東大の医科学研究所=10日午後、東京都港区白金台4丁目、小林裕幸撮影
東京大学医科学研究所で白血病など難治性の血液疾患を研究している分子療法分野研究室=東條有伸教授(52)=が中心となって発表した論文で、研究倫理をめぐる虚偽記載が繰り返されていたことが朝日新聞の調べでわかった。実際には受けていない倫理審査委員会の承認や血液などの検体の使用の同意を得たと偽った論文が、少なくとも3本あることが判明。教授は取材に対し、自らも虚偽記載をしたと認め、論文1本をすでに撤回した。
医科研は、他の論文2本についても虚偽記載の疑いがあるとみて調べているが、今後、臨床研究にかかわるすべての研究室を対象に調査・点検を始める方針だ。医科研の清木元治所長は取材に「非常に不適切で残念。検体を提供してくださった患者やご家族に申し訳ない」と謝罪した。
ヒトから細胞や血液を採取して使う研究は、患者の体に負担がかかるうえ、その個人情報保護にも特別な配慮が必要だ。各機関の倫理委による研究計画書の事前審査や、十分な説明に基づく提供者の同意がなければ研究を認めないのが国際ルールで、03年7月にできた国の指針もその順守を求めている。
しかし、取材を機に始まった医科研の内部調査でも、指針が適用されて以降、国内外の医学誌に発表された論文5本に倫理面で虚偽とみられる記載が発覚。撤回された論文は白血病の悪性度の測り方が研究テーマで、今年5月にイタリアの医学誌「ヘマトロジカ」に東條教授を責任者とする研究室のメンバー4人の連名で発表していた。
この研究では、医科研付属病院で89〜03年に急性骨髄性白血病の患者5人から採取された骨髄と末梢(まっしょう)血を使用。倫理委の承認を得たり、文書による患者同意を掲げた世界医師会のヘルシンキ宣言に従ってすべての患者から同意を得たりしたと記載していたが、東條教授によると、実際には倫理委を通さず、同意も一部からしか取っていなかった。
また、同じ研究室の別の研究者が責任者のケースでも、04年に米血液学会の公式誌「ブラッド」に掲載された論文2本で倫理審査の虚偽記載が判明。実際は受けていないのに「医科研の倫理委に承認された」と記していた。現在、医科研が患者の同意文書の有無について調べている。
医科研によると、さらに別の論文2本でも、研究用の同意文書をもらっていないのに「書面で同意を得た」と事実と異なる記載があった。倫理委で承認を受けながら、研究用の同意を得ずに研究を進めたケースも1件あった。
こうした論文の基礎となる研究には、文部科学、厚生労働両省の科学研究費補助金の対象も含まれている。文科省は「倫理面の虚偽記載は論文の捏造(ねつぞう)にも等しい」との見方で、科研費の停止措置などに至る可能性もある。
東條教授は医科研付属病院副院長や血液腫瘍(しゅよう)内科長も兼任。同科は臍帯(さいたい)血移植で世界有数の治療成績をあげている。(西川圭介、小倉直樹)
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〈東京大学医科学研究所〉 1892年に細菌学者の北里柴三郎が創立した伝染病研究所を前身とし、生命科学の研究所としては国内で最大規模。東京都港区にあり、医学や農学、薬学など大学院の各研究科の学生も受け入れている。付属病院は医学部付属病院(文京区)とは独立した施設で、エイズなど難治性疾患の治療に取り組んでいる。