「石橋湛山」に思う
2006.10.20
戦前、全体主義化・軍国主義化していく日本の潮流に対して、『東洋経済新報』の石橋湛山は、それを｢大日本主義の幻想｣と厳しく批判し、｢小日本主義｣を唱え、植民地や軍備の放棄を訴えています。
残念ながら、｢大日本帝国｣の政府も軍部も、メディアも、世論も彼の提言に耳を傾けることなく、戦争を続行・拡大し破滅へと向かいますが、湛山にとって、「大日本主義」は政治的・軍事的ヘゲモニーを偏重し、領土・資源などハード・パワーが国力だという発想です。一方、彼の「小日本主義」は経済的・文化的ヘゲモニーがより重要であり、技術や人材といったソフト・パワーをいかに活用できるかがが国の実力であるという思想です。湛山にとって、｢大｣はハード、｢小｣はソフトを意味します。つまり、「小日本主義」はソフト・パワーとしての日本ということなのです。
湛山の｢小日本主義｣は経済から国内外の情勢を見た提言であり、グローバルな観点から日本ならびに世界経済を捉え、経済活動を産業連関に基づく波及効果から認識すると、保護主義的なブロック経済を志向し、資源を確保するために、膨大な軍事費を使い、領土を拡大するようなハード・パワーに依拠するよりも、自由貿易とソフト・パワーに立脚するほうがはるかに有意義だと主張するのです。
経済が国際問題化したのは第二次世界大戦後のことで戦前、世界各国は金本位制のネットワークによって結ばれていましたから、経済が破綻しそうになったら、その国がそこから離脱すれば済みました。そのため、経済が国内問題として捉えられ、国際的な連携に乏しかったのです。しかし、それがファシズムを招いたという反省から、戦後、経済は国際社会において最重要課題となり、世界規模の連携が不可欠となっています。
東西冷戦構造解体以後、グローバリゼーションの進展と共に相互依存は経済のみならず、広範囲に及んでいます。イギリス学派のへドリー・ブルは、”国際社会には国家のような中央政府が存在しない「アナーキカル・ソサイエティ」であるけれども、強まる相互依存性によって秩序が形成される”と主張しています。まさに今日の世界は「アナーキカル・ソサイエティ」であり、いかなる問題もドメスティックではいられないのではないだろうか・・
驚異的にも、”小日本主義”を論じた最初期の批評『大日本主義の幻想』を発表したのは１９２０年代であり、当時はローリング・トゥエンティーズにあたり、世界的な規模で同時代的に大衆社会が出現しています。花開いた大衆文化の勢いは経済や文化の力が政治以上に社会を動かすという潜在性を顕在化し、それ以降の２０世紀を予感させてます(実際、湛山は、『百年戦争の予想』の中で、２０世紀はこの時期から続く「百年戦争」の時代だと書いています)。けれども、この時期に、世界的に見ても、湛山のような理論を語っていたのはイタリアの思想家アントニオ・グラムシなど極めて少数です。ソフト・パワー論の提唱者ジョゼフ・ナイはグラムシの文化的ヘゲモニー論の影響を受けています。湛山は、この意味で、２０世紀の日本を代表する思想家の一人といえるかもしれない。
湛山は官僚主義の糾弾者として知られていますが、それは大日本主義が官僚主義に基づいているためで、日本の官僚機構が本格的に指導するのは１９２０年代に入ってからです。それ以前、政府の施行する政策は単発的で、場当たり的です。湛山にすれば全体主義は、官僚主義の一種で官僚機構が機能しなければ、民衆を画一的に統率など無理だとします。ファシズムも、ナチズムも、スターリニズムも、官僚主義だと切り捨てています。全体主義のハード・パワー偏重は官僚主義の反映です。
湛山は、『大日本主義の幻想』以降、｢小日本主義｣に基づいて、理論を展開し、さらに発展させていきます。外交にしても、産業振興にしても、地方自治にしても、教育にしても、この原理から具体的な提言を行っています。
地方自治の問題において、湛山はラディカルな地方分権論者です。府県を廃止して、市町村だけにした上で、地方に権限を委譲すべきだと主張します。規模が小さいほうが広い公共性に立てるし、産業連関が見え、また需要に応じた供給を実行できるので、経済的非効率が減り、さらに、中央への依存心がなくなって、地方に自主開拓の精神が生まれるというのです。彼の理想は全国一律ではなく、独自のソフト・パワー発信としての自治体です。国の役割は地方自治体の補完なのです。
教育も、立身出世や滅私奉公、国体観念の涵養ではなく、ソフト・パワーを創出できる人材の育成が主眼となります。それには「真の個人主義」＝「自己開拓精神の培養」が教育の目標とした。人的資本が日本の最大の財産とし、小日本主義は、当然、素朴な自由放任とは異なるとしている。
こうした提言はことごとく無視されてきましたが、湛山はそれにめげるような人物ではなく、終戦直後に論説『更正日本の進路―前途は実に洋々たり」において、科学立国で再建を目指せば日本の前途は洋々だと訴えています。実際、戦後日本は、対外的に技術立国として認知されていることは彼の見識の高いを垣間見れる。
その後、政界に転身し、大蔵大臣や通産大臣を経た後、１９６５年、鳩山一郎首相の後任として、湛山は内閣総理大臣に選出されます。民衆からの期待も高く、ようやく湛山の時代がきたかと思われたのですが、遊説中に肺炎にかかり。それを理由に退陣してしまいます。在職期間はわずか六五日です。
湛山に代わって岸信介が首相の座につき、多くの夢が頓挫しました。中華人民共和国との国交正常化もその一つです。岸内閣以降、湛山の政治理念とは逆に、永田町と霞ヶ関は、全般的に、新たな大日本主義を推進していきます。科学産業を重視したとしても、それを規模の経済によって認めるとすれば、それは小日本主義ではないでしょう。事実、日本企業のほとんどが中小企業でありながら、それを系列というヒエラルキーに押しこめてきている。小日本主義はへドリー・ブルの言う意味でアナーキーであり、ヒエラルキーとは無縁であるはずでしょう。
もはやハード・パワーの時代ではありません。先に触れたグローバリゼーションの所以だけでなく、立命館大学の佐々木雅幸教授が一九九〇年代の東京都産業連関表を分析した結果、劇場の文化事業、すなわちソフト・パワーと建設事業、すなわちハード・パワーの経済効果に驚くべき傾向があったと報告しています。それぞれの事業の東京都地域の単位を1としますと、生産誘発効果の点では、ソフトが1.88単位なのに対し、ハードでは2.27単位なのですが、東京都内への誘発効果に限定すると、ソフトが1.51単位なのに、ハードは1.39単位となり、逆転してしまうのです。この理由は産業構造の高次化です。東京都はサービス業など第三次産業が主流ですから、波及効果の点では、建設事業はそれほど経済を活性化しないのです。
石原慎太郎東京都知事は大日本主義の政治家として有名ですが、小日本主義的なソフト・パワーが東京都を活性化させるのです。これは東京都だけではないでしょう。１９６０年、第三次産業従事者の割合は全産業の中で最大になり、８０年代前半には、第一次産業従事者は10％をきっています。ちなみに、イギリスは１８３０年代にこの比率に達しています。建設事業への新規投資よりも芸術文化への投資のほうが雇用を拡大できる可能性が高いというわけです。都市の文化政策が、産業構造の変化に伴い、文化の創造・発信を促し、政治的・経済的言説の転換につながります。現実的に、日本はソフト・パワーをいかに活用していくかが政治的課題になっているのです。
以上の指摘は、今まさに石橋湛山の小日本主義の理念が現実化されるときが到来していると言っていいのではないでしょうか？
残念ながら、｢大日本帝国｣の政府も軍部も、メディアも、世論も彼の提言に耳を傾けることなく、戦争を続行・拡大し破滅へと向かいますが、湛山にとって、「大日本主義」は政治的・軍事的ヘゲモニーを偏重し、領土・資源などハード・パワーが国力だという発想です。一方、彼の「小日本主義」は経済的・文化的ヘゲモニーがより重要であり、技術や人材といったソフト・パワーをいかに活用できるかがが国の実力であるという思想です。湛山にとって、｢大｣はハード、｢小｣はソフトを意味します。つまり、「小日本主義」はソフト・パワーとしての日本ということなのです。
湛山の｢小日本主義｣は経済から国内外の情勢を見た提言であり、グローバルな観点から日本ならびに世界経済を捉え、経済活動を産業連関に基づく波及効果から認識すると、保護主義的なブロック経済を志向し、資源を確保するために、膨大な軍事費を使い、領土を拡大するようなハード・パワーに依拠するよりも、自由貿易とソフト・パワーに立脚するほうがはるかに有意義だと主張するのです。
経済が国際問題化したのは第二次世界大戦後のことで戦前、世界各国は金本位制のネットワークによって結ばれていましたから、経済が破綻しそうになったら、その国がそこから離脱すれば済みました。そのため、経済が国内問題として捉えられ、国際的な連携に乏しかったのです。しかし、それがファシズムを招いたという反省から、戦後、経済は国際社会において最重要課題となり、世界規模の連携が不可欠となっています。
東西冷戦構造解体以後、グローバリゼーションの進展と共に相互依存は経済のみならず、広範囲に及んでいます。イギリス学派のへドリー・ブルは、”国際社会には国家のような中央政府が存在しない「アナーキカル・ソサイエティ」であるけれども、強まる相互依存性によって秩序が形成される”と主張しています。まさに今日の世界は「アナーキカル・ソサイエティ」であり、いかなる問題もドメスティックではいられないのではないだろうか・・
驚異的にも、”小日本主義”を論じた最初期の批評『大日本主義の幻想』を発表したのは１９２０年代であり、当時はローリング・トゥエンティーズにあたり、世界的な規模で同時代的に大衆社会が出現しています。花開いた大衆文化の勢いは経済や文化の力が政治以上に社会を動かすという潜在性を顕在化し、それ以降の２０世紀を予感させてます(実際、湛山は、『百年戦争の予想』の中で、２０世紀はこの時期から続く「百年戦争」の時代だと書いています)。けれども、この時期に、世界的に見ても、湛山のような理論を語っていたのはイタリアの思想家アントニオ・グラムシなど極めて少数です。ソフト・パワー論の提唱者ジョゼフ・ナイはグラムシの文化的ヘゲモニー論の影響を受けています。湛山は、この意味で、２０世紀の日本を代表する思想家の一人といえるかもしれない。
湛山は官僚主義の糾弾者として知られていますが、それは大日本主義が官僚主義に基づいているためで、日本の官僚機構が本格的に指導するのは１９２０年代に入ってからです。それ以前、政府の施行する政策は単発的で、場当たり的です。湛山にすれば全体主義は、官僚主義の一種で官僚機構が機能しなければ、民衆を画一的に統率など無理だとします。ファシズムも、ナチズムも、スターリニズムも、官僚主義だと切り捨てています。全体主義のハード・パワー偏重は官僚主義の反映です。
湛山は、『大日本主義の幻想』以降、｢小日本主義｣に基づいて、理論を展開し、さらに発展させていきます。外交にしても、産業振興にしても、地方自治にしても、教育にしても、この原理から具体的な提言を行っています。
地方自治の問題において、湛山はラディカルな地方分権論者です。府県を廃止して、市町村だけにした上で、地方に権限を委譲すべきだと主張します。規模が小さいほうが広い公共性に立てるし、産業連関が見え、また需要に応じた供給を実行できるので、経済的非効率が減り、さらに、中央への依存心がなくなって、地方に自主開拓の精神が生まれるというのです。彼の理想は全国一律ではなく、独自のソフト・パワー発信としての自治体です。国の役割は地方自治体の補完なのです。
教育も、立身出世や滅私奉公、国体観念の涵養ではなく、ソフト・パワーを創出できる人材の育成が主眼となります。それには「真の個人主義」＝「自己開拓精神の培養」が教育の目標とした。人的資本が日本の最大の財産とし、小日本主義は、当然、素朴な自由放任とは異なるとしている。
こうした提言はことごとく無視されてきましたが、湛山はそれにめげるような人物ではなく、終戦直後に論説『更正日本の進路―前途は実に洋々たり」において、科学立国で再建を目指せば日本の前途は洋々だと訴えています。実際、戦後日本は、対外的に技術立国として認知されていることは彼の見識の高いを垣間見れる。
その後、政界に転身し、大蔵大臣や通産大臣を経た後、１９６５年、鳩山一郎首相の後任として、湛山は内閣総理大臣に選出されます。民衆からの期待も高く、ようやく湛山の時代がきたかと思われたのですが、遊説中に肺炎にかかり。それを理由に退陣してしまいます。在職期間はわずか六五日です。
湛山に代わって岸信介が首相の座につき、多くの夢が頓挫しました。中華人民共和国との国交正常化もその一つです。岸内閣以降、湛山の政治理念とは逆に、永田町と霞ヶ関は、全般的に、新たな大日本主義を推進していきます。科学産業を重視したとしても、それを規模の経済によって認めるとすれば、それは小日本主義ではないでしょう。事実、日本企業のほとんどが中小企業でありながら、それを系列というヒエラルキーに押しこめてきている。小日本主義はへドリー・ブルの言う意味でアナーキーであり、ヒエラルキーとは無縁であるはずでしょう。
もはやハード・パワーの時代ではありません。先に触れたグローバリゼーションの所以だけでなく、立命館大学の佐々木雅幸教授が一九九〇年代の東京都産業連関表を分析した結果、劇場の文化事業、すなわちソフト・パワーと建設事業、すなわちハード・パワーの経済効果に驚くべき傾向があったと報告しています。それぞれの事業の東京都地域の単位を1としますと、生産誘発効果の点では、ソフトが1.88単位なのに対し、ハードでは2.27単位なのですが、東京都内への誘発効果に限定すると、ソフトが1.51単位なのに、ハードは1.39単位となり、逆転してしまうのです。この理由は産業構造の高次化です。東京都はサービス業など第三次産業が主流ですから、波及効果の点では、建設事業はそれほど経済を活性化しないのです。
石原慎太郎東京都知事は大日本主義の政治家として有名ですが、小日本主義的なソフト・パワーが東京都を活性化させるのです。これは東京都だけではないでしょう。１９６０年、第三次産業従事者の割合は全産業の中で最大になり、８０年代前半には、第一次産業従事者は10％をきっています。ちなみに、イギリスは１８３０年代にこの比率に達しています。建設事業への新規投資よりも芸術文化への投資のほうが雇用を拡大できる可能性が高いというわけです。都市の文化政策が、産業構造の変化に伴い、文化の創造・発信を促し、政治的・経済的言説の転換につながります。現実的に、日本はソフト・パワーをいかに活用していくかが政治的課題になっているのです。
以上の指摘は、今まさに石橋湛山の小日本主義の理念が現実化されるときが到来していると言っていいのではないでしょうか？
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最後までありがとうございました。 ＦＣ２ブログランキング参加中です。更新の励みになりますので、是非、投票いただきたいと思います。 |
現実的には、「大日本主義」的な人物である「岸」をその後釜に据えたことが矛盾以外の何者でもないだろうし、就任当時から健康問題を孕んでいた彼が総理の職務に対応しきれるものとは言いがたい現状だったことはある種の湛山の独り善がりが見える。この批判は湛山の能力を否定するものではないが、その行動的な限界を指摘するものであるとは思う。
実際、「小日本主義」を唱えるならば、当時の左派政党に組すればよいものがあったのだが、彼は日本の政党政治において自民党という色彩がもっとも存在しない首班であることは、政党政治の矛盾を指摘する材料になると思う。
ちなみに、反骨の志という部分では、個人的には、河野洋平氏（自民党総裁で唯一総理経験のない人ですがｗ）が個人的に好みです・・・小泉の「変人」は人間的「変人」であるのですが、河野の「変人」さというものはその政治スケールが自民党の枠組みに制約されない部分で変人であると思えます。息子の「太郎」氏は若干ﾊﾟﾌｫｰﾏｰ的になっていますが、義憤を発する気概などこの親子のような人間が政党政治が抱える矛盾と、抱えても存続できる自民党の堅牢さを感じれるものです。
ちなみに、後藤田氏は自民党の中では一番好きでしたが、息子はちょっとボンクラです。（消費者金融問題で官僚に抵抗した気概は評価するべきでしょうが、政務官職ということを考えればあれはパフォーマンス）まだ河野太郎がマシだと・・
ちなみに、歴代総理のお話など少しやりたいと思います。佐藤栄作、三木、中曽根など戦後政治家に限定するとは思います。なるべく私情を出さないように第三者的見解を踏まえた記事になるとは思いますが