下着売り場で悩む“愛ルケ”オヤジ発見

【オトナの性・恋愛講座】
　日曜の午後、百貨店にインナーを買いに行った。インナーとは下着のことで、ようするにパンツを買いに行ったのだが、あえてインナーと言うところが女のこだわりである。（2005.02.10掲載）

　売り場は、明らかに独身と見られる３０歳前の女性で賑わっていた。バレンタインデーに向けて勝負下着を買いに来たのだろう。ロマンティックな花柄や黒を基調としたセクシーなレース使いのものを、お嬢さんたちはどんどん試着している。女性が気合を入れている現場を見るのは嫌いではない。頑張ってね、と心の奥で応援し、夫のトランクスを買うため男性下着売り場に移動した。
　なぜか既婚男性の下着は妻が買うものと相場は決まっていて、男性下着売り場にいるのは夫婦連れかオバサマ、あるいは独身男性である。その中で、たった一人で下着売り場に立つ勇気ある中年男性を見つけた。
　その男性、カシミヤのステンカラーコートにタートルネック黒色セーターでなかなかオシャレなオヤジだ。少し長めの髪が、知的な雰囲気を醸しだしている。名のある企業の部長か平取クラスあたりか。なかなかナイスなオヤジだ。だが、腕組みをし何か思い詰めた風だ。
　オヤジの視線の先にはデザイナーブランドのちょっとオシャレなトランクスが並んでいる。棚を凝視すること約５分。ついにオヤジの手が動き、一枚のトランクスをつかんだ。黄色。あ、それは違うでしょ。私の心の声が聞こえたのかオヤジはすぐに棚へ戻した。次に手にしたのはいかにも派手な色目の柄物。これもすぐ棚に戻した。そしてオヤジは再び長考に入った。
　なるほど、分かったぞ。彼は愛ルケ（日経新聞に連載中の渡辺淳一氏の“不倫”小説「愛の流刑地」）オヤジなんだ。バレンタインをキッカケにして温泉旅行にでも誘ってみたい女性がいるに違いない。その時のことを想定して準備しておこうと考えているのだ。
　しかし長年、自分で下着を買ったことがないからオシャレとは何かが分からない。しかも、自分で下着など買ったら妻に浮気もばれてしまう。勝負下着をどこに隠しておくか？　逡巡することさらに１０分。オヤジはため息をつき、ついに何も買わず売り場を立ち去った。
　パンツの１枚くらい好きなものを買っていいんだよ。ちょっとだけ切なくなった。
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●池内ひろみ
　１９６１年生まれ。離婚、再婚を経験後、旧来のフェニズムとは異なる視点で、夫婦・家族問題コンサルタントとして活動。東京家族ラボ主宰。

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