2008年01月24日
本編3-17 とらわれウグイはマチの分身…女子中学生が温泉で
M県T町に、「尾山」という地名がある。(仮名)そこに、弘法大師空海の作と伝わる不動明王像が祀られる「尾山不動尊」があった。
この年、M県U町に、ゴマフアザラシの「ウタちゃん」が現れて、まあローカルではあるがちょっと話題になっていた。イベント好きの我が妻は、家から2時間半かけてこのウタちゃんを見に行こうと俺をひっぱった。まあ一緒に行きたかったのは息子であって、俺はただのお供に過ぎない。が、その途中で俺はこの尾山不動尊を見つけたのだった。マチの大好きな男と同名というだけのことだが、俺は不動明王が大好きだった。
かの戦国武将、独眼竜伊達政宗が幼少の頃、不動明王像を見上げて「梵天丸も、かくありたい」と口にしたという。俺もまた、学校にあっては「不動明王」のような存在を目指し、現にそうであったと思っている。
不動明王とは、仏の教えに耳を傾けない不埒者に対して、厳しい態度で教えをたたき込むが、信心深い者に対しては厚い加護を与える、慈悲深い存在だという。学校には、そういう教師が一人必要なのだ。適度であれば、全員が不動明王でもよいほどだ。
また、遍路の祖とも言える空海作の像とくれば、マチほどではないにしても、俺もこの不動尊に魅力を感じる。
この年、M県U町に、ゴマフアザラシの「ウタちゃん」が現れて、まあローカルではあるがちょっと話題になっていた。イベント好きの我が妻は、家から2時間半かけてこのウタちゃんを見に行こうと俺をひっぱった。まあ一緒に行きたかったのは息子であって、俺はただのお供に過ぎない。が、その途中で俺はこの尾山不動尊を見つけたのだった。マチの大好きな男と同名というだけのことだが、俺は不動明王が大好きだった。
かの戦国武将、独眼竜伊達政宗が幼少の頃、不動明王像を見上げて「梵天丸も、かくありたい」と口にしたという。俺もまた、学校にあっては「不動明王」のような存在を目指し、現にそうであったと思っている。
不動明王とは、仏の教えに耳を傾けない不埒者に対して、厳しい態度で教えをたたき込むが、信心深い者に対しては厚い加護を与える、慈悲深い存在だという。学校には、そういう教師が一人必要なのだ。適度であれば、全員が不動明王でもよいほどだ。
また、遍路の祖とも言える空海作の像とくれば、マチほどではないにしても、俺もこの不動尊に魅力を感じる。
ベニマルでの太鼓の日、俺は昼休みのマチと会えた。その時に、この尾山不動尊の話を切り出したのだが……。
「もちろん知ってますって!!誰だと思ってんの、マチだよ!!」
ああはいはい、まったくもう、お前はそんなにまでヤツが好きなのか?
「わかったわかった。で、俺が不動明王好きなのは知ってんな?よかったら、一緒に行かないか?」
「いくいくー!連れてって!!」
言い終わる前に返事かよ。かなり元気ですね君。まったく、俺もちょいと嫉妬ちまうっつーの。しかし、マチが喜んでくれるなら、それは俺にとっても喜びだ。ちと複雑な思いはあったが、俺とマチの尾山不動尊行きは決まった。
また、この話にはちょっとオマケがつく。この太鼓演奏の後、マチからビデオを送ってほしいと頼まれたのは前述したとおりだ。俺は、そのビデオを「尾山」の郵便局から発送したのだ。
マチの尾山への想いがどんなものか、正直俺は量りかねていたが、この不動尊行きを飛び上がって喜ぶマチを見て、今も本当に彼が好きなのだとわかった。ならば、「尾山」という名に関するものを贈っても嫌がられることはなかろう。
俺は尾山に足を運び、不動尊の下見をして帰った。
平成14年9月30日。俺とマチの尾山不動尊行きの日が来た。
9月は、あの信じられないような一日で始まった。今日30日で、9月も終わりである。激動の一ヶ月を締めくくるこの日。
この日もまた、朝日は何一つ運命を告げず昇る。つくづく、人は己の定めを知ることを許されないのだと思う。
A山団地でいつものように合流した俺たちは、S釜インターから有料道路に乗り、T町へ向かった。
マチが隣にいるドライブは楽しい。話題が途切れることがないのだ。マチは、賢い子だった。本好きの彼女は、読書量がハンパない。
これも実話だと念を押すが、マチは小学校6年生の夏休み、感想文を23編も書き上げてきたのだ。俺が、どのくらい本を読んだのか尋ねると、「えっと、この夏は忙しかったから、150冊くらいしか読んでないです。」と真顔で答えた。幅広い知識を持つマチは、俺の話にも十分ついてくることが出来た。俺自身、若い子といろいろな件で深い話ができるのが楽しかった。また、マチにとっても学校の悩みなどは俺に話すのが一番だと言ってくれた。俺は、並の教師に比べると、良くも悪くも「経験」豊富だった。ありきたりのことしか言えない坊やや嬢ちゃんでは、いろいろな悩みを抱える子どもに対応など出来ないと思うのだが。
マチ曰く「エイジのアドバイスは実用的」とのことだ。まあ経験が多い分、「ケースバイケース」の細かさが違うのだろう。そう言ってもらえると、俺も嬉しい。
尾山不動尊までは1時間半の道のり。楽しい時間はあっというまに過ぎるものだ。まだまだ話したいと思ううちに、車は現地に着いてしまった。
天気はまずまずだ。台風が近付いてはいたが、影響はまだなかった。道ばたのコスモスが、田を渡る風に柔らかく揺れる。トンボたちも、今が盛りと元気に飛び回っていた。
長い参道の前に立ったマチは、嬉しいとも淋しいともつかぬ複雑な表情を浮かべていた。
「行くか、マチ。」
「うん……。」
俺たちは、並んでゆっくりと歩き始めた。マチが大好きな男、尾山。ただその男と同じ名の場所というだけで、マチは喜んでここまできた。そして、そのマチを己が命より大切に思う俺が、マチの恋心のために力を尽くしている。
まあマチ、俺たちは一体なんなんだろうな?二人とも、「馬鹿」なんだろうな……。
大きく立派な山門で合掌、一礼。中は様々な堂が建てられていて、かなり広い。
山門をくぐると、目の前に池があった。この池に住むウグイは、天然記念物に指定されている。なんでも、このウグイは産卵期だけこの池を離れて川を下り、産卵を済ますとまたここに戻ってくるというのだ。そして、生まれた子供もまた、この池で一生を送る。その生態は謎で、このウグイがこの不動尊の池を離れない理由は説明出来ないらしい。

その解説をじっと見ていたマチが、呟いた。
「なんだか、マチみたいだね。」
笑ってはいたが、例の切なそうな笑みだった。
やはりそうか、マチ。お前も「尾山」から離れられない。どんなに自分が傷ついても、それでも尾山にしがみつくマチが、池のウグイとだぶってあまりにも不憫だ。
「お前は、離れられんのか?」
「うん……ごめんね、やっぱり、ヤツが好き……。」
池の向こうが不動堂だ。「マチウグイ」を眺めながら、池の畔を歩く。マチは、全ての堂にお参りしたいと言い出した。

「ね、エイジ。何かお参りの作法ってあるの?」
「そんなもんないさ。手ぇ合わせて、心込めりゃいい。賽銭も、気持ちでいいんだ。なんにも心配すんなって。相手は仏様だぜ。」
この辺のアドバイスが「実用的」なんだろうか?作法もあるにはある。究極的には、堂に祀られた神仏の真言まで唱えるもんだが、そこまでやってる人間なんぞ見たこともない。要は、心なのだ。
3つほど堂を廻り、いよいよ本尊、不動明王を祀る不動堂の前に立つ。
「ね、エイジは不動明王が好きなんでしょ?」
「ああ。出来れば俺も、かくありたい。」
「エイジは十分そうだと思うよ。おっかない役、全部引き受けてたもんね。」
「俺にしか出来なかったからさ。さてと、マチ。『真言』でも唱えてみるか?」
「真言?」
「ん。まあ、仏さんごとに決まってる、挨拶の呪文みたいなもんだ。」
「エイジ、わかるの?」
「応よ。これでも遍路に行くつもりだった男だぜ。」
「うん……マチも唱えたい。エイジ、お願い。」
「よし……じゃ、俺に続いて唱えろ。」
二人の真言が、静かな境内に流れていく。俺とマチの願いは、明王に届いただろうか?
尾山を求めるマチの願い。
マチを求める俺の願い。
同時に叶えることが不可能は二つの願いを、神仏はどう始末をつけるのだろうか?いや、たとえ神仏とて、こればかりはどうしようもないのだ。誰かが泣かなければならない。それが、この現世の宿命なのだ。
この日、俺はマチに絵馬を描くように勧めた。マチが書き込んだ願い事は「みんなが幸せでいられますように」。本当に、マチらしいと思う。自分のために生きたいと言いながら、結局マチはこうなのだ。
俺は、こんなマチが大好きだ。
寺の外れに犬がいた。俺たちを見るなり、わんわんと吠えてくる。俺は即座に警戒モードに入るが、マチはその犬を見るなり一直線に駆け寄って、激しくじゃれ始めた。犬が、じゃない。まるでマチがじゃれているようだ。犬の頭と言わず腹と言わず、あちこちをガシガシとこするようになで回す。犬は大喜びだ。
「お、おい、大丈夫かよ?」
「うん!ほら、この子遊んでほしいんだよ。よしよし!あははっ!」
犬はもう嬉しそうにマチに抱きつき、顔中をなめ回した。犬が顔をなめるのは、信頼の証とあのムツゴロウさんも言っている。マチ、ホントにお前ってヤツはどこまで純な子なんだ……。
「さっき吠えてたのは、遊んでほしいって言ってたんだよ。」
「って、お前、そんなのわかるのか?」
「わかるに決まってるじゃん!」
むう……俺には「噛み付くぞコラ!」と見えたが。
言葉の通じぬ獣の心さえ、マチは感じ取ることが出来るのだ。まして、俺のつらさはマチの心にどれほど食い込んだことだろう。俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。
尾山不動尊でのひとときは、終わった。
参道の出口で、マチは「んっ!」と背を伸ばして言った。
「ありがとエイジ!楽しかったよ。やること全部やったしね。」
「何言ってんだよ。俺のほうこそ嬉しかった。なあマチ、いつかまた、来よう。」
「うん、また犬に会いたいしね。それまで、色々片づいてるかなぁ?」
「そうだな。片づけなきゃならんて。俺も、お前もな。」
不動尊を出た俺たちは、近くの秘湯に向かった。山奥に立つ一件宿の温泉だ。
一応断っておくが、混浴ではない。そっちの展開を期待した野次馬たちの期待を裏切って誠に申し訳ない。そのうち、期待に応えるから……あ、いやいや。
ん
で、俺たちはさっきまでの軽い緊張感をほぐすように、体を湯に浸けた。
俺もゆっくりつかったが、待合室でいくら待ってもマチは上がってこない。どうしたことか……?
しばらくして、髪の濡れたままのマチが女湯から飛び出してきた。
「ごめんねー!遅くなったよ。」
「……まあ、なんとなく理由はわかる。お前、仲良くなってたろ?」
「あ、わかっちゃった?うん、中で地元のおばさんたちと話がはずんじゃって、もう。」
「やっぱりな。お前は本当に人なつっこいというか……。ま、それがいいトコなんだがな。」
マチは、誰にでもよく話しかけ、挨拶した。今時の若者には珍しいくらいに気さくで、礼儀正しい。年上に可愛がられるのはそのためだろう。しかし、秘湯に湯治にきている年寄りと、一瞬で仲良くなる女子中学生もなかなかいないぞ。普通若い子は裸のつきあいに抵抗があるものだが、コイツはどうせ素っ裸でげらげら笑いながら手を叩いたりしていたのだろう。見えるようだ。マチのヌード以外は。
帰路、I巻のイトーヨーカ堂に立ち寄った。マチが先輩に送るバースディプレゼントを買うためだ。
そのついでに、俺はマチにプリクラを一緒に撮ってくれと頼んでみた。意外だが、マチは即OKしてくれた。
互いに軽く抱き合ってカメラ目線の一枚。初めてのマチとのプリクラは、一生の記念になるものだった。
だが、この日を限りに俺はマチと気軽に連絡を取れなくなった。
PHSが解約されたのだ。
マチは、手紙や家の電話で連絡をとってくれると言っているが、今までのようにリアルタイムで互いの様子を話し合うことは難しくなる。
しかし、マチは今中学3年生。来年は高校受験だ。これから中学校生活の仕上げに入り、受験勉強も本番となってくる。考えようによっては、いいタイミングだと言えよう。
それに……マチは、尾山との異常な関係にもケリをつけなくてはならない。学校内でも、二人の関係が噂になり始めているという。いつまでも、学校内でセックスを続けるような真似はできない。
しかし……
この日は、まだ巨大なイベントが俺を待っていた。それも二つも。
Gマートで車を降りたマチを見送る俺は、その信じられない出来事を知る由もない。
悪意に満ちた「作り話」が、いよいよ俺を教壇から完全に追い落とそうとしていた……。
本編3-18 モンスターペアレンツ~我が子を疑う親は無い……ことが問題なのだ!! に続く
「もちろん知ってますって!!誰だと思ってんの、マチだよ!!」
ああはいはい、まったくもう、お前はそんなにまでヤツが好きなのか?
「わかったわかった。で、俺が不動明王好きなのは知ってんな?よかったら、一緒に行かないか?」
「いくいくー!連れてって!!」
言い終わる前に返事かよ。かなり元気ですね君。まったく、俺もちょいと嫉妬ちまうっつーの。しかし、マチが喜んでくれるなら、それは俺にとっても喜びだ。ちと複雑な思いはあったが、俺とマチの尾山不動尊行きは決まった。
また、この話にはちょっとオマケがつく。この太鼓演奏の後、マチからビデオを送ってほしいと頼まれたのは前述したとおりだ。俺は、そのビデオを「尾山」の郵便局から発送したのだ。
マチの尾山への想いがどんなものか、正直俺は量りかねていたが、この不動尊行きを飛び上がって喜ぶマチを見て、今も本当に彼が好きなのだとわかった。ならば、「尾山」という名に関するものを贈っても嫌がられることはなかろう。
俺は尾山に足を運び、不動尊の下見をして帰った。
平成14年9月30日。俺とマチの尾山不動尊行きの日が来た。
9月は、あの信じられないような一日で始まった。今日30日で、9月も終わりである。激動の一ヶ月を締めくくるこの日。
この日もまた、朝日は何一つ運命を告げず昇る。つくづく、人は己の定めを知ることを許されないのだと思う。
A山団地でいつものように合流した俺たちは、S釜インターから有料道路に乗り、T町へ向かった。
マチが隣にいるドライブは楽しい。話題が途切れることがないのだ。マチは、賢い子だった。本好きの彼女は、読書量がハンパない。
これも実話だと念を押すが、マチは小学校6年生の夏休み、感想文を23編も書き上げてきたのだ。俺が、どのくらい本を読んだのか尋ねると、「えっと、この夏は忙しかったから、150冊くらいしか読んでないです。」と真顔で答えた。幅広い知識を持つマチは、俺の話にも十分ついてくることが出来た。俺自身、若い子といろいろな件で深い話ができるのが楽しかった。また、マチにとっても学校の悩みなどは俺に話すのが一番だと言ってくれた。俺は、並の教師に比べると、良くも悪くも「経験」豊富だった。ありきたりのことしか言えない坊やや嬢ちゃんでは、いろいろな悩みを抱える子どもに対応など出来ないと思うのだが。
マチ曰く「エイジのアドバイスは実用的」とのことだ。まあ経験が多い分、「ケースバイケース」の細かさが違うのだろう。そう言ってもらえると、俺も嬉しい。
尾山不動尊までは1時間半の道のり。楽しい時間はあっというまに過ぎるものだ。まだまだ話したいと思ううちに、車は現地に着いてしまった。
天気はまずまずだ。台風が近付いてはいたが、影響はまだなかった。道ばたのコスモスが、田を渡る風に柔らかく揺れる。トンボたちも、今が盛りと元気に飛び回っていた。
長い参道の前に立ったマチは、嬉しいとも淋しいともつかぬ複雑な表情を浮かべていた。
「行くか、マチ。」
「うん……。」
俺たちは、並んでゆっくりと歩き始めた。マチが大好きな男、尾山。ただその男と同じ名の場所というだけで、マチは喜んでここまできた。そして、そのマチを己が命より大切に思う俺が、マチの恋心のために力を尽くしている。
まあマチ、俺たちは一体なんなんだろうな?二人とも、「馬鹿」なんだろうな……。
大きく立派な山門で合掌、一礼。中は様々な堂が建てられていて、かなり広い。
山門をくぐると、目の前に池があった。この池に住むウグイは、天然記念物に指定されている。なんでも、このウグイは産卵期だけこの池を離れて川を下り、産卵を済ますとまたここに戻ってくるというのだ。そして、生まれた子供もまた、この池で一生を送る。その生態は謎で、このウグイがこの不動尊の池を離れない理由は説明出来ないらしい。
その解説をじっと見ていたマチが、呟いた。
「なんだか、マチみたいだね。」
笑ってはいたが、例の切なそうな笑みだった。
やはりそうか、マチ。お前も「尾山」から離れられない。どんなに自分が傷ついても、それでも尾山にしがみつくマチが、池のウグイとだぶってあまりにも不憫だ。
「お前は、離れられんのか?」
「うん……ごめんね、やっぱり、ヤツが好き……。」
池の向こうが不動堂だ。「マチウグイ」を眺めながら、池の畔を歩く。マチは、全ての堂にお参りしたいと言い出した。
「ね、エイジ。何かお参りの作法ってあるの?」
「そんなもんないさ。手ぇ合わせて、心込めりゃいい。賽銭も、気持ちでいいんだ。なんにも心配すんなって。相手は仏様だぜ。」
この辺のアドバイスが「実用的」なんだろうか?作法もあるにはある。究極的には、堂に祀られた神仏の真言まで唱えるもんだが、そこまでやってる人間なんぞ見たこともない。要は、心なのだ。
3つほど堂を廻り、いよいよ本尊、不動明王を祀る不動堂の前に立つ。
「ね、エイジは不動明王が好きなんでしょ?」
「ああ。出来れば俺も、かくありたい。」
「エイジは十分そうだと思うよ。おっかない役、全部引き受けてたもんね。」
「俺にしか出来なかったからさ。さてと、マチ。『真言』でも唱えてみるか?」
「真言?」
「ん。まあ、仏さんごとに決まってる、挨拶の呪文みたいなもんだ。」
「エイジ、わかるの?」
「応よ。これでも遍路に行くつもりだった男だぜ。」
「うん……マチも唱えたい。エイジ、お願い。」
「よし……じゃ、俺に続いて唱えろ。」
二人の真言が、静かな境内に流れていく。俺とマチの願いは、明王に届いただろうか?
尾山を求めるマチの願い。
マチを求める俺の願い。
同時に叶えることが不可能は二つの願いを、神仏はどう始末をつけるのだろうか?いや、たとえ神仏とて、こればかりはどうしようもないのだ。誰かが泣かなければならない。それが、この現世の宿命なのだ。
この日、俺はマチに絵馬を描くように勧めた。マチが書き込んだ願い事は「みんなが幸せでいられますように」。本当に、マチらしいと思う。自分のために生きたいと言いながら、結局マチはこうなのだ。
俺は、こんなマチが大好きだ。
寺の外れに犬がいた。俺たちを見るなり、わんわんと吠えてくる。俺は即座に警戒モードに入るが、マチはその犬を見るなり一直線に駆け寄って、激しくじゃれ始めた。犬が、じゃない。まるでマチがじゃれているようだ。犬の頭と言わず腹と言わず、あちこちをガシガシとこするようになで回す。犬は大喜びだ。
「お、おい、大丈夫かよ?」
「うん!ほら、この子遊んでほしいんだよ。よしよし!あははっ!」
犬はもう嬉しそうにマチに抱きつき、顔中をなめ回した。犬が顔をなめるのは、信頼の証とあのムツゴロウさんも言っている。マチ、ホントにお前ってヤツはどこまで純な子なんだ……。
「さっき吠えてたのは、遊んでほしいって言ってたんだよ。」
「って、お前、そんなのわかるのか?」
「わかるに決まってるじゃん!」
むう……俺には「噛み付くぞコラ!」と見えたが。
言葉の通じぬ獣の心さえ、マチは感じ取ることが出来るのだ。まして、俺のつらさはマチの心にどれほど食い込んだことだろう。俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。
尾山不動尊でのひとときは、終わった。
参道の出口で、マチは「んっ!」と背を伸ばして言った。
「ありがとエイジ!楽しかったよ。やること全部やったしね。」
「何言ってんだよ。俺のほうこそ嬉しかった。なあマチ、いつかまた、来よう。」
「うん、また犬に会いたいしね。それまで、色々片づいてるかなぁ?」
「そうだな。片づけなきゃならんて。俺も、お前もな。」
不動尊を出た俺たちは、近くの秘湯に向かった。山奥に立つ一件宿の温泉だ。
一応断っておくが、混浴ではない。そっちの展開を期待した野次馬たちの期待を裏切って誠に申し訳ない。そのうち、期待に応えるから……あ、いやいや。
ん
で、俺たちはさっきまでの軽い緊張感をほぐすように、体を湯に浸けた。
俺もゆっくりつかったが、待合室でいくら待ってもマチは上がってこない。どうしたことか……?
しばらくして、髪の濡れたままのマチが女湯から飛び出してきた。
「ごめんねー!遅くなったよ。」
「……まあ、なんとなく理由はわかる。お前、仲良くなってたろ?」
「あ、わかっちゃった?うん、中で地元のおばさんたちと話がはずんじゃって、もう。」
「やっぱりな。お前は本当に人なつっこいというか……。ま、それがいいトコなんだがな。」
マチは、誰にでもよく話しかけ、挨拶した。今時の若者には珍しいくらいに気さくで、礼儀正しい。年上に可愛がられるのはそのためだろう。しかし、秘湯に湯治にきている年寄りと、一瞬で仲良くなる女子中学生もなかなかいないぞ。普通若い子は裸のつきあいに抵抗があるものだが、コイツはどうせ素っ裸でげらげら笑いながら手を叩いたりしていたのだろう。見えるようだ。マチのヌード以外は。
帰路、I巻のイトーヨーカ堂に立ち寄った。マチが先輩に送るバースディプレゼントを買うためだ。
そのついでに、俺はマチにプリクラを一緒に撮ってくれと頼んでみた。意外だが、マチは即OKしてくれた。
互いに軽く抱き合ってカメラ目線の一枚。初めてのマチとのプリクラは、一生の記念になるものだった。
だが、この日を限りに俺はマチと気軽に連絡を取れなくなった。
PHSが解約されたのだ。
マチは、手紙や家の電話で連絡をとってくれると言っているが、今までのようにリアルタイムで互いの様子を話し合うことは難しくなる。
しかし、マチは今中学3年生。来年は高校受験だ。これから中学校生活の仕上げに入り、受験勉強も本番となってくる。考えようによっては、いいタイミングだと言えよう。
それに……マチは、尾山との異常な関係にもケリをつけなくてはならない。学校内でも、二人の関係が噂になり始めているという。いつまでも、学校内でセックスを続けるような真似はできない。
しかし……
この日は、まだ巨大なイベントが俺を待っていた。それも二つも。
Gマートで車を降りたマチを見送る俺は、その信じられない出来事を知る由もない。
悪意に満ちた「作り話」が、いよいよ俺を教壇から完全に追い落とそうとしていた……。
本編3-18 モンスターペアレンツ~我が子を疑う親は無い……ことが問題なのだ!! に続く
Posted by 飛鳥エイジ at 19:17│Comments(0)
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