いつだったか、有名な某映画監督が、半ば、嘆くように、云ったものである。
「ネエ、君!映画の一つの欠点は、経費がかかるために、やり直せないということだよ。特に、一度上映されたとなると、もはやそれっきりだからね」
 私は、たちどころに、合づちを打った。
「全くです。特に、私のような、かけ出しには、上映されない以前でも、やり直しなんて、全然きかないんでね」
 ところが、数日たって、ふと、気がついた。映画をつくるということが、こんなにも、私をひきつけるのは、映画が、人生と同じように、簡単に、やり直せないからだ、ということに。

 映画監督・市川崑の言葉です。音楽も同じだ、と考えたら、なぜか涙が込み上げて止まらなくなりました。この素晴らしい文章には、まだ先があって、それはもっと素晴らしい。キネマ旬報・1953年秋の特別号のために書かれた文章。最近出た「シネアスト 市川崑」という本の冒頭に再録されています。永遠の青年監督。

 この秋、世田谷文学館で市川監督の回顧展が開催されるそうです。世田谷文学館は去年、植草甚一のレトロスペクティヴ展を開催したところ。この市川監督の回顧展は以前から進められていた企画で、もちろん監督ご本人とも交渉を続けていたようですが、ようやく開催日が決まったところ、監督のご逝去。ぼくはこの回顧展の話を、東宝撮影所で行われた「お別れの会」のときに、世田谷文学館の矢野さんから伺いました。

 そうしたら、「黒い十人の女」の上映に併せてのトークショウに出演してくれないか、という依頼。いまどきコニシがこの映画のことを喋ったってツマラナイでしょ、と思ったのですが、ちょっと待った、じゃあみんながお話を聞きたい人を連れてくればイイんじゃない、と考え直したら、ヒラメキました。ハイ、だいぶ先の告知となりますが、10月13日月曜日・世田谷文学館・トークショウ・石坂浩二×小西康陽。はっきり言って小西ではだいぶ役不足ですが、大丈夫です、石坂さんが存分にお話を聞かせてくださるはず。なので。

 さて。本日の「レコード手帖。」は大江田信さんの「薬研坂界隈雑記帳」第4回です。ぼくが毎月楽しみにしている連載。

 さてさて。ビーチェさん特集、始まりました。見てください。読んでください。そしてCD、買ってください。どうかひとつ。なんとか毎日更新しています。

(小西康陽)