社会学者の大澤真幸氏(京都大教授)の新著3冊が注目されている。『〈自由〉の条件』(講談社)、3万部を超す売れ行きで版を重ねる『不可能性の時代』(岩波新書)、そして『逆接の民主主義』(角川oneテーマ21)。北朝鮮問題など、具体的な政治課題への提言も初めて試みた。「思想的砂漠」にオアシスをつくるトータルな構想を示すことこそが、知識人の責任だという。(藤生京子)
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刊行は、意図して時期をそろえた。ポスト近代の世界と日本が直面し9・11で決定的になった「自由」の困難と、そのゆくえを、原理的思考―時代認識―具体的提言という3段階構成で明らかにしたい、と考えたからだ。
その理論的思考の試み『〈自由〉の条件』は、超越的な存在を指す「第三者の審級」が退いた高度資本主義社会で、私たちが不確定な選択を宿命づけられる構造を解き明かす。共存や連帯を基礎づける普遍的正義の存在自体が疑われる今、なお自由を蘇生させる公共空間が開かれるとすれば、同じ価値観の共有ではなく、むしろ異質な「他者」の存在こそカギと結論づけている。
「自分と相いれない存在がウヨウヨいることに、僕ら、ものすごく敏感になっているけれど、自分が恐れる他者が、ある意味で、あなたの『内なる他者』だと押さえておくことが重要。皆、自分自身の中に抱え切れない違和感がある。それを可能性として考え直していけると思う」
恩師の見田宗介氏による戦後日本精神史の区分――理想の時代、夢の時代、虚構の時代――に続く現在の見取り図を描いた『不可能性の時代』も、議論はこの「他者」問題に収束していく。極端な虚構への願望と、破局的な現実への逃避願望と。引き裂かれた現代日本の状況を克服するのは、松本サリン事件の被害者、河野義行氏がオウム信者と直接交流をもつように、他者に近づこうとする実践と、「憎悪と完全に合致した愛」しかない、という。
こうした問題意識にもとづく具体的提言が『逆接の民主主義』で示される。日米安保体制から独立しつつ戦争放棄の憲法を維持するために、北朝鮮の難民を受け入れて民主化を促し、軍事的脅威を取り除こう。軍隊としての自衛隊を解体し、貧困・紛争地域で防災、食糧支援など直接的な贈与を行う「部隊X」を創設せよ――。ユートピアとの見方も少なくないだろう。
「いま政治は、道路や年金など利益配分の行政の話ばかり。想像力が枯渇しているからです。沈むのがわかっている船から下りないような日本社会の状況に、他の船があることを伝えたかった」
昨年は15年がかりの大著『ナショナリズムの由来』(講談社)を完成させた。輸入学問から脱し、「概念を発明する」ことをめざしてきた著作には、逆説的視点をもち理論と格闘する徹底した思考の跡と、時にみせる跳躍感が印象的だ。「哲学者であり詩人」は、本人がこうありたいというイメージでもある。
「たとえば『愛している』という、一番ベタな現実に、一番繊細な問題が隠れている。古典的イデオロギーが消え、個人の日々の悩みとマクロな国際問題との間のつながりが、自覚できる時代にもなってきた。思想することのだいご味ですが、多くの研究者のように分離できないのは、不器用なんですね、僕」