け、先進工業国としての優位性を失いつつあった。イギリスが直面した課題は、新興経済国の追い上げによって経済のグローバル化が進む中で、国内の経済活動をどのように維持していくかというものであった。
二〇世紀初めのイギリスでも、現在の日本と同様、改革論議が活発化した。イギリスを中心とする経済ブロック圏を作りその中で生き残るという議論、あるいは自由貿易維持を前提として新たな成長セクターを育成する議論などが現れた。しかし、改革論議は実ることなく、イギリスは国としての新たな方向性を見出すことができないまま、二度の大戦を経て、サッチャー首相が登場するまで、国力をすり減らしていった。つまりは、イギリスはどん底に落ちるまで自らの姿を変えることができなかった。
現在の日本も新興経済国である中国の追い上げを受け、新たな生き残りの道を問われているという点で、当時のイギリスと共通の問題に直面している。しかし現在の日本で、当時のイギリスと異なるのは、少なくとも民間レベルでは、長期不況を乗り越えて、新たな成長の糧を見出しつつあるという点である。
民のスピード、官の限界
今後もイノベーションを核として、貿易立国として生き残っていくという民の立場ははっきりした。しかしそれを確固たるものにするためには、自由貿易の枠組みを維持することが前提になる。この点で今後のキーになるのは、各国とのFTAの締結であるが、FTAへの取り組みにおいて、日本は中国に大きく後れをとっている。これは、日本が今後も貿易立国たらんとした場合、明らかに国益に反する。
FTAの取り組みが遅れている背景には国内の農業問題がある。しかし、今後の日本の進むべき道を考えると、この際、農業の徹底した合理化、近代化を図り、同時にそれを進めるため財政面も含めた万全のサポートを行うことを前提に、これまでの保護農政から決別すべき段階に入っている。それは、食料の安全が様々な面で脅かされる中で、農業の競争力を高め、自給率を引き上げていくという時代の要請にも応えることになる。
ここに挙げたのは一つの例であるが、官が、民がようやく見出した活路を阻んでいる例や、それに逆行している例は数多い。一言でいえば、民の改革のスピードに、官がついていけなくなっている状況となっている。しかし、そのギャップが解消されていくのも時間の問題であろう。十数年という長きにわたる長期不況は、もはやこれまでのやり方では立ち行かないという危機感をかつてないほど高め、民の側の創造的破壊をもたらした。そしてそれがいよいよ官の側にも及ぼうとしている。
そして時代や環境に適応できなくなった様々な組織や仕組みがすべて一新された時に、日本経済の先行きについて、真の意味で楽観的になれる時が訪れるのかもしれない。それにはなおしばらくの時間を要するかもしれないが、いったん変わるとなったらそのスピードは速いはずである。それは明治維新や終戦後の復興など、これまでの日本の歴史が証明している。
◎――――エッセイ
読者投稿
大賀英徳
Oga Hidenori
一九六四年生まれ。国家公務員。論文に「労働力不足のI・O分析」「一極集中の是正に向けて」など。
知られざる「庁費」
必要なら何でもアリ
「庁費」という言葉をご存じであろうか? 国の予算上の言葉であり、公務員であっても会計担当者などしかお目にかからない専門用語である。
国の歳出予算の名称の一つで……官署の事務遂行上必要な物の取得、維持又は役務の調達等の目的に充てる経費として区分された目の科目の名称である……一般会計の予算において、9の目番号を付した科目は、すべて庁費の類に該当する。
(『新版 財政会計辞典』吉国一郎、吉国二郎共編 学陽書房)
というのが、ものの本による解説であるが、これでは何を意味するのか皆目不明確である。
9の目番号「庁費」として具体的にどのような科目があるかは、財務省が作成した「歳出予算目の区分表」に、備品費、消耗品費、被服費、印刷製本費等々と細かく規定されており(『平成十五年度 予算事務提要』大蔵財務協会)、平たく言うと、エンピツや紙を買ったり、電話代や光熱水料費を支払ったりしているお金で、一般家庭に喩(たと)えて言うと、通常の生活を維持するための必要最低限の経費のようなものである。
この中でトピカルなものとしては、内閣総理大臣が外国を訪問する際の総理大臣等の宿泊費がある。これは、以前は「官房機密費」とも称される内閣官房報償費から支弁されていたものであるが、官房機密費の使途の不透明さを指摘するマスコミ等の批判に応えるかたちで平成十二年度、十三年度と段階的に庁費から支弁するように変更された(第一五四回国会閉会後参議院決算委員会会議録第十号二頁 塩川正十郎財務大臣説明=平成十四年十月十六日)。これにより総理大臣等の宿泊費が予算上も明示されることとなったわけである(なお、「宿泊費」ではなく「施設借上費」となっている)。
また、一般家庭と最も大きく異なっているのは、この「庁費」、単に「物」や「財」を買うためだけではなく、賃金に使ってもよいことになっているということである。いわゆる人件費(正規職員の基本給や諸手当)はちゃんと別の「目」にあるから、この庁費でいう賃金とは、アルバイト・非常勤職員の賃金のことになる。
というわけで、「庁費」とは、要は、事務遂行上必要な経費であれば、基本的には何でもアリというものだ。当該公務を遂行するために必要であれば使用目的は広範多岐にわたってもよいというのが、この「庁費」の特徴なのだ。ただし、「何でもアリ」とは言っても、ノーズロだというわけではない。積算に当たっては、各府省においてエンピツ一本、ノート一冊の代金から一つ一つ積み上げているわけで、そこには財政当局の厳しい審査の目が光っている。
年度末にはソファを新調?
だが、このように「庁費」の使用範囲が曖昧模糊(あいまいもこ)としているため、その使用範囲を明確化すべきだという意見が出ている(第一五六回国会衆議院決算行政監視委員会第三分科会議録第一号三十頁 上田清司議員質疑=平成十五年五月十九日)。また、庁費の積算方法が各府省によってバラバラで、例えば「燃料費」という科目を独自に計上するのか他の科目に含めるのかといったことが統一されていないという指摘もある(第一五四回国会参議院法務委員会会議録第五号六頁 日笠勝之議員質疑=平成十四年三月二十八日)。
さらに、実際の使用においては、積算どおりとはいかないこともあり、エンピツで見積もった費用でアルバイトを雇うこともある。この弾力性こそが「庁費」の利点でもあり、そのことそれ自体は問題ではないが、アルバイトには正規職員のような定員の縛りがかからないため、適正な人数の雇用となっているかどうか、精査する必要がある。
また、政府側が「財政難の折、既定経費を削減した」と謳っても、実際には「もともと十五%多く見積もるのが慣例の庁費を例年どおり削」ったに過ぎない、すなわち切りシロとして使っているのではないかという指摘もある(第一五三回国会参議院会議録第十一号二頁 谷博之議員質疑=平成十三年十一月十六日官報号外)。
予算を余らせると次年度以降削減されてしまうため、これを嫌って完全消化をすることが「至上命題」となっている公務員の世界においては、年度末になると(庁費で購入する)ロッカーやソファが新しくなるというのは珍しい話ではない。聞いた話によると、とある省では、バブル時代に、年度末になると毎年毎年、封も切っていないコピー用紙を倉庫一部屋分まるごと捨てていたということもあったようだ。
総予算に占める額は少ないものの、庁費の使い方にはその官庁の「姿勢」というものが反映されるものである。一般家庭に置き換えてみれば、古い卓袱(ちゃぶ)台をまだまだ大事に使うか、豪華輸入家具に買い換えるか、こういうところからその家庭の生活態度が現れるものだ。
今年も、また来年度予算の審議を行う時期がやってきた。国の予算というと、ついつい額の多い公共事業費などに目がいってしまうものであるが、「庁費」についても、もっと関心を持ってみる方がよいのではなかろうか?
◎――――エッセイ6
IT最終線
小寺敏正
Kodera Toshimasa
一九五三年福井市生まれ。東京大学工学部卒業。八四年株式会社アルモニコス創業、九九年株式会社エリジオン設立代表取締役社長。二〇〇〇年、米国子会社Elysium Inc.設立CEO就任。
三次元データ変換ソフト市場で日本発の世界企業
梁山泊
日本の産業界におけるソフトウェア製品の輸入額は約一兆円だが、輸出額はわずか八〇億円程度で、一〇〇倍強の輸入超過となっている。二一世紀の日本は知価社会を目指すと言いながら、ソフト業界は食料自給率の三〇%よりもっと深刻な事態となっている。
ワープロや表計算に始まり、OSはもちろん、設計のデータを作成する高機能なCAD、CAMといったソフトウェアではもはや欧米に比して日本に勝ち目はなく、技術者の低賃金競争ではインドと中国の独壇場というありさまである。そこでエリジオンが目を付けたのが、作成した設計データの再利用を支援するソフトウェアである。つまり三次元データの品質チェック、自動修正、データ交換、データの最適化をするソフトウェアを自社開発し世界に供給しようと考えたのである。
北米の自動車業界の試算によると三次元の設計データ交換の不具合による手直しなどの損失は、年間約一〇〇〇億円。これが全産業全世界となれば潜在的損失は数兆円になり、そこでのデータ交換ソフトへの投資需要は数百億円は下らない。日本国内に限っても必要としている企業は数万社と言われている市場なのである。
簡単なソフトウェアでも異機種間でのデータの受け渡しに苦労をした経験をお持ちの方は多いだろう。ITは万能のように思われているが、作成したデータが異なるシステム間で自由に渡らないのが実情である。
エリジオンのデータ交換ソフトは、その変換率の高さと正確さを武器に世界のコンペで全戦全勝。一昨年はボーイング社で正式採用され、昨年はルノーF1チームの公式サプライヤーに任命された。九九年の創業以来の平均経常利益率は三〇%以上、現在平均年齢二九歳の社員の平均年収は一〇〇〇万円を超える。
どうしてエリジオンは成功できたのだろうか。それは経営理念によって「技術者の理想郷」を目指して来たからである。優秀な人材を集め、やりがいのある仕事と十分な職場環境を用意し、オープンで明快な経営目標を全員で共有し、尊敬できる仲間と働き、成果は公平に青天井で評価してきた。
現在五〇名ほどの開発者の出身校は、東大二二名、京大と慶応が各五名など日本の上位一%の逸材を厳選している。学歴不要論が叫ばれる中、あえて高学歴の優秀な人材のみを集め本気で仕事に打ち込む環境を提供するエリジオンは、日本発世界を標榜するユニークな会社なのである。
◎――――特別対談
木村 剛
Kimura Takeshi
一九六二年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本銀行を経て、金融サービスに関する総合コンサルティング会社KFi株式会社を設立。著書に『金融維新』『「会計戦略」の発想法』などがある。
安田隆夫
Yasuda Takao
一九四九年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。89年「ドン・キホーテ」第一号店を開店。九六年に株式の店頭公開をし、二〇〇〇年東証一部上場を果たす。著書に『ドン・キホーテの「4次元」ビジネス』などがある。
木村剛『戦略経営の発想法』発刊記念特別対談
経営は「はらわた」だ!

「ビジネスモデル」なんてものはない
木村 よく「ビジネスモデル」がどうのこうのという話がありますが、安田社長は「ビジネスモデル」に対して、どのように考えていますか?
安田 他社が容易に参入できないモデルでないと、私は「ビジネスモデル」とはいいません。よく冗談半分にいいますが、うちはレベルで競争はしていない、ラベルと競争しているんだ、と。ラベルづくりこそが「ビジネスモデル」です。特に当社がやった方法論は、明らかに従来の手法とは異なっている。かつては反則技といわれたような手法だけを集大成したのがうちの店です。流通の教科書にはまったく書いていないことばかりをやった。したがって、今でも他社の参入障壁があって、業態あって業界なしというわけです。
木村 実は反語的にいっているのですが、「ビジネスモデル」なんてものはないと思っています。「ビジネスモデル」でうまくいくのだったら、こんなに簡単なものはない。ところが実際は、うまくいかないわけです。では、うまくいかないのはいったいなぜなのか、ということを考えないとダメです。
安田 それは経営者の思いがあるからできるのです。料理だって同じ。料理のモデルであるレシピどおりにできるのかといえば、しょせん真似したものにすぎない。人をうならせるものなんてできない。そこに「思い」があってはじめて、いろいろ微妙なことがわかり、うまい料理ができるのです。だから「ビジネスモデル」というものなど存在しませんよ。「ビジネスモデル」という言葉そのものに違和感があります。
木村 私も違和感があります。計算できるのなら、コンサルタントが自分でやったらいいじゃないかと思います。他人がやってもできるのだったら、競争が激しくなって、そのモデルでは儲からないことになる。これでは、いっていることが矛盾しています。
安田 私も、そうした言葉に、なにかしっくりこないでいました。だいたい、儲かるモデルだからといった気持ちでやっていません。自分はこれがやりたいんだという、ある種の狂おしいまでの思いがあって、それを具現化しているだけです。「ビジネスモデル」とか経営戦略といわれても、そんなことを頭に描いてやってない。
木村 自分の思いがまずある。儲からなかったら困るけれども、別に儲かるからやっているわけではない。そういう感覚が正しいですよね。
安田 そういう話を誰かにいってもらいたかった。今、木村さんにいわれて、再確認しました。「思い」があって本能的に事業をやっているのを、コンサルタントは後付けで説明しているにすぎない。実際に経営をしているとき、そんなことは考えていない。
木村 だから、儲けるために事業を始めた人は、だいたいすぐに敗退している。自分のことを振り返ってみても、金儲けのためにビジネスを起こしていたら、半年も持たなかったと思います。睡眠時間を一時間にしてまで働かないでしょう。モチベーションが違うと思います。
安田 起業する人が、金儲けだけを目的にするのなら、こんなに間尺に合わないことはありません。金儲けなら、もっとほかに安全確実な方法があります。起業のような可能性の低いことに挑戦するなんて馬鹿げていますよ。
今は馬鹿者が少なすぎる
木村 僕は、「なりたい族」と「やりたい族」の二種類の人間がいると考えています。「やりたい族」は、何かやりたいことがあって、それをやりたいために社長のファンクションが必要な人です。「なりたい族」は、「社長になりたい」「部長になりたい」、だから仕事をするという人。経営者は「やりたい族」でないとダメだと思います。社長になりたい人は、なったとたんに目標がなくなりますからね。
安田 一言でいうと、「はらわた」だね。「はらわた」のない人間が多くなりすぎた。自分の会社というのは、自らの「はらわた」から絞り出してつくった世界です。それは損得だとか、安全性だとかいったきれい事ではない。芸術やスポーツに能力がある人だったら、そっちでがんばればいいが、私には、今の仕事が上がるべきリングだったのです。上がった以上は、最後まで主役でいたい。自分なりの主役をはっている実感が、たまたま経営であり、社長というポジションだったわけです。
木村 すごくよくわかります。非常に失礼な言い方をすれば、私も含めて、起業する人は頭が悪いと思います。計算高い人は絶対にやらないですね。頭のいい人は、先にリスクが見えてしまう。こうやったら失敗すると考えるから、できなくなってしまう。僕は「健全な狂気」といっていますが、ある意味で狂っていないと、起業はできないですね。
安田 まして木村さんのように東大を出て日銀に入った人は、特にそうでしょう。既成のものにがちがちに守られて、今まで持っていたアドバンテージを使えない世界で生きていくのは、馬鹿者としかいいようがないですね。でも、そこがいいんです。今はそれがなさすぎる。もっと馬鹿者が出てこないといけない。
組織にはスケールデメリットがある
木村 今、起業してからのことを振り返ると、会社の規模は小さくても起業した当時が一番幸せだったと思います。潰れるかもしれないから、みんなが必死だった。足の引っ張り合いもなければ、社内政治もない。ところが、一〇人になると派閥ができ、四〇人になると足の引っ張り合いが始まるように、組織の弊害が出てきます。安田社長は、ここまで大きくされる段階で、マネジメントの仕方などをどのように工夫されてきましたか?
安田 小さな組織では、管理をしなくていい雰囲気があります。逆に、大きくなるということはメリットではなくて、スケールデメリットになる可能性がある。会社の規模が成長していかないと、いろいろなビジネスチャンスを得られませんが、組織がどんどん大きくなると、これはこれで一つの問題です。だから、組織としては小さく細分化したままにしておく。そのためには徹底した権限委譲です。例えばうちの店でいえば、電気製品、食品、ブランド品、家庭用品など、小さな専門店が集まっている形です。その専門店のところに社員商店主を付けて、仕入れから販売まですべて任せます。したがって、会社がいくら大きくなって、社員が何千人になっても、彼らはその小さなエリアの中で完結していますから、足の引っ張り合いがない。そういう組織をつくりだしてから、会社が非常にうまくいくようになりました。
木村 特に労務におけるスケールデメリットが大きいですよね。悲しいかな、人間の扱い方が一番難しい。まだ、お金やモノは見えるし、計算できるからいいですが、人間は計算が立ちません。
安田 お金やモノには勘定科目がありますが、人間は勘定の字が違って「感情」ですからね。感情は日々ころころ変わるから、スケールメリットなんてなくて、デメリット以外なにもないわけだ。
経営者は頭痛持ちだ
木村 一般的に、社長は孤独だといわれていますが、本当に孤独ですね。同じ見方ができる人間がいませんから。
安田 借金の個人保証をして、いざとなったら一族郎党もろとも消えなければいけないというような切迫したことを社員に要求するのは無理です。ただし、一定の組織と権限を社員に与えて、その中で優勝劣敗を絶え間なくやっていくと、かなり経営者に近い感覚ができるような気がします。厳密には違うと思いますけれど。
木村 うちの会社も似ています。コンサルティングというのは、一人当たりの売上げが見えやすい商売なんです。毎月一人当たりの損益が出ます。これにはいい面と悪い面がある。悪い面というのは、そのプレッシャーに耐えられない人がいることです。現実問題として、そのあたりの問題は、ドン・キホーテにはないのでしょうか?
安田 耐えられない人はいます。当社の場合は専門性がなくて入社してきますので、ゲーム性を導入しています。ゲーム性によって、ワーカーからゲームプレーヤーに切り替えさせる。仕事だけだと辞めてしまいますが、ゲームだとなかなかやめられなくなりますからね。このゲームには四つの要素があります。@最小限のルール、A明確な勝敗、B大幅な自由裁量権、C期限です。同じポジションの人たちで戦わせ、優勝劣敗を明確にしていく。徹底してゲームの中に落とし込んでしまう。上司は、「他のものはいらないから、ただゲームに勝ってくれ」というだけでいい。ただ、いい点と悪い点があります。確かに、ある種の教育が省略されて、「教える教育」から「競争の競育」になりますが、ある程度長期になると、みんな疲弊をしてくるのです。
木村 うちもそうです。これにはデメリットが二つあって、一つはバーンアウト、燃え尽きてしまうことです。バーンアウトを避けるには、自分と同じようなことができる人を育てながら、マネジメントのポジションに行くしかありませんね。もう一つのデメリットは、お互いに協力し合うという文化がだんだんなくなることです。例えば、会社内でリソースが余るから、余ったリソースを使えば評価をするといったルールをつくっても、新規採用をしたりします。これはパワー・ゲームなんです。プロフィット・ゲームではない。自分の下に部下が何人いるか、というゲームです。利益というのはガソリンであって、ターゲットではないのだと思います。だけれども、組織としては、全体で儲けることを考えなければいけない。どうやって個々人の力を組織の力とするかというときに、軋轢がある。社長の見えている会社の絵と、社員が見えている絵が全然違うんです。これが私の一番の頭痛です。
安田 私も同様の頭痛持ちで、創業以来現在に至るまで、ずっとこの頭痛は治らないですね。
木村剛氏が、ドン・キホーテ安田隆夫社長ほか一〇人の経営者と「経営の力」とは何かを語り合い、成功のための法則を解き明かした『戦略経営の発想法』(一八〇〇円)が弊社より三月七日に発売されます。
◎――――連載3
メイクのカリスマが教えるできる男の「仕事顔」
かづきれいこ
Kazki Reiko
フェイシャルセラピスト。スタジオKAZKI主宰。傷ややけど痕などをカバーすることで心を癒す「リハビリメイク」の第一人者。知的障害者や老人ホームの方へのボランティア活動にも力を注ぐ。
ILLUSTRAION BY ASAMO
臭わない男になる!
前回は、気にしている男性の多い“ハゲ・薄毛”についてアドバイスをさせていただきました。髪が薄いことは、男性が考えているほどハンディにならないことが、少しはお分かりいただけたのではないかと思います。
今回取り上げるのは、実は薄毛やハゲなんかより実ははるかに大問題であるテーマ――そう、「ニオイ」のお話です。
口臭や体臭って、ハゲと同じくらいハッキリとは言いにくいテーマなんですよね。でも、対人関係のマナーにおいてはとても大事なこと。あえてタブーを破って、かづきれいこが今回も厳しいアドバイスをさせていただきます!
外観、つまり“見た目”の専門家である私が、なぜニオイについて語るのか。それは、メイクを含むグルーミング行為や服装がコミュニケーションツールとして機能するのと同じように、ニオイが相手とのコミュニケーションの質を左右する要素だからです。伸びかけたヒゲや袖口の汚れたワイシャツと同様、口臭や体臭もあなたの社会人としての評価をダウンさせてしまうということを、肝に銘じてください。
まずは口臭について。虫歯や歯槽膿漏、それに胃の病気なども口臭の原因になると聞きますが、ここでは日常生活が引き起こす口臭の対策について書きます。第一は、食べものに気をつけること。昼食にはニオイのきついものは極力避けることです。そして、食べた後には歯を磨きましょう。
女子社員のほとんどが、毎日、昼食後にトイレで歯磨きしていることを知っていますか? 「そんなヒマがあったら仕事しろ!」なんて言わないでください。口臭で周囲に不快な思いをさせるようでは、仕事人として失格なのですから。
歯磨きが無理なら、市販のマウスウォッシュで“消毒うがい”を。このときのポイントは、オジサマたちがよくなさっている「上を向いてガラガラー、ペッ!」という“ノドうがい”ではなく、口の中全体にまんべんなく行き渡らせる“クチュクチュうがい”をすることです。歯磨きといえば、夜も必ず実行していますか? 飲んで帰った日は、面倒臭くてそのまま寝てしまう……なんていう人はいませんか? そうすると、寝ている間に口の中で菌が大繁殖! 口臭の大きな原因になります。だから、夜の歯磨きを省略するのは禁物です。
愛煙家の方は、タバコが口臭の大きな原因になることを自覚してください。これって「自分には口臭なんかない」と思っている男性の盲点だったりするんです。“ヤニ臭さ”には、女性は特に敏感! 絶対に嫌われますよ。タバコを吸う人は、マメに歯磨きやうがいをしましょう。
体臭については、マメに入浴・洗髪をすることに尽きます。日本人はもともと体臭が弱いので、清潔にしていれば他人を不快にさせることもないはず。「毎日髪を洗うのは面倒臭い」と思っている人もいるかもしれませんが、女性より洗髪もブローもずっとラクなのですから、せめて毎日洗うぐらいの努力はしてくださいね。
盲点なのが、服についたニオイ。男性のスーツはそれほど頻繁にクリーニングに出すわけではないので、繊維にニオイがついてしまいます。特に気になるのが、タバコのニオイと、夏の汗臭さ。いくら本人が毎日お風呂に入って清潔にしていても、スーツが臭ったのではどうしようもありません。スーツを脱いだら軽くブラシをかけ、しばらく風通しのいいところにかけておくことを心がけましょう。

◎――――エッセイ
飯田泰之
Iida Yasuyuki
一九七五年東京生まれ。駒澤大学経済学部専任講師、内閣府経済社会総合研究所客員研究員。著書に『経済学思考の技術――論理・経済理論・データを使って考える』(ダイヤモンド社)などがある。
デフレを「逆立ち」して見ると……
「モノが安くなった」のか?
価格破壊、中国製品の輸入がデフレの原因?
九〇年代以降の日本経済を語るキーワードが「デフレ(デフレーション)」であることに異を唱える者はいないだろう。ところが、その重要性の一方で「デフレとは何か」「デフレはなぜ起きるか」といった、基本的な知識が意外と普及していないのもまた事実である。
経済用語集などでは、「一般物価水準の二年以上の継続的低下をデフレと定義する」「デフレとは一般物価水準の下落であり、個別財の価格低下とは区別される」などの解説が加えられている。このような辞書的知識は多くの人が持っているであろう。GDPデフレーターや消費者物価指数に代表される物価水準は、様々な価格の一種の平均値である。平均値なのだから個別の財価格が変われば、当然、物価水準にも影響が及ぶ。
ここから、一部の商品の価格低下を見て「価格破壊がデフレの原因だ」「中国からの安価な衣料品の輸入が日本をデフレにしている」……といった“理解”が生まれることになる。しかし、これらの考え方はいずれもデフレに対する理解が一面的であることから生じた、不十分な議論である。
“カネ”の視点からデフレを考えてみる
デフレという言葉が持つ意味のみに注目すると、デフレを“モノ”の側面からしか考えられなくなってしまう。そこで、ここではあえてデフレを通常とは逆の方向から、「逆立ちして」眺めてみよう。
「逆立ちして」眺める――それは“カネ”の視点からのデフレ理解である。
経済がデフレ下にあると、つまりは物価が全般的に低下していくと、同じ一万円で、以前に比べより多くのモノ、より良いモノを買うことができるようになる。同じ一万円でも「使い出がある」状態になるのだ。したがって、デフレとは、一円の価値が(継続的に)上昇していくことに他ならない。
このように、デフレを“貨幣価値の上昇”としてとらえると、現在の為替レートの推移についても理解できる。為替レートは二国間の貨幣の交換比であるので、「デフレ=一円の価値増大」ということがいえる。
アメリカ経済は、デフレ状態までは至っていない(つまり一ドルの価値上昇は起こっていない)のであるから、円が高くなるのは当然の帰結といえる。
「現在」と「将来」の供給で一円の価値が決まる
では、一円の価値はどのようにして決まるのだろうか?
他の財や資産と同様に、円の価値もその供給量や供給の将来見込みから大きな影響を受ける。金融政策の強弱をはかる標準的な基準を用いると、九〇年代を通して日本の金融政策は引き締め気味であったことが指摘されている。つまり、貨幣の供給が絞られていたのである。さらに、速水日銀総裁時代には、日銀総裁による相次ぐインフレ警戒発言により、「将来の貨幣供給についても消極的である」との予想が支配的になっていたと考えられる。
現在・将来ともに供給が過小なのであるから、貨幣価値は上昇する。つまり、経済はデフレ傾向となるのだ。このように、デフレとその要因を考えるときには“モノ”の視点だけではなく“カネ”の視点にも注目していかねばならない。
では、現在のデフレにおいて“モノ”と“カネ”どちらの視点が、主な原因となっているのだろうか?
財・商品の相対的な価格変化――たとえば「服が本と比較して安くなった」という現象は、「物価水準には影響をしない」と経済学の授業では教えられる。
衣料品が相対的に一〇%も安くなったとしよう。このとき、一〇〇〇円の服が九〇〇円になったと考えがちであるが、「相対的」という言葉に注意してほしい。本が五%値上がりして衣料品が五%値下がりするならば、経済全体での平均的価格水準に影響はないのだ。
ところが現実の経済では、供給条件に変化が起きた財の価格(先の例の場合は服の価格)が先行して変化することが多い。このとき、個別の価格変化は物価水準に影響する。つまりは、本の価格が変わらないのに(先に)服が安くなれば、経済全体ではデフレというわけだ。
しかし、最近の国際比較研究では、個別財の相対的価格変化が一般物価水準に影響するのは、長くとも五年程度であることが示されている。現在の日本のデフレは、(消費税の影響を除くと)消費者物価を見てもGDPデフレーターを見ても、一九九四年から続いている現象である。つまり、五年以上経過しているのだ。
現在のデフレを考えるときには“カネ”の視点がより重要である。「カネの視点抜きでのデフレ論議」ひいては「金融政策抜きのデフレ対策」では、根本的な欠陥を持っていることに気づかねばならない。
◎――――エッセイ
生島 淳
Ikushima Jun
一九六七年、宮城県生まれ。スポーツライター。アメリカのプロ・スポーツをはじめ、オリンピック、ラグビーなどを中心に執筆。著書に『慶応ラグビー「百年の歓喜」』(文藝春秋)、『スポーツルールはなぜ不公平か』(新潮社)などがある。
統計学で最強のチームをつくる
今年に入ってのプロ野球界の話題といえば、新庄剛志の帰国と、近鉄バファローズの球団のニックネーム権の売り出しだった。もちろん、後者の方が日本球界にとっての重要性は大きい(札幌地区を除く)。
近年、スポーツにまつわるあらゆるものが「プロパティ」として捉えられるようになってきた。その先駆となったのがアメリカである。アメリカの球団はチームだけでなく、球場も所有している。ちなみに日本の球団のほとんどは、球場経営は別の会社が行っているので、スタジアム使用料を払っている。
スポーツ界のマーケティング
アメリカの球団のマーケッターは、球場を広告媒体として売り出そうと考えた。これが大成功。イチローが活躍するシアトル・マリナーズの本拠地は生命保険会社の名前が冠せられセーフコ・フィールドに、ヒューストン・アストロズの本拠地は一昨年まで、破綻したことで歴史に名を残したエンロン・フィールドだった。
球場ではすべて、利権が重要である。面白い例としては、セーフコ・フィールドでは一昨年までオフィシャル・コーヒーを提供していたのはタリーズだったが、昨年はスターバックスが巻き返し、球場で飲めるコーヒーはスターバックスだけになった。
現在、アメリカでは球団にまつわるマーケティングは隅から隅まで考えつくされたと言っていいだろう。
このマーケティング発想を選手の編成に持ち込み、成功を収めた球団がある。サンフランシスコの対岸に本拠地を持つオークランド・アスレチックスである。
昨年、アメリカで話題になった一冊の本がある。“Moneyball”という本だ。処女作でウォール街の熱狂と駆け引きを書いた“Liar's Poker”で一躍注目の作家となったマイケル・ルイスの新作である。ルイスは新刊の中でアスレチックスのGM(ジェネラル・マネジャー)を務めるビリー・ビーンの発想法に瞠目する。ビーンをはじめとした球団首脳は選手の編成にあたって、統計学を重視したのだ。野球はスポーツの中でも特に計量化が進んだ競技だが、彼らは打者の能力を測る物差しとして、あるスタッツ(成績)に注目した。
出塁率である。
出塁率とは安打だけではなく、四死球を含めた出塁回数を打席数で割ったものだ。アスレチックスが重視したのは、安打ではなく四球でも出塁してくれる我慢強い打者なのである。アスレチックスは計算によって、出塁率の高い打者を九人並べれば、リーグで最高の得点をたたき出すことが出来る、という結論を得たのだった。現在、ニューヨーク・ヤンキースで松井秀喜とチームメイトのジェイソン・ジアンビーが二〇〇一年にアスレチックスを去った後も、すぐさま大砲の補強を行わず、出塁率の高い他チームの控え捕手を獲得し、成功を収めている。
強いチームの意外な事実
実はこの発想を取り入れると、アスレチックスにとってイチローは不要な選手となる。イチローは安打数が多いが、四球が少なく、出塁率が低い。しかも二〇〇一年に首位打者を獲得した時は、メジャーリーグ史上、長打率が最も低い首位打者だった。
この考え方を投手に当てはめるとどうなるか。アスレチックスの評価基準では、出塁される率をできるだけ低く抑えられる投手が優秀となる。たしかにコントロールがよく、低目に勝負球を投げられる投手がアスレチックスには多い。
この評価方法が功を奏し、アスレチックスは現在、マリナーズ、エンジェルスのライバルチームを抑え、アメリカン・リーグ西地区で二連覇している。
もちろん、アスレチックスが導入した評価システムに異を唱える人は多い。しかしこれまで見過ごされてきたスタッツに注目した球団幹部の発想法はそれまでのアメリカにはないもので、ましてや親会社からの出向者が幹部に座る日本では、考えもつかないような方法だろう。
この統計による方法で巨人を分析すると、阪神の強味と巨人の弱点が浮かび上がる。昨年のセリーグの出塁率のベスト一〇を見ると、福留(中日)、金本(阪神)、鈴木健(ヤクルト)、矢野(阪神)、高橋由(巨人)、赤星(阪神)、今岡(阪神)、ラミレス(ヤクルト)、シーツ(広島)、緒方(広島)となる。阪神は実に4人の打者が名を連ね、逆に巨人は高橋由のひとりだけ。いかに阪神が充実した打線を組んでいたかが分かるし、大砲ばかりが並んだ巨人の打線が苦戦した理由を出塁率に求めることが出来る。
実は巨人ファンに不吉な知らせがある。今季、近鉄から移籍してきたタフィ・ローズ、彼は昨年、出塁率でパリーグのベスト一〇に顔を出していない。巨人に必要とされているのは、塁に出てくれる選手なのだが、巨人首脳には彼らに必要なものが分かっていないようだ。
だめだ、こりゃ、今年も。
◎――――連載27
●連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート
佐和隆光
Sawa Takamitsu
一九四二年生まれ。京都大学経済研究所所長。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。
「活字離れ」をもたらした本当の理由
週刊誌、マンガ、スポーツ新聞しか読まない日本人
日本人の「活字離れ」が言われ始めて、すでに久しい。出版業界の売り上げは、過去七年間、「右肩下がり」の状態が続いている。たしかに、近頃の日本人の読書は、質量ともに諸外国のそれと比べて圧倒的に乏しい。大学生の大半が新聞を購読していないし、大学生の過半は教科書以外の本を読もうとしない。仕事に関係のない書物を読むことを習慣とするビジネスマンも、おそらくは少数派に属するだろう。
もちろん、ここでいう「読書」には、週刊誌、マンガ、スポーツ新聞などを読むことは含まれない。東海道新幹線の車中であたりを見渡すと、中高年の大人たちは今週の週刊誌を、若者はマンガ誌を読んでいる。車中では、日経新聞の読者よりもスポーツ新聞の読者のほうが多いようだ。要するに、新幹線の車中での暇つぶしには、低俗な読み物がうってつけらしい。大人たちの読む週刊誌の約半数はヌードグラビア付きで、外国ではポルノグラフィーの類である。スポーツ新聞にしても、生粋のポルノ読み物や風俗店の案内に数ページが割かれている。
ポルノが市販されているのは、べつだん、日本に限ったことではない。たとえばアメリカでは、もっと過激なポルノ写真集や雑誌が市販されている。ただし、その手の本や雑誌は、書店では、子どもの手が届かない高い棚に置かれているし、公共交通機関の車中で、白昼堂々と、そんな雑誌に見入っている風景など、少なくとも私は見たことがない。ポルノ映画館にしても、日本のように、それと思わせる大きな看板を掲げたりはしない。つまり、ポルノは自由化されているのだが、子どもにそれらを売ったり、見たくない人の目にさらしたりすることは、法的に禁止されているのである。
なぜ日本人は、広義のポルノ雑誌、スポーツ新聞、マンガしか読まなくなった――言い換えれば、本らしい本を読まなくなった――のだろうか。読者の頭にすぐさま思い浮かぶのは、その昔はテレビ、いまはインターネットが「活字離れ」を促したという通説である。少なくとも私は、この通説に与(くみ)しない。なぜなら、テレビ、インターネットの普及は世界的現象であって、日本に特有の現象ではないからだ。実際、欧米先進諸国でも、アジアの諸国でも、「活字離れ」は起きていない。たとえば、アメリカで飛行機に乗れば、多くの乗客がペーパーバックの本を読んでいるのを目にする。イギリスの地下鉄に乗れば、ホワイトカラー風情の乗客が、とてつもなく難しそうなハードカバーの本を読みふけっている風景にでくわす。
テレビとインターネットが「活字離れ」を起こしたのか
日本でも、高度経済成長が一段落し、「衣食足りて礼節を知る」ようになった一九六〇年代末から七〇年代半ばごろまでは、難解きわまりない翻訳本を読むのが、大学生の見栄とされていた。サルトル、ボーボワール、フーコー、ラカン、ボードリヤール、モノーなどフランスの科学、哲学、思想、社会学関連の翻訳書が飛ぶように売れた。実際、この国にもそんな「知」の時代があったのだ。このころすでに、テレビの普及率は九〇%を超えており、いまよりはるかに見ごたえのある番組が放映されていた。だからといって、活字離れの兆候などいささかも認められなかった。テレビと書物は補完的でありこそすれ、代替的な情報源ではなかったのだ。
若者のテレビを観る時間は、当時といまとを比べると、むしろ減少傾向にある。その一因は、コマーシャル・フィーの減少が制作費の節減をやむなくし、その挙げ句に、数人のタレントがわいわいがやがやと大騒ぎするだけの安上がりな番組がやたらと増えたことにあるのではないか。その結果、視聴率に応じて決まるコマーシャル・フィーはさらに安くなり、テレビ局は制作費のさらなる引き下げを余儀なくされる。こうした悪循環から抜け出せないのがテレビ業界の現状だ、と私は思う。
では、テレビを観なくなった若者が書物に回帰するかというと、その兆候は微塵も見られない。いまどきの若者がもっとも長い時間を費やすのは、携帯電話によるメールの送受信であろう。というわけで、「活字離れ」を促したのはテレビであるとの、テレビ犯人説には肯んじがたい。
インターネット犯人説もまた納得しがたい。大学生がリポートを書くとき、インターネットが本の代わりになるのは事実である。本をまったく読まなくても、インターネットで検索した文章を適当につなぎ合わせれば、もっともらしいリポートができ上がる。だから大学生は本を読まない。たしかに、そのとおりなのだが、もともと読書の目的ないし動機は、リポートを書くことだけではあるまい。およそ体系的な知識の吸収源として、本以外にいったい何があるというのだろうか。
人の話を聞く。これも知識の吸収源のひとつではある。しかし、一冊の書物の読破に一〇時間をかけることはあっても、大学の講義を別にすれば、人の話をあわせて一〇時間以上、続けて聞くことはまずあるまい。それゆえ、本から吸収する知識の量と、話から吸収する知識の量には雲泥の差がある。いわんやインターネットから吸収できる知識は断片的であり、そういう知識を詰め込んでも、クイズの名人にはなれても、いわゆる知識人にはなれるはずがない。
学園紛争が燃え盛った一九六〇年代末が、戦後日本の知的高揚期だったとすれば、そのあと、徐々に反知性主義者がのさばり始め、九〇年代後半には、知性主義者は「格好の悪い」存在に成り果ててしまった。丸山眞男に代わり渡部昇一が、読書界そして言論界の寵児となったことが、そのことを示す兆候のひとつである。
しかも、受験勉強の高度のテクニック化が、大学受験を「知」とは無縁のものにしてしまった。その結果、高校生にせよ大学生にせよ「知」を磨く必要性も意欲もともに失せてしまったのである。そうこうするうちに、バブル経済期(一九八七〜九〇年)が訪れ、勤勉、努力、真面目、誠実などといった日本古来の徳目が干からび果てたことが、活字離れを一段と加速したのである。
「試験」の好きな日本人
近時、折に触れて大学生の学力低下が話題とされるようになった。それは「ゆとり教育」のせいでも、少子化のため大学入試が易しくなったせいでもない。受験勉強以外の勉強をする、すなわち世界文学や日本文学を読んだり、哲学書を読みかじったり、自然科学の古典を読んだり、大学の数学を独習したりする高校生が少なくなったせいである。
受験という競争に勝ち抜くためには、全力を受験勉強に傾注しなければならない。私が大学に入学したころ(一九六一年)の四年制大学進学率は、わずか九・七%に過ぎなかったため、大学入試はそれだけ易しかった。だからこそ、受験勉強以外の勉強に時間を割く余裕があり、ゆえに大学新入生は知的に十分大人びていた。当時の大学新入生には、中・高校生のときから、他から強制されることなく、読書習慣が自然と身についており、勉強とは読書することにほぼ尽きたのである。
加えて、読書することは「誇り」でもあった。マルクスを語り、デカルトを語り、サルトルを語る。「教養をひけらかす」というと、あまり聞こえがよくないだろうけれども、なにはともあれ、知性と教養を第一義とする時代風潮のなかでは、読書しないことは「恥ずかしい」ことであった。大学生がマンガを読むなどということは考えられもしなかったし、少なくともそれは人目をはばかることとされていた。戦前の旧制高校生のあいだに「デカンショ、デカンショでぇ半年暮らし、後の半年ゃあ寝て暮らす。ヨーイ、ヨーイ、デッカンショ」という唄があったそうだが、デカンショとは、デカルト、カント、ショーペンハウエルという三人の哲学者を意味する。
要するに、近時の大学生は「知的プライド」を惜し気もなくかなぐり捨てて、勉強は「試験」のためにしかしなくなった。受験勉強の甲斐あって大学に入学するや否や、司法試験の勉強に憂き身をやつす。法学部や医学部のように資格試験のある学部の人気が高いのは、「勉強は試験のため」という風潮のあらわれというべきだろう。そうした流れのなかで、大学の教養課程は、事実上、廃止されてしまった。「教養」は床の間を飾る「生け花」程度にしか扱われなくなり、いまや無教養は恥ではなくなった。古典を熟読玩味する時間はムダとされ、資格試験に合格するための勉強こそが、有意義な勉強だとされるようになった。
ヨーロッパの大学では、哲学、倫理学、歴史学、数学、物理学などの基礎的科目の教育に重きが置かれており、「実学」は専門職大学院に進んでから、もしくは仕事に就いてから学ぶべきものだとされている。たとえば、外交官の多数派は歴史学科出身者が占めている。イラクの大量破壊兵器の査察の問題をめぐる国連安全保障理事会で、ランボーの詩を引用しつつ熱弁を振るったドビルパン仏外相は、みずから詩人でもあり、ナポレオンの研究者としても名高い元外交官である。人文学的教養を身につけていることがヨーロッパの官僚や政治家の必須の要件とされており、ゆえに国際会議に出席する日本の官僚や政治家は、夜のレセプションでは寡黙を余儀なくされるのだ。
国立大学の法人化に伴い、実学重視、教養軽視の傾きは、よりいっそう強化されようとしている。こうした傾向は「活字離れ」をますます加速し、ひいてはそれが、政府が狙う産業振興、科学技術振興、国際交渉力の向上などの目標をかえって達成しにくくする。
教養を重んじ、高尚な書物を読書する習慣を人々の身につけさせることこそが、右に記した三つの目標を達成するために欠かせないのである。
◎――――連載3
泉ゆきを
Izumi yukio
1938年生まれ。コミックモーニングに「宅配猫の寅次郎」を掲載し注目を集める。第25回日本漫画家協会賞先行委員特別賞、第19回読売国際漫画大賞近藤日出造賞ほか多数受賞
疲れる前に休もう3

編集後記
『テレビ・ステーション』この春も仕掛けます!
米アカデミー賞が発表されましたが、私の〇三年ベストワンは「NARC」(ナーク)。レイ・リオッタとJ・パトリックの息づかい、喉をかきむしるかの映像&ストーリー展開は、オスカー受賞作に負けず劣らずのクオリティでした。同作品は低予算ながらも、何度も制作が暗礁に乗り上げたとか。そんな作り手側の緊張感もフィルムに焼きつけられているようで、映像作品とは不思議なものです。
小社発行「テレビ・ステーション」は、隔週刊TV情報誌販売部数・第一位の座をキープしつつ、この春も新連載を続々とスタートさせます。「テレビ誌なんて、所詮は番組情報だけじゃん!」と侮ることなかれ。芸能情報はもちろん、劇場公開の映画情報、最新CD&DVD、本に至るまで、総合エンタテインメント誌といっても過言でない情報を毎号発信しています。春は出会いの季節。桜咲く新生活のお供に、いかがです? (福島)
マーケティング局より……
家に帰ると、三歳の娘が「絵本読んで」とやってきます。小さいころは『いないいないばあ』『はらぺこあおむし』が好きで、何度も何度もくり返し読むようせがまれました。最近は、親に似て食いしん坊なのか『ぐりとぐら』『しろくまちゃんのほっとけーき』など、食べ物が出てくる本が娘のお気に入りです。どの本も昔からある、たあいもない(失礼!)絵本なのですが、本の奥付を見てびっくり! どれも初版発行から二〇〜三〇年経っていて、一〇〇刷以上の超ロングセラーだらけなのです。いつの時代も子供が好きな本は変わらないということなのでしょう。
ダイヤモンド社にも、「ドラッカー」など、いつの時代に読んでも古びないビジネス書がたくさんあります。次々と出る新刊本だけでなく、時代を超えて長く読み継がれているロングセラー本にもぜひご注目ください。 (井上)
編集室より……
五・一チャンネル・サラウンドシステムを導入してDVDを見ています。三〇年前の四チャンネルブームを思い出しますね。二一世紀のサラウンドは五つの独立した音声をデジタルアンプで再生するのできれいに分離して聞こえます。とくに映画はすごい。音が映画館の空間を想定して設計されているので、一度味わうとやみつきに。
一方、音楽のDVDにはまだそれほどサラウンドで収録されたソフトは多く出ていません。それに、あまりにも分離が良すぎてアラが目立つこと。歌唱力で有名なヴォーカリストのライブを買ったのですが、頻繁に音をはずしている部分が耳についてガックリ。手持ちで最高のソフトはヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団の東京ライブ、ブルックナーの交響曲第九番です。サラウンドではちょっとしたミスが完璧に聞こえてしまう。これに耐える演奏はなかなかないでしょうね。 (坪井)
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