歌舞伎の「義経千本桜」が東京・国立劇場で上演されている。東京・歌舞伎座でも近く上演がスタート。両劇場とも長い作品の中から、武将の佐藤忠信に化けたキツネが活躍する「狐(きつね)忠信」のくだりに焦点をあてている。【小玉祥子】
「千本桜」は「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」とともに、人形浄瑠璃から歌舞伎に入った3大名作に数えられる人気演目。兄の源頼朝にうとまれた義経の逃避行が、平家の滅亡とからめて描かれる。
「船宿の主となって義経の命を狙う平知盛」「平維盛を助けようとする吉野のすし屋の息子・権太」「義経の家来の忠信に化けたキツネの忠信」が主要人物。この3役を演じることは、多くの立ち役の目標でもある。
歌舞伎座の昼の部では、義経の恋人・静御前の危機を佐藤忠信(実は狐忠信)が救う「鳥居前」▽狐忠信と静御前が義経を訪ねて旅をする舞踊「吉野山」▽義経がかくまわれる館で狐忠信が活躍する「川連法眼館(かわつらほうげんやかた)」が上演される。本物の忠信と狐忠信の2役を市川海老蔵さんが演じる。
国立劇場では「歌舞伎鑑賞教室」での「河連法眼館」のみの上演。本物とキツネの忠信の2役を、初役で中村歌昇さんが演じる。芝居の前に解説「歌舞伎のみかた」がつく。
「河連法眼館」(川連とも)に隠れ住む義経を、佐藤忠信が単身で訪ねる。忠信は静御前を同道しているもの、と思っていた義経が怒るところに、静と忠信の到着が知らされる。
だが、現れたのは静のみ。不審がる静が鼓を打つと、ともに旅してきた忠信が突然、姿を見せる。忠信は「自分は鼓に皮を使われたキツネの子で、両親を慕って鼓を持つ静についてきた」と語る。
「狐忠信にとっては鼓イコール両親への愛情。この世のすべての生き物の親に対する思いの強さが描かれている」と歌昇さん。
見どころの一つが、本物とキツネの忠信を一人で演じ分けるための早変わりや、手すりの上を素早く歩く「高欄渡り」などの「ケレン」といわれる手法だ。海老蔵さんは指導を受けた市川猿之助さんと同じく、幕切れに花道の上を宙乗りで入る。
動きやセリフにもキツネらしさを表現するための細かな決まりがある。指を丸め、セリフを言う際には「桓武天皇」の「カン」は「カーン」と延ばして声を高く発し、「メギツネ、オギツネ」は「メギンネ、オギンネ」と「ツ」を発声しない。
歌昇さんは「先輩方が工夫を重ねてきた芝居です。中村富十郎のおにいさんに教えていただき、音羽屋(尾上菊五郎家)型でつとめています。本物の忠信も難しい。少ない動きで武将らしさを見せるわけですから」と話している。
国立劇場は24日まで、歌舞伎座は7日から31日まで。
毎日新聞 2008年7月5日 東京朝刊