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2007-10-06 16:09:31

環境問題はなぜウソがまかり通るのか2

テーマ:
この記事の続きです。
→ 環境問題はなぜウソがまかり通るのか

当初、私はこの本を読むつもりはありませんでした。

なぜなら、前著「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」を
読んだ結果として、著者である武田邦彦氏に対する私の評価は
「信用ならない発言をする学者」と結論付けられたからです。

しかし、読書仲間の、たまには不味いものも食べないと、
美味しいものの味がわからなくなるよ、という一言に騙されて、
千円札をシュレッダーに押し込んだつもりで
本書を購入しました。とても反省しています。

読書感想は前回同様、適当にお茶を濁して終わりにしようか
とも思ったのですが、前著が25万部も売れていること、
本書が引き続きトンデモなくひどい内容であることから、
売り上げに貢献してしまった者の責任として
私が武田氏を「信用ならない」と判断した理由を述べることにしました。

なお、上記理由により、今回は前著についても言及しますので、
混乱の無いように、以下では

 前著「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」→「本書1」
 今著「環境問題はなぜウソがまかり通るのか2」→「本書2」

と略称させていただきたいと思います。

また、前回のエントリにも書きましたが、
私は環境問題の専門家でないことはもちろんのこと、
これらについて特別な勉強をしたこともありません。

従いまして、以下に述べる内容には重大な間違いや
誤解が含まれている可能性があることをご承知いただいた上で、
お読みくださいますよう、よろしくお願いいたします。

とはいえ、自分が学者でないことは重々承知しておりますので、
反証データの提出や、資料分析による反論などは
私の能力を超えるものであり、とても出来るものではありません。

これから述べますのは、私が小中高大16年間の教育と
31年以上の人生経験によって培われた知識、知恵、価値観に
照らし合わせた結果、「本書1」および「本書2」の論理性には
重大な欠陥がいくつもある、と結論付るに至った経緯となります。


さて、まずは「本書1」についてです。

データの話はしないと言っておきながら、
いきなりデータの話をしてしまって恐縮ですが、
本書1の13ページ図表1-1には、平成5年から平成16年までの
ペットボトルの消費量、回収量、再利用量の折れ線グラフが
示されています。

この資料については、出所とされているPETボトルリサイクル推進協議会から
「捏造データである」との声明が出ています。
http://www.petbottle-rec.gr.jp/syoseki/index.html

また、捏造であるとの指摘に対して、「本書2」で
武田氏の反論が書かれており、この件については
私も思うところがありますので、後ほど「本書2」を取り上げる時に
言及したいと思います。

また、これは前エントリでも取り上げましたが、
(データが捏造であるかはひとまず置いておくとして)
この資料から武田氏は

 「分別回収量が増える」につれて「販売量もウナギ登りに増える」
 結果となった。
 (「本書1」13ページからの引用)

という発言をしております。

私の認識としては、これは原因と結果を逆にしたものであり、
谷岡一郎「『社会調査』のウソ」(文春新書)あたりでも
指摘されていたかと思いますが、因果関係をわざと混同して
結論をミスリードする手法の疑いが強いと思われます。

「『社会調査』のウソ」は非常に面白く、かつためになる本ですので
未読の方は手に取られることをオススメしますが、
この本の中では、上記ミスリードの手法はマスコミによっても
多用されるものであると書かれていたと記憶しています。
(本が手元にないので、間違っていたらごめんなさい)

「本書1」および「本書2」では、マスコミによる環境関連報道の
いかがわしさを糾弾するような文章も多く見られます。

私個人は新聞・テレビをほとんど見ないし、信用もしない人間ですので
マスコミ批判いくらでもやっとくれ、という気分ですが、
マスコミ批判を繰り返す本の書かれ方が
まさにマスコミと同じなどとは、笑い話にもなりません。

次に、「本書1」34ページの図表1-5について取り上げます。
この図表1-5について、武田氏はこう書いています。

 ペットボトルだけで計算しても面倒なので、
 卵のトレーとかその他の包装も含めてプラスチック容器の
 リサイクルで取られているお金を図表1-5にまとめた。
 (「本書1」33,34ページからの引用)

ちなみに、図表1-5はこんな感じです。
表の書き方がわからないので、箇条書きで勘弁してください。

 図表1-5 リサイクルによる費用増加と費用減少(単位:億円)
 ・リサイクルのための費用増加
   ・事業者リサイクル費用
     ・ペットボトル 84.2
     ・プラ容器包装 209.4
     ・その他 160.8
     ・小計 535.4
   ・自治体リサイクル費用 1178.7
   ・合計 1714.1
 ・費用減少
   ・自治体一般ゴミ処理費用削減 946.5
 ・全体的な負担増 767.6
 (「本書1」34ページからの引用)

私はこの図表を見た瞬間、「うさんくさい!」と感じました。
そう感じた理由は大きく3つ。

理由1.ペットボトルの話をしているはずなのに、
    なぜ「その他の包装も含めて」としなければならないのか、
    理由がまったく説明されていない。

理由2.自治体については、費用の増加と減少がそれぞれ言及されているが、
    事業者について費用増加しか述べられていない。
    事業者における費用減少の可能性はまったくないのか?

理由3.事業者リサイクル費用の項目「その他」ってなに?

少し補足しますと、理由1.については、読んでいる最中は
疑問に思ったのですが、しばらくしてから「プラ容器包装」は
ペットボトルをリサイクルした結果の製品のことを
範疇に入れているのかな、と思いなおしました。

ただし、ペットボトル自体のリサイクル費用として
計上されている数字よりも、プラ容器包装の数字の方が
2倍以上なのは気になるところであり、この数字をもって
「ペットボトルのリサイクルによる費用増加」と表現して
しまうのは、個人的には乱暴なやりかただと思います。

まぁ、でも我慢できる範囲でしょう。

理由2.および3.については、データそのものへの疑問ですので、
実際には著者・武田氏の問題ではなく、データの出所である
産業構造審議会環境部会廃棄物リサイクル小委員会・
容器包装リサイクルワーキンググループの
責任のもとにある問題である、と最初は考えていました。

理由2.の問題点は、事業者としては「リサイクル費用」は、
リサイクル量は増えるに従って増えるしかなく、
費用増加のみが言及されるのは仕方のない面もあるのですが、
一方で製品を売ることによって得られる利益もあるはずです。

図表1-5は「費用増加と費用減少」とタイトルされていることから
分かりますように、コストの面のみにスポットを当てていて
利益についてはまったく述べられていません。

別にリサイクル業者じゃなくったって、事業を拡大して
利益を増やそうと思えばコストは増えるのであり、
増えたコストだけを見て「経営方法が間違っているのでは?」
などと言えば、周りの人たちからの失笑を買うことでしょう。

それと同じように、「リサイクルを促進すると費用が増える」のは
当り前なのであって、その増えた費用とリサイクルによる効果を
比べて、初めてリサイクルの是非を問えるはずです。

理由3.は単なる素朴な疑問なのですが、1.と同様に
なにが含まれているのか分からない数字でもって
「ペットボトルのリサイクルによる費用増加」と表現されるのは
困ったものである、という感じがしました。

と、この件については、主にデータ提出元に対して
イライラしながら「本書1」を読んでいたのですが、
「本書1」読了後にちょろっと調べただけで、
エライことが分かってしまいました。

最近は便利になったもので、政府関係の資料もインターネットで
簡単に閲覧することができます。

図表1-5の出所となっている、
「産業構造審議会環境部会廃棄物リサイクル小委員会・
第17回容器包装リサイクルワーキンググループ資料」は、
以下のサイトからご覧になれます。
 ↓↓↓↓↓
http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/admin_info/committee/d.html

この中の、「第17回 別添資料集」のところをクリックしますと、
pdf ファイルが開かれます。

図表1-5のもとになっていると思われる資料は、
pdf ファイルの72~85ページに相当します、
「別添7-2 容器包装リサイクル方の効果分析」という資料の
最後のページにある、「表18 容リ法施行による社会的費用・便益」
(以下、「表18」と呼びます)
であると考えて、まず間違いないでしょう。

どうして「思われる」などという曖昧な表現を使っているかと
申しますと、資料を見ていただければ分かるのですが、
「本書1」の図表1-5と、pdf ファイルの表18とでは、
かなりの違いがあるからです。

この「表18 容リ法施行による社会的費用・便益」を見て
分かることを羅列してみましょう。

1.表18は「費用・便益」を表すものであって、費用の増減
  だけを示すものではない。

2.図表1-5の「その他」に相当する項目は、表18では
  「ガラスびん」「紙製容器包装」「内部コスト」である。

3.図表1-5の小項目ごとの数字は、表18の単位である百万円を
  億円に直した以外は、表18の数字と整合している。

いろいろ、問題点が浮き上がってきました。

私が図表1-5を見て「うさんくさい」と感じた理由の
3.については、明確に答えが出ました。

そして、この「ガラスびん」や「紙製容器包装」は、
図表1-5に対して武田氏が説明した

 プラスチック容器のリサイクルで取られているお金を
 図表1-5にまとめた。
 (「本書1」34ページからの引用、再掲)

という定義に、明らかに反します。
ガラスも紙もプラスチックではありません。

つまり、「その他」として計上されている160.8億円の数字のうち、
表18における「ガラスびん」約15億円、「紙製容器包装」約9億円、
「内部コスト」における、ガラスびん・紙容器相当分は
図表1-5に含めるべきではない、ということが分かります。

次に、私が「コストだけを見るべきではない」と考えていたことは
容器包装リサイクルワーキンググループには先刻承知であったようで、
表18は「費用・便益」の計算結果となっています。

「費用」については、表18の数字は、図表1-5に
まるまる計上されており、その合計金額は1714.1億円です。

「便益」については、図表1-5は「費用減少」として、
「自治体一般ごみ処理費用減少」という項目で946.5億円が
計上されていますが、これは表18では
「埋立処分量削減便益」約32.4億円、
「可燃ごみ・不燃ごみ処理費用減少」約917.1億円を足したものです。

しかし、表18の「便益」はそれだけではなく、
「再商品化物利用による枯渇性資源の採取削減」約272.9億円、
「容器包装使用削減による枯渇性資源の採取削減」約193.7億円、
「焼却回避によるC02排出抑制」約11.4億円
が載っています。

なぜ、これらの項目を削除したのかは武田氏に尋ねるしかありません。
武田氏なりの合理的な理由があったのだろう、とは推察しますが、
もともとのデータにおいて、これらの項目が設定されていたことは
「本書1」のなかでは全く触れられておらず、
また結論として

 図表1-5
  費用増加   1714.1億円
  費用減少   946.5億円
  全体の負担増 767.6億円

 表18
  費用    1714.1億円
  便益    1427.6億円
  費用-便益  286.5億円

というふうに、いずれの結果としても「費用増加」ではありますが、
その数字が約2.5倍違うというのは

 武田氏が他人の作った資料のいいとこ取りをしている

という印象を私は持ちました。

さて、もうこのぐらいで、私がなぜ武田氏を信用しないと
結論付けたのか、充分にご理解いただけたのではないかと思います。
しかし、話はまだまだ続きます。
(だって、まだ34ページだし)

ここからはザクザク進みます。

「本書1」は114ページから、地球温暖化についてのテーマに
移ります。また、地球温暖化については「本書2」でも
1章86ページを使って、大々的に取り上げられています。

この中で、特に目に付いたものを取り上げてみます。

まず、アルキメデスの原理により、温暖化して北極の氷が
消えても、海水面は上がらないという話。
(「本書1」118~120ページ)

まぁ、これはいいでしょう。正しいです。

そして、南極は現状わずかづつ寒くなっており、また仮に
温暖化で気温が上がったとしても、逆に水面は下がるという話。
(「本書1」121~125ページ)

まぁ、これもいいでしょう。研究者によって意見の分かれるところ
なのではないかと思いますが、武田氏がそう主張するのを
止める理由はありません。

節電すると石油の消費量が増える、というたとえ話。
(「本書1」136~139ページ)

これはヒドイですね。

ロジックの話ではありませんが、自分に都合の良い設定だけを
連ねて物語を創作し、それを提示することによって、
あたかも自分の主張が現実のものであるかのように語る(騙る)
手法は、「本書1」の中でよく見られますが、
読者をバカにしているとしか思えません。

森林は二酸化炭素を吸収しない、という話。
(「本書1」139~142ページ)

この話は武田氏のお気に入りのようで、よく見られるのですが、
正しく使われている場合と、間違って使われている場合が
あるようです。

「本書2」でも同様の記述が見られるため、そちらについて
言及するときに検証してみたいと思います。

地球が温暖化することは問題ではない、という話。
(「本書1」151~154ページ)

こちらについても「本書2」での話の方が細かく
述べられているので、そちらで扱います。

石油がなくなれば温暖化がなくなる、という話。
(「本書1」199~201ページ、209~210ページ)

前エントリでも取り上げましたが、実にオカシイ論理です。
石油を使い尽くせば二酸化炭素をそれ以上放出できないから
温暖化問題がなくなる、というロジックは、
別のたとえでいうならば

 棚の上の物が落ちそうだったから支えようとしたけど、
 もう落ちちゃったから支えは要らなくなった

というような感じでしょうか。

問題が解決したのではなく、その問題における負の結論が
確定してしまったに過ぎない状態をもって、
「問題がなくなった」と言うことが、適切な表現であるとは
私には到底思えません。

武田氏は石油が枯渇することを大変懸念しているようですが、
そのロジックでいけば、石油がなくなってしまえば
石油枯渇問題はなくなったことになります。
なにも心配する必要はありません。

もうちょっとイロイロあったような気もするのですが、
「本書1」を読んでから4ヶ月近くが経ってしまっており、
だいぶ忘れてしまいました。

「本書2」についても言えることですが、「本書1」を読了して
最初に思ったのは、なにも得るものがなかった、ということです。

それは、決して「本書1」の内容が、すべて間違っている
と言いたいわけではありません。

ここまで説明してきましたように、武田氏の論理性には、
私の価値観に照らし合わせて考えてみると
大きな問題があると結論付けざるを得ない状況にあります。

そのため、「本書1」「本書2」の中で、武田氏が理由を
明確に述べることなく断定的に結論付けているもの、
および推論しているものについては、
すべて「信用しない」という立場をとるしかありません。

ペットボトルをリサイクルすべきなのか、すべきでないのか。
地球温暖化に真面目に取り組むべきなのか、その必要はないのか。
この本からはなにも分からない。
ということです。


さて、引き続いて「本書2」に移ります。

すでに「本書2」以前の段階で、私の武田氏に対する認識は
非常にネガティブなものとなっておりますので、
「本書2」の読み方にはかなりの確証バイアスが掛かっていると
考えるべきかと思います。(自分のことだけど)

従いまして、本エントリをお読みいただいている諸兄に
おかれましては、ここから先はある程度「色眼鏡」付きで
読んでいただくべきかと思います。

まぁ、なにはともあれいってみましょう。

「本書2」第1章は先にも述べましたとおり、
地球温暖化についての話となっております。

「本書1」の時からの特徴なのですが、武田氏は温暖化について
述べる時に、なにかと海面の上昇を強調しており、
ときに「地球温暖化問題=海面の上昇問題」であるかのような
表現をとります。

これも一種のミスリードであると考えられ、
多くの方がご存知のように地球温暖化によって懸念される問題は
他にもイロイロあります。

それは武田氏も承知のことであり、
「本書2」では多少言及されています。
ただし、内容的にはかなりオカシイと思われますので、
後で取り上げたいと思います。

まずは、海面の上昇です。
「本書2」から引用します。

 様々な原因で海面水位は変化するが、その変化はそれぞれ
 どの程度のものなのか。まず、海面水位の変動を完結に数値で
 示しておこう。

 ①地球温暖化で上がる幅……………11センチ上昇(30年換算)
 ②1ヶ月間の海面水位の上下……200センチ上下(1ヶ月間)
 ③夏と冬の変化………………………40センチ上下(1年間)
 ④大阪の100年間の変化………260センチ上昇

 にわかには信じられないのではないだろうか。海面水位の
 変化で一番小さいのが地球温暖化によるもので、
 日常的な変化のほうがはるかに大きい。
 (「本書2」58ページから引用)

ここで、「地球温暖化で上がる幅」とされている数値は、
IPCCという国際機関の予測をもとにしており、
一応信頼できる数値であると言うことが出来ると思います。

問題はそこではありません。

武田氏自身も「本書2」の中で述べておられます。

 地球温暖化による海面水位の上昇が潮の満ち引きとくらべて
 怖いと思われるのは、「一時的ではない」ことである。
 上がりっぱなしは怖いということだ。
 (「本書2」59,60ページから引用)

ここで、ひとつ別の問題を想定してみましょう。
日本の電力消費は、新潟中越沖地震による原子力発電所への
影響から、今夏とても問題とされる機会が多かったように思います。

しかし、考えてみると、
電力消費量は夏冬には多くなり、春秋には少なくなる。
また、一日のうちでも昼間は多く、夜には少なくなる。

であれば、あと5パーセント、一年中一日中電力消費量が
増えたとしても、問題ないのではないでしょうか。

…こんなことを言う人がいたとしたら、貴方はどう思いますか。
私は「バカじゃないのか?」と思いますね。

それと同じことが、上記の海面水位上昇の話について言えます。
武田氏自身、

 「月の引力による満ち引きや、地盤沈下による海面水位の上昇と
 地球温暖化は違う。原因の違うものを混同するな!」という
 お叱りがありそうだが、まずここでは「事実」だけを確認している。
 (「本書2」60,61ページから引用)

と述べて、なんだか上手く逃げているように思いますが、
全然ダメです。

原因が違う、というよりも、温暖化による海面上昇と
そのほかの水位の上下動はまったく何の関係もない話なのに、
数字だけを取り出して、あたかも温暖化による海面上昇が
たいした影響でないかのような印象操作をしていることが
丸分かりです。

そして「これから起こることの予測」として、

 若干の土木工事が必要だろうが、「地球が壊滅する」
 「日本が水浸し、あるいは水没する」というような
 事態は起こらない。
 (「本書2」68ページから引用)

と結論づけてしまうのも問題だと思います。

まず、少なくとも私は地球温暖化の懸念として「地球が壊滅する」
などというセンセーショナルな表現が使われているのを
見たことがありません。

マスコミに触れることが少ないため、どこかでそのような
誤った情報伝達が行われている可能性は否定できませんが、
少なくとも環境問題をマトモに捉えている人が、
この表現を使うことは絶対にないと考えています。

なぜならば、私のように何冊か環境問題の本を紐解いたことの
ある程度の人間であっても、
「環境問題は地球の問題ではなく人間の問題である」
ことが分かるからです。

「人類が滅亡する」とは言っても、「地球が壊滅する」などと
言うはずがないと思います。

また、日本が大丈夫だから、日本には影響が少ないから
この問題に力を入れなくて良いという意見にも
与することはできません。
その理由をいちいち述べる必要はないと思います。

いま、満潮時にギリギリ一杯のところは、
あと10センチも水面が上昇したら耐え切れないかもしれない、
という程度の想像力は持ちたいものです。

前著である「本書1」のときから、
武田氏は地球が温暖化することにはメリットもある、
という話をされています。

「本書2」では「地球温暖化による恩恵」という段落で、

 たとえば、気温が温かくなると脳卒中や心臓病で死ぬ人が
 少なくなる、雪国では雪下ろしで死ぬ人が減り、
 お年寄りのいる家庭は大変に助かる、冬季、雪に閉ざされて
 いたところも生活がしやすくなる、基本的に農作物が冷害に
 弱いので温かくなると豊作が続く、北海道の作物の北限が上がる、
 コメ生産の収量増が見込めるなどである。
 (「本書2」95ページから引用)

と述べられています。

まぁ、随分と牧歌的なご意見でいらっしゃいますこと。

確かに、ここで述べられていることは温暖化によって
期待できることではあるかもしれませんが、
科学者ならばそれなりのやり方というものがあるはずです。

上記のうち、「本書2」で根拠となるデータが示されているのは
心臓病についてだけです。(「本書2」95,96ページ)

ちなみに、農水省の試算では、地球温暖化の影響によって
コメは減産になるとの予測が出ています。
 ↓↓↓↓↓
http://news.kankyoubu.com/story/2007/04/post_13722.html

なお、私が温暖化によってもっとも懸念しているのは
伝染病の拡大であり、それについて武田氏はこう触れています。

 しかし、「温暖化すると日本でマラリアが猛威をふるう」
 という説は悲観派による完全な誇張だ。もし気温が2度(※注)
 程度上がることでマラリアが蔓延するのだったら、台湾は
 人が住めない場所ということになる。
  (中略)
 だから、温暖化したらマラリアを防ぐことが出来ないという意見は、
 現代の日本の衛生状態、医療レベルからって明らかに危険を
 煽り過ぎている。
 (※注「2度」の度は、本文ではCの左上に白丸を付けたもの)
 (「本書2」96,97ページから引用)

あー。また日本だけですか。
そろそろ日本を離れたほうが良くないですか?

とかなんとか考えていましたら、来ました!
来ましたよ!

ページはずっと飛んで、第3章のリサイクル問題について、
アルミニウムのリサイクルを取り上げている部分です。

 つまり、もともと日本ではボーキサイトからアルミを
 つくっていないので、日本人がアルミをリサイクルしても
 「日本の電気の節約」にはならない。
 だから、「97%の節約」とは、日本人がアルミをリサイクル
 すると、外国の電気が節約できることを意味する。気持ちを
 大きく持てば、電気の節約は日本だけの問題ではなく、
 世界の電気を減らし、人類の出す二酸化炭素の排出削減に
 貢献していることになる。
 (「本書2」183,184ページ)

ほんの100ページに満たない間になにがあったのでしょうか。
すごくマトモになっています。

しかし、遅きに失したとはいえ、この点に気付かれたのであれば、
ぜひ前半部の「日本は」「日本は」を書き直して頂きたかった。
よっぽど締め切りに追われていたんでしょうか。

私がここまで書いてきたうちの、「日本についてだけ言及している」
ということを理由にした批判については取り下げます。
きっと、すでに武田氏は「本書2」に書かれた内容について
ご自身の中で考えを改めてらっしゃると思いますので。

えー…。
もちろん皮肉です。

それにしても、地球が温暖化しても海面の上昇は
たいしたことないから問題ない、という論理には辟易します。

北極の氷がすべて解けたとしても海面の水位は上昇しない
かもしれませんが、北極に氷があることを前提にして
成り立っている生態系はすべて壊滅します。
たとえば、ホッキョクグマとか。

それらは、すべて無視されて良い問題なのでしょうか?

また、「本書1」で温暖化でも南極の温度は下がっている
というデータが示されていることから分かるとおり、
仮に「今後50年で気温が2度上がる」としたとしても、
世界中が一様に2度ずつ気温上昇するわけではありません。

ある場所では5度上がり、ある場所では1,2度下がるかもしれない。
仮に東京の平均気温が5度上がったとしたらどうなるでしょう。
1971年から2000年までの平均気温は、

 東京  15.9度
 鹿児島 18.3度
 那覇  22.7度

ですので、イメージ的には東京プラス5度は
現在の鹿児島と那覇の中間点ぐらいということになります。

もちろん、地形などの影響を受けますので、
東京がそのまま南西諸島並の気候風土になるわけではありませんが、
確実に植物相は変わり、動物相も変わります。

作物の収穫が増えるんじゃないか、などと呑気なことを
言う気にはとてもなれません。

続きまして、「本書1」にて「捏造データ」と言われた、
図表1-1についての、武田氏の発言を取り上げたいと思います。

 前著の図表1-1に用いたグラフではリサイクル既刊のデータを
 使って筆者が試算した値を「再利用量」として表示した。
  それがリサイクル機関が発表した数値でないことは周知で
 あり、当然だと思っていたが、引用の表記の仕方が不十分で
 あると人づてに苦情を聞いたので、ここでこの複雑怪奇な関係を
 明らかにしておきたい。
 (「本書2」211ページから引用)

 前著にはもう少し詳しく、不誠実な行為としての海外への
 ゴミ輸出問題や、PETボトルリサイクル推進協議会という
 名前の付いた団体がリサイクルについて責任を持てない法律の
 仕組みになっている事情などを記述し、「再利用量」は
 リサイクル関連協会のデータを使って筆者が独自に計算した
 ことを説明すれば誤解を招かずに済んだと思っている。
 (「本書2」213ページから引用)

いやー、これ言い訳になってます?
なってないっすよねぇ。

復習しますと、「本書1」の図表1-1は、
ペットボトルの消費量、回収量、再利用量が折れ線グラフに
なっていたものですが、このうち消費量と回収量が
データの出所として明記されたPETボトルリサイクル推進協議会のもの。
再利用量が、筆者である武田氏の試算。

その旨は「本書1」には明記無し。
なぜなら、「周知であり、当然だと思っていた」から。

この本は、環境問題の入門書プラスアルファぐらいの
水準の読者を想定しているのではないか、と私は考えているのですが、
そういう人たちはPETボトルリサイクル推進協議会のような
団体の広報とか資料を、くまなく読んでいるものなのでしょうか?

もしそうなのであれば、これはまったく私の認識不足でした。
日本もだいぶ環境意識が高くなったんですねぇ。
本当にごめんなさい。

そんなわけないでしょう。

データの元ネタを見たことのない人(つまり私)からすれば、
折れ線グラフに消費量、回収量、再利用量と3つ線があって、
出所:PETボトルリサイクル推進協議会と書いてあったら、
三本ともPETボトルリサイクル推進協議会の発表したものだと
考えるのではないでしょうか。

武田氏は「周知であり、当然だと思っていた」らしいですが、
具体的にどのような読者を想定し、その想定された読者が
元データを原則知っているはずだとどうやって判断したのか、
ぜひ教えてほしいものです。

私の感覚でいきますと、これは作成したデータの責任を
武田氏がPETボトルリサイクル推進協議会に押し付けたものである、
と考えます。

データそのものの信憑性は、この場合とくに問題になりません。
科学者として、信用するに足る人物の行いではない、
と私はこの一事だけであっても結論付けます。

誤解もくそもありません。
武田氏の作ったデータを武田氏の名前で出さなかった。
それがすべてです。

もう、私もいいかげん疲れてきましたので、
最後に「本書2」の最後の章にある武田氏と、
池田清彦氏の対談にイチャモンつけて終わりにします。

この対談は、スゴいです。

 池田 僕は2006年に『環境問題のウソ』(ちくまプリマー新書)
 という本を出しました。そうしたら、今度は武田先生がもっと
 わかりやすく、身近なところで本を書かれた。僕はこれを読んで
 「まったくその通りだな」と思い、書評を書いたんです。
 (「本書2」270ページから引用)

池田氏のことは存じ上げませんが、この冒頭のコメントで
とりあえず評価がマイナススタートになりました。(笑)

 (前略)
 ※外来種駆除に金をかけるのは不毛という話の例として
  ブラックバスを挙げられたのを受けて
 武田 つまり、ブラックバスが増えるというのは、ブラックバスに
 相当する強力な競争相手が日本の環境にはいなくて、ある意味
 ニッチが空いていたわけですね。
 池田 そうです。だからそこにはまり込んで爆発的に増えた。
 (中略)しかし、ブラックバスと日本の在来種がコンペティション
 (競争)を起こすから、そのうちブラックバスの数も落ち着く
 はずです。
 (「本書2」274ページから引用)

いやぁ、すごいねぇ。
この人たちはオーストラリアに行って、ウサギとかキツネとか
見てくると良いと思います。

私は、日本の淡水系におけるブラックバスの生態的地位は、
既存の生態系ピラミッドの「上」に位置しているものであり、
それまで存在していたニッチにはまり込んだのではなく、
無理矢理場所を作り出した類だと思っています。

生態系はバランスですので、自分達のエサを食べつくしてしまうような
強力すぎる捕食者は逆に生き残れません。
通常の進化のなかでそのような生物が現れることはなく、
出てくるとしたら、いわゆる突然変異種でしょう。

外来種はいわば、この突然変異種に相当するわけですが、
人間の手は、自然に発生する遺伝子異常などとは
比べものにならない頻度で、比べものにならないほど
既存の生態系とかけ離れた生物を環境に送り込むことができます。

自然に任せていたとしても絶滅する種が出てくるのは
当然のことですが、それは自然の手でなされるべきであり、
外来種が持ち込まれた、などというような理由で
固有種が危険に晒されるのは論外です。

まだ、「人間が全部食べちゃいました」とかいうほうがマシです。

 とにかく何でも「外来種だからダメ」という理屈は
 大変危険な気がします。
 (「本書2」275ページから引用)

と言っている池田氏の理屈は、私にはまるで理解できない
大変危険な思想だと思います。

そういえば、森林の問題が残っていました。
この対談でも出てきますので、ちょっと見ておきましょう。

 武田 (中略)私が国の委員会で「森林は最終的には二酸化炭素を
 吸収もしないし排出もしない。生まれる時に吸収し、死んで分解される
 時に排出するだけです」と言ったら、そこにいた政府の中枢の委員が
 手を挙げて、「武田先生、今言ったことは本当ですか?」と。
 政府の中枢におられる人すら森林は永久に二酸化炭素を吸収すると
 思っている。問題はかなりのものですね。
 (「本書2」287ページから引用)

まぁ、確かにこの「政府の中枢」の人の問題はかなりのものだ。
この発言を受けて、

 池田 この前、「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」
 という番組から出演依頼がありました。「何をやるの」と訊いたら、
 「日本中の公園を森林にして、二酸化炭素を減らす」という提案に
 ついて議論してくれ、と。木を植えれば最初はちょっとずつ二酸化
 炭素を吸収するけど、その木が朽ちて腐ったら、分解されて二酸化
 炭素が出るから、結局は同じ事で、そんなの何にもならないよと
 いったんだけどね。漠然とただ木さえ植えれば、二酸化炭素はどんどん
 減るという思い込みがある。
  でも、その考えは科学的には根本から間違っている。例えばアマゾン
 の熱帯雨林をどんどん伐採してしまえば、何らかの問題はあるかもしれ
 ないけど、それと人為的な二酸化炭素が増えたり減ったりすることは
 あまり関係がない。
 (「本書2」287,288ページ)

この池田氏の発言でもって、この段落は終わります。
武田氏はなんのコメントもしてませんので、池田氏の発言に
前面同意ということでしょうか。

えー……。
この方達、本当に大丈夫でしょうか。

二酸化炭素、というよりも「炭素」なのですが、
炭素は地球上のあらゆるところに、色々な形で存在しており、
それぞれ循環しています。

武田氏や池田氏のコメントにもあるとおり、例えば植物を考えると、
最初空気中に二酸化炭素という形で存在していた炭素は、
木が成長するときに光合成によって取り込まれ、
木の体内においてたんぱく質などの形で蓄積されます。

それを人間が切り倒して燃やしたり、枯れて分解されれば
ふたたび炭素は空気中に二酸化炭素という形で放出されます。

木の成長が鈍化すれば、二酸化炭素の吸収率も鈍化しますので、
最初の武田氏の発言はあながち間違いではないでしょう。

実際には、落葉樹であれば毎年葉をつけるために炭素が必要ですし、
種子もありますので全く吸収しなくなるわけではないと思います。
これらの葉や種子については、炭素は土壌に蓄積されることに
なるかと思います。

つまり、「公園」を「森林」にすれば、そこに存在する木の分だけ、
空気中の二酸化炭素を減らすことが出来るのは間違いないことであり、
そこに森林が存在し続けるかぎりは、「公園」だった時代よりは
二酸化炭素減少になる、ということです。

森林を創り出し、維持し続けることには意味があります。
池田氏の発言は、いつのまにか公園から森林に変えたあと、
その森林がなくなってしまうことになっていますが、
そんなことは誰も言っていません。

また、逆にアマゾンの熱帯雨林を伐採することは、そこに固定化
されていた炭素を環境の中に放出することになりますので、

 ・伐採された木が燃やしも腐りもしない状況で利用され続ける

あるいは

 ・伐採された熱帯雨林は、もとの状態に戻される

という条件が満たされない限り、人為的な二酸化炭素の増加に値する
行為であると考えねばなりません。

「森林が二酸化炭素を吸収し続ける」と考える政府の中枢の人と、
「森林をなくしても二酸化炭素は増えない」と考える池田氏は、
同じレベルだと思いますけどね。


さて、正直申し上げると、「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」と
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか2」の中には、
かなり私の考え方に近いものも存在しています。

しかし、こんな杜撰な本に同意することは、
なにがあっても私には出来ません。

繰り返しになりますが、この本から得られるものは皆無です。
仮に結論だけ読んでみればマトモであったと感じたとしても、
途中の論理性に問題があれば、その結論にはなんの意味もありません。

武田氏の書かれたいくつものロジックに問題がある以上、
途中の考査を抜いて結論だけ述べられたものについても、
問題のあるロジックが介在していると考えざるを得ません。

この本を読んで、目から鱗が落ちたと感じた方には
申し訳ありませんが、貴方の目にはまだ鱗が付いている
と言うしかありません。

ですが、この本を読んで、もっと環境問題の真実について
調べてみようと思ったのであれば、その鱗はすぐに落ちることでしょう。

環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 (Yosensha Paperbacks (029))/武田邦彦
¥1,000
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コメント

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■同感です。

タイトルに惹かれ、ちょろっと立ち読みしたところ
、あまりにも酷かったので買わずに帰りました。

■Re:同感

ご訪問&コメントありがとうございます。
それも、こんなに長い、文句をたれているだけの
エントリを読んでいただけるなんて、とても嬉しいです。

立ち読みだけで買わなかった判断は、とても正しいと思います。
私も立ち読みすればよかったのですが、
前著も含めてオンライン注文だったので…。

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