2007年09月29日
死刑是非を考えろ
その是非について論じる時期に来ているのかもというテレビのコメント。
鳩山さんでしたか?ベルトコンベアー式に死刑執行してはどうかとぶっかましたのは。
それに亀井静香さんが噛み付いて論争になっているとか。
それと、そのこととは関係ないのですが、どうも……飛鳥の緊張感というのは、なかなか平穏無事に生きている人には伝わらないのだなあと最近つくづく思います。まあ、幸せに生きる人がわざわざ暗鬱なものに首つっこんでその気持ちを理解しようというと、それは相当な覚悟が必要ですしね。
でもまあ、できれば多くの人にちょっとは感じてほしいんですよね、明日死んでもいいと本気で思う人間の心境を。
んで、最初にきちんとことわっておきますが、この記事は決して不穏当な行動を予告するものではありません。ただ、飛鳥の「今」を語ることで、死刑是非に一言参考意見を出しておきたくて。
死刑制度をどうするか考える上で、飛鳥のような日々を送る人間の存在を忘れてはならないと思うからです。できれば、全国民に聞いてほしいほどですね。
飛鳥は、多数の人間に対して殺意を感じて生きています。それは、これまでいくらか語ってきたように、嘘や口裏合わせ、陰謀で自身の人生を破壊されたからです。もちろん、実際に殺されたわけではないので、相手を殺してしまった場合過剰報復となるでしょう。しかし、人の「怒り」というものは、「目には目を」だけで済むものではないのです。実際に、マチやテルは、「脅迫」で裁かれている飛鳥に「死刑にしてほしい」とか供述してますし。というか、嘘で俺を逮捕させておいて、よくもまあそんなことをぬかせるものだと、あの供述調書を見たときは接見室で暴れましたがね。その瞬間、飛鳥は留置場内の「長(おさ)」になりましたが。
いや、その話はいいんです。
でね、飛鳥はポジテイブな目的……名誉回復や生活立て直しなどですね、それらのためにこうして語っているというのもあります。しかし、ネガティブな行動、つまり、法の枠を越えてしまう行為ですね、それを必死で抑えているのも事実。
その際に、「死刑」の存在も材料として考えてしまうわけですよ。もちろん、そんな大それた事を実行する場合、前後の始末もきちんと考える飛鳥ですが、それでも予定外のことで逮捕収監となり、死刑台で縛り首と考えたとき、やはり自分の人生の終焉としては望ましくないなあと感じるわけです。
その思いが、「犯罪抑止」というものなのでしょう。自分がこのような生活に陥って初めて、その意味を真に理解することが出来ました。安穏と生活する一般人には、わかったふりは出来ても、このように理解することはできないでしょうね。
故に、「死刑」は安易に廃止はできないな、と。
その是非については大いに論じるべきですし、実際、アメリカではどれだけ「無実」の死刑囚がいるかわからないのです。日本でも、そうならない、いや、なっていないと言えますか?実際、飛鳥も不当な勾留を受け、真実を訴える機会すら与えられずに殺されかけましたからね。
検察なんて、「死刑」以外にも人を殺す方法をいくつも持ってますから。
やられかけた本人が言うのです。間違いありませんね。
「死刑」の存在は、将来においても飛鳥の行動を決定する際に重要な判断材料となるでしょう。そして、飛鳥のような人間が、この国に独りだけとは思えません。ま、本物の犯罪者は別として、飛鳥のように、不当に人生をぶち壊され、声をあげても、自身の安寧を貪る人間達は応えてもくれない。そんな怒りを抱えて生きる人間は、案外多いはずですよ。
もっとも、飛鳥の場合は、こんな過激な語りにもかかわらず、応援して下さる方が何人もいます。それは、死刑云々以上に、飛鳥を明るい方へ、人間らしい方へと引っ張ってくれます。ありがたいことです。
人の温かさと、死刑
二つの相容れないものが、飛鳥の行動を決めていく重要なファクター。
さて、飛鳥の未来はどうなっていくのでしょうね?
あ、この記事はたまに時間調整して人目につくところに上げておきますね。
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ちなみに
殺されかけたのは、この辺の2階ですね……。
2007年09月29日
ウォーカーズ 迷子の大人たち(江口洋介) 四国遍路のすすめ
休みの日には、パソコンのモニターに何かしら映像が流れていることが多い。
今日は、昨年NHKで放映されたドラマ「ウォーカーズ 迷子の大人たち」を観ていた。
自分が歩いた道や寺が次々と画面に登場するのも面白いが、登場人物たちの背負ったものが段々と明らかになるストーリーに、「ああ、お遍路だなあ」と感心してしまう。
お遍路は、単なる寺巡りではない。自分の内面が、知らず知らずのうちに表に浮き上がってきてしまう。そして、自分自身がそれに気づくことが、四国遍路の大きな収穫の一つだと私は思う。
このドラマも多くの人に観てもらいたい。若者から熟年夫婦まで、自分を見つめること、そしてその時間を得ることの大切さが伝わるものと思う。そして、「ああ、自分もたくさん背負ってしまっているな」と感じたら、一度ゆっくり四国を歩くことをおすすめする。
1400キロを歩き通すというと、なにか辛いばかりのイメージもあるようだが、今俺が「もう一度四国を歩かせてやるが、どうする?」ときかれたなら、コンマ1秒も迷わない。「行きます。」とね。それほど、素晴らしい世界だった。この日本に、こんな思いの出来る場所がまだ残されていたことに感動するのだ。
七十一番、弥谷寺(いやだにじ)の下に、遍路が残した俳句を張り出している「俳句茶屋」というところがある。その中の一句「蜘蛛は網張る 私は私を肯定する」。俺自身、もう一度自分の存在を肯定してみようと思う。そして、このネット上での戦いの向こうに、人間らしく生きる自分を取り戻したいと願うのだ。
「復讐なんて考えないで下さい。」
この刑事の一言と、俺は戦っている。憎しみが今の俺の原動力だが、結果手に入ったものがさらなる憎しみでは、あまりにも救われないでしょ?だから、今こうしてメチャクチャに語りまくっているのだ。「早く人間になりたい」なんてよ、ベムじゃねえんだから。
助けて下さいね、日本中の皆さん。もう素直に頼ります。
で、俺が人間に戻れたその時は、俺が必ず誰かを救います。
人が人を痛めつける輪廻より
人が人を救う輪廻のほうが良い
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2007年09月28日
自律神経失調症&T田の嫌がらせ、女子中学生に及ぶ
1月中旬のことだ。ユナが病院で「自律神経失調症」と診断された。
この病気はストレスが主な原因と言われている。ユナをここまで追いつめたものは一体なんなのか?
11月18日の夜、俺の隣で熟睡したときのユナを思い出す。あの時のユナは、保健室のベッドの上では泣きながら震え、校庭のこたつの中では、俺の腕を枕にすうすうと熟睡したのだ。
俺のところにやってきたユナに尋ねてみた。
「なあ、ユナ。ストレスの原因って、なんだ?」
少しうつむき加減だったユナが、さらにうつむいて顔を曇らせる。わずかな沈黙のあと、絞り出すようにユナが語り始めた。
「……うん。YTが嫌い。クラスにもいたくないし、お母さんも嫌い……。」
意外なものが一つ混じっていたのに俺は驚いた。
「お母さん?」
「うん。『あなたのことは何でもわかっているのよ。だから何でも話して』なんて言うけど、本当は何もわかってないの。」
このことは、俺との交換ノートにも綴られていた。卒業2ヶ月前のユナをここまで追いつめていたものは、担任と母親であった。
もはや6年1組の修復は不可能。あとはせめてまともな卒業式を行ってくれればと祈るばかりだ。
それと、その日ユナは口にしなかったが、俺の存在もまた彼女を苦しめていたことは間違いない。
3学期の俺は、もう手がつけられない状態だった。
破壊的行動も止まらず、もはや校長、教頭の命令も受け付けなくなっていた。もっとも、俺の怒りの原因がその校長本人なのだから当然なのだが。
荒れ狂う俺を止めることができたのは、アイナ、ユナ、マリカの3人だけだった。それでも3人の力は日々削れて無くなっていった。俺は一体、どうすればいいんだ?
さて
もう語るのも吐き気をもよおすが
T田の話をもう一つ。
俺のところにやってくる中学生は多い。S台小学校で初めて卒業生を送り出してから3年になるが、その間ほとんど絶え間なく中学生たちは遊びにやってきた。停職の後、一度どのくらいの卒業生が訪ねてきてくれたかを日記から数えてみたことがある。その延べ人数は、800人近くなっていた。
その日、3階にいた俺は、インターホンで呼び出された。
「中学生が会いに来てますよ。」
いつもの連絡だ。とりあえず出迎えに、俺はしたに向かった。すると、中学生2人が階段をこちらにのぼってくる。マキとユキナという女子二人組だ。
「よう、おまえたち……」
そう俺が声をかけようとした瞬間だった。
「りょ、りょ……呂布だぁーっ!!」
叫んで逃げ出す二人の少女。ちょっとまてお前ら、一体何をしに来た!?ってか、誰が呂布だコラ!
呂布ってのは、「三国志」に登場する武将だ。とてつもなく強い怪物で、某ゲームでも手のつけられない最強キャラである。
「で、お前ら、いきなり人を呂布呼ばわりして、何がしたいんだ?」
「だってねー。」
「似てるしねー。」
むう……ここは喜ぶポイントなのか?似てるのは顔か?戦闘力か?性格の悪さか!?
まあこんな感じで、毎日のように誰か彼かはやってくる。これも、俺にとっては嬉しいことだ。もっとも、いきなり呂布呼ばわりされるのはどうかと思うが。
が、この日はちょいと気になる話がオマケについた。
「ね、校長先生ってどんな人?」
「あ、イヤなヤツだが、なんでだ?」
「やっぱりねー。」
中学生達は、T田について何かしっているようだ。しかし、もう小学校と関わりのないはずの卒業生が、校長について何を知っているのか?
「この前ね、4時半過ぎくらいに小学校にきたら、あの校長いたんですよ。」
「そしたらね、『もう5時になるから帰りなさい』って、無理矢理帰らされたんです。ちゃんと、『飛鳥先生に用事があります』」って説明したのに、いいから帰れってしつこくて、仕方なく帰ったんですよ。まったくなんなんですか、あれ。」
まあT田ならやりそうなことだ。ユキナが続けた。
「ちょっと有名ですよ。飛鳥先生に会いに来ると帰らされる校長だって。」
ふー……なるほどねえ。そんなことまでなさってましたかT田。もうやっかみもそこまでくると異常である。俺としては恐怖も感じる。
卒業生が俺のところに盛んにやってくるとはどういうことか、T田はわからないのだろうか?嫌われ者のところに卒業生がそんなにせっせとやってくると思っているのだろうか?
俺は日記をつけているが、それに書かれているだけで、3年間に俺の下を訪れた中学生は180人を超え、のべでは800人近くになる。
「毎日のように」とは決して大げさな表現ではない。T田にしてみれば、自分が忌み嫌う教師のもとに、日々卒業生がやってくるのは我慢ならない事実だったのだろう。だが、俺は別に卒業生を呼びつけているわけでもなんでもない。中学生が自分の意志で昔の担任のところにやってくることは、それ自体許されないことだとでも言うのか、T田よ。
T田の嫌がらせはどこまでエスカレートするのだろうか?
TTとしての務めも終わりを迎えようとしていた。
1月末の「分数」テスト。4年生平均得点、95点。
もう、数字を出すのも虚しい。
俺は、T田の容赦ない精神攻撃にさらされる中、TTとしての務めを果たし続けた。
地味と言われようとなんだろうと、俺はチャイムに始まり、チャイムに終わる授業を貫いた。2学期には、授業開始時に全ての児童が引き締まった表情で俺を迎えてくれるようになっていた。このテンションなら、授業は完全に成立する。
特別な手法を漁る教師があまりにも多いこの現状は、俺に言わせれば、みな有りもしない魔法を探し求めて迷宮をさまよっているようなものだ。
授業の成否は、子どもたちの「心」次第なのだ。その扉を開く鍵を手にしている教師の、なんと少ないことか。
S台小学校6年生達に、卒業の時が迫っていた。そんな中、俺はますます人間の心を失い、荒れ狂っていく。T田によって殺されるような気がした。同僚達も俺の異常な様子に気づいてはいたが、皆自分が大切なのだ。表だって校長に刃向かえるはずもない。
いよいよ、俺の教師時代は、終焉の時を迎える。
2-21 卒業直前の6年3組T子学級 あまりにも脱力系な最後の事件よ に続く
2007年09月28日
美味ぇな!
いけるわ
予想外にゴマと海苔が香る
生醤油も塩辛さがなくまろやかだ
発芽玄米むすびも、ゴマの香りで懐かしさを感じさせる
湯葉スープにむすびを入れてキノコ雑炊にすると、これがまた美味い……
いけますわ、コレ
アイスコーヒーのレギュラーをつけて830円
ちと贅沢だけど、オススメ出来ますね
あ、念のため
飛鳥はケンタやマックの店長ではないので
あんな高給取りになってたら、とっくに裁判おこして、正式に「証拠」を全て公開してますって
2007年09月28日
無修正の真実
拘置所を出てまもなく、検察庁に勤務する友人に手持ちの証拠の一部を見てもらっただけで
こんなものがあったのにあの公判や求刑はありえねぇな!
と
professionalの言葉です
そういうことなんですね
ここでは明かせない
まだ明かしていない真実がまだまだあるわけです
もう少しつきあってくださいな、みなさん
本館は、再来週あたり大変なことになりますので……
飛鳥事件最大の山場、です
また、後ほど☆