中川と前原が企む「危険なゲーム」(2)
2008年7月10日 文藝春秋
民主党で小沢を挑発、あえて波風を立てるのが前原なら、自民党で極端に突出した言動を繰り返すのが中川だ。十三日午後、衆院本会議が散会すると、元首相・森喜朗は中川を連れて国会内の一室に約一時間、差し向かいでこもった。まるで周囲に見せ付けるための「密談」としか見えなかった。わざとらしい演出が福田を送り出している党内最大派閥・町村派の異変を告げていた。党内の視線が俄然町村派に集中したのはこれに先立つ五日、総会で久々にマイクを握って立ち上がった森の挨拶からだった。
「福田さんはこんな辛い状況で一生懸命やっている。幸いわが党の総裁候補と噂される方々は誰も福田さんの足を引っ張る動きをしていない。そんな動きは我がグループが一番やってはいけないことだ」
名指しこそ避けたが、矛先は傍らで目を閉じてうなずく中川に向いていた。前日の四日、元法相・杉浦正健ら派内シンパが中川の近著『官僚国家の崩壊』をもとにした勉強会を立ち上げ、三十名超が出席した。配った資料には露骨に「(仮称)中川勉強会」の文字が印刷してあった。官房長官・町村信孝との派内覇権争いで優位に立とうとする「派中派」工作。中川に長年、目をかけてきた森も苦言を呈さないわけにいかなかった。中川は「中川勉強会などと言われているが、あくまで派閥の政策勉強会だ」と釈明に努めたが、十二日には元財務官僚でブレーンの東洋大教授・高橋洋一を講師に招き第二回を開いた。何かに憑かれたような勢いの中川を森はわざわざ衆人環視の「密談」でいさめた。「森が『やるなら派閥を出てからやれ』と中川を突き放した」との噂まで駆け巡ったが、中川は翌週以降も勉強会を続行。もはや確信犯と言えた。
森との軋轢(あつれき)も所詮、痴話喧嘩のたぐいとタカをくくる。経済成長を重視し、消費税率引き上げは先送りする「上げ潮派」。小泉改革の継承を標榜する裏で、派中派工作という古典的手法で着々と権力基盤を固める使い分けに手段を選ばぬ現実主義者の顔がのぞく。近著では森政権で官房長官の座を棒に振った愛人スキャンダルにも触れ、「不徳の致すところ」と反省して見せた。
この程度では暴力団のカゲもちらついた醜聞の「みそぎ」と認める評価は党内にほとんどない。しかし、そこは官房長官も幹事長も務め、六十四歳と脂がのった政治家の性(さが)。宰相の座を狙う野心は捨てきれない。「町村派や自民党の枠を超えて改革の旗に結集を呼びかけたい」「トップになるかどうかなど超越した。大乱世に身を捨てて戦う」。過去を乗り越えて復権を目指す唯一の道は、小泉の後押しを決め手に政界再編の新しい大波に乗るシナリオしかない。発言の端々にそんな思惑がにじむ。
政界再編という火遊び
中川の行動パターンは決まっている。改革を装う政策の看板を掲げ、「ポスト福田」や政界再編に備えた拠点を永田町のあちこちに構築する。その際、常に小泉の威光を背にする位置取りに腐心し、後ろ盾としてちらつかせる。小泉指名の「二人の首相候補」のうち前原を引っ張り出したのがたばこ議連。四月に設立した地球温暖化対策の京都議定書の目標達成議員連盟(もくたつ議連)では小池を幹事長に据え、会長として後見役を決め込む。無論、小泉に名誉顧問就任を頼み込むのも忘れていない。前原は中川ら「上げ潮派」が牛耳る自民党国家戦略本部の「議員定数は衆院二百、参院五十」「省庁別設置法の見直し」などの大胆な統治機構改革案を「賛同できる」と持ち上げて見せる。半面、消費税増税やむなしと唱える前官房長官・与謝野馨や政調会長代理・園田博之ら「財政再建派」とも気脈を通じている。前原を含む民主党反小沢系にはかつて新党さきがけで薫陶を受けた園田のシンパが目立つ。前原が物議を醸した月刊誌の対談相手は与謝野だった。
「民主党だけが大きく割れても政界再編にはなりえない。自民党からも大きく割れて飛び出し、新党を創るのでなければダメだ」
前原は中川にも園田にも繰り返しこう誘いをかけている。「政局屋」小沢には愛想が尽きたが、ただ民主党を飛び出ても自民党を利して裏切り者の汚名を着るだけだ。民主党に手を突っ込む「上げ潮派」「財政再建派」を逆に揺さぶり、自民党の亀裂も深めて政界再編の糸口をつかめないか、手探りを続ける。「中川・前原ライン」も、「話ができている」というより、相手を引っ張り合う政界再編ゲームの色が濃い。ある前原側近は「火遊びに深入りしすぎだ。危なくてついていけない」と懸念する。
足元で続く政界再編にらみの暗闘を尻目に、福田は我慢を重ねたねじれ国会が閉幕すると、相変わらず低空飛行の政権運営で開き直ったように「自己主張」を始めた。
「二、三年とか長い単位でもって考えた、そういうものを申し上げた。相手によってそういうふうに申し上げたのであってね」
二十三日の記者会見。主要国通信社首脳に消費税増税を巡って「決断しなければいけない大事な時期だ」と漏らした真意を追及され、しれっと増税先送りをにじませた。「二、三年」先とは衆院選後を意味する。言い換えれば、自らの手で選挙をやり遂げる意欲を捨てていない、とも受け取れた。
と言って与謝野ら「財政再建派」を突き放し、中川ら「上げ潮派」に軸足を移したわけでもなかった。翌二十四日、町村と行政改革担当相・渡辺喜美を呼び、新設する国家公務員制度改革推進本部の事務局長人事で「公募はしない。人事はすべて私の責任でやる」と裁断した。「言うことを聞かないんだよな……」。渡辺と組んで福田に公募を迫り、息のかかった高橋洋一を送り込もうと目論んでいた中川は歯噛みした。
「行く手に乱気流が見える。実際に突っ込んでみないとどんな乱気流か予測できない」
福田は二十六日夜、幹事長・伊吹文明、国会対策委員長・大島理森らに「乱気流」を繰り返した。支持率下げ止まりの気配に一息ついたが、サミットをテコに上昇気流に乗る展望もまた、容易には開けない。内閣改造にも「白紙と何度も申し上げておりますけれども、現在は白紙」を決め込む。
「首相が納得して辞める場合。それは限られた四つのケースしかない」
六月五日夜。恵比寿の元駐日ハンガリー大使公邸を改装した洋館「Q.E.D.CLUB」。小泉は「女性チルドレン」十二人を前に首相の出処進退の講釈に及んだ。
小泉は「病気」「事故」と指を折り、次に「任期満了での退任」を挙げ、最後に、「衆院選に打って出る。負ければ仕方がない、となる」と口にした。健康体でしぶとい福田は前首相・安倍晋三のように政権を投げ出したりはしない、が結論だった。とは言え、神風でも吹かない限りは「小沢が解散しろと要求している時期にわざわざする必要はない」と決戦場となる衆院選は来年に持ち越すのが基本と踏んでいる。
「北京の次のロンドンでは五輪種目だ」
二十六日夕、小泉は芝公園のザ・プリンス・パークタワー東京のボウリングサロンで気勢を上げた。早大ボウリング部出身の元幹事長・武部勤の発案で「チルドレン」と始めたら「大勢で気軽に遊べて健康にもいい」とすっかりはまった。マイボールも買い込み、週一度は通ってスコア向上に励む姿は政界再編の仕掛け人からは程遠い。
小泉お気に入りの『忠臣蔵』。大石内蔵助は討入りに逸る仲間も欺いて京都の祇園で遊興にふけり、吉良家を油断させておいて大願を成就した。さて、夏を遊ぶ「小泉内蔵助」。まずは九月の民主党代表選を見据えている。(文中敬称略)
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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