第4話 『 成功者 』 大学2年になった4月のある日、一人の小柄なオトコの子が、僕の前にトコトコとやって来て言った。 「キシモトさんですか? ボク、津山高校の後輩なんです。同じ教育の数学科です。」 「・・・あ、そうなの。今年は津高から2人入ったって・・・もう一人いるんだよね。」 と、どうでもいいことを言ったりして・・・ 「ええ、女の子で、同じ教育学部なんです。今年は7人も国大受けて、あとの人は落ちました。なんでもキシモトみたいな奴でも入れるんだとかなんだとかで、結構受験したみたいです。」 「ああ、そう・・・」 「それは、どーでもイイんですけど、・・・ニシムラって知ってるでしょ?」 「ああ、あの兄弟のベースとギター?」 「そうです。あいつらが一緒にバンドやろうって言ってんですけど。やりませんか?」 「・・・へえ、あいつらも東京にいるの?」 「そーなんすよ。やるんなら、すぐ連絡とって下さい。」 「・・・んで君は・・あの、何を?・・・」 「ボーカルです。イナバって言います。」 この、津高卒業生バンドの練習はベリィ・ハードだった。 4人とも、当然ながら練習はタダであるに越したことはない意向。 よって大学のロック研練習室で行う事に。 スタジオ代ケチったわけだ。 スタジオ代は、学生にとってバカにならないモノである。 当時のオレはバンドを幾つかかけもちしてて、バイトもあり結構多忙。 さらにイナバが国大のロック研に入るのをなぜかイヤがっている。 ニシムラ・ブラザーズは他の大学。 「国大ロック研のバンド」…とは言えない。 他の部員にばれないように練習するか…。 日曜の深夜しかない。 さすがに日曜の夜なら、練習室あいてるし、バレないだろ・・・。 日曜の夜、ニシムラ・ブラザーズが東京から電車でやってくる。 和田町の駅から、ギターやベースかかえて坂のぼる。 ニシムラの弟(ギター)はエフェクター類が多く、かなり地獄だったようだ。 横国大・通用門まで来て、閉まってる黒ペンキの鉄扉を乗り越える。 鉄の頑丈な扉を両手でつかんで、エイと登る。 この時の「ガーン」っていう音が、また近所に迷惑なんだな。 楽器やエフェクターを慎重に手渡しながら、4人順番に乗り越えていく。 在学中、そして卒業後、何度この行為を行っただろうオレは。 たぶん牛丼食った回数より多いだろう。 イナバにはおどろいた。 声量! これだけ「声」でかい奴が日本にいたのか?…と。 オレはパワーには自信あったつもりだが、力いっぱいタイコたたく。 プラス、ニシムラ兄弟の奏でる弦楽器の轟音(ごうおん)。 しかし、その轟音の中、、イナバの歌う歌は、歌詞が聞こえるのだ。 なんか地面をはって、浮き上がって来るような声。 はっきりと聞き取れる歌詞が迫り来る、来る。 ドラム叩いてて、すごく気持ちイイ! 歌にグイグイ引っぱられ、引っぱり返す。 これぞプレイヤーズ・エクスタシーか。 ギターのあまりにもデカイ音で、頭カラになりそうだ。 しかし冷静なボーカル。 我を忘れ、本気で歌ったらどうなるのかと思う。 ボーカルって、・・大事なんだな、やっぱり。 当時はフュージョンやジャズに走りつつあったオレだったが、こんなデカイ声の人間と演奏するのはなんともエキサイティングだった。 初めてだ、 こんなのは。 その時のマイクなんて、売ったら100円くらいのボロ。 ロック研で何年も使ってるやつなのだが…。曲はニシムラの兄ちゃんが作った、オリジナルである。 ヘビー・メタルっぽい。 4〜5曲は歌詞とメロディーが完成していて、それを何回も繰り返して練習。 とにかく、ものスゲー音量だ。このバンドったら。 途方もない。 他の音に負けないよう、ハードなドラミングがおのずと強いられる。 腕いてぇし、汗だく。こりゃ部活動だわ。 だいたい4時間くらい練習し、朝の4時とか……。 また鉄扉を乗り越え外に出る。 ガーン、ガーン、って。 まだ暗いホドガヤの住宅地、丘の上から向こうの丘が見える。 谷を埋め尽くす横浜特有のいいかげんな町並みも見える。 猛練習で疲れ、足→ガクガク。 汗がかわいてきて、少しヒヤリと気持ちいい。 眠いが眠くないような、なんとも言えない状態。 早朝の街にほっぽり出され、寝るわけにはいかない。 ただ、何も思考せず足を前に出して・・、歩く。 しかし…イイんだよね! この心身の状態。 なんとも言えないよ。 頭がカラっぽ、解放感、そして少しの充実感。 バンドのメンバーの表情も心なしか穏やかだ。 いい顔なんだよね、練習後って。 そして、『夜明けが近いのか…、そうか、そうなんだ…。明日(きょう)の1限は無理だな・・・』 ということになるのである。 練習の後はよく4人で星川の「Denny's」へ行ったりした。 電車の始発までの時間つぶしである。 だいたいめっちゃハラへってて、安いメシ&コーヒーでねばる。 ニシムラ・ブラザーズってホント、ナイス・ブラザーズである。 笑顔がいいし、元気! 兄弟仲いい。 高校時代、学園祭で一緒に演奏したことがあり、とても信頼できるヤツらだ。 「プロになろうよ!」って夢を語ったりもした。 だが1ヶ月くらいでオレはこのバンドやめた。 理由は……、なんだったんだろな? ・・・数年後、ホシノくんっていう友人から電話があった。 ホシノくんは川崎の医者の次男坊で、よく一人暮らしのオレやイナバに、家でカレーや焼き肉など、ザクザク食べさせてくれる人。 ホシノ・かあちゃんのカレーはお肉どっさりで、とても Yammy! である。 彼は優しく、ヒゲの濃い、分別のある、頼り甲斐のあるオトコだ。 B.スプリングスティーンの匂いをさせている。 「今度さあ、イナバがデビューするんだってさ。 なんかギターのヤツと2人のバンドだって。一応メジャーデビューだよ。 ・・・CD、キシモト君のも貰ったから、取りにおいでよ。ついでにカレー食ってけばいいじゃん。」ホシノくんはその白いjaketのファーストアルバムとともに、スケッチブックに書かれたイナバのサインを10枚くれた。 イナバはゼミの先生にも、「ボクはプロのボーカリストになります。」 って、卒業まで言い続けていたそうだ。 津高生4人のバンド・音源(14.TSUYAMA 4) I've got detectives on his case. They filmed the whole charade.