秋の一日。好々爺然とした万年筆研究家 中園宏さんとの談笑
10月28日(土)と29日(日)の2日間にわたって、銀座の「北欧の匠」で、万年筆くらぶフェンテが主催する交流会が催された。年に一度の交流会には、飛行機や新幹線でわざわざ上京された会員の方々も大勢おられ、午後1時の開場と同時に会場は熱気でムンムン。今週は、交流会で出会った愉快な万年筆愛好家との談笑のダイジェスト。
二人の愛好家が試し書き用箋に何やら文字を書き始めた。一人はTシャツにブルーのネルシャツというアメリカンカジュアルの出立ち。勢いよく、流れるように「万年筆」と書いた。もう一人のほうは、ブルーのビジネスシャツにトラッド系のネクタイで身づくろい。一画一画丁寧にしかも旧字体を使って「萬年筆」と書いた。
二人の話題は、ドイツ製万年筆のこと。といっても、モンブランやペリカンといったメジャー・ブランドの万年筆の話ではなく、一般の方々がまず知らないマイナーなブランドの話。それもそのはず、ネクタイ姿のカネサキ君は万年筆愛好家の間ではとっても有名な“ドイツ・マイナー・ブランド・万年筆の研究家”なのだ。
カネサキ君からレクチャーを受けているのは英国製スワン万年筆に結構詳しい水口とんたチャン。彼は先日、壊れてしまったオスミアというドイツ製の古い万年筆を“市井の万年筆調整師”こと森睦さんに修理してもらったのだが、使えなくなったボディーの代わりに森さん秘蔵の、水色が美しい、スケルトンの、マタドール万年筆のボディーを付け替えてもらったというのである。
それまで水口とんたチャンは、ボルドーレッド軸のペリカン140を日々の生活で常用していたのだけれど、澄んだ秋空のように美しいマタドール万年筆+オスミア製ニブの万年筆を手にしてからというもの、治してくださった森さんは「インクを入れないでしばらく眺めて暮したら…」というお気持ちのようだったけれど、わかる人にわかってもらって「あらら、とんたチャン、とんでもなく珍しい万年筆をお持ちですね。よく見ると、マタドールとオスミアの組み合わせとは。まぁ何と贅沢な!マニアックな!」という称賛の言葉をかけてもらいたくてインクを入れて愛用してしまっているのである。
この日は、こんな凝り性の生徒に育て上げてしまった中学時代の担任、松田先生もご臨席。松田先生は、ストレスで胸が苦しくなることがときどきあるけれどホープをプカプカ吸っている古風な先生で、お目にかかるときの半分は和服でご登場になる。この『男の隠れ家オンライン』で“男の着物”なんて連載をされたらいいのにと思っている。最近は、京都の名人にお願いして落款印を誂えてもらったのだそうで、お顔はこの通り、ハッピーハッピーなのだ。万年筆は奥様からプレゼントされたモンブラン149をご愛用。
松田先生と水口とんたチャンとで記念写真をパチリとやっている頃、カネサキ君はフワッとした髪形が特徴の、麗しいキムラ嬢に、懇切丁寧に万年筆とシャープペンのレクチャーを始めていた。麗しのキムラ嬢は、万年筆愛好家の中でも書き味にうるさいことで有名で、先述の森さんは“ダメ出しの女王”というニックネームをつけてしまったほどなのだ。
その彼女が首ったけで夢中になっている万年筆がモンブラン246。モンブラン246は1950年から1954年まで製造されていた万年筆。おっきな6号のニブが付いているのも特徴的だけれど、黒軸のほかに、グレーの縞模様と、ブラウンの縞模様の2種類が当時作られていて、このブラウンに心奪われる人が少なくない。伝え聞いた話によると、映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』で主人公が使っている万年筆と同型らしい…。
「得たきものは強いて得るがよし。二度と本意遂ぐること難し(欲しいと思ったものは何が何でも手に入れるのがよい。この機会を逃したら、思いをもう一度かなえることは難しいことだ)」という言葉があるけれど、モンブラン246のセットに一目ぼれしてしまったキムラ嬢は、その言葉を実践すべく、モンブラン246の所有権をカネサキ君から譲ってもらおうとやんわりやんわり交渉しているのでありました。
写真は萬年筆研究会WAGNERの“イノウエ3兄弟”。この3人がいかに“こだわり人間”なのかは『ペン!ペン!ペン!ファウンテンペン!』のページをめくっていただけば早いのだけれど、文章をお読みいただければお分かりのとおり、この3人の発信するメッセージの影響力はすさまじい。興味をもった対象を徹底的に調査、研究、考察、観察、試用、実験するものだから、その果てに述べるレビューは、愛好家の心をくすぐり続けるのである。
米国での任務を完遂し帰国されたイノウエ和彦さんが、パーカー社の筆記具に関して講釈をされた。テーマは「1980年代以降に生産されたパーカー社製筆記具の製造年月の特定方法について」というもの。森さんご愛用のシャープペンシルを例に和彦さんの説明が始まった。
「このシャープペンシルですが、1980年の10月から12月に生産されたものであると言い切ることができます」
和彦さんは断定された。なぜそう断言できるのか、という空気を読み取った和彦さんは、
「ペンシルの胴軸に刻まれたアルファベットに注目していただきたいんです。見えますか?アルファベットが2文字刻印されているでしょう」
老眼になりかけの目玉をギョォーと凝視してみると、見えた。“QI”と彫られている。
「そうですね。“QI”とあります。これで、1980年の10月から12月に生産されたものということがわかるんです。最初のアルファベットが製造年を、次のアルファベットが製造月をあらわしています。製造年は1980年がQ、1981年がU、1982年がAというふうに【QUALITY】という単語のつづりに合わせて刻印してあるんですね」
「製造月は、1月から3月までがE、4月から6月までがC、7月から9月までがL、10月から12月までがI、と決まっています」
「【ECLI】なんて言葉ないように思いますが…」
と質問してみると和彦さんは微笑みながら答えてくださったのだった。
「製造月はですね、角張ったアルファベット書体の棒をE→C→L→Iと1本ずつ減らしていっているんですよ」
気をつけ!礼!
和彦さんの講釈に一同呆然となっていた。深い。そして面白い。パーカー75の研究に関しては和彦さんの右に出る人はいないと聞いていたが、圧倒されてしまった。パーカー75のコレクターは世界中にかなりいるらしいが、世界中のコレクターたちがアレ?と疑問を抱いた時には和彦さんにメールを送ってくるのだそうだ。日々の仕事は大変な激務のようだが、その合間に、オンオフを使い分けて、研究を重ねた成果は、うかがっていてロマンさえ感じるのだった。写真は、和彦さん御愛用のパーカー・デュオフォールド。
二人の話題は、ドイツ製万年筆のこと。といっても、モンブランやペリカンといったメジャー・ブランドの万年筆の話ではなく、一般の方々がまず知らないマイナーなブランドの話。それもそのはず、ネクタイ姿のカネサキ君は万年筆愛好家の間ではとっても有名な“ドイツ・マイナー・ブランド・万年筆の研究家”なのだ。
カネサキ君からレクチャーを受けているのは英国製スワン万年筆に結構詳しい水口とんたチャン。彼は先日、壊れてしまったオスミアというドイツ製の古い万年筆を“市井の万年筆調整師”こと森睦さんに修理してもらったのだが、使えなくなったボディーの代わりに森さん秘蔵の、水色が美しい、スケルトンの、マタドール万年筆のボディーを付け替えてもらったというのである。
それまで水口とんたチャンは、ボルドーレッド軸のペリカン140を日々の生活で常用していたのだけれど、澄んだ秋空のように美しいマタドール万年筆+オスミア製ニブの万年筆を手にしてからというもの、治してくださった森さんは「インクを入れないでしばらく眺めて暮したら…」というお気持ちのようだったけれど、わかる人にわかってもらって「あらら、とんたチャン、とんでもなく珍しい万年筆をお持ちですね。よく見ると、マタドールとオスミアの組み合わせとは。まぁ何と贅沢な!マニアックな!」という称賛の言葉をかけてもらいたくてインクを入れて愛用してしまっているのである。
この日は、こんな凝り性の生徒に育て上げてしまった中学時代の担任、松田先生もご臨席。松田先生は、ストレスで胸が苦しくなることがときどきあるけれどホープをプカプカ吸っている古風な先生で、お目にかかるときの半分は和服でご登場になる。この『男の隠れ家オンライン』で“男の着物”なんて連載をされたらいいのにと思っている。最近は、京都の名人にお願いして落款印を誂えてもらったのだそうで、お顔はこの通り、ハッピーハッピーなのだ。万年筆は奥様からプレゼントされたモンブラン149をご愛用。
松田先生と水口とんたチャンとで記念写真をパチリとやっている頃、カネサキ君はフワッとした髪形が特徴の、麗しいキムラ嬢に、懇切丁寧に万年筆とシャープペンのレクチャーを始めていた。麗しのキムラ嬢は、万年筆愛好家の中でも書き味にうるさいことで有名で、先述の森さんは“ダメ出しの女王”というニックネームをつけてしまったほどなのだ。
その彼女が首ったけで夢中になっている万年筆がモンブラン246。モンブラン246は1950年から1954年まで製造されていた万年筆。おっきな6号のニブが付いているのも特徴的だけれど、黒軸のほかに、グレーの縞模様と、ブラウンの縞模様の2種類が当時作られていて、このブラウンに心奪われる人が少なくない。伝え聞いた話によると、映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』で主人公が使っている万年筆と同型らしい…。
「得たきものは強いて得るがよし。二度と本意遂ぐること難し(欲しいと思ったものは何が何でも手に入れるのがよい。この機会を逃したら、思いをもう一度かなえることは難しいことだ)」という言葉があるけれど、モンブラン246のセットに一目ぼれしてしまったキムラ嬢は、その言葉を実践すべく、モンブラン246の所有権をカネサキ君から譲ってもらおうとやんわりやんわり交渉しているのでありました。
写真は萬年筆研究会WAGNERの“イノウエ3兄弟”。この3人がいかに“こだわり人間”なのかは『ペン!ペン!ペン!ファウンテンペン!』のページをめくっていただけば早いのだけれど、文章をお読みいただければお分かりのとおり、この3人の発信するメッセージの影響力はすさまじい。興味をもった対象を徹底的に調査、研究、考察、観察、試用、実験するものだから、その果てに述べるレビューは、愛好家の心をくすぐり続けるのである。
米国での任務を完遂し帰国されたイノウエ和彦さんが、パーカー社の筆記具に関して講釈をされた。テーマは「1980年代以降に生産されたパーカー社製筆記具の製造年月の特定方法について」というもの。森さんご愛用のシャープペンシルを例に和彦さんの説明が始まった。
「このシャープペンシルですが、1980年の10月から12月に生産されたものであると言い切ることができます」
和彦さんは断定された。なぜそう断言できるのか、という空気を読み取った和彦さんは、
「ペンシルの胴軸に刻まれたアルファベットに注目していただきたいんです。見えますか?アルファベットが2文字刻印されているでしょう」
老眼になりかけの目玉をギョォーと凝視してみると、見えた。“QI”と彫られている。
「そうですね。“QI”とあります。これで、1980年の10月から12月に生産されたものということがわかるんです。最初のアルファベットが製造年を、次のアルファベットが製造月をあらわしています。製造年は1980年がQ、1981年がU、1982年がAというふうに【QUALITY】という単語のつづりに合わせて刻印してあるんですね」
「製造月は、1月から3月までがE、4月から6月までがC、7月から9月までがL、10月から12月までがI、と決まっています」
「【ECLI】なんて言葉ないように思いますが…」
と質問してみると和彦さんは微笑みながら答えてくださったのだった。
「製造月はですね、角張ったアルファベット書体の棒をE→C→L→Iと1本ずつ減らしていっているんですよ」
気をつけ!礼!
和彦さんの講釈に一同呆然となっていた。深い。そして面白い。パーカー75の研究に関しては和彦さんの右に出る人はいないと聞いていたが、圧倒されてしまった。パーカー75のコレクターは世界中にかなりいるらしいが、世界中のコレクターたちがアレ?と疑問を抱いた時には和彦さんにメールを送ってくるのだそうだ。日々の仕事は大変な激務のようだが、その合間に、オンオフを使い分けて、研究を重ねた成果は、うかがっていてロマンさえ感じるのだった。写真は、和彦さん御愛用のパーカー・デュオフォールド。