医療者と患者の信頼関係が医療崩壊を防ぐ
第18回 医療の良心を守る市民の会代表・永井裕之さん
「遺族の思いは、何が起こったか真相を明らかにしてほしい、同じ思いを他の人がしないよう、再発防止を徹底してほしいということ。本当に納得すれば、決して訴えることなどはあり得ない」―。1999年に東京都立広尾病院で起こった点滴への誤薬注入による医療過誤事件で、妻の悦子さんを失った永井裕之さんは「医療の良心を守る市民の会」を立ち上げ、市民や医療機関に「医療安全」を訴える活動を続けている。一方、厚生労働省が創設を検討している死因究明制度をめぐって、医療者と患者の溝が深まったとの見方もある。永井さんはこの現状をどう見ているか、医療者と患者の関係の在り方を聞いた。(熊田梨恵)
【これまでの医療羅針盤】
医療は国の力、医師に活躍の場を
「日本の医療を良くしたい」
医療を外貨の稼げる輸出産業に
将来を見据え外国人看護師受け入れ
「後期高齢者医療制度」の狙いは団塊の世代
―厚労省から、医療死亡事故が起こった際に原因究明をする医療安全調査委員会(医療安全調、仮称)の設置を柱にした、死因究明制度の第三次試案に基づく「法案大綱案」が発表されました。現状をどう見ますか。 第三者によって医療事故の原因を明らかにする医療安全調の創設は長年の望みでした。最初から「人・物・金」のすべてがそろって始まる制度などないでしょう。小さく生んで、大きく育てていってほしいと思います。必要に応じてその都度、制度を改善していけばよいのです。第三次試案も、随分と医療者に配慮した内容になりました。ここまできて、なぜ医療側に反対の声があるのでしょうか。厚労省でしか立案できない現状ですし、本来は医療界の側から「こういう内容の制度をつくってほしい」という声が上がってきてもよかったと思います。医療安全調の実現にはまだ時間がかかるので、先行して実行したいという熱意がある地域などで「特区」をつくるなどして、成功事例を示していくのも一つの方法だと思います。医療安全調の早期の実現を望んでいます。
―法案大綱案の中では、医療安全調が原因究明した際に、「標準的な医療から著しく逸脱した医療行為」を警察へ通知すると書かれています。医療者が刑事罰を受ける可能性があるため、委縮医療への懸念があると聞きます。
患者や家族が受ける医療に納得しているか、ということが重要になります。「インフォームド・コンセント」についても、医療者は自分の肉親や子供に対して説明するように、不慮の事故の可能性などについても、詳しく分かりやすく説明しているでしょうか。万が一、事故が起こったとしても、最初の説明に納得していて、事故後の説明にも納得できれば、患者側が訴えることはありません。死亡事故だった場合、愛する家族を失った遺族は「なぜ」「ひょっとして帰ってくるのではないか」などという切ない思いです。患者・家族側が知りたいのは、「何が起こったのか真相を明らかにしてほしい。同じ思いを味わわないように、再発防止を徹底してほしい」ということです。遺族側がきちんと納得していながら、訴えたという事例は聞いたことがありません。患者や遺族は訴えたくて訴えているのではないのです。医療側の不誠実な対応により、やむを得ず裁判に訴えて、少しでも真相を知ろうとするのが現状です。
―患者・家族と医療者の溝はどこから深まっていくのでしょう。
特に事故後の説明が、事故前の説明と食い違っていたり、うそやごまかしがあったりすると、何が本当なのか分からなくて不信が募っていきます。最初のボタンをしっかりと留めてほしいのです。逃げない、ごまかさない、隠さない―。それが誠意を示すということです。事故の当事者である医師や看護師本人が出て来て、適時、適切な説明をすることが最も大切なことです。もし事故であるなら、心から謝ってほしいのです。事故が起こった後も、医療者と患者は一緒に原因を究明してくパートナーで、共に歩んでいくことが望ましい姿だと思っています。こうした信頼関係があれば、訴えることなどはありません。
―医療過誤事件では、医師や看護師など当事者よりも、大学病院などの大規模な医療機関では組織の意思が先行するという話も聞きます。
「まじめにやっていて訴えられた」という方は、ぜひ実例をもって訴え、世間に問うてほしいと思います。本来は医療機関の組織が自らを規律し、自浄作用を発揮していかなければなりません。よく大規模な医療機関などは組織内に院内事故調査委員会があり、「やっているので、医療安全調は要らない」と言う方がいますが、本当にきちんと行われているでしょうか。今でも、遺族が病院側によるうそやごまかしに遭ったという話を聞きます。医療安全調の設立ももちろんですが、今から、特に大規模な医療機関では、事故調査機能を確立し、自身で公正・中立で正確な真相を究明できる体制を整えて、特にシステム的な原因究明・対策に力を入れなければいけません。食品に代表されるように、国民の「安全」に対する意識は強まりつつあります。今、医療界と医療機関自身が医療安全に対する意識を変えていく時ではないでしょうか。
―今は、医療機関にとってさまざまな意味で転換期ということでしょうか。
「チーム医療」「患者第一」を真に実践するためには、医療機関は密室的・閉鎖的なイメージから脱却して、情報開示など「開かれた医療」に挑戦していかなければならない時です。それができなければ、本当にいい医療者が育ちません。多くの医療者は素晴らしい人だと思いますし、そうあってほしいと願っています。次代を担う医療者の育成のためにも、ただ医療崩壊を叫ぶのではなく、安心できる医療体制などを医療者たちの手で整備し、提言してほしいと思います。意識改革と体質改善を行って自浄作用を発揮し、医療者としてのあるべき姿について研さんを積んでいってほしいと思います。
―医療安全対策室や、医療安全管理者の設置など、医療機関内での安全対策の取り組みも徐々に始まりつつあるようです。
医療に対する安心や信頼というものは、医療者が決めることではありません。患者・市民が自分たちの目で、医療安全に取り組んでいる医療機関の実績を見て、「ここは安心できる」と感じるものであり、心の問題です。医療安全の向上は、医療機関全体、またそれぞれの部門や個人の専門力と質の向上、それに安全な仕組みとシステムの改善が加わって出来上がっていくものです。医療安全は医療機関に所属するすべての方々にとって最も大切なテーマです。また、患者や家族はもちろん、すべての国民が医療安全について「交通安全」と同じように取り組まなければならないと思います。
―医療者と患者の信頼関係と医療安全の向上によって、良い医療を築いてほしいということですね。
「医療の不確実性」という言葉があり、確かに不確実なことも多いと思います。しかし、社会や市民常識から逸脱できるものではありませんし、この言葉をお題目のように掲げることは、何か開き直っているようにも思えるのです。起きてほしくない医療事故は、あすにも起こるかもしれません。事故はすぐそばにあるのです。だからこそ、医療者は日ごろから患者や家族とのコミュニケーションを徹底し、不確実性やリスクについてもインフォームド・コンセントなどにより十分な説明を行い、患者や家族の納得、自己決定を得てほしいということなのです。医療界や医療者はもっともっと自浄作用を発揮し、患者と共に良い医療を築いていってほしいのです。今進行している「医療崩壊」を断ち切る一つの方法は、医療者自らが自信と誇りを持って、患者・家族との信頼関係を構築し、より良い医療にたゆまず挑戦する姿が大切なのではないでしょうか。医療者と患者が強いパートナーシップを築き、より良い医療安全に挑戦する姿こそ、「患者参加のチーム医療」の実現であると思います。そのような
挑戦をする医療機関が多くなっていくことを期待しています。
【おわび】5月27日付掲載記事「超党派私案に遺族が賛同―死因究明制度」は、内容に一部不適切な表現があったため、削除しました。おわびします。
更新:2008/07/04 14:53 キャリアブレイン
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