33年前、小雨のパリ郊外ランブイエ城に日米欧6カ国の首脳が集まって開かれた最初のサミット(主要国首脳会議)を、時のフォード米大統領は「宗教的おこもり」と形容したとされる。折から石油ショックによる世界経済の混乱期。価値観の異なる首脳が会場内に缶詰めになって、危機を乗り切る理念と方策を語り合ったからだろう。
この辺にサミットの原点があるようだ。75年のランブイエ会議後、サミットは政治ショーの色彩を帯び、首脳協議は形だけ、あとは官僚が作った総花的な宣言でお茶を濁す傾向も強まった。前回、日本で開かれた九州・沖縄サミットは、成果に乏しい半面、食事などがぜいたくだとして英マスコミなどに「宴会サミット」と酷評された。
昔からの「無用論」も含めて、サミット批判には事欠かない。だが、今回、北海道洞爺湖畔で開かれるサミットを「無用」と主張する人は多くあるまい。
温暖化によって地球は「微熱」を帯びた病人のようになり、「高熱」へと進む予感もある。燃料と食糧の高騰が人々を苦しめ、世界経済の先行きも不透明だ。イラクとアフガニスタンは安定にほど遠く、北朝鮮の核が日本と北東アジアに暗い影を投げかける。
自然系も政治経済のシステムも乱れた、まぎれもない地球の危機である。「おこもり」と皮肉るかどうかはともかく、各国首脳がひざ詰めで世界を救う道を論じる時だ。いまやサミット構成国は8カ国に増え、洞爺湖には中国やインドも含めて20カ国余りの首脳が集まる。世界の多極化を反映しつつ、サミットの真価が問われていると言っても大げさではあるまい。
まずは気候変動だ。すでに温暖化の影響で雪氷の融解や極端な高温・熱波の増加、台風やハリケーンの強度増大などが起きている。
今年から第1約束期間が始まった京都議定書は、途上国に温室効果ガスの削減義務がなく、米国が離脱しているという弱点を抱える。地球の将来は、13年以降の「ポスト京都」に、有効な対策を進められるかにかかっている。
ポスト京都の枠組みづくりは、国連気候変動枠組み条約の締約国会議で議論されているが、サミットの役割は、その前提となる地球全体の大きな目標を政治決断することだ。同時に開催される主要経済国会合の役割も見逃せない。
そこで欠かせないのは、温室効果ガス削減の長期目標で合意することだ。
昨年の独ハイリゲンダム・サミットでは「2050年までに世界全体の温室効果ガスの排出量を、少なくとも半減する」という目標を「真剣に検討する」点で合意した。
今回は、この目標に合意する必要がある。先進国がこれを超える削減への合意に踏み出すことも大事だ。米国は中国やインド抜きに長期目標への合意は難しいとの姿勢を示しているが、先進国の覚悟が途上国の参加を促すという観点で、歩み寄りを求めたい。
米国を含めた先進国は、削減の国別総量目標を設定することで合意する必要もある。主要経済国の削減に向けた意思表明も重要だ。
経済をめぐる光景はこの1年で様変わりした。順調に拡大を続けてきた世界経済は、米国の住宅バブル崩壊に伴う金融市場の混乱をきっかけに、株安とドル安が進み、投機資金の流入もあって原油などエネルギーや、食糧の価格が急騰を続けている。
景気が急速に減速する一方で、インフレ圧力が日々、高まっている。欧州中央銀行(ECB)が利上げに踏み切ったが、景気悪化と金融不安で米国は身動きがとれない。日本も景気が減速しており利上げは難しい状況だ。新たな市場の波乱につながる可能性も指摘されている。
緊急な対応が必要なのは、食糧問題だろう。世界各地で食糧不足を背景とした暴動も起きている。米国などでバイオエタノールの生産が奨励され、大量の穀物が燃料をつくるために使われている。現在のバイオエタノール奨励策が妥当なのか、再検討すべきだ。
原油などエネルギー価格の高騰は、到底説明できない水準になっている。投機資金への監視強化を打ち出しても、その実効性には疑問が投げかけられている。
インフレを抑えるには金融を引き締めるのが基本だ。しかし、景気後退と金融不安のため、米国は利上げに踏み切れない。その結果、ドル安が進むと原油価格がさらに上がり、穀物の価格も押し上げる悪循環が続くことになる。
世界経済の変調の根にあるのは、米国経済の悪化とドル安だろう。ブッシュ大統領は来年1月で退任するが、01年の9・11テロ後に始めた「テロとの戦争」に終わりは見えず、世界がより安全になったとも言えない。環境や経済を含めた世界の安定のために、ブッシュ大統領は最後の務めを果たしてほしい。
ホスト役の福田康夫首相には、各国の利害を調整しつつ、世界の合意を形成する強い指導力が求められることは言うまでもない。
毎日新聞 2008年7月5日 東京朝刊