人身売買を放置する日本

掲載日:2000年9月27日


(9月21日)
ジム・ローブ著
【ワシントンIPS】

 何千人というタイ人女性が借金に縛られて日本で奴隷のような状態に置かれている。彼女たちは性産業で働かされるために、日本に連れてこられたのだ。米ニューヨークに本部のある人権団体「人権ウォッチ」(HRW)は報告書で、そう指摘した。

 とりわけ、日本の行政当局がこの問題を認識していながら、人身売買を禁じる強い措置をとっていないとして、報告書は日本政府を批判している。タイ人女性の人身売買にはヤクザ(暴力団)などの裏社会が関わり、利益を得ているのである。

 「日本政府が問題を深刻に受け止めているのであれば、あれこれ言わず被害者の救済に乗り出すべきだ」。HRWで女性の権利を担当するレーガン・ラルフさんはそう訴える。ラルフさんは「今こそ、釈明をやめてなにがしかの強い法的措置を行うべきではないか」と指摘したうえで、警察は外国人のセックスワーカーを取り締まっているが、被害者を取り締まっているだけで、真の解決にはならない、と語る。

 この報告書は、HRWと日本、タイ双方の人権団体が6年がかりで調査してまとめたもので、女性の人身売買に関するHRWの最新の報告書である。調査の大部分は、被害を受けた女性たちの体験談に基づいている。

 報告書が公表されたのと合わせて、米国議会は人身売買を取り締まる法律強化を可決した。米中央情報局(CIA)の報告書によると、人身売買は年間に数十億ドルを生み出す違法産業に発展し、国際的な犯罪組織の主要な利益源になっている。毎年200万人の女性や子供が、合法的な仕事に就くことが出来ると信じて国境を越えている。しかし実際には、彼女たちは売春やつらい労働を強制されて、雇用主の奴隷のように扱われている。CIAは今年に入って、旧ソ連や東欧諸国、メキシコ、アジアから約5万人が米国に渡ってきたと推定している。

 米国と同様、日本もアジアの貧しい人々が出稼ぎに出る対象となっている。報告書によれば、日本ではタイ、フィリピンを中心に約15万人の女性がセックス産業で働かされている。外国人女性を性の搾取の対象とすることは、日本にとって微妙な問題でもある。第二次大戦中、日本軍は占領地から推定20万人の女性を集めて兵士のセックスの相手をさせた。

 日本政府は、彼女たち元従軍慰安婦に言葉で謝罪したが、補償要求には一貫して応じていない。今週、米国の裁判所で15人のアジア人女性が肉体的、精神的に受けた苦痛の補償を求めて、日本政府を相手取って提訴した。

 1960年代後半から1970年代にかけて日本人男性は「セックスツアー」のためにアジアを旅行した。また多くの日本企業が従業員の慰安旅行として、タイ、フィリピン、韓国に招待し、「週末のセックス休暇」を楽しませた。こうした慣行はアジア諸国から強い批判を招いた。その結果、ヤクザなどの犯罪組織が外国から女性を日本に連れてくるようになった。

 タイから日本に来る女性は、最初はウエイトレスや工場の作業員として働くと言われている。またセックスワーカーになった場合は高い給料が支払われると信じていた。しかしいったん日本に来たら、彼女たちは25000〜40000ドルの借金を背負っていることを知らされる。そして報告書によれば、「給料ももらえず劣悪な環境で働かされ、借金を払い終えるまで解放してくれない」のである。

 多くの場合、彼女たちはバーのホステスとして働き、客とともにホテルに行ってセックスの相手を務めるよう強制される。彼女たちは客の要求を拒むことが出来ない。コンドームを使いたいと言っても相手が嫌がれば拒むことは出来ないし、医療面でのケアを受けることも事実上不可能だ。

 さらに、借金が残っている間、彼女たちは常に監視下にある。ビデオカメラや動きをとらえるセンサーによって監視されていることが多い。言うことを聞かないと暴力を受けることもしばしばだ。他の犯罪組織に身売りされて、借金が増えることもある。警察などに相談すれば国外退去になる。

 ラルフさんは次のように強調する。「不法滞在者として、また売春婦として、彼女たちは本国に送還されることが最善の救いであることを知っている。だが、当局は彼女たちが受けたひどい仕打ちには目をつぶり、犯罪組織を罰することはしない」

 体験談を語った女性たちの多くは、数カ月から2年で借金を返済し、その後も日本に残って家族のために金を稼ぎタイに戻った。中には、労働条件がひどく一文無しでタイに帰国した女性もいた。

 タイと日本政府は国連の人身売買禁止議定書に調印しており、彼女たちの置かれた状況をよく知っている。タイ政府の場合、国民にも問題解決のための啓発活動を行っている。しかし日本の側には、女性たちの苦悩への思いやりに欠けている。

 日本の行政当局は、彼女たちを犯罪者と見なし、そのために彼女たちへの同情や支援が少ないのだ。女性たちは、医療面のケア、受けた苦痛に対して雇用主を訴えることができない。もっとも、雇用主や人身売買に関わった人も起訴されることもあるが、入国管理法違反や売春防止法違反で裁かれる程度だ。人権侵害、強制労働、暴力行為で裁かれることはない。

 これに対して、タイ政府は人身売買を防ぐために相当の努力をしている。啓発活動のほか、人身売買の犠牲になりそうな女性たちに職業訓練を行っている。パスポートの申請に対しても審査を厳重にしているし、日本から戻ってきた女性にリハビリのサービスも提供している。

 だが一方で、人身売買に関わる犯罪者を摘発することは難しい。ましてや、日本の雇用主をタイ政府が訴えることもできない。