「喫煙開始から何年も経ないとタバコ依存にはならない」という長年の定説が覆った。未成年喫煙者に関する研究によって,吸い始めて数週間で離脱症状(タバコが欲しくてたまらないなどの禁断症状)が現れうることがわかった。
これらの発見を説明するため,新しい仮説が生まれた。脳が素早い順応を起こしてニコチンの効果に対抗するという見方だ。ニコチンの効果が薄れると,こうした順応が禁断症状を引き起こす。これが正しいと証明されれば,禁煙の助けとなる新薬や治療法を開発する有望な道筋が開ける可能性がある。
ニコチン依存が短期間で生じるのはなぜなのか。その理由を解明しようと苦闘しているうちに,私は1つのパラドックスに気づいた。ニコチンの明確な作用はニコチン自体を求める渇望を一時的に抑制することだけだが,ニコチンを渇望するのは以前にニコチンにさらされたことのある人だけだ。同じ1つの薬物が渇望とその抑制の両方をもたらすなどということが,ありうるだろうか?
私は,ニコチンの直接の作用は渇望抑制であって,その後ニコチンを摂取し続けると最初の摂取時よりも大きな反応を引き起こすために,渇望抑制作用が極端に強まるのではないかと考えた。そうなると脳は,ニコチンの作用に対抗するため素早く順応を発達させてニコチン渇望を強め,それによってホメオスタシスを回復するだろう。しかしニコチンの作用が徐々に消えていくと,これらの順応のせいで,以前はニコチン渇望を抑制していたものが欲しくなる──つまり,タバコをもう1本吸いたくなるのだ。
この「感作・ホメオスタシス仮説」では,ニコチンが依存性を発揮するのは快感をもたらすからではなく,単に渇望を抑えるからだ。ニコチンはニューロンを刺激するので,私は脳に「渇望抑制系」というべきシステムがあって,ニコチンはその神経細胞を活性化するのだろうと考えた。
人間の脳活動を機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で調べた多くの研究によって,このモデルが支持された。また,離脱潜伏期(最後にタバコを吸ってから離脱症状が現れるまでの期間)が短くなる現象なども,感作・ホメオスタシス仮説による説明が可能だ。
この依存モデルは決して広く受け入れられている見方ではない。しかし,感作・ホメオスタシス仮説の当否は別にしても,タバコを初めて1本吸っただけでニコチンが脳の構造を作り替えるのは明らかだし,若者が初めてタバコを吸った後すぐに依存徴候が現れるのはすでに確立した事実だ。この発見は禁煙キャンペーンに政府がもっと力を入れる必要性を強く示している。
ニコチン置換療法(ニコチンガムやニコチンパッチなど)によって禁煙の成功率が2倍に高まるといわれるものの,成功例より失敗例がまだはるかに多い。感作・ホメオスタシス仮説が示す必要な治療法とは,渇望を抑え,かつ長期的にはタバコ渇望をさらに悪化させるにすぎない補償反応を刺激することのないような方法だ。