「1口10万円を出資すれば、1年で倍になる」--あろうはずがない「うまい話」で勧誘し、約3万5000人から約850億円を集めたというのだから驚く。警視庁などの合同捜査本部に摘発された投資会社「ワールドオーシャンファーム」の詐欺商法だ。被害総額は史上6番目の多さだという。
フィリピンでのエビ養殖に投資する名目での金集めだが、現地ではため池を借り上げていただけで養殖事業の実態はなかった。それもそのはずで、マルチまがい商法の首謀者らはもともと本気で事業を展開するつもりがない。出資者を信用させるため、体裁を繕うことしか考えない。
捜査関係者によれば、常習の詐欺師は、いずれは化けの皮をはがされ、逮捕されることを覚悟で犯行に及ぶ。相手をだますこと以上に、だまし取った金をいかに隠すかに腐心し、摘発や服役に備える者が多い。だまされる方が悪いと考えているから罪悪感に乏しく、逮捕されれば次は失敗しないようにと知恵を絞る。
一方、善良な人々は、最初から相手をだまそうとする悪者はいないと思いがちだ。犯罪者なら金を手にしたら逃げるはずで、被害者の前に平然と現れ、釈明したりするはずがないとも考える。そうした思い込みを、詐欺師は逆手にとり、荒唐無稽(こうとうむけい)な話を信じさせる。
逮捕されたワールド社の会長は、以前にもマルチまがい商法を仕掛けた経歴があり、関係者間ではカリスマ的な存在だったという。今回も練りに練った計画に基づく犯行らしく、自転車操業で配当を支払いながら、自分の取り分は没収されないように外国に送金したり、墓に隠していた。
出資者には詐欺商法と知りながら上前をはねようとして逮捕された者もいるが、大半は低金利時代に少しでも資産を増やそうとした市民だ。老後の蓄えを失った人もいる。うかつだった面があるとしても、巧みな言動でわなにはめられており、お気の毒ではある。
それだけに警視庁などの捜査本部は、容疑の立証はもちろん、隠匿された金の発見、押収に全力を挙げねばならない。似たような顔ぶれが手を替え品を替え、巨額詐欺事件を繰り返す悪の連鎖を断ち切るには、断じて“逮捕太り”を許さず、犯行が割に合わぬことを明確にするのが一番だ。
捜査当局は詐欺商法を可及的速やかに摘発する手法の開発を急ぐべきでもある。従来は、経営が破綻(はたん)してから着手するのが捜査の常道だったが、被害の拡大を防ぐには早い段階でのスピーディーな対応が求められる。行政機関などは情報収集に努め、必要に応じて警告などを発したり、市民の相談に乗る体制を整えるべきだ。新設される消費者庁にも、被害発生以前での積極的な取り組みで存在感を示してほしいものだ。
毎日新聞 2008年7月6日 東京朝刊