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【第36回】 2008年07月04日

「ヤマダ電機」取引先従業員“タダ働き”で公取が指摘した問題点

―― 一流家電メーカーも逆らえない「圧倒的優位」の力関係

一流家電メーカーも逆らえない
ヤマダ電機の存在感

 ヤマダ電機がそこまで優位な立場を手に入れてきた背景には、圧倒的な販売力がある。2000年に廃止された「大規模小売店舗法」の廃止以降、自他共に驚くべき成長を遂げてきたヤマダ電機。日本全国すべての都道府県に出店を果たし、現在店舗数は約1000店。総売上高は1兆7678億円(07年度)と2兆円に迫る勢いだ。一時期は時価総額が1兆4000億円を超えたともいわれ(現在は8000億円程度)、小売業としてはイオン、セブン&アイ・ホールディングスに次ぐ第3位。まさに家電量販店業界のみならず、小売業界でも圧倒的な存在感を示している。

 その成長を支えてきたのは、資本市場を味方に付けてきた戦略だろう。成長率の高さ、営業効率の良さを武器に多くの投資家から信頼を得、そこから資金を調達することで、新規出店により事業をさらに拡大する、という好循環を繰り返していた。特にヤマダ電機は、外国人株主の比率が非常に高く、59.1%と過半数を占めている。海外マネーを巧みに取り込み、高株価を維持。それがさらなる投資を呼び込み、驚異的な成長を遂げていったというわけである。

 成長の影には、徹底した低コスト体質もあったようだ。ヤマダ電機は、他の家電量販店と比べて「販売・一般管理費」の比率がとても低いといわれている。その低コスト体質を支えていた1つの要因に今回の「タダ働き問題」もあったといえる。取引先から派遣された従業員は延べ16万人を超えている。仮に1人10000円の日当を払うと仮定すると、その人件費はざっと16億円。そういう意味でも、かなり人件費圧縮に貢献していたと推測できる。

今後の最大の課題は
コンプライアンス体制の整備

 今回の事件で私が一番印象に残ったのは、ソニーや松下電器、シャープなど日本を代表する一流の家電メーカーよりも、家電量販店であるヤマダ電機のほうが「優越的地位」にあると、公正取引委員会が実質認めたことだ。一流家電メーカーも逆らうことのできない、ヤマダ電機の強い影響力が今回の事件で明るみになったといえる。

 家電メーカー側にしてもそれなりの事情はあったものと思われる。他の家電量販店との価格公平性を保つ意味でも、卸価格はある程度守らなければならない。それと引き換えに、やむを得ず、従業員派遣という形の「コスト負担」を受け入れてきた側面もあるだろう。

 いずれにしても今後の緊急の課題は、取引先との関係性見直しも含めた「コンプライアンス」体制の整備である。特にヤマダ電機の主力株主である外国人投資家はコンプライアンスを非常に重視する。これができなければ一気に「ヤマダ離れ」が起こり、今後の成長シナリオに大きな狂いが生じることになる。

 驚異的な急成長の影にあったこの「タダ働き問題」。これがヤマダ電機の転機となる可能性もある。「業界のガリバー」という外面に加え、コンプライアンスをはじめとした内面を磨き、本当の意味で日本を代表する企業になれるのか。今後のゆくえが非常に気になる一件である。

関連キーワード:社会問題 コンプライアンス 企業 会社経営 組織・人事

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執筆者プロフィル

写真:永沢徹

永沢徹
(弁護士)

1959年栃木県生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験合格。卒業後の84年、弁護士登録。95年、永沢法律事務所(現永沢総合法律事務所)を設立。M&Aのエキスパートとして数多くの案件に関わる。著書は「大買収時代」(光文社)など多数。永沢総合法律事務所ホームページ

この連載について

弁護士・永沢徹が、日々ニュースを賑わす企業買収・統合再編など、企業を取り巻く激動を、M&A専門家の立場からわかりやすく解説していく。