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【第36回】 2008年07月04日

「ヤマダ電機」取引先従業員“タダ働き”で公取が指摘した問題点

―― 一流家電メーカーも逆らえない「圧倒的優位」の力関係

 そして今回の『ヤマダ電機タダ働き事件』。これはまさに、メーカーと小売業の力関係が逆転してしまったことを示す象徴的な事件といえる。特に家電量販店という業態がいかにメーカーに対し大きな影響力を持っているか、という側面も見せている。

公取が小売業全体に
目を光らせる「不公正な取引」

 今回、ヤマダ電機が排除措置命令を受けた背景には、平成17年に公正取引委員会から出された「大規模小売業告示」(大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法の告示について)がある。この告知以前は、デパートやスーパーといった業態のみがその対象であったが、告示以降、新たにドラックストアやホームセンター、家電量販店という業態も規制の対象となった。上記の告知により、取引先企業との不公平な取引について、大規模小売業全体に公取の網がかかることになり、ヤマダ電機も例外ではなかったのだ。

 もともと小売業界には、取引先企業との不公平な取引の一環として、取引先に対する「不当な従業員等の派遣要請」があったことが指摘されていた。実際に、公正取引委員会が平成18年に行なった「納入業者に対する実態調査」においても、調査対象のうち「11.8%」にこのような不当な従業員等派遣要請があったことが確認されている。しかし、業界全体としては、平成16年:34.8% → 平成18年:11.8% と、約3分の1にまで減少している。そんな流れの中で、ヤマダ電機が今回排除措置命令を受けたことは、いかにヤマダ電機の影響力が突出しており、優越的地位の濫用の程度が激しいと公取が判断したからであるといえるだろう。

 単に、取引先から従業員を派遣してもらうこと自体は違反ではない。今回問題となっているのは下記である。派遣された従業員に対して、

1)自社商品の説明以外の業務(棚卸し、陳列、清掃などの単純作業も含む)を行なわせる

2)上記業務を行なわせているにもかかわらず、それ相当の対価(給料)が支払われていない

ということである。とくに2)においては、公取の立ち入り調査以前は「無報酬(タダ働き)」であった。立ち入り調査後、日当5000円を支払うことに変更したが、公取はその金額も充分ではないとしている。いずれにしてもヤマダ電機は、「人件費圧縮」のために、意図的にこれらの労働力を利用していたといえるだろう。

 また、もう1つ、別の問題も指摘されている。それは「2重派遣の疑い」である。この2重派遣というのは、従業員派遣を要請された家電メーカー側が、人材派遣会社にその要員確保を依頼、そこからヤマダ電機側に派遣するという形(発注者=派遣先となっていないケース)である。これは派遣業法に違反しており、グッドウィルが事業停止命令を受け、その後廃業に追い込まれたことは記憶に新しい。このような違法性をはらんだ従業員派遣が、今回のヤマダ電機において、かなりあいまいな線引きのまま常態化していたことになる。

関連キーワード:社会問題 コンプライアンス 企業 会社経営 組織・人事

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執筆者プロフィル

写真:永沢徹

永沢徹
(弁護士)

1959年栃木県生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験合格。卒業後の84年、弁護士登録。95年、永沢法律事務所(現永沢総合法律事務所)を設立。M&Aのエキスパートとして数多くの案件に関わる。著書は「大買収時代」(光文社)など多数。永沢総合法律事務所ホームページ

この連載について

弁護士・永沢徹が、日々ニュースを賑わす企業買収・統合再編など、企業を取り巻く激動を、M&A専門家の立場からわかりやすく解説していく。