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走っている電車の中で女性が襲われる。そんな卑劣で恐ろしい事件が、また起こってしまった。
今回、被害に遭ったのは、JR東日本の在来線の車内で働いていた2人の女性乗務員である。
電車内では運転に加え、乗客の切符を確認したり、安全確保や車内販売にあたったり、とさまざまな業務がある。働いているのは男性に限らない。そうした仕事の場で起きた事件だ。
今年春、勤務中だった女性乗務員は、いずれもグリーン車近くのトイレに引きずり込まれた。首を絞められて脅されたあげくに、1人は強姦(ごうかん)されたという。
2回とも事件は早朝に起きた。乗客が少なく、周囲の目がほとんどない時間帯を狙っての犯行だ。電車を利用する女性ならだれでも、背筋が寒くなったに違いない。
公共交通機関の中で襲われるようでは、安心して電車に乗ることも、そこで働くこともできなくなる。
思い出すのは2年前、JR西日本の特急「サンダーバード」内で起きた強姦事件である。このとき襲われたのは乗っていた女性客だった。
社会に大きな衝撃を与えた事件だったのに、その教訓が生かされなかったのは残念の極みだ。
なにより、犯人こそが非難されるべきだ。だが同時に、狙われる危険をできるだけなくしていく工夫を、それぞれの場所で重ねることが欠かせない。
今回、2人を襲ったのは同じ男とみられ、強姦などの罪で逮捕・起訴された。しかし、似たような犯行は繰り返されるかもしれない。再発を防ぐ安全策は待ったなしだ。
すでに、JR東日本は在来線のグリーン車に防犯カメラを導入し始めた。早朝や夜間の乗務員を2人態勢にしたり、電車内を見回る警備員を増やしたりする対応も進めているという。
企業として、職場の安全を守るのは当然の責任だ。こうした対策は女性乗務員だけでなく、男性の同僚や、乗っている客の安全にもつながる。ぜひ力を入れて進めてもらいたい。
狙われる可能性がある職場は、電車の中だけではあるまい。
女性が働く場はこの20年ほどで広がったが、なかには夜間に1人で対応したり、職場の防犯設備が不十分だったりして、不安を抱える働き手もいる。
閉ざされた空間で客と向き合うタクシー運転手のように、男女を問わず防犯に神経を使う職種もあるだろう。
だからこそ、仕事の内容や働き方に応じて、企業や職場はできる限りの安全対策をとるべきだ。
不安なく働けるようにすることは、働く人すべてのためになる。事件を恐れて、女性の職場を閉ざすようなことがあってはならない。
欧州中央銀行(ECB)が政策金利を年4.25%に引き上げた。ユーロ圏のインフレ率は4%まで上昇し、目標とする「2%未満」をかなり上回っている。ECBとしては、資源高騰によるインフレの抑制を優先させた予定通りの行動だった。
だが世界の市場関係者は、米欧の金利差が開いてドル相場の急落につながらないか懸念していた。昨夏に米国でサブプライム問題が発生してから世界の金融・為替市場で動揺が続いているが、それが「ドル不安」の問題に発展してきたからだ。
幸いドルはやや上昇し、株式市場も冷静に受け止めている。トリシェECB総裁が追加利上げに言及しなかったのが安心材料となった。
とはいえ、インフレ圧力は強まっている。今回の小幅利上げで十分に効果がでなければ、ECBは次の利上げへ動かざるをえないだろう。
ドルの動揺を防ぐには、やはり震源である米国が自ら強い意志を示し、問題の解決にあたるほかない。
米国も動いてはいる。ポールソン財務長官が直前にロシアから欧州に回り、トリシェ総裁とも会談して協調態勢を演出した。ブッシュ大統領も「強いドルは欧州も支持している」と演説し、ドルの先安感を消すのに必死だ。こうした姿は、ドル不安を抑えることが米国の重い課題になってきたことを象徴している。
ただし、これらは時間かせぎの策にすぎない。ブッシュ政権の任期が残り数カ月となり、思い切った手をとれないことが事態を困難にしている。
米国が最優先で取り組むべきなのは、サブプライム問題に起因する金融不安である。これが今回のドル動揺の出発点になっているからだ。
一時は金融不安が落ち着いたかに見えたが、またぶり返してきた。米国の不動産価格が下げ止まるどころか、下げ足を速めてきたからだ。資源インフレによる景気悪化が表面化してきたことも、不安を加速させている。
春先に破綻(はたん)した大手証券ベアー・スターンズの処理では、ニューヨーク連銀が290億ドルを供給する約束をしたが、これは事実上、公的資金の注入である。ポールソン財務長官も訪欧時の講演で、金融不安が生じたら連邦準備制度理事会(FRB)に一時的に強力な権限を与え、破綻の連鎖を防ぐ仕組みの導入を表明した。
これを早く具体化させる。同時に破綻への応急策だけでなく、公的資金注入の枠組みをつくるなど金融を立て直す根本的な対策も練り、実行に移していかなければいけない。
金融不安を抑えたら、次はバブルで世界の市場にあふれ出たドル資金を吸収していく。こうした米国自身の努力なしにドル不安は解消しないだろう。