2008年07月03日
通天閣虎夫!?
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さて、どうでもいい話なんですけど。
昨日、古いテープを整理していたら、えらい懐かしいものが出てきまして
東京ドームオープンの年に放送された野球アニメ「ミラクルジャイアンツ 童夢くん」
小学生がジャイアンツのピッチャーやってしまう、とんでもねえアニメです。
で、おきまりのライバルってのがこれまた小学生プロ選手という、もう勘弁してくれという設定☆
で、これまたおきまりのようにライバルは阪神タイガースにいるわけです。決まってます!
で、その小学生プロスラッガーの名が
通天閣虎夫!!!
もう阪神以外には所属を許されない名前です。この名前でヤクルトとかにいたら笑えますって。
でも、この作品で一番笑えるのは
小学生とマジ勝負する落合さんです☆
Posted by 飛鳥エイジ at
07:34
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2008年07月02日
昨日も虹の写真上げてたっけ?
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菖蒲田浜の朝日と
それに照らされる虹。
どのくらいの人間が知っているかわからないけど
宮城県で国体が開会したその時
フィールドに布の虹が引かれるまさにその瞬間、スタジアムの北側に本物の虹が架かっていたんですね
たこ揚げは呪われてましたけど、絵的にはイイものもらいました
呪われたたこ揚げの映像は、あれ?どこかに上げてましたけど……どこだっけ?
2008年07月01日
真実の無いあの地
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http://blog.so-net.ne.jp/blitzcat/2007-07-24-1
同行三人約束の地。すぐしたに、中学校があり、あの日、坂を駆け上がってきたアイツと、約束を交わした。
http://blog.so-net.ne.jp/blitzcat/2007-08-06
こんなところうろうろしてたら、普通人目に付くわな。
http://blog.so-net.ne.jp/blitzcat/2007-08-18-1
最近、無関心団地の住人のごく一部が、残念なことに人の中傷に動いています。
もちろん、2ちゃんねるの犯罪者どもの動きに合わせてでしょう。もともと問題の多い団地なのでやむを得ないのかも知れませんが、どこまで行っても自分たちの嘘、中傷、勘違いを一切認めようとしないその姿勢に辟易します。
自分のために動くことは決意しましたが、それさえも邪魔しようというのなら、それは積極的な妨害として許すわけにはいきませんね。戦うしかないのでしょうね。
出来ることなら、真実を見極めてくれる人が多数派であってほしいと祈ります。
アイナの母親など、どんな不都合があったのかわかりませんが、ホントに「掌返した」ようでしたから……。
人間は信じられないものなのかも知れませんが、人間を信じないで生き続けることも寂しすぎませんかね?
2008年06月30日
「旅の記憶」スタート☆
全ての始まりと全ての終わりがここに。
飛鳥の旅はここからはじめなくてはならない理由があります。
二度と帰ることはないかも知れないし、再びやってこなければならないかもしれない。
それは、全ての結末に明らかになることです。
残念なのは、人を壊して平然としている者が存在すること。そして、真実を知りもしないでマスコミと噂に踊らされた者が大勢飛鳥の前に立ちふさがっていること。
それらを自力でぶち壊さなくてはならないのですね。
その為の旅であり、これから「職人」として、そして「経営者」としての自分を磨いていくためにも、過去の亡霊にも情けない連中の妨害にも負けるわけにはいきません。
ここから、飛鳥再生の旅が始まります。
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2008年06月29日
本編3.5-9 12月23日(8日目) 室戸岬到着!
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12月23日 (8日目)
杖の付き方が悪いのだろうか?右手人差し指の感覚が殆どない。しびれているような感じが抜けなくなってしまった。
朝4時40分。正直、今日も逃げ出したい。これから歩き始めるというのに、両足はおシャカ状態。(表現やばいか?)昨日皮がむけた足の甲は、まだリンパが滲んできている。筋肉痛は昨日よりはるかにひどく、ふくらはぎが千年公みたいにパンパンに張っているのがわかる。クロス元帥に「このデブ」とか撃ち殺されそうだ。このザマで本当に二十四番最御崎寺まで行けるのか……?
三十一番竹林寺まで、なんとしてもそこまで行かなければ!その思いだけで体を起こす。マチに……俺が歩いた証を一つ、持って帰らなければ。愛するマチのために、俺にできることが一つくらいあってもいいじゃないか!
「くぅ……。」
みっともない声だ。今日は上半身も死んでいる。だが、立たなくてはならない。俺は本当にマチのために命を賭けられるのか、マチのためならどんな苦しみにも耐えられるというのは真実なのか、それを検証するためのこの旅なのだ!こんな時、俺の大好きなあのセリフがピッタリだ。
「痛みはジャマだ!どけぇっ!」(by浦飯幽助in幽遊白書)
5時。真っ暗な道を月明かりを頼りに歩く。ときおり通る車が、今はなんだかありがたい。波の音は絶えず聞こえているが、海は全く見えない。天気はいいらしい。冬の星々がにぎやかに光っている。
その中で一際大きく輝く星が一つ。今明けの明星となっている金星だ。水平線の上にぽっかりと、光の穴が空いたようにさえ見える。美の女神『ヴィーナス』の名を持つ星。マチの美しさを思いだしてしまう。
マチの美は、外面だけのものじゃない。その心も、あのヴィーナスのように何よりも強く輝いている。冬の四国。早朝の遍路道で、しばし美の女神ヴィーナス、俺のマチに見入る。
だが、北の空には、これもS台ではお目にかかれないほどぎらぎらと、北斗の星が俺を照らしている。
死を司る星、北斗七星。今の俺には、妙にふさわしく感じられる。俺の頭上に輝くのは、ヴィーナスなのか?死兆星なのか?マチ……頼む、俺を守ってくれ…。(注釈:漫画『北斗の拳』に登場する死兆星は、ミザールの横にくっついて見える肉眼二重星、アルコルのこと。ただし、これは見えると死期が近いのではなく、見えなくなるとヤバイものです。)
コインスナックという自動販売機コーナーで朝食。温かいものが食えるだけで幸せだ。しばらく歩き、若い遍路を追い越した。荷物は小さく、胸にカメラをぶら下げている。撮影旅行を兼ねた遍路旅だろうか。愛想のよい若者で、ちょっとしたやりとりがうれしかった。
さあ、今日はまだまだ先が長い。気合いを入れて……と行きたいが、早くも足がもうだめぽ。一歩一歩が神経に響く。筋肉が少しずつ断裂していくのが自覚されるような痛みだ。マメもできたようだ。お、靴擦れしてやがる!もう足痛めのオンパレード。アス・デル・トプ!(だからマチにわからんネタはやめろって)
朝7時頃か。ふと遠くを眺めると、遥か向こうに岬が見える。といっても、霞にけぶるように見えるだけだが。まさか、あれが室戸岬……か?浜辺で子犬の散歩をしていたお爺さんに話しかけてみた。
「おはようございます。ちょっとお尋ねしますが、あの海の向こう、ちょっとかすんで見えるあれは、室戸岬ですか?」
「ああ、あれ、そうだよ。あの先っぽのところが室戸の岬じゃ。」
……自信たっぷりに教えてくださってどうも……。しかし、あそこまで歩くんかい!?それも今日の夕刻までに。おいおい……。
道沿いの『法界上人堂』に、水飲み場が設けられていた。『ご自由にどうぞ。』の看板が嬉しい。柄杓で水をすくい上げ、乾いたのどに一気に流し込む。うまい……。みると、『谷川から引いた水です。』と書き添えられていた。
この水場で、これまでどれだけの遍路が救われてきたのだろう。何万、いや、何十万という遍路が、この水を口にしたに違いない。沿道に自動販売機が並び、夏場の水分補給にも事欠かなくなったとしても、この水場は永遠に廃れることはないだろう。しかし、谷川の水ってとこに感動できる俺も、ずいぶん四国に染まってきたなあ。
佐喜浜の町で、小学1年生くらいの男の子に、『八十八寺がんばってやー!』と声を掛けられる。釣りに行く中学生の集団にも挨拶される。温かい町だ。道沿いの人達も気軽に声を掛けてくれる。同じ遍路道沿いの町でも、その場所によって人の雰囲気とはずいぶん違うものだ。
夫婦岩という観光名所があるのだが、そこの5㎞ほど手前で、女性遍路から現金のお接待。歩きの遍路には必ずそうしているという。その人も歩いているようだったが、その後その人といろいろ話す事になろうとは、そのときは考えもしなかった。
昼食後、やや元気を回復して歩き始めると、前方に巨大な銀マットを背負った遍路を発見。あの見覚えのあるマットはまさか……スナフキン!?はるか前方ではあったが、俺はペースを上げて後を追った。発見してから追いつくまで1時間もかかってしまった。ようやく声が届くところまで迫る。
「スナフキーン!(注:実際にはお名前を呼んでいます)」
「あ、飛鳥さん。どうも。」
「ホテル千羽を出るときに一言掛けなかったんで、会いたかったんですよ。すいませんでした。」
「そんなこと気にしてませんよ。お互いマイペースで行きましょう。」
いつもながらあったかい人だ。
スナフキンと話すうちに、話題が犬のことになった。彼は大変な犬好きで、以前宮古島に旅行したとき、そこから捨て犬を一匹拾ってきて今飼っているという。
彼が言うには、犬好きの人は、かむ犬とかまない犬がなんとなくわかるらしい。機嫌が悪いのか、遊んでほしいのかわかるというのだ。
そう言えば、マチと尾山不動尊に行ったとき、俺は吠える犬に近づきたくなかった。だがマチは、一直線にその犬に近づき、なで回し始めた。ちょっとおろおろする俺を後目に、マチは楽しそうに犬とじゃれていた。
「遊んでもらいたかったんだよねー!」
その時のマチの言葉を、俺ははっきりと覚えている。その横顔に惚れ直してしまった。俺自身、その優しい笑顔にどれほど救われたことか。マチは……自分を求めているものがわかるのかも知れない。
俺はあの日、どこにも道を見いだせなくなっていた。自らを閉じることを結論としかけたとき、なぜだろう、マチに最後の希望を掛けたかった。それがマチにどれだけの負担を掛けるか、わからなかった訳じゃない。でも、俺の中に、他に頼れる人はいなかった。そして……マチは俺が求める以上に俺を救ってくれた。
スナフキンは、いつの間にか話をやめていた。俺が、涙目になっていることに気付いたのだろうか。静かに、ペースを合わせて、俺の横を歩き続けてくれていた。
4時15分、最御崎寺登山口に到着。さて、どうしようか。スナフキンと二人で相談。お互いに足が壊れていて、ここで無理をすれば明日の歩行に影響することは必至だ。宿もまだ決めていないし、最悪のケースを考えて、今日はこのまま近くの宿を探すことにした。明日一番に最御崎寺を打てば、二十六番までは十分打てる。
近くにあるはずの民宿、『室戸荘』に電話をいれてみた。部屋はあっさり取れたのだが、夕食については意味不明な返答が。
「忘年会と一緒でしたらご準備できますんで、かまいませんですか?」
ぼ、忘年会?いったい何のことだろう……。詳しく聞いてみると、どうも今夜忘年会があるらしく、宿泊客もそれにみな参加してほしいということらしい。いまだかつて経験したことのないパターンだ。スナフキンもそれでかまわないというし、俺もわくわくしながらOKした。
宿はそこから歩いて3分ほどのところだった。おかみさんが出迎えてくれたが、ここも優しさにあふれた宿だ。一夜を過ごす安心感を与えてくれる。夕食のことを説明してもらったが、どうも違う場所で忘年会を開くらしい。5時半頃に車で送ってくれるという。
さて、時間が来た。スナフキンと二人車に乗り込み、おかみさんといろいろ話す。忘年会というのは、宿のご主人の親戚一同が集まって年に一度開くものだということだ。そんな席にお邪魔してよいのかと思ったが、毎年この日宿泊する客は参加してもらっているという。これは超ラッキーなことかも知れない。
明日歩く道を車で走った。
「車だと10分で津照寺来ちゃいますけんね。歩きやと1時間半ですか。」
忘年会会場は津照寺のすぐ脇だった。おかげで道を確かめることもできた。『運』がいいのか悪いのか……。なんにしても、どこかで幸運に恵まれなければ、俺はとうにリタイヤしていたかも知れない。ほんとうにぎりぎりの旅だ。
会場に案内されたが、もう何人か一族の人達が集まっていた。妊娠中の女性は、宿のおかみさんの娘さんだという。メガネの似合う、小柄な可愛い人だ。よくよく俺は四国で美しい女性に出会う。これもいいような悪いような……。
その娘さん、話してみるとなんとS台住まいだというじゃないか!旦那さんがS台に転勤になったらしく、今は北S台に住んでいると話していた。こんなところでS台の人に会うとは……。むこうも俺がS台人と知って驚いていた。人の縁とは面白いものだ。3月には出産だという。元気なお子さんが生まれることを俺も祈った。
料理が並び始めたが……な、なんだこの豪勢な海の幸は!刺身の盛りも半端じゃない。見たこともない料理もある。俺も東北の海辺にすむ人間だ。海の食べ物にはそれなりに詳しいつもりだったが、四国の海は俺の想像を超える食を準備してくれたらしい。取り皿に盛られた料理を、味わってみた。
ウツボのたたき。初めての食感だ。歯ごたえがあるのに、口の中で柔らかく切れていく。味は上質な鶏肉に近いが、臭みが全くない。酢醤油の調合も絶妙だ。酸味をまろやかに包み込む濃い口醤油。とにかくいくらでも食べられそうな美味さだ。
鯨の舌。こりこりとした歯ごたえだが、思いの外脂がのっている。歯ごたえと脂っこさが同時に味わえる食材など他にはなかなかないだろう。添えられた酢みそがいっそう身を引き締め、食材の特徴をさらに強調する。
次々に盛られる料理を、俺は残らず平らげた。久しぶりに食欲が爆発した。停職をくらっていた半年間、マジで食い物が30時間以上も喉を通らない日が何度もあった。その時の苦しみを取り戻すかのような勢いで俺は食った。
俺の食いっぷりと料理への絶賛に、一族の人も喜んでくれたようで、話も盛り上がっていく。隣にすわったおじさんは、昔塩釜や石巻に住んでいたという!遠く四国で、地元の地名をこんなに聞くことになろうとは……。彼は捕鯨船の乗務員で、鯨の話で二人、超盛り上がってしまった。一族との話そっちのけで俺との話に熱中。俺もおじさんの話が面白く、聞かせてくれと返すので、彼はますます喜んでいろいろ話してくれた。スエズ運河やパナマ運河を越える話は特に興味深かった。
会場に全員がそろった。見ると、向かいの席に見覚えのある顔が……。あ!昼間お接待してくれた女性遍路だ。話してみると、なんと気仙沼から来たという。もー、まるでM県人会になってきたぞ、この忘年会場。
女性は50歳ちょっとの公務員だった。話しぶりから、かなり四国を回っているらしい。『お大師様』を連発するあたり、だいぶ宗教に染まっている人のようだ。俺も自分の境遇を話したが、話がマチのことに振れ始めると、とたんに眉を潜め、『道を間違わないでよ。』と言う。なんとも年配らしい言葉だ。夫婦生活も幸せに続けてきた人らしい。悪いが、そういう幸せを味わってきた人には、俺の苦しみなど想像もできないだろう。世の中にはいろいろな苦しみがある。が、どんな苦しみも、一番身近な人間が共に立ち向かってくれたなら乗り越えられるものなのだ。逆に、身近な人間に捨てられた者は、いったいどうなってしまうか!
『一般常識』の範囲にある手段では、俺は死を選ぶ以外に道はなかった。非常識は承知の上!俺は自分が生きる最後の道として、マチにすがったのだ!俺はマチに救われた。そして俺はマチを愛してしまったのだ。
『みんな同じだから』とは、俺には全く救いにならない言葉だ。身近な人間に言われたなら、ますます追いつめられることだろう。俺にとって『救い』とは、今、マチ以外には存在しないのだ……。
道をあやまるも何も、道そのものがなくなるところだったのに。そう思うと、苦笑するほかないな。
俺にとってマチは、そこいらの神仏よりはるかに崇高な存在だ。
宗教とは、為政者に利用されるものであり、民衆には『希望』という名の『諦め』を与えるものなのだ。みんな苦しいのだと通り一遍等の言葉を呪文のように繰り返す。だが、本来その苦しみは十人十色。大きさも質もみな違うのだ!俺は、美しき神仏の言葉では決して救われることはなかった。
マチの、正直で、まっすぐで、真に俺の心に寄り添った言葉が、あの時の俺を救ってくれたのだ。メシア(救世主)というものが存在するのなら、マチは俺のメシアに違いない。
その夜、久しぶりに本物の満腹感の中、深い眠りについた。四国の人々の暖かさに触れる毎日。体は日々死んでいくが、心がどんどん元気になっていく。本当にもう、俺はずっとここにいたいとさえ感じていた。これが、四国の、お遍路の魅力なのかも知れない。
そして、ここに来る力を与えてくれた、マチ。
ありがとう……。明日も、俺は歩く。
本編3.5-10 12月24日(9日目) 野良犬夫婦の愛情~四国の一日は密度が違う に続く