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医療のゆくえ 久保恵嗣信大医学部長

2008年07月12日

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久保恵嗣・信大医学部長

 ――信州大医学部はどんな課題を抱えていますか。

 「4年前に始まった新臨床研修制度=キーワード=の影響で、医局に残る医師が減った。一方、大学が独立行政法人になったことで付属病院にも経営努力が求められ、負担が増えている。以前は大学が医局を通じて地域の関連病院に医師を派遣していたが、今では大学に呼び戻さなければならない」

 ――国は医師抑制の失策を認め、医学部定員を増やす方向に政策を転換しました。
 「信大も、社会人枠を含めて100人だった入学定員を、今年度から5人増やした。
さらに増やすよう国から要請されている。だが医師の数が増えたとしても、卒業後に地域に残るような研修制度に改めない限り、地域の医師不足は解決しない。それに、入学してから一線で活躍するまでに10年近くかかる」

 「従来は卒業生が毎年70〜90人ほど医局に入り、付属病院で研修を受けた。だが新制度で都会の病院も選べるようになり、残るのは年40人前後に減った。県内の高校出身者はよく残るが、入学者の2割ほどしかいない。首都圏や中京圏の高校から信大に入り、卒業後は都会に帰って臨床研修を受ける図式だ」

 「ただ、厚生労働省は『安心と希望の医療確保ビジョン』を6月に発表し、制度の見直しを打ち出した。その内容を見て大学の研修システムを立て直したい」

 ――地域医療の経験は。

 「卒業の2年後、医局人事で市立大町総合病院に派遣された。地域の人々と交わって大事にされ、有意義だった。信大の同級生たちは地域の病院長クラスになっている。医師集めに精いっぱいの彼らから窮状が伝わってくる」

 ――医を志す者に大切にして欲しいことは何ですか。

 「コミュニケーション。高校で医学部希望者と話す機会があれば、『スポーツやクラブ活動でコミュニケーションの力をつけて』と伝えている。最近の学生にはコンピューター好きが多く、対人関係をうまく築けない者が増えているようだ」

 「ただ、学生には夢があり、捨てたものじゃない。彼らをいい医者に育てたい」

 「患者とのコミュニケーションを高めるため、医療現場や介護施設を1、2年生に体験させる実習や、少人数でテーマに取り組む『チュートリアル授業』を実施している。臨床実習も5年生から入る」

 ――勤務医は多忙と過労に加え、医療事故を起こせば取り調べられたり、損害賠償を求められたりする例が増えています。

 「『誕生の瞬間がすばらしい』と産科医を望んでいた学生の夢がそがれる。医療には不確実性が伴うのに、長時間の難しい手術でも失敗すれば責任を問われかねず、外科医のなり手も減っている。彼らが希望を捨てないように、医療のすばらしさを回診や実習で身をもって教えたい。死亡医療事故について国が検討している事故調査委員会では、故意でない限り医師の責任を追及すべきではない」

 ――患者側への要望は。

 「どうしても必要というニーズ(needs)と、身勝手な期待(wants)を分け、期待の部分は我慢して欲しい。例えばインターネットなどで少し勉強し、軽い症状なら夜中の来院は避け、平日の昼間に受診して欲しい。多くの患者がかかりつけ医を経ずに専門医の門をたたけば、勤務医の負担は減らない」(聞き手・田中洋一)

      ◇

 「医療のゆくえ」のインタビュー編は随時掲載します。

 くぼ・けいし 1948年、三重県尾鷲市生まれ。信州大医学部を卒業し、76年9月から市立大町総合病院に9カ月間勤務。99年、医学部教授。今年6月、医学部長・大学院医学系研究科長。専門は呼吸器内科。

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