「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」。長崎市で被爆し、病床から平和の大切さを訴え続けた故永井隆博士の言葉が、長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言文に盛り込まれることが5日、同市で開かれた平和宣言文起草委員会(委員長・田上富久市長、20人)で固まった。
今年は永井博士の生誕100年。同市によると、博士の言葉が盛り込まれるのは、1949(昭和24)年に平和宣言文の読み上げが始まって以来初めてという。
同委員会に事務局側が提示した宣言文素案では、博士に関する記述は全体の1割近く。被爆して重傷を負った博士が医師として救護に奔走し、白血病に苦しみながらも、「長崎の鐘」などの著作で戦争の愚かさを訴え続けたことを紹介。引用される言葉は著書「花咲く丘」にあり、全委員が賛同した。
起草委員の1人で、同市の永井隆記念館館長をしている孫の永井徳三郎さん(42)は「永井が何を願い、何を訴えていたか、多くの人の心に届いてほしい」と語った。
=2008/07/06付 西日本新聞朝刊=