2007年10月09日
本編2-26 念書
「飛鳥先生、念書を書きなさい。」
T田がまた訳のわからんことを言い出した。
二度とS台小学校に来ることはないと思っていた矢先、俺はまたS台小学校に呼びつけられ、「念書を書け」と迫られた。
相手はもちろん、アイナ、ユナ、マリカとその家族だ。
約束内容は
① 3人に対して、手紙、メール、電話などの連絡を入れないこと。
② S台団地内に立ち入らないこと。
③ S台小学校の卒業生と交流しないこと。
俺は、内容について質問もしたが、T田はいつものように自分の用意した呪文を繰り返すだけだ。もう口にするのも疲れるが、本当にこいつとは人間の会話は成立しない。
「これがあんたの身を守るんだから。俺がしてやれる最後のことだから。」
は?約束内容からして、そう考えてもこの念書が俺を守るものには思えない。それどころか、3人の子どもたちの意志とは関係ないものまで含まれているように感じるのだが。そもそも、俺がS台小学校の卒業生と交流したところで、あの3人に何ら関係はないはずだ。
いったい、この念書は何を目的にしているものなのか?
T田のわけわからなさは慣れっこだが、最後の最後まで人間らしいところを見いだせない男だ。
だが、俺もつくづく甘かった。この念書で3人とその家族が安心してくれるなら、それがベストだ、などと考えていた。それに、いくらT田が悪党だとは言え、3人の少女たちの願いまでぶっ潰す程の極悪人ではあるまい。「そっとしておいてほしい」という、アイナたちとその家族の願い。それを守るために自分が何をすべきかがわからぬ程、T田も阿呆ではないはずだと思っていた。思っていたが-。
念書の前書きに、俺が入れようとした一言がある。
「私は今もなお3人の幸せを願っています。3人が安心して中学校に通えるようになってほしいと、心からそう願います。」
これに対してT田は、
「これじゃ美談っぽいね。これは入れちゃいけないよ。」
と来た。それも俺の目を見ることなく、うわごとの様にぶつぶつと呟くのだ。こうなるともうT田は、脳がいっちまった状態で人間の言葉が届かなくなる。「ああ、はいはい。」と、俺はT田のダダを受け入れた。
その一言は、3人をより安心させるためのものだ。そもそも、念書の段階で俺が保身を考える必要などないのだから。俺の「約束」とも言える一言をいれるのに何の不都合があるのか。あるとすれば、それはT田にとっての不都合なのだ。
一体、T田はこの念書で何をしようとしているのか。
あとあと問題を大きくこじらせることになるこの「念書」。後に明らかになるが、この念書はT田がその薄汚い策謀を成就せしめるためだけに作り出したものだった。
T田に、人間らしい心などないとわかっていたはずなのに。俺はどこまでも甘く、愚かだった。
念書に署名捺印し、俺とT田の関係は終わった。
この日を最後に、以降俺がT田と会うことはなかった。
こうして、俺のS台小学校での勤務は終わった。
この語りの中では、ろくでもないエピソードばかり暴露することになったが、本来は子どもたちとの楽しく充実した思い出が数限りなく隠されている。いつか、別のかたちで紹介したいが、どん底まで堕ちた犯罪教師の声など、明るいところに届くとも思えない。
平成14年4月。俺はM県Sヶ浜町S小学校に転勤となった。
2-27 ちょっとだけS小学校
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T田がまた訳のわからんことを言い出した。
二度とS台小学校に来ることはないと思っていた矢先、俺はまたS台小学校に呼びつけられ、「念書を書け」と迫られた。
相手はもちろん、アイナ、ユナ、マリカとその家族だ。
約束内容は
① 3人に対して、手紙、メール、電話などの連絡を入れないこと。
② S台団地内に立ち入らないこと。
③ S台小学校の卒業生と交流しないこと。
俺は、内容について質問もしたが、T田はいつものように自分の用意した呪文を繰り返すだけだ。もう口にするのも疲れるが、本当にこいつとは人間の会話は成立しない。
「これがあんたの身を守るんだから。俺がしてやれる最後のことだから。」
は?約束内容からして、そう考えてもこの念書が俺を守るものには思えない。それどころか、3人の子どもたちの意志とは関係ないものまで含まれているように感じるのだが。そもそも、俺がS台小学校の卒業生と交流したところで、あの3人に何ら関係はないはずだ。
いったい、この念書は何を目的にしているものなのか?
T田のわけわからなさは慣れっこだが、最後の最後まで人間らしいところを見いだせない男だ。
だが、俺もつくづく甘かった。この念書で3人とその家族が安心してくれるなら、それがベストだ、などと考えていた。それに、いくらT田が悪党だとは言え、3人の少女たちの願いまでぶっ潰す程の極悪人ではあるまい。「そっとしておいてほしい」という、アイナたちとその家族の願い。それを守るために自分が何をすべきかがわからぬ程、T田も阿呆ではないはずだと思っていた。思っていたが-。
念書の前書きに、俺が入れようとした一言がある。
「私は今もなお3人の幸せを願っています。3人が安心して中学校に通えるようになってほしいと、心からそう願います。」
これに対してT田は、
「これじゃ美談っぽいね。これは入れちゃいけないよ。」
と来た。それも俺の目を見ることなく、うわごとの様にぶつぶつと呟くのだ。こうなるともうT田は、脳がいっちまった状態で人間の言葉が届かなくなる。「ああ、はいはい。」と、俺はT田のダダを受け入れた。
その一言は、3人をより安心させるためのものだ。そもそも、念書の段階で俺が保身を考える必要などないのだから。俺の「約束」とも言える一言をいれるのに何の不都合があるのか。あるとすれば、それはT田にとっての不都合なのだ。
一体、T田はこの念書で何をしようとしているのか。
あとあと問題を大きくこじらせることになるこの「念書」。後に明らかになるが、この念書はT田がその薄汚い策謀を成就せしめるためだけに作り出したものだった。
T田に、人間らしい心などないとわかっていたはずなのに。俺はどこまでも甘く、愚かだった。
念書に署名捺印し、俺とT田の関係は終わった。
この日を最後に、以降俺がT田と会うことはなかった。
こうして、俺のS台小学校での勤務は終わった。
この語りの中では、ろくでもないエピソードばかり暴露することになったが、本来は子どもたちとの楽しく充実した思い出が数限りなく隠されている。いつか、別のかたちで紹介したいが、どん底まで堕ちた犯罪教師の声など、明るいところに届くとも思えない。
平成14年4月。俺はM県Sヶ浜町S小学校に転勤となった。
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Posted by 飛鳥エイジ at
04:30
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2007年10月08日
ハロウィン仕様☆
那須ビューホテルのバイキング会場は、なぜかハロウィン仕様となっていました。
バイキング久しぶりだったけど、いいですねえ。つーか、いいのか?前科者&執行猶予中の転落教師弁当もち暴君・飛鳥エイジがこんな思いして??
しかも、独りじゃないわけで、これがな。
教え子諸君には連絡してますけど、うん、そういうわけなんです。ありがとう、みんな。また連絡しますね。
それと余談なんだけど
なんか本館のザワザワも、こっちのだてブロにはなんら影響ないみたいだね。というか、本館にわらわらやってきた引きこもり寄生虫どもは、ここへのリンクも読めないようなカス頭だから、仕方ないかな?それにしても、なんでこう、徒党を組まないと何も出来ない腰抜け連中が多いんだろね、この国は。カスがどんなに集まろうと、カスでしかないことに気づけないほどカスなんだから、二重に始末に負えない…………。
組織、集団は大切ですが、カスが30人集まるのと、剛の者が30人集まるのとでは、もう比較にもならない能力差が生じます。集団の力を高めるには、個々の能力向上が必要条件となります。向上心ももたない悲しい引きこもり寄生虫など、30集まろうが300集まろうが、飛鳥の前ではゴミカス以上でも以下でもない。そういうことです。
あ、まだゴミ野郎どもからたわごとが届くかもしれないので、本館の方へもどうぞ。
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Posted by 飛鳥エイジ at
22:57
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2007年10月07日
2007年10月07日
2007年10月06日
本編2-25 S台小学校離任式後編
一時間ほどのち、下らぬ挨拶回りを終えて学校に戻ると、中学生の数はさらに増えていた。
新聞発表から昨日までに、もう数十人の卒業生が訪ねてきていたので、離任式にはさほど卒業生たちも来ることはないと考えていただけに、驚きだった。
中学生たちからの贈り物を手にしながら、俺は校舎に入らず、しばし玄関で立ち話を楽しんだ。しかし、別れの贈り物にサボテンの鉢というもどうかと思う……。他にもいろいろ抱えていたので、いつトゲがぶっすり刺さるかわからん……。
「先生!!」
男の声に振り返ると、そこにはS台中学校野球部のユニフォームを着た生徒が二人立っていた。タサカにキバという、2年生だ。真っ黒な顔にがっしりした長身のタサカと、小柄だが運動神経抜群のメガネ少年キバ。
こいつらは、俺が6年生で担任し、何度も不登校になりかけてさんざん苦労をかけてくれやがった二人だ。
「ようお前ら!来てくれたのか!」
相手が野郎だと遠慮なく抱きしめられる。俺は二人を、骨が軋むほどがっしりと抱いた。
「先生、いっちまうんすか?」
「ああ、もう会うこともねえだろうなぁ。」
「そっか……。でもさ、俺ら忘れねえから!!」
「学校行きたくねえってごねて、俺にぶん殴られたこともか?」
「もちろん!ずっと忘れねえって!」
いい連中だ。部活中にわざわざ駆けつけてくれた2人は、また中学校へ走って戻っていった。
その後も何組かとこんなやりとりがあった。
そして、彼女はやってきた。
「先生、お久しぶりです!!」
ロングヘアをなびかせ、駆け寄ってくる少女。俺の目の前でぴたっと止まり、両手を後ろに組んだまま、平均よりちょっと小さめの体を少しくの字におる。
名は、石原マチ。この春からS台中学校の3年生になる女の子だ。俺は彼女が6年生のとき、隣のクラスの担任だった。直接のつきあいといえば、俺が顧問をしていたイラストクラブに所属していたことがあったというくらいのものだ。それでもこの子は、なぜか俺のところに来てくれていた。中学に進学してからも、ずいぶん遊びに来てくれていたのだ。
「ようマチ!来てくれたんだ。」
「はい!飛鳥先生転勤だって知ったから、最後にいろいろ報告したくって。」
マチはいつも笑顔のきれいな子だ。どんな時も穏やかな顔で、周りを安心させてくれる。この日も、いつもの笑顔で俺をほっとさせてくれる。
マチは、離任する俺に、中学校の話をいろいろと伝えてくれた。頭が良く、言葉も流暢なマチだが、この日は俺と話す最後の機会になるかもしれないとあって、いつにもまして情報量が豊富だ。
「先生、行っちゃうんですね……。」
そんな話が始まった頃だった。
別のシューズロッカーの陰から、俺を呼ぶ声がした。
「あ!!先生まだいたんだー!よかったぁ……。」
メガネの少女が、ちょっと息を切らせて俺に笑顔で呼びかける。
庵野キョウコ。
S台I学園高校に進学が決まっている、マチより一学年上の女の子だ。この子は、5・6年生と俺に担任された不幸な経歴を持つ子で、当時は俺の厳しい指導に失神してしまうのではないかとマジで心配してしまうほど弱々しく見える子だった。そんな子が、なぜか中学校に入ってからよく遊びに来てくれるようになり、今では教え子の中で一番俺に「物申す」力強い子になっていた。
長い黒髪と大きな目はマチに似ているが、キョウコはとても華奢だった。武は145センチメートルほどで、色白。腕など、俺が思いきりつかんだら砕けてしまうのではないかというほど細くか弱い。キョウコは「可憐」という言葉そのままの少女といって良い。(外見は)
今思えば、この出会いはあまりにも運命的だった。
俺と、マチと、キョウコ。
これから、俺の人生が完全に崩壊する瞬間まで、この2人の少女は一番近くでその暗鬱な物語を見つめ続けることになる。失い続けることが宿命づけられた俺の人生の、最終章のヒロインが2人、初めてニアミスしたときだった。
「おうキョウコ!来てくれたのか!」
なんか俺、同じセリフばっかりだなあ。
「うん!ね、先生、今、いい?」
「あ、すまんキョウコ。今、別の子と話してるんだわ。少し待っててくれるか?」
「うんいいよ。ここで待ってるから。」
小さな体から、はきはきと言葉が飛び出す。洋子との会話は、弾むような楽しさがある。
俺はマチの方を向き直った。やはりマチは、にこにこと微笑みながら俺を見ている。
「なあマチ、ちょっと聞いてくれるか?」
「なんですか?」
「えっとな……今まで、それと今日もだな、ありがとな。」
「ありがとうはこっちですよ。いっつも迷惑かけてごめんなさい。」
マチの言う「迷惑」とは、彼女が勤務中の俺のところにやってくる理由のことなのだろう。マチは、家の鍵を忘れて自宅に入れないとか、テスト勉強は俺の教室がはかどるからという理由で俺のところにやってきていたのだ。
「いや、な、マチ。そうじゃあないんだ。俺は、バカなんだよ。」
当然、マチは何のことかわからない様子だった。俺もまた、なぜマチにこんな事を口走ったのかわからなかった。
「俺はもう二度とここに来ることはないだろう。マチとも、もう会うことはないな……。」
「はい、そうですね……。」
お互い、これが最後になるであろうということを理解していた。マチはいつものように俺を見つめていた。俺は、この瞬間のマチを忘れることのないよう、その安らぎに満ちた笑顔を心のフィルムに焼き付けた。
「な、マチ。手紙でもくれたら必ず返事書くからさ。もしも俺を思い出すことがあったら、いつでも声かけてくれや!」
「はい!でも、マチは手紙苦手だから出さないかも。」
マチは、自分のことを「マチ」という。
「いいさ、そのうちまた笑って会えたら、いいな。」
「そうですね。」
マチは本当にいい子だ。彼女の澄んだ瞳に見つめられると、自分がどんどん素直になっていくのがわかる。
直接担任したわけではないが、俺はこんな子に出会えたことを本当に幸運に思う。そして、こんなマチの笑顔に送られる俺は果報者だ。
「じゃあ、そろそろ帰りな、マチ。暗くなるしな。」
「はい!じゃ、飛鳥先生、お元気で!」
黒髪をふわりと弾ませ、走り去るマチ。俺は、もう二度と見ることもないと思いながら、その背中を見送った。
そして、もう一人の重要キャラクターへ。
俺はキョウコに歩み寄り、声をかけた。
「すまんキョウコ、待たせたな。」
「待ちましたよ、もう!」
こんな感じだ。キョウコと話すとき、俺は肩肘張らずにいられるのだ。
「あっちの学校では、あんまり怖くしちゃだめだよ。」
「おいおい、いきなりそれかよ。」
「うん。だってさ、いろいろあったでしょ、ここでは。」
どきっとした。
直感的な言葉の多いキョウコだが、時たまこちらの心の奥底まで突き通す核心的な言葉をぶつけてくることがある。どこまでが冗談で、どこからが本気かとらえ難い。
不思議な子だ、キョウコは。
キョウコは、卒業生の中では唯一、CのケガのことやT田の俺に対する嫌がらせのことを知っている子だった。「いろいろあった」とは、その事を言っているのだ。
この日のキョウコも、マチのように学校や友人のことをたくさん話してくれた。K桐さんのところにやってきた中学生も帰宅し、照明の灯った玄関ホールには、俺とキョウコの二人きりとなっていた。
「ま、気が向いたらメールとかするから!」
「そうだな、ありがとな、キョウコ。」
別れのときは近付いていた。恐らく俺は、もうS台小学校の教え子たちと会う機会はないだろう。
最後に言葉を交わすのがキョウコになるであろうことが、俺は嬉しかった。
「な、キョウコ。一つお願いがあるんだが。ちょっと頭なでていいか?」
「?別にいいけど。」
キョウコの黒髪は、マチ以上になめらかで美しい。俺は、儚げな宝物にでも触れるように、そっとキョウコの頭に手を置いた。
「なあキョウコ。俺はずいぶんお前に助けられたな。ずっと忘れないぜ。S見小学校に行っても、絶対にだ。もう会うことはないかもしれないけど、お互いがんばろうや!!」
「うん!もちろん!」
俺が、訪ねてきた女子卒業生に自分から触れたのは、これ一度きりだった。
最後に、可憐なキョウコが壊れてしまわないように、限界いっぱいに力をセーブして、優しく優しく頭をぽんと叩く。
「さよなら、キョウコ。高校行っても元気でやれよ!」
「うん!先生もね!」
手を振りながら走り去るキョウコ。一瞬、その体が俺より大きく見えた。なんという存在感だろう。
この子とは、いつかまた会える。なぜか、そんな気がしてならなかった。
運命とは、面白いものだ。
S台小学校での最後の一時。この時俺の目に焼き付いた二人の少女。マチとキョウコ。この二人が、俺の転落を見続けるばかりか、最後の「スイッチ」を押してしまうことになろうとは。
物語はいよいよ、次のステージに進もうとしていた。
離任式の一日は終わった。
S台小学校の子どもたちは、決してドライなんかじゃなかった。俺は、前任のH小学校のときと同じように、今日S台小学校を送られた。俺は、間違っていなかった。敢えて過ちを言うなら、T田の、手段を選ばぬ個人攻撃に耐えかねて、アイナたちに甘えてしまったこと、大人の苦しみを吐露してしまったことだろう。
「教師」として、俺が成したことは、今日この離任式で評価されたのだ。T田が今さらなんと言おうと、この現実だけは覆せはしない。俺が残してきた数値的結果を校長権限で握りつぶしてきたT田も、子どもたちの行動だけは邪魔できないのだ。
校長室を何度も出入りして贈り物を運ぶ俺を、T田はもうこの世のものとは思えない程苦々しいツラで見つめていた。歯ぎしりの音がこっちまで聞こえそうな勢いだぜ。
だが、この時既に、T田の中のどす黒い悪意は、確実に俺に牙をむこうとしていたのだ。
2-26 念書 に続く
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新聞発表から昨日までに、もう数十人の卒業生が訪ねてきていたので、離任式にはさほど卒業生たちも来ることはないと考えていただけに、驚きだった。
中学生たちからの贈り物を手にしながら、俺は校舎に入らず、しばし玄関で立ち話を楽しんだ。しかし、別れの贈り物にサボテンの鉢というもどうかと思う……。他にもいろいろ抱えていたので、いつトゲがぶっすり刺さるかわからん……。
「先生!!」
男の声に振り返ると、そこにはS台中学校野球部のユニフォームを着た生徒が二人立っていた。タサカにキバという、2年生だ。真っ黒な顔にがっしりした長身のタサカと、小柄だが運動神経抜群のメガネ少年キバ。
こいつらは、俺が6年生で担任し、何度も不登校になりかけてさんざん苦労をかけてくれやがった二人だ。
「ようお前ら!来てくれたのか!」
相手が野郎だと遠慮なく抱きしめられる。俺は二人を、骨が軋むほどがっしりと抱いた。
「先生、いっちまうんすか?」
「ああ、もう会うこともねえだろうなぁ。」
「そっか……。でもさ、俺ら忘れねえから!!」
「学校行きたくねえってごねて、俺にぶん殴られたこともか?」
「もちろん!ずっと忘れねえって!」
いい連中だ。部活中にわざわざ駆けつけてくれた2人は、また中学校へ走って戻っていった。
その後も何組かとこんなやりとりがあった。
そして、彼女はやってきた。
「先生、お久しぶりです!!」
ロングヘアをなびかせ、駆け寄ってくる少女。俺の目の前でぴたっと止まり、両手を後ろに組んだまま、平均よりちょっと小さめの体を少しくの字におる。
名は、石原マチ。この春からS台中学校の3年生になる女の子だ。俺は彼女が6年生のとき、隣のクラスの担任だった。直接のつきあいといえば、俺が顧問をしていたイラストクラブに所属していたことがあったというくらいのものだ。それでもこの子は、なぜか俺のところに来てくれていた。中学に進学してからも、ずいぶん遊びに来てくれていたのだ。
「ようマチ!来てくれたんだ。」
「はい!飛鳥先生転勤だって知ったから、最後にいろいろ報告したくって。」
マチはいつも笑顔のきれいな子だ。どんな時も穏やかな顔で、周りを安心させてくれる。この日も、いつもの笑顔で俺をほっとさせてくれる。
マチは、離任する俺に、中学校の話をいろいろと伝えてくれた。頭が良く、言葉も流暢なマチだが、この日は俺と話す最後の機会になるかもしれないとあって、いつにもまして情報量が豊富だ。
「先生、行っちゃうんですね……。」
そんな話が始まった頃だった。
別のシューズロッカーの陰から、俺を呼ぶ声がした。
「あ!!先生まだいたんだー!よかったぁ……。」
メガネの少女が、ちょっと息を切らせて俺に笑顔で呼びかける。
庵野キョウコ。
S台I学園高校に進学が決まっている、マチより一学年上の女の子だ。この子は、5・6年生と俺に担任された不幸な経歴を持つ子で、当時は俺の厳しい指導に失神してしまうのではないかとマジで心配してしまうほど弱々しく見える子だった。そんな子が、なぜか中学校に入ってからよく遊びに来てくれるようになり、今では教え子の中で一番俺に「物申す」力強い子になっていた。
長い黒髪と大きな目はマチに似ているが、キョウコはとても華奢だった。武は145センチメートルほどで、色白。腕など、俺が思いきりつかんだら砕けてしまうのではないかというほど細くか弱い。キョウコは「可憐」という言葉そのままの少女といって良い。(外見は)
今思えば、この出会いはあまりにも運命的だった。
俺と、マチと、キョウコ。
これから、俺の人生が完全に崩壊する瞬間まで、この2人の少女は一番近くでその暗鬱な物語を見つめ続けることになる。失い続けることが宿命づけられた俺の人生の、最終章のヒロインが2人、初めてニアミスしたときだった。
「おうキョウコ!来てくれたのか!」
なんか俺、同じセリフばっかりだなあ。
「うん!ね、先生、今、いい?」
「あ、すまんキョウコ。今、別の子と話してるんだわ。少し待っててくれるか?」
「うんいいよ。ここで待ってるから。」
小さな体から、はきはきと言葉が飛び出す。洋子との会話は、弾むような楽しさがある。
俺はマチの方を向き直った。やはりマチは、にこにこと微笑みながら俺を見ている。
「なあマチ、ちょっと聞いてくれるか?」
「なんですか?」
「えっとな……今まで、それと今日もだな、ありがとな。」
「ありがとうはこっちですよ。いっつも迷惑かけてごめんなさい。」
マチの言う「迷惑」とは、彼女が勤務中の俺のところにやってくる理由のことなのだろう。マチは、家の鍵を忘れて自宅に入れないとか、テスト勉強は俺の教室がはかどるからという理由で俺のところにやってきていたのだ。
「いや、な、マチ。そうじゃあないんだ。俺は、バカなんだよ。」
当然、マチは何のことかわからない様子だった。俺もまた、なぜマチにこんな事を口走ったのかわからなかった。
「俺はもう二度とここに来ることはないだろう。マチとも、もう会うことはないな……。」
「はい、そうですね……。」
お互い、これが最後になるであろうということを理解していた。マチはいつものように俺を見つめていた。俺は、この瞬間のマチを忘れることのないよう、その安らぎに満ちた笑顔を心のフィルムに焼き付けた。
「な、マチ。手紙でもくれたら必ず返事書くからさ。もしも俺を思い出すことがあったら、いつでも声かけてくれや!」
「はい!でも、マチは手紙苦手だから出さないかも。」
マチは、自分のことを「マチ」という。
「いいさ、そのうちまた笑って会えたら、いいな。」
「そうですね。」
マチは本当にいい子だ。彼女の澄んだ瞳に見つめられると、自分がどんどん素直になっていくのがわかる。
直接担任したわけではないが、俺はこんな子に出会えたことを本当に幸運に思う。そして、こんなマチの笑顔に送られる俺は果報者だ。
「じゃあ、そろそろ帰りな、マチ。暗くなるしな。」
「はい!じゃ、飛鳥先生、お元気で!」
黒髪をふわりと弾ませ、走り去るマチ。俺は、もう二度と見ることもないと思いながら、その背中を見送った。
そして、もう一人の重要キャラクターへ。
俺はキョウコに歩み寄り、声をかけた。
「すまんキョウコ、待たせたな。」
「待ちましたよ、もう!」
こんな感じだ。キョウコと話すとき、俺は肩肘張らずにいられるのだ。
「あっちの学校では、あんまり怖くしちゃだめだよ。」
「おいおい、いきなりそれかよ。」
「うん。だってさ、いろいろあったでしょ、ここでは。」
どきっとした。
直感的な言葉の多いキョウコだが、時たまこちらの心の奥底まで突き通す核心的な言葉をぶつけてくることがある。どこまでが冗談で、どこからが本気かとらえ難い。
不思議な子だ、キョウコは。
キョウコは、卒業生の中では唯一、CのケガのことやT田の俺に対する嫌がらせのことを知っている子だった。「いろいろあった」とは、その事を言っているのだ。
この日のキョウコも、マチのように学校や友人のことをたくさん話してくれた。K桐さんのところにやってきた中学生も帰宅し、照明の灯った玄関ホールには、俺とキョウコの二人きりとなっていた。
「ま、気が向いたらメールとかするから!」
「そうだな、ありがとな、キョウコ。」
別れのときは近付いていた。恐らく俺は、もうS台小学校の教え子たちと会う機会はないだろう。
最後に言葉を交わすのがキョウコになるであろうことが、俺は嬉しかった。
「な、キョウコ。一つお願いがあるんだが。ちょっと頭なでていいか?」
「?別にいいけど。」
キョウコの黒髪は、マチ以上になめらかで美しい。俺は、儚げな宝物にでも触れるように、そっとキョウコの頭に手を置いた。
「なあキョウコ。俺はずいぶんお前に助けられたな。ずっと忘れないぜ。S見小学校に行っても、絶対にだ。もう会うことはないかもしれないけど、お互いがんばろうや!!」
「うん!もちろん!」
俺が、訪ねてきた女子卒業生に自分から触れたのは、これ一度きりだった。
最後に、可憐なキョウコが壊れてしまわないように、限界いっぱいに力をセーブして、優しく優しく頭をぽんと叩く。
「さよなら、キョウコ。高校行っても元気でやれよ!」
「うん!先生もね!」
手を振りながら走り去るキョウコ。一瞬、その体が俺より大きく見えた。なんという存在感だろう。
この子とは、いつかまた会える。なぜか、そんな気がしてならなかった。
運命とは、面白いものだ。
S台小学校での最後の一時。この時俺の目に焼き付いた二人の少女。マチとキョウコ。この二人が、俺の転落を見続けるばかりか、最後の「スイッチ」を押してしまうことになろうとは。
物語はいよいよ、次のステージに進もうとしていた。
離任式の一日は終わった。
S台小学校の子どもたちは、決してドライなんかじゃなかった。俺は、前任のH小学校のときと同じように、今日S台小学校を送られた。俺は、間違っていなかった。敢えて過ちを言うなら、T田の、手段を選ばぬ個人攻撃に耐えかねて、アイナたちに甘えてしまったこと、大人の苦しみを吐露してしまったことだろう。
「教師」として、俺が成したことは、今日この離任式で評価されたのだ。T田が今さらなんと言おうと、この現実だけは覆せはしない。俺が残してきた数値的結果を校長権限で握りつぶしてきたT田も、子どもたちの行動だけは邪魔できないのだ。
校長室を何度も出入りして贈り物を運ぶ俺を、T田はもうこの世のものとは思えない程苦々しいツラで見つめていた。歯ぎしりの音がこっちまで聞こえそうな勢いだぜ。
だが、この時既に、T田の中のどす黒い悪意は、確実に俺に牙をむこうとしていたのだ。
2-26 念書 に続く
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