「立ち上がれば、医療は良くなる」
【特集・第19回】
本田宏さん(済生会栗橋病院副院長、NPO法人「医療制度研究会」副理事長)
産科、小児科、救急医療、リハビリ医療、外科など、危機にひんする日本の医療を立て直すため、全国の医師9人が立ち上がり、7月7日、「医療崩壊はこうすれば防げる!」(洋泉社)を出版した。厚生労働省が進めてきた医療政策を徹底的に検証し、医療再生への道筋を示した力作だ。「今こそ『真の維新』の時」として、同書の編著に当たった本田宏さんに、出版の経緯や在るべき医療の姿などを聞いた。(山田利和)
【関連記事】
医師9人が医療再生の処方せん
爆発的医療需要に備え医師増員を
「誰が日本の医療を殺すのか」
翻弄される医療
後がない日本医療
−どういう経緯で、本を出版することになったのですか。
昨年9月、「誰が日本の医療を殺すのか」という本を出版しました。また、今年2月には、超党派の国会議員による「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」が発足しました。最近はマスメディアの論調の変化もあり、医療崩壊の現実が少しずつ認知されるようになっています。
しかし、日本の医療が良くなるような決定的な政策変更には至っていません。政府は医師不足を認め、医師増員の必要性を示してはいるものの、医療費抑制を掲げる「骨太の方針」を貫くという矛盾した姿勢です。
医療崩壊を防ぐには、昨年の本に続く第二弾というか、気を抜くことなく、医療現場から世の中に訴えていく必要があると痛感していたからです。
−先生を含め、9人の医師が結集するとは意義深いと思います。
医療現場は医療技術の進歩で細分化・専門化が進んでいます。わたしは外科医で、例えば産科や小児科などの詳細な現状は知りません。
各地の講演でいつも話しているのですが、正しい情報がなければ、国民は正しい判断ができません。今の医療問題を真に解決するには、産科・小児科医療や救急医療など各分野で起きている実情を世に問う必要があると考え、8人の先生に呼び掛けたのです。
皆さん忙しいので、「日本の医療を再生するため、医療現場から情報発信することに協力してくれませんか」という趣旨の手紙を出しました。すると、快く応じてくれました。本当にうれしいことでした。
−臨床や病院経営の傍ら、年間100回にも及ぶ講演活動をしている先生には力強いことですね。
本の後書きで触れたのですが、「貧者の一灯」という言葉があります。「医師一人ひとりの声は小さな一灯にすぎないかもしれませんが、みんなが一灯を持ち寄り、現場の真実を発信していけば、やがて全国に万灯がともる日が必ずやって来る」。まさしく、こういう思いになりました。
皆さんが各分野で積極的な活動をされていますが、あらためて医療にはさまざまな問題があることに気付かされました。医療を良くしたいと思っている人はもちろん、メディアや政治家、特に厚労省や財務省など現場を知らずに医療の「青写真」を書いている人に読んでほしい。
−先生の師であり、病気のため在宅ケア中の高岡先生も加わっています。
高岡先生は、1993年に「病院が消える−苦悩する医師の告白」を著すなど、現在の日本の医療崩壊をいち早く警告し、医療に対する政治や行政の姿勢を鋭く追及されてきました。
執筆をお願いするために、当時入院中の病室を訪ねたのですが、ご病気のため、かなりやせていらっしゃいます。わたしも医師ですから、病状は察するに余りある状態でしたが、自身の経験や思いを「痩(や)せ細る 我(わ)が身捨てても 民思う」という句に寄せていただきました。先生に話していただいたことは、まさに魂の叫びです。今の日本や医療に対する「遺言」です。この重みを、わたしたちはしっかり受け止めるべきだと痛感しています。
−9人の医師の志が詰まった本を手にし、さらに決意を固められたようですが。
さまざまな患者さんと接して、それぞれの生老病死にかかわる中、自分も確実に死ぬ存在だということを心から理解できたことが、医師になって一番良かったと思っていることです。
今の世の中を見ていると、価値観が崩れてしまって、生老病死とか、人間は何のために生きるのかといった生きる基本を失ってしまっているように感じています。金もうけ優先の市場原理がはびこり、人心を荒廃させているのではないでしょうか。
そうした中、一勤務医にすぎないわたしに、志を高く持って、日本の医療を変えようと、大学教授や自治体病院の元トップの医師が協力してくれました。「日本も捨てたものではない。医療界もまだまだ捨てたものではない」と。みんなが集まって行動すれば、きっと日本は変わる。わたしは絶対にあきらめないと、これまで以上に決意を固めたのです。
−より多くの人に読んでもらえればいいですね。
医療崩壊は、日本の崩壊の氷山の一角だと考えています。
本では、医療現場のことを訴えていますが、同じような問題が福祉や教育など各分野で起きています。医療だけを良くすればいいということではありません。
生老病死の根幹にかかわる医療の赤裸々な現実がつづられた本を通じ、日本をどうすべきなのか、そして世界をどうしていくべきかを考えるきっかけになれば、最高にうれしいです。
−最後に、メッセージをお願いします。
今、問題になっている「後期高齢者医療制度」が韓国やフランスで導入されたら、政権はひっくり返るでしょう。日本人は、民主主義国家の国民という意識が薄いと感じています。
国家財政でいうと、財務省は国民の最大幸福を考えて財源をコントロールするのが、本来の仕事です。彼らが、医療費は無駄(医療費亡国論)と言っているから、抑制すべきというのは、民主主義ではない。国家財政は、本は国民の税金なのだから、国民がこのように使えと言えばいいわけです。
本の中には、医療崩壊だけではなく、医療関係者と住民が協力して医療の立て直しに取り組んでいるという兵庫県立柏原病院のようなポジティブな実例も描かれています。夢はあるのです。みんなで大きくしていくためには、人任せでなく、自分ができるアクションを取ればいい。医療や国を良くしたいとの願いを込めて立ち上がった医師たちを通じて、どんな医療をつくり、どのような国にしていくか、思いを巡らせ、行動につなげてほしい。そんな人たちと共に頑張っていきたいと思っています。
「医療崩壊はこうすれば防げる!」の筆者たち(敬称略)
第一章:姥捨て山「後期高齢者医療制度」は即刻廃止に!
澤田石順(鶴巻温泉病院回復期リハビリ病棟専従医)
第二章:救急車「たらい回し」の解決策はこれだ!
有賀 徹(昭和大医学部教授)
第三章:「絶滅危惧種」産科の崩壊を防ぐ現場からの提言
桑江千鶴子(都立府中病院産婦人科医)
第四章:「医師不足=医療不在」の地域医療はこう守れ!
樋口 紘(岩手県立病院名誉院長)
第五章:医療難民・介護難民はこうすれば解決できる!
安藤高朗(永生病院理事長兼院長)
第六章:小児科医療崩壊を防いだ実例を見よ! 絶望の辞職宣言からの奇跡
和久祥三(兵庫県立柏原病院小児科医)
第七章:医療紛争の解決策はこれだ!
上 昌広(東大医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門客員准教授)
第八章:日本医療の生き証人の声を聞け! 厚労省への「遺言」
高岡善人(長崎大名誉教授)
後書き 本田 宏(済生会栗橋病院副院長、医療制度研究会副理事長)
更新:2008/07/11 12:54 キャリアブレイン
新着記事
「立ち上がれば、医療は良くなる」(2008/07/11 12:54)
医療者と患者の信頼関係が医療崩壊を防ぐ(2008/07/04 14:53)
医療は国の力、医師に活躍の場を(2008/06/27 20:00)
過去の記事を検索
キャリアブレイン会員になると?
専任コンサルタントが転職活動を徹底サポート
医療機関からスカウトされる匿名メッセージ機能
独自記者の最新の医療ニュースが手に入る!
【特集・第19回】本田宏さん(済生会栗橋病院副院長、NPO法人「医療制度研究会」副理事長) 産科、小児科、救急医療、リハビリ医療、外科など、危機にひんする日本の医療を立て直すため、全国の医師9人が立ち上がり、7月7日、「医療崩壊はこうすれば防げる!」(洋泉社)を出版した。厚生労働省が進めてきた医療政 ...
患者に寄り添う看護に重点医療法人社団昌栄会「相武台病院」(神奈川県座間市)24時間保育でママさん支援 厳しい労働実態から離職率が12.3%に達するなど、看護師の確保・定着が看護現場の重要な課題になっている。こうした中、神奈川県座間市の医療法人社団昌栄会相武台病院では、組織を挙げて働きやすい職場づくり ...
Weekly アクセスランキング
※集計:7/5〜7/10
埼玉県戸田市の戸田中央総合病院には、今年もたくさんの新人ナースが仲間入りしました。人に寄り添う日々の業務は、緊張の連続でもあります。新人ナースの一日に密着しました。
医療セミナー情報