2008年01月11日

本編3-14 9月1日エピローグ 夜の病院で


 しかし、たかがワンエピソードに「エピローグ」って、仰々しいにも程があるな。
 ただ、この日は俺たちにとってあまりにも長すぎた。日も沈み、人気のない公園の駐車場に虫の音だけが響く。車中の俺とマチは、ようやくとりとめもない話が出来るほどに落ち着いていた。

「帰るか」と俺が切り出すと、マチが返してきた。
「ね、先生、一つだけ行きたいトコあるんだけど、いいかな?」
「ああ、かまわんさ。どこだ?」
 マチが俺に頼み事というのも珍しい。俺はどんな願いでも叶えてやろうと思っていた。しかし……。

「あのね、このままE病院に向かってほしいの。」
「病院?見舞いでもするのか?」
「うん……、あのね、ヤツ(尾山)が、肝臓の病気で入院してるの。」
「なに……!?」
「結構重い病気なんだって。マチ、見舞いに行きたいんだけど、歩きしか方法ないし。」

 俺はどこまで馬鹿だったのか。この時俺は、マチを叱るべきだったのかもしれない。

 自分の体を弄ぶ男に、いつまで入れこんでんだ!!

 と。けど、俺はマチを叱れなかった。尾山は憎かったが、マチがどれだけヤツに恋しているかを俺も知っている。今のマチは、尾山なしではいられないことを思うと、この時のマチを諫めることは出来なかった。

「……わかった、連れて行ってやる。」

 病院へ向かう車中、マチは申し訳なさそうに小さくなっていた。俺も良い気分ではなかったので、マチも気まずかったのだろう。
 病院に着くと、マチは裏口へと駆けていった。
 俺は、一人車の中でマチを待った。思えば、この時から俺はマチを待ってばかりいるような気がする……。
 1時間ほど後、マチは戻ってきた。

「病室でキスしてきちゃった。」

 マチもまだ子どもだったのだろう。この場面でその一言は、俺にはきつかった。たまらず、俺は声を荒げた。

「マチ!お前それでいいのか!?お前がやらせてる男は、お前を一番にしてくれない男だろ!?なんでそんな野郎に、そこまで惚れてんだ!!」
「わかってるよ……。でも、好きなの!」

 俺だって、マチの気持ちは痛いほどわかる。俺は、「抱けなくても」マチが好きだ。だから、理屈には合わないかも知れないが、マチの言葉は理解(わかる)。

「すまん、マチ。言い過ぎた。」
「うん……ごめんなさい、マチも、わかってる。」
「マチ、一つだけ約束してほしい。でないと、俺は尾山を潰す。」
「うん……約束って?」
「避妊だけはさせろ。何なら俺が買ってきて叩き付けてやってもいい。いいなマチ、必ず避妊だけはさせろ!」
「わかった。いくらヤツでも先生にかかられたらひとたまりもないもんね。」

 俺は、マチが妊娠、中絶なんてことになったら、本気で尾山を片輪にするつもりだった。俺にとって、それは容易いことだ。

 マチを家に送る途中、A山のGマート駐車場で外の空気を吸いながら、二人星空を見上げる。
 住宅販売所のひさしの下、俺はマチの肩を抱いて立った。

「すまんな、マチ。今日、俺は自分の気持ちを全部お前に話しちまった。本当は、一生黙っているつもりだったのにな……。けれど、俺は真剣だ。マチを手にいれようなんて事は考えないが、大切に思うことは許してくれ。」
「うん、ありがと。マチも、今日は一番辛いトコ、先生に話しちゃった。」

 マチの身長は160㎝にちょっと足りない。その頭を抱えるようにし、俺はマチの耳元で囁いた。
「ありがとう……。」
 マチは、そのまま俺の体に手を回してしっかりと抱きしめながら、確かにこう言った。
「今、一番抱きしめてほしいのは尾山。今、一番抱きしめてあげたいのは先生……。」

 マチのふくよかな体は、俺に隙間なく密着した。俺が、笑顔のマチを抱きしめた初めての瞬間だった。


 長い、あまりにも長い一日が終わった。

 だが、この日から俺とマチには、新たな試練が科せられる。
 俺は、マチへの想いを胸に、復帰に向けてあらゆるものと戦わなくてはならない。
 マチは、自分を弄ぶ男への恋慕にケリをつけるための戦いを始める決意をした。

 これから半年間の、俺とマチの関係を、これから綴っていくことになるだろう。出来れば、その時々で俺とマチがどんなつきあいをしていたか。互いの心がどう動いていたかを正確に捉えながら読み進めて頂きたい。
 なぜなら、年が明けて3月、あり得ない事件が二人の身に起こったとき、「何が起こったのか」を正しく捉えるためには、これから半年間の出来事を全て知っていなくてはならないからだ。

 少々ネタバレ的な話になるが
 ある読者の方に、「3月」の出来事をちょっとお話ししたところ、「なんで?え?意味がわからないです。」と言われた。無理もない。普通では、話が繋がらないのだ。「どこからそんな話になったの?」という、恐ろしい展開になるのだ。

 語り始めてからまる二ヶ月。常に思い起こすのは苦痛だが、これからの語りは、怒りとの戦いが激しさを増す。
 T田どころではない滅茶苦茶な無法が、当たり前のように通ってしまうM県教育界。事実などどうでもいい。ただ、やっかいな教師をクビにできればめでたしめでたしなのだ。

 どれほどM県教育界が、教育委員会が滅茶苦茶かというと
 犯罪被害者が、捕まった犯人を見て
「この人犯人じゃないですよ。」
 と証言しても、「コイツが犯人だー!間違いないんだー!」と駄々をこねて無理を通すようなものだ。

 本当に、そういう真似をしたのである、M県教育委員会は。
 また、俺がその時なぜ全てを語らなかったのか。それが、この9月1日の出来事に起因している。

 なぜなら、この日、マチは俺に言ったからだ

「マチと尾山さんのことは、絶対、誰にも言わないでね……。」

 と。

 今は、もう遠慮せず全てを語る。当時、自分の勤務する中学校で、生徒会役員同士が学校内で性行為を繰り返していた事実を、校長は知っていたのか?しかも、初めての時は、半ば強姦だったとマチ本人が話している。

 よかったな、H川校長。自分の学校で、剣道部主将男子が、美術部部長の女子中学生を強姦し、その後も関係を迫り続けたなんて事実が明らかになったら、新聞テレビが喜んで食いついたことだろう。

 あの時、己の免職がちらついてもなお、マチとの約束を守り抜いた俺に、菓子折包んで挨拶に来い、H川校長。

 なんでこう、校長という人種にはアホも多いのだろう……。

 さて、長くなったのでこの辺にしておく。まるで予告みたいになってしまったな。
 では、次回


本編3-15 オープン・ハート に続く。



しかしなんですな
こちらだて別館の方の「本編」は、進行がちょい遅くなってますね。ごめんなさい。

「尾山」ことY君からは、今も連絡がはいります。
彼は飛鳥の暴走もマチの嘘もなんとかしたいと願ってくれています。
今回の記事も、マチの言葉を元に書いたものですが、どうも彼の入院も、マチに原因があるようです。
病名はまだ明かしませんが、彼もまた一面「被害者」であったということです。

マチの過去…………
Y君と関係を結ぶ前に、マチになにがあったかということ。


それは、いずれ語っていきます。
あまりにも複雑に絡み合う飛鳥とマチの過去と現在。飛鳥が初めてマチという少女を知ったとき、既にそれは始まっていたのです。





Posted by 飛鳥エイジ at 21:41│Comments(0)