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医師が危ない
第5部 難局の向こうに

 (9)異色の経営理念

院内ホールで公演した人々のパネルを指しながら「職員に喜んでもらいたいんです」と土井院長(岡山市倉田の岡山旭東病院) 溝渕雅之医師(48)の新しい勤め先、岡山旭東病院(岡山市倉田)の現実に驚いていたら、院長、土井章弘医師(68)の実践もまた驚きだった。

 最初のサプライズは、廊下の至る所に飾ってある絵画。「この絵はね、まず職員に喜んでもらいたいんです」

 患者のためではないのかと聞くと、「それだと、職員はどうでもいいのか、となるでしょう。間違っているのでは」。

 まさか、病院で「経営品質」の話が飛び出すとは。聞き慣れない言葉だが、「まず働く人間が幸せであってこそ、良い顧客サービスができる」という発想だ。

 医師でありながら、この経営感覚。不思議に思っていると、溝渕医師が教えてくれた。院長は県病院協会会長であるとともに、県中小企業家同友会の代表理事でもあるという。経済界活動を重ねるうちに、経営者としての視点を獲得していた。

 岡山大脳外科の講師を経て、昭和五十八年、四十八歳で香川県立中央病院の脳外科部長を辞め、整形外科医の弟(現副院長)が開いた診療所に合流。病院経営に携わった。医師六人(脳外科医二人)から始まり、十九床→百二床→百六十二床と広げた。

 「職場はあなたの晴れ舞台」を合言葉に、幸せの仕掛けをいくつも用意している。

 まず「イベント」。院内には広いホールがある。「笑いとユーモアを医療の中へ」を提唱して映画にもなった米国の医師で、岡山に招いた記念に名前を冠した「パッチ・アダムスホール」。ここで公演や道化教室、園芸教室を矢継ぎ早に開く。企画、運営は職員が職域を越えて協力する。

 続いて「食」。「病院食」を作る調理場のトップは、有名ホテルの元料理長。味は当然、文句なし。にもかかわらず職員用の昼食は二百円。

 次は「癒やし」。病院内の中庭や屋上には六カ所の庭園があり、これを二人の専属ガーデナーが手入れする。音楽療法士もいる。さらに、来院者の接客充実のためエスコート係を二人配置。かわいい制服でロビーに立って、さりげなく声を掛け、案内する。

 部長以上のいる大部屋も面白い。独立した院長室はなく、院長の机は入り口付近。つまり末席。「私、門番なんですよ」と照れた。

 知るほどに細やかな配慮。溝渕医師がやる気に満ちているのも分かる。その楽しさを支える源は、百床当たり二百人を超える大勢のスタッフのマンパワーなのだが、院長はそれでも満足してなかった。

 「まだ、医師が足りません。当直明けの日は休ませてあげたいから。看護師も増やしたい。働く人がハッピーでないと」

 ―それでは経営が大変では?

 「成り立たなくなったら、医療制度が悪いんです。僕らも昔は馬車馬のように働いてたけど、当時は訴訟もない時代。今は本当に大変です。だから、しっかり休んで、家庭も大事にして、それが当たり前にならないと。僕は挑戦してみたい」

 秋には総合病院の脳外科部長がまた一人加わる。神経内科医も増やしたいという。

 高知医療センターへのアドバイスを尋ねた。

 「やっぱり、働く人を大切に、でしょうね。病院は人が非常にたくさん要るから、どれだけ『人育て』ができるか。優秀な職員を長く置いてあげて、育てないと」

 そしてもう一つ挙げたのが、病院同士の協力と話し合い。「私も昔、高知県立中央病院で勤めたことがあるから何となく分かるんだけど、もう少し連携し合えばいいのでは。大きくても、優れていても、一つの病院で何もかもは無理。岡山にはそういう風土があるんですけど」

 病院協会トップの視点で語ってくれた。

 【写真】院内ホールで公演した人々のパネルを指しながら「職員に喜んでもらいたいんです」と土井院長(岡山市倉田の岡山旭東病院)

(2008年07月03日付・夕刊)

 
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