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(8)天国と地獄の差六月、岡山市郊外にある岡山旭東(きょくとう)病院を訪ねた。高知医療センターを辞めた溝渕雅之医師(48)に会うためだ。彼の言う「メリハリのある生活」の現実を確かめたかった。 どんな病院なのか。調べると実力派だった。 脳疾患と整形外科に特化。百六十二床で職員は三百五十人。通常なら三百床規模の手厚いスタッフ数だ。医師は三十人おり、脳外科医は八人。十八年度の手術数は脳動脈瘤(りゅう)のクリッピングが七十五例で中四国一位。脳腫瘍(しゅよう)は六十四例で五位だ(週刊朝日ムック「いい病院2008」より)。 設備も充実。MRIが三台もあり、そのうち一台は高知県では高知大付属病院にしかない高性能機種。また、脳腫瘍の定位的放射線治療装置「サイバーナイフ」は、日本で三番目の導入。がん発見に威力のあるPET―CTも二台稼働している。 そんな病院なら結構忙しいはずだが、「残業? 四月は十時間。五月は二十時間。まだ、夜中の手術は一度もないし。これから忙しくなるでしょう」と溝渕医師。平日は午後六時半に帰宅。土日曜は基本的に休み。家族と夕食が取れる毎日だ。 子供は小学四年生。子供のためにも早く単身赴任を切り上げたかったという。 しかし、なぜ労働環境がこれほど高知医療センターと違うのか。聞いてみると、旭東には残業地獄に陥らない仕組みがあった。それはまず、病院の性格的な問題だ。 高知医療センターは三次救急を担う「最後の砦(とりで)」。主に重篤患者を想定して運用している。 一方の旭東は、主に二次救急(重症)まで。しかも、専門病院だから、患者が脳と整形以外の疾患を併せ持つ場合は受け入れできない。例えば、交通事故で頭部に大けががあっても、腹部の打撲があれば、総合病院に任せるしかないのだ。 「自分の得意分野の患者さんだけだから、気持ちはすごく楽ですね」 というわけで、全身状態の重症な患者が高知医療センターよりはるかに少ない。だから、救急外来も院内当直も、当直医だけでほぼ対応が可能。休日呼び出しはよほどの場合だけだ。 その上、神経内科医も四人いるので、大半の脳梗塞(こうそく)患者と、神経内科的疾患はすべて彼らに診てもらえる。さらに、初期研修の受け入れ施設ではないので、研修医の教育に手を取られることもない。しかも、年齢的には、溝渕医師は脳外科では下から三番目。五十歳間近だが、ここでは若手だ。 「あちこちの大きな病院で部長、医長として活躍した先生が多いんで、仕事も早いんです」 その日、溝渕医師の当直勤務に付き合った。金曜の夜。高知医療センターなら最も忙しいはずだが、彼の言う通りだった。 夕方の時点で八床あるICUは既に満床。「重症は受け入れできません」の連絡。「えー!? もう終わったようなもんだなあ」と溝渕医師。 午前零時までに来た四人のウオークイン患者はすべて軽症。「脱臼」の救急要請があったが、整形外科は大手術中だったので他院に任せた。 午前零時すぎ、電話の鳴る気配がない。「もう来ませんよ。高知医療センターなら、これからが勝負だけど。今ごろ、(救命救急センターの)岡山日赤は忙しいかもしれんなあ」 朝まで一度も呼ばれず仮眠。翌朝は土曜日だったので、午前中に帰宅した。 同じ当直なのに、高知医療センターとは天国と地獄ほどの差だ。だが、これほど残業が減ると、収入も大幅減なのでは。尋ねてみると、そうでもなかった。 「高知医療センターは残業手当が多かったけど、本給は高くないんです。それに、今は官舎の家賃も、食費も光熱費も余分に払わないで済む。学会などの出張費は十分支給してもらえるから、差し引き10%減ぐらいかな」 倒れるほど働き続ける高知医療センターと、人間的な生活のできる旭東の給料に、さほどの差がないとは。不思議な感覚にとらわれた。 【写真】“新天地”の岡山旭東病院で働く溝渕医師(左)=岡山市倉田 (2008年07月02日付・夕刊)
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