「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の世界遺産登録可否を巡る動きは、登録遺産が増加する中で、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産条約の理念自体が問われている現状を浮き彫りにした。【ケベック(カナダ)念佛明奈】
5月に国際記念物遺跡会議(イコモス)から登録延期勧告を受けた後、外交ルートで各委員国に働きかけたユネスコ日本政府代表部の近藤誠一大使は世界遺産委員会の審議終了後、「私は一切(世界遺産登録のために)政治力などを使っていない」と強調した。背景には、世界遺産の価値を外交力で認めさせることに対する内外からの批判がある。
そもそも世界遺産条約の目的は、人類全体の至宝を破壊や損傷などあらゆる脅威から守り、次世代に継承するために国際的な協力、援助の体制を確立することにある。平泉が満たしていないと指摘された「顕著な普遍的価値」は「どれもこれも援助するわけにはいかないので、どういう遺産を救うのかを決めるために作られた客観的な基準」(近藤大使)だ。
しかし毎年のように資産を推薦してきた日本について、世界遺産総合研究所(広島市)の古田陽久所長は「純粋に条約の理念に賛同するという建前の間に、地方の閉塞(へいそく)した経済状況の中で、観光産業に役立つなどという現実的な効果を求める本音が見え隠れする」と指摘する。富士山の世界文化遺産登録を目指す山梨県関係者は「登録には日本を代表する山をごみから守る意味があるのに、ある外国の人は『富士山は既に一流の観光地だから登録の必要がない』と言われた」と苦笑する。
顕著な普遍的価値の有無が問われた平泉だが、暫定リストに記載されている彦根城(滋賀県)や鎌倉(神奈川県)も登録済みの遺産との類似性が指摘されている。古田所長は「遺産を守るという条約の本来の理念を実現するなら、新たな指標を導入した方がいい」として、姫路城のような単体の資産登録ではなく「日本城郭」「日本庭園」などといったカテゴリー別の保護地域制導入のほか、日本が独自に国内遺産登録制度を設けることも提案する。
今回の委員会では、新規登録だけでなく、既に登録された物件を巡っても条約の意義が問われた。委員会は交通渋滞解消のための架橋計画によって「顕著な普遍的価値」が失われるとの危惧(きぐ)から06年に危機遺産リストに登録された「ドレスデンのエルベ渓谷」(ドイツ)をリストに残すことを決定。同遺産では既に計画が動き始めたが、リストからの削除を見送った。
独地元紙ファレリア・ハイントゲス記者は「住民の間では『我々は資産の価値を十分に分かっているから、世界遺産の称号はなくてもいい』という意見が半数以上を占め、町は二分されている」と話す。
世界遺産は今、曲がり角を迎えているといえる。=おわり
毎日新聞 2008年7月11日 地方版