Jul 06(Sun), 2008
バイオ2.0の条件とは何か
今や、Web2.0という言葉は今ではバズワードの代名詞として扱われている。その言葉が出たことで何か変わったわけではないし、具体的なものを生み出したわけではない。一昔前には、最先端あるいは新パラダイムの代名詞として何でもかんでも2.0と付ける、"猫も杓子も2.0現象"がブームになった。
"Web 2.0 is a term describing the trend in the use of World Wide Web technology and web design that aims to enhance creativity, information sharing, and, most notably, collaboration among users. "
Web 2.0 - Wikipedia, the free encyclopedia
僕のWeb2.0という言葉に対する理解は「現場で関わっている人たちには当たり前のことを、言葉に表して世に広く知らせることを可能にした」という解釈。現象論としてはいろいろな特徴があったけれど、技術的に飛躍的な進歩があったわけではない。らしい。
以前とは何かが違う、その差異を言葉にしてあらわしたのが2.0だった。その特徴はO'Reillyで次のように説明されている。
2. Harnessing Collective Intelligence
3. Data is the Next Intel Inside
4. End of the Software Release Cycle
5. Lightweight Programming Models
6. Software Above the Level of a Single Device
7. Rich User Experiences
O’Reilly -- What Is Web 2.0
順に、プラットフォームとしてのWeb, 集合知の利用、データは次世代の"Intel Inside"、ソフトウェアリリースサイクルの終焉、軽量なプログラミングモデル、単一デバイスを超えたソフトウェア、リッチなユーザー体験。
Web2.0現象で僕がすごいと思ったのは言葉の力。悪く言えばバズワードだが、物事をキャッチーなフレーズで包んで世の中に浸透させてしまう手腕*1だ。
そこで、いや「そこで」というのも変だが、今回完全なる興味本位かつ言葉遊びで、
を定義した。飛躍的な進歩があったわけではない。それでも以前とは何かが違う近年の生物学、その差異をシンプルなフレーズにしてあらわしたものだ。簡潔に定義した上で、少し説明を加えた。僕の考えるバイオ2.0は、次のような特徴を持っている。
Life as Systems: システムとしての生命
- "Systems Biology"
既存のものを別の視点から捉えなおすパラダイムシフト。還元主義的な生物学によって多くの生体パーツが明らかにされたが、それらが生体内でどのように組み合わされ、統合されて動いているかは還元主義では力不足だった。
そこで出てきたのが、生命をシステムとして捉えて研究するシステムバイオロジーだ。
1分子の挙動を詳細に観察するよりも、たくさんのサンプルが統計的にどんな振る舞いをするか、総体として捕らえたほうが真実に近いく、そして総体としての生命現象はカオスに振舞う。複雑系科学の進展と歩みをともにして発展していく学問だろう。
ちょっと余談的に。生物学ではもはやデファクトスタンダードとなったSBML (systems biology markup language) を使ったシミュレーションを、FPGAを用いて高速化する研究*2があるらしい。こんなんやられてるんだと驚きでした。
Open Data Access: データへの自由なアクセス、情報共有
実験によって集められたデータは、Web上に保存され、共有されている。30億塩基対あるヒトゲノム配列を誰でも読むことが出来る*3
オープンバイオロジー研究会というのもある。
また、ジャーナルのオープンアクセスもその勢力を増しつつある。
このへんはあまり追ってないんだけど、僕の観測範囲内ではid:keitabandoさんやid:min2-flyさんが主勢力となってブログを書かれています。
優先すべきはアウトプット。(中略)
アウトプットされたものが誰かの手により(ここは大袈裟に)世界をより良くするのならば、原型に拘らず変化することを楽しむ。
かくして「コンテンツ2.0」は所有物ではなく共有物となるのだ。
コンテンツ2.0=共有(≠所有)という概念再確認 - 坂東慶太のブログ
Design Proteins, not DNA: DNAではなく、タンパク質をデザインする
- "Structual Biology"
ある機能を実装したかったら、似た機能を持つタンパク質を探し、そのタンパク質を発現するDNA配列をもってくるのがいままでのやりかた。ところが近年は焦点がシフトしつつあるように思う。D. Bakerらが2008年にNatureとScienceに立て続けに出した論文では、ある機能を持った酵素をタンパク質の構造からデザインし、実際に作ってしまったという。
手前味噌ですが不老不死、生命の合成、生命シミュレーションにおけるバイオロジーの未来 - バイオ研究者見習い生活 with ITの「人工酵素なんてありえるのか?」のあたりをどうぞ。
他と被る要素もあるが、個人的に期待大なので取り上げた。
Beyond the Sequence: 配列を超えて
"Beyond the Sequence"は、"RNA World"と"Epigenetics"に大別される。
- "RNA World"
かつてはDNAからタンパク質への情報媒体でしかないと認識されていたRNAに、タンパク質に匹敵するほどの構造/機能的な多様性があることが分かってきた。RNAi*4あるいはsiRNAなんかは、既に必須ツールの地位を占めている。
機能性RNAをin vitroセレクションで釣ってくるのもよくやられてるし、リボザイムの働きとか「よくそのヒモみたいな身体で…」みたいに感動する><。
- "Epigenetics"
エピジェネティクスとは、DNAのメチル化やヒストン修飾など、クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現がコントロールされる現象を扱った、ここ最近熱い生物学の1分野。
DNA配列という一次情報、生命のコードがヒトその他の生物について解読されたのも束の間、近年、配列
とりあえず解釈はまだだけどコード(ゲノム)の解読は終わったし、コードの実行結果(mRNA, タンパク質)に注目してスパゲッティコードを解読してたら、コード実行条件がコロコロ変わってた*5!という状態で、研究すべき広大な領域がまだまだ広がっているのが現状。
Simulation before Perspiration: 実験の前にシミュレーション
- "Computational Chemistry/Biology"
実験と理論を両立させて研究を行うのが現在のスタンダードだ。最終的に仮説を証明するにはWet実験結果が必要だけど、僕はシミュレーションの方が操作/意義的に肌に合っているので入れ込んでいる。
シミュレーションを使うことによってスクリーニングの労力が段違いに低くなりより多くの対象を研究できるようになった。また、計算から得られた結果と言えども、人間の目では見えない細かさで分子の挙動を観察できるというメリットも大きい。
実際に製薬会社も薬剤候補のスクリーニング段階にMolecular Dynamicsを取り入れていることからも、その有用性がわかる。
Normalization and Abstraction: 標準化と抽象化
大きなシステムを保守性・拡張性よく組み上げるには、標準化と抽象化(パッケージ化)が必要だ。個々のパーツ間のインターフェイスを統一し、お決まりの動作をするパーツ群をひとまとまりにして再利用可能にする。オブジェクト指向的。
とはいえ、制限酵素とリガーゼに始まる遺伝子工学の黎明期から遺伝子をいじくるツールは標準化され、QIAGEN、コスモバイオ、NOVAGEN、PIERCEなどの各社が簡単に使えるパッケージとして提供している。そのためとりわけ新しい概念ではないのだが、近年は標準化と抽象化の対象が生物のパーツにまで拡張している。
Heinemann, M. & Panke, S. Bioinformatics(2006), 'Synthetic biology--putting engineering into biology'
この精神に則っている規格の一例が、iGEMのBioBricksだ。
Using BioBrick(TM) standard biological parts, a synthetic biologist or biological engineer can already, to some extent, program living organisms in the same way a computer scientist can program a computer.
The BioBricks Foundation
"BioBricksは生物パーツの規格です。BioBricksを用いると、合成生物学者・生物工学技術者は、まるでコンピュータ科学者がプログラムを書くように生物をプログラムすることができます"(超訳)
Knowledge Comes, but Pragmatism Lingers: 知識は拡大するが、なかなか実用に至らない
ここがバイオ2.0のキモだろうと思う。技術のチープ化*6と情報共有が進行した結果、知識(データ)量は爆発的に増加するし、バイオはより身近なものになる。
しかし、多かれ少なかれバイオが身近になるのは確かだし僕の希望でもあるのだが、論理やらコストやらと現実的に問題は山積みだ。時間の経過を待てばいいわけじゃなく、もっと根本的な解決策が必要だと思う。それがどんなものになるかは予想するしかできないし、個人的にもっと長い時間をかけて解決したい問題なので、ちょっとここで自分の考えを書くのは控えておく。中途。
We can Play God: 神となるヒト
生物のエンジニアリング。クレイグ・ベンターらによるゲノムの全合成、上記のD.Bakerらによる人工酵素。だんだん生命を「造る」領域へと踏み込んでいる。
この他、合成生物学では「ネットワーク的に面白い」遺伝子回路を設計して組み立てたりしている。イテレータ、トグルスイッチ、フリップフロップ、オートマトンなんかは既に大腸菌の遺伝子回路で実装出来ている。
名前を並べるとすごそうだが、サイクルが数十時間単位だったり安定性が悪かったりと、実際にコンピュータ回路と同等のシステムに出来るか?というとちょいと難しい。科学としては面白いけど。
- "Metabolic Engineering"(代謝工学)
合成生物学に分類されるのだろうか?代謝工学という分野がある*7。代謝とは、生物が体内で化学反応を連鎖的に行って、生育に必要な物質を作ったり、エネルギーを作り出したりする機能。この生物の代謝回路を利用して、特定の物質を生産させようという試みが代謝工学だ。iGEMに参加してる三年生の一人(優秀)がこの分野に関心があるらしく、彼の話を聞いてて僕もハマった。
何をする学問かというと、たとえば石油代替燃料((Nature Biotechnology 26, 298 - 299, "Metabolic engineering delivers next-generation biofuels" (2008)))や、難病治療薬((Ro, D. et al., Nature, 440, "Production of the antimalarial drug precursor artemisinic acid in engineered yeast" (2006)))など、人間の手で作ることが困難な化学物質を生物に作ってもらう。
ちなみに後者の論文は、マラリアの治療薬artemisininの前躯体artemisinic acidを算出するように、酵母の遺伝子回路を設計したという研究だ。
実際にモノが出来るわけだから、「役に立つの?」という疑問が付きまとう合成生物学にあってもっとも実用に近いのではないかと思う。パーツの合成のみならず、代謝回路を解析、オーバーライドしてアウトプットの調節まで持っていく必要がある。
まとめ的な。
※内容については大いに突っ込み歓迎、とりわけバイオの先輩方からの突っ込みを歓迎します。不正確なところはたくさんあると思うので><。
以上、バイオ2.0的だと僕が思うキーワードをあげていったが、一つ一つ歴史を見てみると、ほとんどはそれほど新しいものではない。でもなんだろ、バイオ領域の片隅に身を置いていると、全体として新しい潮流を感じるのです。
パーツは揃っている。完璧ではないが、過程でパーツをチューニングしながら進む準備は整っている。最後に僕の好きなワトソンの言葉。
*1:ここまで広がることを想定していたかどうか走らないけど
*2:http://ci.nii.ac.jp/naid/110003494622/en/
*3:普通に文字列を読んでも意味はわからないし、普通は部分しか読まないけど
*4:RNAiについてはここのすばらしいムービーをどうぞ => RNAi focus from Nature Reviews: RNA interference - Animations
*5:普遍を前提としていたコンパイラが実はちょこちょこ変わってた、みたいなかんじか
*6:ゲノム解読技術はムーアの法則にしたがってどんどん安くなってる
*7:調べながら書いてて気付いたが、"Metabolic Engineering"というジャーナルがあるようだ。熱すぎる!
- 2008-07-06 たけひこ日記 3/37 8%