その男たちが乗り込んできたとき、俺は最初、喧嘩の挙げ句かあるいは痴漢が捕まったのかと思った。
というのも、だらりと脱力した男を、腕の太い男ががっしりと捕まえ、その脇には二人分と思われる荷物を持った小柄のやつがいたからだ。脱力男を見て驚いた。
男は口にピンク色のプラスチックバッグを装着され、取っ手のところを耳にかけ、それが外れないようにと屈強男が後から押さえている。
脱力男の顔は水色がかった色だった。
ときおりくぐもった声を立て肩を痙攣的に上下させる。
ピンク色のプラスチック袋は不透明だが、あきらかにある重みで垂れ下がり、ドロドロともバサバサともいえない音を立てる。
満員電車の中でも、そこだけ苦し紛れの空間ができる。
つい先だってまで、大きな顔をした小太りの女性を相手に食べ歩きの話をまくし立てていた男も、黙ってしまった。屈強男は脱力に、
「な、あと4駅だからな」と声をかける。
中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪……と4つ数えたのは俺だけではあるまい。
元気な一群はどこの国の人だか判らない4人組で、
「ケルベロッソ、グンデ、マキョーリ、トレヘブルソ」
「カンモカンモ、ノティリグルジブレ」
「エッケルスリ?」
「コロンデ、クレリ」
まるで何語か判らない言葉で楽しげな会話を交わす男たちは、肌の色も髪の色もてんでバラバラである。
連中は、荻窪では降りなかった。
西荻窪でも降りなかった。
車内にはすでに、饐えたようなニオイが漂っている。
吉祥寺では、車内のみんなが、屈強・脱力・小柄の三名様にまずは出口を譲った。
「カルネリッコデ、グンジョビショロベ」
「ケリクケリッカ、パッド?」
「ナン、ケッセドルテ」
「ナンナン」
謎の言語を話す4人組が続いて降りていく。
新宿発の最終電車を舞台とした、前衛的な演劇空間?