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社説

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東大医科研―研究も患者を最優先に

 血液や細胞など人体の一部を使った研究をする場合、提供してくれた患者の同意を得たうえで、それぞれの機関に設けられた倫理委員会の審査を受けるのが国際的な決まりだ。

 こうした研究は、患者の身体に負担をかけることがあるし、遺伝子などの個人情報の分析に踏み込むこともある。そのため、研究に十分意味があることや、患者に過度の負担や不利益をもたらさないことを厳格に審査する必要がある。

 研究論文を発表するときは、こうした手続きをきちんと踏んだことを明記しなければならない。それがなければ、論文自体が認められない。

 ところが、東京大学医科学研究所の東條有伸教授が、患者の同意を得るなどの手続きをしたと偽って、いくつかの論文を発表していた。

 教授は偽りを書いたことを認め、そのうちの1本の論文についてはすでに取り下げた。急性骨髄性白血病の患者の血液などを使って、白血病の悪性度を測る研究だった。

 同研究所の清木元治所長は陳謝するとともに、「検査と研究の違いについて意識が薄かった」と述べた。

 同じ血液を採るにしても、研究目的となると、治療目的での検査とは患者の受け止め方がまったく違う。研究目的は必ずしも患者自身の利益に直結しないからだ。だからこそ、患者にていねいに説明し、同意を得ることがいっそう厳しく求められているのだ。

 そうした認識が甘かったというのだから、日本の医学研究でトップレベルの研究所としては、お粗末というほかない。こんなことでは研究そのものへの不信を招きかねない。

 研究所は外部の有識者を入れた委員会で調査を進めるという。このような不祥事が起きた背景を明らかにするとともに、研修をして臨床研究にあたる倫理意識を高めてもらいたい。

 気がかりなのは、研究を重視するあまり患者の立場が置き去りにされることが、東大医科研に限らず、臨床研究の世界に広がっているのではないか、と思われることだ。

 神戸市の病院では昨年、患者の同意書なしに、抗がん剤を使う臨床試験が行われていたことが明るみに出た。

 病気の治療法を開発するには、人を対象にした臨床研究が欠かせない。できるだけ多くの臨床研究を重ね、一刻も早く治療法を見つけたい、という医師の気持ちは分からないわけではない。現場では治療と研究が分かちがたい場合もあるだろう。

 しかし、臨床研究をずっと続けていくためには、協力してくれる患者のことを最優先に考え、信頼を得なければならない。その大切さを東大医科研でのあきれた振る舞いが改めて教えてくれる。

イランの核―危機をこれ以上あおるな

 イスラエルがイランを空爆するのではないか。中東でそんな観測が強まり、不穏な空気が広がっている。

 イランは国際社会の制止を振り切ってウラン濃縮を続けている。核兵器開発につながりかねないと、国連安保理は06年12月以来、制裁を科している。

 このイランの動きに最も神経をとがらせてきたのはイスラエルだ。かねて軍事行動の可能性もちらつかせながら、イランを牽制(けんせい)してきた。

 そこに先月上旬「イランの核開発を止めるために、攻撃は避けられないだろう。制裁は効果がない」というモファズ副首相の発言が新聞で報じられ、緊迫度が高まった。

 反発したイラン側は、攻撃があればイスラエルへの報復とともに、ペルシャ湾の出入り口であるホルムズ海峡を封鎖する構えも見せた。この海峡は、世界の原油の4割が通過する世界の生命線である。

 その後、米国のメディアではイスラエルが6月上旬、イランの核施設空爆を想定した軍事演習をしたと報じられたり、「年内に攻撃する可能性が高い」といった米軍事筋の見方が流れたりした。

 イラン側も対抗するかのように10日、イスラエルを射程におさめる中距離弾道ミサイルの発射実験をペルシャ湾でしたと発表した。

 こうした応酬に原油価格は敏感だ。モファズ氏の発言後、一日で1バレル11ドルも上昇し、イランのミサイル発射発表の後にも5ドル強あがった。情勢不安をあおるような双方の行動が、原油価格の高騰にさらに油を注いでいる。

 イスラエルは実際に、イラクの建設中の原子炉やシリアの疑惑施設を空爆した過去がある。

 両国が戦火を交える事態になれば、ただでさえ不安定な中東は大混乱に陥ってしまう。世界経済も大きな打撃を受ける。両国はこの緊張状態をやわらげるため、すみやかに具体的な措置をとってもらいたい。

 イランは疑惑をもたれている濃縮作業を停止し、国際原子力機関(IAEA)の査察に全面的に協力すべきだ。

 安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国が、イランに濃縮停止と引き換えに産業用の核関連技術を提供するという打開案を示している。真剣な交渉を一日も早く本格化させ、事態の沈静化に役立てるべきだ。

 もとはといえば、イスラエルが半ば公然と核武装したことが、この地域の国々の核への野心を刺激した面がある。空爆といった強硬策に傾斜する一方では、いつまでたっても平和への展望は開けまい。

 イスラエルに強い影響力を持つ米国のブッシュ大統領は「米国はイランに対する軍事攻撃を支持しない」と明確に伝えるべきだ。

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