bice 『かなえられない恋のために』
CD:COCP-35070 ¥2,940(incl. tax)
2008年7月23日 発売

01 レッドバルーン
02 lily on the hill
03 100年後にはふたりはいない
04 in lovers time
05 停戦しましょう
06 スプラッシュ
07 ordinaly days
08 太陽が生まれ変わる頃
09 heaven
10 ただ恋しくて会いたいなんてね
11 cine love 4
*各楽曲タイトルをクリックすると試聴出来ます。

では、アルバム収録曲について順に伺います。

bice 「レッドバルーン」は、カントリー調で始まる曲で、サビをオーケストラでやったりして、結構、面白く出来たかなと思ってるんですけど、最初は自分でもそんなに好きな曲じゃなかったんです。ただ、ディミニッシュのサビの部分が浮かんでから、すごい好きな曲になっちゃって。当初はサビに「Can you feel,Can you feel♪」って歌詞をつけてたんですけど、何か弱いなと思って、結局、「愛を、愛を、愛を♪」って歌詞に落ち着きました。

アルバム全体にリスナーに媚びてない感じがします。登場する女性がどれも自立した印象がありますが。

bice そうですね。どちらかというと、女性上位なところが多いかも知れません。男性に寄りかからずに、「私は私でいきます」って感じの女性が主人公。OLの子がちゃんと仕事で稼いで、自分でマンションも買っちゃった、みたいな。それでいて自由に恋愛してる感じ。歌い方もそんなふうに結構こだわってますね。

「lily on the hill」は、もともと松下電器の「Nのエコ計画」というインフォマーシャルのために書かれた曲なんですね。その時は「ラララ♪」で歌われていましたが、この曲についてはいかがですか。

bice この曲は、その時に映像に合わせて書いたんですけど、サビを聴いてもらうよりも、Aメロのコードの回し方が良く出来たと思ってて、そこをちゃんと聴いて欲しいんです。「Nのエコ計画」の時も、編集でAメロを入れてのサビ、みたいな構成にしてるんですよ。これはサビだけ聴いてもらってもあまり嬉しくない。実は、今回アルバムからの押し曲が「レッドバルーン」になってるんですけど、実を言うと私のなかでは、「lily on the hill」のほうがヒットしてるんです。

次が「100年後にはふたりはいない」。

bice これは刹那的な恋愛の曲です。ワンナイト・ラヴじゃないけど、そんな感じ。この曲はアレンジを含めて今までのbiceにはないタイプの曲ですね。私は自分の作品を聴いて、女性に共感してもらいたいんですけど、なぜか男性の方が反応するんですよね。それがちょっと不満っていうか(笑)。

「in lovers time」はいかがでしょうか。

bice これは降りて来た曲なんですよ。書きためてた曲のなかのひとつで、ここでは、“恋をして、恋に落ちていく気持ち良さ”を書きたかったんです。

では、次に「停戦しましょう」。

bice これも「in lovers time」と同様に降りて来たんです。メジャーセブンの罠にはまったような曲で、実は大した曲じゃないんですよ。これはアレンジ頑張ってるんです(笑)。アレンジを頑張ったので、その結果、私も意外にいい曲になったと思うんですけど、いかがでしょう?

「スプラッシュ」はどうですか。

bice クレプスキュールあたりの曲を聴いてて出来た曲ですね。程よい打ち込み感、程よい軽さ、平坦な感じ。サビは地方のCM用に書いて、一時期使われてました。米倉涼子さんが出てた洋服屋さんのCMです。もう6年くらい前かな。これも自立した女っていうか、自由で積極的な女の子を描いてるんですけどね。私、ある時、もう受け身はやめようと思ったんです。ふられたのがきっかけで書いたのが「lily on the hill」なんですけど、それ以降、積極的にいこうと思って(笑)。

そして、「ordinary days」。

bice bice的に路上ライヴをしてみようかなって感じの曲で、最初はギターだけでやろうと思って。結局はドラムも入れちゃいましたけどね。この曲に、“都会が朽ちてゆくんだ”ってフレーズがあるんですけど、私自身、都会がすごく嫌になっちゃった時期があったんです。ある日、246沿いで、ガタガタっとビルが崩れてゆくのを見たんですね。それを見て孤独を感じて書いた曲です。想ってくれてる人がいるのに、何でこんなに寂しいんだろうって、都会ならではの寂しさを書いてみました。サビが1回だけ出てくるのがいい加減というか。歌詞を重視した、私にしては珍しい曲ですね。

「太陽が生まれ変わる頃」は、いかがですか。

bice この曲は、90年代な感じのをやりたくて。例えるとすれば、マイブラみたいな雰囲気の。ま、あそこまでベタっとした音像ではないんですけどね。プリムローズってバンドの松井(敬治)さんという方がいて、私のライヴでは普段ウッドベースを弾いてくれてるんですけど、自分のバンドではギターなんですね。すごくイギリスな感じの音を出す方なんです。“もう終わったものは元に戻らない”っていうことを客観的に書いた歌詞が、そこに松井さんの冷たいギターが乗ることによって、よりリアルになった気がします。

「heaven」は、舞台が海外だと思って聴いていたら、いきなり“東京”という都市名が出て来て驚きました。

bice この曲は〈ジャーナルスタンダード〉っていう洋服屋さんがあって、そこの秋物のプロモーション用のショートムービーを作った時に、そのサウンドトラックのエンディングに使われた曲が元になってます。プロモ制作時に時間がなくて、3人の作曲家が音入れの前日に、その場でコンペで審査されるという状況のなかで採用が決まったんです。映像は外人の女の子と外国の風景で、“私は都会に出て頑張ってみる”っていう内容だったんですよ。その時の歌詞は英語でしたし、外国っぽいイメージは、映像から導かれて出来たメロディだからかも知れないですね。私、上京した頃、思い描いた夢や物事が思い通りにうまく進まないもどかしさを経験していて、いつかその時の気持ちを書いておきたかったんです。これが最後のアルバムになるかも知れないと思ってたので、書き残したかったんですよね。

最後のアルバムとは?

bice いや、それくらいの気持ちで作ったってことなんですけど。でも、こんな時は、また劇伴でも書いて自信つけなきゃって思うんです。

劇伴を書くと自信がつくんですか。

bice つきますね。劇伴って、達成感があるんですよ。自分の作品の場合、例えばの話ですけど、「あぁ、結局、売れなかったな」で終わっちゃうこともあるかも知れないけど、映像音楽の場合は、観てる人は背景で流れている音楽をそんなに真剣に聴いてなかったとしても、作品にとってなくちゃならないものっていう感じが強くあるんです。必要性が高いというか。その点が私自身の満足にも繋がってるんですね。役に立ってるっていうか。ところが、自分のCDの場合は、別にそんなのなくていい人もいるわけで。ただ、今回のアルバムは、出来ればリスナーにとって、その人の生活や人生になくてはならないアルバムになって欲しいと思います。

そして、続く「ただ恋しくて会いたいなんてね」ですが。

bice 作り始めの頃は、アコギで弾き語りがいいなと考えてたんですけど、今回、アレンジを含め、自分で全部やり過ぎかなと思って、ストリングスの人にデモを渡して、先にアレンジしてもらってからドラムとウッドベースを入れたんです。発注時に「めちゃめちゃロマンティックにして下さい」って頼んだので、上がったのを聴いたら音数が多くて歌が入る余地がなくて(笑)。ちょっと整理しながらこのように仕上げました。

では、最後に「cine love 4」について。

bice この曲は、及川リンちゃんにコンピレーションのなかの1曲として歌ってもらおうと思って作った曲です。リンちゃんは帰国子女なので、歌詞も英語で。英語でやるからにはスタンダードなタイプの曲を作らなきゃと思って、かなり悩んで作ったんです。「cine love 4」ってふうに“4”がついてることからも判るように、「cine love」の1、2、3ってのがあって、これが4つ目なんです。

それは連作ではなくてヴァージョン・アップってことですか。

bice そうです。歌詞を乗せるのが難しかったですね。レコードをモチーフに、暗い自分の部屋で彼といる、もしくは彼を想っている状態を想定して書きました。彼でも友達でも、その子を守ってあげたい、包んであげたい気持ちを書いたんですよ。この曲が最後にくると、アルバムがやさしい気持ちで終わるなと思って、最後に持って来ました。

ちなみに、アルバムのなかで、敢えて一番聴いて欲しい曲を挙げるとするとどの曲になりますか。

bice やっぱり「lily on the hill」ですね。

では、biceの音楽を一言で表すとすれば?

bice “裏エヴァーグリーン”かな(笑)。なんていうか、派手ではないけど、流行には左右されない感じ。ちょっとエレクトロニカっぽい曲もあるけど、アルバム全体を通して、普遍性を意識して作りました。

最後に、今後目指していることと、リスナーへの一言をお願いします。

bice 今はやっぱりサウンドトラックがやりたいですね。あと、女子が集まって黒板に言いたいことを書いていくような、女子のための音楽サークルを作りたいです。それと、普段から洋服が大好きなんですけど、あまりに好き過ぎて、今度、ブランドを立ち上げることになりました。

 聴いてくれた方に対しては、「biceを知ってくれてありがとう。共感してくれたあなたに愛を感じます」と伝えたいです。

(2008年6月18日 コロムビアミュージックエンタテインメントにて)

【コラム1 ― アンケート】
『かなえられない恋のために』 担当エンジニア 塚田耕司氏に7つの質問。

Q1 唐突に伺いますが、ビーチェさんとの出会い(仕事するきっかけ)は? また、第一印象をどう思いましたか?

A1 あるディレクターの紹介です。見た目とは対象的にハイライトを吸っているのが印象的でした。

Q2 実際にレコーディング作業に入ってみて、どうでしたか? まずはリズム録りについては?

A2 初めて仕事するミュージシャンが多かったのですが、彼女の人選やディレクションが的確でしたのですんなり録れました。

(*編注:本作には、元・シンバルズで現・フロッグの沖井礼二、元・ゼペット・ストアの柳田英輝、ラウンド・テーブルの伊藤利恵子、ノーナ・リーヴスの小松茂ら、ゲスト・ミュージシャンが多数参加している。)

Q3 歌録りについては、どうでしたか?

A3 ブランクがあったようですが、だいぶペースを取り戻したようです。レコーディングの最初と最後で声に差が出てしまったので、録りなおした曲もあります。

Q4 作業的には、アレンジや音色の調整など、どのように進めたのでしょうか?

A4 基本は彼女が自宅作業したデータです。スタジオではそれを削ったり磨いたりという作業でした。ベーシックの段階でそれぞれの楽曲の方向性が見えていたので、基本的に「おまかせ」だったと思います。

Q5 今回のレコーディングで、「これは」と言える武器が何かはありましたか?

A5 bice持ち込みのShure beta 57というマイク。彼女の声とのマッチングが素晴らしく全てこれで録りました。

Q6 今回のレコーディング、ミックスの作業で苦労した点、気遣った点はありますか?

A6 スケジュールが限られていたので、無駄な作業を省く努力をしたことでしょうか? 短期間であるにも関わらずハイクオリティな作品になりました。

Q7 最後に、レコーディング時の面白いエピソードなどありましたら、お願いします。

A7 彼女が毎回大量にCDを持ってくるので、休憩中にそれを聴く(特にクラシック)のが楽しみでした。

― ご協力ありがとうございました。

(2008年7月吉日 Andy's Studio にて)

                    

塚田耕司 TSUKADA koji
■1974年東京生まれ。テイ・トウワ氏のアシスタントとして音楽業界入り。マネージャー志望のつもりがレコーディングエンジニアとなる。
■本作にて全曲のレコーディングとミックスを担当。
 http://web.mac.com/africa_brazil/Site/HELLO_NASTY.html