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【社会】

明石・砂浜陥没事故 一転“有罪”『娘に報告』

2008年7月11日 朝刊

差し戻しとなった控訴審判決を終え、記者会見する金月美帆ちゃんの父一彦さん=10日午後、大阪市北区の大阪司法記者クラブで

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 「これで娘に良い報告ができる」。兵庫県明石市の砂浜陥没事故で十日、元国土交通省職員らの一審無罪を破棄した大阪高裁の“有罪”判決。死亡した金月(きんげつ)美帆ちゃん=死亡当時(5つ)=の父一彦さん(41)は言い渡しの瞬間、目頭を押さえた。しかし差し戻しで裁判の長期化は避けられない。「早く確定してほしい」。法廷に被告四人の姿はなかった。 

 主文を聞いた直後、一彦さんはいったん退廷し、自宅で待つ妻の路子さん(39)に携帯電話で報告した。「すぐに伝えたい」という気持ちを抑えきれなかった。廷内に戻ると、時折うなずき、メモを取りながら理由を聞いた。言い渡しが終わると、裁判長に一礼した。

 事故から約六年半。だが当時の記憶はまだ鮮明だ。今も「あの時助けられなかった」と後悔する。二年前、神戸地裁が被告全員に無罪を言い渡した翌日、報道機関に寄せた手記には「海岸に娘を連れて行ったわたしへの有罪判決」と苦悩をにじませていた。

 閉廷後の記者会見。「無罪になるのが怖かったので、判決を聞いたときは『よっしゃ』と声に出したかった」と一彦さん。「普通に考えれば事故を予想できる。ずっと主張してきたことを裁判所が認めてくれた」と喜びを率直に表した。

明石市長『予見できた』 

 一審の無罪判決を破棄した大阪高裁判決を受けて、兵庫県明石市の北口寛人市長は十日、記者会見し「(事故の)予見可能性はあった」と神妙な面持ちで語った。

 明石市は責任を認め、二〇〇五年八月に遺族と示談が成立している。北口市長は会見で「個人の過失が争われている刑事裁判であり、判決について言及する立場にない」と判決内容に直接触れることは避けた。

 その上で、〇三年に市長になってから実施した調査で、事故前に陥没が続発していたのが判明したことを挙げ「(市は)砂浜を立ち入り禁止にすべきだった」と指摘。「予見可能性はあったのではないか」と話した。

安易な責任論危険

 池田良彦・東海大法学部教授(刑事法)の話 業務上過失罪はミスの実行行為者を罰するものだが、「見て見ぬふり」を罰することが強く求められる時代背景の下、最近は管理者の不作為が問われるようになった。高裁の判断は、被害者感情などを考慮すれば妥当とも言えるが、安易に予見可能性の範囲を広げることは注意しなければいけない。刑事責任を問えば、犯罪者として扱うことになる。今回のようなケースでは、行政上の責任、民事上の賠償責任もあり、施設の安全を追求する上で、三つの苦しみを与える意味があるのかどうかは悩むところだ。

予見できたか疑問

 松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑事法)の話 予見可能性の前提となる砂浜陥没のメカニズムの認識については、控訴審で判断が覆る可能性はあると思っていた。ただ今回、高裁判決が示した要件に照らしても、予見できたといえるかは疑問だ。国と明石市の管理責任、作為義務を同列に扱えるかどうか高裁は判断を示していない。高裁は一審判決に事実誤認があるとしたが、証拠調べもせずにどうやって無罪を覆す心証を取ったのか。自由心証主義や厳格な証明という原則を踏まえていない可能性もある。

 

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