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(11)赤字批判は筋違い「やっぱりあれは安過ぎたんだ」 高知医療センターを辞めて岡山旭東病院に復帰した溝渕雅之医師(48)がまず確信した両者の違い。それは、高知医療センターの安い価格設定だった。 高知医療センターで撮ったCTやMRIの画像を、患者本人の希望でCD―ROMにコピーして渡す場合、請求額がわずか八十円。保険適用外なので、値段は病院側の自由裁量。需要はそれほど多くないが、旭東では一千五十円、高知市の近森病院は二千百円だ。 「値段が二けた違うんです。職員の手間賃にもならない。僕はおかしいと言ってたんだけど。大事な個人情報がハンバーガーより安いなんて」 手術の時に気付いたこともある。高知医療センターは一本五百円の吸収糸(体内で自然に吸収され消滅する糸)をどんどん使う。八本で一セットの針付き糸(四千円)を、一回縫って結んでは、切って捨てる従来のやり方だ。 「一手術で四セットぐらい使うんです。旭東では一本の糸で数回縫合するから、一セットで済む。糸代だけで結構、差が出てしまうんです」 高知医療センターの年間手術数は約四千五百件。一部の診療科の話だとしても節約できそうだ。 断っておくが、旭東の縫い方は、ごく一般的な手技である。ではなぜ、高知医療センターではしなかったのか。 「システムの問題でしょうね。高知医療センターは診療報酬が出来高払いだから、材料代が増えたらその分、収入も増えるのかも。その辺は事務方の仕事なので、僕らは詳しく知らないんですよ」 一方、旭東では既にDPC(診療報酬の定額払い制)を導入済み。「この病気の収入はいくら」と最初から決まっているから、材料費も節約のしがいがあるわけだ。 高知医療センターも本年度、DPCを導入する予定だったが国の方針変更で一年延びた。五億円の増収を見込んでいただけに痛い。 だが、そういう技術論的なこととは別に、溝渕医師はもっと異なる、大きな視点から高知医療センターの赤字について語った。 高知医療センターの赤字は毎年、二十億円ほど出て問題視されているのだが、「でもね、高知医療センターは普通の病院じゃない。南海大地震が起きた時の災害対策本部も兼ねている。県民はそこを忘れてはいけないと思うんです」。 建物に免震構造を入れ、ヘリポートも設けた。一階の廊下には斜めの線が描いてあるが、それは単なるデザインではない。線に沿って臨時ベッドを並べるためであり、酸素の配管も来ている。職員も随時、訓練を行っているのだ。 「普段は不要に見えるかもしれないけど、いざという時の備えなんです。あの施設が立派な裏には、そういう意味も含まれているわけですよ」 つまり、日常の医療活動以外の大きなコスト負担があるのだ。それらもひっくるめて「赤字が多い」と批判するのは筋違いだという。 「あそこは本当の意味での最後の砦(とりで)。がんや救急だけの砦じゃない。その部分は医業収益と別に考えてあげてほしいですね」 災害対策だけではない。高知医療センターは小児、産科救急、多発外傷などの集約的治療や、ヘリ搬送によるへき地への救急医療の普及など、これまで高知県になかった高度医療も導入した。収益を考えると手を出しにくい不採算部門だが、県民のための政策医療として抱えているわけだ。 「高知医療センターは、そういう大きな使命を、もっと県民に知ってもらうべきでしょう。今までのような不言実行だけで、どこまで理解されているんでしょうかねえ」 ただ、そこまではっきり思えるのは、考える余裕ができたからこそだろう。高知医療センター時代は目の前の仕事を片付けるだけで精いっぱいだった。 【写真】激務の医療センター時代を振り返る溝渕医師(岡山旭東病院の医局) (2008年07月05日付・夕刊)
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