医学論文で研究倫理をめぐる虚偽記載が明らかになった東大医科学研究所(東京都港区)には、研究者が患者らの血液など検体を保管する際の規則や患者から同意文書をとるための決まった書式がなかったことが分かった。研究者を対象にした倫理研修も今年4月に初めて定期化したという。清木元治所長は「医科研は、倫理面の意識が薄かった。研究所全体として体制整備の必要性を認識するのが遅れていた」と言っている。
医科研の内部調査担当者によると、研究倫理にかかわる手続きは、事実上、研究者個人の「倫理」に任され、組織としてはノーチェックだった。こうした環境が、今回発覚した東條有伸教授(52)の研究室による論文への虚偽記載につながったとの見方が研究所内では強いという。
医科研幹部の一人は取材に対し、「東條教授は、共同研究者から『倫理審査委員会に出しましょう』と言われるなど、せっぱ詰まって出さなければいけなくなった時しか、(倫理委に)申請していなかったようだ」と話す。
11日に記者会見した清木所長は再発防止策について、毎年、各研究室が行うプロジェクトを報告してもらい、それぞれがきちんと倫理申請されているかどうかを定期的に点検する考えを示した。
同じ東大でも、医学部(東京都文京区)は対照的だ。ヒトから採取した検体を研究に使用する際の同意の取り方や個人情報保護の扱いについて統一的な手順を詳細に定めている。さらに03年からは臨床研究を行う医師や研究者に研究倫理セミナーの受講も義務付けた。研究計画について倫理審査委員会に申請する際には、原則としてこの受講証が必要という。
世界医師会の「ヘルシンキ宣言」や厚生労働省の倫理指針が、個別の医学研究に倫理委の承認や患者からの文書による同意の取り付けを求めているのは、かつての「人体実験」が明らかになった経緯などを踏まえて、患者や検体提供者の意思に反して研究が行われたり、本人の知らないうちに自分の体にかかわる情報が出回ったりするのを防ぐためだ。
医療倫理に詳しい東大関係者は「『患者のために』ということならすべて許されると考えるのは、研究者のおごりだ。身体の一部という究極の個人情報を扱う以上、十分な説明と意思確認は欠かせない。透明性確保のため文書で同意を得るのも当然だ」と指摘する。また、医療倫理にかかわる厚労省の担当者は「国内最高レベルの研究機関で研究倫理について虚偽記載がまかり通っていたとは信じられない。明らかに一線を越えており、研究所全体としても『意識が低かった』では済まない話だ」と話している。(西川圭介、小倉直樹)