「団扇(うちわ)では憎らしいほど叩(たた)かれず」という古川柳があるそうだ。「隠居の日向ぼっこ」(杉浦日向子著、新潮文庫)に載っている。
杉浦さんは、軽口をたたいた男性が、女性に「やだ、なにいってんのよ」とうちわでたたかれているシーンだが、うちわなんかじゃ痛くもかゆくもない。むしろうれしいだろうと解説している。夏の夜の、浴衣を着た若い男女のむつまじい姿が目に浮かぶ。うちわはデートの粋な小道具だ。
子どものころ、昼寝をしていると、よく涼しい風を感じた。薄目をあけると、そばで母がうちわであおいでくれていた。涼風と親の愛情の心地よさ。うちわを使う時、ふと胸の奥深くから懐かしい思い出がよみがえってくることがある。
冷房機器が発達した現代でも、伝統的なうちわが息づいている。考えてみれば不思議な気がする。最近は省エネに役立つと見直されている面もあるのだろう。持ち運びができ、簡単に涼しさが得られる。
地球温暖化対策を主題に始まった主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)では、全国のうちわ生産の九割を占める丸亀市特産の丸亀うちわが展示、配布されている。職人が地元産の竹を使って二千本つくった。
うちわのよさが、世界に伝わるか。各地で涼風を送ることができれば喜ばしい。