◇技術指導、ためらうな--政策研究大学院大学学事顧問・西野文雄さん
途上国援助の仕事をしながら、バンコクのアジア工科大学院などで工学系高等教育分野にも携わり、アジア各国の大学や多くの研究所を見てきました。アジアには優秀な人材がたくさんいます。ただ、研究の場や資金が少ない。多くの大学は学生への教育機関にとどまり、研究者として取り組むべき研究まで手が回っていません。特に、東南アジア諸国連合(ASEAN)の大学は、修士課程を整備できた段階で、博士課程の整備が始まった段階です。
ところが、アジアの人材の才能は日本人にひけをとりません。東京大大学院は82年、土木工学専攻に英語のみでも修士や博士の学位を取得できるコースを作り、アジアの留学生を受け入れ始めました。右も左も分からぬまま来日した学生たちも、3カ月たてば講義についてこられます。研究のテーマなどの「材料」を与えれば、すぐ追いつく力を持っているのです。
中でも中国、韓国、インドなどは「材料」を手に入れることへの執念がすごい。90年代前半、上海で橋を架けるプロジェクトにアドバイスをしたときの経験が印象に残っています。
私が上海へ行くと、広い部屋に中国側の設計責任者や研究者のほか、後ろに約30人がいました。説明は英語ではなく「日本語と中国語」と指定されました。私が設計上の問題点を指摘すると、細かく聞き返され、何度も説明しました。そんな会議が2週間も続き、ようやく気付いたのです。私が呼ばれたのは、後ろにいた中国人技術者たちに日本の技術を「教える」ためだった、ということを。
私の「指導」で、中国は約3年早く、大規模橋りょうの建設技術を会得したはずです。ただ、私の指導がなくても、中国人は数年後には手にしていたでしょう。液晶パネルを製造するシャープ亀山工場のように、全く外に見せずに秘密を守り、時間稼ぎをするやり方も必要ですが、やがては皆が知る技術になります。
技術流出問題をめぐり、「なぜ国際協力が必要か」と問われることがあります。他地域を顧みない「モンロー主義」を選べば、資源やエネルギーに乏しい日本は途端にお手上げです。日本がアジアの一員として生きていくためには、教えるべきものは教え、「地域の発展に貢献した」ととらえる日本側の発想転換が必要ではないでしょうか。
一方、ノーベル賞級の先端科学をしているのは、日本くらい。途上国の学生は医、工学部へ進学します。理学部で真理の探究に取り組むほどの経済的余裕がないからです。しかし、これも時間の問題です。欧米に代わるアジアの時代を迎えるには、科学が生み出す「産業の芽」が不可欠です。
私もかかわった文部科学省の「日中韓パートナーシップ作業部会」の報告書では、人的交流の緊密化を念頭に置き、3カ国が連携しながら東アジア科学技術コミュニティーを構築することを重要課題に掲げました。アジア全体の将来を考えれば、日本は指導をためらうべきではありません。【聞き手・永山悦子】
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「理系白書’06 第2部」は、国境を超えて激化する、優れた人材の争奪戦を追いかけます。8月上旬スタートの予定です。
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■人物略歴
◇にしの・ふみお
59年東大工学部土木工学科卒、64年米リーハイ大大学院博士課程修了。東大教授など歴任。84~86年アジア工科大学院教授・副学長。04年文部科学省日中韓パートナーシップ作業部会座長。97年政策研究大学院大学教授、05年から現職。専門は社会基盤整備、途上国援助。70歳。
毎日新聞 2006年7月12日 東京朝刊